抵当権付き不動産に対する仮差押えの可否
民事|抵当権が設定されている不動産の仮差押の要件|無剰余執行の禁止と仮差押え
目次
質問
私は、これから貸金の返還訴訟をしようと思っているのですが、その前に相手が財産を処分してしまわないか不安です。相手の財産といったら自宅ぐらいしか思い浮かばないのですが、おそらくローンの抵当権が設定されていると思います。この様な物件でも仮差押の対象とすることは可能なのでしょうか。
回答
1 ローンのある物件でも、仮差押の対象とすることは可能です。但し、無剰余ではないことの調査が必要です。
2 抵当権等の担保権が付いている不動産を仮差押する場合、不動産の価値が担保権のついている債権額を下回っていると、仮処分は認められません。このような物件を競売しても全部担保権者に配当されてしまうため、差押(競売)の申し立てはできないことになっています(民事執行法63条)。そのため、差押を前提とする仮差押も認められないことになっています。不動産不況のため、このような担保割れをしている不動産も多くみられますので、この点注意が必要です。
3 無剰余な不動産か否かは、不動産の時価と担保されている債務の残債額が分からなければ確認できません。そこで、仮差押手続きをする場合、不動産の登記事項証明書を確認し、抵当権等の担保が設定されている場合は、念のため不動産の時価を不動産業者に査定してもらい、疎明資料として提出する必要があります。被担保債務の負債額は、確認する方法はありませんので登記事項証明書等から推測し、剰余価値がある旨の上申書を作成して、申立書と一緒に提出する事になります。
4 その他本件に関連する事例集はこちらをご覧ください。
解説
1 仮差押えの要件
(1)仮差押えとは
仮差押えとは、債権者が債務者に対して金銭債権をもっている場合に、債権者が債務名義を得て強制執行をしようとするときに、その前に債務者が訴訟を提起されたことを知り財産を処分して強制執行を妨害することを防ぐために、債務者の財産の処分を禁止しておくものです(法20条)。
仮差押えが認められるためには、裁判所に被保全権利の存在と保全の必要性を疎明しなければなりません(法13条2項)。疎明とは、一応確からしいという心証であり、通常の民事訴訟で必要となる合理的な疑いを入れないほどの確信の得た状態の証明よりはハードルは低くなっています。保全制度は、迅速性が求めれること及びあくまでも暫定的なものであることからして、疎明で足りるとされているのです。
(2)権利の存在
仮差押えの被保全権利は、それが財産の換価によって満足を得ることができる権利、つまり金銭債権となります。
(3)保全の必要性
仮差押えは、債権者の将来における強制執行の実効性を確保するためのものですから、債務者が財産を処分して資力を失うおそれがある場合に認められることとなります。たとえば、相手に心理的な圧迫を与えたいという目的のみでの仮差押えはその制度趣旨から認められません。
2 抵当権が付いた不動産の仮差押え
(1)無剰余執行の禁止
ア 執行の場合
判決による差押え・競売の場合には、その財産に抵当権等の優先的に弁済を受けることができる担保権がついており、競売によって売却代金がはいったとしてもそれが担保権者にしか渡らない場合は(いわゆるオーバーローン物件など)、一定の場合を除いてその財産への執行が禁止されています(無剰余執行の禁止、民事執行法63条)。これは、差押え・競売は、財産を強制的に売却して金銭的満足を得るための手続きであることからして、例えその財産を強制的に売却しても配当がなくその債権者が金銭的満足を得られない場合には認められないというのは、制度趣旨からすれば当然のこととなります。
強制執行をすることは、債務名義を有する者の当然の権利ですから、無剰余の場合であっても権利者が希望する以上認めるべきであるという考えがあるかもしれませんが、先順位の抵当権者の利益も考慮する必要があります。すなわち、抵当権者は債権の効率的回収のため目的物を任意競売するかどうか、担保権を行使する時期等を自由に判断して決定する利益があり、債務名義者が何の利益もないのに競売が開始されれば、担保権者の当該利益を侵害する結果につながるからです。下記の無剰余でも強制執行が許される③の要件はその趣旨から定められています。
ちなみに、無剰余である場合には、①剰余を生ずる入札が無かった場合に、自らが買い受けるという保証をする、②優先する債権が、弁済等により減少もしくは消滅し、剰余が生ずる見込みがあることを証明する、③優先する債権者の同意を得る、という3つのうちのいずれかの措置を1週間以内にとらなければ、無剰余として競売は取消されてしまうこととなります(民事執行法63条2項)。
イ 保全の場合
仮差押えでは民事執行法63条の様な無剰余執行を禁止した条文はなく、また民事執行法63条を準用する規定もありません。しかし、仮差押えの趣旨は、上記のとおり債権者の将来の強制執行の実効性の確保ですから、例えその不動産の処分を禁止したとしてもその不動産について将来に強制執行できないのならば、その趣旨を満たさないこととなります。そのため、その様な不動産に関しては、保全の必要性がないとして、仮差押えが認められない可能性が高いのです。民事保全法13条2項で「保全すべき権利又は権利関係及び保全の必要性は、疎明しなければならない」という規定があり、オーバーローン物件の場合はこの条文により「保全の必要性の疎明(説明)が不十分である」として、申立が却下されることになります。
(2)上申書の提出
仮差押えの対象が自宅不動産の場合には、多くの場合に住宅ローンの抵当権が付いています。そして、不動産登記簿上、抵当権の存在は明らかになります。不動産の仮差押えの場合には、裁判所にその不動産の評価証明書を提出するのですが、通常、この評価証明書の不動産価格は実勢価格より低額となっているために、書面上は形式的にはオーバーローンの状態となってしまっていることが多いのです。
もっとも、登記簿上に現れている抵当権の被保全権利は借入から数年たっていれば相当程度弁済されているのが普通ですし、また、不動産が評価証明書の価格より高額となることも多いのです(不動産が値上がりしている時代はオーバーローンということはあり得なかったのですが、不動産は買ってから値が下がるのが一般的な現状においてはオーバーローンの不動産はかなり多くなっています)。
そこで、不動産業者に査定をだし(信用性の問題から最低2社以上に出して、その平均値をだした方がいいです)、不動産の実勢価格から剰余が生じる旨の上申書を裁判所に提出することとなります。ここで重要なのは、単に漠然と剰余が生じるというだけの上申書では足りず、具体的にいくらぐらいの剰余が見込まれるというところまで記載しなければなりません。これは、剰余額に応じて担保金が決められるので(一般的には、不動産価格の2割程度)、剰余額を明確にしなければ裁判所としても担保金を決めることができないという実務上の問題もあるからです。
3 本件について
本件については、仮差押え対象不動産にローンの抵当権が付いているとのことですので、一見して評価証明書の不動産価格からすればオーバーローンになってしまっているかもしれません。そのため、裁判所に保全の必要性を認めてもらうためにも剰余が見込まれる旨の上申書を提出する必要があります。そして、資料として不動産業者の査定書が必要になります。また、残債の額については債権者、債務者でなければ正確な金額は不明ですから、登記事項証明書に記載されている借入時期と負債額から推測するしかなく、裁判所もその程度の資料で納得してくれます。
以上