新銀座法律事務所 法律相談事例集データベース
No.1451、2013/06/21 00:00 https://www.shinginza.com/qa-roudou.htm

【労働事件におけるあっせん制度の意義 他の解決手続きとの差異】

質問:
 私は18年間あるメーカーの正社員としてA会社に勤務しておりましたが,会社の大口の受注先であるB会社の秘密を自分で利用しているブログに掲載してしまったところ,B会社の方からA会社の方に指摘があり,A会社を懲戒解雇されてしまいました。退職金も一切支給されておりません。大した内容はブログに書いていないと思うので,A会社の扱いには納得できません。A会社に戻るつもりもありません。ただ,私にも生活があるので,せめて退職金だけでも早期に支払ってもらいたいのですが,何かよい方法はないでしょうか。



回答:
1 救済手段としては,労働審判,仮処分(仮差押え),労働訴訟によって退職金の支払いを求めるという方法が考えられます。ただし,決着がつくまで労働審判でも約3か月,仮地位仮処分や労働訴訟では1年近くかかることもあります。
2 A会社に懲戒解雇の撤回を求めず,退職金の支払いだけを早期に求めたいということであれば,労働局によるあっせん制度を利用することを検討されてみたらよいでしょう。あっせん制度であれば,1か月程度で決着が着く可能性がありますし,申請費用もかかりません。
3 もっとも,ご自分だけで申請するのが不安ということであれば,弁護士が補佐することができます。お近くの法律事務所に相談されてみてください。
4 関連事例集  1380番、1359番、1133番、1062番、925番、915番、842番、786番、763番、762番、743番、721番、657番、642番、458番、365番、73番、5番、労働審判手続きは995番、他書式集参照。


解説:
1 あっせん制度について
(1)意義
 あっせん制度は,労働組合に加入していない労働者個人と会社とのトラブルについて,間に弁護士や特定社会保険労務士等の学識経験者である第三者(あっせん委員)が入り,紛争の解決を図るための一手段です。国(労働厚生省)によって設けられた公的な制度であり,厚生労働省の出先機関である労働局紛争調整委員会によってあっせんがなされます。両当事者の希望により労働局紛争調整委員会自ら具合的なあっせん案を提示することもできるため,紛争の円満な解決を図ることが期待できます。あっせんはどちらが正しいか勝ち負けを決めるものではなく,当事者双方が歩み寄ることによって紛争の解決を図るものです。労働局紛争調整委員会は,都道府県労働局ごとに設置されています(個別労働関係紛争の解決の促進に関する法律(以下「個別労働紛争解決促進法」という)第6条第1項)。
(2)あっせんの対象
 労働問題に関するあらゆる分野の紛争が対象となります。解雇,雇止め,配置転換・出向,降格等の労働条件の不利益変更等の労働条件に関する紛争のみならず,いじめ・嫌がらせ等の職場の環境に関する紛争,同業他社への就業禁止などの労働契約に関する紛争などを含みます。
 もっとも,例外がないわけではありません。労働組合と事業主間の紛争や労働者間同士の紛争,募集・採用に関する紛争,裁判問題になっている紛争などについてはあっせんの対象となりません。また,公務員についても,国営企業や地方公営企業の職員等の勤務条件に関する紛争についてはあっせんの対象となる場合がありますが(個別労働紛争解決促進法第22条ただし書き),原則としてあっせんの対象とはなりません(同法第22条本文)。
(3)あっせん制度の特徴
 原則として1か月程度の手続で済みますので手続が迅速かつ簡便ですし,申請費用もかかりません。専門家で構成される紛争調整委員会という第三者が間に入るので円満な解決が期待できます。労働者があっせんの申請をしたことを理由として,事業主が労働者に対して解雇その他不利益な取り扱いをすることは法律で禁止されておりますので(個別労働紛争解決促進法第4条第3項),会社からの報復をおそれる必要もありません。また,あっせんの手続は非公開ですので,紛争当事者のプライバシーは保護されます。一方当事者から提出された資料を相手方に開示しないという運用も可能です。
(4)紛争調整委員会によるあっせんの手続の流れ
 まず,都道府県労働局総務部企画室や最寄りの総合労働相談コーナーにあっせん申請書を提出します。申請費用は無料です。
 そうしますと,紛争調整委員会から,紛争当事者双方に対して,あっせんの開始通知とあっせん参加・不参加の意思確認に関する書面が届けられます。 
 紛争当事者双方があっせんに参加するということになれば,あっせんの申請から約1か月以内にあっせんが行われる日(期日)が決定されます。東京労働局の場合,あっせん期日は,原則1回(約2時間)だけで,午前(10時から)か午後(13時30分から)に指定されます。もっとも,相手方があっせんに参加しないということになれば,あっせんは実施されず打ち切りとなります。相手方があっせんに参加しなくとも罰則はありません(民事調停法第34条対照)。あっせんが行われる場所(管轄)は,紛争発生時の事業所の所在地を管轄する都道府県です。
 あっせん期日においては,あっせん委員が紛争当事者双方の主張の確認をし,必要に応じ参考人から事情聴取を行います(個別労働紛争解決促進法第12条第2項)。弁護士などの補佐人がいる場合には,事前に主張を整理して書面で主張内容を説明することも可能です。その上で,紛争当事者間の調整がなされます。紛争当事者双方が求めた場合には,両者が採るべき具体的なあっせん案をあっせん委員側から提示してもらうことも可能です(個別労働紛争解決促進法第13条第2項)。第三者があっせん案を提示することで,紛争当事者の円満な折り合いがつくことが期待できます。
 あっせん期日において,提示されたあっせん案の受諾を含め紛争当事者双方の合意が成立した場合には,当該合意には民法上の和解契約(民法第695条)の効力を持つこととなります。これに対して,紛争当事者双方の合意が成立しなかった場合には,あっせんは打ち切りとなり(個別労働紛争解決促進法第15条),他の紛争解決手段についてあっせん委員から教えてもらうことができます。
2 守秘義務について
 従業員は,在職中は,労働契約に付随する義務の1つとして,知りえた企業情報について秘密保持義務を負います(労働契約法第3条第4項)。この点は,就業規則に同趣旨の規定があるか否かを問わないと解されます。秘密保持義務違反に対しては,懲戒処分や損害賠償請求などがなされうることとなります。
 もっとも,ここでいう「秘密」とはありとあらゆる範囲を指すものではありません。一般的には,非公知性のある情報であって,これが企業外に漏れることにより企業の正当な利益(顧客等からの信用等も含む)を害するものが,「秘密」に該当します。個人情報保護法によって使用者が顧客等の第三者に対して保護義務を負う個人情報についても,「秘密」に該当するものといえます。
 本件では,A会社の大口の受注先であるB会社の秘密を自分で利用しているブログに掲載してしまったとのことですが,まずは掲載した内容が上で説明したような「秘密」にあたるかを検討してみる必要があります。例えば,A会社とB会社との取引内容やB会社は支払いがいつも遅れるといった内容であれば「秘密」にあたりうるでしょう。もっとも,A会社とB会社との取引内容を記載するにしても,B会社特有の事情がないということであれば直ちに「秘密」にあたるとはいえません。本件でもこれらの点は,争う余地があるでしょう。
3 労働審判制度との違い
 労働審判制度は裁判手続の一つであり,原則として3か月程度の手続が必要となります。そのため,あっせん制度よりは多少時間がかかります。また,低廉ですが審判申立て費用がかかります。提出した証拠は全て相手方が知るところとなりますし,裁判所を用いることになるため相手方との対決が前提となります。
 他方で,相手方が労働審判に出頭しなくとも,紛争解決手段が示されます。
4 仮地位仮処分,労働訴訟との違い
 裁判制度を用いることになるので,本訴を含む最終解決には解決まで1年近くかかることもあります。手続を利用するにあたって費用もかかります。提出した証拠は全て相手方が知るところとなりますし,裁判所を用いることになるため相手方との対決が前提となります。
 仮処分と労働訴訟は通常セットで申し立てられますが,労働訴訟についてのみ訴え提起をすることも可能です。しかし、本訴の場合は1回目の裁判の期日は1か月以上先の日程になってしまいます。その点仮処分であれば、第1回目の期日は1,2週間程度先になりますが、本訴よりも早い期日が開かれますから、通常は仮処分の申し立てもすることになります。
5 本件相談の検討
 まずは,A会社と話し合う余地があるか確かめることが重要です。A会社が一切話し合いに応じる余地がないということであれば,本件では労働審判制度を用いるのが一番実効的でしょう。
 もっとも,A会社がB会社の立場を考えて本件のような対応を取ったに過ぎないということであれば,A社との話し合いの余地が十分あると思います。解雇の撤回を求めないという場合にも話し合いがしやすいと思われます。そのような場合には,本件のようなあっせん制度を用いることを検討するべきです。解決金がどの程度になるかは事案によって様々ですが,解雇が相当か微妙な事案であれば賃金の6か月程度をベースに金額が設定されているように思われます。
あっせんは短時間に終わってしまう手続ですから,事前にどのような説明をあっせん委員にするか準備が必要です。弁護士が補佐人になることによって,あっせん委員に効果的に説明することが可能ですので,お近くの弁護士事務所に相談されることも検討してみてください。
  
≪参照条文≫

■ 民法

(和解)
第695条  和解は,当事者が互いに譲歩をしてその間に存する争いをやめることを約することによって,その効力を生ずる。

■ 民事保全法
(申立て及び疎明)
第13条  保全命令の申立ては,その趣旨並びに保全すべき権利又は権利関係及び保全の必要性を明らかにして,これをしなければならない。
2 (略)。
 
■ 民事調停法

(不出頭に対する制裁)
第34条  裁判所又は調停委員会の呼出しを受けた事件の関係人が正当な事由がなく出頭しないときは,裁判所は,五万円以下の過料に処する。

■ 個別労働関係紛争の解決の促進に関する法律

(当事者に対する助言及び指導)
第四条  (略)。
2 (略)。
3  事業主は,労働者が第一項の援助を求めたことを理由として,当該労働者に対して解雇その他不利益な取扱いをしてはならない。

(委員会の設置)
第6条  都道府県労働局に,紛争調整委員会(以下「委員会」という。)を置く。
2  (略)。

(あっせん)
第12条  (略)。
2  あっせん委員は,紛争当事者間をあっせんし,双方の主張の要点を確かめ,実情に即して事件が解決されるように努めなければならない。

第13条  あっせん委員は,紛争当事者から意見を聴取するほか,必要に応じ,参考人から意見を聴取し,又はこれらの者から意見書の提出を求め,事件の解決に必要なあっせん案を作成し,これを紛争当事者に提示することができる。
2 (略)。

第15条  あっせん委員は,あっせんに係る紛争について,あっせんによっては紛争の解決の見込みがないと認めるときは,あっせんを打ち切ることができる。

(適用除外)
第22条  この法律は,国家公務員及び地方公務員については,適用しない。ただし,特定独立行政法人等の労働関係に関する法律第2条第4号の職員,地方公営企業法(昭和27年法律第292号)第15条第1項の企業職員,地方独立行政法人法(平成15年法律第118号)第47条の職員及び地方公務員法 (昭和25年法律第261号)第57条 に規定する単純な労務に雇用される一般職に属する地方公務員であって地方公営企業等の労働関係に関する法律 (昭和27年法律第289号)第3条第4号の職員以外のものの勤務条件に関する事項についての紛争については,この限りでない。

■ 労働契約法

(労働契約の原則)
第3条  労働契約は,労働者及び使用者が対等の立場における合意に基づいて締結し,又は変更すべきものとする。
2〜3 (略)。  
4  労働者及び使用者は,労働契約を遵守するとともに,信義に従い誠実に,権利を行使し,及び義務を履行しなければならない。
5  労働者及び使用者は,労働契約に基づく権利の行使に当たっては,それを濫用することがあってはならない。


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