公務員が退職する必要のない罪名
行政|公務員の刑事犯罪と懲戒処分|平成12年3月31日職職-68、人事院事務総長発|最高裁判所昭和52年12月20日判決
目次
質問:
地方公務員の一般職の事務職をしています。恥ずかしながらこのたび刑事事件を起こしてしまい罰金刑を受けてしまいました。職場にも事件が発覚し、上司から「依願退職・自主退職した方が良いのではないか」という退職勧奨のようなことを言われてしまいました。迷惑を掛けたことは事実ですが、私は、このまま退職するしかないのでしょうか。
回答:
1、退職しない場合の懲戒処分との比較をしてから態度を決めるべきです。
地方公務員法29条第2号及び3号では、「職務上の義務に違反し、又は職務を怠つた場合」、「全体の奉仕者たるにふさわしくない非行のあつた場合」に、懲戒処分として戒告、減給、停職又は免職の処分をすることができる、という規定があります。
2、最高裁判所の判例では、「懲戒権者は,懲戒事由に該当すると認められる行為の原因,動機,性質,態様,結果,影響等のほか,当該公務員の右行為の前後における態度,懲戒処分等の処分歴,選択する処分が他の公務員及び社会に与える影響等,諸般の事情を考慮して,懲戒処分をすべきかどうか,また,懲戒処分をする場合にいかなる処分を選択すべきか,を決定することができる」と判断されています。
3、このように、法律や政令や判例では、具体的な基準を見ることはできませんが、国家公務員の懲戒処分について、独立行政委員会である人事院の事務総長が発行している通知、「懲戒処分の指針について」(平成12年3月31日職職-68、人事院事務総長発)が参考になりますので、検討してください。地方公務員の場合も、おおむね、この指針の標準例を踏襲している指針が多いようです。勿論、前記の通り任命権者の広汎な裁量が認められる事項ではありますが、指針において懲戒免職が含まれていない罪名については、「標準例よりも重く処分すべき特別事情」は存在しないこと、「標準例の中でも寛大な処分を要すべき特別事情」が存在することを最大限に主張する必要があります。弁護士に相談して、弁明主張すると良いでしょう。
4、具体的対策としては、①罰金刑となったとのことですが罰金刑のある犯罪ということは、違法、有責性がさほど重くない犯罪と思われますので、略式罰金の非公開裁判が行われる前に弁護士を依頼して罰金を回避する手続きをとることがもっとも重要です。個人的法益であればほとんどの場合示談交渉により不起訴処分、すなわち罰金を回避することが可能です。たとえば、窃盗、傷害、器物損壊等です。示談交渉により、被害者の宥恕文言、その他の行政処分に対する上申書(処分を希望しない旨の記載、これが重要です。)により懲戒処分も軽減されます。懲戒処分の根拠が国民、地方住民の公的信頼を裏切ったことに求められますから、国民住民の一人でもある被害者の処罰、処分感情が重要になるわけです。その他の社会的法益、国家的法益でも場合により贖罪寄付が必要でしょう。尚、関係者及び一般住民の嘆願書も大切なことはいうまでもありません。②罰金となった場合でも、謝罪行為を行っていないようであれば、同様の手続きをとる必要があります。従って、公務員が犯罪を犯した場合は、至急弁護士との協議が不可欠です。③次に、犯罪行為の法的な分析により、違法性、有責性の軽減事由を整理して文書及び口頭で主張することです。違法行為を行ったあなた自身が懲戒処分の事情聴取で自らを弁護することはなかなか難しいでしょうから代理人が必要です。④特に、事情聴取では弁明の仕方により違法性、有責性が大きく変わる場合があり弁護士の補足、説明立会いは重要です。貴方は公務員ですからおそらく前科、前歴がないと思われますので(あるのであればなおさらです。)、犯罪行為には何らかのやむにやまれぬ事情があるはずです。⑤懲戒処分は貴方の職業上の身分が強制的に奪われるのですから刑事事件の被疑者、被告人と類似しており、黙秘権(憲法38条1項) の理解も不可欠です。黙秘権の根拠ですが、供述を強要されない自由は、精神的自由権の思想良心の自由(憲法19条)、発言しない自由から当然認められ、自ら刑事罰を受ける可能性があるような不利益な供述を強要すること自体責任追及の前提たる適法行為の期待可能性がないということに求められます。これは、懲戒処分いついても当てはまります。本当のこということを言わないと不利益になりますという追求には応じる必要がないわけです。⑥一般職地方公務員の場合、その長が懲戒処分を行いますが、その長は選挙により選ばれる関係上国家公務員の場合と異なり不安定な地位にあり一般的に被処分者側の意見を比較検討し考慮してもらえる傾向があります。従って、積極的弁明が意外と功を奏する場合もあります。被害者、住民の嘆願書はそういう意味でも重要です。以上の点を弁護士と早急かつ慎重に対策を講じる必要があります。
5、公務員の刑事事件に関する関連事例集参照。
解説:
1、 (東京都の服務規程と国家公務員法)
地方公務員の懲戒処分については、次の条文が規定しています。東京都の服務規程と国家公務員法の条文も参考のために引用します。
地方公務員法29条第2号及び3号職員が次の各号の一に該当する場合においては、これに対し懲戒処分として戒告、減給、停職又は免職の処分をすることができる。
二 職務上の義務に違反し、又は職務を怠つた場合
三 全体の奉仕者たるにふさわしくない非行のあつた場合
同第33条 職員は、その職の信用を傷つけ、又は職員の職全体の不名誉となるような行為をしてはならない。
東京都職員服務規程第2条2項(他の都道府県にも同様の条例が定められております)
職員は、自らの行動が公務の信用に影響を与えることを認識するとともに、日常の行動について常に公私の別を明らかにし、職務や地位を私的な利益のために用いてはならない。
国家公務員法第82条2号及び3号
職員が、次の各号のいずれかに該当する場合においては、これに対し懲戒処分として、免職、停職、減給又は戒告の処分をすることができる。
二 職務上の義務に違反し、又は職務を怠つた場合
三 国民全体の奉仕者たるにふさわしくない非行のあつた場合
同第99条 職員は、その官職の信用を傷つけ、又は官職全体の不名誉となるような行為をしてはならない。
このように、法律では、公務員の非違行為について、刑罰法規違反であるかどうか、また、有罪確定しているかどうか、どのような行為であるかについて、明確な基準を設けず、懲戒処分として、「懲戒免職」をもなし得る、という規定になっています。
2、(判例の立場 最高裁判所昭和52年12月20日判決)
このため、個別具体的な懲戒処分の適法性(法的な有効性)について、裁判所で争われる事例がありますが、最高裁判所は次のような基本的な考え方を示しています。
最高裁判所昭和52年12月20日判決「懲戒権者は、懲戒事由に該当すると認められる行為の原因、動機、性質、態様、結果、影響等のほか、当該公務員の右行為の前後における態度、懲戒処分等の処分歴、選択する処分が他の公務員及び社会に与える影響等、諸般の事情を考慮して、懲戒処分をすべきかどうか、また、懲戒処分をする場合にいかなる処分を選択すべきか、を決定することができるものと考えられる」
「公務員に対する懲戒処分は,当該公務員に職務上の義務違反,その他,単なる労使関係の見地においてではなく,国民全体の奉仕者として公共の利益のために勤務することをその本質的な内容とする勤務関係の見地において,公務員としてふさわしくない非行がある場合に,その責任を確認し,公務員関係の秩序を維持するため,科される制裁である。ところで,国公法は,同法所定の懲戒事由がある場合に,懲戒権者が,懲戒処分をすべきかどうか,また,懲戒処分をするときにいかなる処分を選択すべきかを決するについては,公正であるべきこと(七四条一項)を定め,平等取扱いの原則(二七条)及び不利益取扱いの禁止(九八条三項)に違反してはならないことを定めている以外に,具体的な基準を設けていない。したがつて,懲戒権者は,懲戒事由に該当すると認められる行為の原因,動機,性質,態様,結果,影響等のほか,当該公務員の右行為の前後における態度,懲戒処分等の処分歴,選択する処分が他の公務員及び社会に与える影響等,諸般の事情を考慮して,懲戒処分をすべきかどうか,また,懲戒処分をする場合にいかなる処分を選択すべきか,を決定することができるものと考えられるのであるが,その判断は,右のような広範な事情を総合的に考慮してされるものである以上,平素から庁内の事情に通暁し,部下職員の指揮監督の衝にあたる者の裁量に任せるのでなければ,とうてい適切な結果を期待することができないものといわなければならない。それ故,公務員につき,国公法に定められた懲戒事由がある場合に,懲戒処分を行うかどうか,懲戒処分を行うときにいかなる処分を選ぶかは,懲戒権者の裁量に任されているものと解すべきである。」
「裁判所が右の処分の適否を審査するにあたっては、懲戒権者と同一の立場に立って懲戒処分をすべきであったかどうか又はいかなる処分を選択すべきであったかについて判断し、その結果と懲戒処分とを比較してその軽重を論ずべきものではなく、懲戒権者の裁量権の行使に基づく処分が社会観念上著しく妥当を欠き、裁量権を濫用したと認められる場合に限り違法であると判断すべきものである。」
つまり、裁判所は、公務員の懲戒免職処分について、任命権者の広範な裁量を認め、社会通念上著しく妥当性を欠いた事例についてのみ、裁量権を濫用したものとして、例外的に、司法審査によって無効となりうると判断しています。
懲戒処分の際に考慮される事項は、次の項目です。
1)懲戒事由に該当すると認められる行為の原因
2)懲戒事由に該当すると認められる行為の動機
3)懲戒事由に該当すると認められる行為の性質
4)懲戒事由に該当すると認められる行為の態様
5)懲戒事由に該当すると認められる行為の結果
6)懲戒事由に該当すると認められる行為の影響
7)当該公務員の右行為の前後における態度
8)当該公務員の懲戒処分等の処分歴
9)選択する処分が他の公務員及び社会に与える影響
など,諸般の事情を考慮して判断されることになります。
3、(平成12年3月31日職職-68、人事院事務総長発)
このように、法律や政令や判例では、具体的な基準を見ることはできませんが、国家公務員の懲戒処分について、独立行政委員会である人事院の事務総長が発行している通知、「懲戒処分の指針について」(平成12年3月31日職職-68、人事院事務総長発)が参考になりますので、検討してください。本稿の最後に引用していますので参考にしてください。
<参考URL=人事院の参考ページ、pdf形式の指針>
https://www.jinji.go.jp/kisoku/tsuuchi/12_choukai/1202000_H12shokushoku68.html
https://www.shinginza.com/koumuin-choukai1.pdf
https://www.shinginza.com/koumuin-choukai2.pdf
地方公務員の場合も、おおむね、この指針の標準例を踏襲している指針が多いようです。勿論、前記の通り任命権者の広汎な裁量が認められる事項ではありますが、指針において懲戒免職が含まれていない罪名については、「標準例よりも重く処分すべき特別事情」は存在しないこと、「標準例の中でも寛大な処分を要すべき特別事情」が存在することを最大限に主張する必要があります。弁護士に相談して、弁明主張すると良いでしょう。
典型的な罪名・非行で、前記指針の標準例において「懲戒免職」以外が含まれているものを列挙しますので、参考にして下さい。弁明内容によっては、懲戒免職を回避できる可能性が高まる事案です。
一般服務関係職場内の暴行→停職または減給
官物損壊→減給または戒告
諸給与の違法支払・不適正受給→減給または戒告
公金管理物処理不適正→減給または戒告
コンピュータの不適正使用→減給または戒告
公務外非行
傷害罪→停職または減給
暴行罪→減給または戒告
器物損壊罪→減給または戒告
横領罪→免職または停職
窃盗罪→免職または停職
詐欺罪→免職または停職
恐喝罪→免職または停職
賭博罪→減給または戒告
常習賭博罪→停職
淫行(青少年保護育成条例違反など)→免職または停職
痴漢行為(迷惑防止条例違反など)→停職または減給
酒酔い運転(人身事故なし)→免職または停職
酒気帯び運転(人身事故なし)→免職または停職または減給
酒気帯び運転(人身事故あり、措置義務違反なし)→免職または停職
飲酒運転以外の人身事故(死亡または重篤傷害、措置義務違反なし)→免職または停職または減給
飲酒運転以外の人身事故(重篤を除く傷害、措置義務違反なし)→減給または戒告
飲酒運転以外の人身事故(重篤を除く傷害、措置義務違反あり)→停職または減給
著しい速度超過等悪質な交通法規違反→停職または減給または戒告
これらの標準例は、あくまでも一般職の職員に適用されるべき処分例ですので、公立学校教職員や、警察職員など、業務内容に、生徒生活指導や、刑罰法規取締りが含まれているような場合には、標準例が適用されない可能性が高まりますので注意を要します。一般職員であっても、新聞報道などがあり、市役所に毎日多数の抗議の電話が来ているなど、社会的非難が強まっているような特殊事情がある場合は、前記の通り個別事情によって標準例よりも重い処分となってしまう場合がありますので、注意を要します。
地方公務員法29条4項で、「職員の懲戒の手続及び効果は、法律に特別の定がある場合を除く外、条例で定めなければならない。」と規定されております。東京都の場合の懲戒手続の規定を参考の為に引用します。
(東京都)職員の懲戒に関する条例昭和26年09月20日条例第84号
第2条(懲戒手続)戒告、減給、停職又は免職の処分は、その旨を記載した書面を当該職員に交付して行わなければならない。
4、(懲戒処分に対する具体的対策)
実際の懲戒手続きでは、勤務先の人事課から弁明聴取の日時が指定され、非違行為についての弁明を述べる機会が与えられることが多いです。この場合、代理人弁護士に同席してもらい、法的な立場から弁明意見を述べてもらうと良いでしょう。職場や、親戚、知人、友人などの処分軽減を求める嘆願書を作成して、これを提出することもできます。被害者のある犯罪など非違行為であれば、被害者との民事示談の状況説明報告書や、被害者からの処分軽減を求める上申書などが提出できると有効です。上司から事実上の退職勧奨を受けてしまったといっても、自ら辞表を作成して提出し受理されてしまった場合には、後になって取り消すことが困難となってしまいます。自分では勤務継続は難しいと思ってしまった場合でも、事前に弁護士に相談することをお勧め致します。お困りの場合はお近くの法律事務所にご相談なさってください。
以上です。