新銀座法律事務所 法律相談事例集データベース 質問:半年前,妻は私と離婚したいと言い出し,別居を始めました。現在は離婚調停中です。8歳になる娘がいますが,妻は娘とともに妻の実家で暮らしており,妻の実家の小学校に転入手続きを済ませてあります。そのような中,昨日,妻から婚姻費用分担調停を申し立てられました。その内容は,私の年収600万円,妻の年収0円として毎月12万円の婚姻費用を支払ってほしいというものでした。いわゆる婚姻費用の算定表に従った請求のようです。確かに,私の年収は600万円ですし,妻は私と結婚する前は会社員として働いていたものの,結婚を機に仕事を辞めて以降,10年間は専業主婦をやっていました。しかし,妻から別居及び離婚を切り出してきたにもかかわらず,妻は現在も働くことなく,実家の両親の経済的支援を受けながら生活しています。子育てがあることもわかりますが,少しくらいパートに出るなどして生活費を稼ぐこともできるのではないかと思います。これでは,妻にとって,仮に働ける場合であっても働かない方が得をしてしまいます。それでも私は算定表に従った婚姻費用を支払わなくてはいけないのでしょうか。妻に特別な職業スキルはありません。 解説: 2 (婚姻費用の算定方法) という算定式によって婚姻費用の分担額を算定することになります。この算定式を表にまとめたものが,東京と大阪の裁判官の共同研究の結果として作成され,判例研究誌(判例タイムズ1111号(2003年4月1日号)285ページ)に掲載され,裁判所の実務でも参考資料として活用されています。この「養育費・婚姻費用算定表」は東京家庭裁判所のホームページでも公表されています。 <参考URL=東京家裁の公表ページ> 本件を同算定式に当てはめると,あなたの一応の基礎収入を仮に600万円の40%である240万円,妻の基礎収入を0円として,下記のとおり計算することになります。 3 (標準的算定方式及び算定表の修正の余地) (2)また,働ける能力があるにもかかわらずにそれを怠るなど,権利者が別居配偶者から受領する婚姻費用だけで生活していくことに甘んじているような場合にまで,形式的に権利者と義務者の年収を標準的算定方式や算定表に従って婚姻費用を算定することは不当です。 (3)では実際に,潜在的稼働能力が認められるのはどのような場合でしょうか。 (4)仮に本件妻に短時間労働者としての潜在的稼働能力がある場合に,年収をどのように擬制すべきでしょうか。 (5)ちなみにこの金額を標準算定方式に当てはめるとすれば,仮に妻の基礎収入を114万3072×0.4≒45万7229円として (6)以上の様に,妻の潜在的稼動能力の擬制によって,夫の負担する婚姻費用が減少する場合がございますので,自分でできないようであれば,お近くの法律事務所でご相談ください。 <民法>
No.1378、2012/11/26 11:48 https://www.shinginza.com/rikon/qa-rikon-konnpi.htm
【家事・婚姻費用分担と賃金センサス・大阪高裁平成20年10月8日判決】
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回答:
1.妻が現時点で無職の場合,原則として年収ゼロとして算定表に従った婚姻費用を支払う必要があります。但し,具体的事情により,妻の潜在的稼働能力を判断の上で妻の年収を擬制し,具体的には擬制による年収により賃金センサス等にしたがって妻の潜在的年収を擬制し,婚姻費用を計算することにより,婚姻費用の分担額の減額が見込める場合があります。
2.関連事例集論文1322番,1280番,1193番,1168番,1132番,1056番,1043番,983番,981番,790番,684番,427番,345番参照。
1 (定義)
婚姻費用とは,夫婦と未成熟子によって構成される婚姻家族が,その資産,収入,社会的地位に応じた通常の社会生活を維持するのに必要な費用を意味します(大阪高判昭36年6月19日,民法760条)。具体的には,衣食住の費用,未成熟子の教育費用や医療費,適切な娯楽費用等が婚姻費用に含まれます。平たく言えば,@夫婦の生活費とA未成熟子にかかる生活費を併せたものが婚姻費用ということになります。
婚姻費用は,「資産,収入その他一切の事情を考慮して」算定すべきものとされています(民法760条)。この点,夫婦の資産や収入に応じた婚姻費用の算定方法として,実務では,標準的算定方式及びこの算定方式を表にした算定表を用いています。
ここでいう標準的算定方式とは,婚姻費用支払義務者及び権利者が別居し,未成熟子が権利者と同居していることを前提に,夫婦の基礎収入を基に,各種統計から得た指数を用いて最低生活費を積算する方法です。
ちなみに,「基礎収入」とは給与所得者の総収入の34%〜42%,自営業者の場合には総収入の47%〜52%であり,義務者(相談の場合は夫)の基礎収入をX,権利者の基礎収入をY,権利者世帯に割り当てられる婚姻費用をZ,標準的な生活指数として親を「100」,0歳〜14歳の子を「55」,15歳〜19歳の子を「90」として,
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@Z=(X+Y)×(権利者グループ指数)/(権利者グループと義務者グループの指数)
A義務者が権利者対し負担すべき婚姻費用:Z−Y
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http://www.courts.go.jp/tokyo-f/saiban/tetuzuki/youikuhi_santei_hyou/index.html
@:(240万円+0円)×(100+55)/(100+100+55)≒145万8823円
A:(145万8823円−0万)÷12か月≒12万1568円
したがって本件においては,あなたが妻に対して支払うべき標準的な婚姻費用の金額は概ね毎月12万1568円程度,ということになります。
(1)標準的算定方式はあくまで一般論ですから,別居生活の実態を考慮して最終的な判断が下され,特別の事情がある場合は,実際の別居生活の生活費について領収書等の資料を提出して現実の生活費の額を主張立証しておく必要があります。
例えばこの点,大阪高裁平成20年10月8日は,「潜在的稼働能力を判断するには,権利者の就労歴や健康状態,子の年齢やその健康状態など諸般の事情を総合的に検討すべき」とし,権利者の基礎収入の算定に当たって潜在的稼動能力を考慮する余地を認めています(ただし事案の処理としては,潜在的稼働能力がないとされました)。すなわち実務においては,権利者に潜在的稼働能力が認められる場合には,権利者の潜在的稼働能力を基準に年収を擬制し,標準的算定方式や算定表の適用を修正する運用が採られています。
上記大阪高裁平成20年の決定要旨によれば,「諸般の事情を総合考慮すべき」とされますが,潜在的稼働能力とは,社会人として働く能力やスキルといった抽象的な能力を意味するのではなく,権利者の職業スキルや生活実態に着目し,権利者が具体的にどの程度収入を得ることが可能かという観点から考えるべきでしょう。
本件では,妻が長年専業主婦であった点及び8歳の子供がいるという点は,妻の社会復帰にあたって支障をきたしうる事情ではあります。しかし,子供がもう8歳であり地元の小学校に自分の足で通っていること,妻の自宅には妻の両親も居住しており同人らの助けにより子育ての負担の軽減が見込まれることなどからすれば,仮に妻に特別な職業スキルが無い場合であっても潜在的稼働能力がないとするのは不当でしょう。具体的には,少なくともパートタイム等の短時間労働を行うのであれば私生活に大きな支障がない状況であるとするのが一般的だと思われます。
この点,潜在的稼働能力に基づく年収擬制の方法としては,従前の収入による推定を用いる方法,賃金センサス(主要産業に雇用される常用労働者について,その賃金の実態を労働者の種類,職種,性別,年齢,学歴,勤続年数,経験年数別等賃金構造基本統計調査の結果をとりまとめたもの)を用いて権利者の収入を推定する方法などがあります。
本件の場合は,妻が就職していたのは10年も前のことであり,35歳という年齢,しかも子持ちの状態で当時と同等レベルの待遇の職務に従事できる可能性は低いでしょう。とすれば,妻が特殊な技能や資格に基づいて労働を行っていたなどの事情がある場合は格別,就職当事の年収は,現時点における潜在的稼働能力を算定する根拠とはなりえないと解すべきです。
むしろ本件妻が特別な職業スキルも無く,ごく一般的な生活を送っているのであれば,妻の年齢35歳,短時間労働者の賃金センサスをベースに,その他具体的状況に応じ,過不足修正したうえで妻の潜在的稼働能力を擬制することが妥当であると考えます。 ちなみに,平成23年賃金センサス(参照URL:http://www.mhlw.go.jp/toukei/itiran/roudou/chingin/kouzou/z2011/index.html)によれば,35歳の女性の短時間労働者は,時給1008円,1日の所定内実労働時間が5.4時間,1月の所定労働日数が17.9日となっています。とすれば,本件妻の年収として擬制すべき金額は,1008円×5.4時間×17.5日×12月=114万3072円となります。
@:(240万円+45万7229円)×(100+55)/(100+100+55)≒173万6747円
A:(173万6747円−45万7229円)÷12か月≒10万6626円
となります。
【参考条文】
第七百六十条 夫婦は,その資産,収入その他一切の事情を考慮して,婚姻から生ずる費用を分担する。