DV保護法・配偶者暴力に関する保護命令申立てへの対応
家事|離婚|DV防止法|保護命令|福岡高裁平成19年5月9日決定|東京高裁平成14年3月29日決定
目次
質問:
現在,別居している妻の名前で,裁判所から「保護命令申立書」という題名の書類が郵送されてきました。申立書には,「申立の趣旨」として,妻に対して6か月間近付いてはならないこと,現在は離れて妻と一緒に暮らしている子どもにも6か月間近付いてはならないこと等が記載されており,「申立の要因」として,私が妻に暴力を振るったことが記載してあります。別居までは,妻との間には喧嘩が絶えない状態でしたが,直接手を上げたこともありませんし,昨年別居を始めてからは特に連絡も取っておりませんでした。現在妻とは離婚調停中です。今後,どのように対応していけば良いのでしょうか。
回答:
1.いわゆるDV保護法に基づいて妻が,保護命令の申し立てをしたため,地方裁判所から,保護命令申立書が郵送されてきたものと考えられ得ます。裁判所に出頭する期日も指定されているはずですから,期日前に答弁書を提出し,期日に,裁判所に出頭して答弁書に記載した事実を証明する資料を用意する必要があります。
2.現在,別居しており,離婚調停中であるからといって,申立てを放置してはいけません。一度保護命令が出されてしまうと,お子様にも6か月間会えなくなってしまいますし,離婚調停において,あなたが「奥様に対して暴力を振るっていたこと」が前提となってしまい,親権や慰謝料等の話し合いで非常に不利な立場に置かれてしまうおそれがあります。調停に続く離婚訴訟でも同様です。特に暴力を振るった事実が無いのであれば,裁判官に対して,保護命令が出るために必要である要件を充たしていないことをきちんと説明して,保護命令申立てを却下してもらう必要があります。
3.具体的には,事前に書面を提出した上で,裁判官の面前で行われる「審尋」という手続きにおいて,結婚生活で夫婦喧嘩を超える程度の暴力を振るったことがないことを示して,申立人である奥様があなたの暴力により「生命又は身体に重大な危害を受けるおそれが大きい」状態にはないことを主張することになります。その際,資料となるものがあれば写しを用意して裁判所に提出する必要があります。
4.なお,保護命令が出てしまった場合は,納得できなければ即時抗告という手続きがあり,再度裁判所の判断を求めることができます(DV法16条,民訴332条,1週間の不変期間。)。但し,即時抗告をしてもそれが認められ保護命令の申し立てが却下されるまでは,既に裁判所から出された保護命令は有効ですからそれに従う必要があります(なお,緊急の場合は「保護命令の執行停止」という仮の処分も認められています)。保護命令に反すると,「一年以下の懲役又は百万円以下の罰金」という刑罰が規定されていますから,違反をしないよう注意する必要があります(同法 第29条)。
5.DV保護法の関連事例集769番,186番,127番参照。その他、DV保護法に関する関連事例集参照。
解説:
1 (いわゆるDV保護法による保護命令制度について)
(1)今回,奥様が申立てられた保護命令申立とは,正式には「配偶者暴力に関する保護命令申立て」(以下,「保護命令」といいます。)といい,「配偶者からの暴力の防止及び被害者の保護に関する法律」(いわゆるDV法,以下「DV法」といいます。)にその根拠となる規定があります。
(2)DV法の趣旨は,これまで家庭内であることから外部からの発見・介入が困難であった配偶者からの暴力(特に,男性から女性への暴力)が,犯罪行為を含む重大な人権侵害であり,個人の尊厳を害し,男女平等の実現の妨げになっていることを確認し,これを防止し,被害者を保護することです(憲法14条,24条)。DV法は,刑事罰を含むもので刑事手続きの厳格性,謙抑性(憲法31条)からその要件の解釈は相手方の法的利益を考慮した公正なものでなければいけません。
DV法の中でも特に直接的に配偶者からの暴力を防止する役割を担っているのが,保護命令の制度です。
保護命令制度は,配偶者からの暴力により,生命又は身体に危害が加えられることを防止するために,裁判所が,申立によって,暴力を振るった配偶者に対して,一定期間(最大6か月間),被害者や被害者の子どもへの付きまとい等の禁止,被害者と共に生活の根拠としている住居からの退去等を命じる制度(DV防止法10条2項)で,この命令に反した場合には,1年以下の懲役または100万円以下の罰金という厳しい刑罰が科されることになっています(DV法第29条)。
そのため,DV法にもとづく保護命令の制度は,配偶者からの暴力にさらされている切迫した状態にある方にとって,非常に有用な制度であるといえます。配偶者からのDVを真剣にお悩みの方は,早急に保護命令の申立てをすることが必要です。なお,現在DVを受けておられる方で,保護命令申立てを検討される方は,当事務所のホームページ事例集186番,769番を参考にしてください。
(3)しかし,近年,離婚調停等において,親権や慰謝料,財産分与の場面で相手より有利な立場に立つ目的で,この保護命令制度が悪用されるケースが出てきています。
申立てが認められ,保護命令が出てしまえば,配偶者に対するDV(暴力)の事実を裁判所が認めたものとして取り扱われてしまいます。
あなたが,離婚自体を争っておられるかは伺ったご事情からは分かりませんが,離婚を望んでいない場合には,DV(暴力)の事実が認められてしまいますと,それ自体が離婚事由(離婚が認められてしまうために必要な事情)となってしまいますし,離婚自体には同意されている場合にも,あなたが現在おこなっている離婚調停や,その後離婚調停が不成立に終わった場合の離婚訴訟において,慰謝料や財産分与の金額の面であなたに非常に不利となってしまうことも考えられます。
また,あなたが親権について争っている場合にも,保護命令申立てが認められることで,実質的には「暴力を振るう夫」という事実が前提となってしまう以上,子どもの親権者としてふさわしくないという判断がなされる可能性が生じるという点で,保護命令が出ていることは不利な事情となってしまいます。なにより,保護命令が出てしまえば,一定期間(通常6か月間),自分の子どもと連絡を取ることすらできなくなってしまいます。
(4)このように,離婚にむけて話し合いがなされている状態であるか否かを問わず,身に覚えのない保護命令申立てがなされた場合には,速やかに適切な対応をして,保護命令を回避することが必要です。
2 (保護命令が認められる要件について)
では,保護命令の申し立てがなされた場合どのような要件で保護命令が出されてしまうのでしょうか。DV法第10条1項には,保護命令の要件について規定されています。
そこには,「配偶者からの身体に対する暴力を受けた者」が「配偶者からの更なる身体に対する暴力(略)によりその生命又は身体に重大な危害を受けるおそれが大きいとき」に,裁判所は保護命令を出すことができると規定されています。
すなわち,保護命令が認められるためには,あなたが①過去に配偶者に対して暴力を振るったことがあること,②更なる身体に対する暴力を配偶者に対して振う可能性があること,③その暴力によって配偶者の生命又は身体に重大な危害が生じるおそれがあること,が必要です。
ここで,②「身体に対する暴力」とは,身体に対する不法な攻撃であって生命又は身体に危害を及ぼすもので,具体的には刑法上の暴行罪,傷害罪に当たるような行為を指します。
また,③「重大な危害が生じるおそれ」とは,被害者に対し,殺人,傷害等の被害が及ぶおそれがある状況をいいます。
②と③をまとめると,身体に対する不法な攻撃により,配偶者に殺人,傷害等の被害が及ぶおそれがある状況がある場合,となります。
したがって,保護命令を争うあなたは,①過去に配偶者に対して暴力を振るったことがないこと,②③現在,配偶者はあなたからの身体に対する不法な攻撃により,殺人,傷害等の被害が及ぶおそれがある状況にないこと,を主張することになります。
このように,厳格な要件が課されているのは,この保護命令手続が,上記のように,将来的に他の者を害する恐れがある者に対して,刑罰を伴う非常に強い制約によってその自由を制限する特別の手続きであるからです。一方で,この手続きが本来対象としているのは上記のとおり現在配偶者からの暴力にさらされている方ですから,厳格な要件が定められていても,何も対応しなければかなりの割合で保護命令が出されてしまいます。
3 (具体的な対応について)
それでは,身に覚えがないのに,保護命令申立てをされてしまった場合の具体的な対応について,保護命令が出るまでの流れに沿ってご説明します。
(1)まず,保護命令の申立てがなされると,保護命令申立書という書面が裁判所からあなたのもとに届きます。そこには,上記2の要件を充たすように,結婚してから現在に至るまでの暴力の事実や,今後「重大な危害が生じるおそれ」があると認められるような状況の存在が,申立人の主張として記載されているはずです。
これに対して,あなたとしては,「答弁書」と題する書面等で,まず,申立書に記載してある事実を認めるのか,それとも否定するのか明らかにする必要があります。また,あなたから配偶者のこれまでの生活が,保護命令の要件を充たしていないことを主張することになります。すなわち,それらの暴力の事実がなかったこと,当然今後あなたの暴力により「重大な危害が生じるおそれ」がないことを説得的に主張していくことになります。
具体的には,保護命令申立書記載の暴力の事実がなかったこと,一般の家庭の夫婦喧嘩の域を超えるような喧嘩はなく,あなたが配偶者に対して今後暴力行為に及ぶような状況にないこと等を,相手の主張に合わせて具体的に順序立てて反論していくことが重要です。
なお,保護命令申立てが却下された裁判例(下記)では,相手が主張する暴力を裏付ける客観的証拠(診断書等)の不存在や不整合,相手の主張と矛盾するような証言(陳述書という書面にまとめます)等が判断において重要な事実(主張のポイント)となっています。
また,あなたの場合は,一切暴力を振るったことがないため直接は無関係ですが,仮に暴力を振るってしまったことがある場合でも,暴力を振るった時期がかなり昔であり,現在に至るまで継続的に暴力を振るっていたわけではないこと,暴力の程度が夫婦喧嘩の範囲内として評価できる程度であり,生命や身体に重大な危害が生じるおそれはないこと等を主張することで,保護命令を争うことができます。
(2)答弁書提出に続く手続きとして,口頭弁論又は審尋があります。これは,裁判官(通常は一人)の前で,口頭で主張をすることになります。裁判官からの質問もありますが,上記要件に沿ったものが考えられますので,暴力の事実の有無,暴力のあった際の状況,経緯及び暴力の程度が中心的な質問です。
したがって,基本的には,上記答弁書等の事前に提出している書面の内容を基礎として主張することになります。なお,この場では,あなた自身のほかに,代理人として弁護士を立ち会わせることができます。
(3)保護命令は,上記のとおり通常は配偶者からの暴力による重大な危害に今現在さらされている方を対象とすることから,緊急性があり迅速な裁判が強く要求され,一回の審尋で結論を出すことが原則です。したがって,保護命令申立てから結論が出るまでの期間は通常の訴訟に比べて極めて短く,迅速な対応が必要です。
(4)保護命令の申立書に著しい虚偽の記載がある場合,事案によっては,虚偽記載について主張立証した上で,DV法30条の過料処分に処すべきであるという主張をすると良いでしょう。DV法30条の条文は次の通りです。「第十二条第一項の規定により記載すべき事項について虚偽の記載のある申立書により保護命令の申立てをした者は,十万円以下の過料に処する。」
4 (保護命令が出てしまった場合の対応)
なお,保護命令が実際に出てしまった場合には,即時抗告という不服申立てが可能です。保護命令に対してその相手方が即時抗告をした事例で,上記に記載した主張のポイントを挙げて保護命令の申立てを却下した裁判例を2例挙げますので,参考にしてください。
即時抗告においては,申立人の提出した証拠資料により,暴力を振るって相手方の生命又は身体に重大な危害を与える危険性が高いことが証明されていないことを主張することになります(法律上は「疎明」といって,権利義務や事実関係を確定させる訴訟手続きにおける「証明」より程度が軽減され,事実関係が一応認められると裁判官が判断できれば十分とされています。)。
具体的には,当然にあってしかるべき客観的な資料がないこと(例えば重傷を負ったと主張しているのに医師の診断書がない)や,申立書と資料との食い違い等を主張し,申立人の主張する要件に反する客観的な資料があればそれを提出することになります。
以上