新銀座法律事務所 法律相談事例集データベース
No.1522、2014/06/09 10:00 https://www.shinginza.com/idoushin.htm

【民事・行政・カメラ・盗撮・病院・診察室・医者・勤務医・迷惑防止条例違反・懲戒解雇・懲戒事由・退職金・医道審議会・業務停止・診療室内の盗撮は犯罪となるか、医師の行政処分、東京地裁昭和40年3月8日判決

退職後に懲戒事由が発覚した場合

質問:
 私は,神奈川県の病院にて勤務医をしています。自分の診察室で昨年から盗撮行為を行っていました。カメラには,診察を受けるため上半身裸になった女性が映ることもありました。先日,カメラを設置していることが清掃員の方に見つかってしまいました。私は「私の所有物ではない」旨の嘘を言い,その場を何とか誤魔化すことはできました。
 しかし,カメラは病院に回収されてしまいました。カメラには,私の指紋が残っている可能性もあり,私が犯人だと突き止められてしまう可能性がありました。
 そのため,院長に月末で退職する旨を伝え,退職届を提出し院長にも了解してもらいました。病院から呼び出しを受けることなく,月末も過ぎ無事に退職できました。退職金も振り込まれ安心していていました。
 しかし,退職してから丁度2週間経った昨日,勤めていた病院から電話があり「懲戒解雇にしたので,退職金を返還せよ。警察にも相談している」と言われてしまいました。
 どうやら,私が犯人であることが発覚してしまったようです。私は,退職金を返還しなければならないのでしょうか。退職金規程(就業規則)には「退職後に一定の懲戒事由が判明したときは退職金を支払わない」旨を規定はありません。


回答:

1.退職者を懲戒解雇とすることはできませんから、退職金の返還義務は無いと考えられます。但し、盗撮行為が悪質で退職金支払いの根拠となった、勤務による雇用者への貢献を全く失しなわせるような背信的な行為と判断される場合は、退職金の支払いは法律的な根拠を欠くものとして返還義務が認められる場合もあります。

2.退職金の返還義務がないとしても、盗撮が事実であり院長が警察に相談しているということであれば刑事事件となり、本件では住居侵入罪により罰金以上の刑に処せられる可能性があります。医師が診察行為を盗撮していたと言うことであれば、刑事処分は免れませんし、刑事処分となれば罰金であっても医師の業務停止等の行政処分が予想されます。
 そのような事態を避けるためには、院長と協議し退職金を返還する代わりに警察への届出等を取り下げてもらうようにした方が良いでしょう。

3.刑事事件になる可能性について
 相談者様が盗撮の犯人であることが発覚しているようです。近々警察から呼び出しを受けることや,自宅につき捜索・差押を受けることが考えられます。被疑罪名としては,迷惑防止条例違反(盗撮),軽犯罪法違反,建造物侵入(刑法130条)が考えられます。これらの罪について,被害者の立場にあるものと示談等をしないと,略式罰金等の刑事処分を受け,前科が付いてしまう可能性があります。神奈川県の迷惑防止条例では、診察室の公共性がないので第3条1項の盗撮行為に該当しませんが、診察室も、通常衣服を着けない場所にあたり3項の盗撮にあたります。建造物侵入罪では自分が執務している診察室なので「人の看守する建造物」といえるか問題です。人の看守とは保護法益の解釈から他人の管理支配するという意味ですから診察室脱衣室が病院側の管理支配にあるか、貴方の管理支配にあるか、両方の管理支配にあるか問題です。本罪が生活の平穏を保護する趣旨からして、現実に診療行為をしていても診察室自体は病院側の管理支配権にあり診察のために現実的に利用しているとの評価となるでしょう。唯、診察室が別個独立の建造物と評価しえるか構造上問題点は残りますが特定が可能であれば生活の平穏を守るため肯定的に考えることができるでしょう。軽犯罪法の第一条23号窃視の罪に該当しますが、刑が1万円未満の科料なので、迷惑防止条例が成立すると保護法益が同じなので重い法に吸収され条例違反が成立、立件することになります。 建造物侵入と迷惑防止条例違反の関係は手段、目的の関係で牽連犯といわれるものであり、刑の重い建造物侵入の罪で処罰されます。

4.厚生労働大臣によるによる医師の業務停止処分などの可能性
  
 本件について,略式罰金などの刑事処分が課されると,医師の業務についての行政処分の対象となり、後日、医道審議会からの呼び出しをうけることとなります。医道審議会の前例にてらして勘案すれば,数カ月の業務停止や,場合によっては医師免許の剥奪の処分等の処分を受ける可能性があります。

 業務停止などの行政処分を避けるためには,刑事処分を避けることが重要となり,刑事処分を避けるため,被害者と示談することが重要となります。医道審議会の手続き等につきましては,当事務所HP(https://www.shinginza.com/idoushin.htm)を御参照下さい。

5.事務所関連事例集、建造物侵入・盗撮1493番1328番784番参照。医道審議会関係事例集としては,1510番1489番1485番1411番1343番1325番1303番1268番1241番1144番1085番1102番1079番1042番1034番869番735番653番551番313番266番246番211番48番参照。

6.なお、平成30年7月に東京都迷惑防止条例の改正があり、盗撮事案において公共の場所要件が撤廃されていますので、新しい条例の適用関係については本事例集1925番を御参照下さい。



解説:

1.退職金の返還の有無について

  懲戒解雇とは,懲戒処分の一種であり,懲戒処分の中で最も重いものです。通常は,退職金の全部または一部が支給されません。本件では,相談者様は病院を既に退職しているため,相談者様に懲戒権が及び,懲戒解雇できるかが問題となります。

(1)懲戒権が及ぶ範囲について

 懲戒処分は,使用者が従業員の企業秩序違反行為に対して課す制裁罰とされます。使用者が懲戒処分を行うための権限が「懲戒権」と呼ばれます。この懲戒権につき判例は,「懲戒権などの使用者の職場秩序維持のための諸権限を基礎づける枠組み」として,企業秩序論を展開しています。
 すなわち,「使用者は,職場秩序を維持する権限である「企業秩序」定立権をもち,労働者は,労働契約を締結して雇用されることによって,企業秩序を順守すべき義務である「企業秩序」順守義務を負う」とされます(最三小判昭和52年12月13日など)。
 このような判例の説示からすれば,判例は,そもそも使用者は,企業経営上の必要性から「企業秩序」定立権をもち,労働者は雇用されることにより当然「企業秩序」順守義務を負うと考えているようです。
 そのため,使用者が行う懲戒処分としての解雇の意思表示は、雇用関係が存続していることが前提となります。
したがって、退職が成立した後に懲戒解雇事由が発覚した場合でも、退職が成立していれば,懲戒権は及ばず懲戒解雇とすることはできず,退職金の返還も求められなということです。

(2)退職の成否について

 退職届は、使用者の承認があるか、または、退職の申し出後2週間(民法627条1項)ないし就業規則等で定められた所定の期間を経過したときに退職の効果を生じます。
本件では,使用者である院長が月末での退職を了解しており,月末を経過しているので,退職が成立しているといえます。
 なお,院長に了解を得ずに無断欠勤を続けている等,退職の成立についての疑問がある場合には,事例集1240番解説「2.(退職について)」や,事例集1201番解説「労働者からの退職の意思表示の解釈」を参考にしていただければと思います。

(3)注意すべきこと
 本件では,雇用関係は終了しているため,病院は相談者様を懲戒解雇にすることはできません。そのため,退職金の返還にも応じる必要はありません。

 但し、懲戒解雇となる事由が退職後に発覚したため本来であれば退職金の支払いが不要であったという場合、公平、正義という点から疑問が生じます。 この点に関し、自主退職後で退職金の支給前に懲戒解雇事由が発覚したため雇用者が退職金の支払いを拒否したという事案について、退職金の請求を権利濫用を理由に認めなかった裁判例があります(東京地裁平成8年4月26日)。そうすると、退職金がすでに支払われていた場合も、本来法律上支払う必要のない退職金が支払われていたと考えると、退職金を受け取ることは法律上の原因ない利得であるとして不当利得(民歩703条)として返還義務があるとされる場合もあり得るでしょう。

 また,事情により,雇用契約の合意解約とされる場合には,退職金の取得が、退職者の不作為による詐欺として民法709条の不法行為や誠実義務違反の債務不履行に基づく損害賠償請求により同額の賠償を求める場合などがあるため,注意が必要です。

 このように、退職金の受領には疑問もあり、また刑事事件にも発展する危険性もありますから、たとえ法律上返還義務がないとしても、返還の方向で検討したほうが良いでしょう。


2.刑事事件の可能性について

 隠しカメラによる盗撮については,一般的に軽犯罪法1条23号(窃視の罪)および,公衆に著しく迷惑をかける暴力的不良行為等の防止に関する条例(神奈川県)に該当する可能性があります。また盗撮用カメラを設置する行為は住居侵入罪にも該当します。しかし、本件では自分の診察室にカメラを設置したということで、一般的な盗撮とは違っていますので検討が必要です。

(1)軽犯罪法違反の点について

 軽犯罪法1条23号は「正当な理由がなくて人の住居、浴場、更衣場、便所その他人が通常衣服をつけないでいるような場所をひそかにのぞき見た者」を拘留または科料に処しています。

 いわゆるのぞき行為を対象とする犯罪ですから、医師が自らする診察についてカメラで撮影することがこのような「のぞき行為」といえるのか検討が必要です。まず、本件の盗撮行為は診察室で行われたものであり,「その他人が通常衣服をつけないでいるような場所」に該当するか否かが問題となります。

 ここで,東京地判昭和40年3月8日は,「人はその承諾なしに,自己の写真を撮影されたり,世間に公表されたりしない権利を持ち,それは私人が私生活に他から干渉されず,私的な出来事について,その承諾なしに公表されることから保護される権利であるプライバシーの権利の一種と見ることができ…軽犯罪法1条23号などは,これを認める趣旨の規定と解される」旨の判示をしています。

 このことから,本号は,一種のプライバシーの権利を認める趣旨の規定である考えられ,本号は,個人的秘密の侵害行為を禁止し,ひいては私生活の平穏の確保を目的としていると考えられています。

 私生活の平穏の確保という目的からすると,「通常衣服をつけないでいるような場所」とは「裸でいる可能性のある場所」を意味することとなります。

 本件の様な診察室では,一般的に聴診器を胸に当てたりする際に,上半身を裸にする場所であるため,「裸でいる可能性のある場所」に該当するといえるでしょう。

 同様に隠しカメラによる撮影についても、プライバシーの保護という点からは単なるのぞき行為よりも侵害の程度は悪質と言えます。相談者様の行為は,軽犯罪法違反に問われる可能性が高いといえます。

(2)迷惑防止条例違反の可能性について

 公衆に著しく迷惑をかける暴力的不良行為等の防止に関する条例(神奈 川県迷惑防止条例)3条は「何人も、人に対し、公共の場所又は公共の乗物において、人を著しく羞恥させ、又は人に不安を覚えさせるような卑わいな言動をしてはならない」と定めています。これに違反すると,同条例11条1項により6ヶ月以下の懲役又は50万円以下の罰金に処せられることになります。

 では,本件盗撮行為が診察室は「公共の場所」にあたるのでしょうか。

 本条例が「公共の場所又は公共の乗物において」と定めた趣旨は,主意的には,公共の場所で卑猥な言動を禁止し,性に関する善良な社会的道徳、慣習、風俗、秩序も併せて保護し,副次的に,盗撮されてしまう個人を保護しようとした点にあります。

 かかる趣旨からすれば,「公共の場所」とは,不特定または多数人が出入りできる場所を意味すると考えられます。

 本件では,盗撮行為は,病院の診察室という特定の少数人が出入りする場所であるため,「公共の場所」に該当しません。そのため,相談者様の行為は,公衆に著しく迷惑をかける暴力的不良行為等の防止に関する条例3条1項の盗撮行為には該当しないこととなります。

 しかし、本条3項は、公共性の要件はなくても衣服を着けない場所の盗撮を禁止していますので、通常衣服を着けない場所である診察室の撮影は3項に該当します。

(3)住居侵入(建造物侵入)について

 自分の診察室ということですが、勤務医師の場合、診察室の管理は院長なり別の人が行っていると考えられます。とすると、診察室は住居侵入罪の対象となる「人の看取する建造物」に該当します。

 また、住居侵入罪で定める「侵入」は、管理者の意思に反して立ち入る行為です。勤務医であっても診察のために診察室への出入りを許可されているに過ぎず、盗撮用のカメラを設置するために診察室へ入る行為は許可されていませんから、管理者の意思に反して診察室に侵入したことになります。診察室に従前からカメラが置いてあり、それを見て偶然盗撮を思いついたというような事情がない限りは住居侵入罪が成立すると考えられます。

(4)そうすると、本件では迷惑防止条例違反と住居侵入が成立すると考えられ、被害届が提出され刑事事件になると、法定刑の重い住居侵入罪により罰金以上の刑に処せられることになります(刑法54条後段、牽連犯といいます)。

 医師が、罰金以上の刑に処せられると医師法7条で厚生労働大臣により行政処分を受ける可能性が生じますので罰金であればしょうがないと考えていると取り返しのつかないことになる危険性があります。


3 総合的な対応策

 以上のように、本件では退職金の返還にこだわっていると、刑事事件となり、罰金や医師に対する行政処分の対象となってしまう危険性が高いと言えます。一番良い方法は、事態を総合的に考慮して速やかに院長と退職金返還の方向で話し合いをし、併せて刑事事件にならないよう被害届の提出を思いとどまるよう交渉するか、既に提出済みということであればその取り下げ等について協議する必要があります。

 現時点では刑事事件とはなっていないと思われますが、刑事事件となってしまっては遅きに失する事態となりますので、早い時期に弁護士に院長との協議を依頼する必要があるでしょう。

※参照条文
<労働契約法>
第十五条(懲戒)
使用者が労働者を懲戒することができる場合において、当該懲戒が、当該懲戒に係る労働者の行為の性質及び態様その他の事情に照らして、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を濫用したものとして、当該懲戒は、無効とする。
第十六条(解雇)
解雇は、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を濫用したものとして、無効とする。


<建造物侵入>

(住居侵入等)
第百三十条  正当な理由がないのに、人の住居若しくは人の看守する邸宅、建造物若しくは艦船に侵入し、又は要求を受けたにもかかわらずこれらの場所から退去しなかった者は、三年以下の懲役又は十万円以下の罰金に処する。

<軽犯罪法>
第1条 左の各号の一に該当する者は、これを拘留又は科料に処する。
1号  …22号まで省略…
23号 正当な理由がなくて人の住居、浴場、更衣場、便所その他人が通常衣服をつけないでいるような場所をひそかにのぞき見た者
24号 …以下省略…

<神奈川県迷惑防止条例>
第3条(卑わい行為の禁止)
1項 何人も、公共の場所又は公共の乗物において、人を著しく羞恥させ、又は人に不安を覚えさせるような方法で、次に掲げる行為をしてはならない。
1号…省略…
2号…省略…
3号 写真機その他これに類する機器(以下「写真機等」という。)を使用して、人の下着又は身体の映像を記録すること。
2項 何人も、正当な理由がないのに、衣服等を透かして見ることができる写真機等を使用して、公共の場所にいる人又は公共の乗物に乗つている人の下着又は身体を見、又はその映像を記録してはならない。
3項 何人も、正当な理由がないのに、写真機等を使用して、住居、浴場、更衣場、便所その他人が通常衣服等の全部又は一部を着けないでいるような場所において、当該状態でいる人の姿態の映像を記録してはならない。
第15条(罰則)
1項 第3条の規定に違反した者は、1年以下の懲役又は100万円以下の罰金に処する。
2項 …以下省略…



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