トイレに隠しカメラを設置した盗撮事件|刑罰と刑事処分の見通し
刑事|建造物侵入、軽犯罪法違反と迷惑防止条例違反の構成要件該当性|刑事処分の見通しと対策|気仙沼簡易裁判所平成3年11月5日判決
目次
質問
私は25歳の某会社の営業社員です。この度、仕事の合間に会社の管理する自社ビル内の従業員用女子トイレの個室に盗撮目的で小型の隠しカメラを持ち込み設置、録画撮影していたところ、カメラが社員に発見され、警察に通報されました。
カメラの商品番号や指紋等の証拠や設置の時自分が撮影されているかもしれないという不安にかられ事件発覚は時間の問題だと思ったので、会社に退職届を出し警察に自ら出頭しました。刑事さんからは後日取調べを行うと言われ、その日は帰されたのですが、私はどのような刑事処罰を受けることになるのでしょうか。再就職のために、前科をつけたくありません。
実は、忘年会があった居酒屋の客用トイレで小型カメラを設置したところは発見されて大騒ぎになったことがあるのですが同様の罪になるでしょうか。
回答
1 あなたのしてしまった行為は軽犯罪法違反(軽犯罪法1条23号)及び建造物侵入罪(刑法130条前段)に該当し、3年以下の懲役及び拘留・科料を上限として刑事処分を受ける可能性が相当程度あるといえます。場合により略式手続による罰金ではなく公判請求も予想されます。
2 犯行態様自体、悪質と評価される可能性が高いため、公判請求・略式起訴の回避をより確実なものとするためには、弁護人を通じて、撮影対象となった人及び会社と示談交渉をしてもらう必要があります。
3 取調べに臨むにあたっては、憲法38条で認められている黙秘権の関係上弁護人とよく協議し、黙秘権行使の範囲等について慎重にアドバイスを受ける必要があります。取り調べに際し、「正直に言えば罪が軽くなるから」という捜査員の巧みな説明を鵜呑みにすることはできません。
4 居酒屋のトイレで盗撮した場合も同様の法的構成になります。建造物侵入罪と軽犯罪法違反です。ただ、居酒屋に入店することは居酒屋の管理者が認めており、その後の盗撮の意思が生じて盗撮を行った場合、トイレの構造上女性トイレの独立の建造物といえるかは問題として考える必要がありますが本件と同様に肯定的に考えることが可能です。さらに、尚、居酒屋の客が多くても公衆性が否定されるため迷惑防止条例は成立しません。
解説
第1 問題となる犯罪及び構成要件該当性
まず、あなたの刑事責任についてですが、あなたのしてしまった行為は、以下の各犯罪に該当するものと考えられます。
1 軽犯罪法違反
軽犯罪法1条23号は「正当な理由がなくて人の住居、浴場、更衣場、便所その他人が通常衣服をつけないでいるような場所をひそかにのぞき見」る行為を犯罪として禁止しています。
本罪は「窃視の罪」と呼ばれ、人が裸でいる可能性のある場所に対するいわゆる「のぞき」行為を禁止することで、個人の秘密を保護して私生活の平穏を確保し、もってプライバシー権(憲法13条の保障する個人の尊厳を維持するために不可欠な重要な権利と位置付けられます。)の保護を図ることを目的としています。
軽犯罪法は、国民の道徳心、社会的倫理を向上させるとともに、悪質重大犯罪を未然防止することを目的として、社会一般の常識や道徳に反するような行為(社会的非難の度合いが比較的軽微な行為)に対して敢えて刑罰で臨んでいるものですので、その解釈、適用にあたっては、国民の権利、自由が不当に侵害されることのないよう慎重な検討が求められます(軽犯罪法4条)。
本罪での「正当な理由がなくて」とは、違法性阻却事由が存在しないことを、「ひそかに」とは、見られる側の人に知られない態様で見ることを、それぞれ意味しており、本件のように自己の性的好奇心を満たす目的で盗み撮りをしたようなケースでは、いずれも問題となりません。
問題は、カメラを使用してトイレ内を録画撮影した行為が「のぞき見」に当たるかどうかですが、裁判例は、録画行為それ自体によって被害者のプライバシー侵害が発生しており、肉眼でのぞき見た場合とカメラで撮影録画した場合とでプライバシー侵害の有無に変わりがないこと、複製等によって被害が拡大しうる等の点で、録画撮影による場合の方が肉眼によるのぞき見の場合よりもプライバシー侵害の程度が大きいことなどを理由に、これを肯定しています(気仙沼簡易裁判所平成3年11月5日判決)。
録画行為自体によってプライバシー侵害が発生することに加え、軽犯罪法1条23号がのぞき見によって性的好奇心が満足されること等を犯罪構成要件としていないため、実際に撮影した映像を見たか否かは犯罪の成否に影響しません。
したがって、カメラの映像を事後的に確認したか否かにかかわらず、あなたがトイレ個室内をカメラで撮影した行為は軽犯罪法1条23号の窃視罪に該当することになります。
窃視罪の法定刑は拘留(1日以上30日未満の間、刑事施設に拘置する刑罰。刑法16条)又は科料(1000円以上1万円未満の金銭を剥奪する刑罰。刑法17条)とされていますが(軽犯罪法1条柱書)、本件では後述するように、処断刑の上限が懲役3年及び拘留・科料となり(刑法54条1項後段,53条、130条)、その範囲内で刑事処分が決定されることになります。
2 建造物侵入
あなたが盗撮目的で女子トイレに侵入した行為は、建造物侵入罪(刑法130条前段)に該当するものと思われます。刑法130条前段は「正当な理由がないのに、…人の看守する…建造物…に侵入し」た者につき、3年以下の懲役又は10万円以下の罰金に処するものとしています。
ここでいう「侵入」の意義については、建造物侵入罪の保護法益をどのように捉えるかに関連して見解の対立がありますが、同罪の保護法益を自己の管理する建造物への他人の立入りを認めるか否かの自由と捉える立場から、看守者の意思に反する立入りを意味すると考えるのが標準的な見解であり、判例もこの立場に立っています。
最判昭和58年4月8日判決は、「130条前段にいう『侵入し』とは,他人の看守する建造物等に管理権者の意思に反して立ち入ることをいうと解すべきである」とした上で、「管理権者が予め立入り拒否の意思を積極的に明示していない場合であっても,該建造物の性質・使用目的・管理状況・管理権者の態度・立入りの目的などからみて,現に行われた立入り行為を管理権者が容認していないと合理的に判断されるときは,他に犯罪の成立を阻却すべき事情が認められない以上,同条の罪の成立を免れないというべきである」としています。
かかる基準に照らしても、たとえ建物を管理する会社の従業員であっても(立入りの際に勤務目的を有しており、立入の外観が他の従業員のそれと特に異なるものでなくても)、盗撮目的で会社建物や女子トイレに立入ることを会社側が容認するはずはありませんので、本件では「侵入」の有無については問題とならないといえるでしょう。
法的問題は、建造物侵入の客体の一個性をいかに捉えるかです。すなわち、会社建物内に立ち入った時点では盗撮目的を有していなかったものの、建物立入後に盗撮することを思い立ち、女子トイレに立入ったというケースを想定したとき、トイレを独立の建造物と捉えると、トイレへの立入りをもって「侵入」を観念できることになりますが、トイレを含めた会社建物全体を1個の建造物と捉えると、既に立ち入っている建造物に対する「侵入」は観念できないため、建造物侵入は成立しないことになります。事件が送検されると、検察官としては、捜査の結果、犯罪の証明が十分と判断した事実の範囲でしか訴追しようとしないため、盗撮目的を生じた時点の証明が必ずしも十分でないと判断された場合、建造物侵入の成否にかかわる問題として、建造物の一部であるトイレが「建造物」といえるかどうかが問題となるのです。
この点について明言した判例は見当たりませんが、建造物もその内部の生活空間ごとに用法、機能が異なり、立入りを認める人の範囲も生活空間ごと異なるのが通常ですので、建造物の一個性についても生活空間の単位という観点から捉え、建造物は建物全体である必要は必ずしもなく、生活空間ごとに区画された一部であってもよいと考えるのが妥当でしょう。
実務上もトイレのように区画された建物の一部を独立した建造物と捉え、トイレへの立入りをもって建造物侵入罪として処理しているようです(起訴された場合、起訴状記載の公訴事実は「…のぞき見する目的で、○○が看守する同建物○階女子トイレ内に侵入したものである。」という記載になります。)。
したがって、あなたは盗撮目的で女子トイレに侵入した行為につき、建造物侵入罪の罪責を負うことになります。
3 両罪の関係、刑事処分の見通し
軽犯罪法上の窃視罪は、人が裸でいる可能性のあるような場所をのぞき見る行為を処罰の対象とするものですが、そのような場所が建物の内部にある場合、のぞき見をするためには、通常その手段として建造物への侵入を伴うことになるため、住居侵入罪と窃視罪とは、罪質上手段結果の関係にあることになります。
このような関係にある犯罪は「牽連犯」と呼ばれ(刑法54条1項後段)、刑法上両罪をまとめて重い方(本件では住居侵入罪)の刑によって処断されることになっています(最裁昭和57年3月16日第三小法廷判決)。また、刑法53条1項本文は、「拘留又は科料と他の刑とは、併科する。」と規定しています。したがって、本件送検後、検察官は3年以下の懲役及び拘留・科料の範囲内で、終局処分(あなたを起訴するかどうか)を決定することになります。
あなたの行った盗撮等の行為は、あなた自身の性的欲求を満たすためにカメラ等の機器を準備した上でトイレを使用する人に無差別に被害をもたらすものといえ、一般的には、その犯行自体非常に悪質と評価されうるものといえます。また、小型の隠しカメラを女子トイレ内に持ち込んで撮影するという手口からすれば、常習性と余罪が強く疑われても仕方がないといえます。したがって、本件で弁護人をつけず、必要な活動を何らすることなく放置するとなれば、起訴される可能性が相当程度あるといえます。
起訴を回避するためには、後述するように、弁護人を選任の上、カメラに映ってしまった被害者と会社に対して示談の申し入れをしてもらうことが大変重要になってきます(窃視罪との関係ではカメラに映った人が、建造物侵入との関係では建物の管理者である会社が、それぞれ被害者となります。)。
4 迷惑防止条例違反の成否について
各都道府県では、「迷惑行為防止条例」や「公衆に著しく迷惑をかける暴力的不良行為等の防止に関する条例」などの名称で迷惑行為を刑罰により規制する条例が定められており、その中で人が通常衣服をつけないでいるような場所の撮影を禁止していることがあります。
もっとも、迷惑防止条例は住民生活の平穏保持という目的から、犯罪構成要件が「公共の場所」や「公衆」が利用する場所での犯行に限定されていることが殆どであり、会社建物の従業員用トイレのようにごく限定された範囲の人しか利用しないような場所(盗撮をする場所の公共性を欠くような場所)での撮影行為は「公共の場所」や「公衆」該当性を欠き、迷惑防止条例の規制対象行為からは外れることになります。
ただし、平成30年7月に東京都迷惑防止条例が改正され「公共の場所」要件が削除されました。新しい条例の適用関係については、本事例集『建造物侵入罪の起訴前弁護活動』を御参照下さい。
第2 予想される刑事処分
あなたが女子トイレの個室に立ち入って隠しカメラを設置・撮影した行為は、建造物侵入(刑法130条前段)及び軽犯罪法違反(軽犯罪法1条23号)に該当しますが、その量刑(3年以下の懲役又は10万円以下の罰金。刑法54条1項後段)だけを見ると必ずしも重大犯罪とはいえないように思われるかもしれません。
しかし、撮影の対象になった被害者に与える精神的打撃の大きさは想像に難くないと思われますし、そもそも、自己の性的欲求を満足させる目的で、撮影行為の発覚を免れるために、わざわざ隠しカメラを準備・設置したという行為態様自体が極めて悪質といえます。
前述の気仙沼簡易裁判所平成3年11月5日判決も、スーパーマーケットの女子トイレ個室内をビデオカメラで撮影した行為が軽犯罪法違反に問われて公判請求された事案において、「被告人の本件犯行は、被告人が便所内での女性の排尿行為等を内容とするレンタルビデオの鑑賞のみではあき足らず、その性的好奇心を満たすため、自ら撮影してその録画内容を楽しもうと考え、予め犯行場所の下見をし、犯行の発覚を免れるためにビデオカメラを紙袋に入れその上から手拭で覆い隠す等の準備をしたうえで、スーパーマーケットの来客用女子便所付近に潜み、女子便所に女性が入るのを確認するやそのあとをつけて女子便所内に入りこみ、隣室の女性の姿態等を八ミリビデオカメラで隠し撮りをしたというものであって、犯行それ自体が非常に悪質なものというべきである。」
「更に、仮に本件犯行が発覚しなかった場合には、被告人が本件と同様の手口による犯罪を重ね、それによる被害を拡大させていたであろうことは容易に推測できる。」などと指摘し、量刑判断の基礎としています。
したがって、あなたの場合、何ら弁護人を付けることなく放置するとなると、事件が検察官に送致された後、略式起訴又は公判請求される可能性が相当程度あると思われます。
これらの処分がなされた場合、たとえ罰金であっても前科が付いてしまうことから、刑事処分を回避するためには、以下で述べるように、撮影対象となった被害者と建物の管理権者である会社に対する被害弁償・示談交渉によって有利な情状を作り出すとともに、場合によっては(例えば余罪がある場合など)、取調べに先立ち、黙秘権の適切な行使等により、不用意に刑事処分が重くならないように弁護士の指導を受けて対策を立てることが必要でしょう。
第3 本件における対応
1 示談交渉
前述のとおり、建造物侵入罪は一般的には、建造物の管理権者の他人の立入りを認めるか否かの自由を保護法益とする個人的法益に対する罪であると理解されています。
また、窃視罪も、プライバシー侵害の抽象的な危険を発生させる行為自体を処罰する点で、純粋な個人的法益に対する犯罪ではないものの、覗き見られる個人のプライバシーという個人的法益に対する罪としての性格も併せ持っていると解されています。
このように個人的法益的性格を含む犯罪においては、処分の決定にあたり、実の被害者である個人の犯人に対する処罰感情が重視されるため、本件でも、撮影対象となった被害者及び被害会社に対して被害弁償を行い、示談を成立させ、加害者であるあなたに対する宥恕を得られれば、起訴猶予となり、刑事処罰を回避できる可能性が高まります(刑事訴訟法248条参照)。
示談交渉をするにあたっては,カメラの撮影対象となってしまった人やカメラの発見者(いずれも窃視罪の被害者にあたります。)及び被害者らの連絡先を捜査機関等から、被害者の了解を取ってもらった上で開示してもらう流れになりますが、被害者が被疑者本人に対する情報開示に同意することはまずありませんので、不起訴処分をより確実にしたいのであれば、弁護士に依頼することが不可欠といえます。
連絡先の開示に同意してもらえなかったり、捜査機関の方で被害者の特定ができていないような場合であれば、次善の策として、贖罪寄付を行うことで、反省と贖罪の気持ちを表明することが有効でしょう。
建造物侵入罪との関係では会社が被害者となりますが、もし退職を認めてもらえず懲戒解雇処分が検討されているような場合であれば、懲戒解雇回避の交渉と併せて被害弁償等の交渉を進めていくことになると思われます(退職及び懲戒解雇に関する問題については、事務所事例集をご参照頂ければと思います。)。
大会社の場合、会社の方針等により、純粋な刑事事件の被害者として示談に応じることを拒む例も見受けられますが、例えば円満退職交渉にあたって、退職金の放棄等の条項を盛り込むことによって実質的な被害弁償を内容とする合意が成立すれば、刑事手続上も示談が成立したのと同様に、終局処分の決定にあたって有利に斟酌されることもあります。
退職の成否や、会社での懲戒処分と刑事処分の時期的見通し等に応じて、弁護人と対応を協議する必要があるでしょう。
会社との示談が難しいようであれば、次善の策として、被害弁償金の供託や贖罪寄付で対応する必要があります。被害弁償金の供託手続の詳細につきましては、当事務所事例集『供託による被害弁償』をご参照下さい。
2 取調べ対応
盗撮事犯の場合、同様の犯行を常習的に繰り返している例が多く見受けられます。もし、あなたが常習的に盗撮を行っており、余罪があるような場合、包み隠さず弁護士に話した上、黙秘権(憲法38条1項、刑事訴訟法198条2項)行使の範囲についてアドバイスを受けることです。取調べの際の不用意な発言によって刑事処分が不必要に重くならないよう、弁護人とよく協議して取調べに臨む必要があります。
以上