新銀座法律事務所 法律相談事例集データベース
No.1480、2013/12/17 00:00 https://www.shinginza.com/qa-jiko.htm

【民事 交通事故による契約社員地位喪失とその後の休業損害は相当因果関係の範囲内か、広島地方裁判所平成3年3月14日判決】

質問:
 私は,先日,横断歩道を歩行中に車にはねられ全治3ヶ月の傷害を負いました。
 私は,現在勤務している会社に契約社員として1年契約で勤めているのですが,事故に遭ったのがちょうど更新時期であったこともあり,会社からは来年の契約は更新しないと告げられました。
 加害者の保険会社担当者からは,私の在職期間中は休業補償が支払われるものの,失職して以降は休業とはいえないので休業補償の支払いはできないといわれています。
 現在治療中で,まだしばらく働くことはできない状態ですので,このままだと生活することはできません。
 突然契約更新を打ち切った会社にも不満はありますし,保険会社の担当者の言い分にも納得できません。何とかならないでしょうか。



回答:
1. もうすこし詳しく事情をうかがう必要はありますが,ご相談の件では,勤務先会社に対しては雇用維持を,保険会社に対しては来年以降の休業損害の請求を求められる可能性があります。
2. 本稿では保険会社に対する休業損害の請求について解説します。勤務先会社への雇用維持については,他で解説しますので,そちらをご覧ください。
3. 交通事故の関連事例集1458番1377番1207番1199番1184番1050番991番927番902番832番831番776番761番729番701番645番566番522番493番422番238番225番167番130番80番をご参照ください。

解説:

(交通事故による損害賠償請求についての考え方。)
自由主義,個人主義を基本とする私的自治の原則から言えば,過失責任主義は本来社会生活上自由であるべき人間が例外的に責任を負うのは自ら責任が有る場合であり,自由な行動を規制することから規制する側,即ち交通事故により損害を受けたものが,不法行為(民法709条)の要件,過失、損害の内容、因果関係 を確定し立証することになります。これは請求により経済的利益を受けるものが立証責任を負うという挙証責任の原則からも導かれます。しかし,私的自治の原則の理念は,公正,公平な社会秩序を建設し,個人の尊厳を確保する為の制度的手段であり,それ自体目的ではありませんから結果的に不平等状態が発生すれば制度に内在する公正,公平,信義誠実の原則(民法1条)により直ちに是正されることになります。元々交通事故の根本原因は,産業革命後の経済発展にともない生まれた走る凶器とも言える車両の存在にあり公正,公平の見地から言えばそのような危険物を利用し利益を得るものがその危険性から生ずる結果について責任を負うべきであり,危険責任,報償責任、公平公正、信義則(民法1条)の原則より事実上挙証責任を転換し,加害者側に反証がない限り,過失の認定,損害の立証確定、因果関係について被害者側の損害填補,被害回復を最優先にしなければなりません。損害の発生は身体的被害を含む場合,被害回復には長期間を有し損害の填補回復(逸失利益等)が立証確定できないような事態が生じますが危険責任,報償責任,公平,公正、信義則の原則から被害者側の一般的蓋然性の立証により反証がない限り損害、因果関係は認定されるべきものと考えます。
以上の点を踏まえ具体的立法もなされています。人身事故について昭和30年自動車損害賠償補償法が制定施行されました。その内容は基本的に3つあります。@事実上の立証責任の転換(自賠法3条)。加害者が自分に過失がない等法定の3要件を立証しないと過失が認められます。ないことの証明であり事実上立証できませんので挙証責任の転換になります。従って、裁判上加害者側(保険会社)は「過失」という問題を被害者側の過失がどれだけかという過失相殺という争点に移していきます。
A責任主体の拡大(自賠法2条3条。)運行供用者に対する責任を認めました。実際に運転してなくても車両の所有者、占有者も運行供用者であれば責任があります。運行供用者は危険、報償責任から認められる概念ですから「自己のために」という条件が付きます。例えば他人(会社)のために運転する会社の従業員は運行供用者ではありません。会社が運行供用者です。
B保険の強制加入(同法5条、86条の3。)保険に入らないと車に乗れませんし違反すると刑事処罰されます。
Cその他ひき逃げ、盗難車、無保険車両による損害救済事業の国による設立があり自賠責の保障が可能です。(同法72条)。
以上の趣旨を前提として相当な因果関係、損害の内容も解釈する必要があります。


1 不法行為に基づく損害賠償請求について
  あなたが,交通事故により被った損害について,加害者に対して損害賠償請求する場合の法律構成としては,不法行為に基づく損害賠償請求(民法709条)が考えられます。
  民法709条とは,次のような規定です。
 「故意又は過失によって他人の権利又は法律上保護される利益を侵害した者は、これによって生じた損害を賠償する責任を負う。」
  この条文を本件にあてはめると,加害者が,故意,過失により,あなたに傷害を負わせた場合,「これによって生じた損害」すなわち交通事故と相当因果関係のある損害について,加害者は,あなたに対して,損害賠償責任を負うことになります。
  したがって,保険会社の担当者の「失職して以降は休業とはいえない」との主張は誤りで,失職と事故との因果関係(事故による負傷が原因で契約が更新されなかったこと)が認められる限り,失職後も休業損害は認められることになります。

2 失職後の休業損害が認められる範囲
  先ほど述べたとおり,事故と失職との間に相当因果関係が認められる限り,失職後,治療により就労できない期間について休業損害は認められることになります。
  休業損害がいかなる期間,いかなる割合で認められるかについては,当該事案ごとに異なりますが,期間は最長でも症状固定日(症状固定後については,後遺症逸失利益として斟酌されます。)まで,割合は受傷の程度を勘案して決定されることが一般的といえます。
  以下,参考のために交通事故と失職との間の因果関係を認め,失職後の休業損害の賠償を命じた裁判例を紹介します。

<名古屋地方裁判所平成15年7月28日判決>
 「原告は、本件事故当時、丸二衛生の従業員として勤務していたものであり、平成元年には、金五二三万五八六〇円の給与の支払いを受けていた。
 原告は、本件事故の二日後に復職したが、平成二年四月九日から同年八月二四日までの一三八日間及び平成三年六月一〇日から同年一〇月三一日までの一四四日間は入院しており、この期間は全く収入を得ていなかったと認められる。そして原告は、同年一〇月三一日解雇され、この解雇は、前記認定事実に照らし、本件事故と相当因果関係が認められるが、解雇に至るまでの期間は、復職して一定の収入を得ていること、初めの入院期間から次の入院期間までの間は、歩行の安定していた時期もあったこと、休職の時期は平成三年五月二四日からであることが認められ、通院の頻度等を考慮すると、事故日から解雇に至るまでの五七五日間のうち、入院期間(計二八二日間)を除いた二九三日間については、控え目に見ても、上記基礎収入を基に算出した得べかりし収入の六割の休業損害を被ったと認められる。
 他方、解雇された平成三年一〇月三一日から症状固定日である平成六年一〇月七日までの間(一〇七三日間)は、退職後に受けた信州大学医学部附属病院での手術の結果、症状にかなりの改善が見られたことが認められ、また、症状固定後であっても、本件鑑定嘱託の結果には、知的労働ならば可能であるとの記載もある。たしかに、症状固定前は未だ闘病中であり、再就職には相当の努力を必要とするが、症状固定の診断がなされたとはいえ、原告の症状はなお改善の余地があることからすれば(原告はそうした意味で「後遺障害」ではなく「後遺症状」という言葉を用いている。)、本件については、症状固定の前後で損害の程度に一線を画する必然性はそれほどないといえる。以上を総合すれば、上記基礎収入の二割程度の収入は再就職により得られた可能性があることから、これを控除することとする。したがって、上記基礎収入の八割を休業損害と認める。
 以上によれば、下記計算式のとおり、金一八八八万〇六五四円の休業損害が認められる。
計算式 五、二三五、八六〇÷三六五×(二八二+二九三×〇・六+一、〇七三×〇・八)=一八、八八〇、六五四・六〇八二」
上記裁判例は,平成2年4月5日に事故が発生し,平成6年10月7日に症状固定と認定された事案です。
休業損害の認定にあたっては,解雇の前後で計算方法を分けています。
解雇前については,現実に無収入であった入院期間については基礎収入の10割,一定の収入があった通院期間については6割の休業損害を認めています。解雇後については,症状固定まで8割の休業損害を認めています(なお,同事案では,上記判旨に先立って,後遺障害により8割の労働能力喪失が認められています。)。

<広島地方裁判所平成3年3月14日判決>
 「証拠(乙一五の2ないし4、原告)によれば、原告は、本件事故当時松田病院に看護婦として勤務し、一か月当たり一八万七一八一円(五六万一五四五÷三)の収入を得ていたこと、入通院治療のため昭和六三年五月一日以降欠勤し、平成元年四月二六日付で長期休職による休職期間満了により解雇されたこと、以後無職の状態であることが認められるところ、前記認定にかかる原告の症状及び治療経過等を考えると、原告は、本件事故により、昭和六三年五月一日から同年一〇月三一日までの六か月間については一〇〇パーセント、同年一一月一日から平成二年二月二八日までの一年四か月間については平均して五〇パーセントの休業を余儀なくされたものと認めるのが相当であるから、右休業による原告の給与分の損害は、次の計算のとおり、二六二万〇五三四円となる。
187,181×6=1,123,086
187,181×16×0.5=1,497,448
1,123,086+1,497,448=2,620,534」
 上記裁判例は,昭和63年4月2日に事故が発生し,平成2年12月31日に治癒と認定された事案です。
 同事案では,受傷日から6ヶ月間については,基礎収入の10割の休業損害を認める一方,それ以降治癒までについては,5割の休業損害を認めています。
 
 上記2つの裁判例は,いずれも解雇後の休業損害について,基礎収入との関係で割合的な認定をしています。かかる割合的な認定については,治療中の症状が労働能力に及ぼす影響を個別に判断した結果と解されます。
これらの裁判例からは,失職したからといって休業損害が認められないわけではない一方で,事故が原因での失職であっても100パーセントの休業損害が認められるわけではないことがわかります。交通事故の被害者救済の特殊性から妥当な解釈と思われます。

3 事故と失職の相当因果関係が認められない場合
  事故と失職との相当因果関係が認められない場合,失職による休業損害は認められないことになります。
  もっとも,事故と失職との相当因果関係が認められなくとも,事故が失職の一因となる場合もあり,かかる場合についても,事故の被害者には損害が発生しているといえます。
  東京地方裁判所昭和44年6月25日判決は,かかる場合について,失職に至った点は慰謝料算定の事情として斟酌する余地があると判示しました。
 「本件事故にあつたことが後日前会社を退職するに至つた一つの原因となつたことはうかがわれるけれども退職の直接の原因を原告の本件事故による受傷にのみ求めることは困難であり、むしろ、原告は、自己の都合により前会社の了解のもとに依願退職したものと認めるのが相当である。 
 原告は、(1)前会社の退職後、現会社に就職するまでの間における得べかりし給与所得の喪失による損害、(2)現会社に就職後の給与が前会社に勤務を続けていたと仮定した場合における前年度の給与にほぼ等しいから、この一年間遅れたことによる給与損害、(3)前会社に勤務を続けたと仮定した場合の退職金から現会社より支給されるであろうそれとの差額による損害をそれぞれ主張するが、原告の退職が必ずしも本件事故による受傷の後遺症状のみに基づくとは認められないこと前記のとおりである以上、仮に、原告主張のような得べかりし収入の喪失があるとしてもこれを本件事故による受傷と相当因果関係に立つ損害であると断ずることはできない。
 ただ、先に判示したように、原告の前会社退職につき本件事故による受傷が、直接とは言えぬにせよ、何ほどかの原因を与えたことも否定することはできぬのであるから、いわゆる逸失利益損害としては相当因果関係を肯定しえないとしても、慰藉料算定の事情としてはこれを斟酌する余地あるとせねばならない。」
  同裁判例は,被害者が自己都合退職をしているので,ご相談の件とは事案が異なります。しかし,失職と事故の相当因果関係が否定された場合でも,慰謝料として斟酌されるとの判断は,ご相談の件においても参考になります。

4 ご相談の件について
  保険会社に失職後の休業損害を請求するためには,失職と事故との間に相当因果関係があることを保険会社に認めてもらう必要があります。
  失職と事故との間に相当因果関係があることを保険会社に認めてもらうための資料としては,あなたの勤務先に,ご相談の交通事故による受傷が原因で契約を更新しなかった旨の書面を発行してもらうことが考えられます。
  上記のような書面を提示しても,保険会社が休業損害の支払いを拒む場合には,訴訟において休業損害を請求することになります。交通事故における損害賠償につきましては,治療が終了した時点で損害が確定することになりますので,訴訟提起の時期につきましても,通常は損害が確定してからになりますが,当面の生活費にも困る場合には,損害の一部について請求を求める訴訟や休業損害の仮払いを求める仮処分も可能です。お困りの際には弁護士にご相談ください。
 
<参照条文>
民法
709条(不法行為による損害賠償)
故意又は過失によって他人の権利又は法律上保護される利益を侵害した者は、これによって生じた損害を賠償する責任を負う。


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