新銀座法律事務所 法律相談事例集データベース 質問:私は,数か月前,大手小売チェーンの店舗で6000円ほどの商品を万引きし,捕まってしまいました。商品は,その時に全て買い取っています。このたび検察庁から呼出しがあり,3日後に取調べの予定です。なお,私は,ここ数年の間に2回,同様に万引きで捕まったことがあり,1回目は警察限りで終わり,2回目は事件が検察に送られましたが不起訴となりました。また,私は,このように万引きを繰り返しているのですが,特に経済的に困っているわけではりません。このような状況ですと,今回はさすがに,起訴されて有罪となってしまうのでしょうか。 解説: 日本の刑事訴訟法においては,検察官が起訴権限を独占しており(刑訴法247条 国家訴追主義),かかる終局処分の判断は検察官が行います。本件が,訴訟条件を満たしており,犯罪の嫌疑も十分であることを前提にすると,検察官は,起訴処分にするか,不起訴処分のうち起訴猶予処分を行うかを検討することになります。そして,その判断は,公益の代表者として適正公平に行わなければならず(検察庁法4条)「被疑者の性格,年齢及び境遇,犯罪の軽重及び情状並びに犯罪後の情況」によって決せられることになります。 判旨抜粋 弁護人の上告趣意 2 (処分延期の要請) 3 (示談) (2) 具体的には,謝罪文を作成し,被害店舗側にこの受領をお願いすることから始めます。この際,あなたの家族にも謝罪文を作成してもらい,さらに今後,被害店舗に近寄らない旨を誓約した(家族が,あなたを近寄らせない旨を保証した)不接近誓約(保証)書を作成し,被害店舗側にこれら各書面の受領もお願いした方がよいでしょう。 (3) そして,被害店舗側の了解が得られるならば,示談金(本件では10〜20万円がよいでしょう。)を支払うと共に,本件を許し処罰を求めない旨の一筆(いわゆる宥恕文言)をもらいます。これらは,示談書を作成しこれに基づき行うのがよいでしょう(同じ内容のものを2通作成し,2通ともにあなたと被害店舗側の署名・捺印をし,互いに1通ずつ保管することとなります。)。 4 (弁済供託) 5 (贖罪寄付) 6 (精神科医,心療内科への通院) 7 (監督者の存在) ≪参照条文≫ 刑法 刑事訴訟法 民法
No.1348、2012/10/2 12:08 https://www.shinginza.com/qa-hanzai.htm
【刑事・万引きと前歴・罰金回避対策・起訴便宜主義・最高裁昭和33年10月24日第二小法廷判決】
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回答:
1 示談ができれば不起訴となる可能性がかなり高くなります。
2 しかし、相手が大手小売チェーンの店舗となると,「万引き犯に対する一律の取扱い」ということで示談は拒絶される可能性が高いです。
3 もっとも,示談ができないからといって,必ずしも起訴となるわけではなく,弁済供託や贖罪寄付等,有利な情状を積み重ねることにより不起訴となる可能性は低くはありません。弁護士に相談されることをお勧めいたします。
4 起訴便宜主義に関する事例集論文1324番,1307番,1258番,1106番,1089番,1031番,896番,595番,459番,386番,359番,319番,258番,158番参照。
1 (何もしない場合の刑事処分と起訴便宜主義)
あなたの行為は窃盗罪に該当し,法定刑は「10年以下の懲役または50万円以下の罰金」とされています(刑法235条)。
では,本件における処分は,どのようなものが考えられるでしょうか。
量刑を決める要素として,@犯行の態様や結果,A前科前歴の有無,B反省と謝罪,C被害回復,D被害者の処罰感情,E再犯可能性が挙げられます。@,Aは既に生じている事実であり今さら影響を与えることはできないので,あなたが今後なすべきことはBないしEに影響を与える活動ということになります。
そして,「ここ数年の間に2回,同様に万引きで捕まったことがあり,1回目は警察限りで終わり,2回目は事件が検察に送られましたが不起訴となった」とのことからすると(上記A参照),あなたがこのまま何もしない場合は,略式請求(罰金又は科料を前提とした起訴)されて罰金刑の判決を受ける可能性が高いです(刑事訴訟法461条)。罰金刑の判決といえども,懲役刑等の判決と同様,有罪であることに変わりはなく,前科となります。
しかし、刑事訴訟法248条は検察官の公訴権提起について起訴便宜主義を採用しており、上記の要素により最終的に公訴が提起されるかどうかが決定されます。
犯罪が成立しているのに起訴するかどうかを検察官の裁量に任せるというのは理論的におかしいように思うかもしれませんが,刑罰の最終目的は犯罪者を教育矯正し,公正で安定した法社会秩序維持にありますので,犯罪者のレッテルを張ることなく行為者の自発性,家族,社会的監視の下で再犯を防止する趣旨です。又,人間は誰にでも一度は間違いがあり,たたけば埃が出ない人はいないであろうという人間観も理由となっています。犯罪が成立している以上必ず起訴しなければならないという起訴法定主義 はこの点から批判されています。従って,起訴猶予を求めるには,再度罪を犯さないという証拠の提出が必ず要求されます。例えば,被害者への謝罪,弁償,反省文,誓約書,身元引受書等です。弁護人は迅速にこれらの書類を整理して検察官に提出し説得しなければいけません。
起訴便宜主義に関連する判例として、最高裁昭和33年10月24日第二小法廷判決(詐欺、覚せい剤取締法違反被告事件)があります。
起訴便宜主義の趣旨から検察官が共犯者の一部についてのみ起訴した点は何ら違法性を有しないと判断しています。起訴便宜主義から妥当な解釈でしょう。
「弁護人板倉正の上告趣意第一点は共同正犯者中被告人のみが起訴処罰されたのは憲法一四条に違反すると主張するのであるが、所論は原審で主張判断のない事項で不適法であるのみならず、犯情の類似した被告人間の処罰の差異が憲法一四条に違反しないことは、当裁判所の判例(昭和二三年(れ)第四三五号、同年一〇月六日大法廷判決、集二巻一一号一二七五頁)とするところであつて、この趣旨に照し所論は理由がないものといわねばならない。同第二点は単なる法令違反、事実誤認及び量刑不当の主張に帰し、刑訴四〇五条の上告理由に当らない。また記録を調べても同四一一条を適用すべきものとは認められない。」
第一点 原判決が支持した第一審判決は、その理由の第一事実として、「被告人は赤堀義博等と共謀の上(一)酒光勇、及、(二)細野勝見より数回にわたり衣類など数十点を騙取した」旨判示している。そしてその挙示した証拠により右判示の共謀者が右赤堀と被告人と林弘との三人であることも明かである。然るに右赤堀並に林は起訴せられない。しかも第一審に於ける証人酒光勇の供述によれば同証人は「此取引は主として右赤堀を信用して品物を売渡したので(記録一七七丁、一七八丁)」あつて、右赤堀等の責任が被告人より特に軽いと認めらるべき点は全く見出せない。よつて右赤堀、林の両名を不問にした理由があるのに一人被告人のみを罰したことは「すべての国民は法の下に平等であつて、政治的経済的又は社会的関係において差別されない」という憲法第十四条第一項の規定に違反するものである。
あなたは3日後に検察官の取調べの予定とのことなので,おそらく捜査は終盤にきており,取調べが終われば,早々に処分がなされることになるでしょう。そして,このまま何もしない場合,前記1のとおり略式請求されて罰金刑の判決を受ける可能性が高いです。
あなたがこのような処分を回避する活動をしたいと思うのであれば,まずは検察官に,被害店舗と示談するための時間の確保を理由として,処分延期の要請をする必要があります。もっとも,検察官が,あなた自身で示談を成立させられる可能性は極めて低く(被害店舗側が,示談を受けるかどうかはともかく,あなた自身の来店は拒否する場合があります。),そのため処分延期は時間の無駄と考える可能性があるので,処分延期の要請及びその後の活動を弁護士に相談した方がよいでしょう。
(1) まずは,被害店舗に謝罪をし,示談金を支払うと共に本件について許してもらうことを目指します。なお,示談については,以下で述べることのほか,事例集1258番もご参照ください。
あなたが被害店舗に謝罪し不接近を誓約した事実は,反省と謝罪(前記1B)を示すものとして有利な情状となります。また,家族が被害店舗に謝罪し不接近を保証した事実は,各書面から家族の監督意思が読み取れるのであれば,再犯可能性(前記1E)がないことを示すものとして有利な情状となります。これらの事実を示す資料としては,被害店舗側の受領印ないし受領サイン付きの謝罪文及び不接近誓約・保証書の各写し(事前にコピーをとっておき,各原本を被害店舗側に渡す際に各写しに受領印ないし受領サインをもらうこととなります。)が挙げられます。
あなたが被害店舗に示談金を支払った事実は被害回復(前記1C)を示すものとして有利な情状となり,また被害店舗の宥恕文言は被害者の処罰感情(前記1D)の軽減を示すものとして有利な情状となります。これらの事実を示す資料としては,あなたが被害店舗に示談金を支払ったことや被害店舗の宥恕文言が記載された示談書が挙げられます。
なお,示談金の支払は,民事上は,あなたが被害店舗ないしその経営会社に対し負っている不法行為に基づく損害賠償債務(民法709条)の履行(同法492条,493条)ということになります。
また,商品は全て買い取っているとのことですが,そうなると,被害回復は既に図られていると思われるかもしれません。しかしながら,本件の発生によって,被害店舗は,一定の時間を警察の事情聴取等に割かなければならなくなったのであり,その分だけ営業活動に専念できる時間が減少したという損害を被ったと考えることができます。弁済供託(後記4)についても,以上の考え方を前提に,これを行うことになります。
被害店舗は大型小売チェーンの店舗とのことですが,そうすると,前記3(2)は可能かもしれませんが,前記3(3)となると,「万引き犯に対する一律の取扱い」という理由で拒絶される可能性が高いといえます(なお,あなたが示談を試みたこと,及び,本件が悪質という理由ではなく「万引き犯に対する一律の取扱い」という理由で示談を拒絶されたことをわかってもらうため,念のため,示談経過報告書を作成して担当検察官に提出した方がよいでしょう。)。
そこで,次の手段として考えられるのが弁済供託です。弁済供託(供託金は,示談金と同様,10〜20万円がよいでしょう。)をすることにより,あなたは,債務を免れることができます(民法494条)。供託の要件及び手続については,事例集1258番をご参照ください。
弁済供託をした事実は,被害回復(前記1C)を示すものとして有利な情状となります。この事実を示す資料としては,供託書が挙げられます。
なお,供託金は,処分が出たのち,被害者が受領していなければ取り戻すことができてしまうため(民法496条),示談金を受領してもらう場合(前記3(3))と比較して,有利な情状としての意義は小さいといえます。
謝罪文や不接近誓約書を作成し受領をお願いした事実や被害店舗がこれらの各書面を受領した事実が反省と謝罪(前記1B)を示すものだとしても(前記3(2)),悪く言えば口先だけのことに過ぎません。示談金を受領してもらえるのであればよいのですが,そうでなければ,供託金は取り戻すことができてしまう以上(前記4参照),何かほかの手段によって反省と謝罪の意思を態度で示す必要があるでしょう。
そのような手段として,贖罪寄付(しょくざいきふ)という制度が挙げられます。これは,薬物犯罪等被害者がいない刑事事件や示談ができない刑事事件において,被疑者や被告人が反省の意思を表明するために寄付を行う制度です。主な寄付対象の団体として,
日弁連http://www.nichibenren.or.jp/activity/justice/houterasu/shokuzai_kifu.htmlや
法テラスhttp://www.houterasu.or.jp/houterasu_gaiyou/kifukin/shokuzai/index.htmlがあります。
贖罪寄付をした事実は,反省と謝罪(前記1B)を示すものとして有利な情状となります。この事実を示す資料としては,贖罪寄付を受けたことの証明書(贖罪寄付をすれば,寄付を受けた団体から発行されます。)が挙げられます。
あなたの反省と謝罪には当然に同じ過ちは繰り返さないという決意が込められることと思います。しかし,あなたが特に経済的に困っているわけではないのに万引きを繰り返していることからすると,あなたは,あなた自身にもわからない心の病にかかっているのかもしれません。そこで,同じ過ちを繰り返さないためにも,精神科医や心療内科医の受診をお勧めします。
精神科や心療内科に通院している事実は,再犯可能性(前記E)の不存在を示すものとして有利な情状となります。この事実を示す資料としては,診断書や領収書が挙げられます。
あなたが同じ過ちは繰り返さないという決意をし,さらに精神科や心療内科に通院したとしても,これまでのあなたのことを知った上で,今後のあなたのことを見守ってくれる家族が傍にいるのといないとでは,再犯可能性は大きく異なります。
家族作成の謝罪文や不接近保証書でも家族の監督意思が読み取れる場合は多いでしょうが(前記3(2)参照),そのような家族がいるのであれば,端的に,今後のあなたの生活を監督し同じ過ちを繰り返させない旨の担当検察官宛ての監督誓約書を作成してもらった方がよいでしょう。
今後のあなたの生活を監督する家族が存在する事実は,再犯可能性(前記E)の不存在を示すものとして有利な情状となります。
(窃盗)
第235条 他人の財物を窃取した者は,窃盗の罪とし,10年以下の懲役又は50万円以下の罰金に処する。
〔略式命令〕
第248条 犯人の性格、年齢及び境遇、犯罪の軽重及び情状並びに犯罪後の情況により訴追を必要としないときは、公訴を提起しないことができる。
第461条 簡易裁判所は,検察官の請求により,その管轄に属する事件について,公判前,略式命令で,100万円以下の罰金又は科料を科することができる。この場合には,刑の執行猶予をし,没収を科し,その他付随の処分をすることができる。
(弁済の提供の効果)
第492条 債務者は,弁済の提供の時から,債務の不履行によって生ずべき一切の責任を免れる。
(弁済の提供の方法)
第493条 弁済の提供は,債務の本旨に従って現実にしなければならない。ただし,債権者があらかじめその受領を拒み,又は債務の履行について債権者の行為を要するときは,弁済の準備をしたことを通知してその受領の催告をすれば足りる。
(供託)
第494条 債権者が弁済の受領を拒み,又はこれを受領することができないときは,弁済をすることができる者(以下この目において「弁済者」という。)は,債権者のために弁済の目的物を供託してその債務を免れることができる。弁済者が過失なく債権者を確知することができないときも,同様とする。
(供託物の取戻し)
第496条 債権者が供託を受諾せず,又は供託を有効と宣告した判決が確定しない間は,弁済者は,供託物を取り戻すことができる。この場合においては,供託をしなかったものとみなす。
2 前項の規定は,供託によって質権又は抵当権が消滅した場合には,適用しない。
(不法行為による損害賠償)
第709条 故意又は過失によって他人の権利又は法律上保護される利益を侵害した者は,これによって生じた損害を賠償する責任を負う。