新銀座法律事務所 法律相談事例集データベース
No.1422、2013/03/01 18:57 https://www.shinginza.com/qa-hanzai.htm
【刑事・犯罪成立後処分保留状態における弁護人の対応、対策・捜査機関により被害者側と事実上連絡が取れない状況の場合】
質問:半年前に痴漢行為で逮捕されたのですが、警察の取り調べで痴漢を認めたところ釈放されました。その後、警察から何の連絡もないため、検察官に問い合わせたところ、検察庁から被害女性に連絡がとれないため、処分保留の状態になっていると回答がありました。私としては、何時刑事処分が下されるか分からない不安定な状態から早く解放されたいと思っているのですが、何か良い方法はないでしょうか。
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回答:
1.不起訴処分を促すために、弁護人を選任の上、被害者に連絡をし、謝罪と被害弁償の申し出をして示談すべきでしょう。
2.あなたが長期間処分保留にされているのは、検察官が被害者の取調べや被害者調書の作成ができておらず、仮に正式裁判となった場合にあなたを確実に有罪にするに足りる証拠を十分に収集できていないためと思われます。
3.終局処分の早期化やより確実な不起訴処分の獲得のためには、あなたの側でも被害者と示談を行うため手段を尽くす必要があります。
4.例えば、引っ越し、勤務先移転、資格試験、大学受験、病気等被害者側の特別な事情、及び、例外的には管轄内の事件の多発、被害軽微による捜査手続の遅れ等捜査機関側の事情により当該事件の事情聴取が遅れている場合、捜査機関(検察官、警察署担当者の双方に打診が必要です。打診しなければいずれにしろ道は開かれません。)から被害者側連絡先などの情報提供を受けて、前もって多めの示談金を用意して和解交渉することにより示談成立(告訴被害届取消、また正式被害届出前であれば被害届を提出しない旨の誓約を確認する。)となれば、そのまま事件が送検されることなく、又送検されたとしても不処分として終結する場合もあります。
理論的に犯罪が成立していても、被害感情を十分に確認できなければ実務上不処分となります。これは、軽微な事案について事案内容を送検せず事件数のみ報告する簡易送致手続(いわゆる微罪処分)や、検察官に書類送検された後の嫌疑不十分による不起訴処分とも異なるものであり、いわば、警察段階で、事件を正式に認知することができなかった状態と同じことになります(この実務取扱いは刑事訴訟法の教科書には載っていません。あくまでも事実上の状態です。裁判所にも検察庁にも到達しない、刑事起訴前弁護の最もデリケートな部分です。)。その理由は、被害者のある犯罪においては、法の支配、自力救済禁止の大原則から導かれる被害者の処罰請求権行使(被害届、告訴、供述調書作成)が公訴提起の前提となるからです。ここで、捜査機関が被害者側と連絡が取れないのに、弁護人側が連絡可能な場合があるのだろうかという疑問があるかもしれませんが、連絡が取れないとは前述のように事実上の状態をいうので、弁護人が努力すれば弁護人側が先に示談交渉が可能となることがあると思います。まず手続きをとることです。経験のある弁護士に相談の上、然るべき対応をとられることをお勧めいたします。
5.被害者との示談に関連する事例集論文1349番、1324番、1307番、1258番、1249番、1164番、1106番、1089番、1063番、1034番、1031番、944番、896番、894番、622番、595番、528番、459番、386番、359番、319番、258番、168番、158番参照。
解説:
1.(はじめに)
あなたが女性の臀部をスカートの外側から触った行為は都道府県のいわゆる迷惑防止条例違反に該当する犯罪です。痴漢行為による迷惑防止条例違反の罪は被疑者が被疑事実を認めていることを前提とすれば、通常は初犯であっても略式起訴され、30万円程度の罰金刑となることが見込まれる犯罪類型です。したがって、あなたの場合も処分相場に照らせば、検察官による略式起訴を待っている状態と考えられます。それにもかかわらず、数か月にもわたり長期間、検察官による処分が保留されているのは、検察官が被害女性と連絡がとれず、被害者の取調べや被害者調書の作成ができていないためだと思われます。あなたの刑事手続上の状況を正確に理解し、本件の対応策を検討するにあたっては、被害者調書の刑事手続上の位置づけを確認しておく必要があります。
2.(被害者調書の刑事手続上の位置づけ)
捜査機関で作成される被害者の供述調書(司法警察員面前調書、検察官面前調書)は、犯罪行為が行われた事実を示す有罪立証の核となる証拠ですが(刑事訴訟法317条参照)、刑事訴訟法上は伝聞証拠(裁判所の面前での反対尋問を経ない供述証拠)といい、公判期日においては検察官及び被告人が同意しない限り、原則として証拠とすることができないとされています(伝聞法則。刑事訴訟法320条1項、326条1項)。
例えば、本件が正式裁判で審理されることになったとして(略式命令を受けた後であっても略式命令の告知があった日から14日以内に正式裁判の請求(刑事訴訟法465条1項)を行うことで、正式裁判による審理を求めることができます。)、公判期日において犯罪事実を立証するための証拠として被害者調書が提出された場合、書面が出てきただけでは供述者である被害者本人に対して証人審問権(憲法37条2項)を行使することができないことになります。供述証拠は、供述者がある事実を知覚し、それを記憶し、それを叙述するという過程を経て証拠化されるものであり、これらの過程には誤り(見聞違い、記憶違い、言い間違い等)が介入し易いと言われていますが、証人審問(反対尋問)によってこれらの誤りをチェックすることができなければ、憲法上保障された被告人の証人審問権が骨抜きになってしまいます。そのため、証人審問権を行使することのできない伝聞証拠は同意がない限り公判では原則的に証拠とすることができないのです(他方、略式手続においては伝聞法則の適用はないため、被害者調書を有罪の証拠として、略式命令を発することができます。)。刑事訴訟法は例外的に伝聞証拠を証拠とすることができる場合(伝聞例外)についても規定を置いていますが、供述者の死亡、精神若しくは身体の故障等による公判期日における供述不能など、厳格な要件を満たす必要があります(刑事訴訟法321条1項2号前段・3号)。
したがって、公判で被害者調書が不同意とされた場合、検察官は有罪を立証するために、被害者の証人尋問を行う必要が出てきます。ここで、被害者が記憶の減退等により犯行時の状況等について具体性・迫真性のある証言ができなかったような場合、被害者の証言の信用性が不十分と判断されて、犯罪事実を立証できない(無罪判決となる)可能性があります。もし、起訴した事件が無罪となった場合、公益の代表者として不適切な事件処理を行ったものとして社会的責任を問われる可能性があるため、検察官としては、終局処分を行う前に、公判となった場合を想定して、事件を起訴した場合に確実に有罪にすることができるか、すなわち被害者が証人尋問の際に犯罪事実を立証するに足りる十分な信用性のある証言ができるかどうかを、直接取調べを行うことで確認した上で処分を行うのです。また、仮に公判において取調べ時の供述と異なる内容の証言がなされた場合でも、取調べ時の供述(検察官面前調書)の方が相対的に信用できる場合には、例外的に検察官調書を証拠とすることができるとされているため(刑事訴訟法321条1項2号後段)、公判となることを見据えた場合、必ず被害者の検察官面前調書を作成した上で処分を行うことになるのです。
3.(本件における対応)
以上のとおり、検察官としては被害者の司法警察員面前調書が作成されていたとしても、検察官自身において被害者の取調べを行い、検察官面前調書を作成しなければ、あなたを略式起訴したくても実際上できないのです。かといって、処分相場に照らせば起訴猶予にすることもできないため、被害者への連絡を試みている間に時間だけが経過してしまっているという状況だと思われます。
ここで、検察官が被害者との連絡を諦めて不起訴処分とするのを待つという方法が1つの選択肢としてはありえます。しかし、明らかに略式起訴相当な事案を被害者との連絡不能という一事で不起訴とすることは検察官としてはかなり抵抗があると思われます。検察官としては適正な事件処理のためにあらゆる方法を尽くして被害者と連絡をとろうとするでしょう。これでは何時になったら不起訴処分を出してもらえるのかの見通しも立たず、何時刑事処分が下されるか分からない不安定な状態から早く解放されたいというご相談の趣旨からすれば何の解決にもなっていないことになります。また、仮に検察官が被害者との連絡に成功した場合、直ちに被害者の取調べと被害者調書の作成が行われ、あなたは略式起訴されることになります。略式起訴された場合、たとえ罰金でも前科が付くことになり、職場での懲戒処分等の問題に発展することもあるため、何もせずに処分を待つという方法はリスクが大きい選択肢であり、決してお勧めはできません。
もし、より確実に不起訴処分の獲得を目指すのであれば、検察官を通して被害者に対する示談の申入れを試みるべきです。痴漢のような被害者が存在する犯罪では、処分の決定にあたって、被害者の処罰感情と被害弁償の有無が重視されるため、十分な被害弁償をし、被害者の宥恕を得ることができれば、被害者調書が作成されていても不起訴処分となる可能性が極めて高いためです。そのため、ご相談のケースは本来であれば被害者と示談を行い、不起訴処分を目指すべき事案なのです。検察官が被害者と連絡がとれたということは、検察官を通じて弁護人限りで被害者情報の開示を受けるなどして、示談交渉を開始できる可能性が出てきたことを意味するため、そうした事態に備えて示談の準備をしておくべきでしょう。この場合、検察官は被害者の連絡先を被疑者に直接開示してくれないため、示談交渉をしてくれる弁護人の選任が必要となります。
示談の準備を行い、被害者に対する謝罪と被害弁償の意思を示し、その上で検察官にも被害者への連絡のために手段を尽くしてもらい、それでもなお被害者と連絡がとれないということであれば、最終的には弁護人に検察官と交渉してもらい、早期の不起訴処分を求めていくことになるでしょう。検察官としては本件を不起訴処分とすることは抵抗が大きいので、あなたの側でも示談金の準備、被害者に対する謝罪文の作成、被害者に対する不接近の誓約、その他弁護人を通じた示談申入れのための働きかけなど、示談に向けてあらゆる手段を尽くす必要があります。その上で必要に応じて贖罪寄付等を行い、検察官に対し不起訴処分を促していくことになるでしょう。
いずれにしても、結局は被害者に対する被害弁償と謝罪に向けた活動を尽くすことが終局処分の早期化や不起訴処分の獲得に繋がるものと思われます。何時出るかも分からない処分を漫然と待つのではなく、弁護士に相談の上、然るべき対応をとられることをお勧めいたします。
≪参照条文≫
日本国憲法
第三十七条
○2 刑事被告人は、すべての証人に対して審問する機会を充分に与へられ、又、公費で自己のために強制的手続により証人を求める権利を有する。
公衆に著しく迷惑をかける暴力的不良行為等の防止に関する条例
(参考までに東京都の迷惑防止条例の条文を掲げます。東京都以外の各道府県でもほぼ同様の条例が制定されています。)
第5条(粗暴行為の禁止)
1項 何人も、人に対し、公共の場所又は公共の乗物において、人を著しくしゆう恥させ、又は人に不安を覚えさせるような卑わいな言動をしてはならない。
第8条(罰則)
1項 次の各号のいずれかに該当する者は、六月以下の懲役又は五十万円以下の罰金に処する。
2 第5条第1項の規定に違反した者
刑事訴訟法
第三百十七条 事実の認定は、証拠による。
第三百二十条 第三百二十一条乃至第三百二十八条に規定する場合を除いては、公判期日における供述に代えて書面を証拠とし、又は公判期日外における他の者の供述を内容とする供述を証拠とすることはできない。
第三百二十一条 被告人以外の者が作成した供述書又はその者の供述を録取した書面で供述者の署名若しくは押印のあるものは、次に掲げる場合に限り、これを証拠とすることができる。
一 裁判官の面前(第百五十七条の四第一項に規定する方法による場合を含む。)における供述を録取した書面については、その供述者が死亡、精神若しくは身体の故障、所在不明若しくは国外にいるため公判準備若しくは公判期日において供述することができないとき、又は供述者が公判準備若しくは公判期日において前の供述と異つた供述をしたとき。
二 検察官の面前における供述を録取した書面については、その供述者が死亡、精神若しくは身体の故障、所在不明若しくは国外にいるため公判準備若しくは公判期日において供述することができないとき、又は公判準備若しくは公判期日において前の供述と相反するか若しくは実質的に異つた供述をしたとき。但し、公判準備又は公判期日における供述よりも前の供述を信用すべき特別の情況の存するときに限る。
三 前二号に掲げる書面以外の書面については、供述者が死亡、精神若しくは身体の故障、所在不明又は国外にいるため公判準備又は公判期日において供述することができず、且つ、その供述が犯罪事実の存否の証明に欠くことができないものであるとき。但し、その供述が特に信用すべき情況の下にされたものであるときに限る。
第三百二十六条 検察官及び被告人が証拠とすることに同意した書面又は供述は、その書面が作成され又は供述のされたときの情況を考慮し相当と認めるときに限り、第三百二十一条乃至前条の規定にかかわらず、これを証拠とすることができる。
第四百六十一条 簡易裁判所は、検察官の請求により、その管轄に属する事件について、公判前、略式命令で、百万円以下の罰金又は科料を科することができる。この場合には、刑の執行猶予をし、没収を科し、その他付随の処分をすることができる。
第四百六十五条 略式命令を受けた者又は検察官は、その告知を受けた日から十四日以内に正式裁判の請求をすることができる。
○2 正式裁判の請求は、略式命令をした裁判所に、書面でこれをしなければならない。正式裁判の請求があつたときは、裁判所は、速やかにその旨を検察官又は略式命令を受けた者に通知しなければならない。