痴漢事件で示談不奏功に終わり略式手続への同意を求められた場合の対応方法
刑事|示談交渉|贖罪寄付|迷惑防止条例違反
目次
質問:
私は,23歳の大企業の会社員ですが,先日路上で知らない女子中学生に抱きついてしまい,迷惑防止条例違反の罪で警察に逮捕されてしまいました。
逮捕された際は,思わずやっていないと言ってしまったのですが,反省し全て認めたので,今は釈放されています。検察官を通じて,被害者の方に示談を申し入れているのですが,被害者とその家族がとても怒っていて,事件のことを思い出したくもないとのことで,示談が成立しませんでした。
すると検察官から,本日,略式手続で罰金刑にすると言われ,同意書へのサインを求められたので,サインしてしまいました。抱きついていた時間は数秒であり,今では非常に反省しているのですが,もう私に罰金の前科がつくことは避けられないのでしょうか。
回答:
1.まず,あなたが捜査を受けている痴漢行為の処罰については,初犯で示談が成立しない場合,検察官の説明のとおり罰金刑となるのはやむをえないと考えられます。
2.略式命令の同意書にサインしたということですので、このまま何もしなければ、略式命令により罰金を納付する必要が生じます。しかし、罰金も前科ですし、特に公務員の場合は懲戒処分となりますし、上場企業でも依願退職を求められることがあります。罰金を支払って終了というわけにはいきません。このような弊害を避けるためには、検察官に略式命令をもう少し待ってもらうよう連絡し、その間に被害者と示談するなど自分に有利な情状を作り出す必要があります。
また、この様な手続きは自分でも可能ですが、検察官との交渉や示談等は弁護士に弁護人に立ってもらわないと現実には不可能と言えます。一般的に痴漢事件の場合,本人が示談交渉を行うことは基本的には不可能です。その理由は,そもそも捜査を担当する警察や検察官が被害者の連絡先を被疑者に教えることは絶対にありませんし,被害者も被疑者本人との接触に大きな恐怖と抵抗感を感じるためです。さらに、被害者との交渉の中で被疑者による証拠隠滅の危険も存在するからです。
その点,弁護士であれば,証拠隠滅の心配はないですし、被害者の方がそういった抵抗感を感じることが少なく,警察も弁護人限りにおいて被害者の連絡先を開示することがあるため,示談成立の可能性は大幅に向上します。
3.しかし,被害者の方の被害感情の大きさによっては,弁護士が間に入っても示談が成立しないことがあります。その場合でも,弁護士の活動如何によっては,例外的に不起訴処分となる可能性があります。具体的には,被害者へ二度と接近しない旨の誓約書を提出したりする等して,処分を決定する検察官に反省の情を強く訴える必要がありますが,特に有効な手段として,贖罪寄付が挙げられます。
4.このようにして、既に略式手続に同意している場合であっても,検察官が裁判所に略式命令を請求する前に弁護士に有利な情状を主張させて適切な対応を取れば,検察官に処分を再考して貰える場合もあります。
5.いずれにせよ,処分が決定するために迅速かつ効率的な弁護活動をする必要がありますので,早急に弁護士に相談されることをおすすめします。
6.痴漢に関する関連事例集参照。
解説:
1.迷惑防止条例違反の処分の見込みについて
刑事事件の処分(起訴,不起訴)の決定については,事件を担当する検察官にその権原が与えられています(起訴便宜主義。刑訴法248条)。起訴便宜主義を定めた刑事訴訟法248条は,「犯人の性格,年齢及び境遇,犯罪の軽重及び情状並びに犯罪後の情況により訴追を必要としないときは,公訴を提起しないことができる。」と定めています。つまり,最終的に不起訴処分を獲得するためには,これら条文に挙げられた事情を挙げて,検察官に主張することが必要です。
その中でも一般的な痴漢事件の場合,処分の決定に当たっては,被害者との示談の成否が大きな影響を及ぼすことになります。その理由は、刑事裁判は基本的に自力救済禁止の原則(法の支配)から被害者の法益保護を国家が代わりに行うというところに求められます。法益保護の当事者である被害者が示談に応じ、告訴権を事実上放棄するのですから処罰の必要性がなくなってしまうわけです。従って宥恕文言は不可欠です。ただ、刑罰権行使の目的は法社会秩序維持という面がありますから違法性があまり大きいと不処分になるとは限りません。例えば、前科が多い様な場合が考えられます。
当然その他具体的な事情を総合的に考慮した上で,処分が決定されることにはなりますが,初犯であった場合,示談が成立すれば不起訴処分となり,示談が成立しなければ略式手続により50万円以内の罰金刑となるケースが多いといえます。
そのため,不起訴となって刑事処罰を回避するためには,まず示談を成立させることが重要となります。
2.示談交渉について
被害者の方との示談交渉をする場合,まずは検察官又は警察官を通じて被害者の方の連絡先の開示を要請することになります。
検察官らは,被疑者の弁護人に対して連絡先を教えても良いかを被害者に確認しますが,通常弁護人限りということであれば,被害者の方に了解いただけることが多いようです。
しかし,被害者の被害感情の大きさによっては,示談の話をすることによって,被疑者と繋がりができてしまうのではないかという不安感から,弁護人に対しても連絡先を開示して貰えない場合があります。その場合,以下のような対応をとることで,被害者の不安を取り除き,連絡先の開示を受けることができます。
本件のような痴漢の事案の場合,まず,弁護人が被害者の連絡先を被疑者には決して開示しない旨の誓約書と被疑者が今後一切被害者に接触しない旨の誓約書を準備することが考えられます。必要に応じて,被疑者の誓約書には,誓約を破った際に被害者の方に高額な違約金の支払い条項を定めることも効果的です。
これらの準備を行えば,被害者と示談の連絡が取れる可能性は飛躍的に高まります。
3.示談交渉が奏功しなかった場合
(1) 取るべき対応
これらの準備をした上でも,示談交渉が奏功しない場合があります。その場合,1で述べたように,罰金刑となる場合が非常に高いです。
しかし,その場合でも,初犯でその他の情状として悪質な点が無ければ,弁護活動によっては,不起訴処分を獲得することができる場合があります。
例えば,示談の成立が難しい見込みであったとしても,2で挙げたような誓約書を作成し,検察官に提出しておくことは,被疑者が被害者に対してできる限りの謝罪の措置を尽くしたということで,あなたにとっての有利な情状となります。その他,示談の他に不起訴処分を獲得できる可能性のある重要な行為として,贖罪寄付が挙げられます。
(2) 贖罪寄付の手法
贖罪寄付とは,罪を犯してしまった被疑者が,罪を償うために弁護士会などの公益団体に一定の金額の寄付を行うことを指します。贖罪寄付を行うことは,被疑者の反省の意を示すことになると共に,被疑者が経済的な支出を自ら負担し,実質的な処罰を受けることにもなるため,被疑者にとって有利な情状となります。そのため,贖罪寄付をする場合には,予想される罰金刑以上の金額を寄付する場合が多いようです。しかし,贖罪寄付を行う際には,いくつかの注意が必要です。そもそも贖罪寄付は,一般的には覚せい剤に関する罪など,特定の被害者が存在しない類型の犯罪において取られる手法です。その理由は,特定の被害者が居る場合には,団体に寄付をするよりも,被害者へ直接慰謝料を払い,損害の填補をすることが本筋だからです。
そのため,贖罪寄付を行ったとしても,被害者の被害の回復がされていないとして,有利な情状として評価しない検察官もいます。贖罪寄付を行ったとしても,現実に処分に影響を及ぼすことができなければ,経済的な損失のみが残ってしまうため,その結果だけは避ける必要があります。
そこで,贖罪寄付を行う際には,事前にきちんと検察官と面談をし、被害者との示談の経緯、提示した示談金の金額、被害者の対応等について具体的に説明して示談成立に努力したことを納得してもらい、やむを得ず贖罪寄付を行うことを説明する必要があります。検察官も被害者や弁護人が真摯に示談に努力しても示談ができなかったことを納得すれば、贖罪寄付をすることについても有利な情状として取り上げてくれるでしょう。
検察官は,処分の見通しについて明確には開示しませんが,これらの点を説明した上で、贖罪寄付について申し出れば面談において何らかの示唆(贖罪寄付の金額や処分について)を受けることは可能です。要は、検察官と何度も直接面談し信頼関係を築いて検察官の方針を読み取ることが求められます。これは本当に微妙な交渉になります。例えば、電話での検察官交渉は絶対にいけません。検察官の表情、言葉から不起訴の可能性を読み取ることはできないからです。又、そもそも弁護人の意見を取り上げる法的義務がありませんから検察官に臍を曲げられたらそれまです。弁護人はお願いする立場であり、検察官は公益の代表として権力を行使する立場です。これを理解しなければいけません。そんなことおかしいというかもしれませんが検察官も人間ですから仕方ありませんし、実務は担当検察官の裁量が大きく影響します。世の中とはそういうものですと割り切って被疑者の不処分を勝ち取る気持ちが弁護人にあるかということになるわけです。
(3) 本件での対応
本件でも,犯行態様は短時間で悪質性が低いこと,質問者は若年であり前科もないこと,すぐに犯行を認めて反省していること等,基本的な情状面としては有利な点が揃っていると言えます。そのため,それらの事情を検察官に対して主張し,加えて被疑者としては被害者の損害の回復のために十分な慰謝の用意をしたが,受け入れられなかったことを十分に説明する必要があります。
その上で,贖罪寄付をすることと引き換えに不起訴処分として貰えるよう,検察官に粘り強く訴えれば,最終的に不起訴処分を獲得することも可能です。
4.略式手続への同意を求められた場合の対応
(1) 略式手続について
なお,検察官が本件を起訴し,罰金刑を課そうと考えている場合,検察官から略式手続の同意を求められることになります。略式裁判とは,罪証・事案簡明な100万円以下の罰金又は科料が相当とされる事件について,公判を開かずに検察官の提出した資料に基づく書面審理のみによって裁判を行う手続(刑事訴訟法461条以下)ですが,この手続きには被疑者が略式手続きによることについて同意することが必要です。この同意をした場合,即日若しくは近日中に検察官の公訴提起と同時に略式請求され,簡易裁判所より罰金の支払を命じる略式命令が出されることが予想されます。
つまり,略式手続に同意することは,実質上罰金刑を受け入れることになります。
(2) 不起訴を目指すための対応
そのため,不起起訴処分を目指すためには,必要な弁護活動が終了するまで略式手続への同意を留保する必要があります。但し,理由もなく略式手続への同意をしなければ,正式裁判として起訴され,公判での裁判を受けなければならなくなる危険も存在するため,同意を留保する場合には,きちんと留保の理由を説明し,理解してもらう必要があります。弁護士が付いている状況であれば,一度留保したとしても即座に正式裁判を提起される可能性は低いといえます。
(3) 略式手続に同意した場合の対応
もし,あなたが弁護士に依頼をする前に,略式手続に同意してしまった場合でも,公訴提起の手続がされていなければ,まだ間に合う場合はあります。客観的に必要な弁護活動(示談交渉や贖罪寄付等)が未了であれば,弁護士が検察官と交渉し,それらの活動が完了するまで,起訴処分を待ってもらえる場合もあります。
しかし,いつの時点で公訴を提起するかは検察官の判断によるため,一日も早く対処する必要があります。そのため,もしも検察官から略式手続への同意を求められた際には,直ちに弁護士に相談することが必要です。
5.まとめ
本件の様な事例では,犯行態様も悪質性が低く,前科も無いことから,示談が成立していないとしても,不起訴処分となる可能性は十分にありますが,何の弁護活動もしなければ,定型的に罰金刑とされてしまう可能性が高いでしょう。
処分が決定する前に検察官に対して必要な主張をする必要があるため,早急に弁護士へ相談することをお勧めします。
以上