逮捕勾留後連休中に示談が成立した場合の身柄解放の手続き
刑事|起訴前弁護|勾留決定後の事情により勾留取消・準抗告で救済できるか
目次
質問:
都内に住む専業主婦です。1週間前、外出先から帰宅中の電車内で、目の前にいた女性と些細なことから口論になり、女性の顔面を殴打する傷害事件を起こしてしまい、逮捕・勾留されました。刑事事件を起こしてしまったのは初めてで、被害者の女性は全治2週間の打撲と外傷性頸部症候群(むちうち症)の診断を受けているようです。勾留5日目の本日、弁護人の弁護士が被害者と示談を成立させてくれました。これで身柄を解放してもらえると思っていたのですが、弁護士によると、検察官が本日終日外出しているため、釈放指揮ができず、身柄解放は早くても連休明けの4日後になるだろうとのことでした。弁護士の言うとおり、連休が明けるまで釈放は絶対に無理でしょうか。
回答:
1. あなたは傷害事件の被疑者として逮捕され、裁判官によって勾留の要件(主として罪証隠滅のおそれ、逃亡のおそれ、勾留の必要性)を満たすと判断されて勾留されていますが、被害者と示談が成立したことによって、これらの勾留の要件が事後的に欠けた状態となっている可能性が高いと思われます。
2. 勾留の要件が事後的に欠けた場合については、刑事訴訟法上、勾留取消請求という手続きが用意されています。しかし、裁判官の判断の前提となる検察官の意見の聴取が連休明けまでは期待できないため、早期の身柄解放は期待できないでしょう。
3. このような場合には、勾留の裁判に対する不服申立てである準抗告という手続を利用することで早期の身柄解放が実現できる可能性があります。準抗告は続審ではなく事後審とされているため、本来であれば勾留の裁判後に生じた示談成立という事情を判断の基礎としてもらうことはできませんが、審判対象事項の迅速な判断を要請する法の趣旨から、裁判所の職権により事後的な事情を考慮してもらえる場合があると考えられます。
4. 本件では、勾留取消請求と併せて勾留の裁判に対する準抗告の申立てを行う必要があると思われます。弁護人と今一度協議することをお勧めいたします。
5. 準抗告に関する関連事例集参照。
解説:
1.(刑事手続の状況)
初めに、現在の状況について説明します。長くなりますので、十分理解できているということであれば2、以下に進んで下さい。
あなたは現在、傷害罪(刑法204条)の嫌疑がかけられており、被疑者として捜査機関(警察や検察)による捜査の対象となっています。あなたは傷害罪の容疑で逮捕、勾留されたとのことですが、逮捕とは被疑者の身柄を保全するためになされる比較的短期間の身柄拘束処分をいい、勾留とは逮捕に引き続き行われる比較的長期間の身柄拘束処分のことをいいます。刑事訴訟法上、罪を犯したことを疑うに足りる相当な理由があるとして逮捕された者(被疑者)については、逮捕から48時間以内の送検手続(警察が事件を検察官に送致する手続き)を経た上、送検から24時間以内(逮捕と合わせて72時間以内)に検察官において裁判官に被疑者の勾留を請求するか被疑者を釈放するかを決定することとされており(刑事訴訟法203条1項、205条1項・2項・4項、216条)、勾留請求が認められた(裁判官が被疑者の勾留を認める裁判を行った)場合、原則10日間(刑事訴訟法208条1項)、検察官がさらに取調べや証拠収集をしなければ被疑者の最終的な処分を決定することが困難と判断した場合、さらに10日間(逮捕と合わせて最長23日間)身柄拘束が続く可能性があります(刑事訴訟法208条2項、216条)。したがって、あなたがこのまま何もしなければ、勾留の裁判の効力により、検察官は本日を含めてあと6日間はあなたの身柄拘束を続けることができる状況にあります。
あなたは勾留を認める裁判(勾留決定)によって身柄を拘束されているわけですが、裁判官が勾留決定を行うためには、次に示す勾留の要件を充足している必要があります。すなわち、(1)被疑者が罪を犯したことを疑うに足りる相当な理由があること(刑事訴訟法207条1項、60条1項柱書)、(2)被疑者に住所不定、罪証を隠滅すると疑うに足りる相当な理由、逃亡すると疑うに足りる相当な理由のいずれかの事情があること(これらを合わせて、勾留の理由といいます。刑事訴訟法207条1項、60条1項各号)、(3)諸般の事情に照らして勾留の必要性があること(刑事訴訟法207条1項、87条1項)の3つです。あなたの場合、犯行を認めているということであれば通常罪を犯したことを疑うに足りる相当な理由の有無は問題とならず、定まった住居もあるようですので、勾留の要件の有無の判断においては、①罪証隠滅のおそれ又は逃亡のおそれの有無、②勾留の必要性の有無の2点がポイントとなったと思われます。あなたが実際に勾留されているということは、これらの事由が認められたことを意味します。
しかし、勾留の理由や勾留の必要性が勾留決定時に存在したとしても、これらが事後的に欠けるに至った場合にまで勾留決定時の事情に基づいた判断により勾留満期まで身柄拘束を受忍しなければならないというのでは明らかに不当です。あなたの場合、被害者と示談が成立したとのことですが、かかる事情によって検察官が本件を不起訴処分とする蓋然性が高まったと考えられますので、重い処罰を恐れて逃亡したり罪証隠滅(被害者に対する働きかけ等)を行う動機は低減したといえますし、示談により当の被害者が十分な被害弁償を受けて加害者であるあなたを宥恕している以上、さらに身柄拘束を続けることは不相当といえます。したがって、その他の事情にもよりますが、あなたは示談の成立によって勾留の要件が事後的に欠けた状態になっている可能性が高いと思われます。このような場合のために、刑事訴訟法は次の身柄解放手続を設けています。
2.(身柄解放のための手続)
(1)勾留取消請求
勾留の理由や勾留の必要性が事後的になくなった場合、勾留の取消請求をすることができます(刑事訴訟法207条1項、87条1項)。典型的には、本件のように勾留決定後に被害者と示談が成立したような場合です。勾留取消請求は被疑者や弁護人だけでなく、検察官もできるとされていますが、検察官による請求は期待できませんので、あなたの弁護人において手続きを行う必要があります。
ただし、この手続きには1つ大きな問題があります。裁判官が勾留を取り消す決定をするにあたっては、原則的に検察官の意見を聴かなければならないとされています(刑事訴訟法92条2項・1項、207条1項、87条1項)。ここでの「意見を聴かなければならない」とは、裁判官が勾留取消の決定をするに先だって必ず検察官からの意見聴取を行わなければならないという意味ではなく、検察官に意見陳述の機会を与えなければならないという意味に解されていますが、検察官による意見の回答がない場合、実際上は4、5日程度は判断が留保されることになります。検察官は通常、休日に事件対応はしてくれませんので、本件で裁判官が検察官の意見を聴くことになるのは連休明けになるものと思われます。これでは、せっかく示談が成立していても身柄の早期解放が望めません。
そこで、本件での利用を検討すべきなのが次に掲げる準抗告という手続きです。
(2)準抗告
ここで言う準抗告とは、裁判官が行ったあなたの勾留を認める裁判に対する不服申立、すなわち勾留の要件を満たすと判断してあなたの勾留を認めた原裁判は誤りであるからこれを取り消して下さい、と申し立てる手続きのことです(刑事訴訟法429条1項2号)。準抗告が認められた場合、勾留の裁判が取り消され、検察官の勾留請求が却下される結果、あなたは身柄拘束を解かれることになります(刑事訴訟法432条、426条2項)。
準抗告に対する決定は裁判官ではなく裁判所が行うこととされ(刑事訴訟法429条1項)、3名の裁判官による合議制により判断されることとなります。そして準抗告に対する判断は、迅速な判断を目的とする手続きの趣旨から、基本的に申立てから24時間以内には出してくれるのが通例となっています。準抗告に対する判断にあたって検察官の意見の聴取も必要とされていません。そのため、本件で準抗告を利用することができれば、身柄の早期解放を実現できる可能性があります。
しかし、準抗告を行う場合にも問題があります。準抗告は勾留を認めた裁判に不当な事由があるかどうかを問う事後審的な手続きであるとされているため、勾留決定時には存在しなかった示談成立という事情をその判断の基礎としてもらうことができるのかどうか、すなわち、準抗告審において原裁判後に生じた事情を斟酌してもらうことができるのかどうかという問題です。
3.(準抗告審で原裁判後の事情を判断の基礎としてもらうことの可否)
準抗告審が事後審であるという建前を厳格に貫いた場合、勾留を認めた原裁判の判断過程の当否を事後的に審査するに止まることになるため、原裁判時に存在しなかった新事情は一切考慮することができないことになります。しかし、原裁判が事後的に生じた事情を斟酌すれば明らかに不当な場合にまで新事情の考慮が一切できないというのは不相当と言わざるを得ません。これは本件のように、勾留の要件を始めとする身柄拘束事由に関する審査手続の遅延が見込まれるような場合に特に顕著といえます。
そもそも勾留の要件の有無についての司法審査の場面で迅速な判断が要請されているのは、被疑者の身体の自由に対する重大な制約を伴う身柄拘束中の判断であるため、その判断も迅速に行われるべきであり、かつ、刑事訴訟における本案審理のような場面とは異なり、簡易迅速な手続き(伝聞法則や自白法則の適用がないなど)によっても判断することが可能なためです。勾留要件が事後的に欠けた場合、刑事訴訟法上確かに勾留取消請求という簡易な方式での手続きが用意されてはいますが、本件のように検察官の意見の聴取が相当期間期待できない等の事情により、即座の司法判断が期待できないような場合にまで準抗告審における原裁判後の事情の考慮が一切できないとすると、迅速な手続きを要請する法の趣旨を没却する結果となることが明らかです。準抗告審が事後審とされることの理由の1つに審判対象事項の迅速な判断の要請が挙げられるとすれば、原裁判後に生じた新事情に対する判断を迅速に行えない事情がある(勾留取消請求では検察官の意見陳述に時間がかかるため、新事情を裁判所が速やかに判断できない)場合には、事後審であるが故に事後的な事情の考慮はできないという理屈は妥当しなくなります。
したがって、このような事情がある場合には、裁判所が職権により原裁判後に生じた新事情を準抗告審における判断の基礎とすることができると考えるのが合理的でしょう。法は裁判所が取調べることが可能な事実の時的範囲につき特に制限を設けていませんが(刑事訴訟法43条3項、刑事訴訟規則33条3項参照)、これは法が準抗告審における事後的な事情の斟酌を認容していると解することが可能でしょう。
結論として、準抗告審において勾留を認めた原裁判後に生じた新事情を判断の基礎としてもらうことは可能と考えられます。これについて参考判例として、準抗告審において原裁判後の新事情を判断資料とすることを認めた函館地裁平成13年3月24日決定、東京地裁平成24年11月3日決定もあります。東京地裁の決定では、一件記録を審査して原決定当時の勾留の必要性を改めて認定した上で、原裁判後に示談成立し被害者からの宥恕(ゆるすこと)があることや一切の刑事処分を求めない上申書の提出など様々な事情を考慮して、準抗告審の時点で、勾留決定を維持する必要性が認められないと判断しています。
判例抜粋、東京地裁平成24年11月3日決定「一件記録によって認められる本件事案の性質、内容、被疑者の供述状況等に照らすと、被疑者が、犯行態様や犯行に至る経緯等の重要な情状事実について、関係者に働き掛けるなどして、罪証を隠滅すると疑うに足りる相当な理由が認められ、被疑者の生活状況等も併せれば、被疑者が逃亡すると疑うに足りる相当な理由もあると認められる。
しかしながら、被疑者に前科、前歴がなく、知人女性が被疑者の身元引受書を提出していることのほか、原裁判後、被害者両名に対し、それぞれ相当額の被害弁償金を支払った上で、示談を成立させ、被害者両名がいずれも被告人を宥恕し、被告にに対して一切の刑事処分をしないことを求める旨の上申書を提出していることなどを考慮すると、現時点において、被疑者を勾留するまでの必要性があるとは認められない。」
4.(本件における対応)
示談が勾留の裁判後に成立したことについては間違いありませんので、勾留取消請求を行わないという選択肢は考えられません。しかし、本件では連休直前ということで、勾留取消にあたり必要となる検察官の意見の聴取が長期間期待できず、迅速な司法判断が期待できないため、勾留取消請求と併せて勾留の裁判に対する準抗告の申立てを行うべきでしょう。準抗告申立書においては、示談成立によって勾留の要件が欠けていることを具体的に主張すべきことはもちろん、勾留取消請求によっては迅速な身柄解放が期待できないこと等を併せて記載し、準抗告裁判所に対して職権で原裁判後の事情を判断の基礎としてもらえるよう促す必要があるでしょう。
身柄解放を求める手続の申立てについて、今一度弁護人と協議してみては如何でしょうか。
以上