地方公務員の懲戒免職と退職金の取り扱い

行政|国家公務員退職手当法等の一部を改正する法律|京都地方裁判所平成24年2月23日判決

目次

  1. 質問
  2. 回答
  3. 解説
  4. 関連事例集
  5. 参照条文

質問:

質問:私は,地方公務員だったのですが,万引きをしてしまい,それが理由で懲戒免職処分となり,退職金も全額支給されませんでした。自身の行った罪の重さは理解していますので,免職処分はやむを得ないと思っています。ただ,来年には定年の予定で,住宅ローンの返済も退職金をあてにしていたことから,このままでは家族で路頭に迷うことになってしまいます。退職金不支給について争う余地はないのでしょうか。

回答:

1、退職金の支給制限処分を争うのであれば,あなたが当該処分を知ってから60日以内にしかるべき行政庁に対し不服申し立てを行う必要があります。 平成20年,国家公務員退職手当法等の一部を改正する法律が改正され懲戒免職と退職金支給の問題は別個に取り扱うことになりました。

2、地方公務員が退職金支給制限処分を争う場合の審査のポイントについては以下の点が重要です。

①仕事上の経歴,勤務年数,その具体的内容,例えばクラス担任,教科指導,生活指導の取り組み,表彰の回数。

②過去に懲戒処分歴がないかどうか。

③非違行為が職務行為とは直接には関係ない私生活上のものであるかどうか。

④非違行為の結果が軽微であるかどうか。

⑤非違行為後に適切な対応をしているかどうか(被害者との示談等)

被害者が存在する場合は被害者に宥恕文言入りの特別な上申書を書いてもらうことが必要です。多少示談金が高めになっても意見書,上申書の作成は大きな影響を及ぼします。

⑥判例,先例の調査により詳細な比較検討。

3、公務員の懲戒に関する関連事例集参照。

解説:

1 免職処分と退職金不支給処分との関係について

かつての国家公務員退職手当法(以下「退職手当法」といいます。)は,懲戒免職処分の効果として,退職手当を支給しないと定めていました。しかし,国家公務員退職手当法等の一部を改正する法律(平成20年法律第95号)により改正され,退職手当の支給制限は独立の処分として定められました。すなわち,現行の退職手当法12条では,懲戒免職処分を受けて退職した者などに対し,「当該退職に係る退職手当管理機関は,当該退職をした者(当該退職をした者が死亡したときは,当該退職に係る一般の退職手当等の額の支払を受ける権利を承継した者)に対し,当該退職をした者が占めていた職の職務及び責任,当該退職をした者が行つた非違の内容及び程度,当該非違が公務に対する国民の信頼に及ぼす影響その他の政令で定める事情を勘案して,当該一般の退職手当等の全部又は一部を支給しないこととする処分を行うことができる。」と定めています。

退職手当には,長年勤めた功労に対する報償という性格と賃金の後払いという性格があるとされていますが,賃金の後払いという点を重視すると懲戒処分になったとしても,すでに働いた対価については支払いを拒否することは賃金全額払いの原則からして疑問があります。また,長年勤務した功労に付いての報償という面を考慮しても懲戒処分の対象となった行為により全く功労が否定されてしまうのか,一律に懲戒免職即ち退職手当の不支給という扱いには疑問が残ります。一般企業においても懲戒解雇により退職手当を全額支給しないという就業規則の規定があるのは7割から8割程度と言われています。また,私企業の場合の懲戒解雇の場合の退職手当の不払いについての裁判例も,不支給が就業規則に定められていたとしても,一律に懲戒解雇だから退職手当を支払わないという扱いは不当であり,懲戒解雇の対象となった行為を具体的に検討して,不払いが適法となる要件を限定していました。公務員の場合も,この点を考慮し平成20年の法律改正となりました。

退職手当法は,国家公務員を対象としていますので地方公務員には適用がありません。しかし,地方公務員の退職手当に関して規定する各都道府県の条例は,上記の退職手当法の改正を受けて,免職処分と退職手当の支給制限処分を別個独立の処分としているのが一般的です。

したがって,懲戒免職処分を受けた者についても,法令上当然に退職手当の支給が制限されるものではなく,退職手当の支給制限処分を行うためには,退職手当の法的性格の解釈にまで遡って,支給制限の当否が判断されることになります。

2 退職金不支給処分が争われた参考判例について

京都地方裁判所平成24年2月23日判決は,懲戒免職処分となり退職金の全部不支給処分を受けた地方公務員(市立中学校教頭)が,退職金不支給処分の当否を争った事案です。同裁判例では,退職手当の法的性格について判断を示し,懲戒免職処分と退職手当の支給制限処分の目的の違いを指摘した上で,退職手当の支給制限処分の当否の審査基準について判示しました。同判示部分は,ご相談の件においても参考になりますので,以下,該当部分を引用します。

<退職手当の法的性格について>

「退職手当の法的性格は,一義的に明確とはいえず,退職手当制度の仕組み及び内容によってその性格付けに差異が生じ得るが,一般的に,沿革としての勤続報償としての性格に加えて,労働の対償であるとの労働者及び使用者の認識に裏付けられた賃金の後払いとしての性格や,現実の機能としての退職後の生活保障としての性格が結合した複合的な性格を有していると考えられる。そして,本件における退職手当も,算定基礎賃金に勤続年数別の支給率を乗じて算定されていること,支給率がおおむね勤続年数に応じて逓増していること,自己都合退職の場合の支給率を減額していることなどに照らすと,これらの3つの性格が結合したものと解するのが相当である。」

<退職手当支給制限処分の審査基準>

「そもそも懲戒免職処分は,非違行為をした者に職員としての身分を引き続き保有させるのが相当かという観点から判断されるのに対し,退職手当は,通常であれば退職時に支払われる一時金を支払うのが相当かという観点から判断されるものであって,懲戒免職処分と退職手当の不支給は論理必然的に結びつくものではない(この観点からすると,両者を結び付けていた平成20年法律第95号による改正前の退職手当法の規定は相当性を欠いていたということができる。)。そして,上記2のとおり退職手当が同時に賃金の後払いとしての性格を有することに照らすと,懲戒免職処分を受けて退職したからといって直ちにその全額の支給制限まで当然に正当化されるものではないことは明らかであり,その全額の支給制限が認められるのは,当該処分の原因となった非違行為が,退職者の永年の勤続の功をすべて抹消してしまうほどの重大な背信行為である場合に限られると解するのが相当である。

そうすると,従来,退職手当法が懲戒免職処分になると当然に退職手当が全部不支給となることを定めていたことから,懲戒免職処分とするのが本来相当と考えられる事案でも,退職手当を支給するために自主退職を促していた(いわゆる諭旨退職扱い)といわれているが,そのような事案について,上記改正によって,懲戒免職として一部支給制限処分とすることが可能となったが,それ以外の懲戒免職についてはすべて全部支給制限処分をする趣旨であると解することはできない。

以上からすると,非違行為の重大性と退職者の過去の功績の度合いとの均衡を著しく失するほどの減額処分とした場合や,退職者の永年の勤続の功をすべて抹消してしまうほどの重大な背信行為であるとは到底評価できない事案において退職手当の全部不支給処分をした場合には,裁量権の濫用になるというべきである。」

上記裁判例は,非違行為の重大性と退職者の過去の功績の比較衡量を行ったうえで,同事案における退職金全部不支給処分は違法と判断しました。同裁判例が,かかる判断を導く上で指摘している点を以下に箇条書きでまとめます。

・ ①27年間教員として勤務し,クラス担任,教科指導,生活指導に熱心に取り組み,市教育委員会等から数回表彰を受けていること

・ ②過去に懲戒処分歴がないこと

・ ③非違行為が職務行為とは直接には関係ない私生活上のものであること

・ ④非違行為の結果が軽微であること

・ ⑤非違行為後に適切な対応をしていること(被害者との示談等)

以上の基準に従い,弁護人を依頼した場合は,対策をとる必要があります。

まず意見書で①乃至⑤を詳細に説明し,特に⑤は,被害者が存在する場合は,被害者に宥恕文言(加害者をゆるす旨の文言)入りの特別な上申書を書いてもらうことが必要です。多少示談金が高めになっても意見書,上申書の作成は大きな影響を及ぼします。代理人弁護士としっかり協議が必要でしょう。

又,⑥判例,先例の調査により詳細に比較検討する必要があります。行政処分は,処分権限者に行政サービスの迅速性,国民による委託という特質から裁量権が認められていますが,この裁量権も憲法上の要請により制限され平等の原則(憲法14条,他の同種事案との関係で当該事案のみが差別的に取り扱われ,その結果不当に重い処分が課されたといえる場合 ),比例原則に反する処分(違反行為の内容と比較して,処分の内容が不当に重いといえる場合)が適用になります。

3 ご相談の件の検討

ご相談の件でも,上記裁判例が示した判断枠組みに基づいて,退職金不支給処分を争うことになります。

なお,ご相談の件での非違行為は万引きということですので,被害者に対して被害弁償や示談を行うなどの適切な対応を行うことが極めて重要となります。また,上記の箇条書きで記載した事情にかかわらず,勤務先におけるあなたの功績を示す資料を収集する必要があります。

「回答」欄にも記載しましたが,退職金不支給処分を争うためには,法令上定められている不服申し立て期間内に不服申し立てを行う必要があります。適切な被害者対応,有利な資料の収集,期間内の不服申し立てを行うため,早期にお近くの法律事務所にご相談することをおすすめいたします。

以上です。

関連事例集

Yahoo! JAPAN

参照条文

国家公務員退職手当法

12条(懲戒免職等処分を受けた場合等の退職手当の支給制限)

1項 退職をした者が次の各号のいずれかに該当するときは,当該退職に係る退職手当管理機関は,当該退職をした者(当該退職をした者が死亡したときは,当該退職に係る一般の退職手当等の額の支払を受ける権利を承継した者)に対し,当該退職をした者が占めていた職の職務及び責任,当該退職をした者が行つた非違の内容及び程度,当該非違が公務に対する国民の信頼に及ぼす影響その他の政令で定める事情を勘案して,当該一般の退職手当等の全部又は一部を支給しないこととする処分を行うことができる。

一 懲戒免職等処分を受けて退職をした者

二 国家公務員法第七十六条 の規定による失職(同法第三十八条第一号 に該当する場合を除く。)又はこれに準ずる退職をした者

2項 退職手当管理機関は,前項の規定による処分を行うときは,その理由を付記した書面により,その旨を当該処分を受けるべき者に通知しなければならない。

3項 退職手当管理機関は,前項の規定による通知をする場合において,当該処分を受けるべき者の所在が知れないときは,当該処分の内容を官報に掲載することをもつて通知に代えることができる。この場合においては,その掲載した日から起算して二週間を経過した日に,通知が当該処分を受けるべき者に到達したものとみなす。