少年の刑事事件による高等学校からの自主退学勧告

刑事|少年事件|自主退学|迷惑防止条例違反|学校に対する仮の地位を定める仮処分申し立て|家庭裁判所|強制退学処分|東京地裁平成16年3月22日判決

目次

  1. 質問
  2. 回答
  3. 解説
  4. 関連事例集
  5. 参考条文

質問:

私の息子の退学問題に関する相談です。私の息子は,現在私立高校の2年生に在籍しておりますが,一か月ほど前,電車内で女性のお尻を触ってしまったという事実により,警察から迷惑防止条例違反の罪で取調べを受けました。

その件について,何と警察から学校へ連絡があったようであり,現在学校からは,自宅謹慎処分を言い渡されると共に,強制退学にはしない代わりに自主退学をするよう強く勧められている状況です。息子は,できれば現在の学校で友人と共に卒業したいという思いが強く,自主退学する意思はない旨伝えているのですが,全く取り合ってもらえず,ひたすら自主退学を勧められるまま1か月ほどが経過してしまいました。

今後,息子は家庭裁判所でどのような処分を受けるのでしょうか。また,息子を同じ学校に復学させる為にはどのようにしたらよいでしょうか。

回答:

1.息子さんは,今後事件を家庭裁判所に送致され,少年審判を受けることになり,結果として,保護観察等の処分を受ける可能性が考えられます。しかし,示談や家庭環境の調整等の活動を積極的に行うことによって,審判において不処分となることも期待できます。そのため,弁護士を付添人として選任し,審判に向けた活動を依頼すると良いでしょう。

2.今回の件は,既に刑事事件となっている以上,息子さんは,通学している高校から強制退学処分を受ける可能性があります。しかし,強制退学処分としないのであれば,息子さんは,学校との間の在学契約に基づき,高校へ通学することが可能です。

 学校側が一向に通学を認めない場合には,裁判所に対して,学校の教育役務提供義務の履行を求める仮処分等を申し立てることが考えられます。これが認められれば,裁判所から学校に対して,息子さんに授業等を行うよう命令が発令されますので,復学できる可能性が高くなります。

3.一方学校側が強制退学処分とした場合は,その有効性が問題となります。学生を退学処分にするか否かについては,学校にある程度の裁量権が認められていますが,退学処分とすることが社会通念上著しく合理性を欠く場合には,退学処分が違法なものとして無効となる場合もあります。

4.復学を達成するためには,家庭裁判所の手続で不処分となることがまず重要ですが,それと並行して学校との交渉を早期に開始する必要があります。特に学校側との交渉については,法律上,事実上の主張を踏まえて裁判所への仮処分など専門的な手続が必要となります。そのため,同分野の経験のある弁護士に相談するなどして,万全の体勢を整えることをお勧めいたします。

5.少年事件に関する関連事例集参照。

解説:

1.少年審判の対応

(1)少年事件の手続

20歳未満の少年が刑事事件を起こした場合,原則として,事件は全て家庭裁判所に送致されることになります(少年法42条)。少額の万引き事案等軽微な非行については,書類のみが家庭裁判所に送られる簡易送致の手続,家庭裁判所による少年審判不開始の決定が認められていますが,原則的には,家庭裁判所において,観護措置や試験観察,その他の家庭裁判所調査官の調査結果を踏まえた上で,少年審判が行われることとなります。

少年審判の結果,不処分となることもありますが,保護処分として保護観察処分や少年院送致の手続が取られることもあります。

(2)少年審判における処分決定の際の考慮要素

少年審判においては,問題となった「非行事実」の内容に加え,少年の「要保護性」という観点から,少年に対する処遇を決定することになります。

ここでいう非行事実とは,成人の刑事事件の場合の犯罪事実と同様の意味を持ちます。そのため,弁護活動としては,示談による被害の回復等が必要となります。

要保護性とは,少年の再非行の危険性や矯正の可能性,保護処分により保護が適当か否かという保護相当性といった要素により構成されます。そのため,審判不開始や不処分の審判結果を得るためには,少年やその家族の生活環境を整え,今後の再犯防止のための具体的な方策を自主的に講じる必要があります。

少年事件における詳細な手続の流れについては,弊所事例集【716番:刑事・少年事件・保護処分の内容】【1424番:迷惑防止条例違反の少年事件】等もご参照ください。

(3)本件における処分の見込みと必要な弁護活動

本件のような痴漢事案の場合,初の非行事実であり必要な弁護活動を行えば,審判不開始あるいは審判の結果不処分となる可能性が高いといえます。

しかし,そのためには,弁護士を付添人(少年事件における弁護人)として選任し,非行事実に対する弁護活動や,具体的な環境調整の方策を依頼する必要があります。

①非行事実について 

非行事実に関する活動として重要なものの一つが,被害者との示談です。少年事件においても,起こした事件の被害結果が回復されているか,例え示談金が両親から支出されたとしても,それを将来少年自身が責任を持って返済できるかという点は,処分結果に大きな影響を与えます。本件も,痴漢事案とのことですから,被害者と示談を成立させることは,不処分に向けて必須の活動と言えるでしょう。

②環境調整について

環境調整の方策としては,まず,付添人が少年と信頼関係を築き,内面から働き掛けを行うことが当然重要です。さらに,家族で少年の指導監督体制を構築することが不可欠であり,上記示談への協力は勿論,親子間で事件について十分に話し合うことも重要です。加えて,本件のような性的犯罪の場合には,専門の機関でカウンセリング等を受けることも検討すべきです。そして,家庭裁判所から派遣される調査官との面談や,審判期日における裁判官からの質問への応対なども,付添人と詳細に協議して入念な準備を進めましょう。

そして,少年の環境調整において過程と共に重要なのが,学校との関係の調整です。学校は,少年を教育する場でもあり,今後の少年の更生生活において重要な役割を占めますから,学校でも少年の更生に向けた指導監督を行ってくれるとなれば,審判においても有利に働きます。本件では,学校からは自主退学を勧められているとのことですが,学校との間で今後の更生生活等について協議を行い,何とか退学を回避できるよう努めるべきです。学校への対応については,次項で詳細に述べます。

2.学校側への対応

(1)学校への連絡

少年が刑事事件を起こした場合に,学校への通報が行われるか否かについては,非行事実の軽重や,地域警察署の取扱いによって異なります。軽微な事件であれば,警察や家庭裁判所が少年の更生に配慮し,学校への連絡を行わない場合もありますが,地域によっては,学校と警察との間で,「学校と警察との相互連絡の協定」が締結されている場合もあり,その場合,事件直後に警察から学校に事件についての連絡が為されてしまう場合があります。私立高校は、公立高校に比較して通報がなされない確立が低いようです。被害者自身が学校への連絡を行う場合があるので早急の対応が求められます。

高校に連絡されてしまうと,当然学校において退学処分も含めた懲戒処分をされてしまう危険性が存在するため,学校へ連絡される事態は,何としても回避しなければなりません。一定の重大な事案においては,連絡されることもやむを得ない場合も存在しますが,付添人が警察や検察と交渉を行うことによって,学校への連絡を回避できる場合も存在します。交渉の際は,学校へ連絡されれば退学の可能性があること,学校へ連絡をせずとも,両親がきちんと指導監督できることを,両親の誓約書等によって証明する必要があります。可能な限り早期に,経験のある弁護士に依頼するべきでしょう。

仮に学校へ連絡されてしまった場合は,懲戒処分,特に退学処分を回避できるよう,学校側と交渉する必要が生じます。

この場合,学校の対応としてよく見られるのが,生徒に対して自主退学するよう勧告するという対応です。自主退学するまでの間は,自宅謹慎として登校が認められません。本件でも,学校から自主退学の勧告を受けているとのことですから,次項以降において,学校側から自主退学勧告を告げられた場合の対応について説明します。

(2)自主退学の勧告とそれに対する対応

ア 在学契約上の権利関係

(ア)契約の性質

学校側の自主退学勧告処分の有効性を検討する前に,生徒と学校の間の法律上の関係性を整理したいと思います。多くの場合,学校と生徒の間では,生徒側が学校に対して入学を申込み,学校側がそれを受諾し入学を許可するという形式で,在学契約が成立していると考えられます。

その在学契約の内容については,諸説存在するところですが,裁判例等においては,準委任契約類似の無名契約とするものが多いと言えます(大阪地裁平成15年10月9日判決,東京地裁平成16年3月22日判決等)。準委任契約とは,委任者(生徒)が一定の事実行為を受任者(学校)に委託し,受任者がそれを承諾するという形式です。在学契約においては,生徒が学校に対して授業の実施等の事実行為を委託する点で,準委任契約に該当しますが,その他にも,学校施設の利用許可等も含むため,単なる準委任契約に留まらない契約と分類されているのです。

(イ)学校側の債務

つまり在学契約の具体的な内容として学校側が負う債務としては,以下の様なものが裁判例等から認められているといえます。すなわち、

①生徒に対して講義,実習,実験等の狭義の教育活動を行う義務,

②生徒が学校の施設等を利用することを許可する債務(京都地裁平成15年7月16日判決等)

③その学校の学生としての身分を取得させる債務(神戸地裁平成15年12月24日判決)です。

②③については,在学契約の性質として認めた裁判例の数がそれほど多くありませんが,①②の内容については,ほぼ争いなく認められている状況です。

在学契約は,上記のような法律関係の他,教育法の原理等も及ぶため,純粋な民事法上の取引法の原理が妥当しない側面もあります(東京地裁平成15年2月23日判決等)が,基本的には上記の様な性質の元,私法上の規律が及ぶものと捉えられています。

従って,学校側が,正当な理由が無く上記の義務を履行しなければ,それは民法上の債務不履行責任を生じる結果となります。

イ 自主退学勧告の法的性質

上記のような法律関係を前提に,学校側の行う自主退学勧告及び付随する自宅謹慎命令の法的性質及びその効果について検討します。

(ア)退学処分の根拠

通常,自主退学勧告は,学校側が,当該学生には強制退学処分を行うことが相当であると判断した場合に,その前段階として行われます。

学生が刑事事件等の非行を行った場合,学校側には,学生に対して懲戒処分を行う権限が認められています。学校教育法11条では,「校長及び教員は、教育上必要があると認めるときは、文部科学大臣の定めるところにより、児童、生徒及び学生に懲戒を加えることができる。」とされており,少年が刑事事件を起こした場合,生徒に対して懲戒処分を行う権限があると解されています。

また「懲戒のうち、退学、停学及び訓告の処分は、校長(大学にあつては、学長の委任を受けた学部長を含む。)が行う。」(同法施行規則第26条第2項)ともされており,生徒に与える影響の大きい退学処分等の重大な処分については,学校長のみが行うものとされています。

従って,仮に学校側がそれらの処分を選択すれば,学校側の上記義務を免除され,学生側は授業を受ける権利を喪失することになります。そのため,学校がそれらの処分を為し得る場合には,その前提として自宅謹慎を命じることも,適当な処分といえます。自宅謹慎自体は懲戒処分ではありませんが、懲戒処分が決まるまでに必要と考えられる相当期間、学校が学校施設への通学を拒否することは、正当な理由に基づく学校の対応として学校の債務不履行とは言えません(もちろん,退学処分を選択する学校側の裁量権には法律上の限界があり,退学処分が無効となる場合も存在します。この点については下記(3)で詳述します。)

加えて,一般的に強制的な退学処分は他の学校への転学も困難になるため,学生にとっては,自主退学処分の方が有利な処分であると考えられます。そのため,学校側が退学処分を行う前提として,学生に対して有利な自主退学の勧告を行い,その期間自宅謹慎を命じることも,教育的な配慮に基づく相当な措置として,適法なものとなる場合も存在するといえるでしょう。

(イ)自主退学処分の性質

しかし,そもそも,自主退学勧告とは,あくまで自主的な退学届の提出を求めるものであり,学生に対して何の強制力も持つものではありません。自主退学勧告を受けた場合でも,学生の意思として,退学を拒絶する意思が明確である場合は,学生には,学校との間の契約に基づき学校に登校する権利が存在し,学校側には,上記①~③の義務が存在します。そのため,それに付随する自宅謹慎命令も,契約上の義務に反する違法な処分となります。

なお,自主退学勧告処分の適法性には,その生徒に対する強制退学処分の当否自体は大きな意味を持ちません。仮に退学処分相当であるならば,法律上の根拠に基づき強制退学処分を行うべきであり,自主退学勧告の名のもとに学生の地位を不安定な状態に留まらせるべきでは無いためです。

つまり,上記の法律関係からすれば,学校側の行う自主退学勧告が適法な場合があるとしても,それは,当該自主退学勧告の期間が,学校側が強制退学処分を検討するために必要な合理的期間に留まる場合に限られ,それを越えて継続する場合には,学校側の在学契約上の債務不履行として違法な状態であるといえます。

ウ 自主退学勧告に対する対応

(ア)では,学校側が違法な自主退学勧告を行う場合は,どのように対応したら良いでしょうか。

自主退学勧告を行う場合,学校側としては,何とか自主退学勧告に応じるよう学生及び保護者に説得を行います。学校側は,自主退学しなければ強制退学処分を行うと予告した上で,「強制退学となれば他校からも受け入れて貰えなくなるのだから自主退学した方がよい」等と述べて説得を図る場合が多いと言えます。

学校側が自主退学を勧める主な理由は,①強制退学とした場合後に訴訟等の紛争に発展する危険がある,②強制退学事例については,所管の教育委員会に報告する義務がある,等の事が考えられます。

確かに,生徒側としても,学生の犯した非行事実が強制退学にされてもやむを得ないような悪質な事案である場合,強制退学処分になるよりは,自主退学に応じた方が良い場合もあります。しかし実際には,強制退学とすることが法律上不可能であるような場合にも,学校側が上記のような説得を行い,自主退学で片づけてしまおうとしているケースが多いのが現状です。

そのため,学校側から自主退学勧告を受けた場合には,果たして対象となっている非行事実が退学相当の事案なのかを検討した上で,受諾するか否かを慎重に検討する必要があります。

自分のケースが強制退学処分に該当するか否かの判断は,法律上の判断を含むため,弊所事例集(【1413番:生徒に対する行政処分・公立高校の転学命令の効力・退学との関係・対応策・東京地裁平成20年10月17日判決】等)を参考にする他,弁護士等の専門家に相談して意見を聞くべきでしょう。

(イ)自主退学勧告を受け入れない場合は,学校側にその意思及び早期に復学する意思を明確に告げる必要があります。しかし実際には,生徒本人及び家族から自主退学勧告拒否の意思を示したとしても,学校がそれを聞き入れず,学校側からは半ば強制的に自宅謹慎を命じられてしまうケースが多いといえます。

その場合は,やはり弁護士を交えての交渉を行う必要があるでしょう。上述の通り,学校側としては,生徒を甘く見ている部分もあり,「生徒が自主的に退学を決めた。」という状況を作出できれば,処分自体の正当性はそれほど考慮していない場合が多く存在します。

そのため,弁護士から,当該処分が強制退学相当の事案ではない旨を法的に説明し,場合によっては法的手続を辞さない姿勢を見せれば,自主退学勧告を撤回し,復学を認めるケースも多く存在します。

(3)法的手続(仮処分)の検討

ア 考えられる手続き

一方で,学校側の姿勢が強硬な場合,交渉をしたとしても,自宅謹慎状態が継続し,登校が不可能である場合も存在します。そのような状況を打開する手段としては,学校を相手方として,裁判所に「仮の地位を定める仮処分」を申し立てることが考えられます。

仮処分とは,違法な行為によりある権利(「被保全権利」といいます。)が侵害されており,通常の民事訴訟の審理を待っていたのでは権利者に著しい損害が生じてしまう場合に,比較的短い期間の審理で,裁判所が仮の権利関係を定め,早期の権利実現を図ることができる手続です。

学校の行う退学処分の有効性という問題も,通常の民事訴訟手続には,審理に長期間を要するため,仮処分の手続により権利の救済を求めるのが適当といえます。仮処分の場合,事実上の争点の内容にもよりますが,早ければ申し立てから1~2か月で仮処分命令を得ることも可能です。

イ 仮処分手続きの進行

裁判所に対して,仮の地位を定める仮処分を申し立てた場合,裁判官から裁判所において審尋(又は口頭弁論)の期日が設けられます。期日においては,原則として申立人と相手方の双方が出頭し,裁判官からの質問等とともに,申立に理由があるかの審理が行われます。場合によっては,裁判官立会のもとで和解についての協議が行われ,和解が成立することもあります。裁判外での任意の交渉では学校側が協議に応じなかったとしても,裁判所を介入した協議においては,復学を前提とした和解に応じる場合もあります。早期解決という意味では,和解も重要な選択ですので,期日においては積極的に話し合いを行うべきでしょう。

争点にもよりますが,審尋期日が数回行われる場合もあります。

ウ 仮処分手続における主張

仮処分が認められる為には,①被保全権利の存在と,②保全の必要性が必要となります。

① 被保全権利について

本件における被保全権利としては,上記(2)ア(イ)記載の①乃至③の在学契約上の権利が存在します。その中でも仮処分の際は,主に①②の権利の実現を申立ての趣旨として仮処分を申し立てることが,最も適当であるといえます。その理由は,まず①②の権利自体が,在学契約の中でも最も中核的な要素であり,その存否について争いが無いこと,及び「授業等の実施」は,学校側がその行為を為さなければならないという作為義務であるため,裁判所からの命令として直截的であることが挙げられます。

そのため,仮処分の際には,裁判所に対して,「債務者(学校)は,債権者(生徒)に対し,学校の目的に応じた授業,実習その他教育活動を実施し,これに関連する役務を提供し,これに必要な教育施設を利用させなければならない。」等の命令を求めることが例として考えられます。

なお,被保全権利が認められる為には,その権利の阻却事由が無い事,即ち学校側の自主退学勧告が違法であることが必要です。上記の通り,自主退学勧告が適法となるのは,学校側が強制退学処分を検討するために必要な合理的期間に留まる場合に限られます。その為,学校側が事実関係について未だ調査中(当然必要最小限の期間に限られます)である等の特別な事情が無い限り,原則として自主退学勧告の継続には違法性が認められることになります。

仮処分手続きにおいては,既に自主退学勧告に従わない意思を明確にしている事実のほか,学校側には少年事件の状況も含めてすべて報告済みである事実などを明確に主張する必要があります。

② 保全の必要性

保全の必要性とは,その権利侵害状態が継続することによって債権者に生ずる著しい損害又は急迫の危険を避けるために,仮処分が必要であることを意味します(民事保全法23条)。通常は,現状によって債権者に生じる不利益と,仮処分命令を出すことで債務者に生じる不利益のどちらが大きいかを比較衡量して判断されることになります。

本件のようなケースの場合,生徒側は,授業に出席できなければ復学しても留年しなければならない事態が生じかねません。学生時代の1年の留年は将来への影響も大きく,また友人や社会との関係も大きく悪化する危険があります。これらの事情からすれば,仮処分が認められないことにより,債権者には著しい不利益が生じるものといえるでしょう。

一方で学校側にとっては,上記のような仮処分命令が出されたとしても,生徒,それも元々在籍している生徒が一人増えるだけですから,学校側に生じる不利益は小さいと言えます。

そのため,これらの事情を詳細に主張すれば,保全の必要性は原則として認められるものと言えます。

エ 本件における検討と仮処分後の対応

上述のとおり,本件では,学校側があくまでも自主退学にこだわる限り,在学契約に基づく教育役務提供義務の履行を求める仮処分が認められる可能性は,大いに存在するものと考えられます。

既にご子息もあなたも自主退学に応じない旨を学校に表明していること,学校の調査が終了してから既に2か月が経過していることからすれば,学校側がこれ以上自主退学を勧告することに合理性を欠いた違法な状態であるとされることになります。

仮処分命令が発令されれば,原則として学校側にはそれに従う法的な義務が発生しますから,ご子息は直ちに学校に復学することが可能となります。学校側は裁判所の命令には従うのが通常ですから,実際には学校側と協議して具体的な登校の日取りを決めることになるでしょう。

学校側が命令に従わない場合は,強制執行を申し立てることになります。教育役務の提供は,金銭の差押のような直接の執行ができないため,間接強制(学校が命令に従わない場合に制裁金を課すこと)の方法によることになります。

(4)強制退学処分が出された場合の対応

ア 退学処分の根拠

一方で,可能性としてはそれほど多くありませんが,仮処分命令が出される前後に,懲戒処分としての強制退学処分をすることが考えられます。上述の通り,学校側には生徒を退学処分にする権限がありますから,この退学処分が有効であれば,生徒は在学契約の権利を失うため,仮処分は意味をなさないことになります。この場合の対抗策しては,強制退学処分が無効であること,学校側の裁量権を逸脱した違法であることを主張するしかありません。

法律上,懲戒処分としての退学処分が可能なのは,①性行不良で改善の見込がないと認められる者,②学力劣等で成業の見込がないと認められる者,③正当の理由がなくて出席常でない者,④学校の秩序を乱し,その他学生又は生徒としての本分に反した者,のみと定められています(学校教育法施行規則第26条3項)。

退学処分について,上記の要件以上に具体的に定めた法律上の規則は存在しません。学校によっては,①や④の要件を校則等で具体的に規定している場合もありますが,それらの具体的な定めがない場合,上記法律上の要件に該当するか否かの判断は学校側が,その裁量権の範囲内行使し,自由に処分を下すことになります。

イ 学校側の裁量権の限界

しかし,学校の裁量権も無限定のものではなく,退学処分が上記要件に該当せず,学校側に認められた裁量権判断が社会通念上合理性を欠く場合,裁量を逸脱したものとして,当該懲戒処分は違法・無効となることが,判例法理として定まっております。

学校側が違法な退学処分を行った場合は,自主退学勧告を受けた場合と同様,裁判所に仮処分命令を申し立てることが考えられます。この場合の仮処分の審尋期日においては,まさに退学処分の相当性が問題となることになります。退学処分の相当性は,判断が難しい問題ですが,上記で述べた少年審判における主張事項のほか,これまでと同じ学校に復学することが教育的配慮に資すること,学校側からの教育委的指導が不十分である点などを,判例等も踏まえて詳細に主張する必要があります。

具体的な退学処分に関する判断基準,主張の手法については,弊所事例集【生徒に対する行政処分・公立高校の転学命令の効力・退学との関係・対応策・東京地裁平成20年10月17日判決】等を参考に対応して下さい。

3.まとめ

本件のような問題は,どうしても学校側の権力が大きいため,個人としての交渉には限界があります。そのため,通常では退学処分を甘受する必要性が無い事案においても,自主退学勧告に応じてしまっているケースが多いのが現状です。また,学校側との協議が長引いてしまうと,他の生徒や学友との関係上,ご子息の精神的にも復帰が困難になる場合もあります。

復学を機希望される場合は,直ちに経験のある弁護士等の専門家に事案を詳細に説明した上で,法的手続きも視野に入れた対応を協議すべきでしょう。

以上

関連事例集

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※参照条文

●学校教育法第十一条  校長及び教員は、教育上必要があると認めるときは、文部科学大臣の定めるところにより、児童、生徒及び学生に懲戒を加えることができる。ただし、体罰を加えることはできない。

●学校教育法施行規則

第二十六条  校長及び教員が児童等に懲戒を加えるに当つては、児童等の心身の発達に応ずる等教育上必要な配慮をしなければならない。

○2 懲戒のうち、退学、停学及び訓告の処分は、校長(大学にあつては、学長の委任を受けた学部長を含む。)が行う。

○3 前項の退学は、公立の小学校、中学校(学校教育法第七十一条 の規定により高等学校における教育と一貫した教育を施すもの(以下「併設型中学校」という。)を除く。)又は特別支援学校に在学する学齢児童又は学齢生徒を除き、次の各号のいずれかに該当する児童等に対して行うことができる。

一  性行不良で改善の見込がないと認められる者

二  学力劣等で成業の見込がないと認められる者

三  正当の理由がなくて出席常でない者

四  学校の秩序を乱し、その他学生又は生徒としての本分に反した者

○4 第二項の停学は、学齢児童又は学齢生徒に対しては、行うことができない。