新銀座法律事務所 法律相談事例集データベース
No.1518、2014/06/01 12:00 https://www.shinginza.com/qa-souzoku.htm

【民事 相続登記】

相続持分譲渡後の相続に関する登記の手続き

質問:
 相続分の譲渡について教えて下さい。
父親が1年前に死亡し、相続人は私と兄と弟の子供3人です。遺産分割協議でもめ、弟が家庭裁判所に遺産分割の調停を申し立てました。私は、家庭裁判所行きたくありませんが、できれば兄に私の分も相続してもらいたいと思います。家庭裁判所からは相続分の譲渡という方法があると教えられましたが、どうしたらよいでしょうか。
 なお、弟は既に法定相続分の割合で遺産の不動産について相続の登記をしていますがどうなるでしょうか。

回答:

1 遺産分割協議にかかわりたくないということであれば、まず相続の放棄が考えられます。しかし、相続放棄は相続発生後すなわち父親の死亡を知った後3ヵ月以内に家庭裁判所に放棄の手続きを取る必要があります。また、相続放棄をすると放棄をした人の相続分は他の相続人に同じ割合で移転します。

2 あなたが、調停には出席したくないが、お兄さんに自分の分も相続して欲しいということであれば、お兄さんに相続分を譲渡するという方法があります。あなたとお兄さんの二人で相続分を譲渡する旨の書類を作成し(実印、印鑑証明をつける)、家庭裁判所に申し出ればあなたは遺産分割調停手続に関しては相続人ではなくなりますので調停に出頭する必要はありません。また調停においてはあなたの相続分はお兄さんが取得したことを前提に調停が進められます。

3 なお、相続分の譲渡をしたとしても、相続債務については債権者との関係では相続人ではないとは言えませんので、相続債務がある場合は注意が必要です。

4 不動産については法定相続分で相続の登記がなされているということですが、この場合はあなたの持分についてお兄さん名義に持分移転登記をしておく必要があります。そうでないと、あなたの名義が登記上残っている以上は家庭裁判所が作成する遺産分割調停調書だけでは、お兄さん名義に移転登記ができないからです。
登記に関する申請書等については解説で説明します。

5 また、相続分の譲渡の登記をすると税務署から贈与税等の問い合わせが予想されます。その場合は、家庭裁判所の調停で遺産分割協議をしていることを説明し、譲渡は遺産分割の手段でありその実質は遺産分割協議であり、贈与ではないことを説明する必要があります。なお、税金に関しては相続人以外の第3者に相続分を譲渡すると、有償であれば譲渡所得税、無償であれば贈与税が発生しますから(贈与を受けた人が税金を払うことになります。本件ではお兄さんですから面倒でなければお兄さんとも相談してみてください。)その点も注意が必要です。遺産分割、放棄なら贈与税が発生しませんが、贈与ならかなりの納税が必要となりますので不安であれば税務署に遺産分割という法的構成をわかってもらうため事前に法律事務所に相談してみましょう。

6 登記関連事務所事例集 1492番1477番1148番905番857番733番712番554番394番391番75番68番参照。


解説:

1 相続分は、包括的な権利義務ですが、財産的権利義務ですので譲渡が可能です。この点、明文の規定はありませんが、相続分の取り戻し権を認める民法905条は第3者への相続分の譲渡を前提とする規定ですので、相続分の譲渡は認められるとされています。包括的権利義務でも特定可能で財産的価値がある以上譲渡の対象に出きることは、憲法29条財産権の保障、取引、契約自由自由の原則から当然といえるでしょう。営業譲渡等もその例です。

2 相続財産の分割の方法は、本来は相続人全員による遺産分割協議ですから、何らかの事情で遺産分割協議に参加できない相続人がいる場合、協議を成立させることはできません。たとえ家庭裁判所の遺産分割調停でも、成立させることができません。そのような場合、審判という手続きに移りますが、調停に出頭しない理由が、相続するつもりはないので調停には係わりたくないというような場合は、審判をするのは無駄な手続きです。そこで、家庭裁判所からは、調停に出頭したくないのであれば相続分を譲渡した書類を提出したらどうか、と勧められることがあります。

3 相続分を譲渡すると、相続人ではありますが、財産的な権利は全部譲り渡してしまいますので、相続する財産はないものとして、遺産分割協議に参加する必要はありません。遺産分割協議書を作成する場合は別途遺産分割協議書に署名する必要はありませんし(相続分の譲渡に関する合意書に貴方が権利を失うという意思確認のため実印と印鑑証明は必要です)、家庭裁判所の遺産分割調停調書にも相続分の譲渡をした旨の記載はされますが、調停成立の際、家庭裁判所に出頭する必要はありません。

4 このように、遺産分割協議への参加は不要となりますが、相続人であることは変わりありませんので、相続債務がある場合、民法899条で債務については被相続人の死亡時点で承継しているため相続分の譲渡後も債権者との関係では、債務者のままです。権利は譲渡できるのですが債務は債権者の利益保護のため債権者の承諾なくして譲渡できません。ですから、債務があるか否かは相続分譲渡の際に確認しておく必要があります。もちろん、譲渡の相手方との間では相続分として債務も引き継ぐという合意ができていますから、仮に債権者に債務を履行した場合は、相続分の譲受人に対して求償、請求することはできます。しかし、返済した資金を回収できないという危険は残ります。

5 不動産の登記について
  弟さんが遺産分割未了のまま相続分の登記をしているということですが、このような登記は有効な登記ですので、抹消登記や更正登記を求めることはできません。被相続人の死亡により相続が発生し、相続人が数人いる場合は、相続財産は共有に属する(民法898条)ということですので、遺産分割協議が成立していなくても不動産は相続人の相続分に応じた割合で共有ということになります。不動産登記は現在の権利関係を正確に公示するための制度ですから、相続人の一人が相続を証明する書類(戸籍謄本関係)を法務局に提出すれば相続の登記は可能です。登記事項証明書を見れば、兄弟3人の3分の1ずつの共有と記載されているはずです。

6 相続分の譲渡により遺産分割協議からは解放され、協議書等に実印を押捺して印鑑証明書を提出したり家庭裁判所の調停に出頭する必要はなくなりますが、上記のような未分割での不動産登記がある場合、上記で説明したように有効な登記ですから抹消登記はできません。また、貴方が正式な当事者として参加していない遺産分割協議書あるいは調停調書(遺産分割協議、調停の当事者は、兄と弟なので途中で相続持分を譲渡した貴方は当事者ではありません。)だけでは、遺産分割協議とおりの持分移転登記はできません。登記上記載されているあなたの相続分は、登記上はあなたの権利ですので、あなたの承諾がなければ(貴方が権利を失うことを承諾したを証明する正式な文書がなければ)名義を抹消したり移転登記をしたりすることはできません。

 この点、民法の条文上は、遺産分割協議により遺産の分割がなされその効力は相続開始時にさかのぼる(民法 909条)、とされていることを考慮すると実体法上は遺産分割により被相続人から相続人が直接取得したことになり、そのような登記が権利関係を正確に表しているのであり、相続を原因とする登記ができても良いようにも考えられます。

 しかし、登記実務では有効な相続の登記が一度なされていることを重視し  相続分の譲渡による持分移転登記と遺産分割による持分移転登記をすることになっています。登記実務と相続の遡及効の違いは、各々の存在理由に求められます。登記は、あくまで取引保護のために権利関係の正確な表示を目的としているのですが、かたや相続の遡及効は遺産についての当事者間の権利関係を簡明化するために認められたものですから但し書きで第三者保護を規定してます。従って、当事者間の問題を公的な表示関係に持ち出すことはできないことになります。

 そこで、遺産分割協議終了の前提として、相続分の譲受人に対して持分移転登記手続きをしておく必要があります。

7 相続分譲渡の持分移転登記の申請書式は次のようになりますので参考にして下さい。
  
登 記 申 請 書

登記の目的 A持分全部移転 ※1

原   因 平成  年  月  日相続分の贈与 ※2

権 利 者 ○○区○○一丁目2番3号
       持分○分の○1  B ※3

義 務 者 ○○区○○一丁目3番4号
                 A ※4

添付情報   登記識別情報   登記原因証明情報   住所証明情報
       印鑑証明書    代理権限情報
       
申請人兼権利者
     住所  
     氏名          
■登記完了証および登記識別情報通知は上記申請人宛に送付願いします。
平成  年  月  日申請 東京法務局○○支局 御中

移転する持分の価格 合計金○○○万○○○○円

登録免許税 金○○○万○○○○円

不動産の表示
 所   在  ○○区○○一丁目
 地   番  2番3
 地   目  宅 地
 地   積  100.00u  
        此の持分の価格 金○○○万○○○○円

 所   在  ○○区○○一丁目
 地   番  2番4
 地   目  宅 地
 地   積  100.00u  
        此の持分の価格 金○○○万○○○○円

***************************************

※共同相続人以外の者が相続分の譲受人である場合、被相続人名義の登記のままであったとしても一旦共同相続人名義に登記を移転させてから、その譲渡人である共同相続人の持分について譲渡による移転の登記を申請する必要があります。被相続人から直接譲受人であるBへの移転登記を申請することはできません。Bは本件登記を申請した後、他の共同相続人との間の遺産分割による登記を申請することができます。
※1 Aは共同相続人の一人
※2 Bは相続分を譲り受ける人で、共同相続人ではない。
※3 相続分の譲渡ですが、譲渡は結果ですので「登記の原因」は譲渡の根拠を明確にする必要があり無償であれば「相続分の贈与」となります。売買で相続分を譲り受ける場合の原因は「相続分の売買」となる。そのため、税務署から贈与税等の問い合わせが予想されます。


登記原因証明情報

1 登記申請情報の要領
(1)登記の目的    A持分全部移転 
(2)登記の原因    平成  年  月  日相続分の贈与
(3)当事者 権利者甲 ○○区○○一丁目2番3号
            持分○○分の○1  B
       義務者乙 ○○区○○一丁目3番4号
                      A
(4)不動産の表示
   1所   在  ○○区○○一丁目
    地   番  2番3
    地   目  宅 地
    地   積  100.00u  

   2所   在  ○○区○○一丁目
    地   番  2番4
    地   目  宅 地
    地   積  100.00u  
                 以上 A持分○○分の○

2 登記の原因となる事実又は法律行為
 (1)Aの父である亡甲(最後の本籍 ○○区○○一丁目3番地4/最後の住所 ○○区○○一丁目3番4号)は、平成  年  月  日死亡し、その相続人はAとBである。
 (2)平成  年  月  日、Aは、被相続人甲の相続について、その相続分の全部をBに譲渡した。
 (3)よって、本件不動産のA持分の全部は、Bに移転した。

平成  年  月  日 東京法務局○○支局 御中

 上記の登記原因のとおり相違ありません。

    (乙)(住所) 東京都○○区○○一丁目3番4号
           


       (氏名)                       
******************************


(条文参照)

(遺産の分割の効力)
第九百九条  遺産の分割は、相続開始の時にさかのぼってその効力を生ずる。ただし、第三者の権利を害することはできない。



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