新銀座法律事務所 法律相談事例集データベース
No.1438、2013/05/10 00:00 https://www.shinginza.com/rikon/index.htm
【離婚・別居期間1年でも「婚姻を継続しがたい重大な事由」が認められるか・妻の80歳の夫に対する暴言,仕打ち・大阪高等裁判所平成21年5月26日判決】
質問:妻と結婚して10年になりますが,離婚したいと思っています。妻には不貞行為や,暴力行為などはないのですが,暴言や嫌がらせはいろいろ受けてきました。現在は別居して1年ほどになります。妻は離婚はしない,といっていますが,かといって修復したい様子もないようです。自分でインターネットでいろいろ調べたところ,別居期間1年では離婚は難しいという情報があったのですが,実際はどうなのでしょうか。
回答:
1.いわゆる「婚姻を継続しがたい重大な事由」の認定は厳格に解釈される傾向にあり,別居期間の長さも判断の基準になっています。一般的にいって,1年の別居期間では,離婚は難しいと言えますが,他に婚姻関係の破綻を推認させる事情を立証できれば,離婚が認められる場合もあります。
2.離婚原因に関連する事務所事例集論文285番,523番,535番,654番,663番,806番,937番,984番,1280番
,1431番参照。
解説:
(離婚と破綻主義・離婚訴訟の特色)
わが民法においては,当事者の合意によれば理由のいかんにかかわらず自由に離婚する事は出来ますが,一方が離婚に応じない場合は訴訟によりどちらに離婚原因を作った責任があるかどうかに関わらず,夫婦関係が実質的に破綻している場合には離婚を認めるという破綻主義を採用しています(対立する概念として離婚を求める相手方に責任がある場合のみ離婚を認めるという有責主義があります)。そのため770条1項5号(3号,4号も同様です)は婚姻を継続しがたい重大な事由がある場合はどちらの当事者に責任があるかどうかに関係なく離婚を認めています。婚姻の実態がなく実質的に破綻している夫婦関係を継続させても婚姻の目的たる幸福な生活は期待できませんので,一方が離婚を拒否していても婚姻解消を認めているのです。
私的自治の原則からいえば,婚姻も契約関係として成立していますから当事者の合意のほか,相手方の債務不履行(例えば不貞行為,悪意の遺棄)がなければ離婚はできないはずです。しかし,婚姻契約の目的は,財産契約と異なり夫婦が,精神的,肉体的に一体となり日々互いの幸福な生活を追求するところに存在意義があり,その目的理想がどちらの責任に無関係に喪失したと認められ回復が困難である場合は,国家がこれに介入し,私的自治大原則の最終目的である個人の尊厳を確保するため契約関係の解消を認めています。 「婚姻を継続しがたい重大な事由」とは,判例学説の集積により抽象的には婚姻関係が深刻に破綻し婚姻の本質である共同生活の回復の見込がない場合をいいますが,具体的判断基準は,@婚姻中の当事者の一切の言動,A当事者の婚姻継続の意思,B子の有無,年齢,意思C当事者の思想信条,年齢,経歴,健康状態,職業,資産収入,性格,経歴等一切の事情であり,全体的総合的に判断することになります。
すなわち,個人の尊厳確保の大前提となるだけでなく国家社会組織の最少単位であり,国家の基盤である構成員を決定する重要事項である婚姻関係をどう規制するかは,国家公共,社会秩序にかかわる重要問題です。すなわち税金,相続,教育,戦前は徴兵制度(兵役の義務)戸籍制度すべてに関連し,社会秩序形成の源になる問題です。婚姻,家庭関係における親子関係もまた同様です。そこで,家庭関係における基本的身分秩序の核である婚姻,親子関係(養子関係)についてはその重要性から人事訴訟法が定められました。夫婦間,親子間の紛争ですから基本的には,民事訴訟と同じように訴訟手続(基本的には当事者主義,口頭弁論主義,対審,公開主義を採用しています)なのですが,訴訟手続きの原則を修正し特則を規定しています(法1条)。
当事者主義の内容である処分権主義(人訴19条),弁論主義(法20条)を制限して職権探知主義も採用されます。当事者が勝手に離婚,親子関係を認める請求の認諾ができませんし,要件事実について自白しても裁判所は拘束されず,当事者が主張しなくても裁判の資料とすることができますし,証拠も裁判所自ら収集調べることができます。例えば,両当事者が離婚を求めていても,その他の条件(子の福祉等)により双方が棄却されるような場合もあるわけです(合意で離婚すればいいのですが,財産関係,子の親権等の合意ができなければ結局離婚は合意でもできないことになります。)。このように,人事訴訟法では,客観的真実を重視し裁判所の後見的裁量権を認めることにより,家庭を構成する人間の個人の尊厳を実質的に守ろうとしているのです。
1 離婚は,当事者双方の合意による協議離婚が基本です。当事者間での協議が困難な場合,家庭裁判所での調停離婚となりますが,この場合も当時者双方の離婚の合意が必要です。当事者間で協議が整わない場合,最終的には離婚を求める裁判を提起するのですが,裁判では,法律上の離婚原因が必要になります。離婚原因は,民法770条1項に規定されています。具体的には,配偶者の不貞行為(1号),配偶者による悪意の遺棄(2号),配偶者の3年以上の生死不明(3号),配偶者の強度の精神病及び回復見込みの不存在(4号),その他婚姻を継続しがたい重大な事由(5号)があるとき,です。但し,1号から4号に該当する場合でも裁判所が婚姻の継続を相当と判断し離婚請求を認めない場合を認めています。
2 本件のような事例は,いわゆる「性格の不一致」の事例だと思われます。この場合,調停を経て,離婚の合意ができない場合,裁判では,770条1項5号の「その他婚姻を継続しがたい重大な事由」があるか,で争うことになります。
この点,近時の裁判所は,婚姻を継続しがたい重大な事由の判断にあたり,婚姻関係が実質的に「破綻」しているかどうか,という基準で判断しているようです。破綻とは,修復が不可能な状態であるところ,客観的に修復の可能性が無い場合として,やはり別居期間の長短は斟酌されやすい事情であると言えます。
3 この点,3年,5年,という一定期間別居すると自動的に離婚が成立する,という考え方が世間でまことしやかに語られることがありますが,決してそのようなことはありません。3年間別居しても離婚が認められなかった判例も存在します。そして,一般的に,別居期間は長いほうが破綻が認められやすいといえますが,ごく短期の別居期間でも離婚が認められた判例も存在します。
4 大阪高等裁判所平成21年5月26日判決は,夫が妻に対し離婚を求めた事例ですが,約一年間の別居で離婚を認めており,珍しいケースであるといえます。
この夫婦は,婚姻期間19年,成人した子が一人います。夫は80歳を超え,体調も思わしくない状態です。別居の原因は,夫の会社の事業が上手く行かなくなり,これまで50万円渡していた生活費が30万円に減った(それでも十分な金額と言えるでしょう)ことに妻が不満を漏らし,次第に家族で食事をすることがなくなり,ついには食事の用意もしてもらえなくなりました。妻は夫を老人扱いし,ついには,先妻の位牌を夫と先妻との間の子の妻の実家に送りつけ,夫のアルバム10数冊を焼却処分したり,夫に対して悪口雑言を浴びせたりしたため,夫が家を出る形で別居を開始,離婚を求めました。
本件で,裁判所は別居期間が一年という短い期間であることについて,「双方の年齢,家族関係,婚姻期間等だけをとりあげて論ずれば,いまだ十分に婚姻関係が修復できる余地があるとの見方も成り立ち得ないではない」としながらも,「余りにも控訴人の人生に対する配慮を欠いた行為であって,これら一連の行動が,控訴人の人生でも大きな屈辱的出来事として,その心情を深く傷つけるものであったことは疑う余地がない。しかるに,被控訴人はいまなお,これらの斟酌のない専断について,自己の正当な所以を縷々述べて憚らないが,その理由とするところは到底常識にかなわぬ一方的な強弁にすぎず,原審における供述を通じて,控訴人が受けた精神的打撃を理解しようという姿勢に欠け,今後,控訴人との関係の修復ひとつにしても真摯に語ろうともしないことからすれば,控訴人と被控訴人との婚姻関係は,控訴人が婚姻関係を継続していくための基盤である被控訴人に対する信頼関係を回復できない程度に失わしめ,修復困難な状態に至っていると言わざる得ない。」と判示しています。
5 私見では,この裁判例は,婚姻関係の破綻について,別居期間だけでなく,そこに至る経緯を十分に斟酌した事案であるといえるとともに,これだけの事実関係を立証することに成功していることも注目に値すると考えます。すなわち,夫婦間の出来事は,家庭といういわば「密室」での出来事が中心になります。そのため,調査会社が写真等の証拠を作成することのできる不貞行為や,医師の診察を受けることによって,診断書などの資料を入手できる暴力行為に比べ,家庭内での心無い発言や仕打ちは,証拠として残すことが非常に難しいのです。現にこの裁判例でも,妻側は夫の主張を「虚偽である」と反論しています。この事例では,位牌の送付やアルバムの焼却という客観的に証拠化できる行為があったことが,家庭と言う密室内での婚姻関係の実質的な破綻を立証するポイントになったのだと考えることができます。
6 質問の回答に戻りますが,一般的に言って,別居期間は,客観的に認定できるわかりやすい事実なので,これが長ければ婚姻関係の破綻が認められやすいといえますが,この裁判例のように,別居期間が短くても,婚姻関係の破綻が認められるケースもあります。質問者の夫婦関係において,「性格の不一致」がどのようなものであったのか,それを立証する客観的な証拠があるか,という点を中心に訴訟を進めれば,離婚が認められうる可能性はあると言えるでしょう。立証の点で困難を伴う事案は,弁護士に相談することをお勧めいたします。
【参考条文】
民法 (裁判上の離婚)
第770条
夫婦の一方は,次に掲げる場合に限り,離婚の訴えを提起することができる。
一 配偶者に不貞な行為があったとき。
二 配偶者から悪意で遺棄されたとき。
三 配偶者の生死が三年以上明らかでないとき。
四 配偶者が強度の精神病にかかり,回復の見込みがないとき。
五 その他婚姻を継続し難い重大な事由があるとき。
裁判所は,前項第一号から第四号までに掲げる事由がある場合であっても,一切の事情を考慮して婚姻の継続を相当と認めるときは,離婚の請求を棄却することができる。
人事訴訟法
(趣旨)
第一条 この法律は,人事訴訟に関する手続について,民事訴訟法(平成八年法律第百九号)の特例等を定めるものとする。
(定義)
第二条 この法律において「人事訴訟」とは,次に掲げる訴えその他の身分関係の形成又は存否の確認を目的とする訴え(以下「人事に関する訴え」という。)に係る訴訟をいう。
一 婚姻の無効及び取消しの訴え,離婚の訴え,協議上の離婚の無効及び取消しの訴え並びに婚姻関係の存否の確認の訴え
二 嫡出否認の訴え,認知の訴え,認知の無効及び取消しの訴え,民法(明治二十九年法律第八十九号)第七百七十三条の規定により父を定めることを目的とする訴え並びに実親子関係の存否の確認の訴え
三 養子縁組の無効及び取消しの訴え,離縁の訴え,協議上の離縁の無効及び取消しの訴え並びに養親子関係の存否の確認の訴え
(人事に関する訴えの管轄)
第四条 人事に関する訴えは,当該訴えに係る身分関係の当事者が普通裁判籍を有する地又はその死亡の時にこれを有した地を管轄する家庭裁判所の管轄に専属する。
2 前項の規定による管轄裁判所が定まらないときは,人事に関する訴えは,最高裁判所規則で定める地を管轄する家庭裁判所の管轄に専属する。
(人事訴訟における訴訟能力等)
第十三条 人事訴訟の訴訟手続における訴訟行為については,民法第五条第一項及び第二項
,第九条,第十三条並びに第十七条並びに民事訴訟法第三十一条並びに第三十二条第一項
(同法第四十条第四項において準用する場合を含む。)及び第二項の規定は,適用しない。
2 訴訟行為につき行為能力の制限を受けた者が前項の訴訟行為をしようとする場合において,必要があると認めるときは,裁判長は,申立てにより,弁護士を訴訟代理人に選任することができる。
3 訴訟行為につき行為能力の制限を受けた者が前項の申立てをしない場合においても,裁判長は,弁護士を訴訟代理人に選任すべき旨を命じ,又は職権で弁護士を訴訟代理人に選任することができる。
4 前二項の規定により裁判長が訴訟代理人に選任した弁護士に対し当該訴訟行為につき行為能力の制限を受けた者が支払うべき報酬の額は,裁判所が相当と認める額とする。(関連請求の併合等)
第十七条 人事訴訟に係る請求と当該請求の原因である事実によって生じた損害の賠償に関する請求とは,民事訴訟法第百三十六条の規定にかかわらず,一の訴えですることができる。この場合においては,当該人事訴訟に係る請求について管轄権を有する家庭裁判所は,当該損害の賠償に関する請求に係る訴訟について自ら審理及び裁判をすることができる。
2 人事訴訟に係る請求の原因である事実によって生じた損害の賠償に関する請求を目的とする訴えは,前項に規定する場合のほか,既に当該人事訴訟の係属する家庭裁判所にも提起することができる。この場合においては,同項後段の規定を準用する。
3 第八条第二項の規定は,前項の場合における同項の人事訴訟に係る事件及び同項の損害の賠償に関する請求に係る事件について準用する。
(民事訴訟法 の規定の適用除外)
第十九条 人事訴訟の訴訟手続においては,民事訴訟法第百五十七条,第百五十七条の二,第百五十九条第一項,第二百七条第二項,第二百八条,第二百二十四条,第二百二十九条第四項及び第二百四十四条の規定並びに同法第百七十九条の規定中裁判所において当事者が自白した事実に関する部分は,適用しない。
2 人事訴訟における訴訟の目的については,民事訴訟法第二百六十六条及び第二百六十七条
の規定は,適用しない。
(職権探知)
第二十条 人事訴訟においては,裁判所は,当事者が主張しない事実をしん酌し,かつ,職権で証拠調べをすることができる。この場合においては,裁判所は,その事実及び証拠調べの結果について当事者の意見を聴かなければならない。
(検察官の関与)
第二十三条 人事訴訟においては,裁判所又は受命裁判官若しくは受託裁判官は,必要があると認めるときは,検察官を期日に立ち会わせて事件につき意見を述べさせることができる。
2 検察官は,前項の規定により期日に立ち会う場合には,事実を主張し,又は証拠の申出をすることができる。
第二十四条 人事訴訟の確定判決は,民事訴訟法第百十五条第一項の規定にかかわらず,第三者に対してもその効力を有する。
【参考判例】
大阪高等裁判所 平成21年5月26日判決
1 事案の骨子及び訴訟経過
本件は,夫である控訴人が,妻である被控訴人に対し,被控訴人が,控訴人の先妻の位牌を控訴人と先妻との間の子の妻の実家に送付したり,控訴人のアルバムを廃棄したり,控訴人に対して悪口雑言を浴びせるなどしたため,控訴人と被控訴人との婚姻関係は破綻したとして,民法770条1項5号に基づいて,離婚を求めた事案である。
原審は,控訴人と被控訴人との別居期間が1年にも満たないことなどから,婚姻を継続し難い重大な事由が認められないとして,控訴人の請求を棄却した。
そのため,控訴人が本件控訴を提起した。
中略
2 争点(民法770条1項5号の離婚原因の有無)について
上記1認定事実によれば,控訴人,被控訴人の結婚生活は,夫婦破綻を来すような大きな波風の立たないまま約18年間の経過をみてきたのに,控訴人による今時の別居生活が,平成19年から始まった被控訴人の一連の言動が主な理由であるため,双方の年齢,家族関係,婚姻期間等だけをとりあげて論ずれば,いまだ十分に婚姻関係が修復できる余地があるとの見方も成り立ち得ないではない。
しかし,被控訴人の控訴人の親戚縁者と融和を欠く忌避的態度はさて措き,齢80歳に達した控訴人が病気がちとなり,かつてのような生活力を失って生活費を減じたのと時期を合わせるごとく始まった控訴人を軽んじる行為,長年仏壇に祀っていた先妻の位牌を取り除いて親戚に送り付け,控訴人の青春時代からのかけがえない想い出の品を焼却処分するなどという自制の薄れた行為は,当てつけというには,余りにも控訴人の人生に対する配慮を欠いた行為であって,これら一連の行動が,控訴人の人生でも大きな屈辱的出来事として,その心情を深く傷つけるものであったことは疑う余地がない。しかるに,被控訴人はいまなお,これらの斟酌のない専断について,自己の正当な所以を縷々述べて憚らないが,その理由とするところは到底常識にかなわぬ一方的な強弁にすぎず,原審における供述を通じて,控訴人が受けた精神的打撃を理解しようという姿勢に欠け,今後,控訴人との関係の修復ひとつにしても真摯に語ろうともしないことからすれば,控訴人と被控訴人との婚姻関係は,控訴人が婚姻関係を継続していくための基盤である被控訴人に対する信頼関係を回復できない程度に失わしめ,修復困難な状態に至っていると言わざる得ない。
なお,被控訴人が,子供までなした長年の愛人関係に終止符を打って,先妻を亡くして間もない控訴人との結婚生活を始めるに当たり,自宅の改装や先妻の生活の痕跡を残す動産類の処分やお祓いにこだわったのは,家庭内に先妻の痕跡を残したまま新たな生活を始めたくないとの妻の心理の発現として,それなりに理解できないではないものであるが,そのような再婚のいきさつを考慮しても,先妻の位牌,先祖の過去帳を中心とする祭祀や,戦前からの控訴人及び一家の写真アルバムの保存等は,控訴人が再婚に当たって被控訴人に配慮すべき事柄とは無関係であって,それゆえ,被控訴人も,これを受け容れて夫婦間の軋轢が生じないまま曲がりなりにも結婚生活が送られてきたものといわねばならず,結婚後十数年も経過して,改めて問題にすべき事柄とは考えられない。
したがって,別居期間が1年余であることなどを考慮しても,控訴人と被控訴人との間には婚姻を継続し難い重大な事由があると認められる。
3 以上によれば,控訴人の離婚請求は,理由があり,これを棄却した原判決は相当でないから,本件控訴は理由がある。
よって,主文のとおり判決する。