児童ポルノ単純所持の刑罰化
刑事|児童買春ポルノ禁止法|製造自体が犯罪になるか・思想良心の自由|児童買春ポルノ禁止法平成26年改正
目次
質問:
私は,出会い系サイトで知り合った15歳の少女とメールのやり取りをしています。
彼女は,自ら撮影した自分の裸の写真画像をメールに添付して送信してくるのですが,私は,自分だけが見る目的で,その写真画像を私の携帯電話に保存しています。
このようなことは,何か犯罪に当たるのでしょうか。
回答:
1.現時点では,あなたが少女に対し写真の送信を強要したなどの事情がない限り,犯罪(児童買春・児童ポルノ禁止法違反)は成立しませんが,平成27年7月15日以降は犯罪が成立することになります。
2.この事例集は、事務所事例集803番を法改正に基づき追加訂正したものです。
3.児童買春・児童ポルノ禁止法に関する関連事例集参照。
解説:
1. 児童ポルノの所持、製造の問題点
児童ポルノの所持,製造の問題点についてご説明します。
「児童買春,児童ポルノに係る行為等の規制及び処罰並びに児童の保護等に関する法律」という法律により、児童買春,児童ポルノの所持その他児童に対する性的搾取及び性的虐待に係る行為が禁止されています。
どうしてこのような法律があるのか端的に言うと,児童の人権,個人の尊厳を実質的に保障し公正な社会道徳秩序を維持するためです(憲法13条,児童買春,児童ポルノに係る行為等規制及びの処罰及び児童の保護等に関する法律〔以下「児童買春・児童ポルノ法」といいます。〕1条)。「ポルノ」の所持,製造については刑法175条で規定されており,勿論児童ポルノもその対象になります。しかし,「ポルノ」を所持しただけでは処罰されません。処罰されるのは「販売の目的」を持っていなければなりませんし,少なくとも配布,陳列等の外部的行為が必要なので単純に製造しただけでは処罰の対象になっていません。一般に「無修正わいせつポルノの単純所持は処罰されない」、と言われているのは販売目的でないと処罰されないという意味です。
どうして刑法は処罰の対象を限定的に規定しているかというと,その根本は思想良心の自由の大原則があるからです(憲法19条)。自由主義,民主主義国家では,国家ができる前から人間は本来自由な存在であり思想良心の自由は生れながらに人間が有する生来的基本的自然権です。思想良心等精神的な内心の自由なくして個人の尊厳は保障(憲法13条)できませんから,たとえいかなる(不法な)思想,考え方をもってもそれだけでは非難,処罰されませんし,これを規制することは絶対にできません。思想良心の自由は,当然五感を使い見る聞く自由をその内容としますのでいかなる本,写真,物等を見る自由も内包しています。そのように解釈しなければ事実上内心の自由は保障されないからです。さらにそのような思想良心意見を外部に発表し,出版する自由も保障されています(憲法21条,表現の自由)。
このように表現の自由や言論の自由が最大限保護されているのは、表現の自由が、国民の政治的意思決定の過程に必要不可欠の権利だからです。自由な表現行為・討論・討議を通じて、国民の政治的な意思決定がなされ、国政の方向性が定められるため、様々な基本的人権のうちでも、表現の自由の保護は特に重視していかなければならないという考え方があります。これを「表現の自由の優越的地位」と言います。表現の自由、言論の自由と、ポルノとは関係が無いと思われる方も居られるかもしれませんが、著作物において、画像・図画・文章のなかで、わいせつな内容と、そうでない表現が密接に渾然一体と合体し分離することが困難となっている場合も有り得ますので、ポルノを規制する際にも、表現の自由・言論の自由の側面から最大限の配慮が必要とされるのです。
しかしこのような自由も,第三者の見る聞く自由を侵害できませんし,社会公共の利益,風俗,道徳を侵害することは許されません(憲法12条)。
そこで刑法は,社会公共,第三者の利益を侵害する可能性が大きい販売目的の所持,不特定多数に対する配布,販売,陳列行為に限り処罰の対象にしているのです(2年以下の懲役,250万円以下の罰金)。すなわち社会全体の適正な性的感情,性的風俗,公共の利益(社会的法益)を保護しています。
しかし,児童買春・ポルノ法においては,処罰の対象をさらに拡大し,重罰(1.5倍,3年以下の懲役又は300万円以下の罰金)を科してしています。児童買春・ポルノ法は,従前,販売の目的がなくても第三者に提供,公然陳列の目的による所持でも処罰の対象になりますし,何らかの目的がなくても製造するだけで同じく処罰されていましたし(配布,販売,陳列行為は不要です),平成26年6月25日法律第79号による児童買春・児童ポルノ法改正(以下「平成26年法改正」といいます。)では単純所持も処罰されるようになりました(もっとも,平成26年法改正全体は同年7月15日施行とされていますが(附則1条1項),単純所持の規定〔児童買春・児童ポルノ法7条1項〕は同日から1年間は適用されないものとされています〔同条2項〕。)。
刑法175条わいせつ物頒布罪、陳列罪、販売目的所持罪と異なり、児童買春・ポルノ法において、児童ポルノの製造及び単純所持を処罰する理由は、社会全体の利益の保護のほか、児童自身の人間としての尊厳を保障するところにあります。児童は,将来公正な社会国家を建設,背負ってゆく家庭,国家の宝ですが,意思能力は不十分で精神的,肉体的に無防備,未発達であり,そのような境遇を奇貨として児童を性的対象にし,さらに営業行為の手段として利用して精神的肉体的侵害を行い児童の健全な成長発達が阻害される危険性が常に存在し,実際上性的興味,及び性的営業行為の対象にされてきました。そこで児童買春・ポルノ法は児童の人間としての尊厳を実質的に保障し善良公正な社会秩序を維持するため(法の支配の理念),直接間接的に児童の人権を侵害する可能性がある(児童ポルノに関する)違法行為を広く禁止し重罰を科しているのです。所持の目的は広く解釈されますし,単なる製造、所持も,刑法上許されても児童買春・ポルノ法では許されません。従って,児童買春・ポルノ法の解釈に当たっては,性的不利益を受けやすい児童の人権の保障を第一に考え,憲法の基本原則である思想良心の自由,表現,情報取得の自由という矛盾対立する利益の調整も常に必要となります。
本件では,少女の裸の写真画像が撮影・送信されてきて,これがあなたの携帯電話に保存されていることです。このことが,児童買春・児童ポルノ禁止法に違反するか否かが問題となるのです。
2.「児童」、「児童ポルノ」の意義
(1) 「児童」について
まず,児童買春・児童ポルノ禁止法にいう「児童」とは,18歳未満の者をいいます(同法2条1項)。本件の場合,相手の少女は,15歳ということですから,「児童」に当たります。
(2) 「児童ポルノ」について
ア 児童買春・児童ポルノ法にいう「児童ポルノ」とは,写真,電磁的記録に係る記録媒体その他の物であって,①「児童を相手方とする又は児童による性交又は性交類似行為に係る児童の姿態」,②「他人が児童の性器等を触る行為又は児童が他人の性器等を触る行為に係る児童の姿態であって性欲を興奮させ又は刺激するもの」,③「衣服の全部又は一部を着けない児童の姿態であって,殊更に児童の性的な部位(性器等若しくはその周辺部,臀又は胸部をいう。)が露出され又は強調されているものであり,かつ,性欲を興奮させ又は刺激するもの」のいずれかを視覚により認識することができる方法により描写したものをいいます(同法2条3項)。
上記③については,従前「衣服の全部又は一部を着けない児童の姿態であって性欲を興奮させ又は刺激するもの」との文言からの,平成26年法改正の変更点となります。「殊更に児童の性的な部位(性器等若しくはその周辺部,臀又は胸部をいう。)が露出され又は強調されているもの」という文言が加わることにより,たとえ全裸の写真であっても,自宅などで水浴びをしている幼児の自然な姿を,親が成長記録として撮影した画像は,児童ポルノに該当しないことになるとされます(法務省:平成26年の児童買春,児童ポルノ禁止法の改正に関するQ&A2頁
)。イ 本件の場合,少女の裸の写真画像は,電磁的記録に係る記録媒体であって,「衣服の全部又は一部を着けない児童の姿態であって性欲を興奮させ又は刺激するもの」を視覚により認識することができる方法により描写したものといえますから,「児童ポルノ」に該当します。
3.「所持」の意義
では,写真画像を自分が見るだけのために携帯電話に保存していることは,児童買春・児童ポルノ法にいう「所持」に当たるのでしょうか。
(1) 平成26年法改正前について
ア 児童買春・児童ポルノ禁止法は,平成26年法改正前は,「所持」を,他人に提供するなどの(単に「他人に提供する」だけにとどまらず,不特定多数の人に提供する場合や公然と陳列する場合は,より刑が重くなっています。同7条5項)目的での児童ポルノの所持に限定しており,単純な所持を排除していました(同法7条2項,5項)。
イ 本件の場合,写真画像を携帯電話に保存していることは,自分だけが見る目的でということですから,平成26年法改正前においては,「所持」には当たりませんでした。
(2) 平成26年法改正後について
ア 単純所持の罰則化
(ア) 児童ポルノの単純所持(他人に提供する等の目的がない)については,警察の権限強化やプライバシー侵害を懸念する声が強く,長らく罰則化が見送られてきましたが,近時,平成26年法改正により罰則化されるに至りました(児童買春・児童ポルノ法7条1項。理念規定につき同法3条の2参照。)。
なお,単純所持といっても,厳密に言うと,その所持には「自己の性的好奇心を満たす目的」が必要とされています。そこで,両親が,成長の記録や思い出として子供の写真を持っている場合や,思い出として卒業アルバムを持っている場合は,法7条1項の目的の要件を満たしません(法務省:平成26年の児童買春,児童ポルノ禁止法の改正に関するQ&A4頁)。
また,懸案とされていた一方的に画像を送りつけられる場合ですが,児童ポルノを所持した者が「自己の意思に基づいて所持するに至った者であり,かつ,当該者であることが明らかに認められる者に限る。」とされていることから,基本的には処罰されません。もっとも,当初は知らないうちに送り付けられた児童ポルノの画像であっても,その存在を認識した上で,自己の性的好奇心を満たす目的で,これを積極的に利用する意思に基づいて自己のパソコンの個人用フォルダに保存し直すなどした場合には,改めて「自己の意思に基づいて所持するに至った」として処罰される可能性があるので注意が必要です(法務省:平成26年の児童買春,児童ポルノ禁止法の改正に関するQ&A3頁)。
(イ) 以上のとおり平成26年法改正により児童ポルノの単純所持は罰則化されました。もっとも,平成26年法改正全体は同年7月15日施行とされているにもかかわらず(附則1条1項),単純所持の規定(児童買春・児童ポルノ法7条1項)は同日から1年間は適用されないものとされています(同条2項)。
イ 本件について
(ア) 本件の場合,児童ポルノが出会い系サイトで知り合った15歳の少女のものであることからすると,「自己の性的好奇心を満たす目的」があったといえるでしょう。
他方で,少女が自ら撮影した自分の裸の写真画像をメールに添付して送信してくるとのことですが,少女が画像を一方的に送りつけてくるということであれば,あなたは「自己の意思に基づいて所持するに至った者であり,かつ,当該者であることが明らかに認められる者」には当たりません。もっとも,当初は知らないうちに送り付けられた児童ポルノの画像であっても,その存在を認識した上で,自己の性的好奇心を満たす目的で,これを積極的に利用する意思に基づいて自己のパソコンの個人用フォルダに保存し直すなどした場合には,改めて「自己の意思に基づいて所持するに至った」として処罰される可能性があります。
そのような積極的な行為はしないとして、写真を認識しながら抹消せずにいた場合は原則としては処罰されないと考えられます。理論的には抹消義務があるとして、不作為による所持を認めることも考えられますが、刑事処罰を科す条文の解釈は厳格に行われなければなりませんから、抹消しないことを持って「所持するに至った」という行為に該当するとは判断できないと考えられます。但し、法律に違反しないとしても、気がついた時点で直ちに抹消すべきであることは当然のことです。
(イ) なお,前記ア(イ)のとおり,単純所持の規定(児童買春・児童ポルノ禁止法7条1項)は平成26年7月15日から1年間は適用されないものとされています(同条2項)。
4.「製造」の意義
(1) さらに,写真画像が撮影・送信されてくることは,児童買春・児童ポルノ禁止法にいう「製造」に当たるのでしょうか。
児童買春・児童ポルノ禁止法は,「製造」については,「所持」の場合のような目的による限定(もっとも平成26年法改正につき前記3(2)ア)を加えていません(同法7条4項)。もっとも,写真画像を「製造した」というためには,「自己の意思どおりに撮影がなされた場合」に限られますが,自ら撮影した場合や共犯者に写真を撮らせた場合「製造」に当たることは当然のことです。
では本件のように児童が自ら写真を撮った場合はどうでしょうか。あなたが何ら関与しないのに,少女が自らの判断で撮影した自分の裸の写真画像をメールに添付して送信してくるのであれば「製造」に当たらないといえます。そのような場合はあなたの意思どおりに撮影されたとはいえないからです。他方であなたが写真の撮影を児童に要求した場合は,製造に当たらないと言い切れるか疑問が出てきます。たとえ少女が実際に撮影したとしても「あなたの意思どおりに」撮影がなされたと認められる事情があれば,製造にあたることになるからです。たとえば,あなたが少女に対し撮影・送信を要求し,写真について具体的に指示したりしたというなどという事情がある場合は,具体的な事情によりますが,あなたの意思どおりに撮影がなされたと認められ「製造」に当たることになります。
(2) なお,従前は,提供目的のない児童ポルノの製造行為については,意図的に児童に児童ポルノに該当するような姿態をとらせて行われるものだけが処罰されていましたが,盗撮という悪質な態様により児童ポルノを製造するような行為は,児童に姿態をとらせるような場合と同様に児童の尊厳を害する行為であるため,このような態様による製造も,提供目的がなくても処罰すべく,法7条5項が新設されました(法務省:平成26年の児童買春,児童ポルノ禁止法の改正に関するQ&A4~5頁)。
※参考URL 法務省の児童ポルノ禁止法改正資料
※参考pdf 法務省のQA集
以上