少年事件で全件送致主義(家裁送致)の例外はあるか
刑事|少年法|全件送致主義の例外要件|最高裁決定昭和58年9月5日
目次
質問:
息子の窃盗事件が裁判所に送られてしまうのかどうか,という相談です。今年で17歳になる息子が,先週友人の家に遊びに行ったときに,その友人の財布を盗んでしまいました。警察署に被害届が出されたようです。20歳未満の少年が刑事事件を起こしてしまった場合,必ず事件が検察官か家庭裁判所に送られてしまうという話を聞いたのですが,どうしても送られてしまうのでしょうか。弁護士に依頼して,家庭裁判所の審判を回避するか,そもそも事件を検察や裁判所に送らないようにできないでしょうか。
回答:
1 ご質問のとおり,20歳未満の少年が刑事事件を起こした場合,警察署から(直接若しくは検察官を通じて)全件家庭裁判所に事件が送致されることとなり,引き続いて家庭裁判所の少年審判という手続により,少年の改善更生のための処遇(保護観察や少年院送致など)を判断されるのが法の原則です(全件送致主義)。
ただ,一定の極めて軽微な事件については通常の送致手続よりも簡易な手続によって送致され,家庭裁判所の審判に付されないこと(審判不開始という手続き)があります(簡易送致)。さらに,簡易送致として送致する必要性もないような(種々の面から見て犯罪が軽微で保護の必要性がほとんどない)事件の場合には,当該事件を警察署限りとして扱い,検察官や家庭裁判所に送致しない場合があります(不送致)。
2 簡易送致や不送致とされるためには,具体的に,警察署に対し,①被害者との示談が成立し(被害者が少年とすると両親との交渉が不可欠になりますので相手方によっては交渉が難航する場合があります。),一切の刑事処分や家庭裁判所送致を望んでいないこと,②非行事実が極めて軽微であること,③犯罪の原因及び動機,当該少年の性格,行状,家庭の状況及び環境等からみて再犯のおそれがないこと,④刑事処分又は保護処分を必要としないと明らかに認められることを,意見書や上申書、示談書等の書面で主張し,担当警察官と面談の上で主張,立証することが必要不可欠です。
事件が警察署段階にある内に,示談交渉等早期に弁護活動を行うことが必要と考えられますので,適切な弁護士に依頼することをお勧めします。
3 息子さんが17歳で高校生の場合は、学校への連絡を事実上回避することが極めて重要です。
場合により退学処分になりますから、捜査機関と至急協議が必要です。学校は、学業の場であり、少年の更生の為の環境、設備がありませんので連絡しても停学、退学等の不利益を受けるだけで、更生という面からほとんど意味がありません。学校側も連絡されると校則などに準拠して不利益処分をする義務が生じ非行少年を保護したくても身動きが取れないのが現状です。頼りは、家族と弁護人です。さらに、被害者の友人が未成年者ですと、その両親との交渉が不可欠になり、被害者の両親が学校へ連絡する場合が往々にしてあります。少年の場合、保護処分より退学等の処分が大きな影響を持つ可能性がありますから経験ある弁護人が必要です。
4 少年事件に関する関連事例集参照。
解説:
総論 少年法の基本趣旨 14歳以上の少年は刑法上の責任能力があるのにどうして刑事処分を受けないのか。
少年の刑事事件についてどうして刑法の他に少年法が規定されているのか簡単に説明します。刑法とは犯罪と刑罰に関する法律の総称であり,刑罰は犯罪に対する法律上の効果として行為者に科せられる法益の剥奪,制裁を内容とする強制処分です。刑法の最終目的は国家という社会の法的秩序を維持するために存在します。どうして罪を犯した者が刑罰を受けるかという理論的根拠ですが,刑罰は,国家が行為者の法益を強制的に奪うわけですから,近代立憲主義の原則である個人の尊厳の保障,自由主義(本来人間は自由であり,その個人に責任がない以上社会的に個々の人が最大限尊重されるという考え方),個人主義(全ての価値の根源を社会全体ではなく個人自身に求めるもの,民主主義の前提です)の見地から,刑罰の本質は個人たる行為者自身に不利益を受ける合理的理由が不可欠です。
その理由とは,自由に判断できる意思能力を前提として犯罪行為者が犯罪行為のような悪いことをしてはいけないという社会規範(決まり)を守り,適法な行為を選択できるにもかかわらずあえて違法行動に出た態度,行為に求める事が出来ます(刑法38条1項)。そして,その様な自分を形成し生きて来た犯罪者自身の全人格それ自体が刑事上の不利益を受ける根拠となります(これを刑法上道義的責任論といいます。判例も同様です。対立する考え方に犯罪行為者の社会的危険性を根拠とし,社会を守るために刑罰があるとする社会的責任論があります)。
すなわち,刑事責任の大前提は行為者の自由意志である是非善悪を弁別し,その弁別にしたがって行動する能力(責任能力)の存在が不可欠なのです。この能力は,画一的に刑法上14歳以上と規定されていますから,少年であっても理論的には直ちに刑罰を科すことが出来るはずです。しかし,少年は刑事的責任能力としての最低限の是非善悪の弁別能力があったとしても総合的に見れば精神的,肉体的な発達は不十分,未成熟であり,周りの環境に影響を受けやすく人格的には成長過程にあります。従って,少年に対して形式上犯罪行為に該当するからといって直ちに成人と同様に刑罰を科するよりは,人格形成の程度原因を明らかにして犯罪の動機,原因,実体を解明し少年の性格,環境を是正して適正な成長を助けることが少年の人間としての尊厳を保障し,刑法の最終目的である適正な法社会秩序の維持に合致します。又,道義的責任論の根拠は,元々その人間が違法行為をするような全人格を形成してきた態度にあり,未だ成長過程にある未成熟な少年に刑罰を直ちに科す事は道義的責任論からも妥当ではありません。
そこで,人格性格の矯正が可能な少年については処罰よりも性格の矯正,環境の整備,健全な教育育成を主な目的とした保護処分制度(保護観察,少年院送致等)及び少年に特別な手続(観護措置,鑑別所送致)が優先的に必要となるのです。更に少年の捜査等の刑事手続,全件送致主義、家庭裁判所の裁判等の判断についても以上の観点から適正な解釈が求められます。全件送致主義の事実上の例外的取り扱い(要件)も以上の趣旨から行われます。
1 少年事件における全件送致主義とは
20歳未満の者(以下「少年」といいます。)が刑事事件を起こした場合,ご指摘のとおり,原則として,当該事件は家庭裁判所に送致されることとなっています。これを,少年事件における全件送致主義とよんでいます(少年法第41条,42条)。
少年が行った犯罪事実(少年事件では,「非行事実」とよんでいます。)については,警察署から直接または検察官を通じて家庭裁判所に送致後,家庭裁判所調査官の詳細な調査を経て,裁判所による少年審判という手続を行い,少年の今後の処遇(保護観察,少年院送致等の処分)を慎重に審理するのが法の建前となっています。
全件送致主義が採られている理由は,以下のとおりです。少年が罪を犯した場合,軽微な非行事実に過ぎない場合であっても,その少年に今後も非行を繰り返す重大な危険性が潜んでいる場合があります。そこで,専門的判断機関である家庭裁判所において,少年に潜む問題点を早期に発見し,適切な処遇を加えることがその保護教育のために有効です(少年法第1条参照。保護主義といいます。)。そこで,警察官,検察官が少年の被疑事件について捜査を遂げた結果,犯罪の嫌疑があるものと思料するときは,これを家庭裁判所に送致しなければならないとされているのです(少年法41条,42条)。
成人の刑事事件の場合は、刑事処分を科すべきか否かという問題を刑事事件の専門である警察や検察がまず判断するのに対して、少年事件の場合は刑事処分を科すべきか否かという問題ではなく、少年の更生の必要があるのか否かという点からその処分は捜査機関ではなく家庭裁判所の専権にするというのが全件送致主義の趣旨です。
2 例外的措置その1(簡易送致)
(1)しかし,少年の刑事事件において,今後非行を繰り返す可能性が低く,家庭裁判所等による保護の必要性(これを「要保護性」をいいます。)が少ない少年は,裁判所の手続的な負担から可能な限り早期に解放すべきですし,極めて軽微な事件についてまで,厳格な方式に従った送致を要求することはかえって少年の保護にならず,また,司法警察員の事件送致意欲を低下させ,少年法本来の精神に反するおそれすらあります。家庭裁判所の事件処理能力の点からも保護の必要がない事件をすべて家庭裁判所が判断することは無理があります。
そこで,一定の極めて軽微な事件については,通常の手続よりも簡易な手続によって,家庭裁判所に送致する方法がとられています。それが,いわゆる簡易送致というものです。
簡易送致扱いとされた少年事件については,少年や保護者に訓戒等の措置を取った上で「少年事件簡易送致書」という書面で,月に一回まとめて家庭裁判所に送致されます。そして,送致を受けた家庭裁判所は,特に問題ない限り,家庭裁判所調査官による少年の調査等は行われず,「審判不開始」として事件が終結となります。即ち,少年が家庭裁判所に出頭する少年審判が行われることはなく,また,一定期間保護観察所による指導(保護観察)を受けたり,少年院に送られることもありません。
(2)簡易送致事件として扱われる基準については,犯罪捜査規範214条に規定されています。
具体的には,捜査した少年事件について,①その事実が極めて軽微であり,②犯罪の原因及び動機,当該少年の性格,行状,家庭の状況及び環境等から見て再犯のおそれがなく,③刑事処分又は保護処分を必要としないと明らかに認められ,かつ,④検察官又は家庭裁判所からあらかじめ指定されたもの,という4つの要件からなっています。
3 例外的措置その2(家庭裁判所への不送致、刑事事件としての不認知段階)
さらに,当該非行事実について,「少年の健全な育成のために,非行のある少年に対し性格の矯正及び環境の調整に関する保護処分を行う」という少年法第1条の保護主義の理念に照らし,少年法上の少年事件として,家庭裁判所に簡易送致事件として報告する必要性も無いと評価される事案があります。このような事案については,そもそも少年事件として家庭裁判所に送致することなく,警察署限りで当該事件が終了することがあります(不送致による終了)。
例えば,非行事実が極めて軽微であり,かつ,被害者との示談が成立し(被害者の宥恕の上申書),被害者が一切の刑事処分を希望していないような事件の場合,実質的に当該少年は「非行」を行っていないもの(刑事事件として認知していない段階)と同視すべきであるといえます。(なお,少年事件における「保護処分の決定の基礎となる非行事実の認定については、慎重を期さなければならないのであつて、非行事実が存在しないにもかかわらず誤つて少年を保護処分に付することは、許されないというべきである。」とするのが最高裁判例の立場です(最高裁決定昭和58年9月5日)。)
このような非行事実に関する点に加え,本件が単なる偶発的犯行に過ぎない事案であり,当該少年に前科前歴も無く,また,家庭環境等が整っている等の理由から,今後非行を繰り返すおそれが全くないような場合には,警察による今後の捜査の必要性も無く,むしろ早期に手続から解放することこそが,少年の保護につながるのです。
このような見地から,少年法上の手続に乗せずに,家庭裁判所等に対する送致を行わず,警察署限りで事件が終了する場合があります(不送致)。ただし,1で述べた全件送致主義からみれば,極めて例外的な措置ですので,弁護士を通じた警察官との折衝は必要不可欠といえますし,簡易送致の基準を考慮しつつ,少年事件として家庭裁判所へ報告する必要性が無く,早期に少年法上の手続から解放されるべき事件であることを,具体的事実に照らして詳細に主張,立証していく必要があるでしょう。
このような取扱いは、事実上、警察段階で、刑事事件として事件を認知するに至っていない段階で、警察官から対象少年に対して厳重注意指導があった状態と捉えることができます。このような取扱いは、少年法の全件送致主義や刑事訴訟法や、警察法に違反する取扱いでしょうか。そうではありません。少年法の制度趣旨は、少年法1条で明記されているとおり「少年の健全な育成を期し、非行のある少年に対して性格の矯正及び環境の調整に関する保護処分を行うとともに、少年の刑事事件について特別の措置を講ずること」であり、少年の健全な育成が可能であると考えられるのであれば、軽微な事案について、被害者の理解を得て、被害届け提出前の段階であれば、事件の捜査を進めて積極的に事件を認知するよりも、少年に対して注意指導を与えて更生の機会を与えることも少年法の制度趣旨に反しないことであると考えられるからです。警察法施行令に基づいて制定された国家公安委員会規則である少年警察活動規則3条1号でも少年警察活動の基本を「少年の健全な育成を期する精神をもって当たるとともに、その規範意識の向上及び立直りに資するよう配意すること。」と規定されていますし、同3条3号では「少年の性行及び環境を深く洞察し、非行の原因の究明や犯罪被害等の状況の把握に努め、その非行の防止及び保護をする上で最も適切な処遇の方法を講ずるようにすること。」と規定されていますので、軽微な事案について、少年と被害者の示談が成立し、被害者が被害届けを提出せず、これ以上の捜査も希望しないという意思を示している場合などには、警察段階の厳重注意処分とすることも関係法規の制度趣旨に反しないことと考えることができるのです。
4 本件における具体的な弁護活動
では,既に発生してしまった少年事件について,簡易送致又は不送致となるためにどのように具体的主張,立証活動を行っていけばよいのでしょうか。本件に即していえば,下記のとおり考えることができます。
(1)被害者に対する被害弁償,示談の準備,努力をしていること(実際に示談が成立していること)
本件は窃盗という被害者のいる犯罪であり,かつ,犯行自体は認めているということですので,被害者との示談交渉をすることは必要不可欠といえます。被害者との示談は,厳密には犯罪後の事情にすぎませんが,窃盗のような個人的な財産に対する犯罪においては,被害者に対する被害弁償が非行事実の重大性を判断する上で極めて重要で,少年の矯正のために保護処分をするかどうか(その前提として,そもそも家庭裁判所に送致するかどうか)の判断に大きく影響することとなります。
被害弁償をしたことに加えて,被害者が当該少年を許し,一切の刑事処罰を求めないこと,さらに家庭裁判所への送致を求めないことを希望しているのであれば,「刑事処分又は保護処分を必要としないと明らかに認められ」る事情として,さらに考慮されるでしょう。
ただ,非行事実を行った少年が直接示談交渉することについては被害者の心理的抵抗も大きく,示談交渉の結果については適切に書面に残しておく必要がありますので,専門家である弁護人を通じて示談交渉を行うことが必要になります。本件では、友人が未成年者の場合、両親との交渉、和解、上申書の取得が不可欠になり、被害者本人、両親と場合により交渉が難航することが予想されます。これだけは着手してみないと分かりません。相手方が学校への連絡を望む場合がありますので注意が必要です。経験ある弁護人が必要となるでしょう。
(2)被害の態様,程度が極めて軽微か,実質的に被害が生じていないこと
簡易送致の基準にもあるように,当該非行事実が「極めて軽微」な場合には,少年法による厳格な手続による矯正・保護の機会をあえて設ける必要が無くなりますので,簡易送致ないしは不送致になる可能性が高まります。
具体的には,犯行日時,手段,方法,態様,結果発生の有無,程度,被害者側の事情等を綿密に検討した上で,警察署に上申書ないし意見書といった形で,本件の真の事実関係を伝える必要があります。また,被害が極めて軽微であることであることについては,(1)の示談交渉により,被害が実質的に回復されたことも重要な考慮要素になるでしょう。
(3)反省の態度が顕著であること
当然,当該少年の本件犯行に対する反省の情を具体的に示す必要があります。簡易送致の基準として,「犯罪の原因及び動機,当該少年の性格,行状」といったものが考慮されており,少年の内面が重視されているからです。
反省の情を伝えるためには,当該少年自身の反省文の作成が有効です。具体的には,被害者に対する真摯な謝罪の意図はもちろんのこと,犯罪に対する原因,動機の考察,今後の更生への意欲,改善のための具体的方策を記載することが必要です。
(4)動機に酌むべき事情があること,偶発的行為であり前科前歴(審判歴含む)がないこと
本件非行事実に至った経緯に同情しうる事情があり,計画的,常習的になされたものではなく,偶発的なものに過ぎないものであることが主張できれば,今後非行(再犯)を繰り返す可能性が低くなりますので,あえて少年法に則った矯正の機会を与える必要性は弱まり,簡易送致ないしは不送致にすることにつながる一つの考慮要素になります。
また,少年に前科前歴が無いこと(少年審判歴が無いことも含みます)についても,あえて少年審判等を経て,法による矯正の機会を与える必要が無いことにつながる重要な事実となります。
(5)今後の就学・就労状況が確保されていること,将来にわたる家庭環境が確保されていること
「当該少年の性格,行状,家庭の状況及び環境等から見て再犯のおそれがな」いこと,「刑事処分又は保護処分を必要としないと明らかに認められること」が簡易送致の基準になっているのは上記のとおりです。
当該少年に今後の就労・就学環境が適切に確保されており,また,家庭内による少年への教育環境が整っているのであれば,社会内処遇による少年の更生を十分に期待することができますので,家庭裁判所が介入して少年の矯正,保護を図る必要性はなく,簡易な送致の方法を取るか,家庭裁判所に事件を送致しないことにもつながりやすいでしょう。
そのためには,客観的な資料として,例えば,家族,勤務先,就学先(すでに学校に連絡されている場合)による上申書等を作成してもらい,今後の少年の身元を引き受け,今後の更生へ協力していくこと,そのための具体的な方策を述べてもらう必要があるでしょう。
(6)まとめ
本件で具体的に考えられる弁護活動については,以上述べたとおりです。以上の各事情については,被害者との示談の上で警察署に対する意見書(上申書)を作成・提出し,本件を簡易送致事件として終了させるべき事件であること,また,そもそも家庭裁判所や検察官に送致すべき少年事件には該当しないことを説得的に主張,立証することが必要です。そのためには直接警察官と面談の上,口頭で主張することも必要でしょう。
いずれにせよ,警察署段階にある現時点において早急な活動を行う必要があり,また,警察官や被害者との交渉については弁護人を通じて行う必要がありますので,適切な弁護人に依頼することをお勧めいたします。
以上