家族間の暴行・傷害事件・重症の場合でも不起訴にすることができるか。

刑事|傷害事件|告訴被害届けの取消書|最高裁平成18年8月30日決定

目次

  1. 質問
  2. 回答
  3. 解説
  4. 関連事例集
  5. 参考条文

質問:

私は,夫と息子と3人で暮らしています。先日,些細なことで息子と夫が喧嘩をしてしまい,夫が息子に殴る蹴るの暴力を振われてしまいました。出血等していたので,私が慌てて救急車を呼び,夫はそのまま治療のため入院することになりました。どうやら,全治3か月程度になりそうとのことです。

翌日の朝警察官が家に来て、息子は逮捕されてしまいました。私を含めて家族は通報していませんが,病院が独断で警察に通報していたようです。

夫も怪我はしてしまいましたが,家族間の事ですし,冷静になって考えて喧嘩になったのは夫にも原因があることを認めており,夫としては今回の件が警察沙汰になってしまうことは一切望んでいません。家族一同,息子に前科がつかないようにしてもらいたい気持ちです。

息子は,会社勤め(大企業)をしているので,会社に今回の件が明らかになることで,会社から不利益な処分を受けてしまわないかも不安です。今後,私たち家族は息子のためにどのようなことをすればよいのでしょうか。

回答:

1.一度警察に事件が発覚してしまった以上,被害者であるご主人がいくら処分を望んでいなくとも,刑事手続が進んでしまうことがあります。息子さんに前科が付く等の極めて大きい不利益が科されることを避ける為にも,迅速に行動をおこすことが重要です。

具体的には,家族の間での傷害事件という特殊な事案であることを踏まえて,信用性と説得力が認められるような形で,被害者であるご主人の意見を捜査機関に訴え,加害者である息子さんの処分に関して交渉を行う必要があります。具体的な方法としては,被害者であるご主人の意見を踏まえた意見書を提出することになります。この書面は,単に処分を望まない,というだけでは足りず,その経過や現在の状況,なぜご主人が加害者である息子さんの処分を望まないのか,なぜ捜査機関の介入を望まないのか,どのように家庭内で事態を解決するのか,等極めて詳細かつ具体的な記載が要求されますので,意見書の作成や捜査機関との交渉については,弁護士に対応を依頼されることをお勧めいたします。

2.尚、家族内の事件でも、傷害事件の相当な賠償金支払いの和解合意書の作成、それに基づく支払い。領収書の受領は不可欠です。さらに、告訴被害届けの取消書も必要です。ただし、このような書面作成を迅速に行う必要がありますが、3ヶ月の重症ですから、入院中とも考えられ書面作成の有効性を疑われますからその信憑性を確保するため弁護人による詳細な背景を記載した書面作成、立会いは不可欠でしょう。担当医師の意見も予め求める必要性もでてくるかもしれません。

ただ、担当医も捜査機関から事の真相を確認するため協力を求められるので捜査機関側に有利な判断をする場合があります。担当医師に対しては、入院契約を締結し治療を任せている患者、その家族の意見、立場を理解するように交渉する必要性もでてきます。したがって、弁護人はそれに対しても適切な指示、対応が求められます。

3.上記の手続きで作成した証拠を基に勾留阻止の手続き、検察官に対する勾留しないようにする意見書、勾留却下を求める裁判官面接、場合により準抗告により早期身柄釈放が職場との関係からも不可欠になります。さらに報道阻止も重要です。以上の経緯から明らかなように時間的に一刻の猶予もできない事件です。

4.傷害罪に関する関連事例集参照。

解説:

1.医師の通報について

医師法21条で次のような規定があります。「医師は、死体又は妊娠四月以上の死産児を検案して異状があると認めたときは、二十四時間以内に所轄警察署に届け出なければならない。」各医師の判断に任されていますが、死体に至らない重症の怪我の事例であっても、適宜、警察署に対する通報が行われることがあるようです。

また、刑事訴訟法239条1項で「何人でも、犯罪があると思料するときは、告発をすることができる。」と規定され、同条2項で「官吏又は公吏は、その職務を行うことにより犯罪があると思料するときは、告発をしなければならない。」と規定されており、特に公立病院の医師の場合は、公務員の立場で、怪我の患者を受診した場合に医師の判断で通報されることが少なくありません。

医師が警察署にご主人の怪我を通報した行為は、このように違法な行為というわけでもありませんが、最初に受診した時に、これら法令の存在を前提として、親子間の問題であることを医師に良く説明しておけば、医師による通報が為されなかった可能性もあると言えます。

2.今回の事件について

(1)今回,息子さんが逮捕されたその原因(「被疑罪名」といいます。)は,「傷害罪」(刑法第204条)となります。傷害罪の法定刑(法律で定められている刑罰の範囲)は,「15年以下の懲役又は50万円以下の罰金」(同条)となっていますから,単なる傷害といっても軽い罪とは限りません。

仮にこのまま何の対応もしなければ,ご主人の怪我の程度によっては,警察官から検察官の手に事件が委ねられ(これを「送検」といいます。),起訴されることがあり得ます。起訴されてしまえば,正式な裁判により懲役刑(執行猶予判決を含みます。)になるか,略式命令という罰金刑となるため,前科が付くことになってしまいます。今回の件ではご主人が負った怪我は全治3か月という比較的重い怪我であるといえますので,起訴されてしまう可能性は十分にあるといえます。傷害罪は親告罪ではありませんので、被害者の告訴が無くても検察官は起訴することができる罪名です。

(2)また,息子さんは会社員をされているということですが,逮捕期間中息子さんは会社を欠勤することになってしまいます。この欠勤期間が続けば,それだけで懲戒処分がなされる事もあります。また,もし今回の件が会社に発覚すれば,会社から何らかの懲戒処分が下ることは確実となります。

(3)以上から,息子さんの処分を可能な限り軽減するためには,逮捕直後から,①身柄解放に向けた活動,②起訴を避ける為の活動,③勤務先に今回の件が発覚しないようにするための活動,を並行して迅速に行わなければなりません。

その活動の具体的な内容ですが,今回の件はご主人と息子さんという家族の間での事件ですので,通常の傷害事件の場合とはまた異なる弁護活動が要求されます。以下,詳述します。

3.家族間の犯罪について

(1)まず,家族間で生じた犯罪一般の特殊性について述べてから,今回の件である傷害事件について検討していきます。

家族間の犯罪に関して,刑法が特殊な規定をおいているのは,大きく分けて

①窃盗罪等(刑法第235条,235条の2,246条,246条の2,247条,248条,249条,252条,253条,254条)

②犯人隠匿罪及び証拠隠滅罪(刑法第103条,104条)

③盗品等に関する罪(刑法第256条)

の3つの類型についてです。

このうち,①窃盗罪等についての規定(刑法第244条1項,251条,255条)が,いわゆる「親族相盗例」といわれるものとなります。これは,上記①の罪に関しては,それが親族間で行われた場合(正確には,「直系血族・配偶者・その他の同居親族」),その刑罰が免除されるというものです。

(2)ではなぜ,親族間での窃盗等はその刑が免除されることがあるのでしょうか。これは「法は家庭に入らず」と言って,家庭の問題は家庭内で解決することが望ましく,公権力は家庭の問題に介入することは謙抑的であるべきだ,という昔からの考え方に立脚するものです。

(3)なお,近年はそういった考え方にも批判が出てきています。これは,そもそも家庭内で問題を解決しよう,という考え方が家長による懲罰権の行使を前提とするものであり,現代の家族の在り方になじまないことや,現代においては,家族が財産を所有するのではなく,個人が財産を所有する形態になっていることがその理由です。

確かに,これらの批判は十分合理的な批判といえ,近年の裁判例においても,配偶者の定義を厳格に解し,内縁の配偶者を被害者とする場合には,親族相盗例の適用を否定した裁判例(最決平成18年8月30日)等,「親族相盗例」を制限的に運用する傾向が見られます。

しかし,かかる批判が妥当する部分があるといっても,基本的には家庭の問題は家庭内で解決することが望ましく,公権力は家庭の問題に介入することは謙抑的であるべきだ,という考えそのものが否定されているわけではありません。

(4)したがって,現在においても,上記刑法に規定がある犯罪はもちろんのこと,それ以外の法律上の制限がない犯罪についても,家族間の犯罪に対しては公権力の介入は謙抑的になっているのが現状です。

4.家族間の傷害について

(1)以上は,家族間の犯罪が有する一般的な特殊性ですが,今回の件のような傷害事件については,またさらに異なる対応がなされています。

すなわち,傷害事件の場合は,もちろん傷害結果の程度によるところはありますが,何らかの経緯で一旦警察に事件が認知されると,たとえ家族間で生じたものであっても通常の(他人の間で生じた)傷害事件と同様にある程度積極的に介入がなされることがありうるのです。

これは,①DV(家庭内暴力)や虐待等が社会問題としてクローズアップされており,捜査機関等の公権力が刑罰をもって介入する必要性が広く認知されていること,②家族間の暴力については,そもそも家族間での話し合いによる解決が困難である場合が多く認められること,③被害者が家族で、処罰を望んでいないとしても傷害の態様や程度によっては、その違法性、反社会性が強く家庭内の問題としては処理できない場合があること,④特に子供が親に対して暴力を振るった事案については親からの養育の恩義を仇で返す行為として反社会性が強いと評価されうること,などによります。

したがって,たとえ家族間の犯罪であっても,上記「2 今回の事件について」で記載したような流れをたどってしまうことが十分に考えられます。

(2)では,どうすれば今回のような息子さんの処分を軽減することができるのでしょうか。上記のとおり,家族間の犯罪であっても,傷害事件の場合はその特殊性により積極的な介入がなされる,という形ですから,今回の件は傷害事件の特殊性(①捜査機関が刑罰をもって介入する必要性がある事件であること,②家族間での解決が困難であること)が今回の件に妥当しないことを主張していけば,通常の家族間で生じた犯罪と同じ処理がなされることになるのです。

(3)以上をまとめると,家族間で生じてしまった傷害事件において,被害者が加害者の処分を望まない場合には,①DV事案に代表されるような,捜査機関が刑罰をもって介入する必要性がある事件ではなく,②家族間での解決が十分に可能であること,を捜査機関に対して強く主張していくことにより,捜査機関等の公権力の介入を抑え,処分を軽減することが可能である,ということになります。

5.具体的な弁護活動について

(1)では,具体的にどのような弁護活動をすることになるのでしょうか。上記「4 家族間の傷害について(3)」の結論を導くためには,①単なる親子喧嘩の延長であり,普段から一方的に被害者が家族から虐げられているような状況にあるわけではなく,②加害者,被害者を含めた家族の話し合いで十分に関係を改善することができる,ということを主張する必要がありますから,被害者であるご主人の証言と,被害者及び加害者と関係の深い家族の証言によってこれらを明らかにすることになります。

(2)しかし,被害者であるご主人の証言ですが,単に捜査機関に対してご主人が考えを話すだけでは不十分である場合があります。なぜなら,DV事案等では,加害者やその周りの家族の圧力によって,本意でないまま被害者が処分を求めない旨の意見を捜査機関に提出するケースがあることを,捜査機関も良く認識しているからです。

したがって,被害者であるご主人の証言は,被害にあった直後から,定期的にかつ複数回に亘って書面(供述調書ないし上申書という形式が一般的です。)にしておくことにより,その信用性を高めていく必要があります。したがってこのような書面は,弁護士等のある程度客観性が担保されている第三者に作成してもらうことをおすすめ致します。

また,その記載内容も,信用性をより高いものとするためには,単に処分を望まない,というだけでは足りず,その経過や現在の状況,ご主人と息子さんはどうして喧嘩に至り,ご主人が暴行を受けることになったのか,なぜご主人が加害者である息子さんの処分を望まないのか,なぜ捜査機関の介入を望まないのか,どのように今回の事態を捜査機関の介入なくして解決するのか,等を極めて詳細かつ具体的にする必要があります。

(3)なお,活動開始の時期ですが,早期に弁護士が付くことにより,よくわからないまま被害届等の息子さんに不利となる書面が作成されてしまうことも避けることができますし,身柄拘束の期間を可能な限り短くし,会社への発覚を回避するためにも,逮捕直後から以上の書面の作成に着手し,捜査機関と交渉を重ねていくことが必要です。

(4)家族内の事件でも、一般刑事事件と同様に、傷害事件の相当な賠償金支払いの和解合意書の作成、それに基づく支払い。領収書の受領は不可欠です。さらに、告訴被害届けの取消書も必要です。ただし、このような書面作成を迅速に行う必要がありますが、3ヶ月の重症で入院中とも考えられますし、家族内の示談ということから、書面作成の有効性を疑われますからその信憑性を確保するため弁護人による詳細な背景を記載した書面作成、立会いは不可欠でしょう。担当医師の意見も予め求める必要性もでてくるかもしれません。ただ、担当医も捜査機関から事の真相(怪我の程度や示談の能力)を確認するため協力を求められるので捜査機関側に有利な判断をする場合があります。これに対しては、入院契約を締結し治療を任せている患者、その家族の意見、立場を理解するように交渉する必要性もでてきます。したがって、弁護人はそれに対しても適切な指示、対応が求められます。具体的には、担当医師と何度も面談して捜査機関への協力の内容、治療の進展、被害者の示談能力についての詳細な見解を予め確認して弁護人の意見を伝え、協議を継続することです。

6.終わりに

以上が,被害者であるご主人が,すでに逮捕されてしまった息子さんの処分を可能な限り軽減するために考えられる弁護活動です。当然,上記「5 具体的な弁護活動について」に記載した弁護活動以外にも,捜査機関に別途提出する意見書の作成や,会社に連絡されてしまうことを阻止するための捜査機関との交渉等,様々な弁護活動を事件の内容ごとに組み合わせて行うことになります。

刑事事件一般の弁護活動については,当事務所のホームページ等を参考にしてください。

以上

関連事例集

Yahoo! JAPAN

※参照条文

刑法

(傷害)

第204条  人の身体を傷害した者は、十五年以下の懲役又は五十万円以下の罰金に処する。

(窃盗)

第235条  他人の財物を窃取した者は、窃盗の罪とし、十年以下の懲役又は五十万円以下の罰金に処する。

(不動産侵奪)

第235条の2  他人の不動産を侵奪した者は、十年以下の懲役に処する。

(親族間の犯罪に関する特例)

第244条  配偶者、直系血族又は同居の親族との間で第235条の罪、第235条の2の罪又はこれらの罪の未遂罪を犯した者は、その刑を免除する。

2  前項に規定する親族以外の親族との間で犯した同項に規定する罪は、告訴がなければ公訴を提起することができない。

3  前2項の規定は、親族でない共犯については、適用しない。