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No.1452、2013/06/26 00:00 https://www.shinginza.com/qa-seikyu.htm
【民事 賃料債権差し押さえ後の賃貸借目的物譲渡による賃料債権の消滅  最高裁平成24年9月4日判決】

質問:
 私(債権者A)は,債務者(債務者B)に対して100万円を支払えという旨の訴訟を起こし,請求は全て認容されました。それにもかかわらず,債務者は任意に支払わないことから,債務者が所有する賃貸物件の賃料債権を差し押さえました。もっとも,債務者は,当該賃貸物件の賃借人(第三債務者C)に賃貸物件を譲渡しようとしています。
賃貸物件の譲渡により,差し押さえた賃料債権は,消滅するのでしょうか。



回答:

1 賃料債権は、賃貸目的物の譲渡された以降は,賃料債権の発生の根拠となる賃貸借契約が終了することにより発生しなくなります。
賃料債権が発生しなくなる結果,賃借人に対して,目的物譲渡前に発生している賃料債権を取り立てることはできますが、譲渡後の賃料を取り立てることができなくなります。
但し、賃料債権の差押を免れるために虚偽の譲渡が行われたような特段の事情があり、信義則上賃貸借契約の終了の主張が認められないような特別な場合は、例外的に賃料の取り立てが認められることになります。

2 このような状況を阻止するためには,建物自体の差押あるいは,譲渡代金が未払いの段階であれば建物売買代金債権を差し押さえる等の対抗手段が考えられます。

解説:

1 債権差し押さえ
(1)自力執行禁止の原則
債務者の財産から強制的に取り立てる(強制執行をする)ためには,裁判における勝訴判決など(民事執行法22条)の債務名義が存在する必要があります。このような債務名義の存在なしに,強制執行をすることはできません。このことを自力執行禁止の原則といいます。
(2)賃料債権の差押え
 強制執行の一つとして,債権者Aが,債務者Bが第三債務者Cに有している債権を差し押さえ,その差し押さえた債権から回収する方法があります(民事執行法143条以下)。
 債権を差し押さえることで,債務者Bは債権の処分ができなくなり、債権者Aは第三債務者Cに対して直接取り立てることができます(民事執行法155条1項)。また,第三債務者Cが任意に支払わなければ,債権者Aは取立て訴訟を提起することできます(民事執行法157条)。

2 継続的給付にかかる債権の差押えの効力(民事執行法151条)
継続的に発生する債権については,民事執行法151条により差押え後に発生する債権に対しても差押えの効力が及ぶことが認められています。ここでいう継続的給付にかかる債権とは,単一の法律関係に基づいて継続的に行われる給付についての債権のことで,給料・俸給債権や恩給その他の年金債権,地代・小作料などがあり,賃料はこれに含まれると解されています。したがって,賃料の差押については,差押後に発生する賃料債権にも差押えの効力が及ぶことになります。

3 賃借人が賃貸借の目的物の所有権を取得したときの処理
 賃借人が賃貸借の目的物の所有権を取得した場合,貸主と借主が同一人物になることから,賃貸借契約を続けていく必要はなく,基本的には,賃貸借契約が終了するものと解されています(民法520条)。
 また、貸主が賃貸借の目的物を第三者に処分した場合、当然には賃貸借契約は終了する訳ではありませんが、建物賃貸借契約の場合、賃借人が建物を占有している場合は、新所有者に対して賃貸借契約を対抗できる結果(借地借家法31条1項)、新所有者が賃貸人となり譲渡人との間の賃貸借契約は消滅することになります。

4 債権の発生原因となる基本的法律関係を変更消滅させることの可否
(1)説明
 継続的給付にかかる債権に対する差押え後にその継続的給付を発生させる基本的法律関係を変更,消滅させることについては,基本的には,制限されないと解されています。債権の差押には債権を処分できないという効力があります。売買代金債権者の債権が差し押さえられるとその債権を譲渡することはできなくなります。同様に賃料債権の差押の場合も、賃料債権だけを譲渡するということはできないはずです。しかし、賃料債権の差押は、賃貸借関係の目的物の処分まで禁止しているわけではありません。それは、目的物の差押があって初めて認められる効力です。そして、建物賃貸借の場合は目的である建物が譲渡されると賃貸借契約が新しい建物所有者との間で成立することにより、それまでの賃貸借契約は終了することになります。
 この点は、継続的契約関係という点からも説明できます。基本的法律関係には,権利のみならず,義務も存在することがほとんどであり,将来にわたって債務者Bを基本的法律関係上の権利義務に拘束させるのは,妥当ではないことから,差押後に基本的法律関係を変更消滅させることは基本的には制限されるべきではないでしょう(例えば給料債権を差し押さえた場合の、退職による基本的法律関係たる労働契約の終了が例としてあげられます)。
 もっとも,基本的法律関係の変更,消滅が,執行を免れるためだけに行われるような場合には,通謀虚偽表示等として差し押さえた者に対して基本的法律関係の変更,消滅を対抗できないとされています。

(2)参考判例(最判昭和55年1月18日判例時報956号59頁)
 最判昭和55年1月18日(判例時報956号59頁)は,給料債権の差押えを受けた従業員が,勤務先を退職後に,その勤務先に再雇用された場合であっても,再雇用されるまでに6か月余りを経過している等の事情がある場合には,再雇用後の給料債権に対して差し押さえ命令の効力が及ぶとすることはできないと判断しました。
 この判例では,給料債権が差し押さえられた後に,給料債権の基礎となる基本的法律関係(雇用契約)を終了させることができることが判断の前提となっております。
その上で,退職前の給料債権差し押さえの効力が再雇用後の給与債権に及ぶか否かという論点に対して,当然に差押命令の効力が及ばないとしたのではなく,再雇用されるまでに6か月余りを経過している等の事情などから,差押命令の効力が及ばないと判断しています。

5 賃料債権の混同との関係(民法520条)
混同とは,債権と債務が同一人物に帰属することになった場合,債権は消滅するという制度です。債権と債務が同一人物に帰属するような場合,あえて債権を存続させておく必要はないことから,債権は消滅します。もっとも,当該債権が第三者の目的であるときは,債権は消滅しません(民法520条但書)。
 本件では,賃料債権が差し押さえられているため,同条但書が適用されるか問題となります。
 本件は,賃貸借契約の終了に基づき,賃料債権がそもそも発生しない点で,債権が事後的に消滅する混同とは異なる評価ができ,520条但書は適用されないといえるでしょう。

6 最高裁平成24年9月4日(判例時報2171号42頁)における事案と評価
(1)事案の概要・判旨
 本件と類似する判例として,最高裁平成24年9月4日(判例時報2171号42頁)があります。同判例における事案は次のとおりです。
 原告A(債権者)が,債務者Bが被告C(第三債務者)に対して有する賃料債権を仮に差し押さえました。本案係属中に,BがCに対して,本件賃貸借の目的となる建物を譲渡し,Cは売買代金を支払い,所有権移転登記も終えました。
 AがCに差し押さえた賃料債権の支払いを求めたところ,Cは建物譲受後は,賃料債権は消滅したため,支払う必要はないと主張しました。
 原審は,民法520条但書により,賃料債権は消滅することはないと判断しました。これに対して,最高裁は,賃貸人が賃借人に賃貸借の目的である建物を譲渡したことにより賃貸借契約が終了した以上は,その終了が賃料債権の差押え効力発生後であっても特段の事情のない限り,差押債権者は第三債務者である賃借人から,当該譲渡後に支払期の到来する賃料債権を取り立てることができないと判断し,原判決を破棄し,特段の事情についての審理を行わせるため,原審に差し戻しました。
(2)最高裁の判断における特段の事情
 最高裁の判断における賃料債権の消滅を主張できなくなる特段の事情とは,判旨によると「賃貸人と賃借人との人的関係,当該建物を譲渡するに至った経緯及び態様その他諸般の事情に照らして,賃借人において賃料債権が発生しないことを主張することが信義則上許されないなどの特段の事情」とされております。
 前述の例外部分でいう通謀虚偽表示のように執行妨害に該当するような場合には,本判旨による特段の事情が認められる可能性があるといえます。特段の事情が認められるかについては,個々の具体的な事案によることになるでしょう。
(3)判例の評価
 前に述べているとおり,混同は,事後的に債権が消滅する制度であり,そもそも債権が発生しない本件とは異なるといえるでしょう。そして建物の譲渡は自由にでき,譲渡により賃貸借契約が終了する以上,基本的に賃料が消滅することとなるというべきでしょう。執行妨害など悪質な事案の場合には,特段の事情で対応することができ,判旨は正当といえるでしょう。

7 本件における評価
 本件ご相談における事例については,賃貸目的物が賃借人に譲渡されることにより,賃貸借契約が終了し,譲渡以降の賃料債権は消滅,差押ができなくなります。
 賃貸目的物の譲渡が想定される場合には,訴訟前から賃料債権について仮差し押さえをし,少しでも前からの賃料債権に対し,差押の効力を及ぼすことが考えられます。あるいは、予納金等の費用がかかりますが、余剰価値がある不動産であれば不動産自体の差押、また,実際に建物が譲渡される場合には,決済前であれば建物の売買代金債権を差し押さえるといったことが考えられます。
 なお、賃貸目的物の譲渡が債権者の強制執行を妨害する目的で、通謀して虚偽の登記として行われたような悪質なケースでは、刑法96条の2「強制執行妨害罪」での刑事告訴手続をとることも考えられます。お困りの場合は一度お近くの法律事務所にご相談なさってみると良いでしょう。

≪参考判例≫
最高裁判所平成24年9月4日(判例時報2171号42頁)
主   文
1 原判決主文第2項(1)のうち上告人に対し2380万円を超えて金員の支払を命じた部分及び同項(2)の部分を破棄する。
2 前項の各部分につき,本件を大阪高等裁判所に差し戻す。
3 上告人のその余の上告を棄却する。
4 前項に関する上告費用は上告人の負担とする。
理   由
 上告代理人向田誠宏ほかの上告受理申立て理由第2について
1 本件は,被上告人が,Aに対する金銭債権を表示した債務名義による強制執行として,Aの上告人に対する賃料債権を差し押さえたと主張し,上告人に対し,平成20年8月分から平成22年9月分までの月額140万円の賃料及び同年10月分の賃料のうち76万0642円の合計3716万0642円の支払を求める取立訴訟である。
2 原審の確定した事実関係の概要等は,次のとおりである。
(1)Aは,平成16年10月20日,A及びその代表取締役が全株式を保有し,同人が当時代表取締役を務めていた上告人との間で,Aが所有する第1審判決別紙物件目録記載5の建物(以下「本件建物」という。)を,期間を同年11月1日から平成36年3月31日まで,賃料を当分の間月額200万円と定めて賃貸する旨の契約(以下「本件賃貸借契約」という。)を締結し,上告人に本件建物を引き渡した。
 Aと上告人は,平成20年5月23日,本件賃貸借契約に基づく同年6月分以降の賃料を月額140万円とする旨合意し,同月初め頃,当月分の賃料を毎月7日に支払う旨合意した。
(2)被上告人は,Aに対し,3583万4564円及びこれに対する遅延損害金の支払を命ずる執行力ある判決正本を債務名義として,本件賃貸借契約に基づく賃料債権(ただし,平成19年4月1日以降支払期の到来するものから3716万0642円に満つるまで)の差押えを申し立て,これを認容する債権差押命令(以下「本件差押命令」という。)が,上告人に対しては平成20年10月10日に,Aに対しては同月17日に,それぞれ送達された。
(3)上告人は,Aとの間で,平成21年12月25日までに,本件建物を含む複数のA所有の不動産を買受ける旨の契約(以下「本件売買契約」という。)を締結し、その所有権移転登記を受け,売買代金3億7250万円をAに支払った。
(4)上告人は,上告人がAに対して本件売買契約に基づく売買代金を支払った平成21年12月25日,本件賃貸借契約に基づく賃料債権は混同により消滅したなどと主張している。 
3 原審は,上告人が本件売買契約により本件建物の所有権の移転を受ける前に本件差押命令が発せられており,本件賃貸借契約に基づく賃料債権は第三者の権利の目的となっているから,民法520条ただし書の規定により,平成22年1月分以降の賃料債権が混同によって消滅することはなく,被上告人は上告人からこれを取り立てることができるなどと判断して,上告人に対し,原審口頭弁論終結時において支払期の到来していた平成20年8月分から平成22年1月分までの賃料合計2520万円の支払並びに同年2月から同年9月まで本件賃貸借契約の約定支払期である毎月7日限り各140万円及び同年10月7日限り76万0642円の各支払を命じた。
4 しかしながら,原審の判断のうち,被上告人が上告人から本件賃貸借契約に基づく平成22年1月分以降の賃料債権を取り立てることができるとした部分は,是認することができない。その理由は,次のとおりである。
 賃料債権の差押えを受けた債務者は,当該賃料債権の処分を禁止されるが,その発生の基礎となる賃貸借契約が終了したときは,差押えの対象となる賃料債権は以後発生しないこととなる。したがって,賃貸人が賃借人に賃貸借契約の目的である建物を譲渡したことにより賃貸借契約が終了した以上は,その終了が賃料債権の差押えの効力発生後であっても,賃貸人と賃借人との人的関係,当該建物を譲渡するに至った経緯及び態様その他の諸般の事情に照らして,賃借人において賃料債権が発生しないことを主張することが信義則上許されないなどの特段の事情がない限り,差押債権者は,第三債務者である賃借人から,当該譲渡後に支払期の到来する賃料債権を取り立てることができないというべきである。
 そうすると,本件においては,平成21年12月25日までにAが上告人に本件建物を譲渡したことにより本件賃貸借契約が終了しているのであるから,上記特段の事情について審理判断することなく,被上告人が上告人から本件賃貸借契約に基づく平成22年1月分以降の賃料債権を取り立てることができるとした原審の判断には,判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。論旨は,以上の趣旨をいうものとして理由があり,原判決のうち,上告人に対し平成20年8月分から平成21年12月分までの賃料合計2380万円を超えて金員の支払を命じた部分は破棄を免れない。そして,上記特段の事情の有無につき更に審理を尽くさせるため,上記の部分につき,本件を原審に差し戻すこととする。
 なお,その余の上告については,上告受理申立て理由が上告受理の決定において排除されたので,棄却することとする。
 よって,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 寺田逸郎 裁判官 田原睦夫 裁判官 岡部喜代子 裁判官 大谷剛彦 裁判官 大橋正春)

≪参考条文≫
民法520条
 債権及び債務が同一人に帰属したときは,その債権は消滅する。ただし,その債権が第三者の権利の目的であるときは,この限りでない。
民事執行法151条
給料その他継続的給付に係る債権に対する差押えの効力は,差押債権者の債権及び執行費用の額を限度として,差押えの後に受けるべき給付に及ぶ。
民事執行法155条
1項 金銭債権を差し押さえた債権者は,債務者に対して差押命令が送達された日から1週間を経過したときは,その債権を取り立てることができる。ただし,差押債権者の債権及び執行費用の額を超えて支払を受けることができない。
民事執行法157条
1項 差押債権者が第三債務者に対し差し押さえた債権に係る給付を求める訴え(以下「取立訴訟」という。)を提起したときは,受訴裁判所は,第三債務者の申立てにより,他の債権者で訴状の送達の時までにその債権を差し押さえたものに対し,共同訴訟人として原告に参加すべきことを命ずることができる。

刑法96条の2(強制執行妨害罪)
強制執行を免れる目的で、財産を隠匿し、損壊し、若しくは仮装譲渡し、又は仮装の債務を負担した者は、2年以下の懲役又は50万円以下の罰金に処する。


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