公務員の万引きと懲戒免職回避
刑事|公務員の万引き事件における懲戒免職回避の方法と対策|懲戒処分の妥当性判断において裁判例で重視される事情|旭川地方裁判所平成23年10月4日判決他
目次
質問
私は、公立の中学校に教員として勤務する公務員です。先日、勤務先近くのコンビニエンスストアで万引きをしてしまい、その場でお店の人に捕まってしましました。
その場で警察を呼ばれ、警察署で事情聴取を受けましたが、逮捕はされていません。実は私は、以前にも万引きで警察に通報されたことがあり、警察に職場に連絡されてしまいました。
私は今後、勤務先から懲戒免職処分を受けることになるのでしょうか。それを回避するためには、どうしたらよいでしょうか。
回答
1 万引きは、窃盗事件として処罰されます。警察の捜査を受けるのが2度目である場合、検察庁に送致され罰金刑を受ける可能性が高いと言えます。
2 公務員の方が万引き事件を犯した場合、勤務先において懲戒処分を受けることになります。一般的な基準(人事院の定める懲戒処分の指針等)では、窃盗事件に対しては、停職又は免職の懲戒処分が予定されているものが多いといえます。過去の事例からすると、特に窃盗事件を起こすのが複数回に及ぶ場合や、初犯であっても犯行態様に悪質性が認められる場合には、懲戒免職の危険が大きいでしょう。
3 一方で、懲戒処分の決定にあたっては、犯行態様のほか、犯行の動機、犯行後の反省の状況等を総合的に考慮することとされています。特に懲戒免職処分は、その不利益の重大性から慎重な判断が必要とされており、懲戒免職処分が違法で無効と判断された裁判例も存在します。あなたのように複数回事件を起こしてしまった場合でも、適切な被害弁償を行い、あなたに有利な情状を主張することで、懲戒免職処分を回避することは可能です。
4 仮に退職がやむを得ない場合でも、自主退職を申し出ることにより、懲戒免職処分を回避し、退職金等の支給を受けることが可能な場合も多く存在します。弁護士と相談し、勤務先に対してどのような対応をすべきか協議すると良いでしょう。仮に退職金が支給されなかった場合に退職金不支給処分を争う方法については、事例集『公務員の万引きによる懲戒免職と退職金の取り扱い』もご参照下さい。
5 判例の判断基準上、懲戒処分を事後的に審査請求等で覆すことは、懲戒処分を未然に防ぐことと比較して非常に困難であるといえます。重い懲戒処分が発令されることを未然に防ぐために、弁護士等に相談し事前に迅速な対策を取る必要があるでしょう。
6 その他万引きの刑事事件の対応については、下記の関連事例集をご覧ください。
解説
第1 万引き事件の刑事処分
あなたは、万引き事件を起こし、警察で取り調べを受けていますので、今後窃盗罪(刑法235条)として刑事処罰を受けることになります。少額の万引き事件の初犯の場合、微罪処分という形で、特に検察庁に送致されずに処理されることが多いと思います。しかし、事件を起こすのが複数回目である場合や、犯行態様が悪質(犯行を否認している、金額が多額等2万円以上が基準となるでしょう。)の場合、検察庁に送致され、検察官が処分(起訴、不起訴)を決定することとなります。
起訴不起訴の決定に際しては、被害者との間での示談の有無が最も重要なポイントとなります。示談の具体的な手法や、示談が不可能な場合の対処法については、『供託による被害弁償|被害者が謝罪や被害弁償を拒否している場合の対応』を参照下さい。
被害者との間で示談が成立する等適切な弁護活動を行えば、最終的に不起訴処分となり、罰金刑を回避することも可能です。
しかし、あなたのような公務員の場合、刑事処分で不起訴処分となった場合でも、勤務先において懲戒処分を受ける可能性が高いといえます。
第2 万引き事件における懲戒処分の状況
1 懲戒処分指針に基づく判断
公務員が、万引き事件のような非行を犯した場合、それを理由として懲戒処分を受けることになります(地方公務員法29条1項3号、国家公務員法82条等)。いかなる懲戒処分が科されるかについては、多くの場合、各行政機関が定める懲戒処分の指針に沿って処分が決定されることになります。
例えば、国家公務員の懲戒処分については、人事院が懲戒処分の指針を策定・公表しています。同指針によれば、公務外の窃盗事件については、停職又は免職の懲戒処分とするとされています。その他の行政機関の懲戒処分の指針においても、窃盗罪の懲戒処分については、概ね同様の基準が定められています。
勿論、同指針は法的な拘束力を有するものではないため、必ずしも同指針の定める懲戒処分が科されるものではありませんが、基本的にはその範囲内で懲戒処分が科されることとなります。加えて、同指針では、具体的な非違行為の状況によって処分の軽重を定めるとされています。
いかなる処分を選択するかについては、基本的に懲戒権者の裁量が認められています。そのため、以下において、実際に万引き事件において懲戒処分の妥当性が問題となった裁判例を挙げ、懲戒免職処分を回避する上で重要となるポイントを検討します。
2 裁判例の状況
(1) 懲戒免職処分における違法性の判断
判例によれば、「懲戒処分を行うときにいかなる処分を選ぶかは、平素から庁内の事情に通暁し、職員の指揮監督の衝に当たる懲戒権者の裁量に任されているものというべきである。すなわち、懲戒権者は、懲戒事由に該当すると認められる行為の原因、動機、性質、態様、結果、影響等のほか、当該公務員の右行為の前後における態度、懲戒処分等の処分歴、選択する処分が他の公務員及び社会に与える影響等、諸般の事情を総合的に考慮して(最判平成2年1月18日民集44巻1号1頁)」判断するとされています。
その為、懲戒権者に対して懲戒処分の回避・軽減を意見する場合には、上記様々な事項を詳細に主張した上で、妥当な裁量権を行使した結果、軽減された懲戒処分となるのが妥当である旨を論じる必要があります。特に裁判例上重視される事項については、以下で分析します。
(2) 万引きで懲戒免職処分となった事例
(ア)旭川地方裁判所平成23年10月4日判決
本事例は、町役場の職員であった処分対象者がスーパーマーケットで食料品等10点(総額約6800円相当)を万引きした行為に対してなされた、懲戒免職処分の適法性が争われた事例です。処分権者である市は、人事院の懲戒処分の指針を準用し、懲戒免職処分としました。
本事例において、処分対象者には前歴等は存在せず、刑事処分は不起訴処分となりました。
しかし裁判所は、①未精算の商品を籠ごと店外に持ち出す等、犯行が悪質であったこと、②被害品は返還されているものの、弁償等の措置がされていないこと、③対象者が事件後犯行を認めておらず、被害店舗への謝罪を行ったのは犯行から約8か月経過後であったこと、④処分対象者が現行犯逮捕された事実が報道され、社会に対する影響が大きかったこと、等を理由にして、懲戒免職処分が裁量の範囲を逸脱するものではないとしています。
(イ)大阪地方裁判所平成25年9月25日判決
本事例は、市の職員であった処分対象者がホームセンターで缶ビール1ケースや蛍光灯等の商品(販売価格合計2万8756円)を万引きした行為についてなされた懲戒免職処分の適法性が争いになりました。本事例では、処分対象者に対して略式命令により罰金20万円の刑事処分がくだされています。また、市の懲戒処分の指針には、窃盗事件の場合、停職又は免職処分とすると定められていました。
本事例において裁判所は、①被害金額が大きく、大型の商品をカートに積んだまま平然と犯行に及ぶ等犯行態様が悪質であること、②犯行の動機が単にスリルを味わうためであり、身勝手であること、③被害品は返還されているものの、被害店舗の処罰感情が厳しいこと、④逮捕の事実が新聞報道されており、市民の信用を失墜させたこと、⑤対象非違行為の直前にも同店で万引き行為を行っており、それにも関わらず勤務先の事情聴取において余罪はない等と虚偽の事実を述べたこと、等を理由として、懲戒処分を適法としました。
(3) 懲戒処分が違法とされた事例
(ウ)大阪地裁平成24年1月16日
本事例は、府立高校の教諭であった処分対象者が、スーパーマーケットで食品等(合計766円相当)を窃取したという万引き事案に対して懲戒免職処分がされた事例です。
同時案において裁判所は、処分対象者が教育公務員として生徒の規範となるべき立場でありながら、生徒の信頼を裏切った責任は重いとしながら、①持病のうつ病や母親の介護のため休職し、収入が減少していたことなど、犯行の動機に酌むべき背景事情があること、②犯行直後から罪を認め反省しており、被害店舗が寛大な処分を求める嘆願書を提出していること、③同僚の教職員からも嘆願書が出されていること、④定年退職間際であり、懲戒免職処分となった場合、退職金が支給されない等の不利益が大きいこと、等を理由に、懲戒免職処分は重きに失するものとして、違法と判断しました。
3 懲戒処分を回避するための具体的な対策
上記裁判例からすると、万引き事案において、懲戒免職処分を回避する為に事後的に可能な対策としては、以下の点が特に重要であると考えられます。
(1) 被害店舗の宥恕
懲戒処分が違法とされた(ウ)の事例では、事件後に処分対象者が夫及び弁護士と共に被害店舗に謝罪に訪れた結果、被害店舗から寛大な処分を求める嘆願書が提出されています。それに対して懲戒処分が違法とされた事例では、被害品の返却のみであり、被害店舗からの宥恕が得られていません。
被害者が事件を宥恕していれば、その件に対して対象者に懲罰を与える必要性は無くなりますから、懲戒処分の軽減に向けても被害店舗との示談は重要です。被害店舗の中には、刑事処分については警察に任せる方針であっても、刑事処分が確定した後であれば、被害弁償を受け入れてくれる場合も存在します。
一度示談を拒否されても、弁護士に示談交渉を依頼するなどして、諦めずに宥恕を試みるべきでしょう。
(2) 勤務先における事情聴取の対応
懲戒免職処分が適法と認められた(ア)(イ)の裁判例では、いずれも勤務先における事情聴取で虚偽の事実(犯行の否認や余罪の否認)を述べた旨が重要視されています。第一次的に処分を決定するのは、事情聴取を担当する処分庁ですから、事情聴取における供述内容には細心の注意が必要です。虚偽の事実を述べたとしても、警察からの連絡や当事者の供述の矛盾によって虚偽であることすぐに発覚してしまうことになります。一方で、余りに事実をありのままに話してしまうことで、不利な事実を認定されないよう注意することも重要です。
事情聴取で話す内容については、事前に弁護士等と協議し、真実に沿って過不足なく主張することが肝要と言えます。
(3) 報道(社会的影響)への対応
(ア)(イ)の事例では、いずれも処分対象者が現行犯逮捕された事実が新聞等で報道されており、結果として市民の信用が失墜したことが、懲戒免職処分の理由の一つとして挙げられています。公務員が刑事事件を犯した場合(特に逮捕等がされた場合)、警察がその事実を公表してしまうケースが多いのが現状です。しかし、事件後速やかに対応し警察官と適切な交渉を行えば、事件報道を避けることも可能です。詳細は事例集『公務員の2度目の万引きと職場連絡阻止対策』もご参照下さい。
(4) その他
その他、(ウ)の事例では、処分対象者の同僚らが、寛大な処分を求める旨の嘆願書を提出していること等も有利な事情として斟酌しています。処分対象者の公務員としての適格性を確知しているものからの嘆願書として、考慮に値したものと推測されます。
その他にも、当該行政機関の統治する自治体の住民からの嘆願書により、処分が軽減された例も存在します。
懲戒処分においては有利な事情も斟酌するのが原則ですから、可能な限りの資料の収集に務めるべきでしょう。
(5) 退職金等の支給について
また、(ウ)の事例では、仮に懲戒免職処分となった場合、退職金の支給が一切受けられないという極めて大きな打撃を受けることを挙げ、処分対象者にそのような不利益を課すことは社会観念上著しく妥当性を欠き、違法な処分であるとしています。
懲戒処分の相当性の判断においては、非違行為の内容と当該処分による不利益の大きさとの均衡が保たれる必要がありますから上記判断は妥当なものと言えるでしょう。同様の理論により、家計が処分対象者の収入に依存していること等の事実も、免職処分が妥当性を欠く論拠となりえます。
退職金の取り扱いに関しましては『公務員の万引きによる懲戒免職と退職金の取り扱い』もご参照下さい。
(6) 諭旨退職の選択
仮に全ての事情を考慮した上で、免職処分の可能性が相当高いという場合には、諭旨退職処分を選択することもできます。諭旨退職は法律上の処分ではなく、その実質は、軽い懲戒処分(停職処分等)を科した上で、対象者が依願退職をすることを意味します。依願退職である以上、退職金は基本的に全額が支給されます。
行政機関としても、依願退職は職を失うという意味で対象者に懲罰的効果が大きいこと、公務員としてふさわしくないと判断されるものが公務員を辞める結果を達成できること等の理由から、懲戒免職相当の事案でも諭旨免職を受け入れてくれる場合があります。
諭旨免職処分を選択する場合、退職することはほぼ確定的になりますから、当該事案が最終的に退職を避けがたい事案であるのか、弁護士等にも相談協議した上で、間違いの無い選択をする必要があります。
4 司法における事後判断
なお、一旦懲戒処分が課された場合、その適法性は、審査請求又は処分の取消訴訟の手続において事後的に判断されることになります。この事後的な司法判断は、「懲戒権者と同一の立場に立って懲戒処分をすべきであったかどうか又はいかなる処分を選択すべきであったかについて判断し、その結果と懲戒処分とを比較してその軽重を論ずべきものではなく、懲戒権者の裁量権の行使に基づく処分が社会概念上著しく妥当を欠き、裁量権の範囲を逸脱しこれを濫用したと認められる場合に限り、違法であると判断すべきものである(最判平成2年1月18日民集44巻1号1頁)」とされています。
すなわち、事後的な司法判断においては、行政機関の裁量権が尊重され処分が社会通念上著しく不当で無い限りは、適法と判断されてしまうことになります。そのため、処分の軽減を図るのであれば、懲戒権者が懲戒処分の方針を固める前に、迅速な対応をすることが何よりも重要であるといえるでしょう。
第3 まとめ
上記のように、一見同じような万引きの事案であっても、具体的な事情をどれだけ懲戒権者に主張できるかによって、処分の結果は大きく変わります。
懲戒免職処分は、生活の基盤の安定に係る重大な処分であり、その不利益は刑事処分に比べても非常に過酷な処分です。早急に弁護士に相談するなどして、万全の状態で回避できるよう努めるべきでしょう。
以上