新銀座法律事務所 法律相談事例集データベース
No.1435、2013/04/25 00:00 https://www.shinginza.com/qa-fudousan.htm
【民事・定期賃借権の締結に際して交付義務を有する書面は契約書の写しでよいか・最高裁平成24年9月13日判決】
質問:私は,Xから甲建物を賃借していたところ(以下「本件賃貸借」といいます。),Xは,本件賃貸借は,定期建物賃貸借であり期間満了により終了したと主張して,甲建物の明渡しを求めてきました。たしかに本件賃貸借の契約書には本件賃貸借が定期建物賃貸借である旨の条項(以下「本件定期借家条項」といいます。)が存在し,Xが言うには,本件賃貸借の契約締結に先立ち,本件定期借家条項と同内容の本件賃貸借の契約書の原案を私に送ったとのことです。たしかに言われてみれば,本件賃貸借の契約締結に先立ちそのような原案が送られてきて,私はそれを検討したような気がします。私は,Xに対し,甲建物を明け渡さなければならないのでしょうか。
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回答:
1.ご相談の場合,定期借家契約(借地借家法38条1項)とは認められず,更新が可能な通常の借家契約となり,Xの請求に応じる必要はないと考えられます。
2.定期借家をしようとするときは,書面で定期借家契約を締結するだけでは足りず,建物の賃貸人は,あらかじめ,建物の賃借人に対し,同項の規定による建物の賃貸借は契約の更新がなく,期間の満了により当該建物の賃貸借は終了することについて,その旨を記載した書面を交付して説明しなければならない,と規定されています(借地借家法38条2項。以下「定期借家であることの説明」といいます。)。この書面は,賃借人が,当該契約に係る賃貸借は契約の更新がなく,期間の満了により終了すると認識しているか否かにかかわらず,契約書とは別個独立の書面であることを要するとされます(最判平24.9.13)。
本件では,本件賃貸借の契約締結に先立ち,本件定期借家条項と同内容の本件賃貸借の契約書の原案が送られてきたとのことですが,そうだとしても,これは上記「契約書とは別個独立の書面」とは異なります。よって,定期借家であることの説明はなされていないものとなる結果,本件定期借家条項は無効とされます(同条3項)。
3.定期借家権に関連して事務所事例集1162番,689番,借地借家法に関連して,1205番,1123番,1121番,1108番,1105番,1083番,1057番,1041番,1037番,1029番,1023番,954番,951番,940番,822番,747番,695番,678番,623番,570番,552番,420番,346番,220番,138番,136番,124番,105番参照。
解説:
1 定期建物賃貸借(定期借家)の意義
(1)「期間の定めがある建物の賃貸借をする場合においては,公正証書による等書面によって契約をするときに限り,…契約の更新がないこととする旨を定めることができ」(借地借家法38条1項),これを定期建物賃貸借(以下「定期借家」といいます。)といいます。
定期借家の契約書や定期借家であることを説明する書面(後記2参照)などの各書式については,定期借家推進協議会ホームページhttp://www.teishaku.jp/database.htmlをご覧ください。
(2)「更新がない」という点で,定期借家は通常の借家と大きく異なります。
このような定期借家制度の趣旨は,以下のとおりです。すなわち,建物の賃貸借契約では通常2年前後の契約期間が定められていますが,この契約は更新が原則であり,更新の拒絶については正当事由等様々な制限が設けられています(借地借家法26条,28条,30条,旧借家法1条の2 2条,3条,6条等参照。)。これは,住宅の確保という国民生活に重要な目的のため,居住用建物の賃貸借契約では借主が不利な立場にならないように保護しようという政策的目的があります。契約自由の原則は対等な当事者の存在が前提として要請されることから(憲法14条),賃貸人と賃借人の経済力の差を考え建物賃借人の生活権を実質的に保障しようとするのが借地借家法の基本的趣旨となっています。
しかし,この制度により,取壊しが予定されているとか,転勤の間だけ自宅不動産を他人に貸したいなど,一定の期間に限って賃貸借契約を締結したくても,一度契約を締結してしまうと出て行ってもらうことが難しいと考え,住宅を貸すことを躊躇するケースも出てきます。又,賃貸物件の増加により,建物賃貸借の市場事情が以前より賃借人側に好転してきました。従来の旧借家法においても,一時使用貸借という特別の契約を結ぶことにより期間満了により更新しないという契約を締結することはできました(旧借家法9条)。
しかし,その場合も本当に一時使用なのか否か争いが生じると,裁判を起こして一時使用か否かを判断してもらうという手続きが必要になるため,本当に一定期間だけに限って賃貸することは大家にとっては期限が来ても裁判をしないと返してもらえないという危険を除去することはできません。そのような場合は即決和解という裁判所の手続きを利用して賃貸をするという裏技のような方法をとることもありました。そこで,平成12年の借地借家法の改正により,定期借家制度が導入されたのです。ただ,定期借家は,契約締結において経済的に弱い立場にある賃借人保護を基本趣旨としながら,むしろ例外的に賃貸人側の利益も考慮した制度ですからその要件は厳格に解釈されることになります。
2 定期借家であることを説明する書面
(1)定期借家をしようとするときは,建物の賃貸人は,あらかじめ,建物の賃借人に対し,同項の規定による建物の賃貸借は契約の更新がなく,期間の満了により当該建物の賃貸借は終了することについて,その旨を記載した書面を交付して説明しなければなりません(借地借家法38条2項)。そして,建物の賃貸人がこの説明をしなかったときは,契約の更新がないこととする旨の定めは,無効とされます(同条3項)。
(2)では,定期借家であることを説明する書面は,契約書とは別個独立の書面であることを要するのでしょうか。
ア この点,最高裁平成24年9月13日判決は,「法38条2項所定の書面は,賃借人が,当該契約に係る賃貸借は契約の更新がなく,期間の満了により終了すると認識しているか否かにかかわらず,契約書とは別個独立の書面であることを要するというべきである。」とします。
本判決はその理由として,以下のように述べます。
すなわち,まず借地借家法38条の規定の構造(前記(1)参照)に言及し,さらに同条2項の趣旨につき「定期建物賃貸借に係る契約の締結に先立って,賃借人になろうとする者に対し,定期建物賃貸借は契約の更新がなく期間の満了により終了することを理解させ,当該契約を締結するか否かの意思決定のために十分な情報を提供することのみならず,説明においても更に書面の交付を要求することで契約の更新の有無に関する紛争の発生を未然に防止することにあるものと解される。」とした上で,
「法38条の規定の構造及び趣旨に照らすと,同条2項は,定期建物賃貸借に係る契約の締結に先立って,賃貸人において,契約書とは別個に,定期建物賃貸借は契約の更新がなく,期間の満了により終了することについて記載した書面を交付した上,その旨を説明すべきものとしたことが明らかである。そして,紛争の発生を未然に防止しようとする同項の趣旨を考慮すると,上記書面の交付を要するか否かについては,当該契約の締結に至る経緯,当該契約の内容についての賃借人の認識の有無及び程度等といった個別具体的事情を考慮することなく,形式的,画一的に取り扱うのが相当である。」と述べるのです。
本来は,契約ですから口約束でもそのような約束があったことが証明されれば効果が認められるはずです。しかし,それでは借家人の保護に欠けることから定期借家契約は書面でしなければならないと規定します。その上さらに,契約締結に先だって契約書とは別個の書面を交付して説明しなければならないと規定しています。
日本の場合,契約書をよく読まずに署名捺印してしまうこともしばしば見受けられるという現実を踏まえ,契約書とは別に定期借家であることを書面を渡して説明しなければ効力がないとするのが借地借家法の立場ですから,契約書同様の書面を渡したとしても屋上屋を重ねるだけで,定期借家とは認められないことになります。
イ 本判決は,
賃借人は,本件契約書には本件賃貸借が定期建物賃貸借であり契約の更新がない旨明記されていることを認識していた上,事前に賃貸人から本件契約書の原案を送付され,その内容を検討していたこと等に照らすと,更に別個の書面が交付されたとしても本件賃貸借が定期建物賃貸借であることについての賃借人の基本的な認識に差が生ずるとはいえないから,本件契約書とは別個独立の書面を交付する必要性は極めて低く,本件定期借家条項を無効とすることは相当でないとした原判決(東京高判平22.3.16)を破棄したものです。
原判決は,借地借家法38条2項の趣旨につき「定期建物賃貸借に係る契約の締結に先立って,賃借人になろうとする者に対し,定期建物賃貸借は契約の更新がなく期間の満了により終了することを理解させ,当該契約を締結するか否かの意思決定のために十分な情報を提供すること」を強調して,「書面の交付を要するか否かについては,当該契約の締結に至る経緯,当該契約の内容についての賃借人の認識の有無及び程度等といった個別具体的事情を考慮」したのに対し,
本判決は,同条項の趣旨につき「説明においても更に書面の交付を要求することで契約の更新の有無に関する紛争の発生を未然に防止すること」を強調して,「書面の交付を要するか否かについては,…形式的,画一的に取り扱うのが相当」としたわけです。
借地借家契約における借家契約については,借家人が更新を希望するのであれば原則として更新が可能であること,借地借家法38条2項及び同条3項があえて設けられていることに鑑みると,本判決の立場は妥当といえるでしょう。
ウ 本判決は,定期借家であることを説明する書面は契約書とは別個独立の書面であることを要するか否かという問題について,最高裁として初の判断を下したものです。
もっとも,最高裁は,本判決を下す少し前に,賃貸人が定期建物賃貸借契約の締結に先立ち説明書面の交付があったことにつき主張立証をしていないに等しいにもかかわらず,賃貸借契約に係る公正証書に説明書面の交付があったことを相互に確認する旨の条項があり,賃借人において上記公正証書の内容を承認していることのみから,借地借家法38条2項において賃貸借契約の締結に先立ち契約書とは別に交付するものとされている説明書面の交付があったとした原審の認定には,経験則又は採証法則に反する違法がある,との判決を出しています(最判平22.7.16)。この平成22年判決があえて「法38条2項において賃貸借契約の締結に先立ち契約書とは別に交付するものとされている説明書面」と言及したことからすれば,本判決はある程度予想できたものといえるでしょう。
3 本件について
本件では,本件賃貸借の契約締結に先立ち,本件定期借家条項と同内容の本件賃貸借の契約書の原案が送られてきたとのことですが,そうだとしても,これは前記最高裁判決のいう「契約書とは別個独立の書面」とは異なります。よって,定期借家であることの説明(借地借家法38条2項)はなされていないものとなる結果,本件定期借家条項は無効とされます(同条3項)。この場合は,当初の期間が満了したとしても合意更新あるいは法定更新が可能な一般的な借家契約となります。
したがって,あなたは,Xに対し,甲建物を明け渡す必要はありません。契約書の表紙に記載された契約の題名が「定期建物賃貸借」と明記され,形式的に定期借家の要件を満たしているように見えても,法律解釈の場面では実質論が影響することが多くあります。お困りの場合は,契約書の形式面などから自分で無理だと即断せず,弁護士にご相談なさると良いでしょう。
≪参照条文≫
借地借家法
(建物賃貸借契約の更新等)
第26条 建物の賃貸借について期間の定めがある場合において,当事者が期間の満了の1年前から6月前までの間に相手方に対して更新をしない旨の通知又は条件を変更しなければ更新をしない旨の通知をしなかったときは,従前の契約と同一の条件で契約を更新したものとみなす。ただし,その期間は,定めがないものとする。
2 前項の通知をした場合であっても,建物の賃貸借の期間が満了した後建物の賃借人が使用を継続する場合において,建物の賃貸人が遅滞なく異議を述べなかったときも,同項と同様とする。
3 建物の転貸借がされている場合においては,建物の転借人がする建物の使用の継続を建物の賃借人がする建物の使用の継続とみなして,建物の賃借人と賃貸人との間について前項の規定を適用する。
(建物賃貸借契約の更新拒絶等の要件)
第28条 建物の賃貸人による第26条第1項の通知又は建物の賃貸借の解約の申入れは,建物の賃貸人及び賃借人(転借人を含む。以下この条において同じ。)が建物の使用を必要とする事情のほか,建物の賃貸借に関する従前の経過,建物の利用状況及び建物の現況並びに建物の賃貸人が建物の明渡しの条件として又は建物の明渡しと引換えに建物の賃借人に対して財産上の給付をする旨の申出をした場合におけるその申出を考慮して,正当の事由があると認められる場合でなければ,することができない。
(建物賃貸借の期間)
第29条 期間を1年未満とする建物の賃貸借は,期間の定めがない建物の賃貸借とみなす。
2 民法第604条の規定は,建物の賃貸借については,適用しない。
(強行規定)
第30条 この節の規定に反する特約で建物の賃借人に不利なものは,無効とする
(定期建物賃貸借)
第38条 期間の定めがある建物の賃貸借をする場合においては,公正証書による等書面によって契約をするときに限り,第30条の規定にかかわらず,契約の更新がないこととする旨を定めることができる。この場合には,第29条第1項の規定を適用しない。
2 前項の規定による建物の賃貸借をしようとするときは,建物の賃貸人は,あらかじめ,建物の賃借人に対し,同項の規定による建物の賃貸借は契約の更新がなく,期間の満了により当該建物の賃貸借は終了することについて,その旨を記載した書面を交付して説明しなければならない。
3 建物の賃貸人が前項の規定による説明をしなかったときは,契約の更新がないこととする旨の定めは,無効とする。
4 第1項の規定による建物の賃貸借において,期間が1年以上である場合には,建物の賃貸人は,期間の満了の1年前から6月前までの間(以下この項において「通知期間」という。)に建物の賃借人に対し期間の満了により建物の賃貸借が終了する旨の通知をしなければ,その終了を建物の賃借人に対抗することができない。ただし,建物の賃貸人が通知期間の経過後建物の賃借人に対しその旨の通知をした場合においては,その通知の日から6月を経過した後は,この限りでない。
5 第1項の規定による居住の用に供する建物の賃貸借(床面積(建物の一部分を賃貸借の目的とする場合にあっては,当該一部分の床面積)が200平方メートル未満の建物に係るものに限る。)において,転勤,療養,親族の介護その他のやむを得ない事情により,建物の賃借人が建物を自己の生活の本拠として使用することが困難となったときは,建物の賃借人は,建物の賃貸借の解約の申入れをすることができる。この場合においては,建物の賃貸借は,解約の申入れの日から1月を経過することによって終了する。
6 前2項の規定に反する特約で建物の賃借人に不利なものは,無効とする。
7 第32条の規定は,第1項の規定による建物の賃貸借において,借賃の改定に係る特約がある場合には,適用しない。
≪参考判例≫
最高裁平成22年7月16日判決
主文
原判決を破棄する。
本件を東京高等裁判所に差し戻す。
理由
上告代理人○○の上告受理申立て理由第1,第2について
1 本件は,〈1〉第1審判決別紙物件目録記載の建物部分(以下「本件建物部分」という。)を上告人に賃貸した被上告人が,被上告人と上告人との間における賃貸借は借地借家法(以下,単に「法」という。)38条所定の定期建物賃貸借であり,期間の満了により終了したなどと主張して,上告人に対し,本件建物部分の明渡し及び賃料相当損害金の支払を求める訴えと,〈2〉上告人が,法38条2項所定の書面(以下「説明書面」という。)の交付及び説明がなく,上記賃貸借は定期建物賃貸借に当たらないと主張して,被上告人に対し,本件建物部分につき賃借権を有することの確認を求める訴えとが併合審理されている事案である。
2 原審の確定した事実関係の概要は,次のとおりである。
(1) 被上告人は,平成15年10月29日,上告人との間で,「定期賃貸借建物契約書」と題する契約書を取り交わし,期間を同年11月16日から平成18年3月31日まで,賃料を月額20万円として,本件建物部分につき賃貸借契約(以下「本件賃貸借」という。)を締結した。
(2) 本件賃貸借について,平成15年10月31日,定期建物賃貸借契約公正証書(以下「本件公正証書」という。)が作成された。本件公正証書には,被上告人が,上告人に対し,本件賃貸借は契約の更新がなく,期間の満了により終了することについて,あらかじめ,その旨記載した書面を交付して説明したことを相互に確認する旨の条項があり,その末尾には,公証人役場において本件公正証書を作成し,被上告人代表者及び上告人に閲覧させたところ,各自これを承認した旨の記載がある。
(3) 被上告人は,期間の満了から約11か月を経過した平成19年2月20日,上告人に対し,本件賃貸借は期間の満了により終了した旨の通知をした。
3 原審は,上記事実関係の下で,説明書面の交付の有無につき,本件公正証書に説明書面の交付があったことを確認する旨の条項があること,公正証書の作成に当たっては,公証人が公正証書を当事者に読み聞かせ,その内容に間違いがない旨の確認がされることからすると,本件において説明書面の交付があったと推認するのが相当であるとした上,本件賃貸借は法38条所定の定期建物賃貸借であり期間の満了により終了したと判断して,被上告人の請求を認容し,上告人の請求を棄却した。
4 しかしながら,原審の上記認定は是認することができない。その理由は,次のとおりである。
前記事実関係によれば,本件公正証書には,説明書面の交付があったことを確認する旨の条項があり,上告人において本件公正証書の内容を承認した旨の記載もある。しかし,記録によれば,現実に説明書面の交付があったことをうかがわせる証拠は,本件公正証書以外,何ら提出されていないし,被上告人は,本件賃貸借の締結に先立ち説明書面の交付があったことについて,具体的な主張をせず,単に,上告人において,本件賃貸借の締結時に,本件賃貸借が定期建物賃貸借であり,契約の更新がなく,期間の満了により終了することにつき説明を受け,また,本件公正証書作成時にも,公証人から本件公正証書を読み聞かされ,本件公正証書を閲覧することによって,上記と同様の説明を受けているから,法38条2項所定の説明義務は履行されたといえる旨の主張をするにとどまる。
これらの事情に照らすと,被上告人は,本件賃貸借の締結に先立ち説明書面の交付があったことにつき主張立証をしていないに等しく,それにもかかわらず,単に,本件公正証書に上記条項があり,上告人において本件公正証書の内容を承認していることのみから,法38条2項において賃貸借契約の締結に先立ち契約書とは別に交付するものとされている説明書面の交付があったとした原審の認定は,経験則又は採証法則に反するものといわざるを得ない。
5 以上によれば,原審の判断には,判決に影響を及ぼすことが明らかな違法がある。論旨はこの趣旨をいうものとして理由があり,その余の点について判断するまでもなく,原判決は破棄を免れない。そこで,更に審理を尽くさせるため,本件を原審に差し戻すこととする。
よって,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。
最高裁平成24年9月13日判決
主文
原判決を破棄し,第1審判決を取り消す。
被上告人の請求を棄却する。
訴訟の総費用は被上告人の負担とする。
理由
上告人の上告受理申立て理由について
1 本件は,第1審判決別紙物件目録記載の建物(以下「本件建物」という。)を上告人に賃貸した被上告人が,本件建物の賃貸借(以下「本件賃貸借」という。)は借地借家法(以下「法」という。)38条1項所定の定期建物賃貸借であり,期間の満了により終了したなどと主張して,上告人に対し,本件建物の明渡し及び賃料相当損害金の支払を求める事案である。上告人は,同条2項所定の書面を交付しての説明がないから,本件賃貸借は定期建物賃貸借に当たらないと主張している。
2 原審の適法に確定した事実関係の概要は,次のとおりである。
(1) 被上告人は,不動産賃貸等を業とする会社である。
上告人は,貸室の経営等を業とする会社であり,本件建物において外国人向けの短期滞在型宿泊施設を営んでいる。
(2) 被上告人は,平成15年7月18日,上告人との間で,「定期建物賃貸借契約書」と題する書面(以下「本件契約書」という。)を取り交わし,期間を同日から平成20年7月17日まで,賃料を月額90万円として,本件建物につき賃貸借契約を締結した。本件契約書には,本件賃貸借は契約の更新がなく,期間の満了により終了する旨の条項(以下「本件定期借家条項」という。)がある。
(3) 被上告人は,本件賃貸借の締結に先立つ平成15年7月上旬頃,上告人に対し,本件賃貸借の期間を5年とし,本件定期借家条項と同内容の記載をした本件契約書の原案を送付し,上告人は,同原案を検討した。
(4) 被上告人は,平成19年7月24日,上告人に対し,本件賃貸借は期間の満了により終了する旨の通知をした。
3 原審は,上記事実関係の下で,次のとおり判断して,本件賃貸借は定期建物賃貸借であり,期間の満了により終了したとして,被上告人の請求を認容すべきものとした。
上告人代表者は,本件契約書には本件賃貸借が定期建物賃貸借であり契約の更新がない旨明記されていることを認識していた上,事前に被上告人から本件契約書の原案を送付され,その内容を検討していたこと等に照らすと,更に別個の書面が交付されたとしても本件賃貸借が定期建物賃貸借であることについての上告人の基本的な認識に差が生ずるとはいえないから,本件契約書とは別個独立の書面を交付する必要性は極めて低く,本件定期借家条項を無効とすることは相当でない。
4 しかしながら,原審の上記判断は是認することができない。その理由は,次のとおりである。
期間の定めがある建物の賃貸借につき契約の更新がないこととする旨の定めは,公正証書による等書面によって契約をする場合に限りすることができ(法38条1項),そのような賃貸借をしようとするときは,賃貸人は,あらかじめ,賃借人に対し,当該賃貸借は契約の更新がなく,期間の満了により当該建物の賃貸借は終了することについて,その旨を記載した書面を交付して説明しなければならず(同条2項),賃貸人が当該説明をしなかったときは,契約の更新がないこととする旨の定めは無効となる(同条3項)。
法38条1項の規定に加えて同条2項の規定が置かれた趣旨は,定期建物賃貸借に係る契約の締結に先立って,賃借人になろうとする者に対し,定期建物賃貸借は契約の更新がなく期間の満了により終了することを理解させ,当該契約を締結するか否かの意思決定のために十分な情報を提供することのみならず,説明においても更に書面の交付を要求することで契約の更新の有無に関する紛争の発生を未然に防止することにあるものと解される。
以上のような法38条の規定の構造及び趣旨に照らすと,同条2項は,定期建物賃貸借に係る契約の締結に先立って,賃貸人において,契約書とは別個に,定期建物賃貸借は契約の更新がなく,期間の満了により終了することについて記載した書面を交付した上,その旨を説明すべきものとしたことが明らかである。そして,紛争の発生を未然に防止しようとする同項の趣旨を考慮すると,上記書面の交付を要するか否かについては,当該契約の締結に至る経緯,当該契約の内容についての賃借人の認識の有無及び程度等といった個別具体的事情を考慮することなく,形式的,画一的に取り扱うのが相当である。
したがって,法38条2項所定の書面は,賃借人が,当該契約に係る賃貸借は契約の更新がなく,期間の満了により終了すると認識しているか否かにかかわらず,契約書とは別個独立の書面であることを要するというべきである。
これを本件についてみると,前記事実関係によれば,本件契約書の原案が本件契約書とは別個独立の書面であるということはできず,他に被上告人が上告人に書面を交付して説明したことはうかがわれない。なお,上告人による本件定期借家条項の無効の主張が信義則に反するとまで評価し得るような事情があるともうかがわれない。
そうすると,本件定期借家条項は無効というべきであるから,本件賃貸借は,定期建物賃貸借に当たらず,約定期間の経過後,期間の定めがない賃貸借として更新されたこととなる(法26条1項)。
5 以上と異なる原審の判断には,判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。論旨は以上と同旨をいうものとして理由があり,原判決は破棄を免れない。そして,以上説示したところによれば,被上告人の請求は理由がないから,第1審判決を取り消し,上記請求を棄却することとする。
よって,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。