財産開示手続の申立て,相手方の資産の調査方法
民事|財産開示手続|資産調査|東京高等裁判所平成21年3月31日決定
目次
質問:
個人的に貸した金銭の回収が出来ずに困っています。相手方に1000万円の支払を命じる判決が出て確定したのですが,強制執行できるような資産が相手方にあるのか分かりません。相手方に財産があるか分からないような場合に使える,財産開示手続という制度があるようなのですが,どのようなものなのでしょうか。資産の調査を含め,弁護士に依頼した方が良いのでしょうか。
回答:
1 まずは期限を区切って相手方に判決内容の金額を支払うように請求する内容証明郵便を送ります。期限を過ぎた場合には直ちに強制執行に入る旨を警告することによって,任意の弁済を促します。
2 その後も連絡が無いような場合には,相手方の所有する財産に対して強制執行を行う必要がありますが,その前提として債務者の有する財産(不動産,動産,債権)をしっかりと調査する必要があります。不動産登記簿の取得,勤務先(給与債権)の把握,預金口座の差押,自宅に対する動産執行等の手段が考えられます。
3 これらの調査・強制執行でも全額の弁済に不十分である場合,財産開示手続を執行裁判所に申立て,債務者を出頭させ,現在の財産状況について質問することができます(期日前には債務者に財産目録を提出させます)。これによって,強制執行の前提となる財産状況の把握が可能です。
債務者の資産調査,財産開示の申立てについては,専門的な知識等が必要な場合がありますので,弁護士に相談されることをお勧めします。
4 財産開示手続に関する関連事例集参照。
解説:
第1 財産開示制度について
1 強制執行における債務者の財産特定の必要性
金銭債権について,判決等の債務名義(民事執行法第22条参照。)を取得した場合には,債務者の有する財産(不動産,動産,債権等)に対して,それぞれ強制執行を行うことができるようになります。
しかしながら,強制執行を行うためには,原則として執行の対象となる債務者の財産を特定した上で,執行裁判所に強制執行の申立てをしなければなりません。差し押さえるべき財産を特定しないのであれば,執行裁判所がどの財産に強制執行をかけて良いのか分からなくなってしまうし,また,無関係な第三者の有する財産に対して執行をかけてしまうと第三者の財産権が強く制約されることになってしまうからです。
ただ,債務者の有する財産については,債権者がその全てを把握しているわけではなく,債務者の財産が一切不明であるような場合もあります。このような場合,結局財産が不明ということで回収ができないということになってしまうのであれば,せっかく判決を取得しても実質的には意味が無いことになってしまいます。
私的自治の原則からいえば債権者は自ら債務者の財産を調査して権利を行使しなければならないので、本制度は例外ですが、そもそも私的自治の原則は、権利行使を適正、公平、迅速低廉に行うために認められた制度であり、債務者に対し財産の開示を求めることは矛盾しません。例外的制度ですから要件の解釈は厳格になります。
2 財産開示制度の概要
そこで,債務者の財産が不明,執行に不十分な場合に備え,債権者の権利実現の実効性を図るという見地から,平成15年改正の民事執行法により,財産開示手続制度が制定されました(民事執行法第196条以下参照)。財産開示手続の趣旨について,東京高裁平成21年3月31日決定は「過料の制裁を背景として,債務者のプライバシーに属する情報である財産に関する情報の開示を強制する」ものであるとしています。
財産開示手続の概要,流れについては,以下のとおりです(他には756番,1136番の事例集をご参照下さい)。
(1)財産開示手続の申立て
まずは,一定の執行力のある債務名義の正本(本件では判決正本)を有している債権者が,執行裁判所に財産開示手続の申立てを行う必要があります。
その上で,執行裁判所が財産開示の要件を具備しているか,財産開示の実施決定をするかどうかの判断をします。財産開示申立ての実際の要件については,第2以下で詳述します。
(2)財産開示期日の呼出,財産目録作成の要請
財産開示の実施決定がなされると,執行裁判所が財産開示期日を指定して,申立人(債権者)及び開示義務者(債務者)を呼び出します。また,当該開示義務者(債務者)に対して開示期日の前に財産目録を提出するように求めます。
(3)財産開示期日(民事執行法第199条)
開示義務者である債務者は,財産開示期日に出頭し,宣誓の上で財産開示期日における債務者の財産状況について開示をしなければなりません。執行裁判所を通じて,債務者に対し債務者の財産に関して質問をすることができます。
債務者が財産開示期日に出頭しないことや,財産状況に関する虚偽の陳述をすることを防止するために,出頭しない場合や虚偽の陳述をした場合には,30万円以下の過料があります(民事執行法第206条第1項)。
(4)以上の手続により,過料の制裁を担保にしつつ,債務者を裁判所に出頭させてその財産状況を陳述させることによって,強制執行の実効性を図ることができます。債権者は開示された財産状況を前提に,強制執行を行うかどうかの判断が可能となります。
出頭しない債務者を強制的に期日に出頭させるという手続きはありません。債務者によっては過料を支払っても出頭しない方法を選択する者もいるのが現状でこの点財産開示制度の限界と言えます。私的自治の原則の例外的制度でありやむを得ません。
第2 財産開示制度の要件,具体的な資産の調査について
財産開示手続の概要は,以上述べたとおりですが,実際にはどのような要件を満たしていれば,申立てを行うことができるのでしょうか。この点については,民事執行法第197条に規定があり,下記1~3の要件をいずれも満たす必要があります。以下,債務者の資産調査方法を含め,順次検討していきます。
1 執行開始要件を備えていること(民事執行法第197条第1項但書)
財産開示手続を実施するためには,強制執行と同様に執行開始要件を備えている必要があります。具体的には,民事執行法第29条から31条に定めるように,確定判決等の債務名義を,債務者に送達していることなどが必要です。
2 財産開示申立て前3年以内に財産開示期日において債務者がその有する財産について陳述をしていないこと(民事執行法第197条第3項本文)
3年前に財産を開示しているのであれば,短期間のうちに財産状況に大きな変動が生じることは少ないであろうとの考慮,濫用的な財産開示申立ての防止という観点から,財産開示手続の再実施については3年間の制限が課されています。
3 財産開示の必要性があること(民事執行法第197条第1項)
これが,最も重要な要件になります。財産開示手続は債務者に大きな負担を強いるものであり,特に財産状況というプライバシー性の高い情報を公開するものですので,財産開示手続を行うことの必要性が強く要求されます。
具体的には民事執行法第197条第1項1号,2号のいずれかの要件を満たしていることが必要です。
(1)強制執行又は担保権の実行における配当等の手続(申立ての日より6月以上前に終了したものを除く。)において,申立人が当該金銭債権の完全な弁済を得ることができなかったこと(1号)
ア すなわち,一度債務者に強制執行を行ったにもかかわらず,完全な弁済を受けることができなかったこと,しかも,それが財産開示手続申立ての6か月前であることが必要です。ただし,単に強制執行を行って財産が無いとの理由で空振りに終わっただけでは足りず,「配当等の手続」までなされたことが必要となっています。これは,債務者の預金口座が無いことを知っていながら差押えの手続を行う場合など,無意味な執行をすることのみで1号要件を満たすことを防止するためです。
ここにいう「配当等の手続」については,判例上も厳格な運用がなされています。東京高裁決定平成21年3月31日によれば「配当又は弁済金の交付」(民事執行法第84条第2項参照)に限定されるとの立場を採用し,実務上もそのように運用されています(限定説)。すなわち,具体的に差押えをして金銭に換算し配当まで行うことが必要であり,例えば動産執行を行い単に執行不能となった場合は含まれないことになります。
イ 1号申立てを行うために必要な資料としては,例えば,実際の配当内容を示す配当表謄本・弁済金交付計算書謄本や,不動産競売開始決定正本,債権差押命令謄本等の客観的資料が必要です。
(2)知れている財産に対する強制執行を実施しても、申立人が当該金銭債権の完全な弁済を得られないことの疎明があったこと(2号)
ア 強制執行を行い「配当等の手続」を経ることが難しい場合には,1号の申立ては行うことはできません。そうすると,2号の要件を検討することが必要になります。
ここにいう「疎明」とは,執行裁判所に対して「一応確からしい」との心証を抱かせる説明のことです。具体的には,債権者として通常要求されるべき程度の調査を行い,判明した財産に対して強制執行を行ったとしても,完全な債権の弁済を受けられないことについて,ある程度の客観的資料を基にしつつ,一応確からしいということを執行裁判所に伝えることが必要です。ここにいう具体的な財産ごとに通常行うべき資産調査は,以下のとおりです。
イ 不動産の調査
財産開示の必要性の要件を満たすためには,債務者が居住している不動産を調査したが,債務者が所有していないか,所有していたとしても抵当権が設定されておりオーバーローン状態になっているなど剰余(不動産執行によって配当を得ること)が不可能であることが必要です。
今回,相手方の居住する場所は分かっているとのことであれば,まずは債務者居住の不動産(土地,建物)の調査を行うべきです。その他,債務者が関係する不動産が分かるのであれば,その点も調査を行います。
具体的には,不動産登記簿謄本(登記事項証明書)を取り寄せ,所有者が誰であるかを調べることになります。所有者が債務者であれば,その不動産を強制執行することができることになりますし,そうでなければ,登記簿を裁判所に提出して財産開示の必要性があることの疎明資料とすることができます。
また,仮にその不動産がオーバーローンである等無剰余である場合には,登記簿に加えて,固定資産評価証明書,不動産会社の無料査定書等,無剰余であることの疎明資料を添付する必要があります。
ウ 動産の調査
債務者が所有する財産について,調査したものの不明であること,若しくは所有する動産について価値が無いこと,が必要です。
例えば,債務者居住の不動産に対して動産執行を行ったものの,差し押さえるべき財産が無いとされた場合には,その動産執行不能調書の謄本を財産開示の必要性の疎明資料として提出する必要があります。また,動産執行を行うことも困難ということであれば,代理人弁護士が作成した調査報告書を提出することでも代用できます。
エ 債権の調査
個人が債務者の場合には,勤務先を調査したが不明であること,預貯金債権について調査したが不明であること,若しくはこれらの債権だけでは完全な弁済を受けられないことが必要です。
債務者と銀行振込でやり取りを行っていたのであれば,振込票などから振込口座が分かるかもしれません。その振込口座に対して,まず差押(債権執行)を行うべきでしょう。
また,保有する口座が不明な場合には,債務者の居住地周辺の銀行支店に対する債権執行を行うことも可能です。ただし,最高裁決定平成23年9月20日は,大規模な金融機関の全ての店舗又は貯金事務センターを対象として順位付けをする「全店一括順位方式」については否定的な立場を明らかにしており,差押に当たっては銀行支店の特定が必要となります。
また,個人に対しては給与債権の差押えも有効ですので,勤務先が判明している場合には,勤務先給与債権の差押をまず行うべきです。過去の債務者とのやり取り,資料から勤務先に関する何らかの情報があるのであれば,そこから調査を行う必要があります。
以上のように債権執行を行ったが配当が受けられなかったとき,若しくは必要な調査を行ったが,債務者の預貯金口座や勤務先が不明であった場合であっても,当該債権差押命令正本,代理人弁護士名義の調査結果報告書等を疎明資料として,財産開示の必要性を疎明することができます。
オ このように,一通り各種の財産(不動産,動産,債権)について調査を行った結果,完全な弁済を受けることができないことがある程度確からしいということになれば,上記イ~エにおいて述べたような各種の疎明資料(書面であることが必要です。)を執行裁判所に提出して,民事執行法第197条第1項2号による財産開示の必要性を疎明することができるでしょう。
第3 まとめ
財産開示を申し立てるに当たっての手続は,以上のとおりです。まず,財産開示の必要性を疎明するためにも,債務者の所有するであろう財産(不動産,動産,債権)について十分な調査を行うことが必要になります。また,調査(執行)結果については,しっかりと書面に残しておく必要があるでしょう。
その上で,財産開示手続を申し立てて,債務者に財産状況を開示の上強制執行を行うこととなります。債務者の資産の調査方法,財産開示の申立てに際しては,ある程度専門的知識も必要となってまいりますので,お困りの際には弁護士に相談されることをお勧めします。
財産開示手続でも回収の目処が立たない場合、債権者による破産申立手続を検討すると良いでしょう。裁判所に選任された破産管財人の強力な権限により、債務者の財産を保全して配当させることができます。
以上