新銀座法律事務所 法律相談事例集データベース
No.1359、2012/10/23 13:52 https://www.shinginza.com/qa-roudou.htm

【労働審判手続・相手方側(使用者側・会社側)・第1回期日の指定と期日変更の可否】

質問:会社としての相談です。元従業員が弁護士に依頼して労働審判を起こしてきました。東京地方裁判所から第1回期日の呼出状が届いたのですが,これから弁護士を探します。時間稼ぎのためにも第1回期日を先延ばしにすることはできませんか。

回答:
1.東京地裁から申立書副本と一緒に「労働審判手続の進行に関する照会書」という書面が送られてきているかと思います。その提出期限内であれば,若干の延期が可能な場合もあります。
2.その書面の提出期限を過ぎてしまっている場合は,申立人・申立代理人が期日変更に応じてくれて,かつ,裁判所側の都合がつかない限り,変更はできないと考えて臨む必要があります。
3.仮に期日の変更が認められても,その猶予は数日とか,1週間とか,僅かな程度にとどまるのが基本です。一日でも早く,できれば今日中に面談してくれる弁護士を探してください。
4.関連事例集論文1133番1062番925番915番842番786番763番762番743番721番657番642番458番365番73番5番,労働審判手続は,995番参照。

≪解説≫

(労働審判について)
 まず,労働契約(労働者が労働力を提供しこれに対して使用者が対価を支払う契約)に関する事件についての基本的説明をしておきます。我が国は,国家社会発展の基礎を自由主義,資本主義体制に求め,法の支配の理念に基づき法社会制度として私有財産制と私的自治の原則(契約自由の原則)を採用しています。自由な経済活動は,具体的に資本の蓄積,充実,維持と代理(委任),労働契約によって支えられています。しかし,経済活動を支え,基本となる労働契約は性質上不平等契約になる危険性を常に有しています。労働(雇用)契約はその性質上,委任と違い使用者の指揮命令に従うという従属性を有することもありますが,実態的には資本を有する使用者側の圧倒的経済力,組織力,情報力により労働力を切り売りして日々の生活に追われる労働者は常に契約の成立,継続,解消等について不利益な立場にたたされています。そもそも法の支配の最終目的は,個人の尊厳保障,公正,公平な社会秩序の建設にありますから,各制度には当然公平の原理が内在しており,労働契約においては実質的に労働者の権利を対等,公平に確保するため労働三法(労働基準,組合,調整法)労働審判法その他法律等の解釈適用が行われることになります。
 労働審判法は平成18年4月1日から施行されました。この制度は,あまり複雑性を有しない雇用者と労働者の私的紛争(労働事件)を適正,公平,迅速,低廉(費用がかからないように)に解決するために創設されました。労働問題に限らず,民事紛争は適正公平迅速に解決されなければならないのは当然の事ですし(民事訴訟法2条),権利義務を確定させるため,1年前後の期間を要する通常訴訟(地位確認の仮処分)により争われるのが原則です。しかし,労働事件には,特に迅速性が要求される特殊性があります。雇用契約は継続的契約であり,労働者が生きていくための基本的権利(憲法13条,25条)にかかわりますから,紛争が長期化すれば不利益を被るのは組織力,資本力,情報力を持たず日々の生活に追われている労働者側です。
 
 従って,労働事件は,当事者の勝敗より労働者の生きるための生活権確保という目的に従い,特に迅速性,実情にあった実質的公平性,合目性が要求されるのです。そこで,労働審判制度は,複雑性を有しない事件について(労働審判法24条,大規模の整理解雇事件等は適しないでしょう),適正,公平性を担保しながら迅速性(法15条,期日は3回以内 実務は約3ヶ月以内)を重視して,常に調停を併用しながら(法24条)職権主義を導入し(法17条,迅速性,合目性を確保するため審判委員会が独自に事実を調査し証拠調べをしますから,その権能を当事者に任せる当事者主義は後退します),主張立証方法を制限して(事実上1回−2回を原則とする 合計3回程度),非公開(法16条)で弾力的に運用しながら合目的な早期解決を目指します。ただ,当事者は,労働事件についても当事者主義に基づく適正手続による裁判を受ける権利(憲法32条)を有するので,審判結果に異議を申し立てる権利(法21条,22条)は当然留保されています。使用者側の立場から見ても労働事件の早期解決は業務,業績の向上という点からむしろ望ましい制度であり,労使双方の早期紛争解決の意思があれば実効性ある制度であると考えられます。以上の趣旨から第一回の期日指定の手続きも通常の民事訴訟と異なった運営がなされています。

【労働審判制度とは】
 労働審判制度とは,個別の労働関係に関する民事の紛争について,裁判官1名と労使関係に関する実務経験者2名とで構成される労働審判委員会が3回以内の期日で審理を行い,まずは調停による解決を試み,調停が成立しない場合には,当事者間の権利関係を踏まえつつ事案の実情に即した解決をするために必要な審判を行うという制度です(労働審判法1条)。
 頻発する個別労働関係民事紛争について,専門的・法的な見地に基づきつつも,迅速で柔軟な解決を図ることができる制度として,平成18年4月に導入されて以来,順調に根付いているとの印象を受けます。
 今回のご相談は第1回期日の指定に関する法令及びその運用に関するものですが,労働審判制度が迅速性を強く指向するものであることを念頭に置いてお読みいただければと思います。

【第1回期日の指定に関する法令の定め】
 労働審判手続の期日については,労働審判法(以下「法」といいます。)14条が「労働審判官は,労働審判の期日を定めて,事件の関係人を呼び出さなければならない」と規定し,労働審判規則(以下「規則」といいます。)13条において,第1回期日を「特別の事情がある場合を除き,労働審判手続の申立てがされた日から40日以内の日」に「指定しなければならない」としています。

【通常の民事訴訟との比較】
 参考として通常の民事訴訟(以下「通常訴訟」といいます。)と比較してみましょう。通常訴訟においては,第1回期日は,特別の事由がある場合を除いて訴え提起日から30日以内の日に指定しなければならないとされています(民事訴訟法139条,民事訴訟規則60条)。
 単純に日数だけを比較すると,通常訴訟の方が第1回期日の指定日が早く,迅速なようにも見えますが,実際はそうではありません。というのも,通常訴訟においては,第1回期日に出頭をしなくても,答弁書を出せば,その答弁書に記載した内容を第1回期日で述べたことと扱われます(陳述擬制,民事訴訟法158条)。しかも,答弁の内容としては,原告の請求を認めずに争うという旨だけを簡単に表示して,具体的な主張は次回以降の期日でするということもしばしば行われます。こうしたことから,中身の議論に入っていくのが第2回の期日(第1回期日から1か月程度先)になることがむしろ普通とさえいえます。
 これに対して労働審判手続の第1回期日が申立てから40日以内とされた趣旨は,第1回期日を充実したものとするという点にあります。3回以内の期日で終わらせるという手続の性質から,第1回の期日を通常訴訟のように終わらせることは想定していないのです。労働審判手続では,通常訴訟における陳述擬制の制度も採用されておらず,中身についてきちんと準備して,第1回期日に出頭して主張することが求められ,そのために第1回期日の指定が通常訴訟よりも長く40日以内とされているのです。

【労働審判手続の進行に関する照会書】
 とはいえ,労働審判手続の第1回期日は,相手方側の日程上の都合を確認することなく一方的に指定されてしまうものです。40日以内という近さからすれば,既に外せない用事で埋まってしまっていることもあろうことでしょう。第1回期日に相手方が来られないのなら,近いところで日程を変更して来てもらった方が,審理の充実には適うともいえます。
 この点,東京地裁では申立書の副本に同封して「労働審判手続の進行に関する照会書」を送っています。他の裁判所でも概ね同様の扱いでしょう。大体,送付から1週間か10日くらい先に提出期限を定めて,その期限までに第1回期日の都合がつくかどうか,弁護士に依頼する予定があるか,その他進行について意見があるかなどの回答を求めるものです。
 その期限内に期日変更の申立てがあった場合には,期日の変更を検討してもらえます。期日の変更先としては,申立人側の意向も聞いたうえで,まず申立てから40日以内の範囲で別の日程が取れないかを検討します。それがどうしても難しい場合に,40日を越してしまう日程を取るということが検討されます。
 期日変更,とりわけ40日を越してしまう日程への変更をする場合には,申立人側の同意が重視されます。申立人は,迅速な解決を期す労働審判手続の利用に期待を寄せ,最も大きな利害関係を有しています。申立人側のそのような期待は労働審判法上も合理的なものといえますから,こうした扱いは相手方側としてもやむを得ないと言わざるを得ません。だからこそ,申立人側が同意している場合には40日を超す日程への変更についても考慮してもらい易くなります。法令上のあてはめとしては,規則13条にいう「特別の事情」があるかどうかについて申立人側が了解しているかが斟酌されるということだと解されます。

【期日変更は認められないという原則を踏まえた対応】
 上述した「労働審判手続の進行に関する照会書」による運用があるとはいえ,労働審判手続の第1回期日は,数分で終わる通常訴訟と違って2時間程度の時間と場所をまとめて確保する必要があり,しかも,裁判官1人だけではなく労働審判員2名の都合もつけなければならないので,期日変更の申立てさえすれば認められるというものではありません。
 このように,第1回期日の変更は認められないのが原則であり,相手方側としてはそれを踏まえた対応を考えなければなりません。
 冒頭で述べたとおり,労働審判手続は原則として3回の期日で終わります。しかし,3回の期日の全部について主張と証拠提出の機会があるわけではなく,原則として第2回期日が終了するまでに主張と証拠書類の提出を終えなければならないとされています(規則27条)。これを踏まえ,実務上も極力第1回期日で争点整理と証拠調べを終えることが期待されています。とりあえず最初は自分でやってみて,上手くいかないと感じたら弁護士に頼めばいいなどという悠長な対応はお勧めしません。
 そのため,第1回期日への出頭が確保できて,かつ,第1回期日までに打合せの機会を十分に設けることができる弁護士に依頼する必要があるといえます。急かすようですが,一刻も早く弁護士に面談の予約を取った方が良いでしょう。

≪参照法令≫

【労働審判法】
(目的)
第一条  この法律は,労働契約の存否その他の労働関係に関する事項について個々の労働者と事業主との間に生じた民事に関する紛争(以下「個別労働関係民事紛争」という。)に関し,裁判所において,裁判官及び労働関係に関する専門的な知識経験を有する者で組織する委員会が,当事者の申立てにより,事件を審理し,調停の成立による解決の見込みがある場合にはこれを試み,その解決に至らない場合には,労働審判(個別労働関係民事紛争について当事者間の権利関係を踏まえつつ事案の実情に即した解決をするために必要な審判をいう。以下同じ。)を行う手続(以下「労働審判手続」という。)を設けることにより,紛争の実情に即した迅速,適正かつ実効的な解決を図ることを目的とする。
(労働審判手続の期日)
第十四条  労働審判官は,労働審判手続の期日を定めて,事件の関係人を呼び出さなければならない。
(迅速な手続)
第十五条  労働審判委員会は,速やかに,当事者の陳述を聴いて争点及び証拠の整理をしなければならない。
2  労働審判手続においては,特別の事情がある場合を除き,三回以内の期日において,審理を終結しなければならない。

【労働審判規則】
(労働審判手続の第一回の期日の指定・法第十四条)
第十三条 労働審判官は,特別の事由がある場合を除き,労働審判手続の申立てがされた日から四十日以内の日に労働審判手続の第一回の期日を指定しなければならない。
(主張及び証拠の提出の時期)
第二十七条 当事者は,やむを得ない事由がある場合を除き,労働審判手続の第二回の期日が終了するまでに,主張及び証拠書類の提出を終えなければならない。

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