ごみ集積場の輪番制について
民事|自宅前のごみ集積場への一般廃棄物排出の差し止め|輪番制|東京高等裁判所平成8年2月28日判決|横浜地方裁判所平成8年9月27日判決
目次
質問:
私の自宅(一戸建て)の前には,5年ほど前からごみ捨て場が置かれています。このごみ捨て場は自治会によって設置されたもので,近所の方々も普段使用しています。家の前にこのような大きなごみ捨て場があることによって,毎日のように悪臭やごみの飛散に悩まされています。
以前から自治会の人にお願いしていますが,全く対応してくれる様子がありません。どうやら,自治会の一部の人たちがごみ捨て場の移転に反対しているようです。私はこのまま,ずっとこの状態に耐えていなければならないのでしょうか。
回答:
1、近所の方々との関係もあるので,まずはごみ捨て場を定期的に別の場所に移してもらうように,自治会と十分に交渉を重ねるべきです。それでも自治会等が対応してくれる様子がない場合には,簡易裁判所での調停により,裁判所内での第三者を入れた話し合いを行うことも考えられますが,これが功を奏しない場合,訴訟を提起することで解決することが可能なケースがあります。具体的には,そのごみ捨て場にごみを捨てることを禁止する判断を求める,差し止め請求訴訟の提起となります。裁判例上,この差し止め請求が認められるための要件として,あなたの家の前にごみ捨て場が設置されていることで,「受忍限度」という一般人の社会生活上の我慢の限界,を超えている必要があります。その判断にあたっては,単にごみ捨て場の設置に伴う被害の程度や内容だけではなく,その被害が生じることを回避するための代替措置が考えられるかどうか,またその代替措置は簡単に採ることができるものであるかどうか,その地域の住民との間の公平等の様々な要素が総合して検討されます。以上の通り裁判においては総合考慮によって請求が認められるかどうかが決せられるため,その判断は法的なものとなります。お困りでしたらまずはどのような選択をとることが出来るのかを含め,お近くの専門家にご相談することをお勧めいたします。
2.事務所関連事例集410番参照。その他、廃棄物に関する関連事例集参照。
解説:
1 はじめに
まず,各家庭から排出される家庭ごみ(一般廃棄物)の収集・処理については市町村の責務となっています(廃棄物の処理及び清掃に関する法律4条,6条,6条の2参照)。したがって,ごみ捨て場(ごみ集積場)の設置場所についても,市町村がその設置基準等について指導要綱(行政手続法32条以下参照)等を定めています。
しかし,集積場の具体的な設置場所については,そのごみ捨て場を利用する住民たち,すなわち自治会等によって決定され,市町村に届出がなされることにより決せられます。
したがって,あなたが交渉や訴訟を行う相手は市町村ではなく,そのごみ捨て場を利用する住民ないし自治会となります。
以下,考えられる解決の手段を挙げた上で,裁判例上,当該解決の手段が認められるための判断要素について解説します。
2 解決の手段について
それでは,実際にどのような方法でごみ捨て場を移動させることができるのでしょうか。考えられる手段として,①自治会との交渉,②民事調停の申立て,③訴訟提起,が考えられます。これらは,いきなりいずれかの手段を選択する,という性質のものではなく,状況に応じ,順次ないし並行して行うべきものです。
(1)交渉
ア まずは,①自治会との交渉を行う必要があります。これは,上記の通り,具体的なごみ捨て場の設置場所の決定は各自治会で行われているためです(自治会の決定したごみ捨て場の設置場所について市町村が許可を出す,という流れとなります。)。
また,ごみ捨て場の設置の問題は,近所の住民の方々との共通の問題ですので,いきなり訴訟等の強硬な手段に出てしまうと,あなたと他の住民の方々との関係の悪化を招いてしまうことにもなりかねません。
加えて,この話し合いの有無も,訴訟になった場合にあなたの主張が認められるための判断要素の一つになります(後述します)ので,最終的には訴訟等のある程度強制力のある手段を選択するとしても,まずは話し合いを行うことが不可欠です。
では,その交渉の具体的内容についてですが,その相手方と内容,について解説します。
イ まず,相手方ですが,これは上記の通り設置場所について決定する自治会となると考えられます。具体的には,自治会長等の役員に直接申し入れを行うことや,自治総会等の会合において議題として提案を行うことになります。
また,状況によっては,自治会と交渉する前や,自治体に申し入れを行った後で,直接地域の住民(自治会を構成する住民)に直接書面等で根回しを行うことも考えられます。
ウ 次に,交渉の内容ですが,ただ自分の家の前からごみ捨て場を撤去してほしい,といった内容は避けるべきです。これは,住民の具体的な責務として,条例上,協力義務等や連帯義務が定められているのが通常であること,各家庭ごみの処理をスムーズに行うためには,各ごみ捨て場の設置が不可欠であること,に鑑みれば,ごみ捨て場の撤去を求めるだけの申し出は受け入れられることが困難であると考えられるためです。
したがって,代替案として,輪番制の採用を申し出るべきです。「輪番制」とは,対象となる地域内で,1年間等の一定期間ごとにごみ捨て場の設置場所を移転する,というもので,この制度自体は既に各自治会で採用されており,市町村の許可も出ている制度です。
つまり,この輪番制は,ごみ捨て場の設置に伴って生じる避けることのできない負担を,ごみ捨て場を利用することで利益を得ている住民の間で公平に分担して負う,という考え方で,この考え方は後述の通り裁判例においても採用されている考え方です。
エ 以上より,自治会に対して,ごみ捨て場を輪番制にするように提案すること,そして自治会の決定を得るため状況に応じて自治会を構成する地域の住民それぞれに対して申し入れを行うこと,が交渉の具体的な内容となります。
(2)民事調停
次の手段として,民事調停法に規定がある,民事調停の申立てが考えられます。これは,訴訟ではなく,裁判所での話し合いによって紛争の解決を図る手続です(民事調停法1条)。
民事調停は,交渉の延長,すなわち話し合いですから,解決目標,すなわちあなたが話し合いによって目指すべき合意の内容は輪番制の採用ということになります。そのため,民事調停の相手方は,輪番制に反対している住民ということになります。自治会でゴミ捨て場の場所を決めているとしても自治会は権利義務主体とはなりませんので、相手方はあくまで個人になります。
しかし,上記の通り,民事調停は基本的にあくまでも話し合いであり,強制的にどちらかの主張が裁判所によって採用されるものではありませんから,あなたと反対住民とのどちらか,または一方が従前の主張を譲歩することにより,お互いの間で合意が成立しなければなりません。
したがって,既にある程度の合意を得られる目途が立っていて,その他の細かい部分について調停委員という第三者を交えて正式なものにしたい,等のケース,具体的には,すでに輪番制の導入のめどは立ったものの,その開始時期等で対立がある,もしくは意見を翻意されてしまう可能性がある等のケースでなければ,交渉と同じ結果になる可能性が高いのです。
以上から,もの別れに終わり,合意が成立する可能性が低い場合,民事調停の申立ては時間ばかりかかって功を奏しない場合がありますので,申立ての際には検討が必要です。
(3)訴訟
ア 交渉によって自体が解決しなかった場合には,訴訟の提起を検討することになります。
訴訟の提起にあたっては,①いかなる訴訟を,②誰を相手に提起するべきか,を慎重に検討する必要があります。以下では,それぞれについて,実際に請求が認められた裁判例を元にしてご説明します。
イ まず,①いかなる訴訟を提起するべきか,についてですが,現在あなたの家の前にあるというごみ捨て場の位置を移転するよう求めることを請求する訴訟は,訴訟によって移転先を決定することはできない以上,あまり有効な訴訟ではありません。
あなたの希望は,ごみ捨て場を特定の位置に置くことではなく,あくまでもあなたの家の前から移してほしい,ごみを捨てないでほしい,というものですから,それを実現する訴訟が最も適していることになります。
したがって,本件で提起すべき訴訟は,あなたの家の前にごみを捨てないように求める「差し止め請求訴訟」となります。
具体的には,「被告らは,各自,別紙物件目録(一)記載の土地に接する公道上に,一般廃棄物を排出してはならない。」(下記裁判例参照)といった形で請求を行うことになります。
ウ 次に,②訴訟の相手方ですが,上記の通り,①家の前にあるゴミ捨て場にごみの排出を差し止める訴訟を提起するわけですから,その相手方は現在ごみを捨てている人,すなわちごみ捨て場を別の場所に移すことを反対している住民となります。「反対している住民」は,訴訟に先立って行われた交渉によって特定することになります(下記裁判例参照)。
3 差し止めが認められるための要件
(1)法的構成
下記各裁判例をみると,この「差し止め請求訴訟」は「人格権」ないし「(住んでいる建物の)所有権」に基づいて提起されています。
「人格権」とは「法的に保護される生活利益のうち,人間の人格と切り離すことのできないもの」等と定義されており,ごみ捨て場が目の前にあることにより,その「保護されている生活利益」が侵害されている,という主張となります。
「所有権」に基づく場合は,ごみ捨て場が家の前にあることにより,十全にその家を所有して利用することができないため,「所有権」が侵害されている,という主張となります。
いずれの法的構成にしても,各裁判例において実際に主張され,裁判所において検討されている要件や具体的事実については大きな相違はありません。
(2)要件
上記いずれの法的構成を採用するとしても,差し止めが認められるためには,家の目の前にごみ捨て場があることが「受忍限度」,すなわち「社会生活上一般に受忍すべき限度」(下記裁判例)を超えているかどうか,が要件となっています。ごみ捨て場自体はどこかには置かなければならないため,それを前提としながら,様々な事情に鑑みて,被っている迷惑や不利益が我慢しなくてはならない範囲(我慢できる範囲)を超えているかどうか,が判断されることになります。
(3)具体的事実
それでは,具体的にどのような事情の下で,「受忍限度」が判断されているのでしょうか。下記裁判例によれば,「原告が本件集積場の存在によって被っている悪臭,ごみの排出による汚穢,不激な景観による不快感その他による有形,無形の被害が,受忍限度を超えるものであるかどうかの判断にあたっては,単に被害の程度,内容のみならず,被害回避のための代替措置の有無,その難易等の観点のほか,関係者間の公平等諸般の事情を総合した上で行われるべきものと解される」と判示されています。
すなわち,①実際の被害がいかなるものであるか(悪臭,ごみの散乱,景観が害されている程度,その状態がどれだけの期間継続しているか等),②被害を回避するためになされている措置が採られていたかどうか,その措置は容易に採れるものであるかどうか,③実際にごみ捨て場を移動することになった場合,かえって利用者である住民間の公平を害することならないか,といった具体的事実が検討されることになります。
訴訟提起前に準備すべき証拠資料としては、現在のごみ集積場の利用状況によってどのような被害を受けているかを立証する資料となります。ごみ収集車が回収する前に、どのような景観になっているか、撮影することと、ごみ収集車が回収したあとに、どのように残ったゴミが散乱し、どのような掃除作業が必要か、それぞれ写真やビデオに撮影しておかれると良いでしょう。臭気については、自分自身の感覚だけですと訴訟資料とはなり得ませんので客観的な測定結果や調査報告書が必要となります。環境計量士による悪臭の原因物質(特定悪臭物質)濃度の測定結果や、悪臭防止法に基づいて制定された臭気判定士の調査報告書などを用意することが考えられます。これらの資料は交渉段階でも交渉材料として有用なものです。悪臭防止法は、工場などの事業場から排出される悪臭についての規制を定めた法律ですが、受忍限度の範囲を示す法律でもありますから、その基準値や測定方法については、近隣トラブルの事例でも参考になるものと考えられます。関係団体等のURLを参考に引用します。
参考URL、一般社団法人 日本環境測定分析協会(環境計量士団体)http://www.jemca.or.jp/info/index.php
参考URL、公益社団法人におい・かおり環境協会(臭気判定士団体)
参考URL、環境省 臭気対策行政ガイドブック(平成14年4月)
https://www.env.go.jp/air/akushu/guidebook/
ここで,差し止めが認められた下記裁判例をみると,特に重要なファクターとして挙げている事情は,②代償措置となっています。そして,下記裁判例に共通して,代償措置として挙げている方法が上記「輪番制」です。上記の通り,「輪番制」とは,「ごみ集積場所を一定期間ごとに交代で移動する」方法で,この方法が採用可能であり,現に採用を提案しているにもかかわらず,合理的な理由がないにも関わらず採用されていない場合には,①被害の存在を前提として,差し止めが認められる傾向にあります。
なお、差し止め請求において勝訴したとしても、現在のごみ置き場にごみを出してはいけない、というだけですから、どのようにゴミを捨てるかについては、勝訴判決を前提に役所や自治会、ゴミ捨て場を利用している各個人との協議が必要になります。裁判では、判決の前に具体的にどこにごみ置き場を設置するかということで和解が進められることが予測されますので早期解決という面では裁判所に和解を進めてもらうのが良いでしょう。
4 おわりに
以上がごみ捨て場を移動してもらうための流れと要件となります。上記の通り,交渉によることが最も迅速な解決につながりますし,交渉の内容や経緯自体も訴訟に移行した際に重要な事項になりますから,交渉の段階においても法的な観点から進めていく必要があります。訴訟に移行した場合の見通し等も含めて,早期に専門家に相談されることをお勧めします。
以上