新銀座法律事務所 法律相談事例集データベース
No.1472、2013/10/07 00:00
[福祉,要保護世帯向け不動産担保型生活資金貸付制度及び返済]
質問:
両親が要保護世帯向け不動産担保型生活資金の貸付制度をしています。亡くなった後に返済をするという制度だと理解していますが,法定相続人としてどのような対応をすることになるでしょうか。
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回答:
1.制度としては,相続人が担保不動産を任意売却して一括弁済することが想定されています。
2.借受人が先に亡くなって同居の配偶者が残された場合は,貸付契約の承継制度を利用するなどの対応が考えられます。
3.担保不動産を売却しても返済総額に足りないという場合は、残りの負債については相続人が負担しなければなりません。そこで、売却代金が返済総額を超えるか,超えないかの判断がつきかねる場合や,返済総額を超えそうでも他に負債があって全体として相続債務が超過する可能性がある場合は,相続放棄を検討する必要があります。熟慮期間の伸長の申請をして相続財産調査を続けたり,限定承認や相続放棄をしたりする方法が考えられます。
4.売却価格が返済総額を上回って余剰が出ると見込まれるときは,法定相続人として相続したうえで任意売却をすることを検討してはいかがでしょうか。反対に債務超過が確実な場合、債務を引き継ぎたくないということであれば相続放棄する必要があります。
5.要保護世帯向け不動産担保型生活資金貸付制度の概要については,当事例集の別稿をご覧ください。
6.関連事例集1390番、1313番、1175番、576番参照。
解説:
【要保護世帯向け不動産担保型生活資金の貸付制度】
要保護世帯向け不動産担保型生活資金貸付制度とは,一定の自己所有不動産があるものの,当該貸付制度がなければ生活保護が必要と認められる世帯に対して,自宅不動産を担保にして生活資金を貸し付ける公的な制度です。
いわゆる逆抵当融資(リバースモーゲージ)の一種で,自宅不動産のある高齢者が自宅を手放すことなく生活資金に充てる収入を得られて,亡くなった後に自宅不動産を売却して返済に充てるというものです。
生活保護制度では,補足性の原則の表れとして「資産の活用」や「扶養義務者による扶養義務の履行」が生活保護に優先すると定められていますが,居住用不動産を担保に生活資金を借り入れることができれば,生活保護に優先する「資産の活用」の幅も広がり,他方,扶養をしてこなかった扶養義務者が被保護者が亡くなった後に自宅不動産を相続で取得するという不公平な事態もなるべく回避できるというところに狙いがあるとされています。
この貸付制度が利用できる世帯は,生活保護の開始に優先して,この貸付制度が利用されるべきとの取扱いがされています。
【要保護世帯向け不動産担保型生活資金の返済方法】
この貸付制度による貸付金の返済は,借受人が亡くなった後,担保となっている自宅不動産を売却して,その代金から返済します。売却の役目を担うのは法定相続人です。
法的には,法定相続人全員が各法定相続分に応じて,この貸付金の返済義務を分割して引き継ぐことになります。一方,法定相続人は,担保となっている自宅不動産も共同相続しますので,これを売却した代金で返済し,剰余金があればそれは法定相続人が受け取ることができます(相続人全員による遺産分割協議によって、法定相続分と異なった相続をすることはもちろん可能ですがその際にも、負債については債権者との関係では法定相続分に応じた分割債務となります。負債だけを負うようなことが無いように注意する必要があります)。
担保(根抵当権)が設定されている不動産については,債務の返済がされなければ,担保権者は最終的には強制競売によって売却することで支払を受けることができますが,一般には,競売によるよりも任意売却の方が売却金額が高額になる傾向があります。そのため,返済総額を超える価格での売却の可能性が見込まれる場合には,法定相続人が進んで相続して任意売却を行う方が,法定相続人にとって得であることが多いと言えます。
不動産の任意売却については,不動産業者に依頼しても勿論結構ですが,相続が絡む場面ですので,法定相続人の確定や,他の相続財産の有無の調査,遺産分割協議書の作成などが必要になることも想定されます。仮に遺産分割等で争う意思を示している法定相続人がいないとしても,こうした諸手続自体が一般の方にとっては煩雑ではないかと思われます。自分でどうしてもできないようであれば、 相続に絡む諸手続から任意売却までまるごとセットで弁護士に依頼していただくことも可能ですので,選択肢としてご検討ください。
弁護士というと裁判の専門家という印象を持たれがちですが,債務整理や破産管財手続などで不動産の任意売却についても関与しているのが実情です。
【担保不動産の売却による返済で余剰が出るか微妙なとき】
この貸付制度の貸付限度額は,不動産評価額(固定資産税評価額ではなく,社会福祉協議会の選んだ不動産鑑定士による評価額)の7割程度(マンションの場合は5割程度)ですが,利息の発生や,不動産価格の下落によって,任意売却をしても赤字になってしまう場合も生じ得ます。
また,この貸付制度以外にも負債が残っている場合には,法定相続人としてはその債務も含めて一切を相続することになります(債務だけを相続しないということはできません。)。
ですから,担保不動産の売却によって借入金の返済をして余剰が出るかどうか微妙な場合や,この借入金以外にも負債がありそうではあるものの全体像がまだよく見えていないという場合には,安易に相続をして任意売却に着手してしまうと,思わぬ負債を背負い込んでしまう危険があります。
そこで,借受人が借入総額の少ないうちに亡くなってしまって,貸付限度額の枠がかなり余っていたというような場合を除いては,任意売却に着手するよりも先に相続財産(負債を含む。)の調査から始めるのが安全です。調査の結果,負債が上回ることが明白であれば相続放棄をすれば,初めから相続人でなかったことになって,負債を回避することができますし,黒字が出そうではあるものの,場合によっては赤字になってしまうかもしれないという場合には,万一のために備えて限定承認をするという方法も考えられます。
相続放棄や限定承認は,自分のために相続が開始したことを知ったときから3か月の期間(熟慮期間)内に家庭裁判所に申述をしなければなりませんが,実際,黒字か赤字かが微妙な案件においてはこの期間はかなり短いと感じます。
これらの手続を自分で行うことが難しい場合は、家庭裁判所に熟慮期間の伸長を求めた方がいいかなども含めて,早い段階で一度は弁護士に相談だけでもしておくのがよいでしょう。一度相談をしておけば,後で依頼しようと思ったときにも話が早くて助かる,ということもあるかと思います。
弁護士が相続財産調査を引き受けた際は,貸付人である社会福祉協議会に債権額の回答を求めたり,不動産の任意売却額の相見積もりを取ったりなどの手配を依頼者の代理人として進めることができます。依頼した側としては,弁護士の報告を受けつつ,基本的には最終判断だけをすれば良いので,多くの手間暇から解放されることでしょう。
【借受人本人が先に亡くなって,配偶者が残されたとき】
この貸付制度の返済時期は,借受人の死亡から3か月以内の据置期間経過時とされています。つまり,例えば,お父様が借受人で先にお亡くなりになった場合,お母様がご存命でも返済期限が来てしまうことになります。
もっとも,残された配偶者に対する配慮の措置は用意されています。貸付元利金が貸付限度額に達していない場合は,社会福祉協議会との貸付契約を配偶者が引き継ぐことができ,貸付元利金が限度額に達した後の場合であれば,返済猶予の申請ができることとされています。
いずれの場合においても,相続人が借受人の配偶者と当該夫婦の子供達である場合には,配偶者の単独相続とするべく,他の法定相続人(子供達)は全員が相続放棄をしておくことが無難ではないかと思われます。というのも,亡くなった借受人の返済義務については先に相続が開始してしまう一方で,担保不動産を任意売却して黒字になるかどうかについては,残された配偶者が亡くなった後でないと見通しが立たないためです。借受人本人が亡くなった際は,一旦は配偶者が全部を単独で相続することとしておいて,配偶者が亡くなった際に改めて子供達が相続をするかどうかを考えることにするということにしてはいかがでしょうか(配偶者の相続の時点で、返済金の総額が確定しますのでその時点で不動産を処分して余剰があるか否かが初めて判断可能となることからこのような結論になります)。
不安であれば、この段階で相続放棄の要否について一度弁護士に相談をしておくというのも有意義かと思います。家庭裁判所への相続放棄の申述については,さほど困難な手続ではありませんが,弁護士が代理して行うこともできますので,相談の際にお問い合わせになるのがよいでしょう。
※参照法令
【民法】
(相続の一般的効力)
第八百九十六条 相続人は、相続開始の時から、被相続人の財産に属した一切の権利義務を承継する。ただし、被相続人の一身に専属したものは、この限りでない。
(共同相続の効力)
第八百九十八条 相続人が数人あるときは、相続財産は、その共有に属する。
第八百九十九条 各共同相続人は、その相続分に応じて被相続人の権利義務を承継する。
(遺産の分割の基準)
第九百六条 遺産の分割は、遺産に属する物又は権利の種類及び性質、各相続人の年齢、職業、心身の状態及び生活の状況その他一切の事情を考慮してこれをする。
(遺産の分割の協議又は審判等)
第九百七条 共同相続人は、次条の規定により被相続人が遺言で禁じた場合を除き、いつでも、その協議で、遺産の分割をすることができる。
2 遺産の分割について、共同相続人間に協議が調わないとき、又は協議をすることができないときは、各共同相続人は、その分割を家庭裁判所に請求することができる。
3 前項の場合において特別の事由があるときは、家庭裁判所は、期間を定めて、遺産の全部又は一部について、その分割を禁ずることができる。
(相続の承認又は放棄をすべき期間)
第九百十五条 相続人は、自己のために相続の開始があったことを知った時から三箇月以内に、相続について、単純若しくは限定の承認又は放棄をしなければならない。ただし、この期間は、利害関係人又は検察官の請求によって、家庭裁判所において伸長することができる。
2 相続人は、相続の承認又は放棄をする前に、相続財産の調査をすることができる。
【家事審判法】
第九条 家庭裁判所は、次に掲げる事項について審判を行う。
甲類
二十四 民法第九百十五条第一項 ただし書の規定による相続の承認又は放棄の期間の伸長
二十六 民法第九百二十四条 の規定による相続の限定承認の申述の受理
二十九 民法第九百三十八条 の規定による相続の放棄の申述の受理
【家事審判規則】
第九十九条 相続に関する審判事件は、被相続人の住所地又は相続開始地の家庭裁判所の管轄とする。
2 略
第百十四条 相続の限定承認若しくは放棄又はその取消の申述をするには、家庭裁判所に申述書を差し出さなければならない。
2 相続の限定承認又は放棄の申述書には、左の事項を記載し、申述者又は代理人がこれに署名押印しなければならない。
一 申述者の氏名及び住所
二 被相続人の氏名及び最後の住所
三 被相続人との続柄
四 相続の開始があつたことを知つた年月日
五 相続の限定承認又は放棄をする旨
3 略