新銀座法律事務所 法律相談事例集データベース
No.1491、2014/03/30 00:00 https://www.shinginza.com/qa-hanzai-hosyaku.htm
【刑事 保釈のための示談行為の内容 最高裁平成22年7月2日決定、東京地裁平成22年6月22日決定】

一部否認事件における裁量保釈

質問:
 息子が強盗致傷の容疑で逮捕、勾留の上起訴されてしまいました。本人は今も拘置所にいます。飲み会の帰りに、面識のない通行人を殴ってお金を強奪したということのようで、息子は被害者の方に非常に申し訳ない気持ちを持っています。
 ただ、殴った回数について、本人は、「酔っていて覚えていないが、1回顔を叩いただけだ。」と言っています。担当検事からは、「顔面を10回ぐらい殴っただろう」と疑われております。
 裁判が始まる前に息子を拘置所から出してやりたいのですが、犯行を全て認めない限り保釈はできないと聞きました。どうしたら良いでしょうか。



回答:

1 息子さんは、既に起訴されておりますので、保釈を請求することができます。保釈が認められた場合、裁判までの間を拘置所から出て生活することができます。保釈をする場合、一定の保釈金(通常200万円から300万円)が必要となります。

2 強盗致傷罪の場合、保釈が認められるためには、裁判所が「適当と認める」ことが必要です。実際には、保釈後の逃亡や証拠隠滅の危険があるか等の観点から保釈の判断が行われます。
  その際、本人が犯行を否定している場合、逃亡や証拠隠滅(特に被害者への接触)の危険が高いとみなされてしまうことが多く、結果として保釈が認められ難いのが現状です。

3 犯行の一部を否認していても、争点が確定していれば(裁判員裁判における公判前整理手続において、争点が明らかになっている場合)、争点に関して具体的な証拠隠滅のおそれが無いことを法的に主張することによって裁判所に保釈を認めさせることも可能です。
  例えば本件の場合、争点となるのは殴った回数だけであり、その点に関する証拠は被害者の供述や負傷の状態と考えられますが、被害者は面識のない通行人であり、被害者へ接触する危険は小さく、負傷の状態については犯行直後に診断書等の証拠が確保されており、これらの点についての証拠隠滅という危険性は無いと考えられ、さらに犯行の大部分は認めておりますので、保釈を認めさせることも可能であると考えられます。

4 弁護士が介入して示談を成立させることができれば、保釈、そして裁判での判決が有利になる可能性が大きく上昇します。
  犯行を一部否認している場合の示談は、被害者感情への配慮や検察官への対応等、注意する点が多く存在するため、経験豊富な弁護士に依頼することが必要です。

5 関連事例集 538番598番644番848番1119番1026番1467番参照。

解説:

1 保釈の条件について

 刑事被告人として起訴された場合、勾留されている被告人は、裁判までの間身体拘束から解放される事ができ、これを保釈と呼びます。

 刑訴法89条では、同条各号に記載された一定の場合を除いては、保釈を許さなければならない(この場合を「権利保釈」とも呼びます。)とされています。

 この権利保釈に該当しない場合でも、裁判所が裁量により「適当と認めるとき」は、保釈が認められる場合があります(この場合を「裁量保釈」と呼びます。)

 本件の強盗致傷罪の法定刑は6年以上の懲役です。これは、89条1号の「死刑又は無期若しくは短期一年以上の懲役若しくは禁錮に当たる罪を犯したものであるとき」に該当するため、権利保釈は認められていません。

 そのため、保釈を行うためには、裁判所から裁量保釈の許可を得る必要があります。

2 裁量保釈の具体的な判断基準について

(1)  具体的な考慮要素

 裁量保釈の適否については、罪証隠滅のおそれ、逃走の危険、保釈後の監督状況等、様々な具体的事情を考慮し、保釈の相当性と必要性を裁判所が判断します(罪障隠滅のおそれは、権利保釈の除外事由の一つですが、実際には裁量保釈の当否と併せて判断されることも多くあります)。

 その中でも特に重視される傾向にあるのが、被告人による罪証隠滅の危険です。

 この隠滅の危険がある「罪証」には、物証だけではなく、被告人が保釈中に被害者等の承認に接触し脅迫して証言をさせなくする等の人証の隠滅も含まれます。

(2) 否認事件の場合

ア 被告人が起訴事実を否認している場合、一般的には、自分に不利な証人を排除する動機が強く存在する等の理由から、罪証隠滅のおそれが抽象的に認定されてしまい、保釈が非常に認められ難い傾向があります。この点は、身体拘束を限定的な措置とする憲法の趣旨に反し、日本の刑事司法が人質司法として世界的にも非難を浴びている点でもあります。

 一方、近年では、裁量保釈の判断はあくまで個別具体的な事情を考慮して行われるという保釈判断の原点にもどり、犯行を否認する場合でも、罪証隠滅の具体的危険が存在しないこと、その他の有利な事情を主張することによって、裁量保釈が許可された例が増加しています。

イ 否認事件において罪証隠滅のおそれが具体的には認められないとして裁量保釈を許可した事例として、平成22年7月2日の最高裁決定及びその原審である東京地裁平成22年6月22日決定が挙げられます。

 この事例は、強盗致傷等被告事件について、保釈の請求に関し、被告人の保釈を決定した原審の準抗告決定に対する検察官からの特別抗告が棄却された事例です。

 判例の件において、被告人は強盗致傷を含む4件の犯行で起訴されており、そのうちの傷害事件1件及び強盗致傷事件1件について自分が犯人であることを否定していました。

 原決定では、犯行を否認していた強盗致傷事件について、「検察官の主張は、現場の遺留物及び被害品と被告人との結び付きや被害者の供述する犯人の特徴と被告人との結び付き等の間接事実を総合評価する構造であること、したがって、検察官の立証は、既に保全されている物、これらに関する科学的知見及び捜査官の供述並びに被害者の目撃供述が中心となること、被害者の供述する犯人の特徴は概括的なものにとどまり、被告人が被害者に対して事実と異なる供述をするよう働き掛けるとは考え難く、このことは公判前整理手続がまもなく終了する現時点において、より働き掛けが考え難い状況となっていること等に照らすと、現時点では、被告人が実効的な罪証隠滅行為をなし得るとは考えにくく、具体的な罪証隠滅のおそれがあるとは認められない。」と判示しました。

 上記の判例は、検察官の証拠構造や被害者の供述内容から被害者供述のみが立証の中核ではない事、それ故被告人による接触の主観的な動機も小さいこと、及び公判前整理手続の進行状況等から現時点での罪証隠滅の実効性が無い等の理由から、証拠隠滅のおそれを判断しています。

 この判例からすると、保釈請求の際には、被害者の供述の検察立証における役割を詳細に把握した上で、@考え得る罪証隠滅の対象が何かそれに対してA罪証隠滅の客観的実効性が存在し得るか、B被告人の現在の状況を客観的に観察して上で主観的な罪証隠滅の動機が存在するか等の点を、法的に主張する必要があります。

ウ さらに同じく犯行を否認していた傷害事件についても、「被害者との関係で罪証隠滅のおそれは認められるが、その程度が強いとまでは認められない。」とし、その他両親による手厚い監督体制、捜査中の拘留期間が11か月にわたっていること、裁判員裁判に向けた効果的な弁護活動の為の必要性などの観点から、結論として保釈を認めています。

 また、原審及び特別抗告審においては、事件の重大性や、被告人が粗暴であることから証人が被告人を畏怖している旨が検察官より強く主張されましたが、原審で、弁護人の疎明のとおり「このような(粗暴な)性向が改善された様子がうかがわれる」「被告人が具体的に証人等を威迫するおそれがあるとは認められない。」とし、検察官の主張を退けています。

 このように、罪証隠滅のおそれがあったとしても、それが現実的に強いものではなく、保釈の相当性が大きいことを、詳細に根拠を挙げて主張すれば、裁量保釈を得ることが十分考えられます。

エ このように、保釈の判断における罪証隠滅の恐れについては、被告人が実行し得る可能性が高いと言えるだけの、具体的な可能性が示されなければなりません。

 以前は、否認事件であれば、抽象的な被害者への威迫の可能性のみで罪証隠滅のおそれを認める事例が多く存在しましたが、裁判員裁判制度の開始等により、裁判所の運用としても、保釈の判断について、具体的な事例に沿った柔軟な運用が行われているものと言えます。

 とはいえ、現在でも否認事件において保釈を得ることは容易なことではありません。早期の保釈を獲得する為には、具体的な罪証隠滅の危険がないこと、保釈後の監督体制に問題がないことを、裁判所に説得できるだけの証拠をもって丁寧に主張することが必要です。

 上記3つの観点の中でも、@は被害者の供述が問題となるケースがほとんどですので、その点について、弁護活動によってABに関する具体的に有利な事情を創出することになります。

 尚、検察官が保釈に不同意の意見を述べている場合、再度の保釈申立ではその具体的理由を前回の裁判所の保釈不許可の書面から把握して、検察官に面会しいかなる点で不同意なのかを協議することも必要です。検察官は、面会に応じ具体的に説明してくれるのが通常です。

3 本件での裁量保釈に向けた具体的な活動について

以上を踏まえて、本件で裁量保釈の許可を得る可能性について検討します。

(1)  被告人の主張の確認

まず、息子さんの主張の内容を正確に把握することが非常に重要です。

 検察官は、関係者の供述その他客観的な証拠を検討した上で起訴しているわけですから、被告人の主張が証拠と矛盾しないか詳細に検討する必要があります。万が一、公訴事実が真実であるならば、起訴後であっても真実に基づき供述を行った方が良い場合も存在します。

 本件で息子さんが否定している暴行の回数は,刑の重さを決定する重要な事項になりますので,この部分を否定していると,一般的には保釈を得ることが難しくなります。

 仮に息子さんが酔っていて記憶が曖昧であり,実は殴った回数が多いのであれば、その点について強く否定することは,保釈においても最終的な量刑においても得策ではありません。早急にその旨を証拠化し,裁判所に提出した方がよいでしょう。

 一方息子さんの記憶として、1発しか叩いていないという記憶があるのであれば、保釈を認められ易くするために記憶に反する供述をしては絶対にいけません。

 真実に基づき主張を組み立てた上で、具体的な保釈に向けた活動を行う事になります。

(2)  保釈に向けた具体的な活動

ア 保釈のためにまず必要なことは、被害者証言の隠滅のおそれがないと証明することです。そのための方策としては、被害者への不接近誓約書を作成することが有効です。

 不接近誓約書とは、被害者に今後一切接近しない旨を誓約する書面となりますが、単に誓約するだけでは効果がありません。誓約に反した場合には、高額な違約金を支払うことを条項として設定する等、裁判官を説得できるだけの内容にすることが必要です。これにより客観的にも、罪証隠滅の可能性が低いものといえます。

 例え全部否認事件であっても、不接近を誓約することは、特に被害者の供述を全面的に認めることにはなりませんし、違約金自体も、誓約に反しなければ特段不利益になるものではありません。そのため、不接近誓約書は、罪証隠滅のおそれを払拭するのに簡易で効果的な手段であると言えます。

 本件では一部否認事件であり、被害を与えてしまったこと自体は事実とのことですので、早急に不接近誓約書を差し入れて、作成する必要性があるでしょう。

イ 次に、最も重要なことが、被害者と示談を成立させることです。被害者と示談をし、纏まった謝罪金を支払っていれば、そこから被害者を威迫して、証言を変更させようとする主観的な危険は殆どないものと評価できるでしょう。当然、事件の被害を回復させ、被告人の反省の態度を見せることになりますので、裁量保釈を獲得する為には非常に重要な活動となります。被害者が保釈へ同意する意思を表明する書面を作成してもらえれば、保釈において非常に有利な事情となります。この様な書面の作成は示談行為の際の弁護人の説得が大きく影響しますので、示談行為の経験が重要となります。例えば、示談の際に最初から保釈の説明をするのではなく、示談金額を納得していただいてから一旦示談金を渡しその後の署名を求めることが功を奏する場合があります。被害者としては、納得する示談金が現実に取得でき、両親等の保証人付き不接近誓約書及び被告人側への情報不開示誓約書を頂ければ保釈自体に異議を述べない場合が多いからです。これを逆にすると結構揉める可能性が大きくなります。

 また、公判を見据えた場合にも、被害者と示談が成立すれば、有罪となった際に情状面で非常に有利になることも期待できます。

 犯行を否認する場合でも、それが犯罪事実の一部否認であれば、認めている部分について一定の迷惑をかけたことに対して謝罪する必要があります。また犯罪の故意を否認する場合も、過失により与えた損害は民法上賠償する義務があるため(民法709条)、やはり示談をすることは必要でしょう。

 ただし、当然示談の際には十分な注意を払うことが必要です。示談は、自らの罪を認めて謝罪することが前提となるため、状況によっては、示談によって起訴事実をすべて認めたものと評価されてしまう危険が存在します。特に被害者の証言が被告人の供述と食い違っている場合においては、示談により、被害者の証言が真実であることを認めてしまうことにもなりかねません。

 その為、示談の際には、事実認識の齟齬はあることを前提に、あくまで被告人が認める範囲の事実で被害者に迷惑をかけたことについての示談であることを明確にする必要があります。

 当然、事実認識の齟齬があれば、被害者の大きな反感を買うことも多く示談の成立は非常に困難です。示談を成立させるためには、上述の不接近誓約書の提出はもちろん、十分な示談金の準備や、被害者の情報は弁護人限りが知るものとし被告人本人には絶対に開示しないと約束する誓約書を差し出す等の工夫が必要となります。示談書の記載についても、対象の記載を、被害者と被告人で認識が一致している範囲である程度概括的なものに留めるなど、細心の注意が必要となります。

 本件でも、被害者に一定の暴行を加えて金銭をとったことが事実であれば、示談自体は行うことが必須であるといえます。しかし暴行の態様に関しては、被害者の供述と齟齬がある可能性は高く、経験豊富な弁護士があたらなければ示談の成立は非常に難しいものと言えるでしょう。

ウ その他、逃亡のおそれがないことや、保釈後の監督体制が十分なものであることも、十分主張することが必要です。

 家族や職場の上司が身元を引き受け、具体的な監督体制を提示することはもちろん、場合によっては弁護士による身元保証を行うことも必要です。家族や身内による監督の誓約では不十分な場合でも、弁護士という第三者が身元を保証することによって、監督の実行性が大きく高まります。

 本件でも、家族や弁護士による身元保証は必要です。また、酔った状態での犯行であれば、息子さん自身に今後一切飲酒をしないことを誓約する誓約書を作成してもらうことも必須と言えます。

エ さらに本件は裁判員裁判となりますので、公判の為に十分な弁護活動が必要となることも、保釈を認めるべき大きな事情の一つとなります。

 また、裁判員裁判の場合、公判前整理手続が行われるため、起訴直後に保釈が認められなかった場合でも、手続の進行によって保釈が認められる可能性が高まる場合も存在します。この点の詳細については、事例集No.1467をご参照下さい。

4 まとめ

 上述のように、本件のような一部否認事件であっても、弁護人の活動次第によっては、保釈の可能性は十分考えられますが、その為には経験豊富な弁護人が被告人の供述内容を正確に理解した上で、積極的な弁護活動を実行することが不可欠です。

 保釈の成否は、公判においても重要な意味を有します。担当している弁護人と十分に協議した上で、最適な手段を選択する必要があるでしょう。


《参照条文》
【刑事訴訟法】
第八十九条  保釈の請求があつたときは、次の場合を除いては、これを許さなければならない。
一  被告人が死刑又は無期若しくは短期一年以上の懲役若しくは禁錮に当たる罪を犯したものであるとき。
二  被告人が前に死刑又は無期若しくは長期十年を超える懲役若しくは禁錮に当たる罪につき有罪の宣告を受けたことがあるとき。
三  被告人が常習として長期三年以上の懲役又は禁錮に当たる罪を犯したものであるとき。
四  被告人が罪証を隠滅すると疑うに足りる相当な理由があるとき。
五  被告人が、被害者その他事件の審判に必要な知識を有すると認められる者若しくはその親族の身体若しくは財産に害を加え又はこれらの者を畏怖させる行為をすると疑うに足りる相当な理由があるとき。
六  被告人の氏名又は住居が分からないとき。
第九十条  裁判所は、適当と認めるときは、職権で保釈を許すことができる。

《参照判例》
○保釈請求却下の裁判に対する準抗告の裁判に対する特別抗告事件
(最高裁判所第二小法廷平成22年7月2日決定)
       主   文
本件抗告を棄却する。
       理   由
 本件抗告の趣意のうち、判例違反をいう点は、事案を異にする判例を引用するものであって、本件に適切でなく、その余は、単なる法令違反の主張であって、刑訴法433条の抗告理由に当たらない。 
 なお、所論にかんがみ職権により調査すると、裁量により保釈を許可した原決定には、本件勾留に係る公訴事実とされた犯罪事実の性質等に照らせば、所論が指摘するような問題点もないとはいえないが、いまだ刑訴法411条を準用すべきものとまでは認められない。
 よって、同法434条、426条1項により、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり決定する。

○上記最高裁決定の原審
(東京地方裁判所 平成22年6月22日決定)
       主   文
原裁判を取り消す。
被告人の保釈を許可する。
保証金額は〔1〕につき金100万円、〔2〕につき金100万円、〔3〕につき金300万円とする。
釈放後は、別紙記載の指定条件を誠実に守らなければならない。これに違反したときは、保釈を取り消され、保証金も没取されることがある。
       理   由
第1 申立ての趣旨及び理由の要旨
 本件準抗告の申立ての趣旨及び理由の要旨は、原裁判は、上記〔1〕と〔2〕はそれぞれ刑事訴訟法89条4号に該当し、〔3〕は同条1、4号に該当し、かつ、裁量により保釈することも相当でないとして本件保釈請求を却下したが、被告人には上記〔1〕ないし〔3〕の各事実について罪証隠滅のおそれはなく、仮にあるとしても裁量により保釈を許可するのが相当であるから、原裁判を取り消し、被告人の保釈を許可するとの裁判を求めるというにある。
第2 当裁判所の判断
1 本件公訴事実の要旨は、被告人が、〔1〕平成19年5月28日午後4時40分ころ、東京都F区内にあるビルのエレベーター内で、帰宅途中であった当時16歳の男性に対し、その顔面等をげん骨で殴るなどして同人に傷害を負わせた、〔2〕(1)平成19年8月3日午後1時ころ、同区内の公園で、当時19歳の被害者に対し、その顔面を刃物様のものを持った右げん骨で1回殴りつけて、同人に傷害を負わせ、(2)その際、同人が所有する現金等在中の財布1個を窃取した、〔3〕平成21年6月6日午後10時50分ころ、同区内のマンションのエントランス内において、帰宅途中であった当時21歳の被害者に対し、金品強奪の目的で、同人の手提げバッグを背後から引っ張った上、刃物様のもので同人の右前胸部を1回突き刺したものの、同人に抵抗されたため、前記バッグを強奪することができず、その際、前記暴行により同人に傷害を負わせたというものである。
2 本件の公判前整理手続等の進行状況をみると、本件は、平成21年9月4日に〔1〕事件が起訴され、同年10月6日に〔2〕事件が起訴された後、平成22年2月5日に裁判員対象事件である〔3〕事件が起訴されている(ただし、〔3〕事件は、平成21年7月下旬に一旦同事件の事実を被疑事実として逮捕勾留された後、処分保留のまま釈放されたが、被告人の身体自体は〔1〕事件の逮捕等により拘束が継続され、その後の補充捜査を経て平成22年2月5日に最終的に起訴に至ったものである。)。〔1〕、〔2〕事件は平成21年中に合議決定及び公判前整理手続に付する決定がなされたが、〔3〕事件の追起訴を待った上、その後、〔3〕事件と併合されて公判前整理手続が進められ、同手続において、弁護人は、〔1〕事件については事実を認め、〔2〕、〔3〕事件については犯人性を争った。そして、平成22年6月14日の第9回公判前整理手続期日までの間に、数次にわたる検察官の証明予定事実の主張、弁護人の主張予定事実の主張、双方の証拠開示に関する応酬と証拠整理が繰り返され、概ね審理計画が定まり、7月20日から8日間にわたる公判期日の指定と、裁判員候補者の選定手続が行われ、公判前整理手続も間もなく終了する予定であることが認められる。
3 刑事訴訟法89条各号の該当性についてみると、まず、〔1〕事件については、被告人及び弁護人が、公判前整理手続において、公訴事実は争わない旨の予定主張を明示していること、本件犯行状況を録画した動画が残っていること等から、罪証隠滅のおそれがあるとは認められない。
〔2〕事件については、被告人及び弁護人は、公判前整理手続において、被告人が犯人であることを争う旨の予定主張を明示しているところ、検察官の主張は、現場の遺留物と被告人との結び付き、被告人のノートに本件に関連する記載が残っていること、被害者が被告人を識別したこと等の間接事実を総合評価する構造となっている。そして、検察官の立証は、既に保全されている物、これらに関する科学的知見及び捜査官や発見者の供述並びに被害者の識別供述が中心になるところ、捜査官や発見者との関係では、被告人に面識がないこと等に照らして、被告人が実効的な罪証隠滅行為をなし得るとは考えにくいが、被害者との関係では、被告人が被害者と接触して事実と異なる供述をするよう働きかける可能性がなお残っていると考えられる。したがって、〔2〕事件については、被害者との関係でなお罪証隠滅のおそれがあると認められる。
〔3〕事件については、強盗致傷事件であり、刑事訴訟法89条1号に該当する。被告人及び弁護人は、公判前整理手続において、被告人が犯人であることを争う旨の予定主張を明示しているところ、検察官の主張は、現場の遺留物及び被害品と被告人との結び付きや被害者の供述する犯人の特徴と被告人との結び付き等の間接事実を総合評価する構造であること、したがって、検察官の立証は、既に保全されている物、これらに関する科学的知見及び捜査官の供述並びに被害者の目撃供述が中心となること、被害者の供述する犯人の特徴は概括的なものにとどまり、被告人が被害者に対して事実と異なる供述をするよう働き掛けるとは考え難く、このことは公判前整理手続がまもなく終了する現時点において、より働き掛けが考え難い状況となっていること等に照らすと、現時点では、被告人が実効的な罪証隠滅行為をなし得るとは考えにくく、具体的な罪証隠滅のおそれがあるとは認められない。
4 次に、裁量保釈の当否についてみると、上記のとおり、公判前整理手続がまもなく終了する現時点において、〔1〕及び〔3〕事件については、罪証隠滅の具体的なおそれがあるとは認められない。また、〔2〕事件については、被害者との関係で罪証隠滅のおそれは認められるが、その程度が強いとまでは認められない。そして、被告人の両親が被告人の身元を引き受ける旨約束しているところ、被告人は、保釈後、自宅でE店を営む父親、母親、祖母と同居することになり、保釈期間中の手厚い監督体制も見込まれる。被告人は前記のとおりの経緯で既に約11か月にわたりその身体を拘束されたままであり、その期間が長くなっている。さらに、本件は、いずれも裁判官と裁判員の合議体によって、本年7月20日から8日間にわたり、土曜日と日曜日を除く連日開廷で審理される予定であるところ、このような連日開廷に対応した効果的な弁護活動を行うためには、被告人と弁護人が即時かつ緊密に打合せを行う必要がある。 
 もとより、〔1〕事件における被告人の挙動等に照らすと、被告人の粗暴性がうかがわれることから、裁量によって被告人を保釈するのも相当ではないようにも考えられたが、弁護人が疎明するとおり、被告人は、平成20年秋ころを転機として、このような性向が改善された様子がうかがわれることから、被告人の性格が裁量による保釈を妨げる事情になるとも認められない(なお、検察官は、この点について反論する資料を提出しているが、この資料によっても、被告人の粗暴性が改善されていないとまではいえないと思料する。)。また、検察官は、予定している証人らが、被告人を畏怖している旨強調するが、被告人が具体的に証人等を威迫するおそれがあるとは認められない。そうすると、裁量により被告人の保釈を認めなかった原裁判は、相当とは認められない。
5 したがって、本件準抗告は理由があるから、刑事訴訟法432条、426条2項により、原裁判を取消して被告人を保釈することとし、主文のとおり決定する。

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