ズボンを着用した女性の臀部を撮影する行為と迷惑防止条例違反

刑事|迷惑防止条例|盗撮|最判平成20年11月10日

目次

  1. 質問
  2. 回答
  3. 解説
  4. 関連事例集
  5. 参考条文

質問:

先日,私は,ショッピングセンターの店内を歩いていたところ,若くてきれいな女性が歩いていたことから,その女性の後をつけて,その女性のおしりをズボンの上から携帯電話のカメラで撮影しました。

私は,約5分間,女性の後をつけて,携帯電話のカメラで至近距離から撮影していたため,ショッピングセンターの警備員に取り押さえられ,店内の事務所で事情聴取をされ,その後,警察に連れていかれました。

私の行為は,何らかの犯罪に当たる行為なのでしょうか。私は,単に,ズボンをはいたままの女性のお尻付近をカメラで撮影していただけであり,世間一般で言われている盗撮とは異なるように思い,犯罪者となることに納得がいきません。

回答:

1 全ての都道府県においては,県民等の生活の平穏を害する痴漢行為や盗撮行為などを処罰するべく,「公衆に著しく迷惑をかける暴力的不良行為等の防止に関する条例」または「迷惑行為防止条例」という名称のいわゆる迷惑防止条例が制定されています。

そのような条例では、直接体に触る行為や、下着等をのぞいたり撮影したりする行為の他、「その他卑わいな言動」を処罰の対象と規定している場合があります。そこで,衣服の上から女性の臀部付近を撮影したあなたの行為が,迷惑防止条例の「卑わいな言動」に当たるかが問題となります。

2 最判平成20年11月10日によると,「卑わいな言動」とは,社会通念上,性的道義観念に反する下品でみだらな言動又は動作をいうと判示した上で,ショッピングセンターにおいて女性客の後ろを執拗に付け狙い,デジタルカメラ機能付きの携帯電話でズボンを着用した上記女性の臀部を至近距離から多数回撮影した被告人の行為は(具体的に認定された事実は「被告人は被害者の背後を約5分間,約40m余り追尾して,その間カメラ機能付きの携帯電話のカメラを右手で所持して自己の腰部付近まで下げて,レンズの方向を感覚で被写体に向け,約3mの距離から約11回にわたって被害者の臀部等を撮影した」),被害者を著しくしゅう恥させ,被害者に不安を覚えさせるような「卑わいな言動」に当たると判示しています。

この判例を前提とした場合,あなたは,約5分間に及び,女性の後をつけて,至近距離から,女性の臀部付近を携帯電話のカメラで撮影したということですから,このような具体的状況,態様を加味すると,「卑わいな言動」に当たる可能性があると思われます。

3 もっとも,上記最高裁判例も,当該事案の具体的状況,態様等を前提とした事例判断にすぎず,あなたの撮影行為の態様やその際の状況を詳細に検討する必要があると思われます。現に,上記最高裁判決においては,反対意見も付されており,衣服の上からの撮影行為が「卑わいな言動」に当たるかについては考え方が分かれうる問題ですので,弁護士に事案の詳細を話し,自らの罪を認めるのか,それとも,本件は盗撮行為には当たらないことを前提に争うのか,弁護士のアドバイスも参考にしつつ,慎重な検討が必要になると思われます。

4 なお,あなたはショッピングセンターで警備員に取り押さえられた後,警察に連れて行かれたということですから,今後検察官による取調べも考えられるところです。起訴・不起訴の最終的な判断は検察官がすることになりますが,盗撮のような被害者のいる犯罪の場合には,被害者との示談が重要な考慮要素となります。

したがって,本件につき,あなたが,真摯に反省し,被害者の方に謝罪をすることを希望しているのであれば,弁護士に依頼し,被害者と示談交渉を進めることが必要となります。さらに、当該判例の写しを担当警察署捜査官に示して説得することも有効でしょう。判例等を調べないまま、捜査を継続する場合もあるので弁護士さんと協議してください。

5 関連する事例集としては1323番1257番1248番827番826番784番691番686番622番415番390番参照。

6 迷惑防止条例に関する関連事例集参照。

解説:

1 迷惑防止条例の概要

(1)立法趣旨

 すべての都道府県では,「公衆に著しく迷惑をかける暴力的不良行為等の防止に関する条例」または「迷惑行為防止条例」(いわゆる迷惑防止条例のことです。以下これらをまとめて「迷惑防止条例」といいます。)が制定されています。

これらの条例は,「公衆に著しく迷惑をかける行為を防止し,もって県民(都民,道民,府民)生活の平穏を保持すること」を目的(各迷惑防止条例の目的規定(1条)参照。)としており,ダフ屋行為,痴漢行為,つきまとい行為,盗撮行為,覗き行為,客引き行為等を禁止し,これらの規定に違反した者には,罰則の適用があります。

(2)卑わいな行為の禁止

 そして,各都道府県の迷惑防止条例においては,卑わいな行為の禁止について定められています。下記最高裁判例において問題となった,北海道の公衆に著しく迷惑をかける暴力的不良行為等の防止に関する条例を一例としてご紹介しますと,第2条の2において卑わいな行為の禁止についての規定が存在し,この規定に違反した者には,第10条第1項において6か月以下の懲役または50万円以下の罰金が科されると規定されています。

(卑わいな行為の禁止)第2条の2

何人も、公共の場所又は公共の乗物にいる者に対し、正当な理由がないのに、著しくしゅう恥させ、又は不安を覚えさせるような次に掲げる行為をしてはならない。

(1) 衣服等の上から、又は直接身体に触れること。

(2) 衣服等で覆われている身体又は下着をのぞき見し、又は撮影すること。

(3) 写真機等を使用して衣服等を透かして見る方法により、衣服等で覆われている身体又は下着の映像を見、又は撮影すること。

(4) 前3号に掲げるもののほか、卑わいな言動をすること。

何人も、公衆浴場、公衆便所、公衆が使用することができる更衣室その他公衆が通常衣服の全部又は一部を着けない状態でいる場所における当該状態の人の姿態を、正当な理由がないのに、撮影してはならない。

(罰則)第10条第2条の2、第6条又は第9条の規定のいずれかに違反した者は、6ヵ月以下の懲役又は50万円以下の罰金に処する。

2 問題の所在

 迷惑防止条例違反で検挙される事例は,上記北海道における迷惑防止条例を例に考えますと,同条例第2条の2第1項1号ないし3号に当たるような,物理的に身体に触る痴漢の事案やスカートの中等の隠れた部分を撮影する盗撮の事例が多いと思われます。

これに対して,冒頭の事例のような行為の場合,周囲から見ることのできるズボンの上からの撮影であることから1号ないし3号には当たらない行為であるため,4号の「卑わいな言動」に当たる行為か否かが問題となります。

3 判例

(1)事案の概要

 被告人が,正当な理由がないのに,平成18年7月21日午後7時ころ,旭川市内のショッピングセンター1階の出入口付近から女性靴売場にかけて,女性客(当時27歳)に対し,その後を少なくとも約5分間,40m余りにわたって付けねらい,背後の約1ないし3mの距離から,右手に所持したデジタルカメラ機能付きの携帯電話を自己の腰部付近まで下げて,細身のズボンを着用した同女の臀部を同カメラでねらい,約11回これを撮影したという事案です。

(2)判旨

 最判平成20年11月10日は,上記事案において,以下のように判示し,原審の判断を相当とし,被告人の上告を棄却しました。

すなわち,弁護人の上告趣意のうち,憲法31条,39条違反をいう点については,「公衆に著しく迷惑をかける暴力的不良行為等の防止に関する条例(昭和40年北海道条例第34号)2条の2第1項4号の『卑わいな言動』とは,社会通念上,性的道義観念に反する下品でみだらな言語又は動作をいうと解され,同条1項柱書きの『公共の場所又は公共の乗物にいる者に対し,正当な理由がないのに,著しくしゅう恥させ,又は不安を覚えさせるような』と相まって,日常用語としてこれを合理的に解釈することが可能であり,所論のように不明確であるということはできないから,前提を欠き,その余は,単なる法令違反,事実誤認の主張であり,被告人本人の上告趣意は,単なる法令違反,事実誤認の主張であって,いずれも刑訴法405条の上告理由に当たらない」との判断を示し,これに続けて上記(1)に記載した事案の概要のとおりの事実関係を認定し,「以上のような事実関係によれば,被告人の本件撮影行為は,被害者がこれに気付いておらず,また,被害者の着用したズボンの上からされたものであったとしても,社会通念上,性的道義観念に反する下品でみだらな動作であることは明らかであり,これを知ったときに被害者を著しくしゅう恥させ,被害者に不安を覚えさせるものといえるから,上記条例10条1項,2条の2第1項4号に当たるというべきである。これと同旨の原判断は相当である」と判示しました。

4 解説

(1)「卑わいな言動」の意義

 まず,上記判例においても主張されているとおり,「卑わいな言動」が文言上不明確であり,憲法31条が定める罪刑法定主義に反するのではないかが問題となります。

罪刑法定主義とは,いかなる行為が犯罪となり,それに対していかなる刑罰が科されるかについて,あらかじめ成文の法律をもって規定しておかなければ人を処罰することができないという刑法の基本原則のことをいい,実定法上の根拠は憲法31条に求められます。そして,この罪刑法定主義の派生原則として,明確性の原則が導かれます。この明確性の原則とは,刑罰法規が,できるだけ具体的であり,かつ,その意味するところが明確でなければならず,刑罰法規の内容があいまい不明確なため,通常の判断能力を有する一般人の理解において刑罰の対象となる行為を識別することができない場合には,罪刑法定主義に反し,当該刑罰法規は憲法31条に反し無効となるとする原則です。

都道府県の各迷惑防止条例を見てみると,「卑わいな言動」について規定されている条文の形式については,大きく分けて,以下の2パターンの規定の仕方がされています。

第1は,禁止行為の例示がなく,包括的な禁止規定のみを置く場合です。例えば,東京都の迷惑防止条例第5条第1項では,「何人も,人に対し,公共の場所又は公共の乗物において,人を著しくしゅう恥させ,又は人に不安を覚えさせるような卑わいな言動をしてはならない」と規定されています。

第2は,禁止行為の例示を置きつつも,包括的な禁止規定を置く場合です。例えば,上記判例で問題となった北海道の迷惑防止条例違反は,第2条の2第1号ないし3号において禁止行為を列挙し,4号において「卑わいな言動をすること」と包括的な禁止規定を置いています。

これらの規定は,「卑わいな言動」という包括的な文言が存在するため,当該文言がどのような行為に適用されるのか,その明確性が問題となります。

この明確性の問題について,上記最高裁判例は,「『卑わいな言動』とは,社会通念上,性的道義観念に反する下品でみだらな言語又は動作をいうと解され,同条1項柱書きの『公共の場所又は公共の乗物にいる者に対し,正当な理由がないのに,著しくしゅう恥させ,又は不安を覚えさせるような』と相まって,日常用語としてこれを合理的に解釈することが可能であり,所論のように不明確であるということはできない」と判示しています。

このような判断は,北海道の迷惑防止条例の規定の仕方から説明できると思われます。すなわち,北海道の迷惑防止条例第2条の2をみると,柱書において,「何人も、公共の場所又は公共の乗物にいる者に対し、正当な理由がないのに、著しくしゅう恥させ、又は不安を覚えさせるような次に掲げる行為をしてはならない」と規定し,「次に掲げる行為」の具体例として,第4号において「卑わいな言動をすること」と規定されています。

そうすると, 北海道の迷惑防止条例で禁止される「卑わいな言動」は,同条例第2条の2柱書も含めて解釈されるべきであり,「公共の場所又は公共の乗物にいる者に対し,正当な理由がないのに,著しくしゅう恥させ,又は不安を覚えさせるような,卑わいな言動をすること」ということになります。

このような理解を前提とすると,判例のいうとおり,「卑わいな言動」とは,社会通念上,性的道義観念に反するみだらな言動又は動作をいうと解釈することが可能であり,「文言があいまい不明確なために憲法31条に反する」ということはないといえます。

(2)「卑わいな行為」への該当性

ア 多数意見

 上記(1)のように「卑わいな言動」が,社会通念上,性的道義に反する下品でみだらな言動又は動作をいうとしても,上記被告人の行為が,当該「卑わいな言動」に当たるかが問題となります。

迷惑防止条例の目的規定(1条)をみると,公衆に著しく迷惑をかける行為を防止し,もって県民(都民,道民,府民)生活の平穏を保持すること」と規定されており,公衆の生活の平穏を害するような迷惑行為を防止することを目的としています。

迷惑防止条例の保護法益をめぐっては,社会的法益に限られるのか,個人的法益も含まれるのかをめぐっては議論がありますが,社会的法益が保護法益に含まれる点については争いがありません。このような条例の規定の趣旨に照らすと,「卑わいな行為」に該当するか否かの判断においても,当該事案の具体的状況を前提として,被害者の立場に置かれた一般通常人が感じるであろう気持ちを基準にして判断することが必要となります。

そして,多数意見は,あくまで当該事案を前提とした判断ではあるものの,被告人の行為が人を「著しくしゅう恥させ,又は不安を覚えさせる」「卑わいな言動」に当たると判断されました。ここでは,ねらった対象が臀部であること,相当に執拗な態様で撮影していることが大きな影響を与えているものと考えられます。

以上が多数意見の判断でありますが,この判断はあくまで当該事案を前提とした判断であることに注意を要します。つまり,事実関係いかんによっては迷惑防止条例違反には当たらないという結論になる余地があります。

具体的には,撮影行為及びその撮影対象部位については,特定部位を狙った撮影行為であることが必要であろうし,撮影の対象部位についても,ある程度性的な意味合いがある部位でなければ「卑わいな行為」に該当する可能性は低くなると思われます。また,撮影行為の態様についても,たまたま撮影対象に入ってしまった場合と区別する必要があることから,ある程度の執ようさが要求されるでしょうし,被害者の背後の至近距離から撮影する行為と遠距離から望遠レンズでこっそりと撮影した場合とでは差が生じる場合もあると思われます。

イ 反対意見

 なお,このような多数意見の考えに対して,田原裁判官の反対意見が付されており,同反対意見において,被告人の行為は,本件条例2条の2第1項4号の構成要件には該当しないと判断しています。この反対意見は,迷惑防止条例の立法趣旨等にも言及しつつ,視る行為,写真をとる行為と「卑わい」性及び「著しくしゅう恥させ,又は不安を覚えさせる行為」性について詳細な検討をしている点が参考になると思われます。

以下,田原裁判官の補足意見を引用します。

「私は,本件における被告人の行為は,本件条例2条の2(以下「本条」という。)1項4号の構成要件には該当せず,したがって,被告人は無罪であると思料する。

1 本条は以下のとおり規定している。第2条の2「何人も,公共の場所又は公共の乗物にいる者に対し,正当な理由がないのに,著しくしゅう恥させ,又は不安を覚えさせるような次に掲げる行為をしてはならない。(1)衣服等の上から,又は直接身体に触れること。(2)衣服等で覆われている身体又は下着をのぞき見し,又は撮影すること。(3)写真機等を使用して衣服等を透かして見る方法により,衣服等で覆われている身体又は下着の映像を見,又は撮影すること。(4)前3号に掲げるもののほか,卑わいな言動をすること。2 何人も,公衆浴場,公衆便所,公衆が使用することができる更衣室その他公衆が通常衣服の全部又は一部を着けない状態でいる場所における当該状態の人の姿態を,正当な理由がないのに,撮影してはならない。」

2 本件条例の規定内容から明らかなように,本条1項4号(以下「本号」という。)に定める「卑わいな言動」とは,同項1号から3号に定める行為に匹敵する内容の「卑わい」性が認められなければならないというべきである。そして,その「卑わい」性は,行為者の主観の如何にかかわらず,客観的に「卑わい」性が認められなければならない。かかる観点から本件における被告人の行為を評価した場合,以下に述べるとおり,「卑わい」な行為と評価すること自体に疑問が存するのみならず,被告人の行為が同条柱書きに定める「著しくしゅう恥させ,又は不安を覚えさせるような行為」には当たるとは認められない。

 以下,分説する。

3 「臀部」を「視る」行為とその「卑わい」性について

 本件では,被告人が被害者とされる女性のズボンをはいている臀部をカメラで撮影した行為の本号の構成要件該当性の有無が問われているところから,まず,「臀部」を被写体としてカメラで撮影することの「卑わい」性の有無の検討に先立ち,その先行概念たる「臀部」を「視る」行為について検討する。

(1)本件では,被害者たる女性のズボンをはいた「臀部」は,同人が通行している周辺の何人もが「視る」ことができる状態にあり,その点で,本条1項2号が規制する「衣服等で覆われている部分をのぞき見」する行為とは全く質的に異なる性質の行為である。

(2)また,「卑わい」という言葉は,国語辞典等によれば,「いやらしくてみだらなこと。下品でけがらわしいこと」(広辞苑(第6版))と定義され,性や排泄に関する露骨で品のない様をいうものと解されているところ,衣服をまとった状態を前提にすれば,「臀部」それ自体は,股間や女性の乳房に比すれば性的な意味合いははるかに低く,また,排泄に直接結びつくものでもない。

(3)次に,「視る」という行為の側面からみた場合,主観的には様々な動機があり得る。「臀部」を視る場合も専ら性的興味から視る場合もあれば,ラインの美しさを愛でて視る場合,あるいはスポーツ選手の逞しく鍛えられた筋肉たる臀部にみとれる場合等,主観的な動機は様々である。しかし,その主観的動機の如何が,外形的な徴憑から窺い得るものでない限り,その主観的動機は客観的には認定できないものである。もっとも,「臀部を視る」という行為であっても,臀部に顔を近接させて「視る」場合等には,「卑わい」性が認められ得るが,それは,「顔を近接させる」という点に「卑わい」性があるのであって,「視る」という行為の評価とは別の次元の行為である。

(4)「臀部を視る」という行為それ自体につき「卑わい」性が認められない場合,それが,時間的にある程度継続しても,そのことの故をもって「視る」行為の性質が変じて「卑わい」性を帯びると解することはできない。もっとも,「視る」対象者を追尾したような場合に,それが度を越して,軽犯罪法1条28号後段の「不安若しくは迷惑を覚えさせるような仕方で他人につきまとった者」として問擬され得ることは,別の問題である。

(5)小括 以上検討したとおり,「臀部を視る」行為自体には,本条1項1号から3号に該当する行為と同視できるような「卑わい」性は,到底認められないものというべきである。

4 「写真を撮る」行為と「視る」行為との関係について

 人が対象物を「視る」場合,その対象物の残像は記憶として刻まれ,記憶の中で復元することができる。他方,写真に撮影した場合には,その画像を繰り返し見ることができる。しかし,対象物を「視る」行為それ自体に「卑わい」性が認められないときに,それを「写真に撮影」する行為が「卑わい」性を帯びるとは考えられない。その行為の「卑わい」性の有無という視点からは,その間に質的な差は認められないものというべきである。 本条1項2号は,上記のとおり「のぞき見」する行為と撮影することを同列に評価して規定するのであって,本件条例の規定振りからも,本条1項は「視る」行為と「撮影」する行為の間に質的な差異を認めていないことが窺えるのである。なお,本条1項3号は,本来目視することができないものを特殊な撮影方法をもって撮影することを規制するものであって,本件行為の評価において参照すべきものではない。もっとも,写真の撮影行為であっても,一眼レフカメラでもって,「臀部」に近接して撮影するような場合には,「卑わい」性が肯定されることもあり得るといえるが,それは,撮影行為それ自体が「卑わい」なのではなく,撮影行為の態様が「卑わい」性を帯びると評価されるにすぎない。

5 「卑わい」な行為が被害者をして「著しくしゅう恥させ,又は不安を覚えさせるような」行為である点について

 被告人の行ったカメラ機能付き携帯電話による被害者の臀部の撮影行為が,仮に「卑わい」な行為に該当するとしても,それが本号の構成要件に該当するというためには,それが本条1項柱書きに定める,被害者をして「著しくしゅう恥させ,又は不安を覚えさせるような行為」でなければならない。なお,その行為によって,被害者が現に「著しくしゅう恥し,又は不安を覚える」ことは必要ではないが,被害者の主観の如何にかかわらず,客観的に「著しくしゅう恥させ,又は不安を覚えさせるような行為」と認められるものでなければならない。 ところで,本条1項の対象とする保護法益は,「生活の平穏」であるところ(本件条例1条),それと同様の保護法益を保持することを目的とする法律として,軽犯罪法があり,本件の規制対象行為に類するものとしては,「正当な理由がなくて人の住居,浴場,更衣場,便所その他人が通常衣服をつけないでいるような場所をひそかにのぞき見た者」(1条23号)や,前記の「不安若しくは迷惑を覚えさせるような仕方で他人につきまとった者」(1条28号後段)が該当するところ,法定刑は,軽犯罪法違反は拘留又は科料に止まるのに対し,本条違反は6月以下の懲役又は50万円以下の罰金が科されるのであって,その法定刑の著しい差からすれば,本条1項柱書きに定める「著しくしゅう恥させ,又は不安を覚えさせる行為」とは,軽犯罪法が規制する上記の各行為に比して,真に「著しく」「しゅう恥,又は不安」を覚えさせる行為をいうものと解すべきものである。

6 本件における被告人の行為

 原判決が認定するところによれば,被告人は被害者の背後を約5分間,約40m余り追尾して,その間カメラ機能付きの携帯電話のカメラを右手で所持して自己の腰部付近まで下げて,レンズの方向を感覚で被写体に向け,約3mの距離から約11回にわたって被害者の臀部等を撮影したというものである。 そこで,その被告人の行為について検討するに,その撮影行為は,カメラを構えて眼で照準を合わせて撮影するという,外見からして撮影していることが一見して明らかな行為とは異なり,外形的には撮影行為自体が直ちに認知できる状態ではなく,撮影行為の態様それ自体には,「卑わい」性が認められないというべきである。

 また,その撮影行為は,用いたカメラ,撮影方法,被写体との距離からして,被写体たる被害者をして,不快の念を抱かしめることがあり得るとしても,それは客観的に「著しくしゅう恥させ,又は不安を覚えさせるような行為」とは評価し得ないものというべきである。 加えるに,4で検討したとおり,「臀部」を撮影する行為それ自体の「卑わい」性に疑義が存するところ,原判決に添付されている被告人が撮影した写真はいずれも被害者の臀部が撮影されてはいるが,腰の中央部から下半身,背部から臀部等を撮影しているものであって,「専ら」臀部のみを撮影したものとは認められず,その画像からは,一見して「卑わい」との印象を抱くことのできないものにすぎない。

7 結論

 以上,検討したところからすれば,被告人の本件撮影行為それ自体を本号にいう「卑わい」な行為と評価することはできず,また,仮に何がしかの「卑わい」性が認め得るとしても本条1項柱書きにいう「著しくしゅう恥させ,又は不安を覚えさせる」行為ということはできないのであって,被告人は無罪である。」

5 本事例への回答

上記最高裁判決は,盗撮行為が行われた具体的状況・態様を詳細に検討し,スカートの中を盗撮するような行為態様でなく、服の上からの写真撮影であっても、対象が臀部であったこと,執拗な態様で撮影をしたことを理由に,被告人の撮影行為が,「被害者を著しくしゅう恥させ,又は不安を覚えさせるような,卑わいな言動」に当たるとの判断を示しています。

反対意見が付されてはいますが、服の上からの盗撮行為についての可罰性について最高裁判決が出ていることの意味は重大です。

今回のあなたの行為が,どのような状況で,また,どのような態様で行われたのかを詳細に検討する必要がありますが、ショッピングセンターの店内で、若くてきれいな女性の後を約5分間つけて,その女性のおしりをズボンの上から携帯電話のカメラで至近距離から撮影した、ということですから最高裁判決の多数意見によれば極めて当該条例違反に該当すると判断される可能性が高いといえます。

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以上

関連事例集

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※参照条文

<憲法>第三十一条

何人も、法律の定める手続によらなければ、その生命若しくは自由を奪はれ、又はその他の刑罰を科せられない。

<公衆に著しく迷惑をかける暴力的不良行為等の防止に関する条例(北海道)>

(卑わいな行為の禁止)第2条の2何人も、公共の場所又は公共の乗物にいる者に対し、正当な理由がないのに、著しくしゅう恥させ、又は不安を覚えさせるような次に掲げる行為をしてはならない。

(1) 衣服等の上から、又は直接身体に触れること。

(2) 衣服等で覆われている身体又は下着をのぞき見し、又は撮影すること。

(3) 写真機等を使用して衣服等を透かして見る方法により、衣服等で覆われている身体又は下着の映像を見、又は撮影すること。

(4) 前3号に掲げるもののほか、卑わいな言動をすること。2 何人も、公衆浴場、公衆便所、公衆が使用することができる更衣室その他公衆が通常衣服の全部又は一部を着けない状態でいる場所における当該状態の人の姿態を、正当な理由がないのに、撮影してはならない。

(罰則)第10条第2条の2、第6条又は第9条の規定のいずれかに違反した者は、6ヵ月以下の懲役又は50万円以下の罰金に処する。

<公衆に著しく迷惑をかける暴力的不良行為等の防止に関する条例(東京都)>

(粗暴行為(ぐれん隊行為等)の禁止)第五条

何人も、人に対し、公共の場所又は公共の乗物において、人を著しくしゆう恥させ、又は人に不安を覚えさせるような卑わいな言動をしてはならない。

(罰則)第八条

次の各号の一に該当する者は、六月以下の懲役又は五十万円以下の罰金に処する。

一 第二条の規定に違反した者

二 第五条第一項又は第二項の規定に違反した者

三 第五条の二第一項の規定に違反した者2 前項第二号(第五条第一項に係る部分に限る。)の罪を犯した者が、人の通常衣服で隠されている下着又は身体を撮影した者であるときは、一年以下の懲役又は百万円以下の罰金に処する。