医師の交通事故と行政処分
行政|自動車運転過失傷害罪|医道審議会|最高裁判所昭和63年7月1日判決
目次
質問:
東京在住の医師です。1年半ほど前、自動車を運転して駐車場から車道に出ようとした際、歩道を右側から進行してくる自転車に気付かず、自転車と衝突する事故を起こしてしまいました。私の自動車の速度は時速5キロ程度でしたが、自転車がかなりスピードが出ていたようで、自転車は転倒し、運転していた被害者は加療約200日を要する大腿骨骨折等の重傷を負ってしまい、被害者はかなりの長期間、入院していたようです。結局私は起訴され、刑事裁判で禁錮1年、執行猶予3年の判決が確定しました。この度、県の保健福祉局から、医業の停止等を内容とする行政処分の対象になるという通知が送られてきました。私のような交通事故のケースの場合、行政処分の相場はどの程度のものなのでしょうか。行政処分を回避することは難しいでしょうか。
回答:
1.あなたは自動車運転過失傷害罪により有罪判決を受けているものと考えられます。同罪の事案における刑事処分決定に際しては、①被害者の傷害の程度、②被害弁償の有無、③被害者の処罰感情が重要な要素となってきますが、あなたの場合、被害者の傷害の程度が重い点等(示談ができていない)が不利益に考慮され、公判請求され、罰金に止まらない執行猶予付きの禁錮刑に処されているものと考えられます。
2.医道審議会医道分科会のガイドラインによれば、自動車等による業務上過失致死(傷害)等については、医師、歯科医師に限らず不慮に犯し得る行為であり、また、医師、歯科医師としての業務と直接の関連性はなく、その品位を損する程度も低いことから、基本的には戒告等の取扱とすることとされており、実際の処分例を見ても、あなたの場合、処分相場に照らしても、弁明の聴取の際適切な弁護活動を十分行えば戒告又は短期の医業停止相当の事案と考えられます。詳細は解説を参照して下さい。
3.もっとも、行政処分の決定にあたっては、上記ガイドライン記載の事由の他、「当該刑事罰の対象となった行為の種類、性質、違法性の程度、動機、目的、影響のほか、当該医師の性格、処分歴、反省の程度等、諸般の事情を考慮」して判断されるため(最高裁判所昭和63年7月1日判決)、被害者との示談や刑事記録に含まれる有利な事情の抽出作業(あなたのケースでは被害者の過失を主張できる可能性があります。)、同僚医師等の嘆願書の取得、反省文の作成等必要な活動を十分に行えば、行政処分を回避できる可能性もまだ残されていると考えることもできます。行政処分が行われなかった(行政指導扱いの厳重注意となった。不処分を意味します。)ケースは非公表とされていますが、実際には類似事案で行政指導にとどまっている例もあるものと思われます(推定です)。というのは、戒告以上の処分がなされた場合、新聞等に公表されその内容等もある程度確認できますが、行政指導の場合不処分の報道がなされずその実数、内容を把握することができないからです。
4.ただし、示談にあたっては、医道審議会に対応した内容の示談書を作成する必要がありますし、弁明聴取に向けた準備も医道審議会で処分を軽減するためのポイントを押さえた指導なくしてはなかなか奏功しないことが多いのも事実です。医道審議会の手続きの経験のある弁護士に相談するなどして、万全の体勢で弁明聴取手続に臨まれることをお勧めいたします。
5.医道審議会に関する関連事例集参照。
解説:
1.(自動車運転過失傷害罪と量刑判断の考慮要素)
あなたは自動車運転過失傷害罪により有罪判決を受けているものと考えられます。自動車運転過失傷害罪とは、自動車の運転上必要な注意を怠り、よって人を傷害した場合に成立する犯罪であり、平成19年の刑法改正により過失犯の特別類型として新設された犯罪です(刑法211条2項)。
あなたの場合、歩道を進行する自転車等の有無及びその安全を確認して進行すべき自動車運転上の注意義務を怠り、歩道を進行する自転車等の有無及び安全確認をしないまま発進、進行した点に過失が認められ、自動車運転過失傷害罪で起訴されたものと考えられます。
自動車運転過失傷害罪の法定刑は7年以下の懲役若しくは禁錮又は100万円以下の罰金とされており、かなり幅がありますが、同罪の事案における刑事処分決定の際の考慮要素としては、①被害者の傷害の程度、②被害弁償の有無、③被害者の処罰感情が極めて重要となってきます(従って、示談は不可欠です。)。①被害者の傷害の程度が軽微であったり、傷害結果が軽微とはいえなくても②被害弁償が十分に行われており、③被害者が加害者の刑事処罰を求めていないような場合、検察官の起訴裁量により不起訴処分となり、刑事処罰がなされずに済むことがありますが(刑事訴訟法248条)、①被害者の傷害結果が重い場合、例えば、入院期間が3か月を超えるような場合、起訴回避は厳しくなってくるようです。
あなたの場合、被害者の怪我の程度が加療約200日を要する大腿骨骨折等の重傷ということですので、この点が起訴、不起訴の決定にあたって不利に考慮され、公判請求され、罰金に止まらない執行猶予付きの禁錮刑に処されているものと考えられます。ここで刑事事件の観点から一言付言しておきます。刑事記録を見ていませんのであくまで推測ですが、あなたの場合起訴までに示談が成立しなかったものと思われます。示談が成立し宥恕の意思表示がなされていたのであれば罰金の可能性が十分にあったように思われます。治療期間が200日ですから、事故後検察官に200日も起訴を待ってもらうのは事実上困難と思われるでしょうが、検察官に医道審議会の実情を説明し社会的制裁が大きいので特別に起訴を延期してもらうこともできますので最初から諦めてはいけません。それに、任意保険の保険会社はいざ事故になると貴方のことより会社の経済的利益を優先し示談を低額で収めようとして示談を迅速に進めない場合が意外と多いのです。この場合の方法対策ですが、複数のやり方があります。①保険会社の出し渋っている差額を思い切ってあなたが補充する方法。しかし、賠償額無制限の保険であるのになぜあなたが負担しなければならないのか納得がいかないかも知れません。しかしこの方法は、刑事事件を有利にするために実務上よく使われる手法であることは事実です。安易に補充を提案すると保険会社はなお出し渋りますので、油断できません。安全確実にするには交渉のため代理人が必要となるでしょう。医道審議会の処分の予想ができないとこの交渉はできませんから専門家が必要です。尚、保険会社に対し医道審議会のことは安易に漏らすこともできません。足元を見られなお補充額の追加を求める可能性があるからです。結構この交渉はむずかしいと思います。被害者の年齢にもよりますが、過失相殺がなければ後遺障害が加わると優に1000万円を超えるはずです。起訴前の刑事弁護は、保険会社の交渉、医道審議会、交通事故、刑事事件の分析、被害者の示談交渉、検察官との交渉、すべてに精通している弁護士であれば理想的でしょう。②次の方法は、保険会社の方とは別に、被害者と一定額で示談して示談を刑事事件的には終了してしまうことです。保険会社がぐずぐずしている間に、起訴される危険性がある場合に行います。しかし、その額をどれほどにするかは前述の追加補充金との関係から決めますし、保険会社の支払と自らの示談をどのような関係にするか、保険会社との関係、被害者への説明、検察官への説明等高度な利益考量が求められますので専門家との慎重な協議対策が必要です。結果論からいうと、検察官にこのような示談で罰金の選択を納得させることができるかということになります。検察官との綿密な事前交渉も不可欠でしょう。
2.(行政処分の判断枠組み)
あなたは自動車運転過失傷害罪により懲役1年、執行猶予3年の判決が確定していますので、医師法7条2項各号、4条3号の規定により、厚生労働大臣による行政処分(戒告、3年以内の歯科医業の停止、免許の取消しのいずれか)の対象となります。あなたの場合、以下で説明する通り、医師免許の取消しではなく、戒告又は短期の医業停止処分が予想されるため、医道審議会での手続きは「意見の聴取」ではなく、「弁明の聴取」となります(医師法7条13項、4項、2項)。
この点、厚生労働大臣による行政処分の決定にあたっての考慮要素については、医道審議会医道分科会より平成14年12月13日付で「医師及び歯科医師に対する行政処分の考え方について」(平成24年3月4日改正)と題するガイドラインが定められています。これによると、「処分内容の決定にあたっては、司法における刑事処分の量刑や刑の執行が猶予されたか否かといった判決内容を参考にすることを基本とし、その上で、医師、歯科医師に求められる倫理に反する行為と判断される場合は、これを考慮して厳しく判断する」ことを基本的な考え方とする旨明記されています。そして、同ガイドラインの中では、特に自動車運転過失傷害等のケースについて、「自動車等による業務上過失致死(傷害)等については、医師、歯科医師に限らず不慮に犯し得る行為であり、また、医師、歯科医師としての業務と直接の関連性はなく、その品位を損する程度も低いことから、基本的には戒告等の取扱とする」が、「救護義務を怠ったひき逃げ等の悪質な事案については、行政処分の対象とし、行政処分の程度は、基本的には司法処分の量刑などを参考に決定するが、人の命や身体の安全を守るべき立場にある医師、歯科医師としての倫理が欠けていると判断される場合には、重めの処分とする。」ものとされています。
すなわち、自動車運転過失傷害は医師に対する国民の信頼や職業倫理との関連性が薄い事案であることから戒告等の軽微な処分を基本としつつ、ひき逃げ、示談不成立、傷害の程度等医師としての倫理違反の有無といった事情や刑事裁判での量刑(罰金か懲役、禁固か)その他の事情を総合考慮して行政処分を決定するという判断枠組みになっています。
3.(自動車運転過失傷害のケースにおける処分相場)
では、自動車運転過失傷害(同罪新設前は業務上過失傷害)のケースにおける実際の行政処分はどの程度のものなのでしょうか。以下に貴方にとって有利な処分と思われる処分例を例示します。
なお、以下の処分例は全て公表された内容に基づいていますが、行政処分が行われなかった(行政指導扱いの厳重注意となった)ケースは非公表とされているため、実際には類似事案で行政指導にとどまっている例もあるものと考えられます。注意すべき点があります。このような処分がなされる前にどのような弁明意見を厚生省に対してなされたのか不明であるという点です。刑事事件、民事事件と異なり処分の理由は把握することができないからです。行政処分については、合理的載量権(行政府の裁量権は最終的に国民主権にその根拠が求められます。)が行政府に与えられているのでその理由は発表されていません。国家試験で合否判定の理由を公開しないのと同じです。たとえば司法試験合否の理由は公表されないわけです。
(1)平成19年9月27日の医道審議会の処分例罪名:業務上過失傷害、道路交通法違反(報告義務違反)
事案:普通乗用自動車で駐車場から右折する際、左方から進行してきた自動車に衝突し、被害者に加療約15日を要する頸部捻挫等の傷害を負わせた。また、その事故を警察署に報告しなかった。
量刑:罰金20万円
処分:戒告
(2)平成19年9月27日の医道審議会の処分例
罪名:業務上過失致死
事案:信号が赤色を表示していることを看過して普通乗用自動車を直進進行させ、横断歩行中の被害者に衝突し、同人を頭部打撲、急性硬膜下血腫により死亡させた。
量刑:禁錮3年、執行猶予4年
処分:戒告
(3)平成23年2月23日の医道審議会の処分例
罪名:自動車運転過失致死傷
事案:駐車場から路上に進出する際、ブレーキペダルと間違えてアクセルペダルを踏み込み、自転車を引いて歩行中の被害者Aの自転車に衝突し、同人を自転車もろとも路上に転倒させ、加療約2週間を要する頭部外傷、左胸腹部打撲、左腎部打撲の傷害を負わせるとともに、歩道を歩行中の被害者Bに自車前部を衝突させ、胸部および大腿部の圧迫等に起因する出血性ショックにより死亡させた。
量刑:禁錮3年、執行猶予3年
処分:戒告
(4)平成23年9月29日の医道審議会の処分例
罪名:道路交通法違反(速度違反)、自動車運転過失致死
事案:①法定の最高速度を時速56km超える時速116kmの速度で普通乗用自動車を運転した。
②睡眠不足から眠気を覚え、前方注視が困難な状態に陥ったにもかかわらず、直ちに運転を中止せず、漫然と運転を継続したところ、道路を進行中居眠り状態に陥り、自車を対面車線に進出させ、折から対向進行してきた被害者の運転する原動機自転車に衝突し、同人もろとも路上に転倒させ、同人に脳挫傷および頭蓋底骨折の傷害を負わせ、この傷害により同人を死亡させた。
量刑:罰金8万円(速度違反)、懲役2年6月、執行猶予4年(自動車運転過失致死)
処分:戒告
(5)平成24年3月5日の医道審議会の処分例
罪名:労働基準法違反(賃金不払)、自動車運転過失傷害(2件)
事案:①自己が代表取締役を務める会社の従業員7名に対し、正当な理由がないのに、平成15年7月21日から同16年3月20日までの賃金合計453万7800円を支払わなかった。
②普通乗用自動車で進行中、先行車両に気をとられ、前方左右を注視せず、横断歩道を発見することなく、同横断歩道を歩行する歩行者の有無及びその安全確認が不十分なまま、漫然と時速約20kmで進行したところ、横断中の被害者を直近前方に発見し、急制動の措置を取ったが間に合わず、同人に自動車前部を衝突させて、ボンネットにはね上げた後路上に転倒させ、入院加療約57日間を要する左恥坐骨骨折等の傷害を負わせた。
③赤信号に気付かず、普通乗用自動車で漫然時速20kmで進行したところ、横断歩道上を歩行していた被害者に自車を衝突させ、加療約2か月を要する傷害を負わせた。
量刑:罰金30万円(①事件)、罰金50万円(②事件)、禁錮10月、執行猶予4年(③事件)
処分:医業停止1月
駐車場から路上に進出する際の衝突事故という点であなたと類似のケースといえる処分例(1)及び処分例(3)はいずれも戒告の処分となっています。もっとも、処分例(1)は加療約15日を要する頸部捻挫等の傷害という比較的軽微な結果で、刑事処分も罰金20万円にとどまっているのに対し、処分例(3)は被害者が2名で、しかもうち1名は死亡という重大な結果となっており、刑事処分も禁錮3年、執行猶予3年という重い内容となっており、戒告とされるケースの幅が非常に広いことがわかります。処分例(2)や処分例(4)のように過失の程度が大きく、被害者の死亡という重大な結果が生じているケースでも戒告にとどまっていることからも、行政処分の決定にあたっては、刑事処分の決定の場面とは異なり、生じた結果はさほど重視はされず、あくまで医師に対する国民の信頼が損なわれる程度や職業倫理違反の有無・程度といった観点が重視されていると考えられます。処分例(5)のように、結果が加療約2か月程度の傷害にとどまっていても、処分対象事実が多数にわたるなど、特別な事情がある場合には医業停止となることがあるようです。尚、以上の事例はあなたにとって有利と思われるものをあげました。その他の事例にて数ヶ月以上の医業停止になった例もありますので、この事例のみで判断することは注意を要するところです。
行政処分の決定にあたっては、法の下の平等(憲法14条1項)や憲法13条より導かれる比例原則(達成されるべき目的とそのために取られる手段としての権利・利益の制約との間に合理的な比例関係を要求する原則)が妥当するため、本件でも厚生労働大臣が上記処分相場を外れる処分を行うことはできません。判例上、医師法7条2項の処分の選択は医師免許の免許権者である厚生労働大臣の合理的裁量に属するとされてはいますが、法の下の平等、比例原則に反する処分は裁量を逸脱・濫用した処分といえ、もはや適法な処分とはいえないためです。したがって、あなたの場合、医師としての職業倫理違反等の特別な事情がない限り、適正な弁護活動がなされれば戒告の処分が予想(全治200日、禁固刑選択ということですから特別な事情と判断される可能性も十分残されています。)されると考えられます。
もっとも、上記の枠組みが唯一絶対の基準というわけではありません。判例上、医師法7条2項の処分の選択については「当該刑事罰の対象となった行為の種類、性質、違法性の程度、動機、目的、影響のほか、当該医師の性格、処分歴、反省の程度等、諸般の事情を考慮し、同法七条二項の規定の趣旨に照らして判断すべき」とされているため(最高裁判所昭和63年7月1日判決)、以下に例示するような有利な事情を主張することができれば、戒告を回避し、不処分(行政指導)とすることができる可能性もあるといえます。
たとえ戒告でも、一度行政処分が科されてしまうと処分内容が実名入りで報道機関等に公開され、インターネット上に不名誉な記事が拡散される(かかる記事の削除も法的に不可能ではありませんが、相当な時間と労力を要することとなります。)など、その影響は重大であるため、行政処分の回避を確実なものとするためには、医道審議会の手続きの経験がある弁護士に依頼するなどして、なるべく早期から万全の体勢で対応する必要があるでしょう。
4.(医道審議会で主張すべき事項)
(1)被害者の宥恕(示談の成立)
刑事手続の段階から弁護人を選任するなどして、被害者との間で宥恕文言及び医師資格の制限を一切求めない旨の上申等の内容が含まれた示談書を交わしている場合、当該示談書は行政処分の決定にあたってもかなり有利な情状資料として斟酌されることになります。自動車運転過失傷害は被害者のいる犯罪ですが、当の被害者が行政処分を一切希望していない以上、かかる被害者の意思を無視して処分を決定することが明らかに合理性を欠くことは一般的な感覚に照らしても理解し易いと思います。
他方、刑事手続段階で被害者の宥恕や行政処分を求めない旨の上申等を得られていないのであれば、再度被害者との示談交渉を行う必要があります。交通事故の示談は保険会社に任せていては、行政処分を求めない旨の上申はおろか、宥恕文言すら入っていない示談書となってしまうことが殆どです(保険会社としては支払う金額に着目しますから、刑事事件、行政処分での法的効果を考慮しません)。保険会社としては、民事的な損害賠償額を確定し、賠償金を支払えばその役目は達成されたことになるかもしれませんが、刑事手続や医道審議会との関係では、不十分な内容の示談書と言わざるを得ません。また、刑事手続で弁護人を選任していたとしても、その弁護人が医道審議会の手続きを知らなかったり、十分理解していなかったりすると、医道審議会を見据えた示談書を作成することができないので、やはり内容不十分な示談書ができてしまうこともあります。
保険会社に示談を任せていたような場合、治療期間が長期にわたり、被害者に賠償すべき損害額が確定しないなどの事情のため、刑事手続中に示談が成立しないというケースもあり得ます。そのような場合、示談の成立という有利な事情(刑事事件では被害者の抽象的処罰請求権があるので重要です。)が量刑判断の基礎とされることなく判決が下されているため、判決後の事情として、示談交渉の成果を主張しなければなりません。刑事手続は判決が確定してしまえば、再審等の例外的な場合を除き、新証拠を提出して新たな判断を求めることはできませんが、医道審議会の弁明聴取手続は刑事手続とは全く別物の行政手続であるため、判決後の事情の主張や証拠の提出は制限されません。したがって、かかるケースでは保険会社とも慎重に協議しながら、医道審議会に対応した内容の示談を行う必要があります。
(2)被害者の過失
本件では、歩道を進行する自転車等の有無及びその安全を確認して進行すべき自動車運転上の注意義務を怠り、歩道を進行する自転車等の有無及び安全確認をしないまま発進、進行した点であなたに過失があり、かかる過失により被害者の傷害結果が発生しているといえます。もっとも、被害者の自転車もかなりスピードが出ていたということですので、被害者側の過失も相俟って傷害結果が生じたと言えそうです(道路交通法63条の4第2項前段、同2条20号参照)。
被害者側の過失と相俟って傷害結果が生じた場合、刑事手続では通常は加害者側の過失と相当因果関係の範囲内の結果の発生として犯罪の成否には影響せず、民事上は過失相殺により損害賠償額が減額されることがあります(民法722条2項)。医道審議会の弁明聴取手続は民事とも刑事とも異なる手続きですが、医師資格制限の合理性という観点からみても、被害者の負傷が全面的にあなたの責めに帰されるべき結果とされる言われはありませんから、この点も十分主張すべきです。
もっとも、被害者の過失を主張するためには、ただ口頭で主張するのみでは説得力に欠けるため、被害者の供述調書や実況見分調書など、刑事記録を確認した上での詳細な法的検討、分析が不可欠です。刑事事件が係属していた検察庁に対し、刑事確定記録の閲覧・謄写請求の手続きを行い(刑事確定訴訟記録法4条1項、記録事務規程(法務省訓令)16条1項)、あなたに有利な事情を最大限主張する必要があります。刑事事件の調書の一部を証拠として提出することも必要となるでしょう。
(3)医師としての性格や反省の態度等
最高裁判所昭和63年7月1日判決でも示されているとおり、行政処分の対象となる医師の性格や反省の程度は行政処分の決定の際の考慮要素となりますので、同じ職場の医師等に医道審議会宛ての処分の軽減を求める嘆願書の作成の協力を仰いだり、あなた自身も反省文を作成するなどの準備を行う必要があります。特に、刑事事件の結果を踏まえた現在の心境や医師としての今後の心構え、行動等を問う質問は弁明聴取の際、必ず聞かれることですので、反省文の内容とともに、専門家の指導を十分受けて臨むことをお勧めいたします。
5.(最後に)
あなたの場合、医道審議会に向けて何もしなければ、医業停止、又は戒告の処分が予想されるところですが、被害者との間で医道審議会に対応した内容の示談を成立させることができ、被害者の過失をはじめ、あなたに有利な事情を十分主張し、弁明聴取に向けた準備を十分行えば、戒告、場合によっては不処分(行政指導)を獲得できる可能性も残されています。
もっとも、代理人なしでは形式的な数分程度の質疑応答のみで、起訴状と判決だけを基礎に行政処分が決定されてしまいますので(代理人がいなければ20分程度で終了します。)、主張すべき事柄を漏れなく主張するためには弁護士に同席してもらい、意見陳述してもらうと良いでしょう。現実的には、被害者との示談や刑事記録の法的な検討を踏まえた意見書の作成等の場面で弁護士の協力が不可欠になってくるものと思われます。
医師人生を左右しうる重大な局面ですので、まずは専門家に相談されることをお勧めいたします。
以上