新銀座法律事務所 法律相談事例集データベース
No.1436、2013/04/30 00:00 https://www.shinginza.com/qa-fudousan.htm
【民事・短期賃貸借保護制度の廃止と経過措置・明渡猶予制度】
質問:分譲賃貸マンションに住んでいます。都心の一等地で気に入っており,10年くらい前から3年更新を繰り返しています。ところが,先月,そのマンションに元々設定されていた抵当権が実行されて競売手続が始まってしまいました。私自身は家賃や更新料の支払を怠ったことは一度もなく,今年更新したばかりでもあり,このまま住み続けられたらと思っています。以前は,短期賃貸借ということで保護されていたのが,法改正で廃止になったと聞きます。だとすると,もう難しいのでしょうか。
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回答:
1.短期賃貸借保護制度廃止に伴う経過措置の適用がある事案と思われます。
2.抵当権の設定登記がされた後にあなたが建物の借主となって引渡しを受けた場合でも,当初の賃貸借契約の締結が平成16年3月31日までになされた賃借期間3年を超えないものであって,その契約の更新によって現在に至っているときは,抵当権に基づく競売により建物の所有者が変更したとしても,差押前の直近の更新契約に定める期間までは,競落人(新所有者)の意向にかかわらず,そのまま入居し続けることができます。
3.もっとも,現在の賃借権を対抗することはできても,期間満了後に法定更新をすることはできないと解されます。期間満了後に退去して明け渡すか,新たに賃貸借契約が結べるように交渉するかの検討が必要です。
4.事務所事例集173番参照。
≪解説≫
【売買は賃貸借を破る】
所有権をはじめとする物権が第三者に対しても主張することができるのに対し,賃貸借契約に基づく賃借権は,物権ではなく債権であるために,その存在・内容は契約当事者間でしか主張できず,新所有者に対しては主張できないのが原則的な考え方です。これを表すローマ法以来の法格言として,「売買は賃貸借を破る」というものがあります。
【不動産賃借権の対抗要件としての登記とその実情】
これに対し,不動産賃借権が物権に類似した機能を有すること,そうした不動産賃借権を一定程度保護することに社会経済上の効用があること,不動産については不動産登記制度があって,その公示機能により取引の静的安全が確保しうることなどから,民法605条により,不動産賃借権も登記を備えればその後の物権取得者にも主張ができることとされています。
賃借権は債権なのにどうしてと思うかもしれません。物権の特色は直接支配性(民法197条以下)と,排他性(民法177条以下)にあります。しかしこの特性を認める根拠は,目的物の利用を完全にして絶対的権利を認め私有財産制 (所有権の絶対性)を全うするところに意味があります。このように強い権利ですから法律で定めたものしか認められません(民法175条 物権法定主義)。しかし,賃借権は,本来目的物を利用することが目的であり,支配する権利ではないので当事者の契約のみで成立を認めましたが,不動産を対象とする場合には,権利保護の必要性から排他性を認める要請が物権と同様に生じました。そこで,債権の例外として登記を条件に排他性を認めています。しかし,実際上は,不動産賃借権の登記がされる例はほとんどなく,民法605条は,事実上,機能していません。その背景には,判例上,賃借権の登記については,賃貸借契約で登記義務を定めない限り賃借人から賃貸人に対して登記手続を請求できないと解されていることが挙げられます。契約交渉上,一般に有利な立場にあると思われる賃貸人がわざわざ登記義務を盛り込む賃貸借契約を締結しようとは思わないでしょうから,上記のような判例の考え方の下では,不動産賃借権の登記がなされなくなるのも当然の因果の流れといえます。
【賃借建物の引渡しによる対抗要件具備】
だからといって,不動産賃借権に一定の対抗力を認め,これを保護すべき社会経済上の要請が消滅するわけではありません。そこで,このような状況を受けて,旧建物保護法,旧借家法という特別法によって,建物賃借権について登記によらない対抗要件が設けられ,それが今日の借地借家法31条に引き継がれています。
すなわち,借地借家法31条は,「建物の賃貸借は,その登記がなくても,建物の引渡しがあったときは,その後その建物について物権を取得した者に対し,その効力を生ずる。」と規定して,賃借権の登記がなくても引渡しを受けていれば,引渡後の物権取得者に対しても賃借権を主張できるとしています。賃貸借が売買によっても破られない場面であるといえます。
【短期賃貸借保護制度の趣旨・概要】
短期賃貸借の保護制度とは,平成15年改正民法が施行される前日に当たる平成16年3月31日まで民法395条に規定されていた制度で,対抗要件の先後関係で抵当権に後れてしまう建物賃貸借であっても,3年を超えない契約期間の賃貸借契約に限り,競落人に対しても賃借権を対抗できることとしたものです。
本来,対抗力を備えない賃借権は,当事者以外の第三者に主張することができないのが原則であることは述べたとおりですが,その例外を定めたものといえます。
短期賃貸借保護制度が民法に定められていた趣旨は,不動産に対する抵当権者の価値把握権と抵当権設定者の利用権との調整を図ったところにあります。
すなわち,対抗要件の原則を貫くと,抵当権が設定された不動産を借りようとする人が現れず,不動産の所有者が当該物件を賃貸に利用する機会が大きく損なわれてしまうでしょう。
他方で,例外を設けるにしても,賃借人が無期限に対抗できるというふうにしてしまうのはいきすぎです。賃借人が物件に長期に居座って出て行かないとすると,そうでないときに比べて不動産の金銭的価値は大きく下落するのが通常です。そうすると,担保のために抵当権を取得したのに,担保割れに陥る危険が高くなります。これは,ひいては不動産を担保にお金を借りようとする側にとっても不利益です。
そこで,両方の利害を調整する妥協点として設けられていた制度が,民法602条に定める期間を超えない限度のものについてのみ,対抗関係で劣後しても保護するという,従来の短期賃貸借保護の制度でした。
この制度が適用されるとすれば,あなたの賃借権は,競落人に対しても主張することができます。すなわち,競落人が現在の賃貸借契約における賃貸人の地位を引き継ぐことになります。なお,その場合でも期間満了後は法定更新は認められないとされ,通常の賃貸借契約の効力が認められないことは最後に説明します。
【平成15年民法改正による短期賃貸借保護制度の廃止】
ところが,この短期賃貸借保護制度は,平成15年の民法改正で廃止されました。立法趣旨の企図したところを超えて,抵当権の実行妨害として濫用されることが多く,バブル経済崩壊後の不良債権処理の足枷として批判を浴びました。また,反社会的勢力が「占有屋」となって,退去の見返りとして金銭等を強請るなどの問題も生じるということも多々見られるようになりました。
こうしたことから廃止となったものの,不動産の価値権と利用権の調整が必要であることは変わりがないので,この点は,明渡猶予制度を代わりに設けることで手当をしました。明渡猶予制度 (民法395条)により
建物賃借人については買受人が代金を納付したときから6か月間建物の明け渡しが猶予される,という規定をおきました(民法395条1項)。建物賃借人はこの6か月の間に別の建物を見つけて引っ越すことになります。このほかにも抵当権を持っている人全員の同意により賃借人の地位を優先させる制度があります(民法387条)。
【短期賃貸借保護制度の廃止に関する経過措置】
短期賃貸借保護制度を廃止する法改正がされ,平成16年4月1日から施行されていますが,この改正には経過措置が存在します。
「この法律の施行の際現に存する抵当不動産の賃貸借(この法律の施行後に更新されたものを含む。)のうち民法第602条に定める期間を超えないものであって当該抵当不動産の抵当権の登記後に対抗要件を備えたものに対する抵当権の効力については,なお従前の例による。」とするものです。
つまり,当初の賃貸借契約が平成16年3月31日以前に締結されたものであって,それが更新されて現在に至っているという場合であれば,改正前の民法,すなわち短期賃貸借保護制度が適用されることになるということです。
【本件へのあてはめ】
あなたの賃貸借契約は,平成16年3月31日以前に締結されたもので,それが合意更新を繰り返して現在に至っているものです。そして,契約期間は3年で,民法602条に定める範囲ぎりぎりに収まっていますので,これを超えない短期賃貸借として,改正前の旧395条の適用があることになります。
よって,今年,差押えがされる前に更新した契約の存在・内容を競売手続を経て買い受ける新所有者にも対抗することができます。
【期間満了後の対応――最判昭和38年8月27日を踏まえて】
もっとも,今回の契約期間満了後,新所有者に対して法定更新を主張することはできないものと解されます。
というのも,最高裁判例に,「民法395条の短期賃貸借においても,一般的には,借地法借家法の適用を妨げるものではないが,抵当権実行による差押の効力が生じた後に右賃貸借の期間が満了したような場合には,借地法6条,借家法2条の適用はなく,右賃貸借の更新を抵当権者に対抗できないと解するのが相当である。けだし,抵当権設定登記後に設定登記された賃貸借は,民法602条の期間をこえないものにかぎり,例外として抵当権者に対抗しうることとし,かくして,抵当権の設定せられた不動産の利用と抵当権者の利益とを調整しようとする同法395条の趣旨にてらし,賃借権保護の限界として,右のように制限して適用すべきものと解するのが相当である。」と判示するもの(昭和38年8月27日判決)があるためです。
この判例が指摘する旧借家法2条を引き継いだ借地借家法26条1項についても同様に適用が排除されるとみるべきでしょう。
今回の契約期間を最後に退去して明け渡すか,期間満了後も新たに賃貸借契約が結べるように交渉するか,今から検討しておくことをお勧めします。
≪参照法令≫
【民法】
(不動産に関する物権の変動の対抗要件)
第百七十七条 不動産に関する物権の得喪及び変更は,不動産登記法
(平成十六年法律第百二十三号)その他の登記に関する法律の定めるところに従いその登記をしなければ,第三者に対抗することができない。
(短期賃貸借)
第六百二条 処分につき行為能力の制限を受けた者又は処分の権限を有しない者が賃貸借をする場合には,次の各号に掲げる賃貸借は,それぞれ当該各号に定める期間を超えることができない。
一 樹木の栽植又は伐採を目的とする山林の賃貸借 十年
二 前号に掲げる賃貸借以外の土地の賃貸借 五年
三 建物の賃貸借 三年
四 動産の賃貸借 六箇月
(不動産賃貸借の対抗力)
第六百五条 不動産の賃貸借は,これを登記したときは,その後その不動産について物権を取得した者に対しても,その効力を生ずる。
(抵当建物使用者の引渡しの猶予)
第三百九十五条 抵当権者に対抗することができない賃貸借により抵当権の目的である建物の使用又は収益をする者であって次に掲げるもの(次項において「抵当建物使用者」という。)は,その建物の競売における買受人の買受けの時から六箇月を経過するまでは,その建物を買受人に引き渡すことを要しない。
一 競売手続の開始前から使用又は収益をする者
二 強制管理又は担保不動産収益執行の管理人が競売手続の開始後にした賃貸借により使用又は収益をする者
2 前項の規定は,買受人の買受けの時より後に同項の建物の使用をしたことの対価について,買受人が抵当建物使用者に対し相当の期間を定めてその一箇月分以上の支払の催告をし,その相当の期間内に履行がない場合には,適用しない。
【平成15年改正民法附則】
(短期賃貸借に関する経過措置)
第五条 この法律の施行の際現に存する抵当不動産の賃貸借(この法律の施行後に更新されたものを含む。)のうち民法第六百二条に定める期間を超えないものであって当該抵当不動産の抵当権の登記後に対抗要件を備えたものに対する抵当権の効力については,なお従前の例による。
【平成15年改正前の民法】
第三百九十五条 第六百二条ニ定メタル期間ヲ超エサル賃貸借ハ抵当権ノ登記後ニ登記シタルモノト雖モ之ヲ以テ抵当権者ニ対抗スルコトヲ得但其賃貸借カ抵当権者ニ損害ヲ及ホストキハ裁判所ハ抵当権者ノ請求ニ因リ其解除ヲ命スルコトヲ得
【借地借家法】
(建物賃貸借契約の更新等)
第二十六条 建物の賃貸借について期間の定めがある場合において,当事者が期間の満了の一年前から六月前までの間に相手方に対して更新をしない旨の通知又は条件を変更しなければ更新をしない旨の通知をしなかったときは,従前の契約と同一の条件で契約を更新したものとみなす。ただし,その期間は,定めがないものとする。
2 前項の通知をした場合であっても,建物の賃貸借の期間が満了した後建物の賃借人が使用を継続する場合において,建物の賃貸人が遅滞なく異議を述べなかったときも,同項と同様とする。
3 建物の転貸借がされている場合においては,建物の転借人がする建物の使用の継続を建物の賃借人がする建物の使用の継続とみなして,建物の賃借人と賃貸人との間について前項の規定を適用する。
(解約による建物賃貸借の終了)
第二十七条 建物の賃貸人が賃貸借の解約の申入れをした場合においては,建物の賃貸借は,解約の申入れの日から六月を経過することによって終了する。
2 前条第二項及び第三項の規定は,建物の賃貸借が解約の申入れによって終了した場合に準用する。
(建物賃貸借の対抗力等)
第三十一条 建物の賃貸借は,その登記がなくても,建物の引渡しがあったときは,その後その建物について物権を取得した者に対し,その効力を生ずる。
2 民法第五百六十六条第一項 及び第三項
の規定は,前項の規定により効力を有する賃貸借の目的である建物が売買の目的物である場合に準用する。
3 民法第五百三十三条 の規定は,前項の場合に準用する。
【旧・借家法】
第2条 当事者カ賃貸借ノ期間ヲ定メタル場合ニ於テ当事者カ期間満了前6月乃至1年内ニ相手方ニ対シ更新拒絶ノ通知又ハ条件ヲ変更スルニ非サレハ更新セサル旨ノ通知ヲ為ササルトキハ期間満了ノ際前賃貸借ト同一ノ条件ヲ以テ更ニ賃貸借ヲ為シタルモノト看做ス2 前項ノ通知ヲ為シタル場合ト雖モ期間満了ノ後賃借人カ建物ノ使用又ハ収益ヲ継続スル場合ニ於テ賃貸人カ遅滞ナク異議ヲ述ヘサリシトキ亦前項ニ同シ