No.1440|窃盗・万引きを犯してしまった場合

ATM機に置き忘れた現金の窃盗と弁護人の活動

刑事|銀行ATM機に取り忘れた現金の窃盗|置き引き事案における占有の所在と示談交渉の内容|最高裁昭和32年11月8日判決他

目次

  1. 質問
  2. 回答
  3. 解説
  4. 関連事例集
  5. 参照条文

質問

関東圏に住む公務員です。先日、銀行のATMで前の利用者が置き忘れた現金20万円を魔が差して持ち去ってしまいました。前の利用者はATMコーナーの出口付近で現金がないことに気が付いて鞄の中を確認しているようでしたが、声をかけることなくその場を立ち去りました。

本日、警察から私の自宅に電話がかかってきて、ATMに現金の置き忘れがなかったか質問されましたが、気が動転して「何もありませんでした。」と嘘を言ってしまいました。現在では、現金を持ち去ってしまったことを大変後悔しています。

今後私はどのようにするのが良いのでしょうか。

回答

1 あなたが銀行のATMで前の利用者が置き忘れた現金を持ち去った行為は窃盗罪の構成要件に該当します。被害者は理論的には前のATM利用者となる可能性が高いですが、銀行が被害者として被害届を提出していたり、ATM利用者と銀行が共同で被害の届け出を行っている場合も考えられます。示談の相手方の範囲に関わってくるため、警察に被害届の提出状況を至急確認する必要があります。

2 あなたが置き引き行為の犯人であることは監視カメラの映像等によって特定されていると考えられます。このまま犯行を否認し続けていた場合、逮捕の可能性が高まりますし、捜査機関による職場連絡や報道機関による実名報道、さらには公判請求等によって前科が付いたり、職場での懲戒処分の問題に発展することも懸念され、結局あなたにとって良いことなど何もありません。直ちに警察に出頭するなどして真実を述べるべきです。又、職場への連絡阻止、報道阻止の法的手当ても不可欠でしょう。

3 問題を大きくしないためには、至急弁護人を通じてATM利用者に対する被害弁償(示談交渉)の働きかけを開始すべきです。被害届が未だ提出されていなければ刑事手続自体を回避することができますし、仮に被害届が提出済みであったとしても、被害届の取下げに同意してもらうことができれば、遡って被害の届出がなかったものとして送検されることなく刑事手続が終了する場合もあります。

4 時間的な油断が取り返しのつかない結果を招く典型例ともいうべきケースです。直ちに弁護活動を開始してくれる経験のある弁護士に至急ご相談されることを強くお勧めいたします。

5 その他本件に関連する事例集はこちらをご覧ください。

解説

1 窃盗罪

はじめに、あなたの行為が如何なる犯罪に該当するかについて確認しておきます。

あなたが銀行のATMで前の利用者が置き忘れた現金を持ち去った行為は窃盗罪(刑法235条)に該当すると考えられます。窃盗罪は、他人の占有する財物をその意思に反して奪取することにより成立する犯罪です。ここでいう占有とは、財物に対する事実上の支配・管理を意味し、かかる事実上の支配・管理の有無は、客観的要素としての財物に対する排他的支配(占有の事実)と主観的要素としての財物を支配する意思(占有の意思)から、社会通念に照らして判断されます。ATMの管理者は銀行ですから、ATM内の現金の占有は通常、銀行が有していると評価されますが、ATMの利用者がATMを操作している間はATM利用者に占有があると言えるでしょう。

あなたのケースの場合、現金を持ち去った時点で前の利用者が未だATMコーナーの出口付近に留まっていたという状況下では、時間的・距離的接着性から、前の利用者の取り忘れた現金に対する排他的支配(占有の事実)が継続していたとみて差し支えないでしょうし、取り忘れた現金を探していたことからすると、主観的にも占有の意思にも欠けるところはないと考えられます。したがって、あなたには前の利用者を被害者とする窃盗罪が成立している可能性が高いと考えられます。あなたは現金を「魔が差して持ち去った」ということですので、窃盗罪は既遂(有罪判決を受ける可能性のある状態)です。ここで注意すべきことは、仮に現金を被害者に返還しても窃盗罪既遂の状態であることに変わりが無いということです。

判例には、バスの改札口で行列に並んでいる時にカメラを置き忘れたが、そこから時間にして約5分後、距離にして約20メートルの地点ですぐに気付いて引き返したところ、すでにカメラが持ち去られていたという事案で、カメラに対する所有者の占有を肯定し、所有者を被害者とする窃盗罪が成立するとしたものがあります(最判昭和32年11月8日)。また、駅の改札に財布を置き忘れ、そこから時間にして1~2分後、距離にして15~16メートルのところで引き返したところ、すでに財布が持ち去られていたという事案でも、財布の持ち主の占有が肯定され、持ち主を被害者とする窃盗罪の成立が認められています(東京高判昭和54年4月12日)。

ただし、ATMコーナーからの現金の持ち去りのケースでは、実務上、現金を引き出した利用者ではなく、銀行が被害届を提出したり、銀行とATM利用者が一緒に被害届を提出することがあります。これは、ATM利用者と銀行のいずれに占有(現金に対する排他的支配)を認めるべきかは微妙なケースも多く、その判断にあたっては法的見地からの評価・検討が必要なことが多く、警察段階では判断が困難なため、銀行とATM利用者が共同で被害の届け出をするよう指導されることがあるからです。

確かに、ATMコーナーは一般的に銀行の支配領域に属すると考えられるため、置き忘れられた現金に対する銀行の事実上の支配が認められる場合も十分考えうるところです。判例も、旅館内の風呂場に置き忘れられた物に対する旅館の主人の占有を認め(大判大正8年4月4日)、ゴルフ場内のロストボールに対するゴルフ場管理者の占有を認めています(最決昭和62年4月10日)。

前記のとおり、窃盗罪における占有は財物に対する排他的支配を要素とするため、理論的にはATM利用者の占有と銀行の占有が競合することはありません。しかし、いずれに占有が認められるかは法的評価の問題(最終的は司法判断により決されるべき事柄)であり、現時点で確定的なことは言えません。結局、あなたとしては、前の利用者と銀行のいずれも被害者となりうることを前提に今後の対応を検討する必要があります。

2 あなたの置かれている状況

あなたの自宅に警察から電話があったとのことですが、現金置き引きの犯人があなたであることは既に警察と銀行によって特定されていると考えて差し支えないでしょう。ATMコーナーには通常監視カメラが設置されていることから、現金置き引きのケースでは犯人と犯行の様子は容易に明らかになることがほとんどです。警察も、防犯カメラの映像を証拠として保全し、その内容を十分確認し、あなたが犯人であることが間違いないと確信した上で連絡してきているはずです(更に、あなたが、ATMにあった現金を取得後カードで口座の取引をした場合は、銀行は、すぐに個人を特定することができます)。

ただ、警察から連絡があったからといって、すでに被害届が出されているかどうかについては必ずしも明らかとはいえません。未だ被害届が出されておらず、被疑者ではなく参考人扱いで連絡が来ている可能性もあり得ます。前の利用者の立場では、持ち去った人物を処罰するということよりも、置き忘れた現金の返還を優先する気持ちが強いと考えられ被害届け提出も留保している可能性があります。その場合、速やかに示談を行い、被害届の提出を阻止することができれば、刑事手続になること自体を阻止できる可能性があります。警察に対し、被害届の提出の有無を含めた刑事手続の状況を至急確認すべきでしょう。

仮にすでに被害届が提出されていたとしても、被害弁償(示談)を十分に行い、被害者の宥恕を得ることができれば、起訴猶予処分となり、前科(窃盗の法定刑は10年以下の懲役または50万円以下の罰金と定められています。刑法235条。)を回避できる可能性が高まります(刑事訴訟法248条)。今回のケースでは、被害金額が20万円と高額であるため、裏を返せば、たとえ初犯であったとしても、被害弁償を行わずして起訴猶予となることは考えにくいでしょう。

いずれの場合でも、時間的に余断を許しませんので、速やかに被害弁償のための活動を開始すべきです。

あなたは警察からの電話連絡に対し、「何もありませんでした。」と嘘を述べてしまったとのことですが、この点については早急に警察に連絡または出頭する等して、真実を述べるべきです。このままでは逮捕される可能性が高まりますし、情状を悪くするだけであなたに最終的に下される刑事処分を重くするだけだからです。

刑事処分が決定される上で被害弁償の有無は被害者の処罰感情と並んで最も重要なファクターとなりますが、前の利用者はおそらく見ず知らずの他人でしょうから、被害弁償を行うためには弁護士をあなたの代理人として選任して警察ないし銀行から被害者情報の開示を受ける必要があります(後述するように、被害者のプライバシー等に配慮するため、法律上守秘義務を負う弁護士(弁護士法23条)に限って情報開示されることが通常であるため、被害弁償を行うためには弁護士を通して被害者情報の開示を受ける必要があります。)。しかし、あなたが犯行を否認していては、論理必然的にあなたが被害弁償を行う必要性はないことになりますので、被害者情報開示の協力を得ることが事実上期待できなくなってしまうのです。

また、あなたは公務員であるとのことですが、公務員の場合、職種によっては被疑者となった段階で警察から職場に連絡されることがあります。さらに、公務員の犯罪の場合、一般的にマスコミにとって報道価値が高い内容となることから、報道機関による実名報道等も懸念されるところです。かかる事態となってしまった場合、職場での懲戒処分の問題も派生してくることになります。したがって、速やかに職場や報道機関への情報提供を阻止するための働きかけを行う必要があるでしょう。

3 行うべき活動

まずは、被害届が提出されているかどうか、また、誰が被害届を提出しているかを警察に対して早急に確認する必要があります。もし、既に被害届が提出されているのであれば、早急に被害者情報開示の要請に加え、職場や報道関係者に対する情報提供を阻止するための上申を行う必要があります。弁護士からかかる上申がなされた場合、捜査機関でも一定の配慮をしてくれることが多いです。

被害者の連絡先等の情報については捜査上の秘密に属する事柄ですし、プライバシーの問題も多分に含むため、窃取行為を行った加害者ではなく、被害者の了解を得た上で、弁護人(代理人弁護士)限りで開示されることが通常です。この対応は警察の場合も銀行の場合も一緒です。また、窃盗事犯に限ったことではありませんが、被害者は加害者との直接対面等を拒むことが殆どですので(被疑者との関係を持つことを懸念するのが通常ですし、いわんや金銭の授受、和解協議など到底希望しない態度に出ることが予想されます。)、弁護人を介さずに示談を試みようとしても、合意成立どころか話し合いすらままなりません。したがって、被害弁償を行うためには弁護人の選任が必須となります。また、被害者情報の開示を受けるためには警察に対して真実を述べ、犯行を認めることが前提条件となることについては前記のとおりです。

ただし、被害者情報の開示に関しては、必ずしも警察が被疑者情報の開示に協力してくれるわけではない点、注意が必要です。前記のとおり、被害弁償がなされるということは事件が不起訴処分で終わる可能性が高まることを意味するため、被疑者を追及する立場の警察としては、言わば事件を自ら潰すことと同義となります。そのため、被害弁償の申し入れは送検後に検察官を通じて行うよう返答されるなど、被害回復の協力が得られないことも珍しくありません。

かかる場合、銀行に対する被害者情報開示の要請が奏功することがあります。銀行からしてみれば、自身の顧客である被害者(あなたの前のATM利用者)が被害回復を望んでいるのであれば、加害者側から被害回復の申し入れがある以上、これを拒否する理由はないからです。又、銀行としてもATMの管理上の責任問題を解決しトラブルを早急に終結したい希望を持つのが一般的だからです。早急な被害弁償のためには、警察と銀行の2通りのルートから被害者情報の開示を求める必要があるでしょう。

問題は、示談の相手方にATMの前の利用者に加えて銀行を含めるべきか否かですが、被害届が銀行によって提出されている場合であれば、銀行も合わせて示談の相手方とすべきでしょう(示談を相手ごとに2回行うか、三面契約による和解合意の形になります。)。ATMでの現金の置き引きのケースでは、銀行による被害届の提出の有無は、基本的に経済的な被害を受けたATM利用者の処罰意思と連動していることが多いといえます。経済的被害を受けたATM利用者の処罰意思を無視して銀行が独断で被害届を出すことは少なく、当該ATM利用者が加害者を宥恕するに至った場合、加害者の示談申し入れに敢えて応じないとすることは、ATM利用者に対する被害回復の妨げとなりかねないことから、銀行としては比較的柔軟に示談に応じてくれることが多いように思います。銀行の担当者によっては、ATM機利用者(特に当該銀行の預金者の場合は顧客最優先となります。)の意思に従う旨を明言するような場合もあります。オレオレ詐欺の場合の銀行側の対応(一切交渉に応じない態度)とは全く異なります。従って、弁護人は先入観にとらわれず直ちに銀行と交渉しなければなりません。

示談においては、実損額の賠償と被害者による宥恕はもちろん、被害届が未だ提出されていない場合であれば被害の届出を行わないことの確認が、既に被害届が提出されている場合であれば被害届の取下げが必須の内容となります。被害届の取下げというのは刑事訴訟法上の制度として存在するものではなく、法律上は捜査機関が被害の届け出によって犯罪があると思料した場合、捜査の後、原則的に全件が検察庁に送致され、検察官が起訴・不起訴を決定することとされています(刑事訴訟法246条)。しかし、警察では、被害届の取下げによって当初から遡って被害の届け出がされていなかったものとして扱い、送検することなく刑事手続きを終了させるという処理が実務上行われることがあります。したがって、たとえ被害届が出された後であったとしても、早急に示談を行うことで刑事手続を送検を待たずに終わらせ、被疑者として何時処分されるか分からない不安定な状態から解放できる可能性が十分にあるといえます。

4 最後に

上記のとおり、あなたは刑事処罰を回避し、職場や報道機関等への連絡を阻止するためには、警察に対して直ちに犯行を認めた上、示談申し入れや職場等への情報不開示の要請等を可及的速やかに行う必要があります。警察からの連絡による動揺等があったのかもしれませんが、このまま否認を貫いていたところで、逮捕の可能性が高まったり、被害届の提出によって被疑者扱いで捜査が進行したり、職場連絡や実名報道等による不利益を被ったり、刑事処分によって前科が付いたりと、あなたにとって良いことなど何一つありません。時間的な油断が取り返しのつかない事態となりうる典型例ともいうべきケースです。

前記のとおり、被害者との示談や刑事処罰回避といった目的を達成するためには弁護人の選任が不可欠ですので、直ちに弁護活動を開始してくれる経験のある弁護士に早急にご相談されることを強くお勧めいたします。

以上

関連事例集

  • その他の事例集は下記のサイト内検索で調べることができます。

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参照条文

刑法

(窃盗)
第二百三十五条 他人の財物を窃取した者は、窃盗の罪とし、十年以下の懲役又は五十万円以下の罰金に処する。

刑事訴訟法

第二百四十六条 司法警察員は、犯罪の捜査をしたときは、この法律に特別の定のある場合を除いては、速やかに書類及び証拠物とともに事件を検察官に送致しなければならない。但し、検察官が指定した事件については、この限りでない。

第二百四十八条 犯人の性格、年齢及び境遇、犯罪の軽重及び情状並びに犯罪後の情況により訴追を必要としないときは、公訴を提起しないことができる。