勾留に対する準抗告・勾留取消と新事情の主張の可否
刑事|勾留に対する準抗告|勾留取消と新事情の主張の可否|函館地裁平成13年3月24日決定
目次
質問:
私は,隣人の顔面を手拳で3回ほど殴り2週間程度の加療の怪我を負わせてしまい現行犯逮捕され,その後,10日間警察署に身柄を拘束される旨の勾留決定が出されてしまいました。勾留決定に対しては裁判所に対する準抗告というものができ,それが認められると身柄が解放されると聞きました。ただ,今から示談をする等して準抗告をすれば身体拘束が解かれることは認められるのでしょうか。
回答:
1.今回の相談者様の行為は,刑法上,傷害罪として評価されます(刑法第204条)。そして,勾留決定がなされた以上,最低でも10日間身体拘束がなされますので,会社の無断欠勤等により解雇されてしまう危険性もあります。勾留期間中に身体拘束から解放されるためには,勾留決定に対する準抗告の申立あるいは,勾留決定取消の申立という二つの方法が用意されていますが,いずれの方法をとるにしろまず被害者である隣人に対し,早期の示談をすることが必要です。その上で,勾留決定に対する準抗告もしくは勾留取消といった手続を行い,こちらに有利な事情(勾留の要件を満たさないこと)を主張して,身体拘束からの解放を目指す必要があります。
2.準抗告は原決定の瑕疵に対する異議申し立て手続きですが、近時の判例では、準抗告審において原裁判後の新事情を判断資料とすることを認めたものがあり、近年の実務判例も概ね、原裁判後の事情であっても、当事者から主張のあった適切な主張については考慮しています。勾留決定後でも示談成立すれば身柄解放に向けて有利な事情となり得るのです。
3.その他、準抗告に関する関連事例集参照。
解説:
第1 勾留に対する準抗告,勾留の要件について
1 準抗告について
準抗告とは,裁判官の行った裁判(命令)に対する不服申立ての手続のことをいいます(刑事訴訟法第429条)。裁判官が行った勾留決定は,裁判官の命令ですから不服がある場合準抗告の申し立てができます(判決に対する不服申し立ては控訴・上告)。準抗告があると,直ちに裁判官3名で構成される裁判体の合議によって,法律の要件を満たすかどうかを判断する手続となっています。合議体によって,原裁判の違法性を慎重に判断する手続となっています。
今回も,逮捕に引き続いて10日間の勾留(逮捕に引き続いて,比較的長期間の身体拘束をする手続)決定がなされてしまったものですから,その内容に不服がある場合には準抗告を申し立てることができます(刑事訴訟法第429項第2号)。
2 勾留の要件について
勾留決定に対する準抗告においては,勾留を決定する要件がないのに不当に決定をしたことを合議体の裁判官に納得してもらう必要があります。そこで,勾留が認められるための要件について検討しておく必要があります。勾留の要件については,刑事訴訟法上に規定があり(刑事訴訟法第60条,第207条参照),
①罪を犯したことを疑うに足りる相当な理由があること,②定まった住居を有していないこと,③罪証を隠滅すると疑うに足りる相当な理由があること,④逃亡し又は逃亡すると疑うに足りる相当な理由があること,⑤勾留の必要性が有ること無,といった5つの要素から判断されます。
①と②の要件はあまり問題となりません,実務上良く問題になるのは,③・④・⑤の点です。以下,検討していきます。
(1)罪証を隠滅すると疑うに足りる相当な理由があること
この要件については,物証や証人等の犯罪を証明する証拠について,不当な働きかけ(証拠隠滅,威迫等)を行う客観的な可能性や,主観的可能性(主観的意図)が具体的に認められるのかどうかによって判断されます。
勾留の要件がないことを主張するためには,具体的に以下の事情などを主張する必要があります。
・犯行態様が比較的軽微であること・目撃証言,物的証拠などが既に収集されており,隠滅する証拠がないこと
・犯行を素直に認め,取調べに素直に応じていること(供述態度,供述状況)
・被害者との示談の意思があり,示談が実際に成立していること 等
(2)逃亡し又は逃亡すると疑うに足りる相当な理由があること
この要件については,被疑者が所在不明になる可能性が客観的に認められるかどうかにより判断されます。
具体的には,以下の事情などを主張する必要があります。
・生活を指導監督する身元引受人,家族がいること・定まった勤務先があること
・被害者との示談の意思があり,示談が実際に成立していること 等
(3)勾留の必要性が無いこと
また,刑事訴訟法第60条に定める勾留の理由の他に,被疑者について勾留を認める必要性があることが必要とされています(刑事訴訟法第87条第1項参照)。無実の推定を受ける被疑者は,原則として在宅捜査で行うべきであり,犯罪成立の可能性があるとしても必要性がなければ身柄拘束は許されないからです。しかし,勾留理由があるのに,必要性がないという場合とは具体的に何を指すかは判断が困難なことが多いでしょう。例えば,住所不定であるが,身元引受人がいるという場合が考えられます。
ここでは,以下のような事情を主張する必要があります。
・身体拘束が続くと,解雇等により失職する可能性が高いこと・最終的な処分として軽微なものが見込まれること
・被疑者に病気があり,身体拘束が続くと影響が出ること
弁護人が連名で法規遵守(刑訴60条1項2号,3号違反の理由があるとしても)の保証書を提出していること(弁護人は,裁判官面接によりこの点を強調すべきです。裁判所により準抗告の事前面接も認めてくれます。東京,埼玉等。千葉は不可のようです。)。 等
第2 どのように勾留決定を争うべきか(勾留に対する準抗告,勾留取消手続)
1 具体的な証拠収集,弁護活動について
勾留の要件及び主張すべき事実については,概ね上記のとおりです。そして,勾留の要件が無いことを主張するための証拠を,こちらで集める必要があります。
(1)本件においては,被害者のいる傷害罪という犯罪であり,勾留の要件との関係でも,まずは隣人である被害者に対して真摯な謝罪を行い,与えてしまった傷害結果に対して,金銭で被害弁償を行うことが最も重要です。示談の結果については,示談合意書等の書面を残しておく必要があります。
示談が成立すれば,今回の事案でも不起訴処分となる可能性が高くなり,あえて逃亡するおそれがなくなります。また,罪証隠滅行為を行う主観的意図がないこと,勾留の必要性が無いことを示す,極めて重要な事実となります。
示談の結果,被害者から宥恕(被疑者を許し,一切の刑事責任を求めない旨の意思表示)の上申書まで得られると,より良いといえるでしょう。
(2)また,親族の身元引受書(被疑者の今後の指導監督を誓約する書面)を作成していただくなど,勾留の要件を満たさないことについて,様々な資料を作成する必要があります。
2 勾留決定の取消との関係について
勾留決定に対する準抗告の申し立てについて説明して来ましたが,勾留中に自由になる方法として勾留決定の取消という手段も用意されています。
そこで①勾留に対する準抗告(刑事訴訟法第429条)②勾留の取消(刑事訴訟法第87条第1項)を比較して説明します。
(1)勾留に対する準抗告について
勾留に対する準抗告の概要については,上記で述べたとおりですが,3名の裁判官が合議体で判断しますので,公平性,慎重な判断がある程度期待できます。
ここで,勾留決定後に作成された示談合意書等を準抗告において判断資料とすることができるか,が理論上問題となっていました。従来,準抗告の判断をする裁判所は,原裁判の事後審にすぎず,その後の新たな判断資料は考慮できないとする見解も有力でした。
しかし,最近の実務においては,そのような硬直的な運用はせず(理論面のみに捕らわれることなく),準抗告の対象となる裁判(本件では,勾留の裁判)の性質に応じ,具体的に妥当な結論を認めるための取扱いを認めるのが通常です。勾留における準抗告審においても,弁護人・検察官から原裁判(勾留決定)後に追加で提出された証拠について,勾留の要件に関わる重要な証拠とされた場合には,適切に考慮されるのが現在の実務の通例です。
参考判例として,保釈許可決定に対する準抗告審について,原裁判後に訴因等が追加されたという事情を考慮した上で,罪証隠滅等のおそれがあるとして,保釈許可決定を取り消したものが挙げられます(函館地決平成13年3月24日)。
この判例は,準抗告審において原裁判後の新事情を判断資料とすることを認めたもので(検察官の主張した事情ではありますが。),近年の実務判例も概ね,原裁判後の事情であっても,当事者から主張のあった適切な主張については考慮しています。これは原決定に対する不服申立の審理手続であるという準抗告の元来の性質を考えると,原決定時に存在しなかった事情を考慮することは矛盾していることのようにも思われるかもしれませんが,刑事訴訟法全体の合目的性に立ち返って考えればとても自然な結論と言えます。
つまり,刑事訴訟法1条で「この法律は,刑事事件につき,公共の福祉の維持と個人の基本的人権の保障とを全うしつつ,事案の真相を明らかにし,刑罰法令を適正且つ迅速に適用実現することを目的とする。」と定められていることが刑事訴訟手続全般の目的ですから,準抗告の審理の場面においても,もはや身柄拘束が不適切な状態に至っているのであればその事情も考慮にいれて判断していくべきという考え方に基づくものです。法律の条文を解釈適用するときは,常に,このように当該条文だけでなく,法律全体の制度趣旨を考えていくことがとても大切なことであると言えるのです。
本件でも,勾留決定後示談が成立したことは,罪証隠滅のおそれや,被疑者の逃亡のおそれが無い,すなわち勾留の要件を満たさないというために極めて重要な事実です(当事務所の扱った事案においても,勾留後に示談が成立したこと,示談交渉の準備を進めていることを根拠に,準抗告が認容されている事例が多数あるところです。)。
したがって,準抗告に当たって示談に関する事情を判断資料として考慮に入れるのが,公平かつ公正な結論を導き出すために必要不可欠といえます。
そこで,本件においても,上記の示談に関する資料を充実させた上で,勾留決定に対して準抗告を申し立て,説得的に勾留の要件を満たさないことを主張すべきです。
(2)勾留の取消について
また,勾留の理由または必要が無くなったときは,勾留を取り消すこととされています(刑事訴訟法第87条第1項)。今回も,勾留決定後の示談成立により,事情変化で勾留理由(罪証隠滅のおそれ,逃亡のおそれ,勾留の必要性)が消滅したとして,勾留の取消を請求できるものと考えられます。
なお,準抗告との違いは,①手続として検察官の意見を聞くこととされている点(刑事訴訟法第92条第2項),②合議体ではなく単独の裁判官が判断することとされている点です。
裁判官が単独で行う簡易な手続である反面,検察官の意見聴取に時間がかかったりして(検察庁にある記録が取消判断のため裁判所に渡されてしまい結局検察官の判断が遅れること。)裁判所の判断が遅延することや(釈放の目的が満期が近い場合利用できない),不相当との意見が述べられたりする可能性が考えられます。
(3)以上,本件においても,勾留に対する準抗告と勾留の取消という2つの手続の特性を踏まえた上で,その一方または双方により,勾留決定に対して不服を申し立てることができます。両者を同時に請求することも可能です。準抗告が認められるか勾留が取り消され,勾留が効力を失った場合には,相談者様の身体拘束が解かれることとなり,無事身柄が釈放されることとなります。
3 終わりに
相談者様が身体拘束から解放され,直ちに会社に復帰するためには,被害者との早急な示談等の弁護活動を行い,また,裁判所に対して勾留の効力を争う旨の必要な主張を必要があります。ご家族等を通じる等して,適切な弁護士へ依頼することをお勧めします。
以上