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No.1349、2012/10/3 14:36 https://www.shinginza.com/qa-hanzai.htm

【刑事・執行猶予の趣旨・条件・最高裁昭和24年3月31日判決】


窃盗再犯事案における執行猶予の可能性について

質問:私は先日,万引きをしてしまい,警察官の取り調べを受けました。私は,1年ほど前に刑務所を出所したばかりです。今の仕事は,資格が必要なのですが,もし起訴されてまた刑務所に入ることになれば,その資格が取り消されてしまいます。今回,もし正式裁判となった場合には執行猶予が付かず刑務所に入ることになるのでしょうか。

回答:
1. 万引きは窃盗罪(刑法235条)ですから,「十年以下の懲役又は五十万円以下の罰金」に処せられることになります。また,あなたは1年前に刑務所を出所したばかりということですので,刑法25条1項2号の適用により,執行猶予にはできないことになります。従って,懲役刑の判決であれば,実刑すなわち刑務所に行くことになります。なお,罰金の執行猶予も法律上は可能ですが,実際には罰金の執行猶予となる例はないようです。
2.もっとも,必ず実刑となるとすると被害の程度や犯罪の状況によっては酷な場合もあります。そのような場合,示談の有無や反省の程度などを考慮して,不起訴処分となる場合や罰金刑となる可能性はありますから被害者との示談は必要不可欠です。
3.なお,罰金の場合は略式命令という手続きですが,検察官が懲役刑を求刑する場合は公判請求といって正式裁判となります。正式裁判になった場合は,検察官は懲役刑を求刑しますから,判決も罰金になることはないと考えられます。但し,示談ができていないために公判請求された場合は,判決までに示談をすれば事情によっては罰金刑となる可能性もあります。
4.関連事例集論文1324番1307番1258番1164番1106番1089番1063番1031番896番595番459番386番359番319番258番158番参照。

解説:
1(執行猶予の条件)
 刑法25条は,執行猶予が付される場合を以下のように定めています。

執行猶予
1. 次に掲げる者が3年以下の懲役若しくは禁錮又は50万円以下の罰金の言渡しを受けたときは,情状により,裁判が確定した日から1年以上5年以下の期間,その執行を猶予することができる。
一 前に禁錮以上の刑に処せられたことがない者
二 前に禁錮以上の刑に処せられたことがあっても,その執行を終わった日又はその執行の免除を得た日から5年以内に禁錮以上の刑に処せられたことがない者
2 前に禁錮以上の刑に処せられたことがあってもその執行を猶予された者が1年以下の懲役又は禁錮の言渡しを受け,情状に特に酌量すべきものがあるときも,前項と同様とする。ただし,次条第1項の規定により保護観察に付せられ,その期間内に更に罪を犯した者については,この限りでない。

 つまり,最初の執行猶予が付く場合というのは,@3年以下の懲役・禁錮または50万円以下の罰金の言渡を受けた場合で,かつA(a)前に禁錮以上の刑に処せられた(執行猶予の言渡も含む)ことのない者または(b)前に禁錮以上の刑に処せられたことがあるが,その執行を終わり,またはその執行の免除を得た日から5年以内に,禁錮以上の刑に処せられたことのない者であるということが必要となります。
 25条1項2号の解釈について,一般の人には,分かりにくい表現となっており理解できない面もあると思いますが,(b)の「5年以内に,禁錮以上の刑に処せられたことのない者」とは今回刑事裁判を受けている被告人本人を意味しています。つまりあなた自身のことです。執行猶予が刑罰ではなく単なる付随処分であることから規定のような表現になります。刑務所から出てきて,5年以内に犯罪を引き起こすと刑罰の付随処分である執行猶予にはできませんよということです。もっと厳密に言うと,判決の言い渡しの時に以前に処せられた刑の執行を終了した日から5年を経過していなければ執行猶予は付かないということです。貴方は,刑務所から出てきて1年程度しか経過していませんので貴方の刑事裁判の判決の時5年は経過していないことが明らかなので執行猶予になることはありません。

 但し,控訴,上告を繰り返し,判決が刑務所を出てから5年を経過していれば,執行猶予が付く可能性があります。5年を経過しているかどうかの判決時期は,第一審であれば,第一審の判決時になりますが,控訴すれば,控訴審の判決時,上告審であれば上告審の判決時です。上告審は完全な事後審制ですが,最終の判決がなされるのは上告審ですから5年の期間計算も上告審の判決時を基準にせざるを得ません。しかし,単なる窃盗事件で争点がなければ控訴審は,通常,3〜4カ月,上告審も3〜4か月でしょうからその可能性もありません。とすると,公判請求された場合必ず懲役刑が求刑されますから(検察官が罰金相当と考えるなら最初から略式起訴手続きが行われますので罰金の求刑はあり得ません。)執行猶予は付かなくなり実刑となって刑務所に行くことになりますので,公判請求(正式起訴)前に弁護人と協議して検察官に罰金を求める弁護活動が必要不可欠になります。なお,再度の執行猶予というのは執行猶予期間中に判決をする場合に再び執行猶予にする場合ですので本件とは異なります(刑法25条2項)。

 では,どうしてこのように執行猶予の要件が厳しいのでしょうか。執行猶予とは,有罪による刑罰の言い渡しを行うが,情状により直ちに執行せずにある期間猶予してその期間が経過すると言い渡しは法的効力を失い前科が抹消されることです。その法的性格は,刑罰自体ではなく刑罰の付随処分です。有罪になって刑が言い渡されたのにどうして執行しないのか,前科を抹消するのかという疑問があると思います。しかし刑法の真の目的は,法の支配の理念から,正義にかなう公正な法社会秩序の建設であり,そのためには,更生して社会に復帰し法を遵守する可能性が大きい犯罪者には,国家が犯罪者のレッテルを直ちに貼ることを避けて更生復帰させ(短期自由刑の弊害防止),又執行猶予を取り消されるかもしれないという効果により再犯を予防しながら真に更生,社会復帰する道を与えることが必要です。しかし執行猶予は,有罪,刑の言い渡し,執行の原則に対する例外であり前科がある場合で刑の執行を受けて終了し5年も経過していない被告人は,刑の執行なくして更生の可能性がないものと判断されることになります。
 判例も同趣旨です。最高裁昭和24年3月31日判決(恐喝被告事件)後記参照。
 尚,昭和22年,28年の改正前は,25条1項本文の懲役2年が3年,同条1項2号の5年が7年でした。このように,更生の道を広げるため,執行猶予の条件は次第に緩和されてきています。

2 (万引きにおける起訴前の弁護活動)
@ 一般的に万引きにおける弁護活動としては,被害者または被害店舗との示談交渉が重要となりますが,本件のように懲役刑の場合に執行猶予がつかないという場合は特に示談が重要になります。示談については本人が謝罪に行くのが原則ですが,被害者からすれば本人とはかかわりあいを持ちたくないというのが通常ですし,感情的なこともあり本人が示談を成立させることは困難ですから,弁護士に依頼する必要があります。弁護士に依頼する場合は,示談の交渉だけ依頼するというのも理論上は可能でしょうが,犯罪事実の確認,捜査機関との交渉等が必要ですから刑事事件の全部について弁護人になることを依頼する必要があります。
A 示談については,まず被害者に謝罪することが第一です。弁護士に依頼した場合は,本人や両親,配偶者等の家族の謝罪の手紙を書いて,弁護士に託すことになります。手紙には謝罪の他,反省していること,二度と万引きをしないこと,店舗内に立ち入らないことなどを約束することを記載します。
 また,示談する場合は示談金が必要になります。万引きした商品の代金相当の金額の他,迷惑をかけた慰謝料的な金額を加算することになります。具体的な金額は事案によって異なりますが,被害額が安い万引きでも2,30万円は最低でも用意していた方が良いでしょう(罰金刑は50万円以下ですから50万円という示談金も高額とは言えないでしょう)。

 示談に応じてもらえた場合には,示談書を作成しますがその場合「被疑者の処罰を望まない」という文言(宥恕文言)を入れたものを作成することが望ましいと言えます。しかし,被害者によってはそのような文言は入れたくないという人もいますから,万引きの様な軽微な犯罪では文言にこだわる必要はないでしょう。
 起訴するか,または,起訴するにしても懲役刑・禁固刑とするか罰金刑とするのかを決定するのは検察官ですが,その判断において示談の成立は大変重視されます。個人法益(生命身体の自由に対する罪,財産罪に対する罪である窃盗罪等)の犯罪では,有罪の場合,示談こそ弁護活動の要です。これができなければ弁護活動の意味がないといっても過言ではありません。

 その理論的根拠ですが,法の支配に求められます。個人主義,自由主義から人間は生まれながらに自由であり,本来これを奪うことは出来ませんが(憲法13条),行為者が義務を負い,とりわけ,生命身体の自由を剥奪,制限されるのは,法の支配の趣旨から国民が委託した立法府により定められた正義にかなう公正,公平な法によらなければならず,個人による報復,自力救済は一切禁止されることになります。これを適正手続きの保障,自力救済禁止の原則といいます(憲法31条,32条,76条)。法治国家の存在自体がこれを裏付けています。このような構造から明文はありませんが,被害者は自力救済禁止の反射的効果として国家に対して適正な刑事裁判を通じて被告人を処罰して欲しいという抽象的な処罰を求める請求権(処罰請求権)を有していると考えることができます。この権利は,刑法(刑罰)の本質(応報刑か目的刑か)をどのようにとらえるかに関係なく,認められることになります。被害者の刑事告訴権(刑事訴訟法230条)もこのような構造から当然に導かれる権利と考えることができます。
 
 従って,規定がなくても理論的に当然認められる権利と言ってよいでしょう。刑事裁判で近時認められた被害者の公判廷での被害者参加,意見陳述も,この被害者の抽象的処罰請求権の具現化と位置付けることができます(刑訴316条の33,同38以下参照)。示談は,通常「処罰請求権を事実上放棄する。」「許す。」「宥恕する。」という言葉が記載されています。この短い文章が,刑事手続きに絶大な効果を及ぼします。この言葉が入っていない示談書,和解合意書は被害者が本来有する処罰請求権の放棄がないので刑事手続き上効果がかなり低いといわざるを得ません。仮に刑事弁護人が示談書にこの言葉の記載漏れを生じせしめた場合,量刑に大きな差異を生じ責任問題になる場合があるでしょう。法律の解釈適用を行う裁判所(司法権)は,国民の信託を根拠にしており,当該犯罪の被害者が示談,和解により処罰請求権行使を事実上放棄するのであれば,積極的に刑罰を適用する理由が希薄になり刑事裁判に大きな影響を及ぼし,又,起訴前の検察官の公訴権行使に大きな影響を与えることになります。刑訴248条,起訴便宜主義も「犯罪後の情況により」と規定し被害者側の意思を重視する結果になっています。
 
B 万引きの場合,示談金次第によってはほとんどの場合示談が可能と言えます。しかし,被害者がチェーン店の場合には,会社の方針として示談には応じないとなっていることが多く,示談金を受け取ってもらえず示談が成立しない場合が多々あります。
 そのような場合には,被害の弁償ということで民法494条の供託という手段をとることができます。被害弁償をする債務を負っているが相手が債務を受領しないので弁済供託といって,供託することによって被害金額を支払ったことになるのが供託という手続きです。供託の要件として,債権者が受領拒否の意思を明確にしていることが必要なので,供託という手段を取る時も,被害者との示談交渉は必要となります。
 供託の場合には,示談のように被害者の「被疑者の処罰を望まない」という意思が表れているわけではないので,示談ほど強い効力はありません。むしろ示談に応じないということは被害の感情が強いためと判断される危険性もあります(但し,窃盗のような経済的な被害であれば被害額が弁償されていることは示談が成立したのと同様に考えられる)が,被害の回復という意味では効果的な手段と言えます。
 また,身元引受書の作成や捜査機関との交渉も弁護士の活動となります。

3 (本件において)
 本件においては,1年前に刑務所を出所したということですので,刑法25条1項2号により,執行猶予はつきません。
 もっとも,示談の成立の有無や被害金額,万引きの回数,反省の程度,監督者の有無等の事情を考慮して,不起訴処分,あるいは罰金刑となる可能性はあり得ます。
 示談交渉を行う場合,被害者が被疑者との直接の接触を拒む場合がありますので,弁護士を刑事事件の弁護人に選任し間に入ってもらい示談交渉してもらう必要があります。

(判例参照)
最高裁昭和24年3月31日判決(恐喝被告事件)
昭和28年の改正まで25条1項2号の期間は7年でした。妥当な判断です。
「 理   由
 弁護人戸田宗孝上告趣意第二点について。
 所論は,先に懲役一年執行猶予三年間の判決の言渡を受け,判決確定し,執行猶予中の状態にあつた被告人が,さらに他の犯罪を行い懲役十月の言渡を受けた場合に,その刑につき執行猶予の言渡をすることが,法律上可能であるか否かの問題に触れている。そして,論旨は,刑法第二五条第一号にいわゆる「前に禁錮以上の刑に処せられたることなき者」とは,「前に禁錮以上の刑の言渡を受けその刑の執行を受けたることなき者」という意味であるから,本件の場合においても刑の執行猶予を言渡すことは,法律上不可能ではないと主張するのである。

 しかしながら,刑の執行猶予の制度は,犯罪の情状比較的軽く,そのまゝにして改過遷善の可能性ありと認められる被告に対しては,短期自由刑の実刑を科することによつて,被告人が兎もすれば捨鉢的な自暴自棄に陥つたり,刑務所内におけるもろもろの悪に汚染したり,又は釈放後の正業復帰を困難ならしめたりすることのないように,刑の宣告をする裁判所が,刑の宣告と同時に,一定期間刑の執行を猶予することを言渡すものである。そして,一方においては,執行猶予の言渡を取消されることなく無事に猶予期間を経過したときは,刑の言渡は終局的にその効力を失うものとして,被告人の改過遷善を助長すると共に,他方においては,被告人が再び犯罪を行つたごとき場合には,いつでも執行猶予の言渡を取消し実刑を執行すべき警告をもつて,被告人の行動の反省と謹慎を要請しているのである。すなわち,これによつて刑罰の目的を妥当に達成せんとする刑事政策的配慮を多分に加味したものであることは,言うを待たない。

 そこで,刑法第二五条について考えると,(一)前に禁錮以上の刑の確定判決を受けたことのない者,(二)かかる確定判決を受けたことはあるがその執行を終り又は執行の免除を得た日から七年間も謹慎生活を続け七年以内には再び禁錮以上の刑の確定判決を受けたことがない者に対しては,実刑を科さなくとも改過遷善の可能性ありと裁判所が認めた場合には,執行猶予の言渡ができるものとしたのである。かゝる確定判定を受けた者は,たとい刑の執行猶予中であるにしても,再び犯罪を行つた場合には実刑を科せずして改過遷善の可能性ありとは法律上認め難いのであつて執行猶予を附することはできないものと言わなければならぬ。さらに,刑法第二六条第一号によれば,「猶予の期間内更に罪を犯し禁錮以上の刑に処せられたるとき」は,先になされた刑の執行猶予さえ取消さるべきものである。かゝる場合に新犯罪の刑につき執行猶予を言渡すことができないと解すべきは,まさに理の当然である。また,刑法第二五条第二号をよく見れば,「刑に処せられ」というのは,所論のごとく刑の執行を受けたることゝ関連がないことは,容易に理解されるであろう。論旨は,それ故にこの点において理由がない。」

≪参照条文≫

(執行猶予)
刑法二十五条
1 次に掲げる者が3年以下の懲役若しくは禁錮又は50万円以下の罰金の言渡しを受けたときは,情状により,裁判が確定した日から1年以上5年以下の期間,その執行を猶予することができる。
一 前に禁錮以上の刑に処せられたことがない者
二 前に禁錮以上の刑に処せられたことがあっても,その執行を終わった日又はその執行の免除を得た日から5年以内に禁錮以上の刑に処せられたことがない者
2 前に禁錮以上の刑に処せられたことがあってもその執行を猶予された者が1年以下の懲役又は禁錮の言渡しを受け,情状に特に酌量すべきものがあるときも,前項と同様とする。ただし,次条第1項の規定により保護観察に付せられ,その期間内に更に罪を犯した者については,この限りでない。
(窃盗)
第二百三十五条  他人の財物を窃取した者は,窃盗の罪とし,十年以下の懲役又は五十万円以下の罰金に処する。

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