新銀座法律事務所 法律相談事例集データベース
No.1469、2013/09/07 16:35 https://www.shinginza.com/qa-hanzai.htm

【刑事 痴話喧嘩から監禁容疑で逮捕された場合における否認事件の弁護活動  大阪高裁平成23年8月31日控訴審判決】

質問:
 私は,2年間同棲している彼女を監禁した容疑で、警察に逮捕されています。喧嘩をして帰って来なかった彼女の職場へ迎えに行って、家に連れて帰り、何事もなく一緒に寝たのですが翌朝、彼女が警察に「ストーカーされている元カレに家まで来られて今監禁されている,助けに来て」というような通報をしたようで,朝方に警察官が何名かで家までやって来てすぐ逮捕されてしまいました。このようなことで監禁罪になるのでしょうか。弁護士を依頼したほうが良いでしょうか。
 これまで口論などで彼女が暴れ出したことがあり,私は彼女を落ち着かせるため彼女の顔を平手で叩くなどしたことがありました。彼女は,些細なことでも不利な立場におかれるとすぐに警察に相談に行ったり電話をしたりしてしまうなど,困ったところがあります。平手で叩いてしまったときは,彼女は警察に毎回(これまで3回)通報しておりました。3回とも,私は警察から電話で呼び出され,警察の仲裁により彼女と仲直りして家に帰っていました。



回答:
1 監禁罪の「監禁」とは,一定の場所からの脱出を困難にして,移動の自由を奪うことを言います。一定の場所内で限られた移動の自由があっても,その外に移動できない場合,なお監禁となりえます。監禁というためには,移動が,物理的又は心理的に不可能か,著しく困難な状態になったことを要します(最判昭和24年12月20日刑集3巻12号2036頁)。
 あなたの場合、喧嘩して家出をしている彼女を職場へ迎えに行って一緒に帰って来て、翌日までそれまで同棲していた家で一晩過ごしたということですから、それだけであれば監禁とは言えません。しかし、彼女が逃げようとしていたのに逃げるのを物理的に制止させたか,あなたのこれまでの彼女の暴力などの言動による恐怖などから彼女が逃げようとすることを心理的に制止させたりしたなどの事情があれば監禁罪の監禁に該当します。あなたに監禁する意図が無かったとしても彼女の自由を奪うような行為が行われたのであれば監禁罪が成立します。しかし、彼女の自由を奪うような行為がなかったとすれば,あなたは冤罪です。

2 監禁罪は罰金刑のない重い犯罪類型です。同棲していた家に一緒にいたということからすれば、当然監禁ではないのでは、という疑問が生じ今回の事件については慎重に捜査がなされる可能性が高いです。
 しかし、彼女が警察に電話をしたために逮捕されたということであれば,逮捕の後には勾留され,23日間身柄拘束がされる可能性があります。そして,証拠次第では起訴をされてしまうかもしれません。それでも否認を続けると起訴後も勾留が続き,1〜2か月ほど身柄拘束が更に続く可能性もあります。あなたの主張が他の証拠に照らし裁判所に信用してもらえない場合,あなたが有罪になってしまうこともありえます。

3 否認を続けるということであれば,至急弁護人を選任する必要があります。監禁罪については,勾留されていれば被疑者段階から国選弁護人を付けることができます。もっとも,逮捕段階では法律上国選弁護人はつけられませんので,できるだけ早く弁護人に相談したいときは,当番弁護士を依頼するようにしてください。また、警察を通じてご両親に連絡を取ってもらい,お近くの刑事事件を得意とする弁護士事務所などにご両親から私選弁護人を依頼してもらうということでもいいです。
  国選弁護人と私選弁護人の活動に理論上の差はありません。もっとも,国選弁護人は裁判所の命令で選任されるのに対し,私選弁護人の場合はあなたとの直接の委任契約に選任されるものですから,弁護士とコミュニケーションが図りやすい場合があります。また,国選弁護人を弁護士の義務として担当されている先生もいらっしゃいますので,国選弁護人の先生が必ずしも刑事弁護を得意としていない場合もあります。
  当番弁護士も私選弁護人ですが,弁護士をあなた(又はご両親様)が選ぶことができないという点,当番弁護士も弁護士の義務としての側面があり必ずしも刑事弁護を得意とされていない先生もいらっしゃるという点で,やはり直接法律事務所に相談した場合と異なると言えます。
  いずれにせよ,私選弁護人を依頼する最大のメリットは起訴前の弁護活動といえますので,弁護士に相談するのは早ければ早いほどよいと言えます。



解説:
1 監禁罪の成否
  「監禁」とは,一定の場所からの脱出を困難にして,移動の自由を奪うことを言います。一定の場所内で限られた移動の自由があっても,その外に移動できない場合,なお監禁となりえます。監禁というためには,移動が,物理的又は心理的に不可能か,著しく困難な状態になったことを要します(最判昭和24年12月20日刑集3巻12号2036頁)。
  したがって,あなたの行動が監禁罪(刑法第220条)にあたるには,彼女が逃げようとしていたのに逃げるのを物理的に制止させたか,あなたのこれまでの彼女の暴力などの言動による恐怖などから彼女が逃げようとすることを心理的に制止させたりしたなどの事情が必要となるのです。もっとも,あなたの言い分によればそのような事情は一切ないということですから,あなたは監禁罪については冤罪ということになります。
  監禁罪は,3月以上7年以下の懲役とされており罰金刑がありません。

2 刑事手続の一般的な流れ
 (1) 逮捕及び勾留
   犯罪の嫌疑がかけられ,警察により逮捕された場合,まず,逮捕後48時間以内に,事件を検察官に送致する手続が取られることとなります(刑訴法第203条第1項)。
   そして,事件の送致を受けた検察官は,送致から24時間以内に,被疑者の勾留(10日間)を請求するか,その身柄を釈放しなければなりません(刑訴法第205条第1項)。さらに,裁判官の勾留決定によって認められた10日間の勾留期間は,やむを得ない事由がある場合には,検察官の請求により,裁判官の勾留延長決定によりさらに10日間延長することができるとされています(刑訴法208条第2項)。
   勾留の延長は例外的な規定ですが、実際は延長が原則となっています。その上、本件のような監禁事件の場合,証拠として考えられるのは,被害者供述の外は,被害者を自宅に連れ帰る際の関係者の目撃証言などでしょうから,起訴か不起訴か判断するため証拠評価に時間がかかることが多く,やむを得ない事由が認められやすいと言えますし、否認事件であれば延長は必至といえます。
(2)起訴(公訴提起)
   証拠評価の結果,監禁の事実ありと検察官に判断された場合,勾留期間の最終日に起訴(公訴提起)がなされることが通常です。起訴がなされた場合には,捜査機関も証拠が揃っているといえますので,あなたに逃亡のおそれがあるということがなければ,あなたは起訴と同時に釈放される可能性もあります。もっとも,否認を続けるということだと,問題があるかどうかは別として逃亡のおそれがあると判断され,起訴後も勾留が続いてしまうこともあります。
   他方で,証拠評価の結果,監禁の事実なし(又は証拠不十分)ということであれば,嫌疑不十分であなたは釈放されることになるでしょう。
 (3) 公判
   公判期日は起訴日から,通常1ヶ月後くらいに設定されることが多く,公判期日が
  1回ということであれば,公判日から1〜2週間程度で判決が出されることが多いようです。判決で無罪となった場合,有罪であっても執行猶予が付いた場合にもあなたは釈放されます。

3 裁判対応以外においてあなた(又は弁護人)がなしうる対応(否認の場合)
  否認事件の場合には,捜査機関の把握している事実とどこが違うのか具体的に説明し,真実は何かを自然なストーリーで伝えることが大切になります。そのために,以下のようなことが大切になります。
(1) 被疑者ノートの記載
  被疑者ノートとは,日本弁護士連合会が,取調べの可視化の一環として,取り調べ状況を日記帳に逐一メモするために配布しているものです。自白事件の場合にも増して,本件のような否認事件の場合には被疑者ノートの記載を続けることは大切です。被疑者ノートについては,弁護士に頼めば差し入れてもらえます。
  被疑者ノートを作成することの効果としては,@取調べに対する牽制となること,A弁護人が取調べ状況を理解しやすくなること,B被疑者が権利(黙秘権・署名押印拒否権・増減変更申立権)を自覚し次回の取調べに備えることができること,C証拠としての利用,などが指摘されております。
  弁護人としては,被疑者ノートを参照することによって,捜査機関がどのような点に関心を持っているのか把握することができます。そのうえで,捜査機関や裁判所に詳細な意見書を提出し,場合によっては抗議の理由とすることができます。本件のような事案では,早い段階で被疑者ノートの記載を開始することが望まれます。
  本件であれば,例えば,●月○日■時頃逮捕された,1日目には△時から▲時まで取調べがあった,3日目には実況見分がなされた,5日目には刑事から彼女の職場の人間から電話で事情を聞いたことを聞かされたなど,その日の出来事を細かく記載しておくことが大切です。
(2) 否認調書の作成・提出
  被疑者の言い分を捜査機関に明らかにさせるため,被疑者の言い分をもとにした否認調書を弁護人側で作成し,捜査機関に否認調書を提出することも有用です。否認調書を捜査機関に提出することによって,捜査機関が捜査によって把握していることの対立点が明確となり,対立点についてより慎重な捜査がなされることが期待されます。
  弁護人の報告書のような形で被疑者の主張する事実関係を記載するという対応も考えられます。報告書と合わせて別途否認調書を作成するということも可能です。
本件では次のような事実関係を内容とした否認調書や報告書を作成することが考えられます。また、これらに合わせて、第3者に事情を確認しそれを報告書等の形式で作成しておくことになります。
 ・被害者と同棲していた事実についての説明。同棲場所の説明や生活状況
・被害者が家出をした状況
 ・被害者を会社に迎えに行った状況。連れて帰るまでの状況。その後家に帰ってからの状況
・同棲の状況について第3者に説明していたか。いたとすればどのように説明していたか。
(3) 被害者との示談・被害者による告訴被害届の取り下げ
  本来,示談というのは,犯罪事実を認めて謝罪して示談金を被害者に支払う代わりに被害者に告訴取り下げをしてもらうという手続です。もっとも,例外的なケースですが,特に本件のように被害者が彼女であるなど被害者情報が明確な場合には,犯罪事実は明確に認めないで,弁護人に被害者側女性と和解,示談交渉をしてもらうという場合もあります。しかし、否認のままでは被害者と示談をしようとしても,被害者が納得しない場合が多く,示談をまとめるのは困難ではあります。
あなたが悪いことはしていないのですから,被害者女性に謝罪や示談に行くことはできないとも思えます。しかし,捜査中においては,捜査機関においても監禁事実はまだ有罪無罪に確定しているとは言えません。特に本件のように客観証拠に乏しい犯罪類型においては,相手方と交渉して犯罪事実を明確にせず,被害者に告訴や被害届けを取り消してもらえば,あなたは釈放され不起訴処分となる可能性は大きいと思います。
被害者側との交渉,説明の方法,示談書の書き方は弁護士によっても様々です。特にあなたの場合は,今回犯罪事実を灰色又は不明確にしてでも,釈放,不起訴処分にすることが先決です(ただし,和解金は通常より高額になる可能性があります)。
  なお,監禁罪は親告罪(告訴がなければ公訴を提起することができない犯罪)ではないので,仮に起訴前に示談ができ彼女に告訴を取り下げてもらえたとしても必ず検察官に不起訴にしてもらえる訳ではありません。示談が成立したことを前提に,検察官が不起訴にしてもよいかどうか判断することになります。ただ,やはり被害者が許している以上,起訴便宜主義の観点から,そのような場合は不起訴処分となりすぐに釈放になる可能性は高いと言えます。
  (4) 報告書・意見書の作成と提出
  本件のような否認事件においては,どれだけの報告書や意見書を捜査機関に提出することができるかが一つの鍵となります。
  本件で報告書として考えられるのは,家に被害者を連れ帰った状況についての報告書,被害者と家に戻った後の状況についての報告書,被害者との交際状況に関する報告書,被疑者がこれまで被害者の顔を叩いた際の状況報告書,被害者との示談経過に関する報告書などです。
また,本件で意見書として考えられるのは,同棲や交際状況を知っている参考人取調べのお願いに関する意見書,処分に関する意見書などです。
報告書や意見書を捜査機関に提出し,場合によっては捜査機関に面会を求め,補充捜査が必要なところがどこなのか捜査機関に伝えることが大切です。
(5) 身柄解放活動
 ア 勾留決定・勾留延長決定に対する準抗告
   準抗告とは,裁判官の行った裁判(命令)に対する不服申立ての手続のことを言います(刑訴法第429条)。勾留決定・勾留延長決定は,裁判官の命令ですから不服がある場合準抗告の申し立てができます。準抗告があると,直ちに裁判官3名で構成される裁判体の合議によって,法律の要件を満たすかどうかを判断する手続となっています(刑訴法第429条第3項)。このように合議体によって,原裁判の違法性を慎重に判断する手続となります。
   準抗告については、他の事例集に詳細な説明がありますので参考にして下さい。
   1466番、1430番、1396番,1371番,1312番,1262番,1142番,1077番,906番,738番,691番,595番,557番があります。
イ 保釈(起訴後に問題となります)
   保釈とは,勾留中の被告人に対し,保釈保証金を納付させ,また,さらに裁判所又は裁判官が適当と認める条件を付すことで,被告人に保釈取消事由に該当する事由が生じた場合には,その保釈が取り消され,さらに,保釈保証金が没収される可能性があるとの心理的負担を課すことで,被告人の逃亡(公判の出頭確保)及び罪証隠滅の防止という勾留の目的を確保しつつ,被告人の身体拘束を解く制度です。 
本来,起訴された被告人は,すでに取り調べが終了しているのですから,有罪の裁判が確定するまでは本来人身の自由が保障されるべきです(無罪推定の原則)。そのため,公正な裁判を行うために問題がないということであれば,保釈という手続によって身柄が釈放されます。もっとも,保釈金として150万〜200万円程度裁判所に一時的に預ける(逃亡したりしなければ戻ってきます)必要がありますし,否認事件の場合は検察側立証が終わるまで保釈を認めない場合もありますので注意が必要です。
保釈については、他の事例集に詳細な説明がありますので参考にして下さい。
1119番、1026番、598番、447番、183番があります。

4 終わりに
  最後に, 痴話喧嘩とは異なりますが,被告人が取引先の社員であるAに対し,仕事上優位な立場にあることを利用し,脅迫や暴行を加え,ラブホテルに約6時間監禁し,その間に暴行を加え,わいせつな行為をして傷害を負わせたとされた監禁及び強制わいせつ致傷の事案の控訴審で,Aがホテルに入ることを拒みあるいはそこから出ることを不可能ないし著しく困難にするほどの物理的あるいは心理的強制が被告人から加えられていたとはいえないとし,原判決を破棄して,監禁の事実につき被告人に無罪を言い渡した事例を示します。おもに事実認定の問題で被害者の証言に信用性が低いことが監禁の事実を認めなかった事例です。

 【大阪高裁(控訴審)平成23年8月31日判決(要旨)】
  論旨は,要するに,原判決は,原判示第1の監禁及び同第2の強制わいせつ致傷の各事実を認定しているが,被害者であるA証言には誇張傾向がみられることや,そのいうような過激な被害態様を裏付ける客観的証拠はないことからして,A証言の信用性には多大な疑問がある上,A証言を裏付けるa原審証言の信用性には疑問があるし,被告人の自白調書にも信用性はないのに対し,被告人の原審公判供述を排斥すべき証拠はないのであるから,Aは,被告人とホテルに入り性的な行為をすることについて,乗り気ではなかったとしても,消極的な承諾はしていたと考えるのが相当であって,監禁や強制わいせつ致傷罪は成立しないのであるから,原判決には,判決に影響を及ぼすことが明らかな事実誤認がある,というのである。
・・・。
(3)原判決は,A証言について,〔1〕a(原審)証言と整合すること,〔2〕傷害の部位が合致すること,〔3〕下着が破損等していること,〔4〕交際相手の男性ヘメールで助けを求めていること,〔5〕本件後のAの行動(本件直後に職場の上司に被害を訴えていること)を指摘して,これらはA証言の信用性を裏付ける事実であるとした上,Aが被告人との示談交渉を拒絶し,損害賠償を求める意思がないと述べていて,偽証罪の責任を問われる危険を冒してまで虚偽の証言をする理由が見当たらないことや,証言内容が具体的かつ詳細であることを踏まえると,A証言は十分に信用することができると説示している。しかし,上記のうち〔2〕〔4〕〔5〕については,なるほどA証言の信用性を裏付ける事実であるといい得るものの,〔1〕〔3〕については,以下に述べるとおり,原判決の説示にそのまま賛同することはできない。
ア〔1〕のA証言がa(原審)証言と整合するという点について
    まず,A証言が本件ホテルに連れ込まれた際の状況についていうところをみると,Aは,被告人に腕を掴まれてエレベーターの前まで連れて行かれ,「わしを誰やと思ってんねん,仕事上では神やぞ。逆らえると思ってんのか」とやくざが怒るような言い方で駐車場に響き渡るぐらいの大きさの声で言われた,エレベーターの中に入った被告人から腕を引っ張られたので,体を引いて足を踏ん張り中に入れられないようにし,そのようなやりとりを数分はしていたが,被告人から「おらあ」「わしは神やぞ。逆らえると思ってんのか」と怒鳴られて怖くなり,頭がパニックになって一瞬止まってしまった時に力に負けてエレベーターの中に入ってしまったなどと,被告人から無理矢理エレベーターに乗せられてホテルに連れ込まれた旨いうのである。
    次に,a原審証言のこの点に関していうところをみると,本件ホテルの店長代理であるaは,本件当日の午前1時30分ころ,ホテル2階のフロントの横にある事務室にいて,ホテル1階の駐車場やエレベーター前に設置されている防犯カメラの撮影する映像を事務室内のモニターで確認していたところ,向かって左側のエレベーターに乗った40歳から50歳くらいのビジネスマン風の男性がエレベーターの外にいる若い女性の肘を持ち,嫌がっている女性をエレベーター内に引っ張り込んでいるようなシーンを1分間くらい目撃した旨,そして,その男性が被告人と似ている旨いうのである。
    このA証言とa原審証言とを対比すると,a原審証言のいうところはA証言とよく整合していることが明らかであるから,a原審証言が信用できるのであれば,その目撃状況は被告人とAとについてのものであり,そのことは,原判決の説示するように,A証言の信用性を裏付けるものといってよいと思われる。
    しかしながら,c当審証言は,本件当夜,本件ホテルのフロント係として勤務していたが,フロントにあるモニターでも事務室のモニターと同じ映像を見られるし,またエレベーター前にセンサーが設置されていて,その前に人がいるとかなり大きなブザーの音が事務室やフロントで聞こえるようになっていて,当然気が付くはずであるのにもかかわらず,本件当夜にa原審証言のいうような男女がもめているところをモニターで見たことはなく,またブザーが長時間鳴るというような出来事もなかったし,そもそもaは,本件当夜は午前零時過ぎには退勤しており,午前1時30分ころにはいなかった旨いうのであり,aの本件当夜の勤務状況を示すタイムカードをみると,aは午前零時06分に退勤したと打刻されているのであるから,このc当審証言はaの退勤時刻を示すタイムカードによって裏付けられていることになる。
    これに対し,a原審証言は,本件当夜はタイムカードに退勤時刻を打刻した後もホテルに残っており,その理由としては,駐車場の対応とかに追われて終電に乗り遅れたり,客のオーダーが多い場合にサポートしたりすることがあるからであるといい,また,a当審証言も,本件当夜にタイムカードに退勤時刻を打刻した後までホテルに残っていたことは間違いなく,その理由としては,具体的には記憶がないが,客のオーダーに対応したり,駐車場に対応したりしていたからであると思う旨いうのである。 
    そこで,a原審証言(及びこれを補充するその当審証言)がc当審証言等を踏まえてもなお信用できるか否かについて検討する。
    なるほどa原審・当審証言のいうように,aがタイムカードに退勤時刻を打刻した後まで残って勤務していたことも,aが本件ホテルに勤務していた間にあったとは認められるものの,「日別利用状況」と題する文書(原審甲12)により,本件当夜の客のチェックインやチェックアウトの時刻等をみても,午前零時過ぎの時間帯がそれほど忙しいような様子であったとは窺えないのであるから,本件当夜にaが客のオーダーに対応するためタイムカードに退勤時刻を打刻した後まで残って勤務していたはずであるとまではいうことが困難である。また,a当審証言は,b(c)が客からのオーダーの電話に対応していたとすると,上記の男女がもめているところのモニターの映像を見ていない可能性がある旨いうようであるが,b(c)にも上記のかなり大きなブザーの音が聞こえていたはずであるともいうのであるから,a当審証言を前提にしても,男女がもめていることにb(c)が気付かないとは考え難い。しかも,aが本件当夜ホテルにいてそのいうような男女がもめているところを目撃したのであれば,aとb(c)との間でその当時そのことに関する会話がなされても不思議ではないと思われるのに,そのような形跡はないばかりか,aは,警察から事情聴取等され,本件が強制わいせつ事件として捜査されていることを知った後も,b(c)との間でお互いの目撃状況等を確認するような話をしていない。さらに,aは,本件の翌日である8月22日に警察官から事情を聴かれた際に,事件のあった日を1日後と誤解して,8月21日午前から22日午前までの本件ホテルの利用状況を記載した「日別利用状況」と題する書面のコピーを警察官に渡して説明しているが,モニターを通してAの後ろ姿を見たに過ぎないにせよ,警察官とともにAが本件ホテルに来ていたのにもかかわらず,aにおいて自らが目撃した男女のことだと気付くことなく,上記のような誤解をしたまま,その目撃した男女のもめている様子について警察官に何ら話をしなかったというのにも,容易に納得し難いところがある。なお,8月22日付けで警察官が作成したその事情聴取の結果についての報告書(当審弁14)には,aからの聴取内容として,8月21日午前1時過ぎ当時はs(以下「s」という)がフロントで受付をしていた,bの報告では,8月21日午前1時過ぎに来店した客は,若い女性と50歳前くらいの男性の2人であり,2人はすんなりとはホテル内に入らず,エレベーターの前で男性が女性に罵声を浴びせているみたいであり,女性は泣いているように見え,相当嫌がっている様子であった,詳しいことは従業員の女性に尋ねてもらった方が良いと思うなどと記載されているところ,sが午前1時過ぎころにフロントで受付をしていたのは,8月21日ではなく22日の間違いであることが明らかであるから,そのときの目撃状況をaに報告したというなら,それをしたのはbではなくsの間違いであり,その目撃状況は被告人とAとは別の男女のものということになるが,実際にbが上記の日時に上記のような状況を目撃してaに報告していたというのであれば(c当審証言はそのような報告をしたことを明確に否定しているが,それはさておき),今度はaが自ら本件における被告人とAとの状況を目撃していたわけではないことが明らかである。そして,上記のように本件の1日後の「日別利用状況」と題する文書のコピーがaから警察官に渡されていたことから,当初,被告人とAとが入った客室やチェックイン等の時刻を誤ったまま捜査が進められており,aにおいて被告人とAとが本件ホテルに入る際にもめていたような状況を目撃した旨の供述調書が作成されたのも,本件の1週間後の8月28日になってからである。なお,aは,本件ホテルのエレベーターの前で男女がもめていることはたまにはあり,そういうときに従業員同士でその話をすることもあることをも自認している。これらの事情を併せ考えると,a原審証言等が本件当夜に本件ホテルのエレベーターの前で被告人とAと思われる男女がもめている状況を目撃した旨いうところには,それが事実であるとすると説明し難い不合理ないし不自然な点があるといわざるを得ないから,仮にaがそのいうような状況を目撃したことがあったとしても,本当に本件当夜の午前1時30分ころのことか疑問を容れる余地があって,そのままには信用できないとみるのが相当である。
    そうすると,A証言が本件ホテルに連れ込まれた際の状況について上記のようにいうところの信用性を肯定する理由として,a原審証言と整合していることを挙げるわけにはいかない。
    むしろ,c当審証言に照らすと,被告人とAとが本件ホテルに入る際の状況について,A証言が,エレベーターの中に入った被告人から腕を引っ張られたので,体を引いて足を踏ん張り中に入れられないようにし,そのようなやりとりを数分はしていた旨いうところは,そのままには信じ難いとみるべきである。また,本件ホテルのフロントは2階にあって,A証言によると,被告人とAとは2階でいったんエレベーターを降り,被告人がフロントでチェックインをしている間,Aはエレベーターの前に立っていたというのであるから,Aには逃げたり助けを求めたりなどする機会がなかったわけではないと思われる。さらに,原審における証人rの証言(以下「r証言」という)をみると,本件当日午後4時ころにAと会い,被告人から本件被害に遭った状況について聞いた際,Aになぜホテルにまでついて行ったのかと聞いたところ,Aの具体的な言葉はあまり記憶にないが,Aは,「(被告人が)仕事上で重要な人なので,断ってはいけないと思った」旨答えたというのであり,Aからの話は「脅されて」というような表現ではなかったといい,また,弁護人からのホテルのエレベーターに引っ張り込まれたとの話はなかったかとの質問に対して,もうあまり具体的な記憶がないとはいうものの,rはAの答えに対し,「(被告人がいくら仕事上で重要な人であるとしても)そんなとこまでついて行く必要ないんじゃないの」と言ったというのであるから,Aがrに対して,被告人から脅されたとか,ホテルに無理矢理引きずり込まれたという趣旨の話まではしていなかったとみるべきである。これらを考え併せると,被告人がAに「わしを誰やと思ってんねん,仕事上では神やぞ。逆らえると思ってんのか」という趣旨のことを言ったとしても,それが脅迫といえるほどの強い口調や声のものであったかは疑問を容れる余地があるし,また,被告人がAの腕を掴むようなことがあったとしても,それがAを無理矢理エレベーターの中に引っ張り込むほどの強い力によるものであったかも疑問を容れる余地があるというべきである。A証言には,本件ホテルに入ったことがやむを得ないものであったというため,被告人の発言や行動をやや誇張して述べている可能性があることを否定できず,A証言のこの点に関する部分をそのまま採用することはできない。
イ〔3〕のA証言のいう被告人の行為によって下着が破損等しているという点について
    ・・・なるほど上記ブラジャーとパンツの写真4葉(原審甲18)によれば,ブラジャーの左肩ひもと本体をつなぐ金具部分が外れており,またパンツの腰ひも部分にほつれのような破損が認められ,原判決は,これらの破損等はA証言のいうような被告人の行為によって生じたと考えるのが合理的であるというのである。
    しかしながら,原審においては,上記ブラジャーとパンツはそれ自体が証拠物として取り調べられておらず,その写真各2葉が取り調べられているに過ぎなかったことから,当審において,上記ブラジャーと材質や形状が同種のもの(当審弁1)と上記パンツと材質が同種のもの(当審弁2)を取り調べたところ,上記ブラジャーを強く上に引っ張ったり下に引っ張ったりしたからといって,その左肩ひもと本体をつなぐ金具部分がそう簡単に外れるかどうかは疑問を容れる余地があるし,また,上記パンツのほつれのような破損も(写真ではそれがどのようなものか十分確認できない上),写真からは何か固い物に引っかかってできたもののようにも思われるのであるから,原判決のように,このパンツの実物を見てそれがどの程度使用され洗濯等されたものかを確かめることもないまま,上記の破損を勢いよく脱がされたことによるものと考えるのが合理的であるというのは,やや拙速な結論であるとの感を免れない。
    そうすると,下着が破損等していることをもって,A証言が被告人からブラジャーを引っ張られたりパンツを脱がされたりした状況についていうところが裏付けられているということはできない。
   ・・・。
ウ このようにみてくると,A証言のうち,被告人に本件ホテルに連れ込まれた状況についていうところや,被告人から着衣を脱がされた状況についていうところには,やや誇張して述べている可能性が窺えるのであって,そのいうところを全てそのまま採用するわけにはいかない。
   ・・・。
(6)そこで,A証言のうち信用に値する部分及びそれを中心とする各証拠によって認められる事実をもとに,原判示第1の監禁及び同第2の強制わいせつ致傷の成否について検討する。
ア まず,原判示第1の監禁についてみるに,Aにとって,被告人と本件ホテルに入ったことがその意に反するものであって,Aがそれに積極的に同意していなかったのはもとより消極的にも同意していなかったことは前記のとおりである。しかし,Aは,上司等から,被告人に逆らって被告人の機嫌を損ねないように言われていて,被告人からの要求を拒み難い立場に置かれていたところ,被告人から強引に本件ホテルの前まで連れて行かれて,被告人から「わしを誰やと思ってんねん,仕事上では神やぞ。逆らえると思ってんのか」という趣旨のことを言われてホテルに入ることを要求されたとしても,それが脅迫といえるほどの強い口調や声のものであったとまでは認められないし,また,被告人がAの腕を掴むようなことがあったとしても,それがAを無理矢理エレベーターの中に引っ張り込むほどの強い力によるものであったとも認め難い。また,Aは,被告人がわいせつな行為をやめた後も相当時間客室内に残っていたが,その間,被告人が寝入っていた時間もあって,上記の知人男性に対するメール以外にも助けを求めたり脱出等したりすることができないことはなかったと思われる。これらからすると,Aが本件ホテルに入ったりまたその客室に止まったりすることを拒み難い心理的状況にあったとはいい得ても,Aが本件ホテルに入ることを拒みあるいはそこから出ることを不可能ないし著しく困難にするほどの物理的あるいは心理的強制が,被告人から加えられていたとはいうことができない。
    原判示第1の監禁の事実については,これを認めることができない。
   ・・・。

(参照条文)

■ 刑法

(逮捕及び監禁)
第220条  不法に人を逮捕し,又は監禁した者は,3月以上7年以下の懲役に処する。

■ 刑訴法

第60条  裁判所は,被告人が罪を犯したことを疑うに足りる相当な理由がある場合で,左の各号の一にあたるときは,これを勾留することができる。
一  被告人が定まつた住居を有しないとき。
二  被告人が罪証を隠滅すると疑うに足りる相当な理由があるとき。
三  被告人が逃亡し又は逃亡すると疑うに足りる相当な理由があるとき。
2〜3(略)。

第203条  司法警察員は,逮捕状により被疑者を逮捕したとき,又は逮捕状により逮捕された被疑者を受け取つたときは,直ちに犯罪事実の要旨及び弁護人を選任することができる旨を告げた上,弁解の機会を与え,留置の必要がないと思料するときは直ちにこれを釈放し,留置の必要があると思料するときは被疑者が身体を拘束された時から48 時間以内に書類及び証拠物とともにこれを検察官に送致する手続をしなければならない。
2〜4(略)。

第205条  検察官は,第203条の規定により送致された被疑者を受け取つたときは,弁解の機会を与え,留置の必要がないと思料するときは直ちにこれを釈放し,留置の必要があると思料するときは被疑者を受け取つた時から24時間以内に裁判官に被疑者の勾留を請求しなければならない。
2〜5(略)。

第207条  前3条の規定による勾留の請求を受けた裁判官は,その処分に関し裁判所又は裁判長と同一の権限を有する。但し,保釈については,この限りでない。
2〜4(略)。

第208条  前条の規定により被疑者を勾留した事件につき,勾留の請求をした日から10日以内に公訴を提起しないときは,検察官は,直ちに被疑者を釈放しなければならない。
2  裁判官は,やむを得ない事由があると認めるときは,検察官の請求により,前項の期間を延長することができる。この期間の延長は,通じて10日を超えることができない。

第429条  裁判官が左の裁判をした場合において,不服がある者は,簡易裁判所の裁判官がした裁判に対しては管轄地方裁判所に,その他の裁判官がした裁判に対してはその裁判官所属の裁判所にその裁判の取消又は変更を請求することができる。
一  忌避の申立を却下する裁判
二  勾留,保釈,押収又は押収物の還付に関する裁判
三  鑑定のため留置を命ずる裁判
四  証人,鑑定人,通訳人又は翻訳人に対して過料又は費用の賠償を命ずる裁判
五  身体の検査を受ける者に対して過料又は費用の賠償を命ずる裁判
2  第420条第3項の規定は,前項の請求についてこれを準用する。
3  第1項の請求を受けた地方裁判所又は家庭裁判所は,合議体で決定をしなければならない。
4  第1項第4号又は第5号の裁判の取消又は変更の請求は,その裁判のあつた日から3日以内にこれをしなければならない。
5  前項の請求期間内及びその請求があつたときは,裁判の執行は,停止される。

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