DV保護法・配偶者暴力に関する保護命令申立てへの対応

家事|離婚|DV防止法|保護命令|福岡高裁平成19年5月9日決定|東京高裁平成14年3月29日決定

目次

  1. 質問
  2. 回答
  3. 解説
  4. 関連事例集
  5. 参考判例・条文

質問:

現在,別居している妻の名前で,裁判所から「保護命令申立書」という題名の書類が郵送されてきました。申立書には,「申立の趣旨」として,妻に対して6か月間近付いてはならないこと,現在は離れて妻と一緒に暮らしている子どもにも6か月間近付いてはならないこと等が記載されており,「申立の要因」として,私が妻に暴力を振るったことが記載してあります。別居までは,妻との間には喧嘩が絶えない状態でしたが,直接手を上げたこともありませんし,昨年別居を始めてからは特に連絡も取っておりませんでした。現在妻とは離婚調停中です。今後,どのように対応していけば良いのでしょうか。

回答:

1.いわゆるDV保護法に基づいて妻が,保護命令の申し立てをしたため,地方裁判所から,保護命令申立書が郵送されてきたものと考えられ得ます。裁判所に出頭する期日も指定されているはずですから,期日前に答弁書を提出し,期日に,裁判所に出頭して答弁書に記載した事実を証明する資料を用意する必要があります。

2.現在,別居しており,離婚調停中であるからといって,申立てを放置してはいけません。一度保護命令が出されてしまうと,お子様にも6か月間会えなくなってしまいますし,離婚調停において,あなたが「奥様に対して暴力を振るっていたこと」が前提となってしまい,親権や慰謝料等の話し合いで非常に不利な立場に置かれてしまうおそれがあります。調停に続く離婚訴訟でも同様です。特に暴力を振るった事実が無いのであれば,裁判官に対して,保護命令が出るために必要である要件を充たしていないことをきちんと説明して,保護命令申立てを却下してもらう必要があります。

3.具体的には,事前に書面を提出した上で,裁判官の面前で行われる「審尋」という手続きにおいて,結婚生活で夫婦喧嘩を超える程度の暴力を振るったことがないことを示して,申立人である奥様があなたの暴力により「生命又は身体に重大な危害を受けるおそれが大きい」状態にはないことを主張することになります。その際,資料となるものがあれば写しを用意して裁判所に提出する必要があります。

4.なお,保護命令が出てしまった場合は,納得できなければ即時抗告という手続きがあり,再度裁判所の判断を求めることができます(DV法16条,民訴332条,1週間の不変期間。)。但し,即時抗告をしてもそれが認められ保護命令の申し立てが却下されるまでは,既に裁判所から出された保護命令は有効ですからそれに従う必要があります(なお,緊急の場合は「保護命令の執行停止」という仮の処分も認められています)。保護命令に反すると,「一年以下の懲役又は百万円以下の罰金」という刑罰が規定されていますから,違反をしないよう注意する必要があります(同法 第29条)。

5.DV保護法の関連事例集769番186番127番参照。その他、DV保護法に関する関連事例集参照。

解説:

1 (いわゆるDV保護法による保護命令制度について)

(1)今回,奥様が申立てられた保護命令申立とは,正式には「配偶者暴力に関する保護命令申立て」(以下,「保護命令」といいます。)といい,「配偶者からの暴力の防止及び被害者の保護に関する法律」(いわゆるDV法,以下「DV法」といいます。)にその根拠となる規定があります。

(2)DV法の趣旨は,これまで家庭内であることから外部からの発見・介入が困難であった配偶者からの暴力(特に,男性から女性への暴力)が,犯罪行為を含む重大な人権侵害であり,個人の尊厳を害し,男女平等の実現の妨げになっていることを確認し,これを防止し,被害者を保護することです(憲法14条,24条)。DV法は,刑事罰を含むもので刑事手続きの厳格性,謙抑性(憲法31条)からその要件の解釈は相手方の法的利益を考慮した公正なものでなければいけません。

DV法の中でも特に直接的に配偶者からの暴力を防止する役割を担っているのが,保護命令の制度です。

保護命令制度は,配偶者からの暴力により,生命又は身体に危害が加えられることを防止するために,裁判所が,申立によって,暴力を振るった配偶者に対して,一定期間(最大6か月間),被害者や被害者の子どもへの付きまとい等の禁止,被害者と共に生活の根拠としている住居からの退去等を命じる制度(DV防止法10条2項)で,この命令に反した場合には,1年以下の懲役または100万円以下の罰金という厳しい刑罰が科されることになっています(DV法第29条)。

そのため,DV法にもとづく保護命令の制度は,配偶者からの暴力にさらされている切迫した状態にある方にとって,非常に有用な制度であるといえます。配偶者からのDVを真剣にお悩みの方は,早急に保護命令の申立てをすることが必要です。なお,現在DVを受けておられる方で,保護命令申立てを検討される方は,当事務所のホームページ事例集186番,769番を参考にしてください。

(3)しかし,近年,離婚調停等において,親権や慰謝料,財産分与の場面で相手より有利な立場に立つ目的で,この保護命令制度が悪用されるケースが出てきています。

申立てが認められ,保護命令が出てしまえば,配偶者に対するDV(暴力)の事実を裁判所が認めたものとして取り扱われてしまいます。

あなたが,離婚自体を争っておられるかは伺ったご事情からは分かりませんが,離婚を望んでいない場合には,DV(暴力)の事実が認められてしまいますと,それ自体が離婚事由(離婚が認められてしまうために必要な事情)となってしまいますし,離婚自体には同意されている場合にも,あなたが現在おこなっている離婚調停や,その後離婚調停が不成立に終わった場合の離婚訴訟において,慰謝料や財産分与の金額の面であなたに非常に不利となってしまうことも考えられます。

また,あなたが親権について争っている場合にも,保護命令申立てが認められることで,実質的には「暴力を振るう夫」という事実が前提となってしまう以上,子どもの親権者としてふさわしくないという判断がなされる可能性が生じるという点で,保護命令が出ていることは不利な事情となってしまいます。なにより,保護命令が出てしまえば,一定期間(通常6か月間),自分の子どもと連絡を取ることすらできなくなってしまいます。

(4)このように,離婚にむけて話し合いがなされている状態であるか否かを問わず,身に覚えのない保護命令申立てがなされた場合には,速やかに適切な対応をして,保護命令を回避することが必要です。

2 (保護命令が認められる要件について)

では,保護命令の申し立てがなされた場合どのような要件で保護命令が出されてしまうのでしょうか。DV法第10条1項には,保護命令の要件について規定されています。

そこには,「配偶者からの身体に対する暴力を受けた者」が「配偶者からの更なる身体に対する暴力(略)によりその生命又は身体に重大な危害を受けるおそれが大きいとき」に,裁判所は保護命令を出すことができると規定されています。

すなわち,保護命令が認められるためには,あなたが①過去に配偶者に対して暴力を振るったことがあること,②更なる身体に対する暴力を配偶者に対して振う可能性があること,③その暴力によって配偶者の生命又は身体に重大な危害が生じるおそれがあること,が必要です。

ここで,②「身体に対する暴力」とは,身体に対する不法な攻撃であって生命又は身体に危害を及ぼすもので,具体的には刑法上の暴行罪,傷害罪に当たるような行為を指します。

また,③「重大な危害が生じるおそれ」とは,被害者に対し,殺人,傷害等の被害が及ぶおそれがある状況をいいます。

②と③をまとめると,身体に対する不法な攻撃により,配偶者に殺人,傷害等の被害が及ぶおそれがある状況がある場合,となります。

したがって,保護命令を争うあなたは,①過去に配偶者に対して暴力を振るったことがないこと,②③現在,配偶者はあなたからの身体に対する不法な攻撃により,殺人,傷害等の被害が及ぶおそれがある状況にないこと,を主張することになります。

このように,厳格な要件が課されているのは,この保護命令手続が,上記のように,将来的に他の者を害する恐れがある者に対して,刑罰を伴う非常に強い制約によってその自由を制限する特別の手続きであるからです。一方で,この手続きが本来対象としているのは上記のとおり現在配偶者からの暴力にさらされている方ですから,厳格な要件が定められていても,何も対応しなければかなりの割合で保護命令が出されてしまいます。

3 (具体的な対応について)

それでは,身に覚えがないのに,保護命令申立てをされてしまった場合の具体的な対応について,保護命令が出るまでの流れに沿ってご説明します。

(1)まず,保護命令の申立てがなされると,保護命令申立書という書面が裁判所からあなたのもとに届きます。そこには,上記2の要件を充たすように,結婚してから現在に至るまでの暴力の事実や,今後「重大な危害が生じるおそれ」があると認められるような状況の存在が,申立人の主張として記載されているはずです。

これに対して,あなたとしては,「答弁書」と題する書面等で,まず,申立書に記載してある事実を認めるのか,それとも否定するのか明らかにする必要があります。また,あなたから配偶者のこれまでの生活が,保護命令の要件を充たしていないことを主張することになります。すなわち,それらの暴力の事実がなかったこと,当然今後あなたの暴力により「重大な危害が生じるおそれ」がないことを説得的に主張していくことになります。

具体的には,保護命令申立書記載の暴力の事実がなかったこと,一般の家庭の夫婦喧嘩の域を超えるような喧嘩はなく,あなたが配偶者に対して今後暴力行為に及ぶような状況にないこと等を,相手の主張に合わせて具体的に順序立てて反論していくことが重要です。

なお,保護命令申立てが却下された裁判例(下記)では,相手が主張する暴力を裏付ける客観的証拠(診断書等)の不存在や不整合,相手の主張と矛盾するような証言(陳述書という書面にまとめます)等が判断において重要な事実(主張のポイント)となっています。

また,あなたの場合は,一切暴力を振るったことがないため直接は無関係ですが,仮に暴力を振るってしまったことがある場合でも,暴力を振るった時期がかなり昔であり,現在に至るまで継続的に暴力を振るっていたわけではないこと,暴力の程度が夫婦喧嘩の範囲内として評価できる程度であり,生命や身体に重大な危害が生じるおそれはないこと等を主張することで,保護命令を争うことができます。

(2)答弁書提出に続く手続きとして,口頭弁論又は審尋があります。これは,裁判官(通常は一人)の前で,口頭で主張をすることになります。裁判官からの質問もありますが,上記要件に沿ったものが考えられますので,暴力の事実の有無,暴力のあった際の状況,経緯及び暴力の程度が中心的な質問です。

したがって,基本的には,上記答弁書等の事前に提出している書面の内容を基礎として主張することになります。なお,この場では,あなた自身のほかに,代理人として弁護士を立ち会わせることができます。

(3)保護命令は,上記のとおり通常は配偶者からの暴力による重大な危害に今現在さらされている方を対象とすることから,緊急性があり迅速な裁判が強く要求され,一回の審尋で結論を出すことが原則です。したがって,保護命令申立てから結論が出るまでの期間は通常の訴訟に比べて極めて短く,迅速な対応が必要です。

(4)保護命令の申立書に著しい虚偽の記載がある場合,事案によっては,虚偽記載について主張立証した上で,DV法30条の過料処分に処すべきであるという主張をすると良いでしょう。DV法30条の条文は次の通りです。「第十二条第一項の規定により記載すべき事項について虚偽の記載のある申立書により保護命令の申立てをした者は,十万円以下の過料に処する。」

4 (保護命令が出てしまった場合の対応)

なお,保護命令が実際に出てしまった場合には,即時抗告という不服申立てが可能です。保護命令に対してその相手方が即時抗告をした事例で,上記に記載した主張のポイントを挙げて保護命令の申立てを却下した裁判例を2例挙げますので,参考にしてください。

即時抗告においては,申立人の提出した証拠資料により,暴力を振るって相手方の生命又は身体に重大な危害を与える危険性が高いことが証明されていないことを主張することになります(法律上は「疎明」といって,権利義務や事実関係を確定させる訴訟手続きにおける「証明」より程度が軽減され,事実関係が一応認められると裁判官が判断できれば十分とされています。)。

具体的には,当然にあってしかるべき客観的な資料がないこと(例えば重傷を負ったと主張しているのに医師の診断書がない)や,申立書と資料との食い違い等を主張し,申立人の主張する要件に反する客観的な資料があればそれを提出することになります。

以上

関連事例集

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※参照判例・条文

1 東京高裁平成14年3月29日決定(抜粋)

「第2 当裁判所の判断

1 本件疎明資料及び審尋の全趣旨によると,次の事実が一応認められる。

(1) 相手方(昭和36年2月13日生)は,フィリピン国出身の女性であるが,日本のクラブでホステスとして稼働していた際,客として来店していた抗告人(昭和27年5月20日生)と知り合い,平成3年3月28日に婚姻をした。抗告人と相手方との間には,長女花子(平成2年12月25日生)がいる。

(2) 抗告人は,結婚後,相手方及び長女とともに,数年間フィリピン国及びアメリカ合衆国に滞在していたが,そのころ,抗告人は,フィリピン国において,相手方に暴行を振るって傷害を負わせたことがあった。

(3) 抗告人等は,平成8年ころ,日本に戻り,抗告人は,タクシー運転手として稼働するようになり,また,相手方は,クラブのホステスとして稼働するようになったが,その後,荒川区教育委員会の委嘱を受けて英語講師として稼働するようになった。なお,相手方は,平成11年1月19日,日本に帰化をした。

(4) 抗告人と相手方とは,平成13年1月13日夜,自宅において抗告人の給与額等をめぐって口論となり,抗告人が相手方の身体を蹴ったりするなどの暴力を振るった。相手方は,翌14日,東京女子医科大学附属第2病院で受診し,外傷性頚部症候群及び全身打撲と診断され,左側胸部痛があるとして,上記病院には,同年1月中に数回通院した。その後も,相手方は,抗告人及び長女と同居をしていた。

(5) 抗告人と相手方とは,平成14年1月2日夜,自宅において相手方の行動及び抗告人の給与額等をめぐって口論となり,抗告人が相手方の手をつかんで相手方を戸外に引っ張り出した。その後,相手方は,翌3日,荒川警察署に相談に行き,抗告人から「殴られ,蹴る」という暴力を振るわれたと述べたが,けがの症状は特になかった。また,抗告人は,同年2月18日まで病院に受診に行くことはなかった。

(6) 相手方は,平成14年1月2日から抗告人及び長女と別居している。抗告人は,別居後,相手方の居場所を探すなどの行動はとっていない。

(7) 相手方は,平成14年 1月23日,抗告人に対し,東京家庭裁判所に離婚(夫婦関係調整)調停事件の申立てをした。

2 相手方は,平成14年1月2日の件につき,配偶者暴力に関する保護命令申立書(以下「申立書」という。)において,抗告人が「激しく殴打し」,平成13年1月13日と同様の暴行を加えたと主張する。そして,荒川警察署長から提出された「配偶者からの暴力相談等対応票」と題する書面によると,前記のとおり,相手方が,平成14年1月3日に荒川警察署で相談した際にも,「殴られ,蹴る」との暴力を振るわれたと述べた。しかし,前記のとおり,上記書面には,けがの症状につき「特になし」と記載されており,相手方は,平成14年1月2日の件では,病院で受診しておらず,診断書を提出していない。また,相手方は,当審の審尋において,平成14年1月2日の件につき,抗告人と口論となり,抗告人から「家から出なさい。」と言われたのに,相手方が出なかったので,抗告人から手提げ鞄とジャンバーをぶつけられ,鞄は相手方の右肩に,ジャンバーは相手方の顔に当たり,また,手を捻られて家から引っ張り出されたが,抵抗をしなかったので,けがをせず,病院に行っていないと陳述した。さらに,抗告人は,原審の審尋において,平成14年1月2日の件につき,相手方に暴力行為をしたことはなく,口論になり,「出ていけ。」と言って,相手方の手足を引っ張って外に出しただけであると陳述し,また,当審の審尋においては,相手方に暴力を振るったことはなく,相手方の手足を引っ張って外に出したこともないと陳述した。そして,11歳の長女は,平成14年1月2日の件につき,抗告人が相手方に暴力を振るったことを否定する書面を作成し,提出している。

以上によると,平成14年1月2日の件につき,抗告人による暴力の態様に関する相手方の陳述に変遷がある上,これを裏付ける客観的な疎明資料がないので,暴力に関する相手方の上記陳述は,直ちに信用することができず,相手方が申立書で主張する抗告人の暴力の事実について,他に疎明があるとするに足りる資料はない。したがって,平成14年1月2日の件については,前記1で認定したとおり,抗告人が相手方の手をつかんで相手方を戸外に引っ張り出した限度で疎明があるというべきである。

3 ところで,保護命令は,「被害者が更なる配偶者からの暴力によりその生命又は身体に重大な危害を受けるおそれが大きいとき」(配偶者からの暴力の防止及び被害者の保護に関する法律10条)に発令されることになるが,この保護命令に違反した場合には,「1年以下の懲役又は100万円以下の罰金」(同法29条)に処せられることに照らすと,上記発令要件については,単に将来暴力を振るうおそれがあるというだけでは足りず,従前配偶者が暴力を振るった頻度,暴力の態様及び被害者に与えた傷害の程度等の諸事情から判断して,配偶者が被害者に対して更に暴力を振るって生命又は身体に重大な危害を与える危険性が高い場合をいうと解するのが相当である。

これを本件についてみると,前記1の認定事実によると,抗告人は,平成8年以前にフィリピン国滞在中に相手方に暴力を振るって傷害を負わせ,また,平成13年1月13日に抗告人が相手方の身体を蹴ったりするなどの暴力を振るって抗告人に外傷性頚部症候群及び全身打撲の傷害を負わせているが,平成14年1月2日には,抗告人が相手方の手をつかんで相手方を戸外に引っ張り出したことを超えて,抗告人が相手方に傷害を負わせたということはできず,その後に,相手方に暴力を振るったという事実もない。

したがって,以上の事情によれば,抗告人が相手方に対して更に暴力を振るって相手方の生命又は身体に重大な危害を与える危険性が高いということはできないというべきである。

4 よって,相手方の本件保護命令の申立ては,その発令要件についての疎明がないから,理由がなく,これを却下すべきであるところ,これを認容した原決定は不当であるから,これを取り消し,保護命令申立費用及び抗告費用は,相手方に負担させることとし,主文のとおり決定する。」

2 福岡高裁平成19年5月9日決定(抜粋)

「 2 当裁判所の判断

(1) 一件記録によれば,以下の事実が認められる。

ア 抗告人(昭和43年○月○日生)と相手方(昭和46年○月○日生)は,平成11年ころ婚姻し,長女・A(平成12年○月○日生)をもうけたが,平成15年7月にいったん離婚し,平成16年8月25日に再婚した夫婦である。なお,抗告人は,相手方と前夫との間の子・B(平成8年○月○日生)と養子縁組をしている(以下,上記二人の子をまとめて「子ら」という。)。

イ 平成18年8月8日,前件命令が発令され,抗告人の即時抗告が棄却されて,前件命令が確定した。

ウ 相手方は,かねて,抗告人との離婚を求めて家事調停を申し立てていたが,平成18年10月11日に不調に終わったところ,抗告人が同年11月初旬に離婚等を求めて訴えを提起した(以下「離婚訴訟」という。)。離婚訴訟は,子らの親権者指定が主要な争点であり,現在も一審に係属中である。

なお,抗告人は,当初,離婚訴訟の訴状に,相手方の住所として住民票記載の住所地を記載していたが,書記官から実際の居所を記載するように促されたことから,相手方の住所をかねて知っていた本決定の肩書住所地に訂正した。

エ 抗告人は,前件命令の発令後現在に至るまで,相手方や子らと面会していないし,これを試みたこともない。

ところが,抗告人は,平成18年12月,相手方の友人を訪ねたり,同人に電話連絡をしようとしたりした。これを受けて,相手方は,平成19年1月29日,上記イと同一の暴力事実を理由として,再度の保護命令の発令を申し立てた(本件申立て)。

(2) 上記(1)エ前段のとおり,抗告人は,前件命令後,現在まで,相手方や子らと面会していないし,これを試みたこともないというのであるから,相手方に対する更なる暴力や子らの連れ戻しも存在しないことは明らかである。

もっとも,これは前件命令が発せられた以上当然の成り行きであって,抗告人が上記のとおり自重しているからといって,直ちに,再度の保護命令の申立てが要件を欠くとか必要性がないものであると断ずるのは早計である。そもそも,法10条1項2号の保護命令(退去命令)については,「命令を再度発する必要があると認めるべき事情があるときに限り」再度の命令が発せられる(法18条1項)のに対し,法10条1項1号の保護命令(接近禁止命令)についてはそのような要件も必要とされていないのである。

(3) しかしながら,そうはいっても,前件命令後の事情(特に,命令を受けた者の動静等)は,再度の接近禁止命令を発するかどうかの判断をするに当たってはやはり重要な判断要素となるものというべきである。それにより,「更なる暴力により,生命又は身体に重大な危害を受けるおそれが大きい」という要件該当性が否定されるという場合もあるものというべきだからである。

そこで,このような観点から本件の場合について検討するに,原決定は,当事者間に離婚訴訟が係属していること及び抗告人が相手方の友人を訪ねたりしたことをもって,本件申立ての時点においても,なお接近禁止命令の要件を充足するとする如くであるが,前者は,相手方との離婚及び子らの親権者指定のための訴訟行為であって,この事実があるからといって接近禁止命令の要件該当性を肯定することはできない。また,後者についても,抗告人が相手方の友人と接触したのは,離婚訴訟において相手方の負債状況を明らかにするなどして,相手方が子らの親権者として適格でないことを立証するための資料を収集することを企図したものであって,相手方の居所を突き止めて,面会を求めたり,子らを連れ戻すというようなことのためではなかったことが認められる(抗告人は,当時,既に相手方の住所を把握していたことが明らかである。)のであり,このような訴訟の準備行為としての資料収集活動さえも制約されることになるというのは相当なことではない。

以上の点に加えて,抗告人は,上記家事調停後に相手方に電話連絡をとった際にも,まず,婦人相談所に伝言を依頼し,その上で相手方と連絡をとるというような慎重な配慮をしていることが認められること,代理人弁護士の指導及び助言に従い,法律に則った適切な行動をとることを誓約していること等の事情をも併せ考慮すると,前件命令の理由とされた暴力の内容及び程度,抗告人の前件命令前の行動(相手方の居場所を探るために探偵に依頼したこと)等を考慮しても,本件申立て時点において,なお相手方及び子らに対する接近禁止命令の要件を充足するものとは言い難い。

(4) 以上によれば,相手方の本件保護命令の申立てはいずれも理由がないものというべきである。そうであれば,原保護命令は相当でないから,取消しを免れない。本件抗告は理由がある。

よって,主文のとおり決定する。」

【参照条文】

配偶者からの暴力の防止及び被害者の保護に関する法律

前文 我が国においては,日本国憲法に個人の尊重と法の下の平等がうたわれ,人権の擁護と男女平等の実現に向けた取組が行われている。

ところが,配偶者からの暴力は,犯罪となる行為をも含む重大な人権侵害であるにもかかわらず,被害者の救済が必ずしも十分に行われてこなかった。また,配偶者からの暴力の被害者は,多くの場合女性であり,経済的自立が困難である女性に対して配偶者が暴力を加えることは,個人の尊厳を害し,男女平等の実現の妨げとなっている。

このような状況を改善し,人権の擁護と男女平等の実現を図るためには,配偶者からの暴力を防止し,被害者を保護するための施策を講ずることが必要である。このことは,女性に対する暴力を根絶しようと努めている国際社会における取組にも沿うものである。

ここに,配偶者からの暴力に係る通報,相談,保護,自立支援等の体制を整備することにより,配偶者からの暴力の防止及び被害者の保護を図るため,この法律を制定する。

(保護命令)

第十条 被害者(配偶者からの身体に対する暴力又は生命等に対する脅迫(被害者の生命又は身体に対し害を加える旨を告知してする脅迫をいう。以下この章において同じ。)を受けた者に限る。以下この章において同じ。)が,配偶者からの身体に対する暴力を受けた者である場合にあっては配偶者からの更なる身体に対する暴力(配偶者からの身体に対する暴力を受けた後に,被害者が離婚をし,又はその婚姻が取り消された場合にあっては,当該配偶者であった者から引き続き受ける身体に対する暴力。第十二条第一項第二号において同じ。)により,配偶者からの生命等に対する脅迫を受けた者である場合にあっては配偶者から受ける身体に対する暴力(配偶者からの生命等に対する脅迫を受けた後に,被害者が離婚をし,又はその婚姻が取り消された場合にあっては,当該配偶者であった者から引き続き受ける身体に対する暴力。同号において同じ。)により,その生命又は身体に重大な危害を受けるおそれが大きいときは,裁判所は,被害者の申立てにより,その生命又は身体に危害が加えられることを防止するため,当該配偶者(配偶者からの身体に対する暴力又は生命等に対する脅迫を受けた後に,被害者が離婚をし,又はその婚姻が取り消された場合にあっては,当該配偶者であった者。

以下この条,同項第三号及び第四号並びに第十八条第一項において同じ。)に対し,次の各号に掲げる事項を命ずるものとする。ただし,第二号に掲げる事項については,申立ての時において被害者及び当該配偶者が生活の本拠を共にする場合に限る。

命令の効力が生じた日から起算して六月間,被害者の住居(当該配偶者と共に生活の本拠としている住居を除く。以下この号において同じ。)その他の場所において被害者の身辺につきまとい,又は被害者の住居,勤務先その他その通常所在する場所の付近をはいかいしてはならないこと。

命令の効力が生じた日から起算して二月間,被害者と共に生活の本拠としている住居から退去すること及び当該住居の付近をはいかいしてはならないこと。

2 前項本文に規定する場合において,同項第一号の規定による命令を発する裁判所又は発した裁判所は,被害者の申立てにより,その生命又は身体に危害が加えられることを防止するため,当該配偶者に対し,命令の効力が生じた日以後,同号の規定による命令の効力が生じた日から起算して六月を経過する日までの間,被害者に対して次の各号に掲げるいずれの行為もしてはならないことを命ずるものとする。

面会を要求すること。

その行動を監視していると思わせるような事項を告げ,又はその知り得る状態に置くこと。

著しく粗野又は乱暴な言動をすること。

電話をかけて何も告げず,又は緊急やむを得ない場合を除き,連続して,電話をかけ,ファクシミリ装置を用いて送信し,若しくは電子メールを送信すること。

緊急やむを得ない場合を除き,午後十時から午前六時までの間に,電話をかけ,ファクシミリ装置を用いて送信し,又は電子メールを送信すること。

汚物,動物の死体その他の著しく不快又は嫌悪の情を催させるような物を送付し,又はその知り得る状態に置くこと。

その名誉を害する事項を告げ,又はその知り得る状態に置くこと。

その性的羞恥心を害する事項を告げ,若しくはその知り得る状態に置き,又はその性的羞恥心を害する文書,図画その他の物を送付し,若しくはその知り得る状態に置くこと。

3 第一項本文に規定する場合において,被害者がその成年に達しない子(以下この項及び次項並びに第十二条第一項第三号において単に「子」という。)と同居しているときであって,配偶者が幼年の子を連れ戻すと疑うに足りる言動を行っていることその他の事情があることから被害者がその同居している子に関して配偶者と面会することを余儀なくされることを防止するため必要があると認めるときは,第一項第一号の規定による命令を発する裁判所又は発した裁判所は,被害者の申立てにより,その生命又は身体に危害が加えられることを防止するため,当該配偶者に対し,命令の効力が生じた日以後,同号の規定による命令の効力が生じた日から起算して六月を経過する日までの間,当該子の住居(当該配偶者と共に生活の本拠としている住居を除く。以下この項において同じ。),就学する学校その他の場所において当該子の身辺につきまとい,又は当該子の住居,就学する学校その他その通常所在する場所の付近をはいかいしてはならないことを命ずるものとする。ただし,当該子が十五歳以上であるときは,その同意がある場合に限る。

4 第一項本文に規定する場合において,配偶者が被害者の親族その他被害者と社会生活において密接な関係を有する者(被害者と同居している子及び配偶者と同居している者を除く。以下この項及び次項並びに第十二条第一項第四号において「親族等」という。)の住居に押し掛けて著しく粗野又は乱暴な言動を行っていることその他の事情があることから被害者がその親族等に関して配偶者と面会することを余儀なくされることを防止するため必要があると認めるときは,第一項第一号の規定による命令を発する裁判所又は発した裁判所は,被害者の申立てにより,その生命又は身体に危害が加えられることを防止するため,当該配偶者に対し,命令の効力が生じた日以後,同号の規定による命令の効力が生じた日から起算して六月を経過する日までの間,当該親族等の住居(当該配偶者と共に生活の本拠としている住居を除く。以下この項において同じ。)その他の場所において当該親族等の身辺につきまとい,又は当該親族等の住居,勤務先その他その通常所在する場所の付近をはいかいしてはならないことを命ずるものとする。

5 前項の申立ては,当該親族等(被害者の十五歳未満の子を除く。以下この項において同じ。)の同意(当該親族等が十五歳未満の者又は成年被後見人である場合にあっては,その法定代理人の同意)がある場合に限り,することができる。

(保護命令の申立て)

第十二条 第十条第一項から第四項までの規定による命令(以下「保護命令」という。)の申立ては,次に掲げる事項を記載した書面でしなければならない。

配偶者からの身体に対する暴力又は生命等に対する脅迫を受けた状況

配偶者からの更なる身体に対する暴力又は配偶者からの生命等に対する脅迫を受けた後の配偶者から受ける身体に対する暴力により,生命又は身体に重大な危害を受けるおそれが大きいと認めるに足りる申立ての時における事情

第十条第三項の規定による命令の申立てをする場合にあっては,被害者が当該同居している子に関して配偶者と面会することを余儀なくされることを防止するため当該命令を発する必要があると認めるに足りる申立ての時における事情

第十条第四項の規定による命令の申立てをする場合にあっては,被害者が当該親族等に関して配偶者と面会することを余儀なくされることを防止するため当該命令を発する必要があると認めるに足りる申立ての時における事情

配偶者暴力相談支援センターの職員又は警察職員に対し,前各号に掲げる事項について相談し,又は援助若しくは保護を求めた事実の有無及びその事実があるときは,次に掲げる事項

当該配偶者暴力相談支援センター又は当該警察職員の所属官署の名称

相談し,又は援助若しくは保護を求めた日時及び場所

相談又は求めた援助若しくは保護の内容

相談又は申立人の求めに対して執られた措置の内容

2 前項の書面(以下「申立書」という。)に同項第五号イからニまでに掲げる事項の記載がない場合には,申立書には,同項第一号から第四号までに掲げる事項についての申立人の供述を記載した書面で公証人法(明治四十一年法律第五十三号)第五十八条ノ二第一項の認証を受けたものを添付しなければならない。

(保護命令事件の審理の方法)

第十四条 保護命令は,口頭弁論又は相手方が立ち会うことができる審尋の期日を経なければ,これを発することができない。ただし,その期日を経ることにより保護命令の申立ての目的を達することができない事情があるときは,この限りでない。

2 申立書に第十二条第一項第五号イからニまでに掲げる事項の記載がある場合には,裁判所は,当該配偶者暴力相談支援センター又は当該所属官署の長に対し,申立人が相談し又は援助若しくは保護を求めた際の状況及びこれに対して執られた措置の内容を記載した書面の提出を求めるものとする。この場合において,当該配偶者暴力相談支援センター又は当該所属官署の長は,これに速やかに応ずるものとする。

3 裁判所は,必要があると認める場合には,前項の配偶者暴力相談支援センター若しくは所属官署の長又は申立人から相談を受け,若しくは援助若しくは保護を求められた職員に対し,同項の規定により書面の提出を求めた事項に関して更に説明を求めることができる。

(即時抗告)

第十六条 保護命令の申立てについての裁判に対しては,即時抗告をすることができる。

2 前項の即時抗告は,保護命令の効力に影響を及ぼさない。

3 即時抗告があった場合において,保護命令の取消しの原因となることが明らかな事情があることにつき疎明があったときに限り,抗告裁判所は,申立てにより,即時抗告についての裁判が効力を生ずるまでの間,保護命令の効力の停止を命ずることができる。事件の記録が原裁判所に存する間は,原裁判所も,この処分を命ずることができる。

4 前項の規定により第十条第一項第一号の規定による命令の効力の停止を命ずる場合において,同条第二項から第四項までの規定による命令が発せられているときは,裁判所は,当該命令の効力の停止をも命じなければならない。

5 前二項の規定による裁判に対しては,不服を申し立てることができない。

6 抗告裁判所が第十条第一項第一号の規定による命令を取り消す場合において,同条第二項から第四項までの規定による命令が発せられているときは,抗告裁判所は,当該命令をも取り消さなければならない。

7 前条第四項の規定による通知がされている保護命令について,第三項若しくは第四項の規定によりその効力の停止を命じたとき又は抗告裁判所がこれを取り消したときは,裁判所書記官は,速やかに,その旨及びその内容を当該通知をした配偶者暴力相談支援センターの長に通知するものとする。

8 前条第三項の規定は,第三項及び第四項の場合並びに抗告裁判所が保護命令を取り消した場合について準用する。

第二十九条 保護命令に違反した者は,一年以下の懲役又は百万円以下の罰金に処する。

民事訴訟法

(即時抗告期間)

第三百三十二条 即時抗告は,裁判の告知を受けた日から一週間の不変期間内にしなければならない。