刑法
(業務上過失致死傷等)
第二百十一条 業務上必要な注意を怠り、よって人を死傷させた者は、五年以下の懲役若しくは禁錮又は百万円以下の罰金に処する。重大な過失により人を死傷させた者も、同様とする。
2 自動車の運転上必要な注意を怠り、よって人を死傷させた者は、七年以下の懲役若しくは禁錮又は百万円以下の罰金に処する。ただし、その傷害が軽いときは、情状により、その刑を免除することができる。
刑事訴訟法
第二百四十八条 犯人の性格、年齢及び境遇、犯罪の軽重及び情状並びに犯罪後の情況により訴追を必要としないときは、公訴を提起しないことができる。
道路交通法
(交通事故の場合の措置)
第七十二条 交通事故があつたときは、当該交通事故に係る車両等の運転者その他の乗務員(以下この節において「運転者等」という。)は、直ちに車両等の運転を停止して、負傷者を救護し、道路における危険を防止する等必要な措置を講じなければならない。この場合において、当該車両等の運転者(運転者が死亡し、又は負傷したためやむを得ないときは、その他の乗務員。以下次項において同じ。)は、警察官が現場にいるときは当該警察官に、警察官が現場にいないときは直ちに最寄りの警察署(派出所又は駐在所を含む。以下次項において同じ。)の警察官に当該交通事故が発生した日時及び場所、当該交通事故における死傷者の数及び負傷者の負傷の程度並びに損壊した物及びその損壊の程度、当該交通事故に係る車両等の積載物並びに当該交通事故について講じた措置を報告しなければならない。
(免許の取消し、停止等)
第百三条 免許(仮免許を除く。以下第百六条までにおいて同じ。)を受けた者が次の各号のいずれかに該当することとなつたときは、その者が当該各号のいずれかに該当することとなつた時におけるその者の住所地を管轄する公安委員会は、政令で定める基準に従い、その者の免許を取り消し、又は六月を超えない範囲内で期間を定めて免許の効力を停止することができる。ただし、第五号に該当する者が前条の規定の適用を受ける者であるときは、当該処分は、その者が同条に規定する講習を受けないで同条の期間を経過した後でなければ、することができない。
一 次に掲げる病気にかかつている者であることが判明したとき。
イ 幻覚の症状を伴う精神病であつて政令で定めるもの
ロ 発作により意識障害又は運動障害をもたらす病気であつて政令で定めるもの
ハ イ及びロに掲げるもののほか、自動車等の安全な運転に支障を及ぼすおそれがある病気として政令で定めるもの
一の二 認知症であることが判明したとき。
二 目が見えないことその他自動車等の安全な運転に支障を及ぼすおそれがある身体の障害として政令で定めるものが生じている者であることが判明したとき。
三 アルコール、麻薬、大麻、あへん又は覚せい剤の中毒者であることが判明したとき。
四 第六項の規定による命令に違反したとき。
五 自動車等の運転に関しこの法律若しくはこの法律に基づく命令の規定又はこの法律の規定に基づく処分に違反したとき(次項第一号から第四号までのいずれかに該当する場合を除く。)。
六 重大違反唆し等をしたとき。
七 道路外致死傷をしたとき(次項第五号に該当する場合を除く。)。
八 前各号に掲げるもののほか、免許を受けた者が自動車等を運転することが著しく道路における交通の危険を生じさせるおそれがあるとき。
2 免許を受けた者が次の各号のいずれかに該当することとなつたときは、その者が当該各号のいずれかに該当することとなつた時におけるその者の住所地を管轄する公安委員会は、その者の免許を取り消すことができる。
一 自動車等の運転により人を死傷させ、又は建造物を損壊させる行為で故意によるものをしたとき。
二 自動車等の運転に関し刑法第二百八条の二 の罪に当たる行為をしたとき。
三 自動車等の運転に関し第百十七条の二第一号又は第三号の違反行為をしたとき(前二号のいずれかに該当する場合を除く。)。
四 自動車等の運転に関し第百十七条の違反行為をしたとき。
五 道路外致死傷で故意によるもの又は刑法第二百八条の二 の罪に当たるものをしたとき。
第百十七条 車両等(軽車両を除く。以下この項において同じ。)の運転者が、当該車両等の交通による人の死傷があつた場合において、第七十二条(交通事故の場合の措置)第一項前段の規定に違反したときは、五年以下の懲役又は五十万円以下の罰金に処する。
2 前項の場合において、同項の人の死傷が当該運転者の運転に起因するものであるときは、十年以下の懲役又は百万円以下の罰金に処する。
行政不服審査法
第一条 この法律は、行政庁の違法又は不当な処分その他公権力の行使に当たる行為に関し、国民に対して広く行政庁に対する不服申立てのみちを開くことによつて、簡易迅速な手続による国民の権利利益の救済を図るとともに、行政の適正な運営を確保することを目的とする。
2 行政庁の処分その他公権力の行使に当たる行為に関する不服申立てについては、他の法律に特別の定めがある場合を除くほか、この法律の定めるところによる。
行政事件訴訟法
(処分の取消しの訴えと審査請求との関係)
第八条 処分の取消しの訴えは、当該処分につき法令の規定により審査請求をすることができる場合においても、直ちに提起することを妨げない。ただし、法律に当該処分についての審査請求に対する裁決を経た後でなければ処分の取消しの訴えを提起することができない旨の定めがあるときは、この限りでない。
2 前項ただし書の場合においても、次の各号の一に該当するときは、裁決を経ないで、処分の取消しの訴えを提起することができる。
一 審査請求があつた日から三箇月を経過しても裁決がないとき。
二 処分、処分の執行又は手続の続行により生ずる著しい損害を避けるため緊急の必要があるとき。
三 その他裁決を経ないことにつき正当な理由があるとき。
3 第一項本文の場合において、当該処分につき審査請求がされているときは、裁判所は、その審査請求に対する裁決があるまで(審査請求があつた日から三箇月を経過しても裁決がないときは、その期間を経過するまで)、訴訟手続を中止することができる。
民事執行法
(審尋)
第五条 執行裁判所は、執行処分をするに際し、必要があると認めるときは、利害関係を有する者その他参考人を審尋することができる。
(差押命令)
第百四十五条 執行裁判所は、差押命令において、債務者に対し債権の取立てその他の処分を禁止し、かつ、第三債務者に対し債務者への弁済を禁止しなければならない。
2 差押命令は、債務者及び第三債務者を審尋しないで発する。
3 差押命令は、債務者及び第三債務者に送達しなければならない。
4 差押えの効力は、差押命令が第三債務者に送達された時に生ずる。
5 差押命令の申立てについての裁判に対しては、執行抗告をすることができる。
(差押禁止債権)
第百五十二条 次に掲げる債権については、その支払期に受けるべき給付の四分の三に相当する部分(その額が標準的な世帯の必要生計費を勘案して政令で定める額を超えるときは、政令で定める額に相当する部分)は、差し押さえてはならない。
一 債務者が国及び地方公共団体以外の者から生計を維持するために支給を受ける継続的給付に係る債権
二 給料、賃金、俸給、退職年金及び賞与並びにこれらの性質を有する給与に係る債権
2 退職手当及びその性質を有する給与に係る債権については、その給付の四分の三に相当する部分は、差し押さえてはならない。
3 債権者が前条第一項各号に掲げる義務に係る金銭債権(金銭の支払を目的とする債権をいう。以下同じ。)を請求する場合における前二項の規定の適用については、前二項中「四分の三」とあるのは、「二分の一」とする。
(差押禁止債権の範囲の変更)
第百五十三条 執行裁判所は、申立てにより、債務者及び債権者の生活の状況その他の事情を考慮して、差押命令の全部若しくは一部を取り消し、又は前条の規定により差し押さえてはならない債権の部分について差押命令を発することができる。
2 事情の変更があつたときは、執行裁判所は、申立てにより、前項の規定により差押命令が取り消された債権を差し押さえ、又は同項の規定による差押命令の全部若しくは一部を取り消すことができる。
3 前二項の申立てがあつたときは、執行裁判所は、その裁判が効力を生ずるまでの間、担保を立てさせ、又は立てさせないで、第三債務者に対し、支払その他の給付の禁止を命ずることができる。
4 第一項又は第二項の規定による差押命令の取消しの申立てを却下する決定に対しては、執行抗告をすることができる。
5 第三項の規定による決定に対しては、不服を申し立てることができない。
差押債権者の金銭債権の取立て)
第百五十五条 金銭債権を差し押さえた債権者は、債務者に対して差押命令が送達された日から一週間を経過したときは、その債権を取り立てることができる。ただし、差押債権者の債権及び執行費用の額を超えて支払を受けることができない。
生活保護法
(差押禁止)
第五十八条 被保護者は、既に給与を受けた保護金品又はこれを受ける権利を差し押えられることがない。
国民年金法
(受給権の保護)
第二十四条 給付を受ける権利は、譲り渡し、担保に供し、又は差し押えることができない。ただし、年金給付を受ける権利を別に法律で定めるところにより担保に供する場合及び老齢基礎年金又は付加年金を受ける権利を国税滞納処分(その例による処分を含む。)により差し押える場合は、この限りでない。
厚生年金保険法
受給権の保護及び公課の禁止)
第四十一条 保険給付を受ける権利は、譲り渡し、担保に供し、又は差し押えることができない。ただし、年金たる保険給付を受ける権利を別に法律で定めるところにより担保に供する場合及び老齢厚生年金を受ける権利を国税滞納処分(その例による処分を含む。)により差し押える場合は、この限りでない。
2 租税その他の公課は、保険給付として支給を受けた金銭を標準として、課することができない。ただし、老齢厚生年金については、この限りでない。
<参考判例>
京都地裁平成22年9月7日判決(抜粋)
「2 原告の救護義務違反(人に傷害を負わせたことの認識)の有無の検討
(1)道交法72条1項前段の負傷者を救護する義務に違反したというためには,その前提として,人身傷害の事実の認識が必要であるところ,かかる認識については,必ずしも確定的な認識であることを要せず,未必的な認識があれば足りると解される。
(2)そして,走行する車両を人に衝突させたことの未必的な認識が認められれば,人身傷害の未必的な認識があるというべきであるから,本件車両がAに衝突した直後の時点で,原告が,本件車両が人に衝突したことの未必的認識を有していたといえるかについて検討する。
ア 本件事故発生前後の状況について
(ア)まず,本件事故発生前後の本件事故発生場所の状況についてみると,正確な時刻については争いがあるものの,本件事故が発生したのは平成20年6月29日の午後8時53分ころで,既に夜間といえる時間帯であり,交差点から本件事故発生場所までは直線道路で見通しはよいものの,沿道の照明は少なく,かつ,本件事故発生場所の北側に位置するE経営に係る商店の看板の照明も午後7時30分には消灯されており,本件事故発生前後の本件事故発生場所はほとんど照明のない暗さであった(上記1(2))。また,本件事故による衝突により,Aは,「i」との看板を掲げた建物の敷地内に撥ね飛ばされて倒れた(上記1(4))が,その際,頭部を同敷地の奥に向けて倒れ(乙7),本件事故発生場所を車両で通過した後にバックミラー等により人が上記敷地内に倒れているのを発見することは困難な状況であった。
次に,原告の本件事故発生前後の状況についてみると,原告は,本件事故発生前の午後8時47分ころ,350cc入りの発泡酒を半分ほど飲んでいたこと(上記1(1))に加え,f交差点を左折した直後から,助手席の床に落下したペットボトルを拾おうとして上半身を左前に傾けたこと(上記1(3))により,進路前方の視野が著しく狭いものとなり,かかる状況でちらちらと前方を見ながら本件車両を運転し(上記1(3)),視線が時折前方から外れることがあった。また,原告は,本件事故の衝突による衝撃を受けて視線を前方に戻したところ,本件車両が路側帯の白線を跨ぐか跨ぎそうな状況で道路の左端一杯の部分を走行していたことから,慌ててハンドルを右に切り,元の進路上に本件車両を戻す(乙30)などしていたため,本件事故発生場所を通過した後も,原告がバックミラー等により後方を確認することは困難な状況であった。
以上の本件事故発生前後の本件事故発生場所の客観的状況及び原告が置かれた具体的状況からすれば,原告が,本件事故発生の直後に本件車両を人に衝突させたことを認識することは著しく困難であったと認められる。
(イ)これに対し,被告は,本件事故発生場所が人の通行が想定され得ない場所ではなく,本件事故は人や車の通行がないと判断される時間に発生したものでもなく,原告は,日常的に本件事故発生場所を通行し,上記のような本件事故発生場所付近の地域状況を把握していたから,人と衝突したことの未必的認識があった旨主張する。
しかしながら,救護義務違反の成立の前提となる人に車両を衝突させたことの未必的認識があるというためには,少なくとも人と衝突した可能性の認識が必要であるところ,被告が指摘する本件事故の発生場所及び時間帯に関する事情は,本件事故発生前後に本件事故発生場所に人がいることを認識していた可能性を示す事情にすぎず,それらの事情を直ちに人と衝突したことの未必的認識の根拠とすることはできない上,証拠(甲16)によれば,本件事故発生場所は原告の通勤経路にないことが認められ,原告が日常的に本件事故発生場所を通行していたともいえないから,被告の上記主張は採用できない。
(ウ)また,被告は,原告が本件事故直前にペットボトルを拾おうと上体を助手席の方へ傾け前方不注視となっていたことを前提として,衝突の瞬間,本件車両の左前方に衝突音が聞こえたのであるから,衝突音によって衝突したのは車体の左側であることを認識し,車両の左前部へ視線を向け,その対象が判別し得なければ,車両の左後方へ向くのが自然であるから,衝突の対象物の確認をしていたはずである旨主張する。
しかしながら,上記(ア)のとおり,原告は,本件事故の衝突による衝撃を受けて視線を前方に戻したところ,本件車両が路側帯の白線を跨ぐか跨ぎそうな状況で道路の左端一杯の部分を走行していたことから,慌ててハンドルを右に切り,元の進路上に本件車両を戻すなどしていたのであり,かかる状況で視線を本件車両の左側や左後方へ向けることが自然であるということはできないから,被告の上記主張は採用できない。
イ 本件事故後の原告の行動について
(ア)本件事故直後の原告の行動をみると,原告は,本件事故による衝突後,衝撃を感じたものの,停止することなく本件事故発生場所を通過しているが(上記1(4)),上記ア(ア)の原告が置かれた状況からすれば,これが,本件事故直後,原告が前方に視線を戻した際,本件車両が車線の左端に大きく寄って走行しており,沿道にある何らかのものに接触したにすぎないと考えたことによるとみるのも不自然・不合理とはいえない。
次に,原告は,本件事故の約4分後,本件事故発生場所から約5.8km離れた地点で信号待ちをした際に,Cの留守番電話に,翌日に実家の稲を見に来てほしい旨のメッセージを残している(上記1(6))が,人と衝突したこと又はその可能性を認識した者があえて上記のような行動をとることは,通常では考え難い。
また,原告は,自宅に着いた際,原告宅にあるシャッター付きのガレージではなく,自宅の道路に面した駐車スペースに,本件車両を前部が道路に向く状態で駐車した(上記1(6))が,これも,人と衝突したこと又はその可能性を認識した者の行動としては不自然といわざるを得ない。
さらに,原告は,自宅に戻った後,Dから紹介された見合い相手に関する相談を母親とした後,Dに電話し,紹介された見合いを断りたいと伝えている(上記1(7))が,人と衝突したこと又はその可能性を認識している者が,上記のような行動をとる必要性も合理性も認められない。
以上の本件事故発生後の原告の行動にかんがみれば,原告が,人に衝突したこと又はその可能性を未必的にも認識していなかったと認めるのが合理的である。
(イ)これに対し,被告は,原告が,本件事故発生直後に停止確認を行わなかった事実は,発生した結果の重大性を認識し,故意に停止しなかったことを強く窺わせるものである旨主張する。
しかしながら,上記ア(ア)のように原告が衝突の対象物を認識するのが著しく困難な状況にあったこと,本件事故発生直後に原告が視線を前方に戻した際,本件車両が道路の左端に寄っていたことも併せ考えれば,原告の上記の行動は,原告が,人と衝突したことを認識し,慌ててその場を去ろうとしたというよりは,本件車両が沿道の何らかの構造物に接触したかもしれないという程度の認識しか有しておらず,事態を重くみていなかったことによるとみるのが自然である。
また,被告は,原告が本件事故発生直前に発泡酒を350ccの半分くらい飲んだこと(上記1(1))が救護義務違反の動機になったとし,人を撥ねたという認識があったからこそ,救護等の措置を講ずれば飲酒運転が発覚することを恐れ,当該措置を採らなかったと評価すべきである旨主張するところ,飲酒運転の発覚の防止は,必ずしも人身事故を惹起した場合に限られず,物損事故を起こした場合にも停止確認をしないことの動機となり得るものであるから,動機の点をもって人を撥ねたという認識に結びつけるのは無理がある。
(ウ)被告は,上記(ア)のCの留守番電話への伝言について,原告が,上記伝言の前に,追跡されていると自覚していたFの車両を振り切り,安堵したために電話をかけたものであって,これを消極要素とみることはできない旨主張する。
しかしながら,同主張は,原告がFにひき逃げを目撃され追跡されていたこと,さらには原告がひき逃げの事実を認識していたことを前提としている点で既に相当でない上,当該伝言の内容が実家の稲を見に来てほしいというものであり,かかる内容を留守番電話にメッセージを残してまで伝えようとする行動自体,人と衝突したこと又はその可能性を認識していた者の事故当日の行動としては不自然であって,被告の上記主張は採用できない。
この点について,被告はさらに,上記Cへの電話の本来の趣旨は,事故を起こし,関係の深い男性に助けに来てほしい旨であったものの,留守番電話に録音記録として残ることを恐れて,咄嗟に稲の様子を見るためという理由付けをしたと考えることもできる旨主張するが,そのように考えたのであればあえて留守番電話にメッセージを残すことなく電話をかけ直せば足りるのであり,上記のような行動をとる合理的な理由は見出し難いから,同主張も理由がない。
(エ)被告は,原告が,本件事故後,本件車両を走行させながらBに本件車両の修理に関する電話をかけていることが,原告に強い逃走願望,車両修理の願望があったことの現れであり,原告に人身事故の認識があったことの証左である旨主張する。
しかしながら,車両を走行させながら電話すること自体は,交通事故を惹起した者のみに見られる行動とはいい難い。また、電話の内容が本件車両の修理に関するものであったことは,原告に車両修理の願望があったことを推認させる事情とはいえるが,かかる願望は物損事故の場合にも等しくみられるものであるから,それが直ちに人身傷害又はその可能性の認識に結びつくものとはいえない。
(オ)被告は,原告が帰宅後にDに対して自己の見合い話を断る電話をかけていることが,自己が人身傷害に関与していないことを装うための工作ないし犯行を隠滅する所作ともうかがえる旨主張する。
しかしながら,人身傷害又はその可能性を認識している者が,事故発生当日に,自己の見合い話を断るという形で工作を行おうと考えること自体が不自然である上,上記(ア)のとおり,上記の電話は,Dから紹介された見合い相手に関して母親と相談した結果,Dにかけることになったものであり,当初から原告が予定していたものでないことからしても,被告の上記主張は採用できない。
(カ)被告は,人身事故の加害者が,たとえ人身事故を惹起したとの認識を有していたとしても,事故現場からの逃走を図った後,直ちに加害車両を隠匿するとは限らないことは過去の統計から明らかであり,これは,事故を起こした動揺から,犯行の発覚と警察の追及を免れるために事故現場から逃走し,自宅に着いた後,とりあえず逃走に成功したとして安心し,慎重な罪障隠滅まで図らない運転者が一定程度存在することを示すものであるから,原告が本件車両をシャッター付きの車庫ではなく自宅横に外部からの視認が可能な状態で駐車したことをもって,人身事故又はその可能性の認識の消極的事情とみるのは相当でない旨主張する。
しかしながら,自宅に,本件車両を道路から見えない形で駐車できるシャッター付きの車庫があるにもかかわらず,あえてそれを利用せず,路上から見える駐車スペースに,車両の損傷部分を道路に向ける形で駐車する行為は,人身傷害又はその可能性の認識を有する者の事故当日の行動としては不自然・不合理といわざるを得ず,被告の上記主張も採用できない。
(キ)被告は,原告が帰宅後,訪問した地域課警察官らから人身事故について伝えられた際,人だと思わなかったと述べてしゃがみ込んだこと(上記1(7))について,原告に,事故発生の事実及び未必的に人を撥ねたことの認識があったからこそ,人身事故発生に関する確定的な事実を告げられて,すぐに現実を受け容れることができたため,その場で泣き崩れたと評価すべきである旨主張する。
しかしながら,原告の上記の行動は,むしろ,原告が,本件車両が沿道の何らかの構造物に接触したことの認識しか有しておらず,人身事故であることを告げられて衝撃を受けたことによるとみるのが自然であり,被告の上記主張も採用できない。
ウ 本件事故の衝突による衝撃及び衝突音について
(ア)本件事故の衝突による衝撃について
被告は,本件事故による衝突当時の本件車両とAの速度差及び本件車両の損壊状況から,本件事故の衝突による衝撃は相当大きく,それを原告も感じた以上,それにより人に衝突したことを認識したはずである旨主張する。
証拠(乙4,6,16)によれば,本件事故の衝突により,Aが少なくとも数m左前方に撥ね飛ばされたこと,本件車両の左前部にシワ状の浅い凹みが生じたことが認められ,本件車両の左前部が相当程度の物理的な衝撃を受けたことが認められるが,上記1(3)のとおり,原告は,本件事故当時,ペットボトルを拾おうとしていたため,右手のみでハンドル操作をしていたところ,上記ア(ア)のとおり,本件事故の衝撃を感じて視線を前方に戻し,ハンドル操作を行って,道路左端に寄っていた本件車両を元の進路上に戻すことができたのであるから,上記衝突による衝撃は,原告がハンドル操作を乱すほど強度のものではなかったことが認められる。
そして,本件事故の衝突により,上記のとおりある程度の衝撃を原告が感じ取ったとしても,そのような衝撃は,車両が沿道の構造物に衝突,接触した場合にも生じ得るものであることから,原告がある程度の衝撃を体感したことのみをもって,人身傷害又はその可能性を認識したと認めることはできず,被告の上記主張は採用できない。
(イ)本件事故の衝突音について
被告は,本件事故により,屋内にいた者を含む付近に所在した者がその音を聞きつけて駆けつけるほどの大きな音が発生したから,本件車両内にいた原告にも衝突音が伝わったはずであり,それにより人に衝突したことを認識したはずである旨主張する。
証拠(乙7,53)によれば,本件事故の衝突により「ガシャーン」という音が,本件事故発生場所に面するE方のみならず,E方よりも本件事故発生場所から離れているI方の屋内にまで届いていたことが認められ,その音は相当大きかったといえるが,上記証拠によれば,Eは,当該衝突音を「店の前に並べている植木鉢に車がぶつかったのではないか」と考え,Iもそれを「シャッターの音」のように感じ事故だとは思わなかったというのである。かかる事実からすれば,本件事故の衝突音が人身傷害を想起させる衝突音であったということはできず,原告が,本件事故当時,本件車両のカーステレオで音楽を聴いていたこと(甲16)も併せ考えると,本件車両内にいた原告が,衝突音から人身傷害又はその可能性を認識したと認めることはできず,被告の上記主張は採用できない。
エ 本件事故発生後の本件車両の走行速度について
(ア)被告は,原告が,平成20年6月29日午後8時53分ころに本件事故を惹起した後,午後8時57分ころに,本件事故発生場所から約5.8km離れた府道k線との交差点においてCに電話をかけていることから,約4分間の間に約5.8km走行しており,その間の平均時速は,本件事故発生前の走行速度である時速40kmを相当上回る時速76km以上であり,これは,原告が,本件事故による人身傷害の事実を認識し,本件事故発生場所から逃走するために高速度で走行したものである旨主張する。
(イ)まず,本件事故の発生時刻について検討すると,原告は,平成20年6月29日午後8時47分ころ(正確には8時47分26秒。乙44),コンビニエンスストアで食料品等を購入し,直後に同店駐車場で発泡酒を半分ほど飲んでから同店を出発し(上記1(1)),他方,Aは,午後8時49分ころf交差点にあるコンビニエンスストアで買い物を済ませ市道f線を従業員寮に向かって歩行していた(上記1(3))。また,Fは,本件事故発生後本件車両を追跡し,本件事故発生場所から約700m離れた地点で本件車両のナンバーを確認した後,Aの安否を確認するため本件事故発生場所へ引き返し(上記1(5)),本件事故発生場所に着くと,Aに声をかけるなどして安否を確認した後,自己の携帯電話で110番通報をしている(乙5)ところ,証拠(乙58)によれば,Fからの110番通報の受信時刻は午後8時56分ころであったことが認められる。
本件事故の発生時刻は,原告が運転する本件車両とAがいずれも本件事故発生場所に差し掛かった時刻であるところ,以上の事実に加え,原告が立ち寄った上記コンビニエンスストアから本件事故発生場所までの距離が約2.6kmであること,原告がその間時速約40kmで走行していたこと,Aが立ち寄った上記コンビニエンスストアから本件事故発生場所までの距離が約220mで,Aが同距離を徒歩で移動していたこと(以上につき乙63)などを考慮すると,本件事故の発生時刻は,午後8時52分から53分までの間ころと推定されるが,それ以上に厳密に本件事故の発生日時を特定することは困難といわざるを得ない。
(ウ)次に,原告が本件事故後Cに携帯電話で電話をかけるまでの本件車両の走行速度についてみると,本件事故発生場所から原告がCに電話をかけた府道k線との交差点までの距離が約5.8kmであること,原告がCに電話をかけた時刻が平成20年6月29日午後8時57分ころ(正確には午後8時56分54秒)であることから,上記のとおり推定される本件事故発生時刻を踏まえると,本件車両は,本件事故発生後の4~5分の間に,約5.8km進行したことになるが,計算上,その間の平均時速は,その所要時間を4分とすれば時速約87kmとなり,その所要時間を5分とすれば時速約70kmとなる。そして,上記(イ)のとおり,本件事故の正確な発生時刻を上記以上に特定することはできないから,結局,原告の,本件事故後の正確な走行速度を算出することはできない。
(エ)上記(ウ)によると,本件事故後原告は時速約70km以上で走行していたことになり,被告は,かかる高速走行の事実は,原告が本件事故による人身傷害又はその可能性を認識し,本件事故発生場所から逃走すべく加速したものであって,同事実は,原告が人に衝突したのではないかと考えていたことを推認するに十分である旨主張し,この点は被告の主張にも一定程度合理性があるといえるが,制限時速40kmの道路における原告の通常の走行速度につき,刑事事件の公判廷では時速50km前後と供述するものの(甲16),必ずしも明らかでないうえ,上記イ記載の高速走行後の原告の行動との整合性もなく,上記高速走行の点のみを根拠に,原告が本件車両が人に衝突したこと又はその可能性を認識していたという蓋然性があるとはいえない。
オ 以上のア~ウの諸事実に照らすと,上記エの点を考慮しても,本件車両がAに衝突した直後の時点で,原告が,本件車両が人に衝突したことの未必的認識を有していたということはできない。
(3)また,前記前提事実記載のとおり,本件事故について,原告は道交法違反の公訴事実で起訴されたものの,京都地方裁判所はその点について犯罪の証明がないとして無罪の言渡しをし,京都地方検察庁検察官は,同判決に対し控訴を提起せず,同判決が確定したことが認められるところ,同事実は,刑事事件の第一審の審理を終えた段階で,補充捜査をしてもなお原告の救護義務違反の故意を十分に証明できない事案であるという検察官の認識を示したものと解するのが相当である。
(4)以上検討したとおり,原告に,本件事故について,人身傷害又はその可能性の認識があったとは認められず,原告の救護義務違反の事実は認められない。
3 行政処分と刑事処分の関係に関する被告の主張について
被告は,道交法に基づく運転免許の取消処分は,将来における道路交通の危険を防止し,交通の安全と円滑を図るために,危険性のある者を道路交通の場から排除する目的に照らし,迅速性を必要とし,多数の対象を短期間に処理しなければならない運転免許行政事務の性質からして,処分対象の客観的,形式的,外観的状態を重視して処分を決定する点で,処分対象の主観的,実質的,内面的証拠の詳細を重視する刑事裁判と大きな差異がある上,刑事訴訟では,刑罰権の行使という人権に関わる問題に関し,犯罪事実を認定するために必要な心証として合理的な疑いを超える程度の確信が必要とされるのに対し,行政事件訴訟を含む民事訴訟においては反対の可能性が全くないという絶対的確信である必要はなく,当該事実が存在する高度の蓋然性を有するという程度の心証で足りるとし,本件では,原告が人身傷害又はその可能性を認識していた事実が高度の蓋然性をもって認められる旨主張する。
しかしながら,上記のような行政処分と刑事裁判との差異は,そのいずれかの結果が他の一方の結果に影響を及ぼすものではないことを導き得るものではあるが,道交法117条の罰則の構成要件となる同法72条前段と同じ要件を運転免許取消処分の1つの要件としている以上,その意味は同じであるというほかないし,刑事訴訟と民事訴訟とで事実認定に要求される心証の程度が上記のように異なるとしても,上記で認定,説示したところによれば,原告が人身傷害又はその可能性を認識していた事実が高度の蓋然性をもって認められるとはいえない。たしかに,上記認定によれば,原告は,人身事故を起こしたことに気づかない鈍感さを持つ一方,飲酒運転はいうまでもなく,停止はもとより減速さえせずに,ほとんど前方が見えなくても助手席の足下に落ちたペットボトルを拾おうとしたり,制限時速40kmの照明の少ない道路を夜間に時速70kmで走ったりするという自動車運転の危険性への無自覚さを持つ運転者であるといえ,かかる運転による道路交通の危険は明らかであるともいえるが,そのような運転者を道路交通の場から排除しようとすることは,新たに法律や政令を制定する際の1つの方向の指針とはなり得ても,既に制定された道交法,その委任を受けた同法施行令を解釈する基準とはしないのが法治主義である。そうすると,いずれにしても被告の主張は理由がない。
4 本件各処分の検討
以上によれば,原告には,道交法72条1項前段の救護義務違反があるとは認められず,本件事故による付加点数23点は付加されないことになる。そうすると,本件各処分時における原告の違反点数は,〔1〕安全運転義務違反に付する基礎点数2点,〔2〕傷害事故のうち治療期間が15日未満であるものによる付加点数3点のほかは,〔3〕道交法施行令別表第2の3に規定する違反行為(措置義務違反)による付加点数を付与し得るとしても,物の損壊に係る交通事故を起こした場合における道交法72条1項前段の規定に違反する行為による付加点数5点の合計10点であり,道交法103条1項5号,同法施行令38条5項1号イ及び同令別表第3の運転免許を取り消す基準に該当せず,同法103条6項により免許を受けることができない期間を指定することができないことは明らかであるから,本件各処分はいずれも違法であり,取消しを免れない。」