再開発における家賃欠収補償
行政|都市再開発法|法97条の補償|地権者である賃貸人の利益と組合側の利益調整|原則補償は認められないが、組合側が権利変換の内容、利害関係から大家側に譲歩の可能性があるかどうかの検討の必要性|東京地裁平成29年5月30日第一種市街地再開発事業に係る損失補償事件
目次
質問:
賃貸ビルを所有して賃貸業を運営しています。まだ準備組合の段階ですが、都市再開発法で定められた再開発計画が公表され私の所有するビルが再開発区域内にあるため、数年後に立ち退く必要があることから賃貸募集に支障が出始めています。立ち退きの期限がある程度決まってしまっているので、募集の際にも説明が必要となり、問い合わせがあってもテナント候補者の希望に合わないと正式申し込みに至らず、賃料を下げて募集せざるを得ません。また、どうしても空室のままで再開発時期を迎えてしまう部屋もありそうです。再開発事業による旧建物の解体前の賃料の収入の減少による損失を再開発組合に請求することはできないのでしょうか。
回答:
1、都市再開発法で定められた都市再開発計画事業として行われる区域一体の建て替え事業について、建て替えに伴う明け渡しの損失補償については都再法97条1項で法定されています。また、憲法上も財産権保障については「収用の前後を通じて被収用者の財産価値を等しくならしめるような補償」とする完全補償説の判例が確立しています。
3、ただ、この都再法97条1項の補償は、明け渡しに際して、「通常受ける損失」について事前に支払われる補償であり、旧建物の解体前に生じた家賃収入の減少はもちろん、実際に退去した場合に生じた実損害との精算をする手続きは法定されていません。ご相談のように賃料収入が減少してしまうことを「家賃欠収損害」と言いますが、この実損害を全額賠償請求できる規定にはなっていないのです。
4、具体的には、家賃収入減少の損害については市街地再開発組合が定める損失補償基準によることになります。そして、市街地再開発組合が策定する損失補償基準の中で、権利変換期日前の家賃欠収補償を一部定めている場合もありますが、そのような定めのない場合の方が一般的といえます。また、権利変換期日前の家賃欠収補償は都再法97条では認められないとする下級審判例もあります。このように、権利変換期日前の家賃欠損保証は一般的には認められていないということになります。
しかし、前記の通り都再法にも財産権保障の考え方は適用されますので、事前の見積額であるにしても、可能な限り「再開発の前後を通じて地権者の財産価値を等しくならしめるような補償」を主張し交渉していくことも可能ですし、その必要があります。現実に再開発事業が原因で、入居者が見つからない、あるいは家賃を減額しなければ入居者が見つからなかった、という場合は、入居者募集の状況を明らかにして、現実の損害として請求する必要があります。
5、家賃欠収補償に関する関連事例集参照。
解説:
1、都市計画事業としての市街地再開発事業
この問題を理解するには都市計画法、土地収用法、都市再開発法の理解が必要ですので、概略を説明します。
都市計画事業(都市計画法4条15項)は、都市計画法11条1項で定められた「都市計画施設」を整備するための事業ですが、土地収用法3条では、一般私人の権利を強制的に収用できる事業として「収用適格事業」の一覧が法定されています。市街地一帯の建て替え事業である市街地再開発事業も、都市計画事業として施行される公益事業です(都市再開発法6条1項)。都市再開発法では土地収用法の手続きが準用されていますので、再開発組合の多数決などの要件はありますが、個々人の個別の同意無しに手続きが進められることになります。
都市再開発法では権利変換という手続が規定されており、権利変換期日に建物の権利が全て権利変換計画(都再法73条)に従って再開発組合に移転し(都再法87条1項)、明け渡し後に建て替え工事を経て、建物竣工時に従前権利者に竣工した旨が通知され(都再法100条2項)、権利変換計画に従った区分所有権が割り当てられ登記される仕組みとなっています(都再法101条1項)。
※参考条文都市再開発法6条(都市計画事業として施行する市街地再開発事業)
1項 市街地再開発事業の施行区域内においては、市街地再開発事業は、都市計画事業として施行する。
都市計画法4条(定義)
6項 この法律において「都市計画施設」とは、都市計画において定められた第十一条第一項各号に掲げる施設をいう。
15項 この法律において「都市計画事業」とは、この法律で定めるところにより第五十九条の規定による認可又は承認を受けて行なわれる都市計画施設の整備に関する事業及び市街地開発事業をいう。
都市計画法11条(都市施設)※抜粋
1項 都市計画区域については、都市計画に、次に掲げる施設を定めることができる。この場合において、特に必要があるときは、当該都市計画区域外においても、これらの施設を定めることができる。
一 道路、都市高速鉄道、駐車場、自動車ターミナルその他の交通施設
二 公園、緑地、広場、墓園その他の公共空地
三 水道、電気供給施設、ガス供給施設、下水道、汚物処理場、ごみ焼却場その他の供給施設又は処理施設
四 河川、運河その他の水路
五 学校、図書館、研究施設その他の教育文化施設
六 病院、保育所その他の医療施設又は社会福祉施設
七 市場、と畜場又は火葬場
都市計画法59条(抜粋)(施行者)
1項 都市計画事業は、市町村が、都道府県知事(第一号法定受託事務として施行する場合にあつては、国土交通大臣)の認可を受けて施行する。
2項 都道府県は、市町村が施行することが困難又は不適当な場合その他特別な事情がある場合においては、国土交通大臣の認可を受けて、都市計画事業を施行することができる。
3項 国の機関は、国土交通大臣の承認を受けて、国の利害に重大な関係を有する都市計画事業を施行することができる。
4項 国の機関、都道府県及び市町村以外の者は、事業の施行に関して行政機関の免許、許可、認可等の処分を必要とする場合においてこれらの処分を受けているとき、その他特別な事情がある場合においては、都道府県知事の認可を受けて、都市計画事業を施行することができる。
都市計画法69条(都市計画事業のための土地等の収用又は使用)都市計画事業については、これを土地収用法第三条各号の一に規定する事業に該当するものとみなし、同法の規定を適用する。
土地収用法3条(土地を収用し、又は使用することができる事業)※抜粋
土地を収用し、又は使用することができる公共の利益となる事業は、次の各号のいずれかに該当するものに関する事業でなければならない。
一 道路法による道路、道路運送法による一般自動車道若しくは専用自動車道又は駐車場法による路外駐車場
二 河川法が適用され、若しくは準用される河川その他公共の利害に関係のある河川又はこれらの河川に治水若しくは利水の目的をもつて設置する堤防、護岸、ダム、水路、貯水池その他の施設
三 砂防法による砂防設備又は同法が準用される砂防のための施設
三の二 国又は都道府県が設置する地すべり等防止法による地すべり防止施設又はぼた山崩壊防止施設
三の三 国又は都道府県が設置する急傾斜地の崩壊による災害の防止に関する法律による急傾斜地崩壊防止施設
四 運河法による運河の用に供する施設
五 国、地方公共団体、土地改良区又は独立行政法人エネルギー・金属鉱物資源機構が設置する農業用道路、用水路、排水路、海岸堤防、かんがい用若しくは農作物の災害防止用のため池又は防風林その他これに準ずる施設
六 国、都道府県又は土地改良区が土地改良法によつて行う客土事業又は土地改良事業の施行に伴い設置する用排水機若しくは地下水源の利用に関する設備
七 鉄道事業法による鉄道事業者又は索道事業者がその鉄道事業又は索道事業で一般の需要に応ずるものの用に供する施設
七の二 独立行政法人鉄道建設・運輸施設整備支援機構が設置する鉄道又は軌道の用に供する施設
八 軌道法による軌道又は同法が準用される無軌条電車の用に供する施設
八の二 石油パイプライン事業法による石油パイプライン事業の用に供する施設
九 道路運送法による一般乗合旅客自動車運送事業又は貨物自動車運送事業法による一般貨物自動車運送事業の用に供する施設
九の二 自動車ターミナル法第三条の許可を受けて経営する自動車ターミナル事業の用に供する施設
十 港湾法による港湾施設又は漁港漁場整備法による漁港施設
十の二 海岸法による海岸保全施設
十の三 津波防災地域づくりに関する法律による津波防護施設
都市再開発法に依る都市再開発事業についても土地収用法の定める強制的な手続きが可能です。都市計画事業として土地収用法の強制的な手続きが準用される収用適格事業や都市計画事業は、災害を防止したり人々の交通に役立ったりする道路や堤防や空港などいずれも公益性の高い施設を建設するための手続きですが、市街地の建て替え事業である市街地再開発事業も、都市計画事業として土地収用法の強制的な手続きが準用されるものとなっています(都再法6条1項)。
それは、都再法1条に「この法律は、市街地の計画的な再開発に関し必要な事項を定めることにより、都市における土地の合理的かつ健全な高度利用と都市機能の更新とを図り、もつて公共の福祉に寄与することを目的とする。」と定めるように、市街地再開発事業が都市の防災機能を高めたり、経済商業機能を高めるという公益性のある事業だからです。建物の耐震性を高めたり、耐火性を高めることにより、地震の被害を低減させることができますし、火災の延焼を防ぐこともできます。また、駅前などの利便性の高い区域で容積率を緩和するなどして、高度利用することにより都市の商業機能やビジネス機能を高めることができ、地域経済・国民経済の振興に役立つことになります。従って、市街地市開発事業では、必ず、地域の実情に合わせた公益性のある事業計画が立案されることになります。
2、日本国憲法の財産権保障と完全補償説
強制的な土地建物の収用立ち退きの手続きにおいては、財産権の保障が必要になります。日本国憲法29条1項では国民の財産権を保障していますが、同時に29条3項で私有財産が公共の目的で使用され得ることも規定されています。先祖代々相続してきた土地であっても、どうしても必要な公共施設を建設する必要がある時は事業に協力すべき義務があるというのです。
日本国憲法第29条1項 財産権は、これを侵してはならない。
2項 財産権の内容は、公共の福祉に適合するやうに、法律でこれを定める。
3項 私有財産は、正当な補償の下に、これを公共のために用ひることができる。
では、私有財産が公共事業のために拠出されなければならなくなった時の補償はどうなるでしょうか。憲法29条3項では「正当な補償」としか定めていませんのでこの解釈適用が問題となります。
公共用地の強制収用と補償を定めた土地収用法の解釈適用を巡って裁判例が集積し、現在では、個別財産の収用には完全補償が必要であるとする完全補償説に基づく運用が定まっています。土地収用法に関して裁判所は、個別の土地の収用に際して完全な補償が必要であるとの考え方を示しています。憲法で認められた所有権絶対原則、私有財産制の沿革からしても完全補償説が原則と考えられます。
最高裁判所昭和48年10月18日判決 「おもうに、土地収用法における損失の補償は、特定の公益上必要な事業のために土地が収用される場合、その収用によつて当該土地の所有者等が被る特別な犠牲の回復をはかることを目的とするものであるから、完全な補償、すなわち、収用の前後を通じて被収用者の財産価値を等しくならしめるような補償をなすべきであり、金銭をもつて補償する場合には、被収用者が近傍において被収用地と同等の代替地等を取得することをうるに足りる金額の補償を要するものというべく、土地収用法七二条(昭和四二年法律第七四号による改正前のもの。以下同じ。)は右のような趣旨を明らかにした規定と解すべきである。」
土地収用法は昭和42年に改正されていますが、この判例で言及している昭和42年改正前の土地収用法72条は次のような規定でした。
土地収用法(昭和42年改正前規定)第72条(土地の収用の損失補償)収用する土地
に対しては、近傍類地の取引価格等を考慮して、相当な価格をもつて補償しなければならない。
対応する現行規定は、次の通りです。
土地収用法(現行規定)第71条(土地等に対する補償金の額)収用する土地又はその土地に関する所有権以外の権利に対する補償金の額は、近傍類地の取引価格等を考慮して算定した事業の認定の告示の時における相当な価格に、権利取得裁決の時までの物価の変動に応ずる修正率を乗じて得た額とする。
要するに、土地収用法の条文が改正されても、国民の権利義務の基本は変わっていない、と解釈することができるのです。それは、土地収用法の各規程が、憲法29条の財産権保障の精神を具現化している規定だからです。例えて言えば、憲法という身体に服を着せたのが土地収用法なのです。どのような服を着ても人間が変わってしまうことが無いのと同じで、土地収用法がどのように制定されても、憲法の財産権保障は変更されないのです。
この判例では、土地収用法における公共用地の収用が、道路工事や河川工事や砂防工事や運河工事など、特定の場所における個別の不動産を収用するものであって、農地改革の様に全国的に土地の利用関係を変更するものではなく、個別不動産に対して「特別の犠牲」を求める手続だから、原則として、完全な補償、すなわち、収用の前後を通じて被収用者の財産価値を等しくならしめるような補償が必要であるという考え方に立っています。この理屈は現行の土地収用法71条についても当てはまるものと考えることができます。
このように土地収用の場面における完全補償説は、「収用の前後を通じて被収用者の財産価値を等しくならしめるような補償」と解釈されています。
都市再開発の場合は、農地改革など全国一律の社会全体の変革に伴う私権制限に関する場合ではなく、収用適格事業における土地収用の場合と同様に個別的な私権制限の事案といえますから、その場合の「正当な補償」とは「再開発の前後を通じて各権利者の財産価値を等しくならしめるような補償」と解釈できることになります。
3、土地再開発法97条1項の通損補償
ただ、この都再法97条1項の補償は、明け渡しに際して、「通常受ける損失」について事前に支払われる補償であり、実際に退去した場合に生じた実損害を補償するものではなく、実損害と既払額の精算をする手続きは法定されていません。
都市再開発法97条(土地の明渡しに伴う損失補償)1項 施行者は、前条の規定による土地若しくは物件の引渡し又は物件の移転により同条第一項の土地の占有者及び物件に関し権利を有する者が通常受ける損失を補償しなければならない。
例えば、民法709条の民事損害賠償請求権の規定は、交通事故などの不法行為事件を端緒として、被害者に生じた実損害を算定して、これを証拠提出して立証することにより、当事者間に存在する損害賠償債権額を民事訴訟などで法的に確定していく手続きを取りますが、都市再開発法の建て替え手続きでは、区域一帯の一括建て替え手続きであるために、事業計画を予め定めて、予算を組んで、これを執行していく必要があります。個々の地権者の実損害を裁判などで全件法的に確定させていては、何時まで経っても市街地再開発組合の清算を完了させることができなくなってしまいます。そのため、都市再開発法では、実損害の賠償ではなく、実際の退去前に、予め「通常受ける損失」額、いわば見込み額について、施行者(組合)が退去する地権者に補償すべきことを規定しています。民事損害賠償の場合は損害が発生してから弁償するのに対して、都再法の補償は損害が発生する前に弁済するものです。
市街地再開発事業は、多数の地権者の立ち退きを要する事業ですから、個々の地権者の個別事情も大切ではありますが、地権者間の平等、公平性も大事になってきます。そのため、この「通常受ける損失」の見積もりに当たっては、統一的な基準に従って補償額の見積もりが行われることになります。一般的に用いられているのが、土地収用手続きで用いられている「用対連基準」です。
これは、土地収用法に基づく損失補償の基準として定められた政令の一種(国土交通省訓令)である「公共用地の取得に伴う損失補償基準要綱(昭和37年6月29日閣議決定)」に基づいて、中央省庁、公団、公社などの関係機関により設立された用地対策連絡協議会が細目を定めた「公共用地の取得に伴う損失補償基準(昭和37年10月12日用地対策連絡会決定)」のことを指します。現在では、国土交通省の「公共用地の取得に伴う損失補償基準」も策定され、ほぼ同じ内容となっております。
【参考】・国土交通省の公共用地の取得に伴う損失補償基準
https://www.shinginza.com/kijunn.pdf
・国土交通省の公共用地の取得に伴う損失補償基準の運用方針
https://www.shinginza.com/kijun2.pdf
・国土交通省損失補償取扱要領
https://www.shinginza.com/kijun3.pdf
用対連基準の家賃減収補償は損失補償基準36条に規定されており、その具体的な計算方法は運用方針の第20、また損失補償取扱要領第10条で家賃の算定方法が定められています。更新料も含めた従前の家賃から必要経費を差し引いたものに建替月数(家賃が入ってこない期間)を乗じたものが補償額になると考えて下さい。これは勿論、権利変換期日後の明け渡し期間の損失を補償するものです。これらの基準では空き室については原則として補償されない取り扱いとなっています。
公共用地の取得に伴う損失補償基準36条(家賃減収補償)土地等の取得又は土地等の使用に伴い建物の全部又は一部を賃貸している者が当該建物を移転することにより移転期間中賃貸料を得ることができないと認められるときは、当該移転期間に応ずる賃貸料相当額から当該期間中の管理費相当額及び修繕費相当額を控除した額を補償するものとする。公共用地の取得に伴う損失補償基準の運用方針第20
基準第36条(家賃減収補償)は、次により処理する。
同条の補償額は、次式により算定するものとする。
1 土地を取得する場合
従前の建物の家賃(月額)×(1-α)×補償期間(月)
α 管理費及び修繕費相当額を考慮し、0.1の範囲内で適正に定めた率
2 土地を使用する場合
(1)土地の使用期間中に移転建物を建築する場合
従前の建物の家賃(月額)×(1-α)×補償期間(月)
α 第1項に定める率
(2)土地の使用期間中に移転建物を建築せず、使用期間満了後従前地に再建する場合
イ 自用地上の建物であるとき。
従前の建物の家賃(月額) ×(1-α)×補償期間(月) + 得られることが見
込まれる更新料相当額-使用対象地の地代補償額(月額) × 使用期間(月)
α 第1項に定める率
ただし、建物の自用部分と賃貸部分とが併存する場合において控除すべき使用
対象地の地代補償額は、賃貸部分に係る部分のみとするものとする。
ロ 借地上の建物であるとき。
従前の建物の家賃(月額) ×(1-α)×補償期間(月) + 得られることが見
込まれる更新料相当額-使用対象地の借地権者(建物所有者)に対する地代補償
額(月額) × 使用期間(月)
α 第1項に定める率
ただし、建物の自用部分と賃貸部分とが併存する場合において控除すべき使用
対象地の地代補償額は、賃貸部分に係る部分のみとするものとする。
3 補償期間
第1項及び前項(1)の補償期間は第19第3項(4)イの規定に定める期間とし、前項(2)の補償期間は第19第3項(4)ロに定める期間とするものとする。この場合において、基準第37条の借家人に対する補償を行う場合(建物の移転が構外再築工法によるときを含む。)は、これらの期間に借家人の入退去の準備に要する期間(原則として各1か月)を加えることができるものとする。
なお、やむを得ない事由により、建物の移転に関する補償契約の締結以前に基準第35条又は第37条の規定による補償を得て借家人が移転することにより、建物の全部又は一部を賃貸している者が家賃を得ることができない場合は、相当と認められる期間を加えることができるものとする。
国土交通省損失補償取扱要領
第10条 運用方針第20(家賃減収補償)第1項及び第2項に規定する従前の建物の家賃(月額)は、補償契約締結前の1年間における当該建物に係る家賃収入額(運用方針第20第3項により相当と認められる期間を加える場合にあっては、同項の借家人が移転してから補償契約締結までの期間の家賃収入の相当額を加えた額)を12で除した額とする。
家賃減収補償に関して用対連基準に一定の合理性を認めた下級審判例がありますので御紹介致します。
東京地方裁判所平成29年5月30日判決東京都市計画△西地区第一種市街地再開発事業に係る損失補償事件
『ところで、用対連基準33条及び用対連細則17条-2にも家賃減収補償に係る規定が設けられているところ、用対連基準等は、公共事業の用地取得に係る補償について、公正妥当を期するため、補償基準の適正化と統一を図ることを目的として、閣議決定あるいは閣議了解がされた「公共用地の取得に伴う損失補償基準要綱」及び「公共用地の取得に伴う損失補償基準要綱の施行について」を受けて、用地対策連絡協議会が策定したものであり、かかる用対連基準等の規定はその制定経過等に照らして、所有者が通常受けるであろう損失に対する補償の基準として合理的なものということができる。そして、本件補償基準等は、補償契約締結前の1年間における家賃収入額を12で除した額とするか否かにおいて用対連基準等とその算定方法に差異があるものの、補償契約締結時を基準として「従前の建物の家賃」を定めるものであるという基本的な考え方に変わりはなく、本件補償基準等により定められた家賃減収補償の内容は、特段の事情がない限り、合理的なものというべきである。』
通損補償は、立ち退きをすることによる損失を補償するものですから、権利変換期日(再開発組合に土地建物の権利が移転する期日)前の損失については、都再法97条1項では補償されないことになります。ご相談のように賃料収入が減少してしまうことを「家賃欠収損害」と言いますが、この実損害を賠償請求できる規定にはなっていないのです。
4、判例紹介
下級審判例ですが、家賃欠収補償を否定したものがありますのでご紹介致します。この判例は、権利変換前の家賃欠収分が、都再法97条の「通常受ける損失」に含まれるかどうかを判断したものです。都市再開発法の手続き内では家賃欠収は補償する必要が無いということになってしまいます。
なお、97条補償とは別に、現実の損害を根拠に民法709条の不法行為による損害賠償請求権が理論上考えられますが、認められるためには、組合側の故意過失に基づく「不法行為」の存在と、損害の発生と、損害額の証拠に基づく認定と、不法行為と損害発生との間の相当因果関係の損害、全てについて原告側の主張立証が必要となり、かなりハードルが高いものとなってしまいます。
東京地裁平成29年5月30日判決東京都市計画△西地区第一種市街地再開発事業に係る損失補償事件
https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/535/087535_hanrei.pdf
『3 争点(2)(原告に対する家賃欠収補償の要否及びその額)について
(1) 都市再開発法97条1項の「通常受ける損失」とは,土地等の明渡しにより通常の事情の下において客観的に受けるべきものと認められる損失をいい,特別の事情に基づく損失は含まれないものと解される。そして,ある損失が通常受ける損失であるのか,特別の事情に基づく損失であるのかは,公平負担の原則に照らして公共の費用として施行者において負担すべき性質の損失であるか否かの観点から判断すべきであると解するのが相当である。
(2) 原告は,本件賃借人が本件賃貸借契約を解約したのは,本件準備組合が中央区主導の下,確定的と思われる本件スケジュールを公表したことによるものであって,その公表により本件賃借人が平成22年6月頃に移転先の選定に入ったことは合理的であるほか,原告が,月額1350万円の賃料で本件定期賃貸借契約を締結せざるを得なかったのは,本件事業に伴う本件建物の明渡しが予定されていたことによるものであり,本件建物の収益価値自体が下落したわけではないなどとして,本件明渡期限までの本件賃貸借契約の賃料額と本件定期賃貸借契約の賃料額との差額は,本件事業に基づく明渡しに起因する損失として補償されるべきと主張する。
ア しかしながら,前記認定事実によれば,本件賃借人は,平成22年10月19日に原告に対して本件解約通知をした上,平成23年2月13日には本件建物から退去し,本件賃貸借契約は同年4月19日に終了しているところ,本件解約通知がされたのは,本件明渡期限である平成25年4月1日の約2年6か月も前であり,本件賃貸借契約が終了した日で見ても本件明渡期限の約2年前であって,いずれも再開発組合(被告)が設立されてもいない時期のことである。
また,第一種市街地再開発事業は,多数の関係権利者との利害調整等を図りつつ実施される事業であり,再開発組合設立の認可や権利変換計画の認可の段階において一定数以上の組合員の同意が必要とされているなど,必ずしも施行者の意向のみで進められるものではないことからすれば,第一種市街地再開発事業において施行者側が一定のスケジュールを示したとしても,それは飽くまで一応の予定あるいは目標を示したものにすぎないというべきところ,前記認定事実によれば,本件準備組合が平成22年4月16日に示した事業計画案(本件スケジュールを含むもの。甲12,50)においても,「再開発事業では,事業の進捗とともに徐々に事業計画の諸条件を確定していくことから,今回の事業計画も,引き続き見直しや詳細検討を行っていきます。」,「平成22年4月時点での想定スケジュールであり,今後変更となる場合があります。」と記載されているというのであり,このことからすれば,上記スケジュールは,不確定要素を多分に含む一応の予定あるいは目標として示されたものにすぎないというべきである。このことは,本件スケジュールが示されるまでのみならず,本件スケジュールが示された後のわずか2か月後の同年6月15日には本件事業のスケジュールが変更されるなど,本件事業のスケジュールが度々変更されてきていることなどからもうかがわれるところであり,同年4月16日に示された事業計画案(本件スケジュールを含むもの)がそれまでに示されたものより相当程度詳細なものであったとしても,変わるものではない。そして,前記認定事実及び証拠(甲7,15,乙69,原告22~23頁)によれば,本件賃借人が本件解約通知をしたことの理由の一つとして本件事業の存在があったとはいえるものの,本件賃借人は,平成19年頃から本件建物が本件施行区域内にあることから,いずれは本件建物から本社を移転しなければならないと考えるとともに,子会社オフィスを集約するなどしてグループの連携強化と業務効率化を図ることを目的とした本社移転を行うこと予定していたところ,本件事業のスケジュールが不確定であり,本件賃借人が本件建物を使用できる期間も不確定であったことから,本件賃借人の本社移転のための手続に一定の時間を要することも考慮しつつ,本件建物に代わる建物を早期に確保し,本社機能の移転を優先的に実施させたいという考えの下に本件解約通知をするに至ったものと認められる。そうすると,本件賃借人が再開発組合(被告)の設立すら待つこともなく本件解約通知に至った主たる理由は,不確定な本件事業のスケジュールに煩わされることなく,本社機能の移転を確実に実施するという一種の経営判断にあったものと認めるのが相当であり,本件賃借人による本件賃貸借契約の解約が本件事業の明渡しによるものということはできない。
なお,原告は,明渡期限は確定的ではないとしても,本件賃借人の近未来の退去は確定的であったのであるから,本件事業のスケジュールが順調に進んだ場合のことも考慮すれば,本件スケジュールの明渡期限は本件建物からの退去時期の指針となり得るものであるから,本件解約通知は本件事業による明渡しによるものであるとも主張する。
しかしながら,前記認定事実によれば,本件賃借人が原告に対して移転先の選定に入った旨を告げてからわずか4か月後に本件解約通知をしていること,平成22年の千代田区,中央区及び港区の都心3区における2000坪以上の一棟の建物を借りて移転した事例は合計6件あり,本件賃借人の移転先のビルについても複数の候補があったことからすれば,本件賃借人としては,本件解約通知の時点で本件賃貸借契約を解約して早期に移転しなければ,その移転先の確保等が困難であったということはできない。
このことに加え,前記認定事実によれば,本件賃借人が原告に対して移転先の選定に入った旨告げた頃である平成22年6月15日には本件スケジュールの見直しがされていること,本件賃貸借契約の終了時期は,本件スケジュールの明渡期限から見ても,その約1年も前であることなどからすれば,本件賃借人としては,飽くまで,本社機能の移転を優先的に実施するため,本件スケジュールの実現可能性がどの程度あるのかとは関係なく,確実に本社の移転ができるよう相当の余裕をもって本件解約通知に踏み切ったものといわざるを得ない。そして,本件賃借人が本件解約通知をした理由の一つとして,それほど遠くない時期において,本件事業のために本件建物を明け渡すことになるという事情があり,本件スケジュールの公表が本件賃借人に本件解約通知をするという判断をさせる契機になったとしても,上記に説示したことに鑑みれば,本件解約通知が本件事業の明渡しによるものではないとの前記判断を覆すものとはいえない。
イ また,原告が主張するように,本件事業による明渡しが予定されていたことから,本件建物の収益価値が減退したわけではないにもかかわらず,本件建物につき月額1350万円という低額な賃料で本件定期賃貸借契約を締結せざるを得なかったとしても,それは,上記ア及びイのとおり,本件賃借人がその経営判断により本件賃貸借契約を解約したことによるものであって,本件事業の明渡しによるものであるということはできない。
ウ したがって,本件賃貸借契約の解約が本件事業の明渡しによるものであるとして,本件賃貸借契約の賃料と本件定期賃貸借契約の賃料との差額を家賃欠収補償として補償すべきという原告の主張は採用することができない。
(3) 以上によれば,本件賃貸借契約の賃料と本件定期賃貸借契約の賃料との差額については,原告が「通常受ける損失」ということはできない。』
5、市街地再開発組合における運用状況
このように、都再法97条1項の補償は、権利変換期日後に明け渡しに伴う「通常受ける損失」を補償するものですから、法律上は、権利変換期日前の「明け渡し期限が決まっているのでテナントが入りにくいため、家賃を減額した」「権利変換の前に退去してしまい新テナントが入らないため、家賃収入がなかった」などの損害、いわゆる「家賃欠収補償」については、組合に支払い義務が無いことになってしまいます。
権利変換期日における「空き室」については、廃屋同然で入居する蓋然性が無いと判断されれば、「通常受ける損失」に含まれないため、家賃補償も無い、という取り扱いになる場合もあります。空き室は、きちんと修繕され、室内が綺麗に維持されて何時でも貸し出せる状態になっているかどうかがポイントになります。
都再法97条で補償されない場合でも、テナントが入りにくいことによる家賃欠収部分は、再開発事業が、ビル賃貸業者に対して、故意過失で不法行為(民709)による損害を与えている、と法律構成して、賠償請求できる余地もあり、この賠償義務の存否を法的に確定させるためには民事訴訟を提起して最高裁判決まで相互に争うことが必要です。さらに、そもそも、都市再開発事業としての組合の行為を違法な行為と言えるのか違法行為と言えるのか。疑問の残るところです。組合側から積極的に地権者に対して補償提案をしてくる損害項目ではありません。
しかし、このような紛争は、地権者にも組合にも大きな負担となることから、円滑な建て替え手続きを促進するために、一部の組合では、本組合の定款付属書類である通損補償基準に、法定外の「家賃欠収補償」を、決められた算定方法に基づいて一部支払うことで、再開発の立ち退きを円滑にするように企図している事例が見られます。前記判例の事案でも、組合基準にもとづき6か月分の家賃欠収補償が提示されておりました。
家賃欠収補償が、組合の損失補償基準に組み込まれていない場合でも、手続きを円滑に進めるために、ケースバイケースで、実際の明け渡しに際して、いわば「和解金」のような形で、実質的に欠収分の一部が補償される場合もあります。
従って、御相談の様に家賃の減収がある場合や、空き室が解消されない場合には、その損失額を計算しておいて、組合に対して請求していくことが必要となります。組合の回答は、「権利変換期日前の減収は組合に責任が無く、都再法97条通損補償の対象にもなっていない」ということが想定されます。この回答は間違いということではありませんが、双方が意見を戦わせていても時間ばかり経過するだけで建設的な話し合いにはなりません。双方が少しずつ譲歩して何等かの合意を成立させる努力が必要です。募集に苦慮している事情があれば、その事情を証拠に残して、随時組合担当者に連絡し、それも記録に残しておくことも有効でしょう。
以上です。