新銀座法律事務所 法律相談事例集データベース
No.1431、2013/04/10 00:00 https://www.shinginza.com/rikon/index.htm
【離婚・不貞行為をしたが、それを一度宥恕された者からの離婚請求の可否・東京高裁平成4年12月24日判決】
質問:私は、結婚20年目の妻ですが、現在夫と別居して3年が経ち、離婚を希望しています。しかし、夫は「離婚の原因はおまえにある。」と言って離婚に応じないため、裁判で離婚したいと思っています。実は、5年ほど前に私が浮気をしてしまい、家を出て他の男性と2カ月ほど暮らしていたことがありました。その後、夫に謝罪し許しを得たので、婚姻生活を再開し半年ほど同居しました。しかし夫が泥酔して帰宅するようになったり、無断で仕事を辞めたりしたことから、夫婦関係は再度悪化し、3年ほど前に私が家出をして別居を開始しました。夫との間には、3人の子供(21歳、19歳、16歳)がおり、下の2人の子は私と同居しています。浮気をした側からの離婚請求は、基本的には認められないと聞きましたが、やはり私から離婚を請求するのは難しいのでしょうか。
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回答:
1.本件では、あなたの不貞行為について、一度夫から許しを得ているため、「不貞行為をした者(有責配偶者)からの離婚請求は認められない」という夫の主張が信義則上認められず、離婚できる可能性があります。
2.もしあなたが有責配偶者であるとされた場合であっても、事情によっては離婚請求が認められる余地はあります。この点については当事務所事例集285番、523番、654番、937番、1280番も併せてご参照ください。
3.いずれにせよ、離婚の可否について、判断基準についての理論的主張と、本件についての具体的な事実の主張を法的に行う必要があるため、弁護士への依頼をお勧めします。
解説:
1 裁判上の離婚について
当事者が協議離婚に応じない場合は、まず裁判所に調停を申し立てて、調停で話合いにより解決方法を考えます(家事事件手続法257条)。それでも決着がつかない場合には、裁判により離婚を請求することができます。
裁判上、離婚が認められるためには、法律の定める離婚原因に該当することが必要です(民法770条1項)。
2 (不貞行為をした側からの離婚請求について 最高裁昭和62年9月2日判決の内容 条件)
しかし、法律上の離婚原因が存在する場合でも、その離婚の原因を生じさせた配偶者(有責配偶者)が、自ら離婚を請求できるかという点について、かつて問題となっていました。
わが民法においては当事者の合意によれば理由のいかんにかかわらず自由に離婚する事は出来ますが、一方が離婚に応じない場合は訴訟によりどちらに離婚原因を作った責任があるかどうかに関わらず、夫婦関係が実質的に破綻している場合には離婚を認めるという破綻主義を採用しています(対立する概念として離婚を求める相手方に責任がある場合のみ離婚を認めるという有責主義があります)。そのため770条1項5号(3号、4号も同様です)は婚姻を継続しがたい重大な事由がある場合はどちらの当事者に責任があるかどうかに関係なく離婚を認めています。婚姻の実態がなく実質的に破綻している夫婦関係を継続させても婚姻の目的たる幸福な生活は期待できませんので、一方が離婚を拒否していても婚姻解消を認めているのです。
しかし、破綻主義を形式的に適用すると、破綻を故意に生じせしめて離婚を求め、相手方の生活権を事実上不当に侵害するような事態が考えられます。例えば愛人を作り婚姻を自ら破壊するような場合です。
現在この点については、相手方配偶者の生活権も考慮して、@夫婦の別居が両当事者の年齢及び同居期間との対比において相当長期間に及び,Aその間に未成熟の子が存在しない場合には,B相手方配偶者が離婚により精神的・社会的・経済的に極めて過酷な状態におかれる等離婚請求を認容することが著しく社会正義に反するといえるような特段の事情が認められない,という昭和62年最高裁判決の3要件が満たされれば,有責配偶者からの離婚請求は認められることになっています。
これを本件について見ると、@別居期間については、2か月の中断はあったにせよ、およそ17年の同居期間に対して、別居期間は3年であり、やや短いと思われます。また、Aについても、2人の未成年子がいるため、婚姻請求が認められる可能性は低くなりそうです。
ただし、最終的な判断については、Bを含めて当事者の精神的・社会的・経済的状況等その他の事情を総合的に考慮してなされるため、慰謝料の支払いや婚姻生活の状況によっては例外的に離婚が認められる場合もあります。
3 不貞行為の後に一定期間同居した場合について
(1) しかし、本件では、そもそも有責配偶者からの離婚請求には当たらないとする主張も可能です。
本件の様に、夫婦の一方に不貞行為があったとしても、その不貞行為に対して相手方が許す意思(法律的には「宥恕」と言います。)を表明した場合には、後にその不貞行為について責任を追及することは、信義則に反して許されず、有責配偶者からの離婚請求には当たらないとした裁判例があります。
東京高裁平成4年12月24日判決は、本件と同様の事案について、「相手方配偶者が右不貞行為を宥恕したときは、その不貞行為を理由に有責性を主張することは宥恕と矛盾し、信義則上許されないというべきであり、裁判所も有責配偶者からの離婚請求とすることはできないものと解すべきである。」として、不貞行為をした側からの離婚請求を認めています。
(2) ここで問題となるのは、相手方からどの程度の許しを得れば、有責配偶者にあたることがないかという点です。
上記裁判例の事例では、夫から許しを得て夫婦生活を再開した後にも、夫が妻に対して不貞の継続を疑い、控訴人を責めるような発言を繰り返した事実があり、それに対する妻の反発もあったことから、夫婦関係が再度悪化したことが裁判上認められています。この事実は、一見すると、夫が妻の不貞行為を完全には許しておらず、離婚の原因の大元が妻の不貞行為にあることを示しているとも受け取れます。
しかし、上記裁判例は、その事実を前提としながらも、不貞行為をした妻を有責配偶者であるとはできないとして離婚請求を認めています。ここで裁判例が重視していると考えられるのは、不貞行為後に4、5ヶ月間は同居していたという事実です。
(3)上記のことからすると、裁判上「有責配偶者に当たらない」といえるためには、完全に許しを得ることまでは必要ではないと思われます。一方の不貞行為を認識した上で両者が婚姻関係を継続させることを合意し夫婦共同生活を復活させ、それが一定期間継続されたという客観的事実があれば、そこから再度不貞行為を蒸し返して責任を追及することは、夫婦生活継続の合意に反するものであり、その様な主張は信義則上許されない行為であるといえます。さらには、上記夫の蒸し返しこそが離婚原因であり、妻の不貞行為は離婚の原因ではないと考えることも可能です(下記参考文献参照)。
そもそも有責配偶者からの離婚請求の理論は、破綻主義を正義にかなう公正の理想(民法1条)を夫婦間の離婚問題に適用したものであり、その判断は定型的要件を固定化するものであってはならず、弾力的運用が法の理想から求められることになります。そういう意味で高裁判決は妥当性を有するものと考えられます。
上記の様な判断を裁判上に得るためには、上記見解に基づき、法的判断の枠組みや、離婚の真の原因について、丁寧に主張する必要があります。また、離婚における有責性の存否は、慰謝料の額にも関わるため、その関係でも詳細な主張が重要です。
4 まとめ
本件の様な事例では、まず不貞合意後の事情として、許しを得ていたことを挙げ、あなたが有責配偶者に当たらないという主張をすることが必要です。また、有責配偶者に当たるとされた場合でも、判例の基準にあてはめて、離婚の主張をすることが可能です。
いずれにせよ、裁判となれば、具体的な事実を法的に主張する必要があるため、弁護士への相談をお勧めします。
《参考文献》
東京高判平成4年12月24日判時1446号65頁
岡光民雄・判タ臨増 852号124頁(平成5年主要判例解説)
《参考判例》
離婚等請求控訴事件
東京高裁平四(ネ)二〇二一号
平4・12・24民七部判決
控訴人 甲野花子
右訴訟代理人弁護士 山本安志
被控訴人 甲野太郎
右訴訟代理人弁護士 大谷喜与士
主 文
一 原判決を取り消す。
二 控訴人と被控訴人とを離婚する。
三 控訴人・被控訴人間の二男二郎(昭和四八年一月一六日生)、三男三郎(昭和五一年六月一四日生)の親権者を控訴人と定める。
四 訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。
事実及び理由
一 控訴人は、主文同旨の判決を求め(慰謝料及び財産分与の請求は、当審において取り下げた。)、被控訴人は、控訴棄却の判決を求めた。
二 本件の事案の概要
本件の事案の概要は、原判決記載(二枚目表三行目から四枚目表末行まで)のとおりであり、証拠関係は本件記録中の原審及び当審の証拠関係目録記載のとおりであるから、いずれもこれを引用する。
三 当裁判所の判断
1 事実の経過
《証拠略》によると、次のとおり認められる。
(一) 控訴人(昭和二六年二月二八日生)と被控訴人(昭和一四年六月二六日生)は、昭和四四年八月プールで知り合い、昭和四五年一二月二一日婚姻した。当時控訴人は一九才,被控訴人は三一才であった。二人の間には、長男一郎(昭和四六年六月一三日生)、二男二郎(昭和四八年一月一六日生)、三男三郎(昭和五一年六月一四日生)の三子がある。
(二) 控訴人夫婦は、婚姻後何回か転居したが、昭和五一年に甲田市乙田に中古住宅を購入し、昭和五五年頃には、借金をして増築をした。ところが、それから半年も経つか経たないうちに被控訴人はまた転居先の物色を始めた。控訴人は、借金が増え、ローンの返済が多くなって家計を圧迫するので反対したが、被控訴人は甲田市乙田に土地、家屋を購入し、昭和五六年三月に一家は転居した。ローンの返済が月五万円から一五万円に増えたこともあって、控訴人はこの頃からパートで働きに出るようになり、昭和五八年八月には、乙山株式会社(以下「乙山」という。)に営業社員として就職した。控訴人は、次第に仕事に熱意を増し、帰宅時間が遅くなることも多くなった。それにつれて、控訴人は被控訴人が外で働いているのは同じなのに家事を分担してくれないことに不満を抱くようになり、一方被控訴人は、控訴人の帰宅の遅い理由を怪しみ、異性関係に疑いを抱き始めた。(三)
昭和六〇年六月八日(土曜日)控訴人と被控訴人は連れ立って夕飯の買物に出掛けたが、用があって途中で分かれ、被控訴人は先に帰宅した。控訴人は、夕飯の時間になっても帰らず、被控訴人は、子供らと先に夕飯を済ませたが、控訴人はそれでも帰らなかった。行先も告げていなかったので被控訴人は立腹し、玄関のドアに「今夜は妹の家に行って泊めてもらえ」と貼紙に書いて内から鍵をかけた。その頃控訴人は、会社の同僚と酒を飲んでいたのであるが、夜九時頃帰宅したところ右の貼紙を見、「それなら出て行ってやろう。」
と思い、スナックに寄ったうえ、会社の顧客の一人で住居を知っていた丙川(控訴人と同年令の独身男性で一人暮しの公務員)のマンションに行き、泊めてもらった。このことから夫婦関係は一気に険悪化し、控訴人は、被控訴人と別れ丙川と一緒になってもいいと考え、七月から八月にかけ丙川宅に同居し、三人の子供達の食事や洗濯のため、そこから自宅に通うような生活をしたが、親族に説得され、丙川と別れ、やり直すつもりで被控訴人の許に戻った。被控訴人も子供達のためにも家庭を再建しようと考え、控訴人が「申し訳ないことをしました。これからは改めます。」と謝罪したこともあって、控訴人に対し、丙川との不貞行為を宥恕する旨の意思を表明した。控訴人と被控訴人との婚姻関係は、それから四、五か月間は平穏な状態が続き、夫婦関係も復活した。
(四) しかし、その後被控訴人は、控訴人と丙川との関係が続いていると認めるべき確かな証拠もないのに、これが続いているのではないかとの疑いを捨て切れず、いつまでもそのことにこだわり、「丙川とまだ会っているのだろう。仕事の関係で他の男と体の関係を持っても構わない。しかし、結婚した以上、絶対離婚はしない。夫として一生束縛してやる。死ぬまで自由にはさせない。」などと言って控訴人を責めた。控訴人はこのような被控訴人の態度に生理的嫌悪を感ずるようになり、子供の前での争いを避けるため、口もきかず、顔を合わせることも避けるようになり、昭和六一年夏以後は性関係も拒否し、子供の世話はするが、被控訴人に対しては、食事の世話も洗濯もしなくなった。被控訴人も、家庭に帰ってもこのような状況であったことから外で憂さを晴らし、毎日深夜泥酔して帰るようになり、家計にも月一五万円しか入れなくなった。
(五) 昭和六二年夏被控訴人の勤めていた会社で希望退職の募集があった。被控訴人は右のような家庭内別居というような状況もあって、会社を辞めて自分で店を開こうと転職を決意し、募集に応じた。しかし、控訴人に話せば、安定収入を失うことから反対されるに決まっていると考えたので、話をせず、昭和六三年一月それまで勤めていた会社を退職し、自宅を担保に一〇〇〇万円を借り入れ、退職金七〇〇万円を合わせて、丁原市丁田に実兄と共にアイスクリームと焼きそばの店を開く準備にとりかかった。被控訴人が退職した約一か月後になって、控訴人は被控訴人の勤めていた会社に電話で問い合わせた結果、このことを知り、被控訴人の出店計画に強く反対した。しかし、被控訴人は控訴人やその親族の反対を振り切って計画を実行し、同年四月から丁原市丁田にアイスクリームと焼ぞばの店を開店し、店に泊り込んで帰宅しないことが多くなった。しかし、商売はうまくいかず、控訴人に渡す生活費も月八万円に減少し、翌年は正月にも被控訴人は帰宅しなかった。
(六) このような生活を続けることに疲れた控訴人は被控訴人と縁を切って新しい生活を始めようと決意し、平成元年三月現住所にマンションを借りて乙田の家から三人の子と共に転居し、自分の方から別居に踏み切った。入れ替りに、被控訴人は自宅に戻った。その時以来、控訴人は勝手に出て行ったのだから、と言って被控訴人は生活費を全く渡さなくなった。
(七) 控訴人は、被控訴人が会社を辞めて店を始めようとしていた昭和六三年三月と自分が乙田の家を出た直後の平成元年四月に夫婦関係調整の調停を申し立てたが、被控訴人は控訴人の離婚の求めに応じなかったので、いずれも取り下げた。しかし、被控訴人は生活費を渡さないので、控訴人は平成元年六月婚姻費用分担の調停を申し立て、平成二年五月「双方とも平均月収は三〇万円を上廻っているが、三人の子の養育費の分担として月八万円を支払え。」との審判があり、被控訴人の即時抗告は同年一〇月棄却された。控訴人は同年一二月本訴を提起した。そうすると被控訴人は、乙田の土地家屋を売却し、控訴人が原審で求めていた財産分与と慰謝料の合計二五三二万五〇〇〇円から振込手数料七〇〇円を控除した金額を、被控訴人の要求に応ずる経済的能力はあることを示す趣旨で乙山に預託し、婚姻費用も審判に従って支払っている。そして被控訴人は、自宅を売ったので肩書住所地のアパートに一人で暮し、その後丁原の店もやめて、会社勤めをしている。別居以来、調停や裁判の席以外に被控訴人は控訴人と会うことも音信もないが、今も離婚に応ずる意思は全くなく、控訴人の婚姻生活への復帰を求めている。
(八) 当審の口頭弁論終結時である平成四年一〇月二七日、長男は二一才で会社員、二男は一九才で大学生、三男は一六才で自衛隊員である。
2 以上認定の事実関係によれば、控訴人と被控訴人との間の婚姻関係は既に破綻し、控訴人の離婚意思は固く、被控訴人は離婚には応じないものの、これまでの態度を改め、自分の方から関係改善への努力をするような兆しも見られないことに照らすと、回復の見込みはないものというべきである。
ところで、旧民法八一四条二項、八一三条二号は、妻に不貞行為があった場合において、夫がこれを宥恕したときは離婚の請求を許さない旨を定めていたが、これは宥恕があった以上、再びその非行に対する非難をむし返し、有責性を主張することを許さないとする趣旨に解される。この理は、現民法の下において、不貞行為を犯した配偶者から離婚請求があった場合についても妥当するものというべきであり、相手方配偶者が右不貞行為を宥恕したときは、その不貞行為を理由に有責性を主張することは宥恕と矛盾し、信義則上許されないというべきであり、裁判所も有責配偶者からの離婚請求とすることはできないものと解すべきである。本件において、既に認定したところによれば、被控訴人は、控訴人の丙川との不貞行為について宥恕し、その後四、五か月間は通常の夫婦関係をもったのであるから、その後夫婦関係が破綻するに至ったとき、一旦宥恕した過去の不貞行為を理由として、有責配偶者からの離婚請求と主張することは許されず、裁判所もこれを理由として、本訴請求を有責配偶者からの離婚請求とすることは許されないというべきである。
そして、前記認定の事実関係によると、控訴人と被控訴人との婚姻関係は、既に回復し難いほどに破綻したものというべきであるから、民法七七〇条一項五号にいう「婚姻を継続し難い重大な事由があるとき」に該当するものというべきであり、右破綻について控訴人に専ら又は主として責任があるとはいえないから、控訴人の本訴請求は正当として認容すべきである。
控訴人と被控訴人との間の二男二郎(昭和四八年一月一六日生)及び三男三郎(昭和五一年六月一四日生)の親権者は、前記認定の事実関係に照らすと、控訴人と定めるのが相当と認められる。
3 以上のとおり、控訴人の本訴請求は正当として認容すべきであり、これを棄却した原判決は失当というべきであるから、これを取消し、二郎及び三郎の親権者を控訴人と定め、訴訟費用の負担につき民訴法九六条、八九条を適用し、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 柴田保幸 裁判官 白石悦穂 犬飼真二)