新銀座法律事務所 法律相談事例集データベース
No.1476、2013/11/23 00:00 https://www.shinginza.com/rikon/index.htm
【民事 不貞行為が原因で離婚した場合の,不貞相手に対する慰謝料請求権の存否及びその消滅時効の起算点 東京高判平成10年12月21日判タ1023号242頁】
【質問】
私と夫は,夫の不倫が原因で,平成6年ごろから別居状態にあります。平成21年には,夫が離婚訴訟を提起し,現在訴訟中です。
私は,夫と私を離婚に追い込んだ夫の不倫相手の女性に慰謝料を請求したいのですが,相手女性は,私が不倫の事実を知ってから,既に3年以上が過ぎているため,時効が成立していると主張しています。
事実経過は以下のとおりですが,私の請求は,認められるでしょうか。
私と夫は,昭和51年に結婚しました。しかし,昭和62年頃から,夫は,職場の女性と不倫関係になり,平成6年頃から相手女性との同棲を開始し,現在も同棲関係は継続中です。私は,夫との復縁を望んでいたため,相手の女性に慰謝料を請求することもせずにいたのですが,平成21年に,夫から離婚訴訟を提起されてしまい,現在では離婚もやむを得ない状況です。
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【回答】
1 不貞行為の事実自体を理由とする慰謝料の請求は,不貞関係の存在及びその相手方を知ったときから3年の消滅時効の適用があります(民法724条)。そのため,不貞行為自体を理由として,相手方女性に慰謝料を請求することは,本件における相手の女性との同棲は平成6年頃から始ったということですからすでに3年の時効期間は経過しており、時効により認められない可能性があります。
2 しかし,不貞関係の継続によって最終的に離婚をやむなくされたことに対する精神的苦痛を理由とする慰謝料の請求については,離婚時においてその損害が確定するため,離婚時から時効が進行します。
そのため,今からでも請求できる可能性が高いです。
3 上記法律構成ごとに,法的に主張すべき事実が異なるため,お近くの法律事務所への相談をお勧めします。2の構成の場合は,離婚の原因が不貞関係の継続にあることを明確にすることが必要です。
4 不貞行為に基づく慰謝料請求の時効について参考事例集、492番、630番、525番、436番 、1357番など参照。
5 最高裁判所平成31年2月19日判決があり、事例集1885番で御紹介しておりますので、そちらも御参照下さい。
【解説】
1 不貞行為の事実に対する慰謝料請求
(1)慰謝料請求の根拠
一方配偶者である夫と不貞行為を行った第三者女性に対しては,慰謝料を請求することができます。その根拠は,夫と第三者の女性が肉体関係をもつことによって,それが他方配偶者である妻の婚姻共同生活の平和の維持という法的に保護される権利利益を侵害する行為となる点にあります(最判昭和54年3月30日民集33巻2号303頁等参照)。
一方で,不貞行為が行われた時点で,既に婚姻共同生活が行われておらず,実質的に婚姻関係が破綻していると認められる場合には,既に法的に保護される権利利益は存在していないため,第三者の女性に婚姻関係破綻後の不貞行為に基づく法的な責任は発生せず,慰謝料を請求することができません(最判平成8年3月26日民集50巻4号993頁参照)。
(2)時効の起算点
そして,上記のように一方配偶者と第三者女性との不貞行為によって他方配偶者が受けた精神的苦痛に対する慰謝料請求をする場合,その請求権の消滅時効は,他方配偶者が不貞行為の事実を知った時から進行するとされています(最判平成6年1月20日判タ854号98頁)。この場合の損害は、不貞行為により妻の婚姻共同生活の平和の維持という法的に保護される権利利益が侵害されたこと、ですから不貞行為があれば即損害が発生し、更に損害賠償訴請求するためには加害者を知る必要がありますから不貞行為の事実を知りかつ、加害者(不貞行為の相手方)を知った時から消滅時効の期間が進行することになります。
不貞行為に対する慰謝料請求権の消滅時効は,損害及び加害者を知った時から3年となりますので(民法724条),訴訟提起より3年以上前の不貞行為に対する慰謝料の請求は,時効により認められない可能性が高いことになります。
一方,3年以内の不貞行為に対する慰謝料の請求については,時効にはなりません。しかし,本件の様に,既に夫婦が別居してから十数年が経過しているような場合には,少なくとも訴訟提起の3年以内においては,実質的な婚姻関係が破綻していると認められる可能性が高いと思われます。そのため,3年以内の部分についても慰謝料の請求は困難と考えられます(参考事例集No.630)。
2 不貞行為が原因で,離婚するに至った場合の慰謝料
(1)請求の理由と消滅時効の起算点
しかし,仮に今後相談者様と夫との間で離婚が成立した場合には,時効期間が経過しておらず,不貞行為の相手方女性にも慰謝料の請求ができる可能性があります。
すなわち,不貞行為により直接婚姻関係を侵害されたことではなく,一方配偶者(夫)の不貞行為が原因で,結果として離婚することをやむなくされるに至り,その離婚という結果により生じた精神的苦痛を理由とする慰謝料を請求することが考えられます。
この,不貞行為が継続した結果離婚せざるを得なくなったことによる精神的な損害は,離婚の時点によってその損害の内容が初めて確定するため,その消滅時効は,離婚の時点から進行すると考えられます。
そもそも,不法行為に基づく損害賠償請求の短期消滅時効が,損害及び加害者を知ったときから3年と規定されているのは,損害及び加害者を知っていれば,すぐに請求が可能となるためです。
一方配偶者と第三者との不貞行為が発覚していたとしても,未だ離婚という大きな精神的損害を与える結果が発生していない場合には,その損害に対する損害賠償請求は考えられません。上記法律の趣旨からすれば,実際に,不貞行為を理由とする離婚が成立して初めて,損害賠償請求が可能となるのだから,その消滅時効も,離婚が成立したときから進行し始めるのが法の趣旨にも合致します。
(2)裁判例の検討
裁判例においても,不貞関係を知ったのち3年以上が経過した後で,判決により離婚が成立した後に第三者に慰謝料を請求した事例において,「第三者の不法行為により離婚をやむなくされ精神的苦痛を被ったことを理由として損害の賠償を求める場合,右損害は離婚が成立して初めて評価されるものであるから,第三者との肉体関係ないし同棲の継続等を理由として離婚を命ずる判決が確定するなど,離婚が成立したときに初めて,離婚に至らせた第三者の行為が不法行為であることを知り,かつ,損害の発生を確実に知ったこととなるものと解するのが相当である(東京高判平成10年12月21日判タ1023号242頁)」として,上記構成による慰謝料の請求を認めています。
(3)損害の範囲について
また,慰謝料請求の損害額の算定に当たっては,離婚に対する精神的苦痛が損害の根拠となりますので,離婚によって,いかなる精神的苦痛が生じるかを,不貞関係による直接的な精神的苦痛以外にも広く主張することができると考えられます。さらに,婚姻関係破綻後の事情であっても,それが離婚の精神的苦痛の根拠となる事情であれば,慰謝料金額算定の根拠とすることができると考えられます。
上記平成10年の高裁判例では,婚姻関係破綻後,離婚訴訟が夫から提起されたことによる精神的負担から,夫婦の息子がノイローゼ状態になり,母による要介護状態となったことなども,慰謝料算定にあたって考慮されています。
3 本件における検討
上述のとおり,本件においても,今後相談者様と夫の間で離婚が成立した場合,不貞行為の相手方女性に対して慰謝料を請求できる可能性があります。
ただし,上記構成により慰謝料を請求するためには,第三者との不貞行為ないしその不貞関係の継続を理由とする離婚が成立していることが必要です。そのため,この構成により慰謝料を請求するためには,単に一方配偶者と第三者との間に不貞行為があっただけではなく,それが原因で離婚が成立するに至ったこと,そしてその離婚により精神的苦痛が発生していることを主張立証する必要があります。
本件では,現在離婚裁判が継続中であるとのことですが,もし離婚を命じる判決が出される可能性が高いようでしたら,離婚の主な原因が夫と第三者女性の不貞関係の継続にあることが判決の中でも示されるよう,離婚訴訟の中でも不貞関係の存在,その他に離婚事由がないことなどを十分に主張しておく必要があります。
これらの主張立証に成功すれば,今からでも,第三者女性に慰謝料を請求することが可能です。
4 まとめ
本件の様な事例では,まず法的な主張の根拠の法律的な論理構成によって,請求が認められるかが大きくことなる結果となる可能性があります。
そのためには,事実関係を正確に法的構成にあてはめて主張することが非常に重要となるため,早い段階から弁護士へ相談することをお勧めします。
《参照条文》
民法 第724条 (不法行為による損害賠償請求権の期間の制限)
不法行為による損害賠償の請求権は,被害者又はその法定代理人が損害及び加害者を知った時から三年間行使しないときは,時効によって消滅する。不法行為の時から二十年を経過したときも,同様とする。
《参考判例》
(最判平成6年1月20日判タ854号98頁)
1 夫婦の一方の配偶者が他方の配偶者と第三者との同せいにより第三者に対して取得する慰謝料請求権については,一方の配偶者が右の同せい関係を知った時から,それまでの間の慰謝料請求権の消滅時効が進行すると解するのが相当である。けだし,右の場合に一方の配偶者が被る精神的苦痛は,同せい関係が解消されるまでの間,これを不可分一体のものとして把握しなければならないものではなく,一方の配偶者は,同せい関係を知った時点で,第三者に慰謝料の支払を求めることを妨げられるものではないからである。
(東京高判平成10年12月21日判タ1023号242頁)
3 もっとも,控訴人と太郎との婚姻関係は,昭和五四年五月に完全に別居した時点をもって,既に修復が不可能な程度にまで破綻したものと認められないわけではなく,したがって,被控訴人と太郎とのその後の同棲関係の継続は,もはや,控訴人に夫婦としての実体を有する婚姻共同生活の維持という権利又は法的保護に値する利益は存しないともみられるから,不法行為としての違法性を帯びるものではないとも考えられる。
しかし,控訴人の本件慰謝料請求は,単に被控訴人と太郎との肉体関係ないし同棲の違法を理由とするものではなく,被控訴人と太郎との肉体関係ないし同棲の継続によって,最終的に太郎との離婚をやむなくされるに至ったことにより被った慰謝料の支払をも求めるものであるところ,前示の事実関係によれば,被控訴人と太郎との肉体関係ないし同棲の継続により右離婚をやむなくされ,最終的に離婚判決が確定したのであるから,離婚に至らしめた被控訴人の右行為が控訴人に対する不法行為となるものと解すべきである。
なお,最高裁平成八年三月二六日第三小法廷判決(民集五〇巻四号九九三頁)は,「甲の配偶者乙と第三者丙が肉体関係を持った場合において,甲と乙との婚姻関係がその当時既に破綻していたときは,特段の事情のない限り,丙は,甲に対して不法行為責任を負わないものと解するのが相当である。」旨を判示するが,右判決は,事案を異にし,本件に適切でない。
4 さらに,被控訴人は,控訴人と太郎との婚姻関係が破綻する以前に被控訴人と太郎との間で若干の期間の同棲関係があったとしても,控訴人の被控訴人に対するその間の不法行為に基づく損害賠償請求権は,消滅時効の完成によって消滅した旨を主張する。
確かに,夫婦の一方の配偶者が他方の配偶者と第三者との同棲により第三者に対して取得する慰謝料請求権については,一方の配偶者が右の同棲関係を知った時から,それまでの間の慰謝料請求権の消滅時効が進行すると解するのが相当であり(最高裁平成六年一月二〇日第一小法廷判決),本件においても,控訴人は,太郎が昭和四七年に被控訴人と同棲した事実をその後数年のうちには知ったものと推認される。
しかし,控訴人の本件慰謝料請求は,単に被控訴人と太郎との肉体関係ないし同棲によって精神的苦痛を被ったことを理由とするのみならず,右肉体関係ないし同棲の継続により最終的に太郎との離婚をやむなくされるに至ったことをも被控訴人の不法行為として主張していることは前示のとおりであるところ,このように第三者の不法行為により離婚をやむなくされ精神的苦痛を被ったことを理由として損害の賠償を求める場合,右損害は離婚が成立して初めて評価されるものであるから,第三者との肉体関係ないし同棲の継続等を理由として離婚を命ずる判決が確定するなど,離婚が成立したときに初めて,離婚に至らせた第三者の行為が不法行為であることを知り,かつ,損害の発生を確実に知ったこととなるものと解するのが相当である(最高裁昭和四六年七月二三日第二小法廷判決・民集二五巻五号八〇五頁参照)。
そうとすれば,被控訴人と太郎との肉体関係ないし同棲の継続により,控訴人が太郎との離婚をやむなくされ精神的苦痛を被ったことを理由とする慰謝料請求権は,控訴人と太郎との離婚の判決が確定した平成一〇年三月二六日から,初めて消滅時効が進行するものというべきである。
《参考文献》
檜山麻子・判例タイムズ1065号44頁(平成12年度主要民事判例解説)