少年事件・逮捕と身柄解放手続き
刑事|詐欺罪|少年審判|少年法|保護処分|横浜地方裁判所昭和36年7月12日決定
目次
質問:
昨夜,家に警察がやって来て,18歳になる大学生の息子が逮捕されました。刑事さんの話によれば,息子には,ソーシャルネットワークサービスの掲示板を利用して,某国民的人気アイドルグループと握手ができるイベント参加券(握手券)30枚を売る旨の嘘の書き込みをして,被害者の大学生から現金5万円を振込送金させて騙し取った疑いがかけられているとのことでした。
息子は,事実関係を認めているようですが,刑事さんによれば,息子にはこの他にも十数件以上,同様の手口でお金を騙し取った余罪があるようです。
息子はこれからどうなってしまうのでしょうか。家にはいつ帰ってこられるのでしょうか。また,親として何かできることはないでしょうか。
回答:
1.息子さんには詐欺罪(刑法246条1項)の嫌疑がかけられていると考えられます。被害額が大きく,余罪も多数あるとなると,逮捕に続き勾留,勾留延長(最長23日間),場合によってはさらに余罪での逮捕,勾留(最長23日間)が予想され,勾留満期後は鑑別所送致(最長4週間),少年審判となることが予想されます。
2.息子さんの身柄拘束期間の長期化を防ぐため,弁護人を通して捜査機関や裁判所に働きかけていくことや勾留・勾留延長の裁判に対する準抗告等の不服申立手続の活用が必要です。また,被疑者段階より,少年審判を見据え,息子さんの要保護性解消のための環境調整を進めていく必要があります。
3.個々の具体的状況に応じて,細心の注意を払って対応していく必要があります。早い段階で一度専門的な弁護士にご相談下さい。
4.少年事件に関する関連事例集参照。
解説:
1.はじめに
息子さんは,掲示板の書き込みで,お金を振り込めば握手券を送ってもらえるかのように誤信させてお金を騙し取ったということのようですので,息子さんには「人を欺いて財物を交付させた」ものとして,詐欺罪(刑法246条1項)の嫌疑がかけられていると考えられます。刑法上,詐欺罪は法定刑に罰金が含まれていない(懲役刑のみが規定されている)重い犯罪であり,成人事件の場合,たとえ初犯であっても余罪が複数あると,逮捕・勾留の身柄拘束手続,取調べ等の捜査を経て公判請求(起訴)される可能性が高いといえます。
もっとも,息子さんは未だ20歳に満たない「少年」であり(少年法2条1項),少年法の適用があるため,成人事件の場合とは異なる手続が予定されています。また,少年事件の場合,最終的な処分の決定にあたって考慮されるポイントが成人事件とは異なります。成人事件の場合,初犯であれば,たとえ公判請求されたとしても個別事情(例えば示談の成立等)に応じて執行猶予付判決が言い渡されることが多いのに対し,少年事件の場合,たとえ被害者と示談が成立していたとしても,ポイントを押さえた十分な活動ができていないと,少年院送致等の重い処分が下されることもあり得ます。そのような事態を避けるためには,少年法の趣旨と審判の際の考慮要素の理解が不可欠といえます。
2.少年法の手続と背景にある考え方
刑法は,自由な意思決定能力とそれを前提とした規範的な非難可能性を備える14歳以上の者に刑事責任能力を認めているものの(刑法41条),刑事責任能力が肯定された結果科される刑罰は,犯罪行為に対する応報を実現するだけでなく,犯罪行為を行った個人の教育・更生を図ることで社会秩序を維持することを究極的には目的としています。かかる刑法の目的からすれば,成人と異なり,未だ人格的に発展途上であり,意思決定能力が未熟な少年に対しては,成人と同様に一律に刑罰を科すよりも,かかる少年の特性に応じた特別な処遇によって更生・矯正を施すことが合理的といえます。そこで,少年法は,「少年の健全な育成を期し,非行のある少年に対して性格の矯正及び環境の調整に関する保護処分を行うとともに,少年の刑事事件について特別の措置を講ずる」ことを目的として(少年法1条),成人事件とは異なる特殊な手続きを用意しているのです。
ここでいう「少年の健全な育成」を期するという少年法の理念は「保護主義」と呼ばれており,国が教育的手段によって矯正を行うことで少年の再非行を防止し,社会復帰を実現させることを意味します。少年事件においては,成人事件の場合の刑事手続のルール(刑事訴訟法の定める手続)に修正が施されていますが(少年法40条),これは保護主義の理念に基づくものです。具体的には,捜査段階では基本的に成人事件と同様の手続となっているものの(捜査機関による逮捕・勾留,取調べ等),捜査の結果,犯罪の嫌疑があると判断されたときは,全ての事件が家庭裁判所に送致されることとなっており(全件送致主義。少年法41条,42条),送致を受けた家庭裁判所は,必要に応じて,少年を少年鑑別所に送致する等の観護措置(少年法17条1項2号)をとることで事件及び少年について調査を行い(少年法8条,9条),その後、観護措置による調査をもとに、少年審判において少年に対する「保護処分」と呼ばれる最終的な処分の決定をすることになります(少年法24条1項各号)。
保護処分には大きく分けて①保護観察所の保護観察に付する処分,②児童自立支援施設又は児童養護施設に送致する処分,③少年院に送致する処分の3種類がありますが,処分の決定にあたっては,非行事実の有無,内容のみならず,「要保護性」の有無,程度が審理されることになります。要保護性とは,①再非行可能性(少年の性格や環境に照らして,再び犯行に陥る危険性があること),②矯正可能性(保護処分により再非行を防止できる可能性),③保護相当性(保護処分を行うことが少年の健全育成のために最も有効かつ適切であること)という3つの要素からなる概念と理解されており,審判においてはこれらの有無,程度が非行事実と同等以上に重視されます。仮に非行事実が軽微であったり,被害者と示談が成立した等の有利な事情があったとしても,要保護性が高いと判断されると少年院送致等の重い処分に付されることもあります。したがって,少年事件においては,成人事件と異なり,要保護性の解消に向けた活動が決定的に重要となってきます。
3.本件における刑事手続の見通し
本件においては,息子さんは詐欺罪の被疑者として逮捕されていますが,逮捕に引き続き,勾留という身柄拘束手続がなされることが予想されます。勾留の要件としては,刑事訴訟法上,①被疑者が罪を犯したことを疑うに足りる相当な理由があること(刑事訴訟法207条1項、60条1項柱書),②被疑者に住所不定,罪証を隠滅すると疑うに足りる相当な理由,逃亡すると疑うに足りる相当な理由のいずれかの事情があること(刑事訴訟法207条1項、60条1項各号),③諸般の事情に照らして勾留の必要性があること(刑事訴訟法87条1項)の3つが定められており,加えて,息子さんが20歳未満の少年であることから,④勾留状を発することについての「やむを得ない場合」に該当すること(少年法48条1項,2条1項)が必要となります。
本件では①については,警察もそれなりの証拠を押さえた上で逮捕に踏み切っていると考えられる上,息子さん自身も犯行を認めていることから,本件では問題とはならず,②についても,常習性や再非行の可能性が強く疑われ,必要な活動をせず放置となれば少年院送致も考えうる事案であること等に照らせば,物的証拠の損壊や被害者に連絡して威迫する等の手段で罪証隠滅が図られるおそれがあると判断されるのが一般的であり,逃亡のおそれについても,鑑別所送致を含め,長期の身柄拘束が予想されることや重い保護処分も予想されること等からすれば,逃亡を疑うに足りる相当な理由があると判断されるのが通常です。また,③についても罪質自体の重さや同種余罪を含めた捜査の必要性が高いこと等からすれば,勾留の必要性が肯定されると言わざるを得ないでしょう。④の「やむを得ない場合」とは,裁判例上「刑訴法60条所定の勾留の要件を満たす場合において,当該裁判所所在地に少年鑑別所又は代用鑑別所がなく,あっても収容能力の関係から収容できない場合,又は少年の非行・罪質等から勾留によらなければ捜査の遂行上重大な支障を来すと認められる場合」を指すとされていますが(横浜地方裁判所昭和36年7月12日決定),事案の性質上余罪の点も含め,集中的な取調べの必要性があることからすれば,「勾留によらなければ捜査の遂行上重大な支障を来すと認められる場合」にあたると考えられます。
したがって,息子さんを弁護する立場ですべき活動としては,息子さんが勾留要件に該当することを前提に,早期の観護措置(4週間程度の鑑別所送致が予想されます。少年法17条1項2号・3項・4項本文)を要請し,無用な身柄拘束期間の長期化を回避するとともに,審判において可能な限り軽い処分(最低でも少年院送致の回避)を要請していくことが中心的な活動になっていくと思われます。鑑別所送致の要件としては,少年法上は「審判を行うため必要があるとき」としか規定がありませんが(少年法17条1項本文),実務上は,逃亡のおそれや罪証隠滅のおそれ(勾留の理由と同様の事情)があれば,審判・保護処分の円滑な遂行のために身柄拘束の必要性があるものとして,鑑別所送致が認められてしまうため,事件が家庭裁判所に送致されれば観護措置決定が出る可能性が極めて高いと思われます。
4.本件における対応のポイント
(1)身柄拘束期間の短縮
息子さんの場合,詐欺罪という比較的重い犯罪の嫌疑がかけられており,被害額は5万円と少なくなく,掲示板に虚偽の書き込みをして被害者を騙して送金させるという行為自体の悪質性も一般的な詐欺事犯と比較して軽いとはいえない上,同種余罪が十数件あり,常習性が強く疑われること,余罪を含めた捜査の必要性が高いと考えられること等からすると,何もしない場合,ほぼ確実に検察官による勾留請求が認められた上(勾留期間は10日間。刑事訴訟法208条1項),更に10日間の勾留期間延長(逮捕と合わせて最長23日間。刑事訴訟法208条2項)及び観護措置としての鑑別所送致(最大で4週間)を経て,家庭裁判所の審判が行われることが予想されます。また,逮捕・勾留の効力の範囲は人単位ではなく事件単位が基準となるため(刑事訴訟法60条1項,61条,64条1項,200条1項,203条1項等参照),逮捕にかかる本件詐欺事件での勾留期間が満期となっても,余罪である別件の詐欺事件で再び逮捕・勾留(最長で23日間)される可能性が高いと思われます。
もっとも,少年の身柄拘束は成人の場合以上にその心身に及ぼす悪影響が大きいことから,犯罪捜査規範上,「少年の被疑者については,なるべく身柄の拘束を避け,やむを得ず,逮捕,連行又は護送する場合には,その時期及び方法について特に慎重な注意をしなければならない」とされており(犯罪捜査規範208条),少年の身柄拘束にあたっては,捜査機関に特に慎重な姿勢が求められています。加えて,捜査機関としても,余罪の全てを立件しようとすると膨大な手間・時間がかかることから,証拠上の確実な裏付けが可能な一部に限って立件しようとするのが通常ですので,弁護人の捜査機関に対する申入れと協議次第では,立件件数の調整も含め,家庭裁判所送致までの身柄拘束期間が長期化しないよう配慮してくれることがあります。弁護人を通じて,勾留に伴う不利益(大学の退学等)等を具体的に記載した意見書を作成してもらった上,検察官に対して勾留請求や勾留延長,余罪での逮捕・勾留等をしないよう働きかけていく必要があります。また,不当な勾留請求に対しては,裁判官に対する勾留請求却下の要請や,勾留決定がされてしまった場合でも事後的に準抗告(刑事訴訟法429条1項2号)による不服申立て等の対応を検討すべきでしょう。これらの手段による身柄解放がかなわなくても,上記のような弁護人の姿勢が捜査機関に対する牽制となり,結果として家庭裁判所送致の早期化に繋がることがあります。
(2)示談
息子さんは,被害者の大学生から5万円を騙し取っていますので,被害弁償と謝罪のための示談交渉を進める必要があります。ただし,成人事件においては,被害者に被害弁償をして,宥恕を得られていれば,量刑上かなり有利に働くのに対し(詐欺罪のような財産犯の場合,経済的損害の回復と宥恕の有無が刑事処分の軽重を決する大きなポイントとなります。),少年事件においては,刑罰による応報ではなく,少年の健全育成(少年法1条)という観点から,要保護性(少年の性格や環境に照らして将来再非行に陥る危険性・程度、保護処分による矯正可能性、保護処分が最も有効かつ適切な処遇といえるかどうか)の有無・程度が審判対象となるため,仮に示談が成立しても,それによって直ちに処分が軽くなるわけではない点に注意が必要です。審判においては,示談活動は,被害者に対して謝罪しようという自発的意思や真摯な反省を表すものとして,要保護性の解消と結び付けて主張していく必要がありますし,示談が成立した場合でも,被害者の宥恕が更生意欲の高まりに結びつくようでなければ処分の決定にあたって有利な事情とならないため(もっとも,示談が成立した場合,事実上処分が軽減される方向に考慮されているように思われます。),被疑者段階から審判を見越して,内省を促し,更生への道筋を示せるよう,適切な指導・働きかけが必要といえます。
具体的には,弁護人(付添人)らの適切な指導の下での被害者宛の謝罪文や反省文の作成,弁護人(付添人)による示談経過報告書の作成等により対応していく必要があります。また,示談交渉の過程及び結果が本人の更生の動機づけに繋がるよう,示談交渉の内容や示談関係書面の文言等を工夫する必要があります。被害者の連絡先が不明な場合は,被疑者段階であれば検察官ら捜査機関を通じて情報開示を受けるか,審判開始決定があった後であれば(観護措置決定が出ている事件の場合、実際上は、事件が家庭裁判所の担当裁判官に配転されると、直ちに審判開始決定が出されることが殆どです。)法律記録を閲覧することで確認できます(少年審判規則7条2項)。いずれにしても弁護人(付添人)が必要となります。
(3)大学への連絡阻止
大学に今回の非行事実が知れた場合,退学処分等の重大な不利益が予想されます。仮に退学処分となった場合,息子さんの今後の人生に及ぼす影響は重大ですし,更生のための環境が悪化し,更生のための適切な環境調整により少年の健全育成を図るという少年法の理念(少年法1条)にもとる結果となることは必至です。また,本件は大学とは関係のないところで行われた私生活上の非行であり,大学に連絡する必要性は低いといえますので,捜査機関や裁判所としては,大学への連絡は厳に慎むべきであるといえます(地方公務員法34条、国家公務員法100条参照)。
この点につき,何ら対応をせず放置していると,息子さんの生活環境の把握や問題行動の有無の調査等の目的で大学に連絡されてしまう危険性がありますので,弁護人(付添人)に大学に連絡をされた場合の不利益等を具体的に記した上申書を作成してもらい,警察署,検察庁,家庭裁判所等に対して早急に上申してもらう必要があるでしょう。
(4)非行原因の究明・再非行防止のための対応策の模索(環境調整)
少年事件一般に言えることですが,少年審判においては非行事実の有無のみならず少年の要保護性も審判対象となるため,少年の更生のための環境調整が事件の帰趨を左右する極めて重要な活動となります。特に本件では,同じような手口の詐欺行為を十数件以上も繰り返していたとのことであり,相当な非行性の深まりが伺われるため,審判期日までに更生のための環境調整が十分にできなければ,要保護性が解消されていないとして,少年院送致等の重い処分が下される可能性があります。そのため,弁護人(付添人)において,息子さん本人やご両親と繰り返し面会し,息子さんの生活環境,家庭環境,家族関係,交友関係,成育歴,就学関係等を正確に把握するのは勿論のこと,一連の非行の原因となった息子さん自身の問題点,息子さんを取り巻く環境上の問題点,家庭生活上の問題点等をできるだけ早い段階から明らかにし,それらを解消して再非行を防ぐための効果的な対応策を検討していく必要があります。少年の抱える問題点は個別の事案ごとに全く異なり,類型化することは困難ですが,いずれにしても環境調整はご両親の協力なくしてはなし得ません。
また,非行の原因と効果的な対応策について,家庭裁判所との間に認識のずれがあると,審判において予想外の重い処分が下されることもあり,今後の更生の上でもかえって有害となりかねないため,家庭裁判所と問題意識を共有しておく必要があります。特に,家庭裁判所調査官(少年の要保護性の有無・内容についての社会調査を担当する行動科学の専門家)の処遇意見は審判において重要視されるため,事件が家庭裁判所に送致された後は,付添人において,家庭裁判所調査官と密に連絡を取り,調査にも積極的に立会いを求める等して,息子さんの抱える問題点や更生のための適切な処分について十分に協議しておく必要があります。
5.終わりに
以上のとおり,本件では,最終的に審判で不必要に重い処分とならないよう,さらには息子さんの更生・再犯抑止のためにも,被疑者段階から審判手続きを見据えた迅速かつ適切な対応が求められます。また,対応を誤ると退学処分等により息子さんの将来に重大な悪影響が及ぶ可能性があるため,細心の注意を払って対応していく必要があります。 まずは,息子さん及びご両親と直接お会いして事実関係を把握するところからです。なるべく早期に専門的弁護士にご相談されることをお勧めいたします。
以上