新銀座法律事務所 法律相談事例集データベース 質問:私は20数年会社に真面目に勤めてきたのですが,会社の経営が悪化したことを理由に解雇を言い渡されてしまいました。事前に希望退職の募集もなく,また,私の意見を聞いてもらったりする機会は設けてもらえませんでした。突然このような形で解雇されてしまったことについては,到底納得がいきません。会社での地位を失ってしまった場合には,給料が支払われなくなってしまい大きな不利益を被ることになってしまいます。会社に対し,このような解雇は無効であり,従業員としての立場を有しているものとして争ってゆきたいと思いますが,今後,どのように手続を進めてゆけばよいか教えてください。 解説: 第1 (整理解雇について) 2 (整理解雇の有効性を判断する場合の4要素) なお,上記の4点については,「4要件」か「4要素」なのかについて争いがあります。「4要件説」に立った場合には上記の@からCの全ての要件を満たさなければ整理解雇は有効になりません。一方,「4要素説」に立った場合には,@からCは解雇の有効性を判断するための1要素にすぎず,4つの要素を総合的に考慮して,最終的に整理解雇が解雇権の濫用に該当するかの判断を行うこととなります。 第2 (整理解雇の有効性についての具体的検討) 大阪高裁平成23年7月15日判決によれば,「人件費削減の方法として,人件費の高い労働者を整理解雇するとともに,他方では人件費の安いほぼ同数の労働者を新規に雇用し,これによって人件費を削減することは,原則として許されないというべきである。なぜならば,同程度の人件費の削減を実現するのであれば,人の入れ替えの場合よりも少ない人数の整理解雇で足りると解されるし,また,このような人を入れ替える整理解雇を認めるときは,賃金引き下げに容易に応じない労働者の解雇を容認し,その結果として労働者に対し賃金引き下げを強制するなどその正当な権利を不当に侵害することになるおそれがあるからである。」とされています。 (2)解雇回避努力義務について 本件の相談のような希望退職についての解雇回避努力義務の判断については,横浜地裁平成19年5月17日判決が参考になるでしょう。同判例によれば,「希望退職の募集は,解雇回避の一手段にすぎず,整理解雇に先立って必ず実施しなければならない性質のものではないが,職員の意思を尊重しつつ,人員及び人件費の削減を図る極めて有用な手段であることを考慮すると,被告が相当な理由なくこの措置を講じなかった点は,解雇回避努力を怠ったと評価せざるを得ない。」とされており,希望退職者の募集をしなかったことは,特に理由のない限り解雇回避義務を尽くしたとは言えないとして,相当な理由についての主張立証を使用者側に要求しています。 (3)被解雇者の人選の合理性について この点については,東京地裁判決平成13年12月19日(ヴァリグ日本支社事件)が参考となります。同判例は,整理解雇に当たって,一定の年齢以上の者(53歳以上)を人選基準としたことの合理性について判断しました。同判例によれば,「被解雇者を選定するにあたり,一定の年齢以上の者とする基準は,一般的には,使用者の恣意が介在する余地がないという点で公平性が担保され,また,年功序列賃金体系を採る企業…においては,一定額の経費を削減するための解雇人員が相対的に少なくて済むという点においてそれなりに合理性があるといえないではない。しかし,本件において基準とされた53歳という年齢は,定年年齢まで7年間(就業規則の変更が無効であれば12年)もの期間が残存し,残存期間における賃金に対する被用者の期待も軽視できないものである上,我が国の労働市場の実情からすれば再就職が事実上非常に困難な年齢であるといえるから,本件の事実関係の下においては,早期退職の代償となるべき経済的利益や再就職支援なしに上記年齢を解雇基準とすることは,解雇後の被用者及びその家族の生活に対する配慮を欠く結果になる(被告が提示した早期退職の条件が上記の点を考慮したものとはいいがたい。)。加えて,被告日本支社では,53歳以上の者であっても,一般従業員は対象とせず,幹部職員のみを解雇の対象としているところ,原告らの担当する幹部職員としての業務が,高齢になるほど業績の低下する業務であることを認めるに足りる証拠はないことからすると,幹部職員で53歳以上の者という基準は必ずしも合理的とはいえない面がある。」として,一定の年齢以上の者(53歳以上)を人選基準とする場合であっても,再就職支援や退職の代償となる経済的利益への配慮に欠けた本件人選基準の合理性には問題がある,と判断しています。 (4)手続の相当性について (5)本件についての具体的な検討 2 (整理解雇について具体的に争う法的手段) @人員削減の必要性については,会社が整理解雇を行うような経営上の必要性があったのかどうか,会社の経営状況を示す書面を収集し,それらを分析することが必要です。具体的には,貸借対照表等の計算書類を収集することになるでしょう。 本件でも,上記の4要素に関する証拠について,書面があればまずそれを収集します。その上で,書面が無いような場合には労働者,整理解雇についての担当者,使用者に対して事情聴取を行う必要があります。 (2)整理解雇の有効性を争う法的手段について ア 訴訟外の任意の交渉 イ 労働審判(労働審判法参照) ウ 民事訴訟 エ 仮の地位を定める仮処分(ウの民事訴訟の前提として申立) また,A保全の必要性については,賃金仮払いの仮処分が認められないことによって,こちらの経済的な生活が困窮し,本案訴訟(ウの民事訴訟)の確定を待つことのできない,緊急の必要性があることを意味します。この保全の必要性を,証拠資料に基づいて疎明する必要があります。具体的には,現在無収入であること,収入がある場合であっても,それは失業保険の受給やアルバイト収入程度に過ぎないものであり収入が大きく減少したことなどを疎明することとなります。 (3)以上のように,使用者側と整理解雇について争う方法は多くあり,どの手段を選択するかについては各手段のメリット・デメリットを検討した上での判断に委ねられます。ただ,いずれにしても適切な証拠を収集し,法的構成を綿密に構成しなければ整理解雇の有効性を争うことは難しいと考えられますので,弁護士へ依頼されることもご検討下さい。 <参照条文> 労働基準法 労働契約法 労働審判法 民事保全法
No.1354、2012/10/15 10:13 https://www.shinginza.com/qa-roudou.htm
【労働・整理解雇・整理解雇の条件・4要素・大阪高裁平成23年7月15日判決】
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回答:
1 今回のご相談内容は,会社の経済的な理由に基づいて解雇されたものであり,いわゆる整理解雇というものに該当します。整理解雇の有効性については,裁判において多数争われており,下記に述べるように4つの要素によって総合的に有効か否かの判断がなされています。一定の場合には,解雇権を濫用されたものとして無効となりますので,今回も判例等の基準に照らして整理解雇の有効性を争ってゆくことになるでしょう。
整理解雇を争う手段としては,訴訟外の会社との交渉,労働審判の申立て,民事訴訟の提起(併せて仮の地位を定める仮処分の提起)などが考えられます。整理解雇の有効性の判断については,専門的な判断が必要となる可能性がありますので,弁護士に相談することをお勧めします。
2 その他,整理解雇に関する事例としては,5番,642番,657番,762番,786番,842番,923番,925番,1286番番の事例集をご参照ください。手続は995番,978番,879番,書式ダウンロード 労働審判 手続申立参照。
(労働法,労働契約解釈の指針)
先ず,労働法における雇用者,労働者の利益の対立について申し上げます。本来,資本主義社会において私的自治の基本である契約自由の原則から言えば 労働契約は使用者,労働者が納得して契約するものであれば,特に不法なものでない限り,どのような内容であっても許されるようにも考えられますが,契約時において使用者は経済力からも雇う立場上有利な地位にあるのが一般的ですし,労働力を提供して賃金をもらい生活する関係上労働者は長期間にわたり指揮命令を受けて拘束される契約でありながら,常に対等な契約を結べない危険性を有しています。
しかし,そのような状況は個人の尊厳を守り,人間として値する生活を保障した憲法13条,平等の原則を定めた憲法14条の趣旨に事実上反しますので,法律は民法の雇用契約の特別規定である労働法等(基本労働三法等)により,労働者が対等に使用者と契約でき,契約後も実質的に労働者の権利を保護すべく種々の規定をおいています。法律は性格上おのずと抽象的規定にならざるをえませんから,その解釈にあたっては使用者,労働者の実質的平等を確保するという観点からなされなければならない訳ですし,雇用者の利益は営利を目的にする経営する権利(憲法29条の私有財産制に基づく企業の営業の自由)であるのに対し,他方労働者の利益は毎日生活し働く権利ですし,個人の尊厳確保に直結した権利ですから,おのずと力の弱い労働者の利益をないがしろにする事は許されないことになります。
ちなみに,労働基準法1条は「労働条件は,労働者が人たるに値する生活を営むための必要を満たすべきものでなければならない。」第2条は「労働条件は労働者と使用者が,対等の立場において決定すべきものである。」と規定するのは以上の趣旨を表しています。従って,以上の趣旨を踏まえて整理解雇の要件(要素)を検討し,法規等の解釈が必要です。
1 (整理解雇の定義)
整理解雇とは,企業が経営上必要とされる人員削減のために行う解雇のことをいいます。
整理解雇は普通解雇の一種とされており,労働契約法第16条により,整理解雇が「客観的に合理的な理由を欠き,社会通念上相当であると認められない場合」には,解雇権を濫用したものとして,当該整理解雇は無効となります。
整理解雇に客観的な合理性があると認められるか,あるいは解雇権の濫用に該当するかについては,昭和50年代以降の裁判例では,以下のような「4要素」に着目して判断がなされています。
@ 人員削減の必要性
A 人員削減の手段として整理解雇を選択することの必要性(解雇回避努力)
B 被解雇者選定(人選)の合理性
C 解雇に至った手続の妥当性
最近の判例についても,上記の4要素を基準として整理解雇の有用性の判断がなされています。
上記の対立については,従来は4要件と解されることが多かったものの,現在の裁判例の多数派は4要素説に立っており,4要素説が有力な立場です。ただし,4要件説に立つ判例も存在しますので,注意が必要です(例えば,東京高裁平成22年5月21日決定参照)。
上記4要素に照らした解雇手続が履践されていなければ,当該整理解雇は濫用として無効となりますので,今まで通り相談者様は雇用契約上の地位を有することとなります。以下,通説的見解である4要素説にしたがって,本件の整理解雇の有効性について具体的に検討してゆきます。
1 判例に照らした4要素の具体的検討
(1)人員削減の必要性について
人員削減の必要性の程度については,従来は人員削減をしなければ企業の維持・存続が危殆に瀕する程度の差し迫った必要性が必要とされていました。終身雇用制を前提とする社会においては,会社がつぶれてしまうような事情がない限りは経営上の都合で解雇はできないという共通認識があり,裁判所もそのような見地から判断していました。しかし,企業が世界規模での競争原理におかれ,終身雇用制が崩壊した経済状況を前提に,現在における裁判例の多くは,「企業の合理的運営上やむを得ない必要」に基づけば足りる(東京高裁昭和54年10月29日判決),あるいは「客観的に高度な経営上の必要性」があれば足りるものとされています(大阪地裁平成7年10月20日決定参照)。
経営上の判断から人員削減が必要か否かを判断するわけですから,比較的企業側の判断が尊重されやすい要素である,ということができます。特に人員削減の必要性がない,あるいは人員削減の必要性に名を借り他の目的で解雇するなどという事情がない限りは企業の経営上の判断が尊重されるものと考えられます。会社の損益計算書で赤字決算になっているような場合は,人員削減の必要性が認められやすいと言えるでしょう。
他方,整理解雇の措置を取る前後に,それと矛盾するような経営行動(例えば,新規採用を大量に行っていること,賃上げや高率の株主配当を行っていること)が取られているような場合には,人員削減の必要性が無かったものとして争う余地は残されているでしょう。
整理解雇によって人員削減をするためには,使用者側が,人件費以外の経費削減,新規採用者の中止,配転,出向,一時帰休,労働時間の短縮や希望退職者の募集,等の手段を取ることによって,一定程度解雇を回避する努力義務を尽くさなければなりません(解雇回避努力義務)。このような解雇回避努力義務は,労働契約における信義則上認められるものです。
使用者側が,取り得る他の手段を取らずに,整理解雇を突然行ったような場合には,解雇権の濫用の判断が下されることとなります。解雇回避努力義務を尽くしたかについては,裁判例上良く争われるところであり,使用者側に厳しい判断が下される裁判例も多数存在します。
解雇回避努力義務については,常に一定内容の義務が課されるわけではなく,使用者側の個別具体的な事情をみて,総合的にどのような解雇回避努力義務を負うべきであったのか,が判断されることとなります。東京地裁八王子支部決定平成11年7月23日は,「使用者が労働者を整理解雇するに当たっては,当該解雇を回避するための努力が十分に尽くされなければならないとはいえ,労働時間の短縮,新規採用停止,希望退職者の募集,派遣社員等の人員削減,従業員に対する再研修等の措置が常に必要不可欠な解雇回避措置として求められるものではなく,いかなる措置が講じられるべきかについては,企業規模,経営状態,従業員構成等に照らし,個別具体的に検討されるべき」としており,上記と同趣旨と考えられます。
整理解雇の必要性が認められたとしても,使用者が被用者のうちどの被用者を整理解雇の対象にするかについて,客観的かつ合理的な基準を策定しなければなりません。これを怠り,恣意的な基準により整理解雇者を選定した場合には,当該整理解雇は違法となります。人選の基準として,欠勤・遅刻の回数,使用者の命令違反の回数,勤務成績,勤続年数,企業への貢献度,扶養家族の有無などを考慮した,客観的かつ合理的な基準がなければ,整理解雇は違法となる可能性があるでしょう。
また,解雇に至る手続について相当な方法が取られていないような場合にも,整理解雇は違法とされる可能性があります。
例えば,労働組合が当該会社に存在する場合には,就業規則に規定がある場合はもちろん,無い場合であっても,信義則上労働組合と使用者との間において,人選の基準や整理解雇の必要性等について十分に協議すべき義務が課されます。
また,整理解雇に際して,解雇の必要性等について,選定者に対して十分に説明の機会を与えなければなりません。上記東京地裁判決平成13年12月19日(ヴァリグ日本支社事件)によれば,「前記説示のとおり,解雇手続の相当性を判断するに当たっては,使用者が労働者に対し,解雇の必要性について誠実な説明をしたか否かをその1要素として考慮すべきところ,前記認定事実によれば,本件解雇通告当時,被告はブラジル・日本間の国際便増便が予定されていたから,日本支社の業務量も増加することが予想されており,また,平成6年春闘においても,ベースアップと通常どおりの賞与支給を被告側が受入れる形で妥結したのであるから,日本支社においても経費削減のため人員整理を断行する必要があるとの事情は,被告からの具体的かつ明確な説明がない限り,退職勧奨・整理解雇の対象となった職員が納得することは困難であったというべきである。にもかかわらず,ロス支社長が人員削減の必要性に初めて言及したのが平成5年6月1日(本件解雇通告の約3か月前)であり,しかも,同日から本件解雇通告に至るまで,被告は人員削減の規模や退職勧奨・整理解雇の基準を終始明確にしなかったのであるから,被告の本件解雇通告を含む整理解雇についての説明は,退職勧奨または整理解雇の対象となった職員の理解を得るに足りる誠実なものであったとはいえない。」としており,整理解雇をするに当たって,使用者側に解雇の必要性についての説明義務を求めていることが参考となるでしょう。
今回の事例についての判断ですが,使用者側は今回の整理解雇について,事前に希望退職の募集もなく突然解雇を言い渡したものですから,上記の4要素のうち,解雇回避努力義務は具体的な事情に照らしてみても,到底尽くされていないものと評価できます。また,整理解雇についての事前の説明等,適正な手続に則って行われたものともいえず,人選の合理性や手続の相当性からみても不当な整理解雇と評価できます。上記の整理解雇の4要素に照らして検討すると,本件の整理解雇は,労働契約法第16条により解雇は無効として争うことは十分に可能でしょう。
(1)証拠の収集について
では,いかなる法的手段によって,整理解雇の有効性を争ってゆくのでしょうか。その前に,まずは法的主張を組み立てるための証拠を収集する必要性があります。
解雇されてしまったような場合には,まず,退職証明書(労働基準法第22条第1項),解雇理由証明書(労働基準法第22条第2項)を取得して,なぜ解雇になったのかの理由を把握しなければなりません。ただ,労働者側の立場としては,基本的に使用者側の情報に乏しいため,使用者側に積極的に情報開示(内容証明等の手段)を求める必要があるでしょう。弁護士にご依頼した場合であっても,解雇の無効を主張するための証拠が十分ではないことを意識しつつ,基本的には労働者側の言い分を根拠として,主張を組み立ててゆくこととなります。
その上で,上記の整理解雇の4要素に照らして,それぞれ必要な証拠を可能な限り収集してゆく必要があります。
A解雇回避努力については,どのような解雇回避努力をしたのかについての書類,例えば希望退職者の募集があったのであれば,それに関する証拠を収集する必要があります。
B被解雇者選定の合理性については,人選の基準が策定されておりそれが書面に残っているのであれば,それを取得する必要があります。
C解雇手続の妥当性については,労働組合との協議の結果が書面に残されているのであれば当該書面,整理解雇の説明会が開催されているようであればその関係書類等を収集します。
以上のように証拠を収集し,その結果を踏まえ,上記の整理解雇の4要素に照らして,解雇権の濫用であるという法的構成を主張してゆくことになります。法的構成については,第2・1において述べた4要素の具体的な判断方法を元に組み立ててゆくこととなります。以下では,整理解雇について使用者側と争う具体的方法について検討してゆきます。
まずは,訴訟外において会社と任意の交渉を行うことになると考えられます。会社に対して内容証明郵便(配達証明付)を送って,今回の整理解雇が無効であること,使用者側に今回の整理解雇の理由等の開示を請求してゆくこととなります。後の証拠とするため,書面による回答を求めるとよいでしょう。ご本人では請求が難しい場合には,弁護士を代理人として立てて,交渉を行ってもらうことも考えるべきでしょう。
訴訟外の交渉による解決が難しい場合には,裁判上の手続を利用することが考えられます。労働審判は裁判所内で行われる手続で,裁判官と2名の審判官が労働委員会として,個別の労働事件についての判断を行います。
労働審判においては,事前に書面で証拠や主張を行うことができ,また,労働審判期日において直接口頭で必要な主張を行うことも可能です。
労働審判は,原則として3回以内の期日で審理を終えることとされており(労働審判法第15条第2項),通常の民事訴訟よりもスピーディーな解決を目指すことができます。ただし,その反面,申立の前段階として入念かつ綿密な準備が必要となりますので,労働審判制度を利用するには弁護士へ依頼する必要性が高いでしょう。
労働審判においてその審判内容に対して不服がある場合には,異議を申し立てることができ(労働審判法第21条第1項),異議申立てによって通常の民事訴訟に移行することとなります(労働審判法第22条第1項)。
また,労働審判等の制度を利用せず,最初から雇用契約上の地位があることの確認を求める民事訴訟などを提起することも可能です。その際に主張すべき法的構成については上記の4要素に従う必要があり,収集すべき証拠についても上記のとおりです。
民事訴訟によれば,裁判所により,強制力のある,最終的な結論(判決)を求めることが可能です。ただし,民事訴訟においては,整理解雇の4要素に照らして違法であることを,証拠に基づいて必要かつ十分な立証活動を行い,裁判官を説得する必要があります。また,裁判の期日は基本的に月に1回のペースで進行しますので,必然的に最終的な結論が出るまでには時間がかかってしまうという難点があります。
ウの民事訴訟においては,裁判所が強制力のある判断を下すことによって,紛争を終局的に解決することが可能となっています。ただ,民事訴訟は,当事者双方が対立する対審構造の下で,法廷において相互に主張立証を繰り返す手続となっており,使用者との間で対立が大きいような場合には,判決等の終局的な解決まで長期間かかってしまいます(最低でも1年以上かかると考えられます)。
民事訴訟中は,使用者は通常解雇が有効であることを理由に賃金を支払いません。被雇用者としては,賃金が得られないのでは経済的に大きな不利益を被ってしまい裁判を続けられなくなってしまいます。そこで,民事訴訟を提起する前に,賃金の支払いを確保する必要があります。そのような手段として民事保全法上の仮の地位を定める仮処分を裁判所に申し立てることが可能です(ただし,仮の地位を定める仮処分の場合,民事保全法23条4項で規定されているように原則として債務者=雇用者を裁判所に呼んで意見を聴く必要があり,争いがあれば数回裁判所で口頭弁論という手続きが行われます。そのため,裁判所の仮処分の決定が出るまでに数カ月かかることもあります。)。
仮処分の申立てによって,暫定的に従業員としての地位を認めてもらうか(地位保全の仮処分),賃金を仮に支払ってもらう(賃金仮払いの仮処分)ことが可能です。ただ,賃金仮払いの仮処分を認めれば,労働者の当面の生活には困らないものとされますので,地位保全の仮処分ではなく賃金仮払いの仮処分のみを認めるのが現在の実務の通常の扱いとなっています。
このような仮の地位を定める仮処分を求めるためには,まず仮処分の申立書を作成し,裁判所に提出する必要があります。ここでは,主に申立ての趣旨(どのような仮処分を求めるのか,申立の結論に該当する部分),申立ての理由を記載する必要があります。そして,申立ての理由については,@被保全権利と,A保全の必要性に関する主張を証拠に基づいて説得的に主張し,疎明する必要があります(民事保全法第13条参照)。@被保全権利とは,仮処分によって保全されるべき権利のことをいい,ウの民事訴訟において確認を求めるべき権利(本件では,雇用契約上の地位にあること)があることを意味します。
裁判所に申立書を提出した場合,仮の地位を定める仮処分については,原則として審尋の期日が定められ,期日において裁判官と面接する必要があります(民事保全法第23条第4号参照)。審尋の具体的方法については,実務上双方審尋という方法が採用されており,債権者(本件では,従業員である相談者様)と債務者(本件では,整理解雇を主張する会社)が,交互又は同時に裁判官と面接することになります。そして,当事者は口頭による説明と,疎明資料を提出した上での書面による説明を行うこととなります。そのため,審尋の期日が設けられた際には,裁判官を説得できるだけの準備を整える必要があります。審理の結果,申立てに理由があると認められれば,賃金の仮払い等の仮処分が認められることとなります。
なお,仮処分による保全命令は,通常担保として保証金を供託するのが通常ですが,賃金仮払いの仮処分の場合は,賃金が支払われないと生活ができないということで仮払いが認められるわけですから担保を建てる必要はありません。
(退職時等の証明)
第二十二条 労働者が,退職の場合において,使用期間,業務の種類,その事業における地位,賃金又は退職の事由(退職の事由が解雇の場合にあつては,その理由を含む。)について証明書を請求した場合においては,使用者は,遅滞なくこれを交付しなければならない。
○2 労働者が,第二十条第一項の解雇の予告がされた日から退職の日までの間において,当該解雇の理由について証明書を請求した場合においては,使用者は,遅滞なくこれを交付しなければならない。ただし,解雇の予告がされた日以後に労働者が当該解雇以外の事由により退職した場合においては,使用者は,当該退職の日以後,これを交付することを要しない。
○3 前二項の証明書には,労働者の請求しない事項を記入してはならない。
○4 使用者は,あらかじめ第三者と謀り,労働者の就業を妨げることを目的として,労働者の国籍,信条,社会的身分若しくは労働組合運動に関する通信をし,又は第一項及び第二項の証明書に秘密の記号を記入してはならない。
(解雇)
第十六条 解雇は,客観的に合理的な理由を欠き,社会通念上相当であると認められない場合は,その権利を濫用したものとして,無効とする。
(迅速な手続)
第十五条 労働審判委員会は,速やかに,当事者の陳述を聴いて争点及び証拠の整理をしなければならない。
2 労働審判手続においては,特別の事情がある場合を除き,三回以内の期日において,審理を終結しなければならない。
(異議の申立て等)
第二十一条 当事者は,労働審判に対し,前条第四項の規定による審判書の送達又は同条第六項の規定による労働審判の告知を受けた日から二週間の不変期間内に,裁判所に異議の申立てをすることができる。
2 裁判所は,異議の申立てが不適法であると認めるときは,決定で,これを却下しなければならない。
3 適法な異議の申立てがあったときは,労働審判は,その効力を失う。
4 適法な異議の申立てがないときは,労働審判は,裁判上の和解と同一の効力を有する。
5 前項の場合において,各当事者は,その支出した費用のうち労働審判に費用の負担についての定めがないものを自ら負担するものとする。
(訴え提起の擬制)
第二十二条 労働審判に対し適法な異議の申立てがあったときは,労働審判手続の申立てに係る請求については,当該労働審判手続の申立ての時に,当該労働審判が行われた際に労働審判事件が係属していた地方裁判所に訴えの提起があったものとみなす。この場合において,当該請求について民事訴訟法第一編第二章第一節 の規定により日本の裁判所が管轄権を有しないときは,提起があったものとみなされた訴えを却下するものとする。
2 前項の規定により訴えの提起があったものとみなされる事件(同項後段の規定により却下するものとされる訴えに係るものを除く。)は,同項の地方裁判所の管轄に属する。
3 第一項の規定により訴えの提起があったものとみなされたときは,民事訴訟法第百三十七条 ,第百三十八条及び第百五十八条の規定の適用については,第五条第二項の書面を訴状とみなす。
(申立て及び疎明)
第十三条 保全命令の申立ては,その趣旨並びに保全すべき権利又は権利関係及び保全の必要性を明らかにして,これをしなければならない。
2 保全すべき権利又は権利関係及び保全の必要性は,疎明しなければならない。
(仮処分命令の必要性等)
第二十三条 係争物に関する仮処分命令は,その現状の変更により,債権者が権利を実行することができなくなるおそれがあるとき,又は権利を実行するのに著しい困難を生ずるおそれがあるときに発することができる。
2 仮の地位を定める仮処分命令は,争いがある権利関係について債権者に生ずる著しい損害又は急迫の危険を避けるためこれを必要とするときに発することができる。
3 第二十条第二項の規定は,仮処分命令について準用する。
4 第二項の仮処分命令は,口頭弁論又は債務者が立ち会うことができる審尋の期日を経なければ,これを発することができない。ただし,その期日を経ることにより仮処分命令の申立ての目的を達することができない事情があるときは,この限りでない。