新銀座法律事務所 法律相談事例集データベース
No.1453、2013/06/27 10:33
【民事:防音設備の瑕疵を理由とする建築業者に対する法的請求の可否  東京地裁平成11年12月10日判決、福岡地裁平成3年12月26日判決】

質問:私は,先日分譲マンションを購入したのですが,新築当時から隣の部屋の話し声やテレビの音が聞こえてきて,夜も眠れません。購入に際して、私から防音設備について設置するよう要請して代金等を決め契約しました。建築業者の方からは,建築業者の工場で防音設備を見せてもらい,その点については問題ないとの話をうかがっていたのですが,話が違います。今後,建築業者に対して,どのような法的主張ができるでしょうか。

回答:
1 契約内容として要求されている防音水準を満たしていなければ,瑕疵担保責任に基づく損害賠償請求,瑕疵修補請求が出来ます。
2 契約書に防音水準が記載されていれば,現状の防音性能を測定し,その性能が契約書の防音水準を満たしていないとなれば,請求は認められることになります。
3 しかし,契約書に防音水準が記載されていない限り,明確に防音水準を設定していたことの立証は難しいと言えます。防音水準について契約がなされていない場合には,現在隣室から聞こえてくるテレビの音等が受忍限度(通常人が我慢できる程度の騒音)を超えている場合にのみ,請求が認められることになります。受任限度のひとつの目安は、日本建築学会が居室の防音性能の等級3に指定しているD40という防音性能です。D40以下の場合は防音性能が劣り、特別な事情がない限り受忍限度を超えると判断され、裁判例でもこれに類する判断基準を読み取ることができるものがあります。
4 本件の場合ですと,確かに工事前に建築業者の工場に行って防音設備について話をうかがっているとのことですが,それだけで明確にどの程度の防音水準で契約していたと主張することは困難であると言えるでしょう。
 そこで,現状が受忍限度を超えているか否かが問題となるところ,その立証方法など,専門家のアドバイスを受けて,建築業者に対する請求を考えていくべきです。具体的な騒音レベルの客観的な測定も必要となります。
 まずは,契約書を持参して,お近くの法律事務所に相談に行かれることをお勧めします。

5  騒音についての関連事例集  913番、150番、98番参照。


回答:
1 請負契約
分譲マンションの購入は、売買契約ですが、防音設備の設置という特別な注文をしているということですので、それについては、請負契約になります。請負契約については民法632条から642条までに規定があります。これらの規定は任意規定といって当事者間の契約の内容が不明の場合の規定ですので,契約内容は原則として,契約当事者が自由に決めることができます。ここでいう請負契約とは,契約当事者の一方(請負人)がある仕事(たとえば家を建てる仕事)を完成することを約束して,他の一方(注文者)がその仕事に対する報酬(工事代金)を支払うことを約束する契約です(民632条)。注文に応じて仕事をするという契約ですから,品物を売るという売買契約とは違う契約とされています。建物注文する請負の契約に似ている契約に,建売がありますが,これは出来上がっている建物を購入するという売買契約ですので,請負契約とは違うものとされています。

2 瑕疵担保責任
民法の請負に関する条文として,本件に関して問題となるのは634条以下の請負人の瑕疵担保責任に関する規定です。請負人の瑕疵担保責任とは請負人が完成した仕事に何らかの瑕疵があった場合,請負人がどのような責任を負うかという問題です。
請負契約においては,請負人は瑕疵のない仕事完成させるという債務を負っているので,完成された建物に瑕疵があれば,通常債務不履行責任を負うことになるはずです。しかし,債務不履行責任を問うためには債務者の過失が必要なところ,仕事の目的物に瑕疵があれば無過失で責任を負わせると規定したのが請負契約の瑕疵担保責任の規定です(この点で,民法634条以下の規定は,債務不履行の特則と解されています。)。

3 瑕疵の意義
 本件では,634条の「瑕疵」に本件防音設備の不備が含まれるかが問題となります。
瑕疵とは,目的物が通常有すべき性状(品質,性能)を欠いていること(欠陥)を言います。そして,通常有すべき性質か否かの判断基準は,当事者が締結した契約(当事者の合意)に求められると解されています。
すなわち,売買契約(又は請負契約)の当事者は,一般に給付された目的物が,通常有すべき品質・性能を有することを合意し,また,ある品質・性能を有することが特別に予定されていた場合には,そのように特別に予定されていた品質・性能を有することを合意しているといえ,これらの合意に基づき通常又は特別に予定されていた品質・性能を欠くことが瑕疵ということになります。
 以上より,本件で建物に瑕疵があるか否かは,@契約において当事者が防音設備についていかなる合意をしたのか,Aその合意を前提とした場合に,現状の建物の防音設備が,合意において通常又は特別に予定されていた性能を有していると言えるのか,という二段階で判断されることになります。

4 裁判例の検討
本件と同様に防音設備の瑕疵が問題となった裁判例(東京地裁平成11年12月10日
判決)があります。
裁判例では,防音工事契約において定められた防音水準がS(スペシャル)防音(以下,「S防音」という。)なのかA(アドバンス)防音(以下,「A防音」という。)に過ぎないのかが大きな争点となりました。ここで,S防音とは,一般的な防音水準を示す用語ではなく,被告会社が独自に用意している防音設備の一つであり,被告会社は,その下にA防音とB(ベーシック)防音(以下,「B防音」という。)を用意していました。S防音は,優れた防音性能と美しい音響が求められる部屋のための特別仕様の防音仕様であり,プロの仕様に応える本格的な防音構造を有するもの,A防音とは大きな音を出しても隣近所に余り気兼ねをせずに過ごせる程度の防音で,子どものピアノ練習場などに適合するものであり,その下のランクとして更にB防音がありました。
裁判例は,上記争点について,@原告が当該防音工事契約を締結するに当たって,被告に要求した防音性能としては,人に迷惑をかけない防音というあいまいな内容のもので,最高水準の本格的な防音工事であるS防音を明確に求めたものではないこと,A被告担当者から本件建物には窓や換気扇などの換気口があるから,多少の音漏れは避けられないと告げられていたにもかかわらず,人に迷惑がかからない程度の防音を求めたに過ぎなかったこと,B当該防音工事契約の請負代金がS防音を前提として算定されたものとは言えないことなどを指摘して,当該防音契約がS防音を前提としたものとは言えないとし,その上で,結論として当該防音設備に瑕疵はないと判示しました。
上記裁判例では,S防音の設備設置について明確に契約書に記載がなかったところ,主として上記@からBの事情を考慮して,契約内容を判断したものです。契約書に記載がない以上,契約締結段階において,当事者間でどのようなやり取りがあったかを考慮して契約内容を確定していくことになります。そしてその結果,S防音の設備設置の契約は締結されていなかったとし,そうだとすれば,当該防音設備に瑕疵があるとは言えないとしているのです。

5 次に防音設備の設置について債務不履行(瑕疵)があると判断された裁判例(福岡地裁平成3年12月26日判決)を紹介します(なお,本裁判例は,債務不履行の有無について判断するものですが,上述したように請負における瑕疵担保責任の規定は債務不履行の特則であることを考えると,瑕疵の判断と債務不履行の有無の判断は重なると言えます)。
 この裁判例は,@当該マンションのパンフレットに「高性能サッシ」「快適な暮らしのために,東峰マンション上大利では遮音性,気密性に優れた高性能防音サッシを使用しています」などの説明があること,A当該マンションの所在地が線路に接していたことから,当該マンションを購入するに際して鉄道の騒音に対する防音につき相当の関心を有していたこと,B被告会社のセールスマンが高性能防音サッシを使用しているから騒音は大丈夫だという発言をしたこと等から,通常人が騒音を気にしない程度の防音性能を備えたマンションを提供するとの内容の契約が締結されたと認定しました。
そして,現在の状態が瑕疵にあたるかの判断については,人の健康に資するうえで維持されるに望ましい基準として昼間50ホン以下,朝夕45ホン以下,夜間40ホン以下とされているとしたうえで,朝夕及び夜間には右基準をかなり上回る騒音が聞こえることが認められ,その騒音の影響で寝付けない,眠りが浅いといった不眠,不快感を受けているため,右騒音は通常人の受忍限度を超えているとして,当該マンションの防音設備には瑕疵があると判断しました。
上記裁判例は,契約内容として通常人が騒音を気にしない程度の防音性能を提供するという内容の契約が認められ,その上で,本件における防音性能は契約で締結された性能を有していないとして瑕疵があると判断されました。

上記二つの裁判例は,注文者が主張する内容の防音設備の設置が契約内容として認められたか否かで結論が分かれたと言えるでしょう。
 本件でも,まずは一定程度の内容の防音設備の設置が契約内容として認められなければ,瑕疵担保責任を追及することは難しいでしょう。そのためには,本件のように工場に行ったという事情だけでなく,その際の具体的なやり取り等を立証していく必要があります。

6 本件での瑕疵の立証
(1)本件で仮に一定程度の内容の防音設備の設置が契約内容として認められたとしても,瑕疵が認められるためには,隣室からテレビの音や話し声が聞こえてくる状態が,契約において通常又は特別に予定されていた性能を有していないと判断されなければなりません。
音には,空気中を伝わって耳に届く「空気音」と,足音や物の落下音が床や壁を伝わって聞こえる「固体音」の2種類があります。隣室からのテレビの音や話し声は,空気音であり,空気音の遮音性能(住宅の各部位が騒音を遮断する能力)を表す尺度としては,D値という数値が用いられています(D値は,音波の周波数500ヘルツ付近の音圧レベルの減衰量を示す数値で,数値が大きいほど遮音性能が優れていることを表します。単位はデシベル、10倍で20デシベル、2倍で6デシベルとなります。例えばD40というのは、500ヘルツの音波を40デシベル、つまり100分の1に減衰する性能ということになります。)。
本件でも,このD値を基準とした契約が締結されていること,その性能を有する壁材等が使われていないということを立証すれば,請求が認められる可能性がありますが,そのような具体的な契約を,契約書なくして立証することは困難であります。
(2)もっとも,D値を用いた明確な契約をしていなかった場合でも,当該空気音等の騒音が,受忍限度(通常人が我慢できる程度の騒音)を超えていると判断されれば,瑕疵と認められることになります。
 受任限度か否かは,D値だけでなく様々な事情(本件であれば,工場で防音設備についての話を聞いたということも一つの有利な事情とはなります。)を考慮して判断されますが,D値は,受任限度か否かを判断する上で非常に重要な要素となります。
D値に関しては, JIS(日本工業規格)において,用途区分に応じて,以下のような等級が定められており,瑕疵があるか否かの判断において参考となります。

表1 日本建築学会による遮音適用等級
用途区分 適用等級
建築物、室用途、部位、特級、1級、2級、3級
集合住宅、居室、隣戸間界壁、D-55、D-50、D-45、D-40
ホテル、客室、客室間界壁、D-55、D-50、D-45、D-40
事務所、業務上プライバシーを要求される個室、室間仕切壁テナント間仕切壁、D-50、D-45、D-40、D-35
学校、普通教室、室間仕切壁、D-45、D-40、D-35、D-30
病院、病室(個室)、室間仕切壁、D-50、D-45、D-40、D-35

表2 適用等級の意味
適用等級 遮音性能の水準 性能水準の説明
特級 遮音性能上とくにすぐれている 特別に高い性能が要求された場合の性能水準
1級 遮音性能上すぐれている 建築学会が推奨する好ましい性能水準
2級 遮音性能上標準的である 一般的な性能水準
3級 遮音性能上やや劣る やむをえない場合に許容される性能水準

以上の表からは,特にD値を用いた具体的な契約をしていない場合,遮音性能が3級以下である場合には,受任限度を超えており,瑕疵と判断される可能性があると言えます。
なお,上記で引用した裁判例は,どちらも集合住宅における遮音性能が問題となったものですが,東京地裁平成11年12月10日判決においては,特級の遮音性能(D-55からD65)が認められ,瑕疵はないと判断されました。また,福岡地裁平成3年12月26日判決においては,3級以下の遮音性能(D-40以下)とされ,受忍限度を超えていると判断されました。

本件でも集合住宅における遮音性能の瑕疵が問題となっていることから,遮音適用等級3級以下(D-40以下)の遮音性能しか有していないとすれば,受任限度を超えて瑕疵ありと判断される余地があります。逆に,遮音適用等級2級以上(D-45以上)であれば,瑕疵なしと判断される可能性が高いでしょう。騒音レベルの測定は、環境計量士という国家資格者が所属するエンジニアリング会社に依頼すると良いでしょう。裁判になった場合の鑑定人も環境計量士が務めることになります。

 以上のように,防音設備の瑕疵を理由に損害賠償請求等をなすためには,専門的な考察が必要であるため,お近くの法律相談所においてご相談されることをお勧めいたします。

<参考判例>
1 福岡地裁平成3年12月26日判決(抜粋)
「一1 請求原因1(一)の事実のうち,売買代金額以外の点に関しては当事者間に争いが無い。《証拠略》によれば,売買代金は,原告MMが一九三〇万円,同KKが一八六〇万円,同TMが一六四〇万円,同HKが一二四〇万円と認めることができる。
2 請求原因1(二)の事実のうち,本件マンションは道路を隔ててJR鹿児島本線と接しており,JR鹿児島本線を通過する電車,貨車及び遮断機の騒音がうるさい場所に位置している点については当事者間に争いがない。《証拠略》によると,本件マンションと道路を隔てて接するJR鹿児島本線の線路の更に向こう側は福岡空港の防音対策地域に指定されていることが認められ,したがって,本件マンションの所在地においても,飛行機の騒音が一定の影響を与えるものと推認することができる。
3 請求原因1(三)の事実のうち,本件マンションの売買がサンプルルームによる見本売買であったこと,本件マンションのパンフレットに「高性能サッシ」「快適な暮らしのために,THマンションでは遮音性,気密性に優れた高性能防音サッシを使用しています」などの説明がある点については当事者間に争いがない。証人MAの証言及び原告TM本人尋問の結果によれば,同人らが本件マンションを購入するに際しては,その所在地が前述のような場所であることから鉄道の騒音に対する防音につき相当の関心を有していたこと,それに対して被告会社のセールスマンが,高性能防音サッシを使用しているから騒音は大丈夫だという発言をしたこと,以上の事実が認められる。右争いのない事実及び認定事実からすれば,被告会社のセールスマンは,原告らに対し,本件マンションの販売に当たって,被告会社作成のパンフレットの前記記載内容に従い,少なくとも通常人が騒音を気にしない程度の防音性能を備えたマンションを提供するとのセールス・トークを行っていたものと認められ,したがって,被告会社は,本件マンションの購入者である原告らに対し,右のような防音性能を有するマンションを提供する債務を負っていたものというべきである。
4 請求原因1(四)の事実のうち,本件サッシの遮音性能が二五dBである点については当事者間に争いがない。問題は,かかるサッシを付けていれば,右の債務の履行として十分といえるか否かである。
 《証拠略》によれば,本件マンションにおいては,サッシを締め切った状態であっても電車・貨車の通過時には,五〇ホンをこえる騒音があること,特に原告らのうち,線路にもっとも近い部屋である原告HKの部屋では六〇ホンをこえる騒音を記録することもあることが認められる。《証拠略》によれば,公害対策基本法第九条に基づく昭和四六年五月二五日閣議決定「騒音に係る環境基準について」によると主として住居の用に供される地域のうち生活環境を保全し,人の健康に資するうえで維持されるに望ましい基準として昼間五〇ホン以下,朝夕四五ホン以下,夜間四〇ホン以下とされていることが認められる。《証拠略》によれば,電車・貨車は,早朝から深夜にいたるまで本件マンションの横を通行しているものと認められるから,本件マンションでは,少なくとも朝夕及び夜間には右の基準をかなり上回る騒音が聞こえるものと認められる。《証拠略》によれば,原告らは,右騒音の影響で,寝付けない,眠りが浅いといった不眠,不快感を受けていることが認められ,したがって,右騒音は通常人の受忍限度を超えているものというべきである。
 以上の事実からすると,本件マンションは,二五dBの遮音性能を有するサッシが使用されているものの,通常人が騒音を気にしない程度の防音性能を備えているものとは認められない。よって,被告は前記債務の本旨にかなった履行をしたものとはいえない。」



2 東京地裁平成11年12月10日判決(抜粋)
「1 証拠(甲一ないし六,同一〇の1,2,同一一の1ないし3,同一五,同一六の1ないし8,同一七の1ないし4,同一八,同二三,乙一,同二の1ないし3,同三ないし五,同八ないし一三,原告甲野花子,B,C,D)によれば,原告らは,平成七年三月二一日に被告から本件建物を五七三一万三〇〇〇円で購入したこと,本件建物を含む△△ハイムは,もともと居住用建物として設計施工されたもので,管理規約の使用細則にも各住戸は居住の用途に供し,テレビ,ラジオ,ステレオ,楽器等の音量を著しく上げてはならないとされていたこと,原告らは,右同日,二七〇万円で被告との間で本件防音工事契約を締結したこと,同契約では,洋室1(約六畳)及び洋室2(約五・七畳)の壁・天井に防音工事を施すほか,洋室1のクローゼットの奥行き,洋室2のドアの位置,クローゼットの奥行きを変更し,キッチンカウンターの下部に物入れを増設し,洗面脱衣室の防水バンの位置を変更し,さらに洋室1ないし3およびL・Dにエアコンを設置するなどの内容を含むものであったこと,ただし,原告らがグランドピアノを洋室2に搬入するための切り返し空間を確保するために必要であると主張する洋室3のドアの位置変更を含むものではなかったこと,本件防音工事契約の請負代金が右のとおり二七〇万円となったのは,原告らが被告に対して,本件建物の売買代金と本件防音工事契約の請負代金の総額を六〇〇〇万円以内に抑えてもらいたいとの条件を提示し,被告がこれに応じたことによるものであったこと,しかし,実際には,本件防音工事には五七〇万六二〇〇円の経費がかかり,二七〇万円との差額は被告が負担したこと,本件防音工事契約を締結するに当たって,原告らと被告との間で,大建工業株式会社の定める防音基準等級のうち,本件で問題となっているS防音ないしA防音とする旨の具体的な約定がなかったこと,被告担当者Cは,予め原告甲野花子に対し,本件建物には窓や換気扇などの換気口があるから,多少の音漏れは避けられないと告げていたこと,これに対し,原告の甲野花子は,人に迷惑がかからない程度の防音工事を求めたに過ぎず,被告担当者に対し,年二回ほどチェンバロの演奏会に出場するとか,子供にピアノを教えたいとの希望を告げたものの,J学園ピアノ科の講師をしており,本件建物をかかる仕事上の演奏のための練習場として使用する予定であるなど,防音工事の程度を判断するに参考となる事項を告げなかったこと,大建工業株式会社仕様の防音工事における防音程度としては,S(スペシャル)防音,A(アドバンス)防音,B(ベーシック)防音があるところ,S防音が最も防音性能が高いもので,優れた防音性能と美しい音響が求められる部屋のための等別仕様であり,オーディオマニアの部屋,音楽レッスン室,音楽家の練習室など,プロの使用に応える本格的な防音構造であり,防音性能の目安は五〇ないし五五デシベルで,材料費の目安はピアノ室で約二二五万円程度(一〇畳見当)とされていること,一方,A防音は,大きな音を出しても,隣近所に余り気兼ねをせずに過ごせる防音レベルで,子供のピアノ練習室や自宅でカラオケを楽しみたい場合などに適合し,防音性能の目安は四〇ないし四五デシベル,材料費の目安は約一二五万円(八畳見当)であること,一般に建物の遮音性を五デシベル上げるには,およそ二倍の費用が,したがって一〇デシベルの遮音性を得るには四倍の費用がかかり,いかなる防音程度を求めるかは費用と相談しながら検討する必要があること,被告は,本件防音工事契約に基づいて,右防音程度のうち中等度であるA防音を選択したことがそれぞれ認められる。
2 右認定したところ,すなわち,原告らが本件防音工事契約を締結する際に,被告に対し要求した防音性能としては,人に迷惑をかけない防音というあいまいなもので,大建工業株式会社が定める防音基準等級のうち,S防音に相当するような現在の技術水準における最高水準の本格的な防音工事を施すよう明確に求めたものではなかったこと,かえって,原告らは,被告に対し,本件建物の売買代金と本件防音工事代金の合計が六〇〇〇万円以内に収まるよう要求したほか,原告甲野花子は,被告担当者Cから,事前に本件建物には窓や換気扇などの換気口があるから,多少の音漏れは避けられないと告げられながら,人に迷惑がかからない程度の防音をすることを求めたすぎなかったこと,本件防音工事契約の請負代金はS防音を前提とする算定となっていないこと(S防音であれば,材料費だけで一〇畳見当で約二二五万円となるのに対して,本件防音工事契約で締結された請負代金は二七〇万円で,洋室1(約六畳)および洋室2(約五・七畳)に防音工事を施すほか,間取りの設計変更を行い,洋室1ないし3及びL・Dにエアコンを設置するという内容のものである。)などからすると,本件防音工事契約で原告らと被告との間で,S防音の性能を前提とする契約が成立したと認めることはできない。」

<参考条文>
(請負)
第六百三十二条  請負は,当事者の一方がある仕事を完成することを約し,相手方がその仕事の結果に対してその報酬を支払うことを約することによって,その効力を生ずる。
(報酬の支払時期)
第六百三十三条  報酬は,仕事の目的物の引渡しと同時に,支払わなければならない。ただし,物の引渡しを要しないときは,第六百二十四条第一項の規定を準用する。
(請負人の担保責任)
第六百三十四条  仕事の目的物に瑕疵があるときは,注文者は,請負人に対し,相当の期間を定めて,その瑕疵の修補を請求することができる。ただし,瑕疵が重要でない場合において,その修補に過分の費用を要するときは,この限りでない。
2  注文者は,瑕疵の修補に代えて,又はその修補とともに,損害賠償の請求をすることができる。この場合においては,第五百三十三条の規定を準用する。
第六百三十五条  仕事の目的物に瑕疵があり,そのために契約をした目的を達することができないときは,注文者は,契約の解除をすることができる。ただし,建物その他の土地の工作物については,この限りでない。
(請負人の担保責任に関する規定の不適用)
第六百三十六条  前二条の規定は,仕事の目的物の瑕疵が注文者の供した材料の性質又は注文者の与えた指図によって生じたときは,適用しない。ただし,請負人がその材料又は指図が不適当であることを知りながら告げなかったときは,この限りでない。
(請負人の担保責任の存続期間)
第六百三十七条  前三条の規定による瑕疵の修補又は損害賠償の請求及び契約の解除は,仕事の目的物を引き渡した時から一年以内にしなければならない。
2  仕事の目的物の引渡しを要しない場合には,前項の期間は,仕事が終了した時から起算する。
第六百三十八条  建物その他の土地の工作物の請負人は,その工作物又は地盤の瑕疵について,引渡しの後五年間その担保の責任を負う。ただし,この期間は,石造,土造,れんが造,コンクリート造,金属造その他これらに類する構造の工作物については,十年とする。
2  工作物が前項の瑕疵によって滅失し,又は損傷したときは,注文者は,その滅失又は損傷の時から一年以内に,第六百三十四条の規定による権利を行使しなければならない。
(担保責任の存続期間の伸長)
第六百三十九条  第六百三十七条及び前条第一項の期間は,第百六十七条の規定による消滅時効の期間内に限り,契約で伸長することができる。
(担保責任を負わない旨の特約)
第六百四十条  請負人は,第六百三十四条又は第六百三十五条の規定による担保の責任を負わない旨の特約をしたときであっても,知りながら告げなかった事実については,その責任を免れることができない。
(注文者による契約の解除)
第六百四十一条  請負人が仕事を完成しない間は,注文者は,いつでも損害を賠償して契約の解除をすることができる。
(注文者についての破産手続の開始による解除)
第六百四十二条  注文者が破産手続開始の決定を受けたときは,請負人又は破産管財人は,契約の解除をすることができる。この場合において,請負人は,既にした仕事の報酬及びその中に含まれていない費用について,破産財団の配当に加入することができる。
2  前項の場合には,契約の解除によって生じた損害の賠償は,破産管財人が契約の解除をした場合における請負人に限り,請求することができる。この場合において,請負人は,その損害賠償について,破産財団の配当に加入する。

<参考文献>
『住宅建築トラブル相談ハンドブック』 99建築問題研究会(新日本法規 2008.4.15)
『住宅問題と紛争解決法』 堀井敬一(青林書院 2011.4.11)
『判例タイムズ』No.1079 
『判例タイムズ』No.1326



法律相談事例集データベースのページに戻る

法律相談ページに戻る(電話03−3248−5791で簡単な無料法律相談を受付しております)

トップページに戻る