新銀座法律事務所 法律相談事例集データベース
No.1474、2013/10/31 00:00 https://www.shinginza.com/qa-seikyu.htm
【民事・強制執行・「全店一括順位付け方式」又は,「預金額最大店舗方式」による預金債権の差押命令の可否・最高裁平成23年9月20日決定・最高裁平成25年1月17日決定】
【事例】
私は,友人に対して,500万円を貸しましたが,返済してくれないため,裁判所に対して,貸金返還請求訴訟を提起し500万円の請求認容判決が出て確定しましたが,友人は,500万円を返済しません。私は,友人が資産家であり,銀行に多額の預金があることを噂で聞いていますので,銀行の預金債権を差し押さえて,強制的に500万円を回収したいと考えていますが,どこの銀行に対してどの程度の預金債権を有しているかなどの情報が一切ありません。このような場合に,ある特定の銀行について取扱店舗を限定せずに,「複数の店舗に預金債権があるときは,支店番号の若い順序による」という順位付けをする方法により,友人の預金債権を差し押さえて,強制執行をすることはできるのでしょうか。
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【回答】
1.預金債権を差押える場合、取扱店舗(支店)を限定する必要があり、取り扱い支店を限定しない申し立ては、現時点では裁判所の受付で受理されません。
2.まず,あなたは,友人に対して貸した500万円について,裁判所による請求認容判決を得て,この判決は確定しているため,強制執行に必要な債務名義(民事執行法22条1項1号)を有しています。
3.あなたは,友人が,銀行に対して多額の預金債権を有しているとの情報を得ており,友人の当該預金債権を差し押さえることにより上記500万円の回収を図ることをお考えですので,民事執行法に定められた債権執行の手続を採ることになります。債権執行の手続は,執行債権者が執行対象債権に対して差押命令の申立てをし,執行裁判所がその申立てを審理して差押命令を発令し,その後,取立て,供託,転付命令又は譲渡命令等の手続が行われ,さらに配当等の手続により金銭債権の回収が図られるという流れで行われます。そこで,執行債権の債務者である金融機関を特定すれば十分で,預金を管理する支店名まで特定する必要がないとも考えられます。本件では,あなたは,友人がどこの銀行のどこの支店に対して預金債権を有しているかなどの情報が一切ないため,取扱店舗を限定せずに,「複数の店舗に預金債権があるときは,支店番号の若い順序による」という順位付けをする方法により,友人の預金債権を差し押さえることができないと現実に預金の差押は困難です。このような債権執行の申立てが差押え債権の特定として十分と言えるのかが問題となります(なおどこの銀行なのかは特定しないと預金の債務者が誰かも分かりませんから金融機関名は特定する必要があります。支店名まで特定する必要があるかという問題です。従来の扱いは支店の特定まで要求していました)。
4.判例(最高裁平成23年9月20日決定)によると,大規模な金融機関である第三債務者らの全ての店舗を対象として順位付けをし,先順位の店舗の預貯金債権の額が差押債権額に満たないときは,順次予備的に後順位の店舗の預貯金債権を差押債権とする旨の差押えを求める,いわゆる「全店一括順位付け方式」による差押命令の申立ては,差押え債権の特定を欠き不適法であるとの判断が示されているため,預金債権の取扱店舗を限定しない本件のような申立ては許されないことになります。
5.その後,「第三債務者の複数の店舗に預金債権があるときに,預金債権額合計のもっとも大きな店舗の預金債権を対象とし,預金債権額合計のもっとも大きな店舗が複数ある時は,そのうち支店番号のもっとも若い店舗の預金債権を対象とする」という方法(預金額最大店舗方式)についても,これを正面から否定した原審の判断を正当として是認する最決平成25年1月17日が出ました。
6.以上の最高裁決定により,「現時点では」支店を具体的に特定しない差押えは困難といえます。もっとも,金融機関における預金管理システムは日々進化していることから,支店を具体的に特定しない差押えが認められるようになる日もそう遠い先の話ではないと考えます。また,弁護士と話すうちに,ある程度は支店が特定できたり,そもそも他の財産に対する強制執行への途が開かれたりする可能性があります。支店が特定できないからと言ってあきらめず,まずはお近くの弁護士に相談することをお勧めいたします。
7.なお,債権執行に関連する事例集論文として,756番,973番,1000番,1136番、1338番がございますので,ご参照ください。尚この事例集は、1338番を追加訂正してものです。
【解説】
1 (債権執行)
債権執行とは,債権者が,金銭債権の満足のために,債務者が第三債務者に対して有している金銭債権又は船舶若しくは動産の引渡請求権に対して強制執行を行う手続のことをいいます(民事執行法143条〜167条の14)。
私法上の権利は,民法等の実体法規の適用によって解決が図られますが,私人間で私法上の権利をめぐって争いが生じた場合には,国家機関によりその権利の存否及びその内容を確定した上で,国家の手によってそれを実現させ権利の実効性を確保するための制度が必要となることから,強制執行手続が設けられています。
民事執行については,民事執行法上,強制執行,担保権の実行としての競売等,民法・商法その他の規定による換価のための競売,債務者の財産開示の4種類が規定されています(民事執行法1条)。本事例のような債権者の債務者に対する500万円の貸金返還請求権の回収のために,債務者が銀行に対して有する預金債権に対して強制執行を行う場合は,債権執行と呼ばれています。
債権執行の手続は,債権者が,裁判所に対して,執行対象債権に対して差押命令の申立てをし,執行裁判所がその申立てを審理して差押命令を発令し,その後,取立て,供託,転付命令又は譲渡命令等の手続が行われ,さらに配当等の手続により金銭債権の回収が図られるという流れで行われます。
2 (問題の所在)
(1)債権執行は,債権者の申立てにより(民事執行法2条),執行裁判所が債権を差し押さえる命令を発することにより開始されます(民事執行法143条)。
そして,債権執行における差押命令の申立てにおいては,当該差押命令申立書において「差し押さえるべき債権の種類及び額その他の債権を特定するに足りる事項並びに債権の一部を差し押さえる場合にあっては,その範囲」を明らかにすることが要求されています(民事執行規則133条2項)。
このように債権執行における差押命令の申立てにおいて,差押債権の特定が要求される趣旨は,執行裁判所が被差押債権について法律上差押えが可能な債権(民事執行法146条2項,152条等)であるか否かの判断をすることを可能にする点と,債権差押命令が被差押債権について債務者に処分を禁止し,第三債務者に弁済を禁止する効果を持つこと(民事執行法145条1項)から,その差押命令の送達を受けた債務者及び第三債務者が被差押債権を他の債権と識別することを可能にする点にあるとされています。
そして,差押債権の特定がされない場合には,裁判所の受付の時点でその点指摘され受理されませんし、仮に受理されたとしても不適法として却下されることになり,差押債権が不特定な差押命令は無効であるとするのが判例です(最判昭和46年11月30日)。
しかしながら,債権というのは,無形の目に見えない財産であるため,他人の債権を差し押さえようとする債権者がその債権の内容を具体的に把握することには限界があります。他方で,差押債権の特定が不十分である場合には,債務者及び第三債務者が被差押債権を他の債権と識別することが困難となり,特に,第三債務者が債務の弁済を躊躇し,債務不履行責任を負担する危険,二重払いの危険を負担する可能性があります。そこで,両者の調和の観点から,差押債権の特定としてはどの程度の記載が要求されるのかということが問題となります。
(2)民事執行規則133条2項の「差し押さえるべき債権の種類及び額その他の債権を特定するに足りる事項」とは,「第三債務者につき通常想定される業務内容等に照らし,社会通念上合理的と認められる時間と負担の範囲内で,第三債務者において差押えの目的物となる債権を確定することができる事項」と解釈すべきです。千葉地方裁判所平成22年(ル)第1238号,平成22年(ヲ)第46号平成22年8月19日決定の内容
。本規則の趣旨は,債権に対する強制執行における債権者の利益を確保しながら,債権者債務者間の争いと直接なんら無関係な第三債務者の利益をも考慮し,その利益調整を図ったものです。
債権の差し押さえ効果により第三債務者は差し押さえた時から当然当該債務の支払いを禁じられ(民事執行法145条1項の解釈),これに反して差押債権の債権者(債務者)に対して第三債務者が弁済すると差押債権者に対して,さらに弁済する責任が生じます(民法481条1項)。
しかし,第三債務者は本来差押債権の債権者に対しては弁済する義務を負っているのですから差し押さえられた債権の範囲の特定が不明であれば,どの範囲で債務の支払いをしていいのかどうか立ち往生してしまい,特定不明のまま差押債権の本来の支払いを停止すると,債務者に対しては債務不履行責任の可能性が生じ,特定不明のまま本来の支払いに応じると差押債権者に対しては2重払いの危険を生じることになります。
従って,第三債務者は,差押え時点で,直ちに差押え債権の範囲を特定して支払い停止の決定をしなければならず,その特定は原則的に強制執行により権利実現の利益を受ける債権者が行うべきものであり,当該紛争に直接無関係な第三債務者の責務とすることはできません。強制執行手続きは,法の支配の理念,自力救済禁止の原則から,債権者の権利実現のため不可欠な制度ですが,債権者は,私的自治の大原則によりまず紛争となる権利を確定するため訴訟を自ら提起して債務名義を取得し,権利を強制的に実現する手続きも自ら遂行して行わなければならず,差押えとなる対象財産,権利も自ら範囲を特定する義務を基本的に有するからです。
3 (預金債権の差押え)
(1)従来からの取扱実務
差押債権の特定としては,債務者が第三債務者に対して有する債権が,他の債権と識別できる程度に表示することを要するとされています。
そして,債権の特定は,一般的に,@差押債権の種類を表示する,A発生原因,B発生年月日,C弁済期,D給付内容,E債権の金額等の全部又は一部を表示することにより行いますが,どの程度の特定を要するかは,混同,誤認等を生じさせるような他の債権の存否の可能性との関連で具体的事情により相対的に判断されます。
民事執行実務上,預金債権の差押命令申立ての場合,預金の属性については,先行する差押え等の有無,預貯金の属性,口座番号の順序による順位付けをして差押債権を表示することが許容されてきました。銀行では,一般に預金取引や顧客管理が本支店ごとにある程度独立して行われていることにかんがみて,一般の銀行の預金債権については当該預金の取扱店舗を特定することを求める取扱いがされてきました。
預金債権の特定の仕方としては,東京地方裁判所民事執行センターのホームページ(http://www3.ocn.ne.jp/~tdc21/index.html)に参考書式が掲載されているので,ご参照ください。
(2) 「全店一括順位付け方式」による差押命令の申立ての出現
上記3・(1)記載のとおり,一般の銀行の預金債権については,実務上,当該預金の取扱店舗を特定することを求める取扱いがなされてきましたが,近年,預金債権の取扱店舗を一つに特定せずに差押命令を申し立てる事例がみられるようになりました。
大規模な金融機関である第三債務者らの全ての店舗を対象として順位付けをし,先順位の店舗の預貯金債権の額が差押債権額に満たないときは,順次予備的に後順位の店舗の預貯金債権を差押債権とする旨の差押えを求める,いわゆる「全店一括順位付け方式」による差押命令の可否については,肯定説,否定説に見解が分かれています。この対立は,差押債権者の利益を重視するか,第三債務者の負担を重視するかをめぐっての対立であると考えられます。
肯定説は,@顧客管理システムを備えている金融機関は,差し押さえられた債権を識別する作業が複数の店舗にまたがっても対応可能であること,A差押命令の第三債務者に対する送達により差押えの効力が生じた後,第三債務者が差し押さえられた債権を識別するまでに要する時間が増大するにしても,その間の債務者に対する払戻しの遅滞については債務不履行責任を否定し,また,債務者に払戻しをしてしまった場合には民法478条の類推により債権者に対する弁済を免れるという解釈を採れば問題ないことなどを理由として,全店一括順位付け方式による差押命令の申立ては,第三債務者に過度の負担を負わせるものではないことをその根拠として挙げています。
これに対し,否定説は,@金融機関が差し押さえられた債権を識別するのに必要な情報の全てを顧客管理システムにより一元管理しているとは認められず,差し押さえられた債権を識別する作業が複数の店舗にまたがるときは,第三債務者が差し押さえられた債権を識別するには相当の負担と時間を要すると解されること,A差押えの効力発生後,差し押さえられた債権の識別までに相当の時間を要することとなると,第三債務者は差し押さえられていない債権の払戻しを遅滞すれば債務者から債務不履行責任を追及され,他方,差し押さえられた債権を債務者に払い戻してしまえば民法481条により差押債権者に二重に支払をしなければならないという危険を負うこと等を理由として,全店一括順位付け方式による差押命令の申立ては,第三債務者に過度の負担を負わせるものであることをその根拠として挙げています。
(3)「全店一括順位付け方式」は現時点では特定性に欠けるものと思います。否定説が妥当でしょう。顧客管理システムがあるとしても,第三債務者に過度の業務を要求するものであり,私的自治の大原則の範囲外の要求と考えられるからです。この方式は,複数の店舗に預金債権があるときは,支店番号の若い順序によるとしていますから,第三債務者としては,請求債権額に満つるまで,支店番号の若い順序に預金の有無を検索し,該当する店舗について,その取引内容を確認することになっています。
このような差押債権の表示では,第三債務者において,格別の負担を伴わない調査によって,社会通念上合理的と認められる時間の中で,差押えの効力が及ぶ預金債権を誤認混同することなく認識し得るものと認めることは困難でしょう。全国にはかなりの支店数,種々の預金内容を持つ大銀行(大手銀行)が存在し,このような事態を本店の顧客管理システムにより容易に判明し,本店から各支店への簡単な連絡,確認により把握可能であることを債権者側が立証しない限り,債権者の差押債権の特定がなされたと認定することはできないと思われます。あくまで,債権特定の責任は債権者側にあるからです。債権者側の責任を第三債務者に事実上転換するのは公平上妥当性を欠くものと考えられます。
4 (判例)
(1)下級審裁判例
対象支店を特定しない差押命令の適否をめぐっては,下級審の判断が分かれる状況にありました。肯定例としては,東京高決平成23年1月21日,東京高決平成23年4月14日,東京高決平成23年6月22日が,否定例としては,東京高決平成23年3月31日,東京高決平成23年4月28日,東京高決平成23年6月6日などが挙げられます。このように,預金債権の差押えにかかる取扱店舗の特定についての下級審の判断は,肯定,否定に分かれている状況にあり,下記最高裁決定は,下級審裁判所で結論が分かれていた争点につき,判断を示したという点で大きな意義を有しています。
(2)最高裁決定
ア 事案の概要
最決平成23年9月20日は,抗告人が,抗告人の相手方に対する金銭債権を表示した債務名義による強制執行として,相手方の第三債務者Z1銀行,同Z2銀行及び同Z3銀行に対する預金債権並びに第三債務者Z4銀行に対する貯金債権の差押えを求める申立て(以下「本件申立て」という。)をした事案において,本件申立ては,差押債権の特定(民事執行規則133条2項)を欠き不適法であるとして,これを却下すべきものとしました。
イ 決定要旨
上記最高裁決定は,以下のとおり判示しています。
「民事執行規則133条2項の求める差押債権の特定とは,債権差押命令の送達を受けた第三債務者において,直ちにとはいえないまでも,差押えの効力が上記送達の時点で生ずることにそぐわない事態とならない程度に速やかに,かつ,確実に,差し押さえられた債権を識別することができるものでなければならないと解するのが相当であり,この要請を満たさない債権差押命令の申立ては,差押債権の特定を欠き不適法というべきである。
・・・本件申立ては,大規模な金融機関である第三債務者らの全ての店舗を対象として順位付けをし,先順位の店舗の預貯金債権の額が差押債権額に満たないときは,順次予備的に後順位の店舗の預貯金債権を差押債権とする旨の差押えを求めるものであり,各第三債務者において,先順位の店舗の預貯金債権の全てについて,その存否及び先行の差押え又は仮差押えの有無,定期預金,普通預金等の種別,差押命令送達時点での残高等を調査して,差押えの効力が生ずる預貯金債権の総額を把握する作業が完了しない限り,後順位の店舗の預貯金債権に差押えの効力が生ずるか否かが判明しないのであるから,本件申立てにおける差押債権の表示は,送達を受けた第三債務者において上記の程度に速やかに確実に差し押えられた債権を識別することができるものであるということはできない。そうすると,本件申立ては,差押債権の特定を欠き不適法というべきである。」
ウ 田原睦夫裁判官の補足意見
上記最高裁決定には,田原睦夫裁判官の補足意見が付されています。この補足意見では,本件の争点に関する判断が,銀行の預金債権以外の場合であっても多数の店舗を展開する各業種で問題となること等が指摘されているので,参考になると思われます(後記「参照判例」欄参照)。
5 (事例への回答)
(1) 「全店一括順位付け方式」について
まず,上記最高裁決定に従うと,債権者が,債務者の預金債権を差し押さえる場合,全店一括順位付け方式によることは差押えの特定を欠き不適法な申立てとして却下されます。
したがって,取扱店舗を限定せずに,「複数の店舗に預金債権があるときは,支店番号の若い順序による」という順位付けをする方法により,友人の預金債権を差し押さえの申し立てをすることは現時点では避ける必要があります(将来コンピュータシステムの発展により金融機関が瞬時に全支店の預金を把握できることが明らかになるまでは無理のようです)。
(2) 「預金額最大店舗指定方式」について
上記最高裁決定は,大規模な金融機関である第三債務者に対し,「全店一括順位付方式」によった場合を前提とするものです。
上記最高裁決定後,「第三債務者の複数の店舗に預金債権があるときに,預金債権額合計のもっとも大きな店舗の預金債権を対象とし,預金債権額合計のもっとも大きな店舗が複数ある時は,そのうち支店番号のもっとも若い店舗の預金債権を対象とする」という方法(預金額最大店舗方式)による差押債権の特定が適法であるとの下級審裁判例(東京高決平成23年10月26日)が出ました(同決定では,第三債務者である銀行が事前の弁護士会照会を正当な理由がなく拒んだことや,第三債務者が我が国を代表する金融機関であり,全ての店舗を通じて預金口座の有無及び残額等の顧客情報を管理するシステムが確立されていることなどが考慮されました。)。
しかしその後,最決平成25年1月17日が,「預金額最大店舗方式」を正面から否定した東京高決平成24年10月24日の判断を正当として是認しました。同高決は,前記最決平成23年9月20日を引用した上で,以下のように判示しました。
「本件申立てによる差押えを認めた場合,大規模な金融機関である第三債務者は,全ての店舗の中から預金額最大店舗を抽出する作業が必要となるが,その際,第三債務者において,全ての店舗の全ての預金口座について,まず該当顧客の有無を検索した上,該当顧客を有する店舗における差押命令送達時点での口座ごとの預金残高及びその合計額等を調査して,当該店舗が最大店舗に該当するかを判定する作業が完了しない限り,差押えの効力が生ずる預金債権の範囲が判明しないことになる。したがって,本件申立てにおける差押債権の表示は,送達を受けた第三債務者において前記1の程度に速やかに確実に差し押さえられた債権を識別することができるものであるということはできない。
・・・したがって,預金額最大店舗指定方式による本件差押債権の表示は,差押債権が特定されていないから,本件申立ては,不適法であり却下すべきである。」
(3) 結論
以上の最高裁決定により,「現時点では」支店を具体的に特定しない差押えは困難といえます。
もっとも,「特段の事情がない限り,第三債務者の債務管理の単位を基準として差押債権の種類及び金額が特定されるべきであ」るところ(最決平成23年9月20日・田原睦夫裁判官補足意見参照),金融機関における預金管理システムは日々進化していることから,支店を具体的に特定しない差押えが認められるようになる日もそう遠い先の話ではないと考えます。また,弁護士と話すうちに,ある程度は支店が特定できたり,そもそも他の財産に対する強制執行への途が開かれたりする可能性があります。
支店が特定できないからと言ってあきらめず,まずはお近くの弁護士に相談することをお勧めいたします。
≪参照条文≫
<民事執行法>
(趣旨)
第一条 強制執行,担保権の実行としての競売及び民法
(明治二十九年法律第八十九号),商法 (明治三十二年法律第四十八号)その他の法律の規定による換価のための競売並びに債務者の財産の開示(以下「民事執行」と総称する。)については,他の法令に定めるもののほか,この法律の定めるところによる。
(執行機関)
第二条 民事執行は,申立てにより,裁判所又は執行官が行う。
(債務名義)
第二十二条 強制執行は,次に掲げるもの(以下「債務名義」という。)により行う。
一 確定判決
二 仮執行の宣言を付した判決
三 抗告によらなければ不服を申し立てることができない裁判(確定しなければその効力を生じない裁判にあつては,確定したものに限る。)
三の二 仮執行の宣言を付した損害賠償命令
四 仮執行の宣言を付した支払督促
四の二 訴訟費用若しくは和解の費用の負担の額を定める裁判所書記官の処分又は第四十二条第四項に規定する執行費用及び返還すべき金銭の額を定める裁判所書記官の処分(後者の処分にあつては,確定したものに限る。)
五 金銭の一定の額の支払又はその他の代替物若しくは有価証券の一定の数量の給付を目的とする請求について公証人が作成した公正証書で,債務者が直ちに強制執行に服する旨の陳述が記載されているもの(以下「執行証書」という。)
六 確定した執行判決のある外国裁判所の判決
六の二 確定した執行決定のある仲裁判断
七 確定判決と同一の効力を有するもの(第三号に掲げる裁判を除く。)
(債権執行の開始)
第百四十三条 金銭の支払又は船舶若しくは動産の引渡しを目的とする債権(動産執行の目的となる有価証券が発行されている債権を除く。以下この節において「債権」という。)に対する強制執行(第百六十七条の二第二項に規定する少額訴訟債権執行を除く。以下この節において「債権執行」という。)は,執行裁判所の差押命令により開始する。
(差押命令)
第百四十五条 執行裁判所は,差押命令において,債務者に対し債権の取立てその他の処分を禁止し,かつ,第三債務者に対し債務者への弁済を禁止しなければならない。
2 差押命令は,債務者及び第三債務者を審尋しないで発する。
3 差押命令は,債務者及び第三債務者に送達しなければならない。
4 差押えの効力は,差押命令が第三債務者に送達された時に生ずる。
5 差押命令の申立てについての裁判に対しては,執行抗告をすることができる。
(差押えの範囲)
第百四十六条 執行裁判所は,差し押さえるべき債権の全部について差押命令を発することができる。
2 差し押さえた債権の価額が差押債権者の債権及び執行費用の額を超えるときは,執行裁判所は,他の債権を差し押さえてはならない。
(差押禁止債権)
第百五十二条 次に掲げる債権については,その支払期に受けるべき給付の四分の三に相当する部分(その額が標準的な世帯の必要生計費を勘案して政令で定める額を超えるときは,政令で定める額に相当する部分)は,差し押さえてはならない。
一 債務者が国及び地方公共団体以外の者から生計を維持するために支給を受ける継続的給付に係る債権
二 給料,賃金,俸給,退職年金及び賞与並びにこれらの性質を有する給与に係る債権
2 退職手当及びその性質を有する給与に係る債権については,その給付の四分の三に相当する部分は,差し押さえてはならない。
3 債権者が前条第一項各号に掲げる義務に係る金銭債権(金銭の支払を目的とする債権をいう。以下同じ。)を請求する場合における前二項の規定の適用については,前二項中「四分の三」とあるのは,「二分の一」とする。
<民事執行規則>
(差押命令の申立書の記載事項)
第百三十三条
1 債権執行についての差押命令の申立書には,第二十一条各号に掲げる事項のほか,第三債務者を表示しなければならない。
2 前項の申立書に強制執行の目的とする財産を表示するときは,差し押さえるべき債権の種類及び額その他の債権を特定するに足りる事項並びに債権の一部を差し押さえる場合にあつては,その範囲を明らかにしなければならない。
<民法>
(債権の準占有者に対する弁済)
第四百七十八条 債権の準占有者に対してした弁済は,その弁済をした者が善意であり,かつ,過失がなかったときに限り,その効力を有する。
(支払の差止めを受けた第三債務者の弁済)
第四百八十一条 支払の差止めを受けた第三債務者が自己の債権者に弁済をしたときは,差押債権者は,その受けた損害の限度において更に弁済をすべき旨を第三債務者に請求することができる。
2 前項の規定は,第三債務者からその債権者に対する求償権の行使を妨げない。
≪参照判例≫
@ 最高裁平成23年9月20日決定
主文
本件抗告を棄却する。
抗告費用は抗告人の負担とする。
理由
抗告代理人・・・の抗告理由について
1 本件は,抗告人が,抗告人の相手方に対する金銭債権を表示した債務名義による強制執行として,相手方の第三債務者Z1銀行,同Z2銀行及び同Z3銀行に対する預金債権並びに第三債務者Z4銀行に対する貯金債権の差押えを求める申立て(以下「本件申立て」という。)をした事案である。抗告人は,その申立書において,差し押さえるべき債権(以下「差押債権」という。)を表示するに当たり,各第三債務者の全ての店舗又は貯金事務センター(以下,単に「店舗」という。)を対象として順位付けをした上,同一の店舗の預貯金債権については,先行の差押え又は仮差押えの有無,預貯金の種類等による順位付けをしている。
2 原審は,本件申立ては,差押債権の特定(民事執行規則133条2項)を欠き不適法であるとして,これを却下すべきものとした。
3(1) 民事執行規則133条2項は,債権差押命令の申立書に強制執行の目的とする財産を表示するときは,差押債権の種類及び額その他の債権を特定するに足りる事項を明らかにしなければならないと規定している。そして,債権差押命令は,債務者に対し差押債権の取立てその他の処分を禁止するとともに,第三債務者に対し差押債権の債務者への弁済を禁止することを内容とし(民事執行法145条1項),その効力は差押命令が第三債務者に送達された時点で直ちに生じ(同条4項),差押えの競合の有無についてもその時点が基準となる(同法156条2項参照)。
これらの民事執行法の定めに鑑みると,民事執行規則133条2項の求める差押債権の特定とは,債権差押命令の送達を受けた第三債務者において,直ちにとはいえないまでも,差押えの効力が上記送達の時点で生ずることにそぐわない事態とならない程度に速やかに,かつ,確実に,差し押さえられた債権を識別することができるものでなければならないと解するのが相当であり,この要請を満たさない債権差押命令の申立ては,差押債権の特定を欠き不適法というべきである。債権差押命令の送達を受けた第三債務者において一定の時間と手順を経ることによって差し押さえられた債権を識別することが物理的に可能であるとしても,その識別を上記の程度に速やかに確実に行い得ないような方式により差押債権を表示した債権差押命令が発せられると,差押命令の第三債務者に対する送達後その識別作業が完了するまでの間,差押えの効力が生じた債権の範囲を的確に把握することができないこととなり,第三債務者はもとより,競合する差押債権者等の利害関係人の地位が不安定なものとなりかねないから,そのような方式による差押債権の表示を許容することはできない。
(2) 本件申立ては,大規模な金融機関である第三債務者らの全ての店舗を対象として順位付けをし,先順位の店舗の預貯金債権の額が差押債権額に満たないときは,順次予備的に後順位の店舗の預貯金債権を差押債権とする旨の差押えを求めるものであり,各第三債務者において,先順位の店舗の預貯金債権の全てについて,その存否及び先行の差押え又は仮差押えの有無,定期預金,普通預金等の種別,差押命令送達時点での残高等を調査して,差押えの効力が生ずる預貯金債権の総額を把握する作業が完了しない限り,後順位の店舗の預貯金債権に差押えの効力が生ずるか否かが判明しないのであるから,本件申立てにおける差押債権の表示は,送達を受けた第三債務者において上記の程度に速やかに確実に差し押えられた債権を識別することができるものであるということはできない。そうすると,本件申立ては,差押債権の特定を欠き不適法というべきである。
4 以上と同旨をいう原審の判断は,正当として是認することができる。論旨は採用することができない。
よって,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり決定する。なお,裁判官田原睦夫の補足意見がある。
裁判官田原睦夫の補足意見は,次のとおりである。
私は法廷意見に与するものであるが,本件申立ての如く,差押債権を表示するに当たり,各第三債務者の全ての店舗を対象として順位付けをした(以下,かかる方式を「全店一括順位付け方式」という。)上,同一の店舗の預貯金債権については,先行の差押え又は仮差押えの有無,預貯金の種類等による順位付けをした申立てにつき,法廷意見とは異なり,差押債権の特定性(民事執行規則133条2項)を認める高等裁判所の決定例も存するところから,法廷意見を若干敷衍する。
1 これまでに全店一括順位付け方式による申立ての可否が問われた裁判例は,差押債権がいずれも債務者の第三債務者たる金融機関に対する預貯金債権であり,また従来の学説も専らかかる場合を念頭に置いて検討されてきた。
しかし,全店一括順位付け方式による申立ての可否は,第三債務者が金融機関の場合に限らず,第三債務者が全国あるいは一定の地域に多数の店舗展開をし,当該店舗毎あるいは一定数の店舗を束ねたブロック毎に仕入代金の管理がなされている百貨店,流通業者,外食産業等の場合や,支店単位あるいはブロック単位毎に下請業者の管理を行っている全国規模のゼネコン,広い地域で事業を展開する土木建設業者等の場合にも問題となるのであって,それらの場合も視野に入れた上で,かかる方式による申立ての可否を検討する必要がある。
2 差押命令(仮差押命令の場合も同様であり,以下双方の場合を含めて検討する。)の第三債務者に対する送達により,差押債権につき弁済禁止や処分禁止の効力が及ぶのであるから,差押債権の特定は,第三債務者において差押えの効力が上記送達の時点で生ずることにそぐわない事態とならない程度に速やかにかつ確実に差し押さえられた債権の種類及び金額を具体的に識別できるものである必要がある。
債権者が差押命令の申立てに当たって債務者の第三債務者に対する債権の内容を具体的に把握することは一般に困難であるから,差押債権につき特定基準を具体的に措定することによって間接的に特定すること(間接的特定)も許容されるが,裁判所は,差押命令の発令に際し,申立てにおいて措定された特定基準が上記の要件を満たしているか否かを判断するに当たって,第三債務者の状況を直接認識することはできないから,当該第三債務者の置かれている社会経済的状況の下で,一般に当該第三債務者が速やかにかつ確実に差押債権の種類及び金額を識別するに足りるだけの基準たり得るか否かとの観点から判断するべきである。
かかる観点から特定基準を考える場合,特段の事情がない限り,第三債務者の債務管理の単位を基準として差押債権の種類及び金額が特定されるべきであり,それを超えて,複数の債務管理の単位に係る債務者の第三債務者に対する債権につき,差押えの順位を付けてなされる債権差押命令の申立ては,かかる申立てに基づく債権差押命令が発令されても,第三債務者が差押債権の種類及び金額を速やかにかつ確実に識別することが困難であるというべく,したがって差押債権の特定を欠くものといわざるを得ない。
なお,金融機関に対する預金債権の差押えにつき全店一括順位付け方式による差押債権の特定を認める見解は,金融機関がそれに対応できるコンピュータシステム(CIFシステム)を設置しているとか,金融機関は預金保険制度の適用に対応する名寄せシステムを設けているから対応が可能なはずである等としているが,現時点においてCIFシステムが全店一括順位付け方式による差押えに直ちに対応できる機能を有していることを示す資料は公表されておらず,また,預金保険制度の適用に対応する名寄せシステムは,その目的を異にするものであり,同システムをもって上記の方式による差押えに直ちに対応できるものではない。
3 ところで,全店一括順位付け方式を肯定する見解は,第三債務者が差押債権を識別するに至るまでに若干の時間を要することを認めながら,差押命令の送達から第三債務者が差し押さえられた債権を識別するに至るまでの間に,第三債務者から債務者に対してなされた弁済は民法478条により保護され,第三債務者の民法481条による責任は同条を柔軟に解釈することにより対応が可能であり,また,第三債務者が差し押さえられた債権を識別するまでの間,差押えの対象外の債権の支払を遅延しても債務不履行責任を問われることはないので,同方式による差押命令を認めても支障はない旨主張している。
しかし,上記の民法478条,481条に関する議論は論者によって十分に詰められていないし,債権の流動化を含む経済取引の迅速化が求められている今日,債務者の第三債務者に対する債権につき,第三債務者が差し押さえられた債権を識別するまでの間,債務者への支払に応じてよいか否かが判然としない浮動的な状態が生ずることは,取引上重大な支障をもたらすことになりかねない。なお,論者によっては,かかる浮動的な状態が生じたとしても,債務不履行の問題は生じないとする者もあるが,そのような浮動的な状態が生ずることによる取引上の支障は,債務不履行責任の追及という事後的な手続では到底救済され得ないような不利益を債務者にもたらしかねないのである。
殊に預金債権の差押えに関して言えば,普通預金口座(総合口座)におけるATMが普及している今日,第三債務者が差し押さえられた債権を識別するまでの間,第三債務者である金融機関が債務者の預金につきATMの利用を停止し,結果的にその対象預金が差押えの対象外であった場合には,債務者の不利益の問題が生じ,他方,結果的に差押えの対象であった預金がその間にATMにより払い出された場合には,民法481条による責任の有無の問題が生ずる。また,差押債権に当座預金が含まれている場合には,差押債権の識別作業中,当該当座預金を支払口座とする手形,小切手の決済を如何にするかという信用秩序に影響を及ぼしかねない問題をも生じかねないのである。
4 さらに,全店一括順位付け方式による債権差押えを認める場合には,法廷意見にて指摘するとおり競合する債権差押えとの間で問題を生ずる。すなわち,全店一括順位付け方式による差押命令が発せられた後に,他の債権差押命令が発せられた場合,その差押えの効力如何(先行する差押えに係る転付命令により後の差押えが空振りとなるか,差押えの競合により後の差押えに係る転付命令が無効となるか,差押えの競合がなく直接の取立てが可能となるか等)は,先行する全店一括順位付け方式の差押えによる差押債権の識別作業が完了するまで不明の状態に置かれることになり,先行して複数件の全店一括順位付け方式の差押命令が発せられている場合には,それら複数件の差押えの対象債権の識別作業が完了するまで,その後の差押えの効力如何が判明しないこととなり,債務者及び第三債務者のみならず,後れて差し押さえた差押債権者の地位を非常に不安定なものとすることになる。
また,全店一括順位付け方式を認めると,請求債権額が相当額に及ぶ場合には,債権者は一件の債権差押えの申立てをもって,債務者の第三債務者に対して有する債権を包括的に差し押さえる効果を得ることとなるが,かかる状態が生ずることは債権者間の公平の観点からは望ましい事柄ではないと考える。
5 以上述べた諸点からすれば,全店一括順位付け方式による債権差押命令の申立ては,差押債権の特定を欠くものといわざるを得ない。
A 最高裁平成25年1月17日決定
主文
本件抗告を棄却する。
抗告費用は抗告人の負担とする。
理由
1 平成24年(ク)第1341号事件について
抗告代理人・・・の抗告理由について
民事事件について特別抗告をすることが許されるのは,民訴法336条1項所定の場合に限られるところ,本件抗告理由は,違憲をいうが,その実質は原決定の単なる法令違反を主張するものであって,同項に規定する事由に該当しない。
2 平成24年(許)第46号事件について
抗告代理人・・・の抗告理由について
所論の点に関する原審の判断は,正当として是認することができる。論旨は採用することができない。
よって,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり決定する。
B 東京高裁平成24年10月24日決定(上記A最判の原審)
主文
1 本件抗告を棄却する。
2 抗告費用は抗告人の負担とする。
理由
第1 事案の概要
1(1) 抗告人(債権者)は,相手方(債務者)に対する執行力ある判決正本に基づき,相手方(債務者)が第三債務者に対し有する預金債権につき債権差押命令及び転付命令を申し立てた(以下「本件申立て」という。)。
(2) 本件申立てにおける差押債権目録では,差押債権が,別紙差押債権目録記載のとおり表示されている(以下,「本件差押債権」といい,このような差押債権の特定方法を,「預金額最大店舗指定方式」という。また,第三債務者の店舗を特定した上で差押債権を特定する方法を,「支店名個別特定方式」という。)。
2(1) 原審は,〈1〉預金額最大店舗指定方式では,第三債務者において,全ての店舗における債務者の預金債権の存否,差押命令送達時点での残高等を調査して債務者の全ての預金口座及びその金額を把握する作業が完了しない限り,預金債権額合計の最も大きな店舗を特定することはできず,それまでは,差押えの効力が,どの店舗のどの種類の預金債権にいかなる範囲で生ずるかが判明しない,〈2〉そして,預金債権の残額は時々刻々と変動するものであることを考慮すると,かかる方式では,差押えの効力が第三債務者への送達の時点で生ずることにそぐわない事態とならない程度に速やかに,かつ,確実に,差し押さえられた債権を識別することができるとはいえないとし,さらに,抗告人(債権者)が,本件申立てに先立ち,第三債務者に対し弁護士法23条の2(以下「弁護士会照会」という。)に基づき相手方(債務者)名義の預金口座の取扱支店を照会したのに対し,第三債務者が回答を拒否したことは,差押債権の特定の程度を緩和する根拠にはならないとして,預金額最大店舗指定方式による本件差押債権の表示は差押債権が特定されておらず,本件申立ては不適法であるとして,これを却下した。
(2) そこで,抗告人(債権者)は,執行抗告を申し立て,後記第2のとおり主張した。
第2 抗告の理由
1 預金額最大店舗指定方式では,次の手順により対象店舗を特定できるから,債権差押命令の送達を受けた第三債務者において,差押えの効力が上記送達の時点で生ずることにそぐわない事態とならない程度に速やかに,かつ,確実に,差し押さえられた債権を識別することができる。したがって,この方式によっても差押債権の特定がされているといえるのであって,本件申立ては適法である。
(1) 第三債務者が有する勘定系システムを用いた預金残高の調査
ア 差押命令に漢字で記載されている氏名から読み仮名を推測し,該当顧客を検索する。
イ アの検索結果から,差押命令記載の住所の顧客を抽出する。
ウ 氏名と住所が合致した顧客について,その支店番号と顧客番号から,口座番号を特定する。
エ 口座番号から預金の残高を検索する。
(2) 預金額最大店舗の確定に必要な作業
第三債務者は,各支店における債務者名義の預金残高が判明した後,
ア 預金最大店舗の可能性がある支店を抽出し,その支店に連絡をし,
イ 当該支店が,差押えの候補となっている預金が借名預金,仮名預金ではなく,預金債権者が債務者と同一であることを確認(なお,支店名個別特定方式でも,この作業は必要である。)することにより,差押えの対象となる金額が明らかになり,預金額最大店舗が確定する。
2(1) 債権差押えは,債権者と債務者との紛争に関係のない第三債務者を巻き込むものであることから,第三債務者に差押債権を特定するのに必要な労力と時間を最小限とするよう配慮をした結果,支店名個別特定方式が採用されたのである。
(2) しかし,第三債務者の対応により上記方式が採れない場合には,第三債務者の労力と時間を最小限とする配慮をする必要はなく,預金額最大店舗指定方式を採っても問題はない。本件の第三債務者は,抗告人(債権者)が本件申立てに先立ち弁護士会照会により相手方(債務者)名義の預金口座の取扱支店を照会したのに,回答を拒否している。
(3) そのため,第三債務者は,預金額最大店舗を確定するための前記1(2)ア程度の時間と労力を甘受すべきである。
(4) したがって,預金額最大店舗指定方式による本件差押債権は特定しているといえるのであって,本件申立ては適法である。
第3 当裁判所の判断
1 民事執行規則133条2項の求める差押債権の特定とは,債権差押命令の送達を受けた第三債務者において,直ちにとはいえないまでも,差押えの効力が差押命令送達の時点で生ずることにそぐわない事態とならない程度に速やかに,かつ,確実に,差し押さえられた債権を識別することができるものでなければならないと解するのが相当であり,この要請を満たさない債権差押命令の申立ては,差押債権の特定を欠き不適法というべきである。債権差押命令の送達を受けた第三債務者において一定の時間と手順を経ることによって差し押さえられた債権を識別することが物理的に可能であるとしても,その識別を上記の程度に速やかに確実に行い得ないような方式により差押債権を表示した債権差押命令が発せられると,差押命令の第三債務者に対する送達後その識別作業が完了するまでの間,差押えの効力が生じた債権の範囲を的確に把握することができないこととなり,第三債務者はもとより,競合する差押債権者等の利害関係人の地位が不安定なものとなりかねないから,そのような方式による差押債権の表示を許容することはできないというべきである(最高裁平成23年9月20日第三小法廷決定・・・)。
2(1) 本件申立てによる差押えを認めた場合,大規模な金融機関である第三債務者は,全ての店舗の中から預金額最大店舗を抽出する作業が必要となるが,その際,第三債務者において,全ての店舗の全ての預金口座について,まず該当顧客の有無を検索した上,該当顧客を有する店舗における差押命令送達時点での口座ごとの預金残高及びその合計額等を調査して,当該店舗が最大店舗に該当するかを判定する作業が完了しない限り,差押えの効力が生ずる預金債権の範囲が判明しないことになる。したがって,本件申立てにおける差押債権の表示は,送達を受けた第三債務者において前記1の程度に速やかに確実に差し押さえられた債権を識別することができるものであるということはできない。
(2)ア なるほど,預金額最大店舗指定方式は,債権差押命令の送達を受けた第三債務者において一定の時間と手順を経ることによって差し押さえられた債権を識別することが物理的に可能とはいい得るが,店舗ごとに債権管理等を行っている金融機関においては,抗告人(債権者)の主張を前提としても,支店名個別特定方式とは異なり,本店が行う作業(前記第2の1(1),(2)ア),及び本店が行った作業を前提とする支店が行う作業(前記第2の1(2)イ)により預金額最大店舗を判定する必要がある。そして,本店においてオンラインシステムにより上記作業を行うことが可能であるとしても,他の業務も行っている中で直ちにその作業を開始し終了させることができるとは必ずしもいえず,また,支店における作業の結果,本店から連絡があった預金が債務者の預金でなかったことが明らかになった場合等には,更に,本店及び次に預金額最大店舗と目される支店が同様の作業を行う必要がある。そして,これらの作業には相当な時間を要するものと認められる一方,各口座の預金額は,時間の経過により刻々と変化する可能性がある。
以上の諸点に,預金債権差押えの債務者となる者の中には,全国的に多数の金融機関の店舗に口座を設けている者も少なくないと考えられることも併せ考慮すると,預金額最大店舗指定方式によっては,差押えの効力が上記送達の時点で生ずることにそぐわない事態とならない程度に速やかに,かつ,確実に,差し押さえられた債権を識別することができないといわざるを得ない。
イ また,民事執行規則133条2項の求める差押債権の特定がされているか否かは,差押債権目録の記載自体によって判断すべきであり,抗告人(債権者)が本件申立てに先立ち弁護士会照会により相手方(債務者)名義の預金口座の取扱い支店を照会したのに対し,第三債務者が回答を拒否したという第三債務者の対応から,預金額最大店舗指定方式が許容されるということにはならない。
3 したがって,預金額最大店舗指定方式による本件差押債権の表示は,差押債権が特定されていないから,本件申立ては,不適法であり却下すべきである。
第4 結論
よって,本件申立てを却下した原決定は相当であって,本件抗告は理由がないからこれを棄却することとし,主文のとおり決定する。