強制執行と財産開示手続
民事執行|民事執行法197条|東京高等裁判所平成21年3月31日第20民事部決定
目次
質問:
質問:私は知人に対して300万円の貸金を支払うことを求める訴訟を提起し,認める判決が言い渡されて,判決が確定しました。しかし,その知人は,判決に従って,お金を返そうとしません。強制的に取立てを行いたいのですが,知人がどのような財産を持っているのかわからないので,これを調べる方法はないのでしょうか。
回答:
1.あなたは,確定した判決に執行文というものをもらうことで,強制執行という手続により,相手の財産を強制的に取得する手続に進むことが可能です。しかし,強制執行をするには,債権者が債務者の財産を特定して強制執行の申し立てを,判決手続きとは別に裁判所に申し立てなくてはなりません。
2.相手の財産を特定するのは,通常困難です。相手の住所が持ち家であれば,家の登記事項証明書を取り寄せるなどの方法により,ご自身で相手の財産を調査することも可能です。他方,財産開示手続という制度を使って,相手の財産を把握することも考えられます。
3.財産開示手続に関する関連事例集参照。
解説:
1 判決確定から執行までの流れ
(1)債務名義の取得の必要性
あなたのように,ある者に対して金銭を支払ってもらう権利等(債権)を有している場合,当然,相手方に対し,当該債権に基づいて金銭の支払等を請求することができます。ただ,相手方がこの請求に応じない場合,ご自身で強制的に金銭の取立てを行うことができるわけではありません。法の支配の理念,自力救済禁止の大原則から正当に権利を行使して財産を取得するためには,裁判所等を通じて債権の存在が公に認められる必要があります。
そして,債権が公に認められても相手方がこれを支払ってこない場合には,裁判所を通じた執行手続により,この債権を実現することになります。これを強制執行といいます。 強制執行は,相手方の財産を強制的に徴収等できる強力な手続ですので,強制執行をするためには,権利の有無を判定する裁判所等が作成し,請求権の存在と範囲を確定して記載した文書に基づいて行われる必要があります。この権利判定手続によって作成された,債権者の給付請求権を公証する文書を「債務名義」といいます(民事執行法(以下「法」といいます。)22条)。
債務名義の代表例としては,確定判決が挙げられます。そのほか,仮執行宣言付の支払督促,債務者が直ちに強制執行に服する旨が記載された公正証書,確定判決と同一の効力を有する和解調書等が挙げられます。
あなたは,すでに確定判決を得ていますから,この債務名義を取得していることになります。
(2)執行文付与の必要性
もっとも,強制執行は,ただ債務名義を取得しただけではできません。強制執行は,原則として,執行文の付された債務名義の正本に基づいて実施するとされています(法25条本文)。執行文とは,債務名義の執行力の存在と範囲を公証するため,執行文付与機関(判決の場合は裁判所書記官)が債務名義の正本の末尾に付記した公証文言をいいます。簡単にいえば,債務名義の末尾に(確定判決の場合は裁判所から送達された判決書の末尾),執行文というこの債務名義で強制執行できる旨が記載された文書を付けてもらう手続が必要ということです。現物を見ればこんなものかと思うほどの簡単なA4サイズ1枚の紙切れです。
債務名義に執行文の付与を必要とする理由は,執行官等の執行機関に対して,執行開始要件以外に調査や判断をする責任を負担させず,適正,迅速に執行を行わせるためとされています。すなわち裁判記録を保管している受訴裁判所の書記官に判断させる方が的確,迅速に権利実現が可能です。
あなたは,債務名義を取得していますが,まだ執行文の付与を受けていない可能性があるので,強制執行を行うには,執行分付与の申立をして,裁判を担当した部の裁判所書記官から,執行文をもらう必要があります。
2 財産開示手続の必要性(強制執行できる財産がない場合)
(1)強制執行の対象
強制執行の対象は,不動産,動産,債権が考えられます。
不動産は,相手方の住む家が同人の所有であれば,これを強制競売にかけるなどすることができます。相手方が居住する不動産が,相手方の所有物であるか否かは,同不動産の登記事項証明書を取り寄せることなどで一定の調査は可能です(不動産の所在地を管轄する法務局で誰でも申請できます)。
動産は,相手方居住の不動産内にあるものなどが対象として考えられます(この場合は所在場所さえ特定すれば,動産の種類等特定する必要はありません)。
債権は,相手方の給料債権や預金債権等が考えられます(給料債権については,雇用者の氏名,住所を調べて申立書に記載する必要がありますし,預金債権については金融機関の支店まで特定する必要があります)。
(2)強制執行の不奏功
しかし,強制執行を行おうとしても,対象となるような財産が見つからない,あるいは,財産が見つかったとしても債権を充たすのに十分でない場合も考えられます。このようなときには,相手方がさらなる財産を有していないか調査する必要が生じます。
この調査すなわち他人の財産を調べることは実際困難といえます。そこで,裁判所を通じて相手方の財産を開示させる手続も存在します。これを「財産開示手続」といいます。
この制度は,債務名義,担保権を有している債権者が強制執行等を行っても債務者の一般財産から十分な弁済を受けることが出来ない時に債権者を救済する手続です。貸金債権など金銭の支払いを請求する金銭債権の強制執行は,執行の対象を特定して(例えば特定の場所にある動産や銀行預金債権など)申し立てなければならないのですが,債権者であるあなたが,他人である債務者の財産の種類や所在を把握することは実際上困難です。
そこで,平成15年の民事執行法改正において,判決など債務名義を得た金銭債権の債権者に,債務者財産に関する情報を取得させるための「財産開示制度」が制定されました。法の大原則である「法の支配」は,自力救済禁止を内容としますので,個人は,民事事件の場合必ず,公的判断である判決を取得して,別個の国家機関である執行裁判所の判断により民事執行法に基づきその権利を強制的に実現することになります。
しかし,執行裁判所は,確定された権利を忠実に実現する機関ですが,強制執行の対象である債務者の財産を探す権限は原則としてありません。執行裁判所の任務は,判決記載の内容に従い,公的に確定された権利の強制的実現だけであり,債務者がいかなる財産を有するかどうかの調査権限を有していませんし,その義務もないからです(勿論,判決には財産調査の内容など記載されていません)。又,債務者としても公的な判断(例えば破産による管財人の調査)がない以上,自らの財産を公表する義務を有しません。これは私有財産制,私的自治の原則から当然の帰結です。しかし,受訴裁判所,執行裁判所設置の目的は,法の支配の理念から自力救済を禁じて私的紛争を適正,公平,迅速,低廉に解決し公正な法社会秩序の維持発展にありますから,私的自治の原則には内在する信義則の原則,公平の原則,権利濫用禁止の法理が存在します。
さらに,権利が公的に確定された以上,執行裁判所の効用を保障し,権利実現を実際的に認めるためには,執行裁判所が債務者の財産調査に一定の権限をもつことも必要とされます。公的に債務が確定された債務者も私的自治の原則を盾に,財産の隠ぺいは信義則から許されません。そこで,債務者の一般財産を当てにする債権者の権利実現を迅速に図るために設けられたのが財産開示手続です。したがって,一般先取特権(この担保権は存在を証明すれば任意競売でき勿論債務名義は必要ありません。)と異なり,債務者の一般財産を債権実行の引き当てとしない担保権(抵当権,質権,動産先取特権は担保物が特定され弁済が予想されます)はこの手続を利用できません。以上の様に例外的に一定の要件に従い認められる例外的制度ですから,以下の手続き要件を満たす必要があります。
3 財産開示手続
(1)手続の概要
財産開示手続は,債務名義を有する債権者(ただし,一部の債務名義は対象外。)又は一般先取特権者の申立てにより,裁判所が債務者を呼出し,非公開の期日において,債務者に宣誓をさせ,自己の財産について陳述させることで債務者の財産を特定可能なものとする制度です。
(2)申立てができる者
債務名義を有する債権者とされています(法197条1項)。ただし,いったん財産開示を行うと,一度見せてしまったものを見せなかったことにすることはできず,原状回復が困難であることから,仮執行宣言付き判決のほか,執行証書,支払督促の場合は除かれています(法197条1項)。
そのほか,一般財産を担保とする一般先取特権を有する者も財産開示の申立てができるとされています(法197条2項)が,以下では,債務名義を有する場合を中心に述べることとします。
(3)申立てを行う裁判所
債務者の普通裁判籍を管轄する地方裁判所となっています(法196条)。通常は,債務者の住所地を管轄する裁判所となります。債務者が出頭して開示することを予定していますので,債務者の住所等が不明の場合には利用できず,公示送達(裁判所前に文書を貼りだすことで送達したと扱うもの)の規定の適用がないとされています。
(4)決定の要件
申立てがされた裁判所は,次の要件が充たされていた場合には,財産開示手続を行うことを決定します。
決定の要件としては,まず,
①執行開始要件を備えていること
(債務名義の正本が相手方に送達していること,確定期限が到来していること等)
②強制執行を開始することができない場合でないこと
(債務者に破産手続開始決定がされていないこと等)
が挙げられます。
これに加えて,財産開示手続を行う必要性として,
③強制執行又は担保権の実行における配当等の手続(申立日の6か月以上前に終了したものを除く)で完全な弁済を受けることができなかったとき(法197条1項1号,同条2項1号)後記判例参照。東京高等裁判所平成21年3月31日第20民事部決定(財産開示手続申立却下決定に対する執行抗告事件)。この要件は,強制執行により完全な弁済を受けることができないことという要件が必要です。従って,強制執行しても実際上一部弁済を受けたという事実(証拠)主張をしなければ要件を欠くことになります。例外的制度ですから妥当な解釈でしょう。
又は,
④知れている財産に強制執行(担保権実行)をしても完全な弁済を受けられないことの疎明があったとき(法197条1項2号,同条2項2号)
のいずれかの要件を満たしていることも求められます。
また,何度も財産開示をさせることも適当でないので,
⑤債務者が,申立日前3年間以内に財産開示をした者でないとき(法197条3項)
という要件も必要ですが,この要件は,申立段階で立証することまでは要しません。また,3年以内に財産開示した場合であっても,債務者が財産の一部を開示しなかったこと,債務者が開示後に新たな財産を取得したことなどの事情があれば,開示が許されることになります。
結局,実施決定は,①,②,⑤に加え,③又は④の要件が充たされた場合にされることになります。③又は④の要件が必要ということになりますので,まず,何かしらの財産が知れているのであれば,これに対して強制執行を行い,これが奏功しないときにはじめて財産開示が認められるということも多いと思われます。
(5)財産開示期日
執行裁判所は,期日を指定し(法198条1項),申立人,債務者(又はその法定代理人法人代表者)を呼び出すことになります(同条2項)。開示義務者となる債務者は,陳述すべき内容を事前に財産目録に記載して提出しなければなりません(民事執行規則183条)。
加えて,開示義務者は,債務者の財産について,強制執行又は担保権実行の申立てをするのに必要な事項を陳述しなければならないとされています(法199条1項2項)。このように,財産開示手続では,開示義務者となった者の財産を陳述させるなどすることで,財産を把握することが可能となります。
(6)開示義務者への制裁
勾引することはできないとされていますので,開示義務者を強制的に出頭させることまではできません。ただ,不出頭の場合は,30万円以下の過料の制裁がありますので(法206条1項1号),出頭を間接的に強制できるものといえます。
裁判所の実務では,期日を決めて債務者を呼び出し,初めの呼びだしても出頭しない場合,債権者の意見を聞いて再度期日を決めて呼出し,それでも出頭しない場合,債権者の意見(再度呼び出せば出頭する可能性があるか,可能性がない場合は申立を取り下げるかあるいは過料に処すことを求めるか)を聞いて過料に処すことの決定をしているようです。決定の後は,検察庁で過料を支払うように手続きをします。
(7)財産開示手続の弱点
以上のように,財産開示手続では,開示義務者となる債務者が誠実に対応した場合には,その財産を把握することが可能です。ただ,強制力に乏しい手続ではありますので,制裁を覚悟の上で出頭しなかったり,財産について何も陳述しないということになると,財産の把握は困難なままとなってしまいます。
4 本件での対応
あなたは,まず,確定判決に執行文を付与してもらうことで,強制執行を行う準備をすることが大切です。そのうえで,強制執行が奏功しない場合には,財産開示手続を申し立てて,相手の財産を把握しようとすることも,今後の方法の一つとして考えてもよいと思われます。
5 補足として,債権者破産申し立て手続き
通常は,住居関係や,勤務関係を調査することにより,不動産所有権や,賃借権に基づく敷金返還請求権を差し押さえたり,給与債権を差し押さえたり,住所地近くの都市銀行支店の口座を差し押さえたりすることにより,なんらかの成果が上がることが多いと言えます。債務者が賃貸住宅に入居している場合に,敷金返還請求権を差し押さえた場合,大家との関係で,大家から,「即時に差押債権者に弁済し,差押さえを解除しなければ出て行ってもらう」という要求をされることがあり,敷金差押さえは意外に効力があると考えることもできます。しかし,差押さえがうまく行かず,財産開示手続きをしてもめぼしい財産が見つからない場合,最後の手段として,破産法18条1項に基づき,債権者破産の申し立て手続きをすることも検討してください。
破産法15条(破産手続開始の原因) 債務者が支払不能にあるときは,裁判所は,第三十条第一項の規定に基づき,申立てにより,決定で,破産手続を開始する。2項 債務者が支払を停止したときは,支払不能にあるものと推定する。
破産法18条(破産手続開始の申立て)債権者又は債務者は,破産手続開始の申立てをすることができる。
2項 債権者が破産手続開始の申立てをするときは,その有する債権の存在及び破産手続開始の原因となる事実を疎明しなければならない。
個人破産の場合は,申し立てをする債権者は,破産法15条に規定された破産原因である「支払不能」の状態にあることを疎明しなければなりません(破産法18条2項)。これは,単なる債務超過(純資産合計が,負債合計を上回る状態)というだけでなく,毎月の収入を勘案しても,将来の返済の見込みが立たない,ということを裁判所に説明することを要します。具体的には,超過した債務の大きさや,その利息額と,収入の額との比較などを書面で主張することになります。債権者の立場ですから,必ずしも詳細に資料を提出できるわけではありませんが,可能な限りの資料を用意して,裁判所に申し立てすることを検討してください。また,任意の弁済も無く,強制執行も不奏功なので,このままだと,債権者破産の申し立てをせざるを得ないということを,事前に債務者に通知して,任意の弁済を促すということも考えられると思います。破産開始決定が出れば,強力な権限を有する破産管財人が就任することにもなりますし,財産隠しや,一部の債権者のみに対する弁済などを罰則規定により防止することができますので,債権回収の実を上げる効果が期待できます。
以上