新銀座法律事務所 法律相談事例集データベース
No.1417、2013/02/22 00:00 https://www.shinginza.com/qa-fudousan.htm
【更新料条項と消費者契約法上の有効性・最高裁平成23年7月15日判決・大阪高裁平成24年7月27日判決】
質問:私は,建物を賃貸していますが,今回期間が満了するので更新料の支払いを請求したところ,拒否されました。契約書に更新の場合は更新料を支払うことが明記されています。どうすればよいでしょうか。なお,賃貸借契約書には,賃料は,月々10万円で,期間は1年,更新する場合は賃料の3か月分の更新料を支払うことが明記されています。頂くことにしています。
↓
回答:
1.建物賃貸借契約の期間満了による更新の場合で,更新料を請求するためには@更新料条項が契約書に一義的かつ具体的に記載され,A更新料が高額にすぎる等の特段の事情が無いこと,が必要とされています。ご相談の場合もこの要件を満たせば,請求ができることになります。
2.@の要件については,契約書に更新の時期,更新料の支払時期,更新料の支払額,更新料の返還等の取扱い等について,具体的かつ明確に記載されていることが必要です。
Aの要件については,契約期間,賃料との関係から1年更新であれば2箇月程度の金額は高額に過ぎるとは言えないとされています。3箇月分の賃料に相当する更新料は限界事例ですが,契約の際の礼金よりすくない場合は高額とは言えないとする判例もあります。
3.ご相談の場合,賃貸借契約書に更新料の支払いが明記されているということであれば,裁判をしても認めらる可能性が高いと言えますから,その点を考慮し賃借人に請求されたら良いでしょう。
4.その他,更新料に関連する事例集としては,1261番,1260番,1083番,1026番,678番,570番,420番をご参照ください。
解説:
第1 更新料とは
1 更新料の定義,目的
(1)更新料とは,賃貸借契約の更新の際に,賃料とは別に賃借人から賃貸人に交付される一定の金銭のことをいいます。民法上,賃貸借契約上の債務は,賃貸人が目的物を使用収益させる債務を負い,賃借人が賃料支払義務を負うのみですが(民法第601条),賃料の補充ないし前払または賃貸借契約を継続するための対価等の趣旨で,本体の賃貸借とは別に更新料条項が設けられることがあります。更新料条項は,民法や借地借家法で規定される建物賃貸借契約に必須のものではありませんが,特約として多くの賃貸借契約に付加されて運用されています。本邦の民法では契約自由の原則を採用していますので,信義則や公序良俗つまり常識(後述します)に反しない限りにおいて,当事者間で合意すれば,どのような特約でも追加することができるのです。
(2)更新料の性質については,最高裁平成23年7月15日判決(以下,本判例といいます。)が示しているところです。具体的には,「更新料は,賃料と共に賃貸人の事業の収益の一部を構成するのが通常であり,その支払により賃借人は円満に物件の使用を継続することができることからすると,更新料は,一般に,賃料の補充ないし前払,賃貸借契約を継続するための対価等の趣旨を含む複合的な性質を有するものと解するのが相当である。」としています。
すなわち,更新料は,賃料の前払と,賃貸借契約を継続する為の対価等の趣旨を含むものであり,およそ経済的合理性の無いものと評価されてはいません。
2 更新料条項の有効性,消費者契約法との関係
ただ,更新料条項を定めた場合,それが常に法律上有効というわけではありません。 消費者契約法によれば,「(民法
,商法 (明治三十二年法律第四十八号)その他の法律の公の秩序に関しない規定の適用による場合に比し,消費者の権利を制限し,又は消費者の義務を加重する消費者契約の条項であって,民法第一条第二項に規定する基本原則に反して消費者の利益を一方的に害するものは,無効とする。」(消費者契約法第10条)としています。
一般消費者である賃借人と,事業者である賃貸人との間には情報等の格差があり,対等な交渉ができない可能性が高いことに鑑みて,信義則(民法第1条第2項)の規定に照らして消費者の利益を害するような場合には,当該条項は無効になるものとされています。民法には,もともと,1条2項「権利の行使及び義務の履行は,信義に従い誠実に行わなければならない」,同90条「公の秩序又は善良の風俗に反する事項を目的とする法律行為は,無効とする」という規定がありますので,一般消費者が締結した契約で,契約に応じざるを得ない消費者の弱みにつけこんだような,一方的に消費者に不利な条項があれば,その条項は無効であると解釈される余地が十分ありますが,消費者契約法10条では,このことを明確化したことになります。
更新料条項も,一般的には賃貸借契約の要素を構成しない債務を特約により賃借人に負わせるという意味において,任意規定の適用による場合に比し,消費者である賃借人の義務を加重するものに当たりますので,消費者契約法第10条の適用対象になり得ることとなります。
本件でも,賃借人は消費者契約法第10条を使って,更新料条項の有効性を争うことが可能と考えられます。
第2 更新料条項の有効性についての最高裁判例及び下級審の分析と,具体的な解決策
1 最高裁判例及び下級審の分析
(1)では,消費者契約法第10条に反して,更新料条項が無効となるのは,どのような場合なのでしょうか。この点も,本判例(最判平成23年7月15日)が一定の基準(法解釈の指針)を示しています。
本判例は,「賃貸借契約書に一義的かつ具体的に記載された更新料条項は,更新料の額が賃料の額,賃貸借契約が更新される期間等に照らし高額に過ぎるなどの特段の事情がない限り,消費者契約法10条にいう「民法第1条第2項に規定する基本原則に反して消費者の利益を一方的に害するもの」には当たらないと解するのが相当」であるとしています。
「更新料の額が,…高額にすぎる等の特段の事情」という,無効とするための厳しい制限を付した理由として,本判例は,@更新料の支払にはおよそ経済的合理性がないなどということはできないこと,A期間満了の際,賃借人が賃貸人に対し更新料の支払をする例が多くすることは公知の事実であること,B裁判上の和解手続等においても,更新料条項を当然に無効とする取扱いがされてこなかったことは顕著であること,C更新料条項が賃貸借契約書に一義的かつ具体的に記載され,更新料の支払に関する明確な合意が成立している場合に,更新料条項に関する情報の質及び量並びに交渉力について,看過し得ないほどの格差が存するとみることができない,ということを理由としています。
そして,本判例は,更新料として1年で2カ月の更新料を要求した事案でしたが,高額にすぎるとはいえないとして,消費者契約法第10条に違反しないという判断をしました。
(2)その後の下級審判例では,本最高裁判例の趣旨に従った判断が数多くなされており,確立した判例と評価しても良いでしょう。例えば,後述の京都地裁平成24年1月17日,大阪高裁平成24年7月27日などは,最高裁判例の基準を具体的事案に当てはめています。いずれの下級審判例についても,更新料条項については有効と判断しています。
2 更新料条項が消費者契約法違反で無効となる実体的要件,本件についてのあてはめ
以上の最高裁の要件,考慮要素を分析すると,更新料条項の有効性を判断するための要件・判断要素としては,以下のようにまとめることが出来ます。
(1)更新料条項が,賃貸借契約に一義的かつ具体的に記載されていること
本判例では,賃貸借契約書上,@賃借人は,期間満了の60日前までに申し出ることにより,本件賃貸借契約の更新をすることができる,A賃借人は,本件賃貸借契約を更新するときは,これが法定更新であるか,合意更新であるかにかかわりなく,1年経過するごとに,賃貸人に対し,更新料として賃料の2か月分を支払わなければならない,B上告人は,被上告人Xの入居期間にかかわりなく,更新料の返還,精算等には応じない旨の条項,が明記されていました。
したがって,この要件においては,賃貸借契約書に,更新の時期,更新料の支払時期,更新料の支払額,更新料の返還等の取扱い等について,具体的かつ明確に記載されていること,が必要であると考えられます。本件の相談者様の事案でも,こういった点が明記されているのであれば,賃貸借契約書上一義的かつ具体的に更新料条項が明記されているものとして,この要件を満たす可能性が高いでしょう。
(2)更新料の額が高額にすぎる等の特段の事情が無いこと
(1)の要件に加え,更新料の額が,「賃料の額,賃貸借契約が更新される期間等に照らし高額に過ぎるなどの特段の事情」があるといえる場合には,更新料条項は消費者契約法第10条後段に違反し,無効となります。
この要件については,やや基準として不明確であることもあり,下級審判例等の分析が必要と考えられます。なお,この特段の事情の有無については,賃借人の側で立証する必要があります。
本判例では,上記のとおり更新期間1年に対し賃料2か月分の更新料を要求したものですが,高額にすぎる特段の事情があるとはいえないとしました。そして,下級審判例では,京都地裁平成24年1月17日判決が,更新期間1年でおよそ賃料2.941か月分の場合であっても,「高額にすぎると直ちに断定することができず」,有効としています。
一方,大阪高裁平成24年7月27日判決では,更新期間1年に対し,賃料の3.125か月分の更新料を要求した事案については「賃料額や更新期間に照らし,やや高額であることは否めない」と評価しています。ただ,更新料の額(15万)が礼金(18万)に照らし低額であること,実質賃料・礼金が物件や立地条件等に照らし特に高額に過ぎるものであったとまではいえない,という理由から,結局「特段の事情」が存在するまでとは「かろうじていえない」としています。この高裁判例の事案は,比較的限界事例に近いものと評価できるでしょう。おおよそ,1年間で3か月分の賃料相当分というのが1つの参考基準となります。
本件についてこれをみると,更新料については,更新期間1年に対し,賃料3か月分を要求しています。上記大阪高裁の限界事例に比較的近いものと評価できますが,それよりは月数が低いものであることからすると,有効とされる可能性の方が高いといえます。ただ,礼金との比較(礼金より低い金額の方が望ましいでしょう),物件や立地条件との比較(物件の価値の把握,周辺物件との比較が必要と考えられます)等の事情にもよりますし,他の事情も考慮される可能性がありますので,これだけの事情で即断することはできません。
3 終わりに
更新料条項の有効性については,現在でも争われることが多く,裁判になる事例も多数存在します。どうしても相手方が更新料を支払わない場合には,更新料としての金員を支払えという訴訟を提起するしかありませんが,その際には更新料条項の有効性が訴訟の争点となるでしょう。
なお,更新料の支払いと賃貸借契約自体の更新は別の問題です。更新料の支払いについて紛争が生じ合意による更新ができないとしても,賃借人が建物を利用していれば賃貸借契約は法定更新され期間の定めがない従前と同様の契約状態となります。また,更新料を支払わないので賃貸借契約を解約することができるか問題となりますが,賃貸借契約の解約には,当事者の信頼関係が破壊されていることが必要とされているため,更新料の未払いというだけでは信頼関係は破壊されていないという結論になるでしょう。いずれにしても,更新料条項の有効性を判断するには関係判例の分析や必要な証拠資料等の収集をし,法律的な主張をする必要があります。ご本人で難しい場合には,弁護士へ相談されることもご検討ください。
<参考判例>
更新料返還等請求本訴,更新料請求反訴,保証債務履行請求事件
最高裁判所第二小法廷平成22年(オ)第863号 平成23年7月15日判決
主 文
1 原判決中,被上告人Xの定額補修分担金の返還請求に関する部分を除く部分を破棄し,同部分に係る第1審判決を取り消す。
2 前項の部分に関する被上告人Xの請求を棄却する。
3 上告人のその余の上告を却下する。
4 被上告人らは,上告人に対し,連帯して,7万6000円及びこれに対する平成19年9月19日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
5 訴訟の総費用のうち,上告人と被上告人Xとの間に生じたものは,これを4分し,その1を上告人の,その余を同被上告人の負担とし,上告人と被上告人Zとの間に生じたものは同被上告人の負担とする。
理 由
第1 上告代理人田中伸,同伊藤知之,同和田敦史の上告理由について
1 上告理由のうち消費者契約法10条が憲法29条1項に違反する旨をいう部分について
消費者契約法10条が憲法29条1項に違反するものでないことは,最高裁平成12年(オ)第1965号,同年(受)第1703号同14年2月13日大法廷判決・民集56巻2号331頁の趣旨に徴して明らかである(最高裁平成17年(オ)第886号同18年11月27日第二小法廷判決・裁判集民事222号275頁参照)。論旨は採用することができない。
2 その余の上告理由について
その余の上告理由は,理由の不備・食違いをいうが,その実質は事実誤認又は単なる法令違反を主張するものであって,民訴法312条1項及び2項に規定する事由のいずれにも該当しない。
3 なお,上告人は,被上告人Xの定額補修分担金の返還請求に関する部分については,上告理由を記載した書面を提出しない。
第2 上告代理人田中伸,同伊藤知之,同和田敦史の上告受理申立て理由について
1 本件本訴は,居住用建物を上告人から賃借した被上告人Xが,更新料の支払を約する条項(以下,単に「更新料条項」という。)は消費者契約法10条又は借地借家法30条により,定額補修分担金に関する特約は消費者契約法10条によりいずれも無効であると主張して,上告人に対し,不当利得返還請求権に基づき支払済みの更新料22万8000円及び定額補修分担金12万円の返還を求める事案である。
上告人は,被上告人Xに対し,未払更新料7万6000円の支払を求める反訴を提起するとともに,連帯保証人である被上告人Zに対し,上記未払更新料につき保証債務の履行を求める訴えを提起し,この訴えは,上記の本訴及び反訴と併合審理された。
2 原審の適法に確定した事実関係の概要等は,次のとおりである。
(1)被上告人Xは,平成15年4月1日,上告人との間で,京都市内の共同住宅の一室(以下「本件建物」という。)につき,期間を同日から平成16年3月31日まで,賃料を月額3万8000円,更新料を賃料の2か月分,定額補修分担金を12万円とする賃貸借契約(以下「本件賃貸借契約」という。)を締結し,平成15年4月1日,本件建物の引渡しを受けた。
また,被上告人Zは,平成15年4月1日,上告人との間で,本件賃貸借契約に係る被上告人Xの債務を連帯保証する旨の契約を締結した。
本件賃貸借契約及び上記の保証契約は,いずれも消費者契約法10条にいう「消費者契約」に当たる。
(2)本件賃貸借契約に係る契約書(以下「本件契約書」という。)には,被上告人Xは,契約締結時に,上告人に対し,本件建物退去後の原状回復費用の一部として12万円の定額補修分担金を支払う旨の条項があり,また,本件賃貸借契約の更新につき,〔1〕被上告人Xは,期間満了の60日前までに申し出ることにより,本件賃貸借契約の更新をすることができる,〔2〕被上告人Xは,本件賃貸借契約を更新するときは,これが法定更新であるか,合意更新であるかにかかわりなく,1年経過するごとに,上告人に対し,更新料として賃料の2か月分を支払わなければならない,〔3〕上告人は,被上告人Xの入居期間にかかわりなく,更新料の返還,精算等には応じない旨の条項がある(以下,この更新料の支払を約する条項を「本件条項」という。)。
(3)被上告人Xは,上告人との間で,平成16年から平成18年までの毎年2月ころ,3回にわたり本件賃貸借契約をそれぞれ1年間更新する旨の合意をし,その都度,上告人に対し,更新料として7万6000円を支払った。
(4)被上告人Xが,平成18年に更新された本件賃貸借契約の期間満了後である平成19年4月1日以降も本件建物の使用を継続したことから,本件賃貸借契約は,同日更に更新されたものとみなされた。その際,被上告人Xは,上告人に対し,更新料7万6000円の支払をしていない。
3 原審は,上記事実関係の下で,本件条項及び定額補修分担金に関する特約は消費者契約法10条により無効であるとして,被上告人Xの請求を認容すべきものとし,上告人の請求をいずれも棄却すべきものとした。
4 しかしながら,本件条項を消費者契約法10条により無効とした原審の上記判断は是認することができない。その理由は,次のとおりである。
(1)更新料は,期間が満了し,賃貸借契約を更新する際に,賃借人と賃貸人との間で授受される金員である。これがいかなる性質を有するかは,賃貸借契約成立前後の当事者双方の事情,更新料条項が成立するに至った経緯その他諸般の事情を総合考量し,具体的事実関係に即して判断されるべきであるが(最高裁昭和58年(オ)第1289号同59年4月20日第二小法廷判決・民集38巻6号610頁参照),更新料は,賃料と共に賃貸人の事業の収益の一部を構成するのが通常であり,その支払により賃借人は円満に物件の使用を継続することができることからすると,更新料は,一般に,賃料の補充ないし前払,賃貸借契約を継続するための対価等の趣旨を含む複合的な性質を有するものと解するのが相当である。
(2)そこで,更新料条項が,消費者契約法10条により無効とされるか否かについて検討する。
ア 消費者契約法10条は,消費者契約の条項を無効とする要件として,当該条項が,民法等の法律の公の秩序に関しない規定,すなわち任意規定の適用による場合に比し,消費者の権利を制限し,又は消費者の義務を加重するものであることを定めるところ,ここにいう任意規定には,明文の規定のみならず,一般的な法理等も含まれると解するのが相当である。そして,賃貸借契約は,賃貸人が物件を賃借人に使用させることを約し,賃借人がこれに対して賃料を支払うことを約することによって効力を生ずる(民法601条)のであるから,更新料条項は,一般的には賃貸借契約の要素を構成しない債務を特約により賃借人に負わせるという意味において,任意規定の適用による場合に比し,消費者である賃借人の義務を加重するものに当たるというべきである。
イ また,消費者契約法10条は,消費者契約の条項を無効とする要件として,当該条項が,民法1条2項に規定する基本原則,すなわち信義則に反して消費者の利益を一方的に害するものであることをも定めるところ,当該条項が信義則に反して消費者の利益を一方的に害するものであるか否かは,消費者契約法の趣旨,目的(同法1条参照)に照らし,当該条項の性質,契約が成立するに至った経緯,消費者と事業者との間に存する情報の質及び量並びに交渉力の格差その他諸般の事情を総合考量して判断されるべきである。
更新料条項についてみると,更新料が,一般に,賃料の補充ないし前払,賃貸借契約を継続するための対価等の趣旨を含む複合的な性質を有することは,前記(1)に説示したとおりであり,更新料の支払にはおよそ経済的合理性がないなどということはできない。また,一定の地域において,期間満了の際,賃借人が賃貸人に対し更新料の支払をする例が少なからず存することは公知であることや,従前,裁判上の和解手続等においても,更新料条項は公序良俗に反するなどとして,これを当然に無効とする取扱いがされてこなかったことは裁判所に顕著であることからすると,更新料条項が賃貸借契約書に一義的かつ具体的に記載され,賃借人と賃貸人との間に更新料の支払に関する明確な合意が成立している場合に,賃借人と賃貸人との間に,更新料条項に関する情報の質及び量並びに交渉力について,看過し得ないほどの格差が存するとみることもできない。
そうすると,賃貸借契約書に一義的かつ具体的に記載された更新料条項は,更新料の額が賃料の額,賃貸借契約が更新される期間等に照らし高額に過ぎるなどの特段の事情がない限り,消費者契約法10条にいう「民法第1条第2項に規定する基本原則に反して消費者の利益を一方的に害するもの」には当たらないと解するのが相当である。
(3)これを本件についてみると,前記認定事実によれば,本件条項は本件契約書に一義的かつ明確に記載されているところ,その内容は,更新料の額を賃料の2か月分とし,本件賃貸借契約が更新される期間を1年間とするものであって,上記特段の事情が存するとはいえず,これを消費者契約法10条により無効とすることはできない。また,これまで説示したところによれば,本件条項を,借地借家法30条にいう同法第3章第1節の規定に反する特約で建物の賃借人に不利なものということもできない。
5 以上によれば,原審の判断には,判決に影響を及ぼすことが明らかな違法があり,論旨はこの趣旨をいうものとして理由がある。なお,上告人は,被上告人Xの定額補修分担金の返還請求に関する部分についても,上告受理の申立てをしたが,その理由を記載した書面を提出しない。
第3 結論
以上説示したところによれば,原判決中,被上告人Xの定額補修分担金の返還請求に関する部分を除く部分は破棄を免れない。そして,前記認定事実及び前記第2の4に説示したところによれば,更新料の返還を求める被上告人Xの請求は理由がないから,これを棄却すべきであり,また,未払更新料7万6000円及びこれに対する催告後である平成19年9月19日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める上告人の請求には理由があるから,これを認容すべきである。なお,被上告人Xの定額補修分担金の返還請求に関する部分についての上告は却下することとする。
よって,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 古田佑紀 裁判官 竹内行夫 裁判官 須藤正彦 裁判官 千葉勝美)
<参照条文>
消費者契約法
(消費者の利益を一方的に害する条項の無効)
第十条 民法 ,商法 (明治三十二年法律第四十八号)その他の法律の公の秩序に関しない規定の適用による場合に比し,消費者の権利を制限し,又は消費者の義務を加重する消費者契約の条項であって,民法第一条第二項
に規定する基本原則に反して消費者の利益を一方的に害するものは,無効とする。