就職活動におけるWEBテスト代行サービスの利用と私電磁的記録不正作出罪及び同供用罪の成否
刑事|電磁的記録不正作出罪|被害者との示談|贖罪寄付
目次
質問:
私は、都内の某大学に通う大学生です。現在、就職活動をしているのですが、サークル活動が忙しく、中々、就職活動のための勉強に時間を割くことができませんでした。そのような状況で、書類選考は通過するのですが、WEBテスト後の1次面接で落とされることが続いていました。これはWEBテストで良い点数が取れていないことが原因だと思い悩んでいたところ、友人から、WEBテスト代行サービスというものが存在することを聞きました。私は、藁にも縋る思いで、業者に1万円を支払って、WEBテスト代行サービスを利用してしまいました。
当初は、何か犯罪になるとしても、業者側だけであろうと、高を括っていたのですが、WEBテスト代行サービスを利用した側が逮捕されたというニュースを見て、現在は、恐ろしい思いで過ごしています。私には、どのような犯罪が成立するのでしょうか。刑事罰が科されて、前科が付いてしまうのでしょうか。
回答:
就職活動におけるWEBテスト代行サービスの利用については、私電磁的記録不正作出罪(刑法161条の2第1項)及び同供用罪(同条3項)の成否が問題となります。
私電磁的記録不正作出罪の犯罪行為は、「人の事務処理を誤らせる目的で、その事務処理の用に供する権利、義務又は事実証明に関する電磁的記録を不正に作」る行為です。また、同供用罪の犯罪行為は「不正に作られた権利、義務又は事実証明に関する電磁的記録を、人の事務処理を誤らせる目的で、人の事務処理の用に供」する行為です。
本件では、第1に、WEBテストの解答記録は、志願者の学力という社会生活上重要な事実の証明にかかる電磁的記録として、「事実証明に関する電磁的記録」(同条1項)に当たるといえます。
第2に、相談者様には、当該電磁的記録に基づいて行われる他人の正常な事務処理(企業の採用選考)を害し、その本来意図していたものとは異なったものにする(自身の学力に関する記録を本来とは異なるものにする)目的、すなわち、「人の事務処理を誤らせる目的」(同項)があるといえます。
第3に、相談者様によるWEBテスト代行サービスの利用は、電磁的記録作出権者、すなわち、コンピューターシステムを設置し、それによって一定の事務処理を行い、又は、行おうとしている者である企業の意思に反し、権限を逸脱して、自己のほしいままに電子的記録を作り出すものとして、「不正に」(同項)行われたものといえます。また、相談者様は、WEBテスト代行業者をしてWEBテストの解答記録を作成させており、記録の媒体に電磁的記録を新たに生じさせたものとして、電磁的記録を「作」った(同項)といえます。
第4に、相談者様は、企業に対し、不正に作成したWEBテストの解答記録を提出しており、他人の事務処理のために使用される電子計算機において、不正に作出された電磁的記録を用い得る状態に置いたものとして、「人の事務処理の用に供した」(同条3項)といえます。
よって、相談者様には、私電磁的記録不正作出罪及び同供用罪が成立します。
両罪の法定刑については、いずれも、5年以下の懲役又は50万円以下の罰金と定められています(同条1項、3項)。そして、両罪は、目的・手段の関係に立ち、牽連犯となります(同法54条1項後段)。牽連犯については、その最も重い刑により処断されることとなりますが、両罪の法定刑は同一ですので、いずれにせよ、5年以下の懲役又は50万円以下の罰金の範囲内で刑事罰が定まることとなります。
電磁的記録不正作出罪に関する関連事例集参照。
解説:
1 私電磁的記録不正作出罪及び同供用罪の成否
⑴ 概要
刑法161条の2第1項は、「人の事務処理を誤らせる目的で、その事務処理の用に供する権利、義務又は事実証明に関する電磁的記録を不正に作った」場合に私電磁的記録不正作出罪が成立する旨を定め、法定刑を「五年以下の懲役又は五十万円以下の罰金」としています。
また、同条第3項は、「不正に作られた権利、義務又は事実証明に関する電磁的記録を、第一項の目的で、人の事務処理の用に供した」場合に同供用罪が成立する旨を定め、法定刑については、「その電磁的記録を不正に作った者と同一の刑に処する」ものとして、私電磁的記録不正作出罪と同様、5年以下の懲役又は50万円以下の罰金としています。
電磁的記録不正作出罪及び同供用罪は、情報化社会の進展に伴い、文書偽造罪ではカバーし切れない有害行為を処罰し、もって、電磁的記録に対する公共の信用を保護するためのものといえます。翻って、同罪の規定により、文書偽造罪における文書概念には、電磁的記録が含まれないことが明確となりました。
なお、同条2項は、本件とは関係はありませんが、「公務所又は公務員により作られるべき電磁的記録」に関するもので、公電磁的記録不正作出罪を規定した条文となります。
⑵ 各要件の解釈
ア 「その事務処理の用に供する権利、義務又は事実証明に関する電磁的記録」(刑法161条の2第1項)について
「権利、義務」「に関する電磁的記録」とは、権利、義務の発生、存続、変更、消滅に関する事実の証明にかかる電磁的記録をいいます。例えば、銀行の預金元帳ファイル、乗車券、勝馬投票券がこれに当たります。
また、「事実証明に関する電磁的記録」とは、法律上若しくは社会生活上重要な事実の証明にかかる電磁的記録をいいます。例えば、キャッシュカードの磁器ストライプ部分、会計帳簿ファイルの記録がこれに当たります。
イ 「人の事務処理を誤らせる目的」(同項)について
「人の事務処理を誤らせる目的」とは、当該電磁的記録に基づいて行われる他人の正常な事務処理を害し、その本来意図していたものとは異なったものにする目的をいいます。
このように、電磁的記録不正作出罪は、一定の目的を構成要件の1つとしており、いわゆる目的犯に当たります。
ウ 「不正に作った」(同項)について
「不正に」とは、電磁的記録作出権者、すなわち、コンピューターシステムを設置し、それによって一定の事務処理を行い、又は、行おうとしている者の意思に反し、権限なしに、又は、権限を逸脱して、自己のほしいままに電子的記録を作り出すことをいいます。
また、「作」るとは、記録の媒体に電磁的記録を新たに生じさせることをいいます。
例えば、勝馬投票券の磁器ストライプ部分に的中券のデータを印磁して改ざんすることや、キャッシュカードの磁器ストライプ部分の預金情報を改ざんすることがこれに当たります。
エ 「人の事務処理の用に供した」(同条3項)について
「人の事務処理の用に供した」とは、他人の事務処理のために使用される電子計算機において、不正に作出された電磁的記録を用い得る状態に置くことをいいます。
⑶ 本件における具体的な適用
ア 「その事務処理の用に供する権利、義務又は事実証明に関する電磁的記録」(刑法161条の2第1項)について
WEBテストは、採用選考に当たって、志願者の学力を図るために実施されるものであるため、WEBテストの解答記録は、志願者の学力という社会生活上重要な事実の証明にかかる電磁的記録として、「事実証明に関する電磁的記録」に当たるといえます。
イ 「人の事務処理を誤らせる目的」(同項)について
WEBテスト代行サービスの利用は、今後の採用選考を有利に進めるために、本来とは異なる志願者の学力を記録させることを目的として行われるものであって、相談者様には、当該電磁的記録に基づいて行われる他人の正常な事務処理(企業の採用選考)を害し、その本来意図していたものとは異なったものにする(自身の学力に関する記録を本来とは異なるものにする)目的、すなわち、「人の事務処理を誤らせる目的」があるといえます。
ウ 「不正に作った」(同項)について
企業としては、志願者の本来の学力を把握した上で、志願者を採用するか否かを決しようとする意思を有するので、WEBテスト代行サービスの利用によって自身の学力に関する記録を本来とは異なるものにすることは、電磁的記録作出権者である企業の意思に反するものといえます。そして、当然のことながら、相談者様には、自らWEBテストに解答する権限しかなく、WEBテスト代行サービスの利用は、その権限を逸脱したものといえます。したがって、相談者様によるWEBテスト代行サービスの利用は、電磁的記録作出権者、すなわち、コンピューターシステムを設置し、それによって一定の事務処理を行い、又は、行おうとしている者である企業の意思に反し、権限を逸脱して、自己のほしいままに電子的記録を作り出すものとして、「不正に」行われたものといえます。
また、相談者様は、WEBテストの代行を業者に依頼の上、ご自身の受検者IDとパスワードを渡し、当該業者をしてWEBテストの解答記録を作成させているので、記録の媒体に電磁的記録を新たに生じさせたものとして、電磁的記録を「作」ったといえます。
エ 「人の事務処理の用に供した」(同条3項)について
相談者様は、企業に対し、WEBテスト代行業者を介して、不正に作成したWEBテストの解答記録を提出し、これを企業側のコンピューターシステムにおいて利用可能な状態に置いているため、他人の事務処理のために使用される電子計算機において、不正に作出された電磁的記録を用い得る状態に置いたものとして、「人の事務処理の用に供した」といえます。
オ 小括
よって、相談者様には、私電磁的記録不正作出罪及び同供用罪(の共同正犯(刑法60条))が成立します。
2 具体的な活動方針
刑事罰回避に向けた、具体的な活動方針としては、まず、警察からの呼出し等に先んじて「被害者」と示談をする、といった方法が考えられます。
この点、私電磁的記録不正作出罪及び同供用罪の保護法益は、電磁的記録に対する公共の信用であり、両罪は、個人的法益ではなく、公益の保護を目的としたものであるといえます。そのため、誰を「被害者」と捉えるべきか、そもそも「被害者」を観念することができるのかが問題となり得ます。
確かに、上記のとおり、私電磁的記録不正作出罪及び同供用罪は、個人的法益ではなく、公益の保護を目的としたものです。もっとも、電磁的記録を不正に作出され、これを供用されることにより、実際に、その事務処理に支障を生じさせられることになるのは、供用先の電子計算機を管理する者、本件で言えば、採用選考を行う企業といえるので、その個人的法益もまた反射的利益として両罪の保護の対象であると解されます。そのため、本件における「被害者」は当該企業というべきでしょう。
この「被害者」に対して示談金をお支払いした上で、宥恕の意思も示していただき、示談をすることができれば、客観的に反省と贖罪の気持ちを表明することができるのみならず、処罰感情も消失したということもでき、これは重要な情状として考慮され、刑事罰の回避に繋がるでしょう。
ただ、大規模な企業であると、本件のような就職活動における不正について、示談には一律応じない、といった対応を取っていることも多いです。
そのような場合であっても、謝罪には応じてくださったり、刑事罰が科されることは望まないといった上申書の作成にご協力いただけたりすることはあるので、粘り強く交渉することが重要です。
その他には、贖罪寄付を行うことも考えられます。贖罪寄付とは、公益活動をしている団体などに寄付をすることをいいますが、これをすることにより、客観的に反省と贖罪の気持ちを表明することができ、一つ有利な情状として考慮されるでしょう。
3 まとめ
昨今、WEBテスト代行業者のみならず、当該業者にWEBテストの代行を依頼した就活生も刑事事件の対象となって、書類送検(被疑者を逮捕勾留という身体拘束をせずに、事件記録や捜査資料を検察官に送付する手続きのこと。)されている事例が多発しています。
就活生の側が逮捕された事例は未だないようではありますが、罰金処分が科され、前科が付いてしまう可能性も否定はできないので、お近くの法律事務所でご相談の上、刑事罰を回避するために、しっかりとした対策を講じておいた方が宜しいでしょう。
以上