新銀座法律事務所 法律相談事例集データベース
No.1443、2013/05/23 00:00
【民事・インターネットオークションによる売買の問題・クレームなしの契約条件と債務不履行・当事者の評価による名誉毀損・名古屋地裁平成23年3月11日判決】

質問:インターネットのオークションで、コンサートのチケットを落札しました。
@オークションのページには、コンサートの座席はS席、と記載してあったはずなのに、実際にはA席でした。返金してもらおうとしましたが、「ノークレーム、ノーリターン」と書いてあったはずだ、の一点張りで、返金に応じてもらえません。あきらめるしかないのでしょうか。
Aオークションのページには、ユーザーを評価する欄があるのですが、私は何も悪くないのに、「非常に悪い落札者」という評価をつけられてしまいました。相手を名誉毀損で訴えることはできませんか?



回答:
@ノークレームノーリターン、という文言があったとしても、契約の内容から債務不履行があることが明らかであれば、契約の解除や損害賠償は可能です。
A裁判例によると、オークションでの悪評価を名誉毀損とまで認定されるのは難しいようです。
Bインターネット取引関連事例集1376番、1219番、1215番、882番、813番参照。

解説: 

1 インターネットオークションは、手軽に利用することができ、お店では売っていないような物も個人間で売買することができる便利なシステムです。近時、わが国でも非常に多く利用されています。しかし、それにともなってさまざまなトラブルが多発しているようです。特に、オークションでは、「NC.NR」「ノークレーム、ノーリターン」という言葉が多く見られます。これは、クレーム(苦情)やリターン(返品)は受け付けない、という意味で使われているようです。インターネットオークションのサイトでは非常に多く見かける言葉です。

2 ここで、インターネットオークションの法的構成について検討してみましょう。オークションでは、物(動産、本件のチケットは無記名債権ですから民法86条3項で動産とみなされます)を売り買いするものですから、売買契約が成立しています。そして、売買契約は、売主と買主の、売買の意思の合致によって契約が成立します。この点、インターネットオークションでは、いわゆる「競り」が行われており、決められた時間内に一番高い金額をつけた者が商品を購入することができる、という方式が一般的です。これは、売主がインターネット上で、一定の時間までに一番高い金額を付けた者に、という停止条件をつけ、商品を売るという意思表示をしているものといえます。一方、買主は、自身が「この金額であれば買いたい」とい値段をつけて、「入札」を行います。これも停止条件つきの意思表示であるといえます。
  そして、あらかじめ設定された時刻になったときに入札=購入の意思表示をしている者との間で、売買の意思表示の合致があることになり、そこで、売買契約が成立するのです。

3 さて、売買する商品は、実物を見ることはできないので、ホームページ上で確認することになります。そして、通常オークションでは、商品の写真と、説明文が記載されており、入札者はこの商品の説明ページを読んで、購入するかどうかを判断することになります。その結果、インターネットオークションでの売買契約の内容は、商品説明ページの記載、さらには、落札後の当事者間のメールのやり取りなどから決められることになる、といえます。したがって、これらのページに記載されている内容が、契約の内容を構成していると考えることができるでしょう。後記に紹介している判例でも、ホームページ上でのやり取りで、簡易書留で発送するかメール便で発送するか、というやりとりを契約の内容であると判断しています。

4 では、ノークレームノーリターン、と説明ページにあった場合、これも契約の内容となり、商品がどのようなものであっても一切返品や交換はできないということになるのでしょうか。結論からいえば、当然そのようなことはありません。ホームページ上の記載内容が契約の内容になる、ということは、その内容全体から、「当事者の合理的意思解釈」が行われるべきであり、契約内容全体から、売主が果たすべき義務(債務)が規定されるのです。

5 質問@では、コンサートのチケットが、S席(Aよりも良い席である)という内容で契約が成立しています。コンサートのチケットなどでは、座席の位置によって金額が異なることが多く、座席の位置(グレード)は売買の目的物の内容そのものといえます。これが異なっている物を販売することは、明らかに契約と異なる物を売ろうとする行為であり、故意があれば詐欺(民法93条)に当たる可能性もありますし、目的物の内容の重大な部分に齟齬があるので、錯誤無効(95条)などの可能性もあります。詐欺であれば、契約を取り消すこと、錯誤無効であれば契約の無効を主張することにより、代金の返還を請求できます。
  故意で人を騙す行為が認められないため詐欺ではない、あるいは錯誤があるが、目的物の重大な部分、要素の錯誤ではないと判断される場合は、商品が特定物(商品が特定されている場合)であれば瑕疵担保責任として、不特定物(同様の商品がある場合)であれば債務不履行としていずれの場合も損害賠償(代金の減額)の請求が可能です。このような内容においては、たとえ商品説明のページに「ノークレームノーリターン」の記載があったとしても、異なる目的物を引き渡す行為は債務不履行あるいは瑕疵担保責任が残りますから、損害賠償(代金の一部返還)は可能であると考えられます。

6 なお、私見では、「ノークレームノーリターン」という文言が、全てのオークションにおいて全くの無意味であるとも言い切れないと考えます。
  たとえば、衣服やアクセサリーなどの中古品(法律上は「特定物」と呼びます)を取引する場合、その商品の使用感や傷、汚れの程度などは、見る人によって感じ方はさまざまです。現物を手にとって見ることができないオークションの場合、中古品であることを理解し、商品説明に虚偽などがなく、「ノークレームノーリターン」という文言が、買主の解除権をある程度制限する効力を持つ場合もあると考えます。
  法律上はノークレームノーリターンという文言がなくても受け取った商品が通常予定されている程度の品質や性能を有していれば瑕疵はないとして解除や代金の減額は、法律上は認められません。この点を、確認して、むやみに返品や代金の減額請求を事実上阻止するのがノークレームノーリターンという文言と言ってよいでしょう。

7 質問Aについて、オークションサイトでは、出品者、落札者が、取引の経過を踏まえて、お互いを「評価」するシステムが多くとられています。ネットの世界では、これらの評価や「クチコミ」が重要な意味を持つことも少なくなく、オークションでの出品を業者として行っている場合、悪評は売り上げに直結する場合もあります。では、根拠も無いのに間違った評価や悪い評価をサイト上でつけられた場合、これに対して名誉毀損などの不法行為責任を問うことができるでしょうか。
  この点、名古屋地裁平成23年3月11日判決では、オークションサイトの評価のつけ方が、「良い」「悪い」などの段階評価であること、出品者、落札者ともにハンドルネームを利用していること、表現内容が不相当とはいえないことを理由に、名誉毀損の成立を否定しています。本件質問にこれを当てはめて考えたとき、表現内容の相当性については一般性がありませんが、オークションサイトでは評価が3〜5段階の選択性になっていること、表示はハンドルネームで行われることなどは一般的なオークションサイトに共通であるといえます。特に、ハンドルネームでの表現については、特定の人の評価を貶める、という名誉毀損の要件の検討において、裁判所は未だ慎重な立場をとっているといえるでしょう。

8 結論として、ハンドルネームを利用したオークションサイトにおいて、選択型の評価で悪評価をつけること自体が、名誉毀損とまで認められることはほとんど無いと考えられます(なお、各サイトの利用規約に違反するかどうかについては別問題ですから注意が必要です)。

9 インターネットオークションには、相手の顔が見えない遠隔取引であること、個人売買のケースが多いため、初歩的な部分のミスによるトラブルが多いことなどの特徴があります。「ノークレーム」のトラブルなどは個人売買に多く見られます。当事者間での協議で埒が明かないと感じた場合、早めに弁護士等の専門家に相談すると良いでしょう。

《参考判例》

名古屋地方裁判所 平成23年3月11日民事第8部判決
1 本件は,Aオークションのインターネットサイト(以下「本件サイト」という。)においてB株主優待券を落札した控訴人が,出品者である被控訴人に対して,控訴人へのB株主優待券の配送について,被控訴人が合意に反する発送方法を採り,その結果,控訴人に配達されなかったとして,債務不履行による損害賠償請求権に基づき,同優待券の落札代金,送料,振込手数料,被控訴人に対して返金を求めるために要した通信費及び同優待券が届かなかったことにより発生した損害(合計11万6467円)の賠償,被控訴人が,本件サイトに控訴人の名誉を毀損する内容の書き込みを行い,これによって控訴人を公然と侮辱したとして,不法行為による損害賠償請求権に基づき,慰謝料(8万3533円)の支払及びこれらの合計額20万円に対する訴状送達の日の翌日である平成21年6月11日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求めた事案である。(中略)
第3 当裁判所の判断
1 当裁判所も,以下のとおり,控訴人の請求は,原判決が認容した限度で理由があり,その余は理由がないものと判断する。
2 争点(1)について
(1)前記前提事実によれば,被控訴人は,本件サイトに本件優待券を出品するに際して,配送方法として簡易書留郵便によることが可能である旨を特に表示し,本件優待券を落札した控訴人は,被控訴人に対し,簡易書留郵便による配送を希望したものであり,以上によって,被控訴人は,控訴人との間で,控訴人の住所において本件優待券を引き渡すこと(持参債務),その方法として,簡易書留郵便によることを合意したものと認められる。(中略)
4 争点(3)について
(1)控訴人は,本件コメント等が,控訴人の名誉を毀損するものである旨主張する。
(2)しかし,前記前提事実並びに証拠(甲21の1ないし6)及び弁論の全趣旨を総合すると,本件サイトにおいては,オークション取引が成立し,目的物の授受,代金支払等の取引が全て終了した段階で,出品者(売主)及び落札者(買主)が,それぞれ相手方を「良い」,「普通」,「悪い」の3段階で評価し,あわせて評価コメントを記載するシステムとなっており,これらの評価及び評価コメントは,全てハンドルネーム(別名)をもって行われるものであることが認められる。そして,本件コメント等のうち,「悪い落札者です」との評価は,上記3段階の評価のうちの1つを記載したものにほかならず,また,「二度と取引したくないです。」との評価コメントも,被控訴人が控訴人との本件サイトのオークション取引を通じて形成した感想,心情を吐露したものにすぎず,表現方法も,オークションの落札者(控訴人)を評価するコメントとして,直ちに相当性を欠くということはできない。
 以上からすると,本件コメント等は,控訴人の一般社会における評価を低下させるものとは認められないし,本件サイト内において出品者や落札者を評価する際に用いる表現として,違法ということはできない。
 したがって,被控訴人が,本件サイトに本件コメント等を書き込んだことは,控訴人に対する不法行為に該当しない。

《参考条文》 

民法
(債務不履行による損害賠償)
第四百十五条  債務者がその債務の本旨に従った履行をしないときは、債権者は、これによって生じた損害の賠償を請求することができる。債務者の責めに帰すべき事由によって履行をすることができなくなったときも、同様とする。
 第三款 契約の解除
(解除権の行使)
第五百四十条  契約又は法律の規定により当事者の一方が解除権を有するときは、その解除は、相手方に対する意思表示によってする。
2  前項の意思表示は、撤回することができない。
(履行遅滞等による解除権)
第五百四十一条  当事者の一方がその債務を履行しない場合において、相手方が相当の期間を定めてその履行の催告をし、その期間内に履行がないときは、相手方は、契約の解除をすることができる。
(定期行為の履行遅滞による解除権)
第五百四十二条  契約の性質又は当事者の意思表示により、特定の日時又は一定の期間内に履行をしなければ契約をした目的を達することができない場合において、当事者の一方が履行をしないでその時期を経過したときは、相手方は、前条の催告をすることなく、直ちにその契約の解除をすることができる。
(履行不能による解除権)
第五百四十三条  履行の全部又は一部が不能となったときは、債権者は、契約の解除をすることができる。ただし、その債務の不履行が債務者の責めに帰することができない事由によるものであるときは、この限りでない。
(解除権の不可分性)
第五百四十四条  当事者の一方が数人ある場合には、契約の解除は、その全員から又はその全員に対してのみ、することができる。
2  前項の場合において、解除権が当事者のうちの一人について消滅したときは、他の者についても消滅する。
(解除の効果)
第五百四十五条  当事者の一方がその解除権を行使したときは、各当事者は、その相手方を原状に復させる義務を負う。ただし、第三者の権利を害することはできない。
2  前項本文の場合において、金銭を返還するときは、その受領の時から利息を付さなければならない。
3  解除権の行使は、損害賠償の請求を妨げない。
(契約の解除と同時履行)
第五百四十六条  第五百三十三条の規定は、前条の場合について準用する。
(催告による解除権の消滅)
第五百四十七条  解除権の行使について期間の定めがないときは、相手方は、解除権を有する者に対し、相当の期間を定めて、その期間内に解除をするかどうかを確答すべき旨の催告をすることができる。この場合において、その期間内に解除の通知を受けないときは、解除権は、消滅する。
(解除権者の行為等による解除権の消滅)
第五百四十八条  解除権を有する者が自己の行為若しくは過失によって契約の目的物を著しく損傷し、若しくは返還することができなくなったとき、又は加工若しくは改造によってこれを他の種類の物に変えたときは、解除権は、消滅する。
2  契約の目的物が解除権を有する者の行為又は過失によらないで滅失し、又は損傷したときは、解除権は、消滅しない。

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