刑事事件と強制措置入院
刑事|措置入院|精神保健及び精神障害者福祉に関する法律
目次
質問:
質問:息子が自動車を蹴り壊したため,器物損壊罪で逮捕されました。その後,検察での事情聴取後検察官から,刑事処分は行わないが精神的に不安定なところがあるので措置入院を検討しているとのことでした。措置入院とはどのようなもので,息子はどうなってしまうのでしょうか。今後どのような対応をとればよいのでしょうか。
回答:
1.措置入院とは,医師による診察の結果,その診察を受けた者が精神障害者であり,かつ,医療及び保護のために入院させなければその精神障害のために自身を傷つけ又は他人に害を及ぼすおそれがあるときに,精神科病院や指定病院に入院させることをいいます。2.措置入院が決定してしまうと,息子さんは精神科病院等に入院させられてしまいますので,要件を欠くのであれば,これを防ぐ必要があります。その方法の一つとしては,医師の診察に弁護士等を立ち会わせ,適切な判定がなされるようにすることが挙げられます。
3.(1)刑事事件で被害者が勾留されている場合は,満期当日,又は直前に検察官が強制措置入院の資料を準備し(例えば被害者の供述調書,本人の供述調書,住居周辺住人の供述調書,検察官,捜査官の意見書を入念に準備しています。),これを事前に診察する医師に読んでもらい,それから医師が診察しますので,何も反論しなければほとんどの場合入院の決定がされる可能性が大きいと思われます。被疑者が日頃誤解されやすい行動をし,無口で,捜査官の前で論理的説明を拒否している状態であると「精神障害」と認定される危険があります。時間的に言うと,事前の対策が重要であるにもかかわらず,その余裕がほとんどありません。前もって弁護人の選任,協議が必要です。又,検察官と協議を継続して措置入院の手続きに対する対抗処置をとる必要があります。
(2)手続的には,保健所の職員が都道府県知事側の機関として事務を遂行し,勾留中ですから警察官の立ち会いで(手錠をされたまま病院に護送されます。)医師の診断を受けます。勾留満期日に2か所の精神科の病院を回りますので午前9時頃から開始されます。弁護人は,保健所の職員に病院を聞き確認し,病院に先回りして医師に対し面会し意見を述べ説得する必要があります。
(3)診察の時間はわずか20~30分程度で終了します。医師も突然の委託であるので通常診療業務を行っているので忙しく,重要な診察なのに時間をさほどさきません。質問内容は,刑事事件の内容に関連し,論理的説明ができるかどうかで簡単に決定されます。弁護人との事前の対策が必要です。
(4)身柄を拘束される決定であるのに行政処分であるため被疑者に弁明の方法,手続きが十分でありません。弁護人としては,検察官側と同様に周到な準備をする必要があります。第一回の診察で入院を決定されてもあわててはいけません。2か所目は,その質問内容を検討し,事前に担当医師との面接を求め反論材料を整理し,できれば文書で意見を述べる方が適切です。
4.措置入院が決定してしまった場合,入院措置の解除を促したり,不服申立て又は行政訴訟で争うことになります。
5.関連事例集798番参照。その他、措置入院に関する関連事例集参照。
解説:
1 措置入院の手続
(1)措置入院とは
措置入院とは,精神保健及び精神障害者福祉に関する法律第29条で定められている制度で,都道府県知事の判断で,医師2名以上の診察を受けた者が精神障害者であり,かつ,医療及び保護のために入院させなければその精神障害のために自身を傷つけ又は他人に害を及ぼすおそれ(自傷他害のおそれ)があるときに,精神科病院や指定病院に入院させることをいいます。
条文は次のとおりです
精神保健福祉法第29条(都道府県知事による入院措置)
都道府県知事は,第二十七条の規定による診察の結果,その診察を受けた者が精神障害者であり,かつ,医療及び保護のために入院させなければその精神障害のために自身を傷つけ又は他人に害を及ぼすおそれがあると認めたときは,その者を国等の設置した精神科病院又は指定病院に入院させることができる。
措置入院をさせる場合には,本人の同意が必要とされていませんので,医師の診察による意見次第では,強制的に入院させられる可能性があります。措置入院は,法令を根拠とする都道府県知事による行政処分の一種です。都道府県知事が,住民である対象者の自傷行為を防止したり,対象者の周りの住民を他害してしまうことを防止するという行政目的を達成するために,法令に基づく権限により行う手続きです。強制入院ですので,患者の意思で退院することはできませんし,指定精神病院では患者の外出の自由が大幅に制限されています。このように措置入院は対象者の身柄の拘束を伴いますので刑事手続と同じくらい重大な意味合いを有しますが,行政処分ということで迅速な手続遂行の必要性もあり,刑事訴訟法が適用される刑事手続のように対審構造も採られておりませんし裁判官の審理や決定や判決も要求されておりません。「偏屈な性格」,「変わった性格」ということで,精神疾患ではないかと警察官や検察官に疑われて保健所に通報されてしまいますと,措置入院を回避することが困難となってしまう事例があります。近所トラブルなどで警察に通報されてしまうことはよくあることだと思いますが,そのトラブルが措置入院の手続きに発展してしまう危険性をはらんでいるのです。
(2)措置入院の端緒
では,措置入院はどのようなことが発端となって行われるのでしょうか。一般的には,法23条による申請,法24条又は法25条による通報が措置入院の端緒となっています。
ア 通報する権利のある者
この点につき,精神保健及び精神障害福祉に関する法律(通称「精神保健福祉法」。以下「法」といいます。)23条1項では,「精神障害者又はその疑いのある者を知つた者は,誰でも,その者について指定医の診察及び必要な保護を都道府県知事に申請することができる」と規定しており,誰でも措置入院の前提となる指定の診察を申請することができるとされております。
もっとも,この申請をするには,申請者の住所等を記載する必要があるほか,本人の氏名や病状の概要等の記載が必要となってくるため(法23条2項),通常は家族の人の申請が考えられます。
イ 通報する義務のある者
(ア)警察官による法24条に基づく通報
以上とは異なり,警察官は,「職務を執行するに当たり,異常な挙動その他周囲の事情から判断して,精神障害のために自身を傷つけ又は他人に害を及ぼすおそれがあると認められる者を発見したときは,直ちに,その旨を,もよりの保健所長を経て都道府県知事に通報しなければならない」とされています(法24条)。
(イ)検察官による法25条に基づく通報
また,検察官についても,「精神障害者又はその疑いのある被疑者又は被告人について,不起訴処分をしたとき,又は裁判が確定したときは,速やかに,その旨を都道府県知事に通報しなければならない」(法25条1項本文)として通報義務が規定されています。 このように,警察官及び検察官という捜査機関が通報義務者として規定されているため,現実には,本件のように刑事事件に発展した場合の被疑者や,刑事事件に発展までしなくても警察が出動するような問題行動を起こした者について,捜査機関(特に警察官)が通報して措置入院が検討されることが多いようです。
(ウ)その他の通報
そのほか,保護観察所の長や矯正施設の長も通報義務者となっています(法25条の2,法26条)。
(3)申請又は通報がされた者に対する指定医の診察
法23条の申請又は法24条ないし法26条の3までの通報(若しくは届出)がされた者については,都道府県知事が調査の上必要があると認めるとき,指定医による診察をさせなければならないと規定されています(法27条1項)。上記申請又は通報がなくとも,自傷他害のおそれが明らかである者について同診察をさせることができます(法27条2項)。
上記診察の結果,その診察を受けた者が精神障害者であり,かつ,医療及び保護のために入院させなければその精神障害のために自傷他害のおそれがあると認められたときは,その者を精神病院又は指定病院に入院させられます(法29条1項)。もっとも,措置入院を行うためには,二人以上の指定医による診察を経る必要があり,かつ,当該指定医の二人ともが,自傷他害のおそれがあるとして措置入院相当であるという診察結果を一致して行わなければならないとされています(法29条2項)。指定医の診察は,別々の医療機関で,一度ずつ行われるのが一般的ですので,いずれかの医療機関の指定医により措置入院相当でないと診察すれば,措置入院を免れることができることになります。
(4)措置入院相当となる基準
自傷他害のおそれの有無については,厚生労働大臣の定める基準に従って判断されることになります(法28条の2)。
上記厚生労働大臣が定める基準とは,「精神保健及び精神障害者福祉に関する法律第28条の2の規定に基づき厚生労働大臣が定める基準 」が厚生労働省告示として定めるもののことをいいます。
具体的には,症状別に判断基準が表(最後に記載してありますので参考にして下さい)となっており,例えば,本件のように「精神運動興奮状態」に該当する場合には,「欲動や意思の昂進又は抑制の減弱がみられ,これに思考の滅裂傾向を伴うことがしばしばあることから,このような病状又は状態像にある精神障害者は,多動興奮状態に陥りやすい結果,突発的に自傷行為又は他害行為を行うことがある。精神分裂病圏,中毒性精神障害,躁うつ病圏,心因性精神障害,症状性又は器質性精神障害等」と規定されています。
この基準は抽象的で運用が実務上あやふやになっているようです。すなわち,当該医師の20~30分程度の質問,及び捜査機関の提出した供述証書等の多数の証拠に左右される危険性があります。又,行政処分の迅速性から拡大解釈の恐れがあります。措置入院を回避するためには,弁護人との協議対策,反証が必要です。①証拠の準備,②医師の事前説得,③被害者との早急なる示談,被害者側の上申書の作成署名④家族の日常生活の詳細な説明等です。
以上,措置入院させられないためには,この基準に該当しないことを具体的に説明できるよう準備しておく必要があります。
(5)保護者への診察の通知及び立会い
自傷他害のおそれのあるとして診察を行う場合,都道府県知事は,指定医による診察日時及び場所を決め,これを保護者に通知する必要があります(法28条1項。ここにいう「保護者」とは,後見人又は保佐人,配偶者,親権を行う者及び扶養義務者とされています(法20条1項本文)ので,本件における相談者の方も,息子さんの扶養義務者として「保護者」に該当します。)。実際には,数日前に電話連絡等があり,診察当日に「診察通知書」を交付されることが多いようです。
そして,保護者は,上記診察に立ち会う権利を有しています。保護者の方は,ぜひ適切な診察が行われているか,診察に立ち会うことで確かめてみてください。
(6)措置入院の問題点
措置入院の問題点の一つは,裁判所等による司法手続を経ずに,行政手続のみによって強制的に入院が実現できてしまうことにあります。措置入院は強制を伴う入院であって,人権侵害の可能性が高いにもかかわらず,これを防止する手続的担保が指定医二人による診察だけとなっており,人権侵害の防止措置は極めて不十分であるといわざるを得ません。そのため,第三者の監督ができる診察への立会いの機会はとても重要なものと位置付けることができます。
保護者の方は上記診察についての立会いの権利を有していますので,この重要な機会に,可能な限り,司法手続の一翼を担う弁護士を同行させ,適正な手続及び診察が行われているかをチェックさせることが大切であると考えられます。弁護士に立会権が保障されているわけではありませんが,これを拒まれることもほとんどなく,事実上立ち会うことは十分可能です。
そして,必要があれば,弁護士を通じて本人側の資料を提出して真実を説明し,場合によっては,指定医に事前の面談を求めるなどして,措置入院相当の診断を回避するための努力をするべきであると思われます。
2 事後的救済
もし措置入院が決定してしまった場合には,この決定を前提とした上で解除を求める方法と,そもそも措置入院の決定自体が違法であるとして,当該決定の取消し等を求める方法の2つが考えられます。
ア 措置入院の解除
都道府県知事は,措置入院者について入院を継続しなくても自傷他害のおそれがないと認めるに至ったときは,直ちにその者を退院させなければならないとされています(法29条の4第1項本文)。ただし,措置入院の解除について申立権等があるわけではないため,解除するか否かについての意見を聞くとされている精神科病院又は指定病院の管理者(法29条の4第1項ただし書)に対して,解除措置をするよう働きかけてこれを促すことになると思われます。
イ 行政手続における不服申立て
措置入院は事実行為であって,典型的な行政処分ではありません。しかし,行政不服審査法の不服申立ての対象となる「処分」には,公権力の行使に当たる事実上の行為で,人の収容等が継続的性質を有するものを含むとしており(同法2条1項),行政事件訴訟法においても,「処分」のうち「その他公権力の行使に当たる行為」の中に一定の権力的事実行為が含まれている(同法3条2項)ため,行政手続における不服申立ての対象になると考えられます。
そして,措置入院を行う主体は都道府県知事であり,処分庁に上級行政庁がないことから,行政不服審査については,審査請求でなく,都道府県知事に対して「異議申立て」を行うことになると考えられ(行政不服審査法6条1号),行政訴訟の場合には公共団体たる都道府県を被告として,「処分取消しの訴え」を行うことになると考えられます(行政事件訴訟法11条1号)。
以上です。