新銀座法律事務所 法律相談事例集データベース
No.1405、2013/01/31 16:11 https://www.shinginza.com/qa-roudou.htm

【労働・試用期間経過後の給料内容が記載されていない労働契約の効力・当該契約書への署名を拒否した場合の解雇の効力・東京地裁平成24年7月25日判決】

質問:
試用期間の3カ月が経過する時点で本採用を拒否され解雇されました。理由は,入社後すぐに,会社から要求された労働契約書に署名しなかったから,という説明でした。署名しなかったのは,契約書に「試用期間は3か月とする。月給は22万円とする。」とだけ記載されており,入社時に説明された試用期間終了後の給料が月25万円になることが記載されていなかったので,その旨契約書に記載して欲しいと要求したのですが会社から拒否されたためでした。このような解雇には納得できませんが,有効なのでしょうか。



回答:
1.本件解雇は無効になる可能性が高いでしょう。試用期間中の労働契約は,解約留保権付労働契約とされ,最高裁判所の判例でも試用期間中の解雇は通常の解雇権行使と比較して広い範囲での解雇権行使が認められるものの,解約権留保の趣旨目的に照らし,「客観的な事情が存在し社会通念上相当と是認される場合」でなければならないとされています。
2.ご相談の場合,あなたの要求は労働者として当然のことであり,契約者に署名しないことを理由に解雇することは社会通念上相当と是認されることはないでしょう。
3.関連事例集5番,642番, 657番, 762番,786番,842番,925番,1069番,1117番,1317番を参考にしてください。手続は, 法の支配と民事訴訟実務入門,各論3,「保全処分手続,仮差押,仮処分を自分でやる。」,各論17,「労働審判を自分でやる。」,書式ダウンロード労働審判手続申立参照。

解説:

(労働法,労働契約解釈の指針)
  先ず労働法における雇用者,労働者の利益の対立について説明します。本来,資本主義社会において私的自治の基本である契約自由の原則から言えば労働契約は使用者,労働者が納得して契約するものであれば,特に不法なものでない限り,どのような内容であっても許されるようにも考えられますが,契約時において使用者は経済力からも雇う立場上有利な地位にあるのが一般的ですし,労働力を提供して賃金をもらい生活する関係上労働者は長期間にわたり指揮命令を受けて拘束される契約でありながら,常に対等な契約を結べない危険性を有しています。
  しかし,そのような状況は個人の尊厳を守り,人間として値する生活を保障した憲法13条,平等の原則を定めた憲法14条の趣旨に事実上反しますので,法律は民法の雇用契約の特別規定である労働法等(基本労働三法等)により,労働者が対等に使用者と契約でき,契約後も実質的に労働者の権利を保護すべく種々の規定をおいています。法律は性格上おのずと抽象的規定にならざるをえませんから,その解釈にあたっては使用者,労働者の実質的平等を確保するという観点からなされなければならない訳ですし,雇用者の利益は営利を目的にする経営する権利(憲法29条の私有財産制に基づく企業の営業の自由)であるのに対し,他方労働者の利益は毎日生活し働く権利ですし,個人の尊厳確保に直結した権利ですから,おのずと力の弱い労働者の利益をないがしろにする事は許されないことになります。
  ちなみに,労働基準法1条は「労働条件は,労働者が人たるに値する生活を営むための必要を充たすべきものでなければならない。」,第2条は「労働条件は労働者と使用者が,対等の立場において決定すべきものである。」と規定するのは以上の趣旨を表しています。従って,労働契約の文言にとらわれず,以上の趣旨を踏まえて試用期間経過後の契約内容を記載していない契約の有効性,及び当該契約書に対する署名拒否による解雇の効力を検討し,解釈することが必要です。

1 解雇とは
(1)解雇には2種類あり,具体的には@労働契約の中途解約(民法627条1項,普通解雇)と,A懲戒処分たる解雇(懲戒解雇)に分かれます。本件解雇は,@の普通解雇であると思われます。しかし,労働契約法は,労働者保護の観点から民法の一般原則を修正し,客観的合理的理由を欠き,社会通念上相当と認められない解雇に関しては,解雇権の濫用に当たるとして無効になるものとしています(労働契約法16条)。
   本件解雇についても,労働契約法16条の規制に服し,客観的合理的理由及び社会通念上の相当性があるかという観点から,その有効性を判断することになります。

(2)試用期間中の解雇の場合
   労働契約における試用期間について,最高裁は,「使用者が労働者に対して解約留保権を有する」労働契約であると解釈しています。そして,かかる解約留保権付労働契約については,通常の解雇権行使と比較して広い範囲での解雇権行使が認められるものの,解約権留保の趣旨目的に照らし,客観的な事情が存在し社会通念上相当と是認される場合でなければならないという考えを採用しています(最判昭和48年12月12日。三菱樹脂事件)。なお,最高裁は,解約権留保の趣旨目的につき,当該労働者について,会社への適合性や能力について判断し,本採用をするための最終決定を留保するというものであると解しています。
   そのため,本件解雇の有効性を判断する場合も,上記判例の趣旨に沿って検討する必要があります。

2 本件に関するあてはめ
(1)事案の評価
 ア 本件では,労働契約書への署名押印を拒んだことを理由として,会社の方針に従えない人材であると評価され,本採用を拒否されています。
   かかる事案においては,労働契約書の内容が正当なものであるか否かが,本採用拒否(解雇)の適法性を大きく左右する事情であるといえます。仮に正当な内容であれば,会社が用意した契約書にすらサインできない人材として,A社への適合性が問題視されてしかるべきです。他方で,本件労働契約書が不当な内容なのであれば,むしろ不当な労働条件とならないために,署名押印しないことも合理性があるものと思われます。

 イ この点,本件においては,求人の段階,採用面接及び採用告知の段階で,「試用期間3か月の間は月給22万円,本採用後は月給25万円」と告知されており,あなたにおいても,かかる労働条件の提示があったからこそ,A社に入社し,辞令の交付も受けたという経緯があります。かかる事情においては,あなたとA社においては,少なくとも,平成24年4月1日の時点で,「試用期間が3か月設けられること」「試用期間の間は月給22万円であること」「試用期間満了後の本採用後は月給25万円であること」が既に労働契約の内容をなしていたものと解するべきです(東京地判平成24年7月25日参照)。

   本件は,労働契約に関する問題ではあるものの,実態としては,私法契約における意思表示と契約成立の問題,そして事実認定の問題です。一般取引通念上,契約を行う場合には契約書を交わすことが多いです。しかし,厳密に言えば,私法契約は意思表示の合致のみで成立するものであり,契約書は合致した意思表示の内容を書面化・証拠化するためのものでしかありません。本件においても,求人段階から採用に至るまでの間,ずっと同じ労働条件が提示されており,両者の間に何ら異議が出ることもなくスムーズに話が進んできたのですから,当事者間ではかかる労働条件とする意思の合致があったものと解するべきです。本件の場合,会社側の主張として,労働契約書を交わす段階までは賃金に関する契約が正式に成立していないというものが考えられますが(上記東京地裁平成24年の裁判例においても会社側は同様の主張を行いました),採用までの経緯を見る限り,労働契約の核心たる賃金に関する合意がいまだ成立していないと解するのは困難であるといえます。

(2)解雇の適法性について
 ア 上記(1)を前提に本件を考えると,A社が署名押印の要求している労働契約書は,賃金に関する労働条件が正確に反映されていないもの,又は一方的な賃金減額要求であると評価されることになります。裏を返せば,あなたのA社に対する要求内容は,労働条件を正確に反映した労働契約書に訂正してほしい,又は一方的な賃金減額要求には応じられない,というものであると評価されることになるでしょう。

 イ 労働契約において,賃金額というのは契約の重要な要素であり(労働契約法6条参照),合意内容に従った労働契約書に訂正要求することは,労働者の権利ともいうべきです。あくまで労働契約は,使用者と労働者個々人との間で締結するものであり,他の従業員が本件労働契約書にサインしているということは,本件労働契約書への署名押印拒否を不当化するものではありません。少なくとも,あなたとA社との関係では,むしろA社が不当な署名押印を要求しているとさえいえます。
   また,賃金減額を事実上要求している場合であったとしても,当然,A社として賃金の減額交渉を行うこと自体は自由ですが(労働契約法8条),あくまで労働者がかかる提示に応じるかは労働者の自由意思に委ねられています。労働者の個別合意なくして賃金を減額させるためには,就業規則により賃金内容を変更する(労働契約法9条,10条。最判昭和43年10月25日,最判平成9年2月28日。),また,仮に職務給制度を敷いているのであれば合理的な理由による職務内容の格下げを行うなどという手段をとる必要があります。しかし,本件では,A社がかかる賃金減額手段を採ったという形跡も見受けられません。そのため,やはり本件労働契約書は労働契約の内容を正確に反映していないと言わざるを得ません。
   むしろA社には,賃金内容に問題があるのであれば,あなたと誠実に協議を重ね,採用過程においていかなる会話がなされていたのかなど,検討しようとする素振りすら見受けられません。あなたのことを会社の要求に従わない人材だということで一方的に本採用を拒否したものと評価することになると思われます。

 ウ あなたに対して設けられている試用期間の趣旨目的は,A社への適格性を判断するためであることは上記の通りであり,会社の方針に従える人材であるか否か,という点もその適格性判断の要素に含まれることは確かでしょう。しかし,それはA社が提示する不合理な契約内容に従えるか否かという趣旨目的ではなく,労働者としての適格性とは別問題であると考えるべきでしょう。

 エ 以上の点からすれば,A社による本採用拒否は,解約権留保の趣旨目的に照らし,客観的合理的理由を欠き,社会通念上相当ではないものであるといえるでしょう。後は,いかなる手続きによって本件解雇を争うかどうか,法律の専門家に相談の上,検討すべきであると言えます。

【参考条文】

<労働契約法>
第六条  労働契約は,労働者が使用者に使用されて労働し,使用者がこれに対して賃金を支払うことについて,労働者及び使用者が合意することによって成立する。
第八条  労働者及び使用者は,その合意により,労働契約の内容である労働条件を変更することができる。
第九条  使用者は,労働者と合意することなく,就業規則を変更することにより,労働者の不利益に労働契約の内容である労働条件を変更することはできない。ただし,次条の場合は,この限りでない。
第十条  使用者が就業規則の変更により労働条件を変更する場合において,変更後の就業規則を労働者に周知させ,かつ,就業規則の変更が,労働者の受ける不利益の程度,労働条件の変更の必要性,変更後の就業規則の内容の相当性,労働組合等との交渉の状況その他の就業規則の変更に係る事情に照らして合理的なものであるときは,労働契約の内容である労働条件は,当該変更後の就業規則に定めるところによるものとする。ただし,労働契約において,労働者及び使用者が就業規則の変更によっては変更されない労働条件として合意していた部分については,第十二条に該当する場合を除き,この限りでない。

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