新銀座法律事務所 法律相談事例集データベース
No.1425、2013/03/18 00:00 https://www.shinginza.com/qa-souzoku.htm
【相続・相続放棄撤回禁止と詐欺、錯誤による放棄の取消・高松高等裁判所平成2年3月29日判決・福岡高等裁判所平成16年11月30日審判】

質問:
先日、相続の放棄の手続きを家庭裁判所で行いましたが、これを取り消すことはできますか。父が亡くなったのですが、兄から、遺産はほとんどなく、借金ばかりだから相続放棄したほうが良い、と説明を受けました。そのため私は相続放棄をしたのですが、後になって、兄の言っていたことは嘘であることがわかりました。そのため、相続放棄はなかったことにしたいと思っています。私が自分で勝手に勘違いした場合はどうでしょうか。



回答:

1.相続の放棄をするためには家庭裁判所に、申述しなければならず(民法938条)、家庭裁判所で、相続放棄の申述が受理されると撤回することはできません(民法919条1項)。

2.撤回はできませんが、同条2項で民法総則の規定、親族法の規定により取り消しが認められる場合は、取り消すことができます(民法919条2項)。

3.関連事例集1093番参照。

解説:

1.相続放棄は、相続人が、相続の開始を知ったときから3ヶ月以内に家庭裁判所に放棄の意思を申述することにより行います。その性質は、単独行為ではあるものの意思表示(法律効果を発生させる意思の表示行為)であると解されています。相続人は法律で定められており、被相続人の死亡により当然に相続財産を引き継ぐことになりますが、相続人となる者が自分は相続人にならないという意思を持っておりそれを表示する場合は、その意思を尊重して、初めから相続人にはならないという法律効果を与えるのが相続放棄の制度です。意思表示ですから本来は、家庭裁判所で申述が受理されなくても効果が発生するはずですが、無理やり相続放棄をさせられていないか家庭裁判所が保護的見地から確認するとともに、放棄の期間が限定されていることから、その期間内に放棄がなされたということを家庭裁判所に確認させることが目的です。放棄の申述が家庭裁判所で受理されると、その相続人は最初から相続人でなかったものとみなされます。

2.相続放棄は、身分行為かつ単独行為ですが、その効果として、相続財産について財産関係の変動をもたらすため、一定の動的安全が保護(取引の安全:放棄後に相続財産に関する取引の相手となった第三者を保護)されます。すなわち、取引の安全を優先し、相続放棄の申述をした者は、熟慮期間内であっても、撤回することはできません(民法919条1項)。
 撤回というのは、初めからなかったことにする行為ですから、一度有効になされた意思表示を勝手に撤回するということは認められません。たとえ単独行為であっても相続債権者、放棄後取引に参加したものの利益保護も必要ですし、私的自治の原則(法律行為自由の原則)から一度有効になされた意思表示は遵守する義務が生じるのです。民法919条1項が放棄は「撤回することはできない」と規定するのは当然のことを規定したことになります(放棄するか否か熟慮期間が認められていることから熟慮期間内であっても一度放棄したら撤回はできないということを注意するための規定です)。しかし、財産関係の変動をもたらす行為であることから、詐欺、錯誤、強迫による相続放棄がなされる事例もあります。
 このようなとき法は、相続放棄に取り消し事由があるときは、これを取り消すことができる、と規定し、さらに、取り消しに6ヶ月の期間制限を設けることにより、取引の安全を守っています。この点も意思表示ですから当然正当な理由があれば取り消しができるはずですので、身分行為という性質があっても民法総則の規定により取り消しができることを注意的に明らかにするとともに、期間制限を設けることで取引の安全を図ることを目的とした規定と考えられます。

3.では、ご相談の場合はどのようになるのでしょうか。ご相談の前段では、兄の説明により、遺産の総額がマイナスになると勘違いしています。兄の虚偽の説明が原因ですから、詐欺取消(民法96条)の可能性が考えられます。
 詐欺取消は、欺もう行為により、「錯誤に陥る」必要があります。ここで、相続放棄をすることそのものに錯誤はないわけですから、遺産の金額について勘違いしていたことが、「欺罔行為による錯誤」といえるかが問題になります。錯誤とは、内心の意思と表示された意思内容が食い違っていることを、意思表示をした者が気づかないことを言います。 貴方は、放棄する意思で放棄の手続きをとっているので食い違いはないので放棄それ自体に錯誤はありません。しかし放棄するにいたった動機(遺産の額の内容)について勘違いがあるに過ぎません。しかしその動機の錯誤が事実関係を隠し虚構した欺罔行為から生じているので(欺罔行為)、その様な意思表示を遵守させる必要はありません(民法96条)。又、動機が表示されているので民法95条の「要素の錯誤」にも該当することになります。私的自治の原則、契約自由の原則は、自由主義、個人主義の理論的帰結として存在し、自由な内心の意思の存在を法律効果の基本とするものであり、それに対応する表示行為がないのであれば、法的効果を認めることはできません。
 この点、裁判例(東京高等裁判所昭和27年7月22日決定 相続放棄申述取消申立抗告事件)は、遺産の内容について欺罔した事例について、欺罔行為による詐欺を認め民法総則の規定に基づき「放棄の取消」を認めています。尚民法915条4項は昭和37年改正で新設されています。相続放棄が、財産変動を伴うものであり、通常遺産がプラスであれば相続放棄はしないのが一般的であるといえますから、金額の錯誤は、要素の錯誤といえるでしょう。
 高松高裁平成2年3月29日判決も、交通事故による死亡によって生じた相続財産の総額の錯誤は要素の錯誤に当たり無効と認定しています。

4.相続放棄をなかったことにしたい場合は、上述のとおり、家庭裁判所に取消の申述をする必要があります(919条4項)。昭和37年改正新設。この点、相続人が独りで勘違いしていた場合はどうでしょうか。この場合は、詐欺(民法96条)ではなく、錯誤(95条)になります。錯誤の場合、法律行為は、取消うる行為ではなく、そもそも無効です。この点、民法919条は、「取消の申述」と規定しているので、無効(錯誤)の場合にもこの条項の適用があるのかが問題になります。結論から言うと無効の場合は、919条4項により家庭裁判所に申立することはできず、通常の訴訟で無効を主張することになります。
 後記平成16年福岡高裁判決は、錯誤無効の場合に取消の申述を不適法却下したケースにおいて、条文上適用場面が異なること、そして、いったん家庭裁判所において相続放棄の申述が受理されたからといって,相続放棄の効力を確定させるわけではなく,同受理後でも,相続放棄に法律上無効原因があれば,その無効を主張する利益がある者は,相続放棄の効力を争うことができることを理由として、不適法却下を支持しています。後記判例参照。

 相続の放棄や放棄の取消について家庭裁判所に申述しなければならないとしているのは、家庭裁判所において、相続人の放棄や放棄の取消をする考えがあるのか否かを、その設けられた制限期間内に自分の意志だけでなされたかを確認するためであり、放棄の意思表示自体が有効か否かを確定する制度ではありませんから、この様な取扱いは法律に規定がない以上はやむを得ない結論と考えられます。
 このような家庭裁判所の取り扱いによれば、錯誤による無効を主張する者は、相続放棄が錯誤により無効であることは、いつでも主張できることになります。但し、相続の放棄の取消の申述が認められれば、相続人として扱われますから他の相続人に対して自分が相続人であることを主張でき、相続放棄の取消の申述が家庭裁判所のよって受理されたことを証明すれば、遺産分割協議や調停に参加できますが、錯誤無効を主張する場合は、相続放棄が無効であることをどのように主張すればよいのか疑問が残ります。他の相続人が無効を認めればよいのですが、放棄をしたことを理由に相続人ではないと主張した場合、他の共同相続人全員を被告として「相続人の地位にあることの確認」を求める訴訟を提起する必要があります。あるいは、相続人として相続財産の引き渡しを請求する訴訟も当然分割される財産については考えられます。もっとも、後で説明するように相続放棄の取消の申述が受理された場合も他の相続人が放棄の取消の有効性を争うことにより、同様の訴訟が提起されることが考えられます。しかし、放棄の取消が受理されていれば、一応は相続人としての地位にありますから自ら相続人の地位確認の訴訟を提起する必要はありませんからこの点は大きな違いと言えるでしょう。
 どうして放棄の取消のみを家裁で審理するものとしたのかということですが、放棄は単独行為という意思表示であり意思表示に欠陥があれば一般原則に従い、取消、無効となるのは当然です。取消の対象となる瑕疵のある意思表示(内心の効果意思がまったく存在しない意思の欠けつと異なり、効果意思は存在するが成立過程が自由になされていない。)のみを、勝敗を重視する通常訴訟より合目的解決を目的とする家裁の審判手続きで(家事事件手続法201条)救済しようとしたものと思われます。放棄の意思そのものは認められるので意思の成立過程に問題があるものは親族間特有の問題が潜む可能性があり審判手続きの対象としたのでしょう。従って、当事者が一般原則に従い無効を主張することも可能ということになります。

5.上記裁判例にあるとおり、相続放棄取消の申述が受理されたとしても、それだけで自動的に遺産を手に入れられるわけではありません。共同相続人に対し、遺産分割の請求をする必要があります。そして、共同相続人は当然、相続放棄を主張することが予想されます。この訴訟において、取消、無効を争うことになるのです。先述した、遺産総額の錯誤は要素の錯誤足りえるか、という論点についての裁判例は、共同相続人に対して遺産分割請求をした裁判であり、申述受理の有効性自体について争われたものではないことに注意が必要です。

6.設問について、詐欺があった場合には、取消の申述が可能ですから、まずはこれをやりましょう。遺産の総額の錯誤は要素の錯誤といえますので、詐欺取消が認められる可能性が高いといえます。また、独りで勘違いした場合、取消の申述は受理されない可能性があります。いずれにせよ、お兄さんに対し直ちに遺産分割を求める交渉や、他の相続人があなたの放棄の有効性を主張しあなたが相続人ではないと主張する場合は相続人の地位確認訴訟や相続財産の引き渡し等を請求する裁判を提起する必要があるでしょう。

≪参考条文≫

(錯誤)
第95条 意思表示は、法律行為の要素に錯誤があったときは、無効とする。ただし、表意者に重大な過失があったときは、表意者は、自らその無効を主張することができない。
(詐欺又は強迫)
第96条 詐欺又は強迫による意思表示は、取り消すことができる。
2 相手方に対する意思表示について第三者が詐欺を行った場合においては、相手方がその事実を知っていたときに限り、その意思表示を取り消すことができる。
3 前2項の規定による詐欺による意思表示の取消しは、善意の第三者に対抗することができない。
(相続の放棄の方式)
第938条 相続の放棄をしようとする者は、その旨を家庭裁判所に申述しなければならない。
《改正》平16法147
(相続の放棄の効力)
第939条 相続の放棄をした者は、その相続に関しては、初めから相続人とならなかったものとみなす。
《改正》平16法147
(相続の放棄をした者による管理)
第940条 相続の放棄をした者は、その放棄によって相続人となった者が相続財産の管理を始めることができるまで、自己の財産におけるのと同一の注意をもって、その財産の管理を継続しなければならない。
《改正》平16法147
2 第645条、第646条、第650条第1項及び第2項並びに第918条第2項及び第3項の規定は、前項の場合について準用する。
(相続の承認及び放棄の撤回及び取消し)
第919条 相続の承認及び放棄は、第915条第1項の期間内でも、撤回することができない。
《改正》平16法147
2 前項の規定は、第1編(総則)及び前編(親族)の規定により相続の承認又は放棄の取消しをすることを妨げない。
《全改》平16法147
3 前項の取消権は、追認をすることができる時から6箇月間行使しないときは、時効によって消滅する。相続の承認又は放棄の時から10年を経過したときも、同様とする。
《追加》平16法147
4 第2項の規定により限定承認又は相続の放棄の取消しをしようとする者は、その旨を家庭裁判所に申述しなければならない。

≪参考判例≫

(1)東京高裁昭和27年7月22日決定(相続放棄申述取消申立抗告事件)第一審千葉家裁佐原支部
そして疎甲第一号証(中野克己の同意書)の記載、原審における証人金子なか、同小林たか、同中野克己、同抗告人中野周次、同中野昭平、当審における証人中野克己、(同抗告人中野昭平の各供述を総合すれば、中野克己)は前述のように抗告人等とともに亡弥次郎の共同相続人となつたが、自己に子女が多くその生計に余裕が乏しいところから、被相続人の遺産を独占しようと企て、真実抗告人等に財産を分与する意思がないのにもかかわらず、その遺産の総額及び分与すべき財産を明示せず、ただ抗告人等において相続放棄をなし克己において遺産を単独で相続したうえは、抗告人等に対しその自立しうるだけの財産を必ず分与すべきにつき,相続放棄の申述をせられたい旨申向け、同人等を欺罔し、抗告人等をして前述のように原裁判所に相続放棄の申述をなさしめたことが認められる。そうだとすれば抗告人等の右相続放棄の申述は、その真意に出でたものではあるが第三者たる克己の欺罔によつて錯誤に陥り、その意思表示をなしたものというべきであるから、抗告人等は詐欺を理由としてこれが取消をなしうること勿論である。もつとも相続放棄の申述は単独行為であつて、民法は相手方のない意思表示につき第三者が詐欺を行つた場合については特に規定するところがないけれども、第三者の詐欺による意思表示も一種の詐欺による意思表示に外ならないから民法第九十六条第一項の適用があるものといわなければならない。
 原裁判所は右と判断を異にし、抗告人等の本件相続放棄申述の取消申立を却下したのは失当であつて、本件抗告は理由があるから原審判を取消すべきものとする。なお当裁判所は審判に代る裁判をなすのを相当と認めるからこれが裁判をなすべきものとし、主文のとおり決定する。

(2)高松高裁平成 2年 3月29日判決(損害賠償請求控訴、附帯控訴、当事者参加事件)
右認定事実によると、本件相続放棄申述当時の参加人法定代理人春子の内心の意思は、太郎の遺産としては住宅ローン残債務約一〇〇〇万円のある太郎の居住建物及びその敷地以外にみるべき積極財産がなく、本件損害賠償債権が相続対象となるとの認識がなく、三〇〇〇万円に及ぶ多額の債務を参加人を含む子らが支払わなければならないから、その相続を放棄するというものであったが、実際にはそれ程多額の債務は存在せず、又、多額の本件損害賠償債権があったのであるから、右内心の意思と申述との間に錯誤があり、その不一致は重要な部分にあるから、本件相続放棄は要素の錯誤により無効であるといわざるを得ない。
(四) 被控訴人ら、控訴人らは、参加人法定代理人春子に本件相続放棄をするにつき重大な過失があったから、その無効を主張することができない旨主張する。
 右主張事実を認めることのできる的確な証拠はない。前記認定事実によると、春子は本件相続放棄に当たり太郎の遺産内容につき調査しなかったけれども,法律知識に乏しく離婚後数年を経た春子にその調査を求めることは実際上困難であり、春子が三〇〇〇万円という多額の債務があるとの春夫の言うことを信じたのは、婚姻中太郎が賭事に耽り生活費を渡さなかった行状に基づくもので首肯でき、春子に重大な過失があったものということはできない。この点の被控訴人ら、控訴人らの右主張は理由がない。
(五) 従って、本件相続放棄の申述が要素の錯誤により無効である旨の参加人主張は理由がある。 

(2)福岡高等裁判所 平成16年11月30日審判(相続放棄の取消申述却下の審判に対する抗告事件)第一審福岡家庭裁判所
1 事案の概要は,原審判の理由中の「2 事案の概要」欄記載のとおりであるからこれを引用する。要するに,本件は,相続放棄の申述をして受理された複数の相続人のうち,抗告人のみが,自己の相続放棄の申述は錯誤により無効であることを理由として,相続放棄の取消しの申述(以下「本件取消申述」という。)の受理を求めているものである。
(ア)民法(実体規定)は,相続放棄の取消権に関して,
a 追認をすることができる時から6か月行わないときは時効で消滅し,放棄の時から10年(これは除斥期間と解されている。)を経過したときも消滅すること(民法919条2項)を規定しているが,民法126条が定める一般的な取消権(追認をすることができる時から5年,行為の時から20年で消滅)より消滅するまでの期間が短縮されている上,
b 相続放棄の取消しをするには,その旨を家庭裁判所に申述しなければならないこと(民法919条3項)を規定しているところ,
c 相続放棄の無効に関しては,特別な規定をしていない。
(イ)(ア)と連動して,相続放棄の申述に関して,
a 同放棄の取消しの申述の受理の規定はあるが(家事審判法9条1項甲類25号の2),
b 相続放棄の意思表示が無効である場合に,家庭裁判所が同無効(を理由に取消し)の申述を受理するような規定はない。
(ウ)すなわち,実定法上,相続放棄の申述(意思表示)が無効である場合,同無効に関する実体規定もなければ,家庭裁判所による無効(を理由に取消し)の申述を受理する手続規定もないのである。そうとすれば,形式的に考えれば,家庭裁判所には,相続放棄の申述が無効(を理由に取消し)の申述を受理する権限はないという結論に落ち着きそうである。
イ これを実質的に考えれば,
(ア)相続放棄の申述に関する上記規定の趣旨は,後記4(2)イでも再論するが,相続放棄は,相続人の権利であるが,その行使の有無は,相続財産一般に関することであるから,相続財産を巡る利害関係者の権利関係に密接に関係し,取引又はそれに類する安全をより害することがないように,
a 相続放棄の取消権の消滅に至る期間を短縮化し,
b 家庭裁判所への申述という明確な意思表示を求める
 ことにあるように思われる。
(イ)これに対し,相続放棄の無効(を理由とする取消し)の申述に関して,相続放棄取消しのような実体規定(民法919条1ないし3項)もなければ,相続放棄取消しの申述受理のような手続規定(家事審判法9条1項甲類25号の2)もないのは,これらを認めれば,いったん減った又はいなくなった相続人が,また放棄者の全部又は一部の者が相続人として復帰することになり,相続財産を巡る利害関係者の権利関係に無用の混乱を来すおそれがあり,ひいては後記4(2)イで述べる取引又はそれに類する安全を害する危険性がいやが上にも増すことの不合理性を避けようとすることにあるように思われる。
(ウ)いうまでもなく,
a 民法938条及び家事審判法9条1項甲類29号の規定によれば,相続放棄の申述は,これを家庭裁判所に申述し,受理されることによってのみ相続放棄の効力が生ずるものである(受理が相続放棄の効果を生ずる不可欠の要件である。最高裁昭和36年(オ)第201号同40年5月27日第一小法廷判決・集民79号201頁参照)から,申述がされず,又は申述しても受理されないと,相続放棄の効果を主張する途は一切閉ざされるが,
b いったん家庭裁判所において相続放棄の申述が受理されたからといって,相続放棄の効力を確定させるわけではなく,同受理後でも,相続放棄に法律上無効原因があれば,その無効を主張する利益がある者は,相続放棄の効力を争うことができるものである(最高裁昭和28年(オ)第78号同29年12月24日第三小法廷判決・民集8巻12号2310頁,同27年(オ)第743号同30年9月30日第二小法廷判決・集民19号731頁)。
(エ)以上のように考察してくれば,相続放棄の無効事由を主張して,家庭裁判所にその相続放棄の取消しの申述の受理を求めることができないと解しても,相続放棄に法律上無効原因があるとしてその無効を主張する利益がある者は,別途訴訟でそれを主張して争う途が用意されているのであるから,同人に,実体法上も,手続法上も,看過すべからざる格別の不利益をもたらすものではない。換言すれば,実定法上の規定がないにもかかわらず,敢えて,解釈上,民法919条1・3項及び家事審判法9条1項甲類25号の2を類推適用して,相続放棄の無効の申述を受理すべきであるとしなければならない必要性は見当たらない。
(オ)したがって,抗告理由その1は理由がない。
4 抗告理由その2
(1)抗告人は,相続放棄は,相続人の意思を尊重されるべきであり,相続放棄取消しの申述をしても取引の安全を害することにならないから,本件取消申述は受理されるべきである旨主張する。
(2)そこで,検討するに,
ア 確かに,相続放棄は,相続人の意思が尊重されるべきものである。しかし,いったん,相続放棄をすれば,熟慮期間中であっても,原則として,これを取り消すことができないとの規定(民法919条1,2項)もある。
イ その趣旨は,相続放棄やその取消しは,売買等のような取引ではないので,これにより,直接的には,取引の安全を害することにならないのではあるが,相続財産及び相続債務の帰属者に影響するのみならず,相続財産を巡る利害関係者の権利関係に密接不可分に関係し,これら関係者に無用の混乱を来すおそれがあるから,このような混乱を生じないように配慮することにある。換言すれば,相続財産を巡る利害関係者の権利関係に密接に関係し,これら関係者の取引又はそれに類する安全を害することがないように配慮することにあるから,間接的には,取引の安全を図るべき観点に類似する安全が重視されることを意味するのである。
ウ 以上のように考察してくれば,相続人の意思を尊重すべきであるとしても,それだけで,家庭裁判所に相続放棄の無効を理由に相続放棄の取消しの申述を受理するよう求めることを正当化するものともいい難い。抗告理由その2も理由がない。
5 よって,主文のとおり決定する。

法律相談事例集データベースのページに戻る

法律相談ページに戻る(電話03−3248−5791で簡単な無料法律相談を受付しております)

トップページに戻る