新銀座法律事務所 法律相談事例集データベース
No.1553、2014/10/17 12:00 https://www.shinginza.com/qa-roudou.htm
【民事、労働契約上のミスを原因とする使用者から損害賠償請求を回避・軽減する方法、労働者の注意義務、東京地方裁判所平成15年12月12日判決、最高裁判所昭和51年7月8日第一小法廷判決】
労働契約上のミスを原因とする使用者から損害賠償請求を回避・軽減する方法
質問:私は,自動車の部品の販売会社において,新規取引を新たに受注する営業職を勤めていました。しかし,内容が激務で心身ともに疲れきってしまいましたので,もう辞めようと思い,会社に対して退職の意向を伝えました。そうしたところ,昔,私が担当した新規の会社との部品の販売契約が赤字受注になり,会社が大幅な損害を被ってしまった点について賠償請求すると告げられ,損害賠償請求の訴訟を起こされてしまいました。しかし,販売契約の受注については,部下からの販売商品に関する報告を元に上に報告しており,また,稟議書という形で社長に内容を詳細に確認してもらい,決裁を受けていますので,私だけが責任を取るのは全くもって納得できません。会社からのこのような不当な請求を回避する方法を何とか教えていただけないでしょうか。
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回答:
1 会社からは労働契約上の債務不履行,不法行為に基づく損害賠償請求訴訟を起こされているものと思われます。裁判にかかっていますので,相手方の主張する事実関係については適切に反論,立証を行っていかないと相手方のいう請求が全て通ってしまうことになるので,速やかな訴訟対応が必要です。
2 具体的な主張としては,判例上,会社からの従業員に対する損害賠償請求は免除ないし相当程度減額されることをいう必要があります。会社に過失の立証責任がありますので,まずはあなたに軽過失(あなたに業務上必要とされる注意義務違反が軽いものであること)すら認められないことを述べ,過失について真偽不明の状態にする必要があります。具体的に(1)あなたの赤字受注発生についての非が認められないこと,(2)業務の内容,労働条件からして赤字受注の責任を課すのは酷であること,(3)赤字受注については会社及び社長その他の者に原因があることなど,といった事情を主張する必要があります。また,仮に重過失が認められるとしても,上記の事情に鑑みて,責任は相当程度減額(4分の1以下),若しくは免除されるべきとの法的主張を行う必要があります。
上記の立証をするためには,あなたの基本的な労働条件を把握することはもちろん,実際の日々の業務がどのようなものであったのか,当該案件についての社長その他の上司や部下の関与の程度と言った点について,詳細に主張立証する必要があります。また,判例の正確な理解,主張すべき事項についての理解も必要となります。詳しくは労働問題に詳しい弁護士に相談されることを強くお勧めします。
3 他の事例集としては,730番等を参照してください。労働者の注意義務に関し,当事務所事例集1240番、1141番,971番,926番,852番,865番,692番参照。
解説:
第1 使用者からの損害賠償請求
1 使用者の損害賠償請求の内容の分析
(1)現在,あなたが置かれている法的地位
今回,相手方使用者である会社が,労働者であるあなたに対して裁判上で、損害賠償を請求しているとのことですので,まずあなたの置かれている地位,相手方の請求内容について検討していきます。
あなたは,使用者である会社との間で労働契約(雇用契約)を締結していますから,会社の指揮命令に服して労務を提供し,その対価として賃金(給料)を請求するという関係の雇用契約が成立していることとなります(民法623条)。あなたは,労働者として会社の指揮命令にしたがって,労働債務(労務提供)を果たしていくこととなります。
労働契約労働債務の履行においては,誠実に労働を提供する義務がありますので,労働の提供にの結果自らの故意・過失によって会社に損害を与えてしまった場合、それが故意・過失による場合よってには,その行為と因果関係のある部分については一般的には賠償しなければならないように思われます。
ところで過失とは結果発生の予見可能性があるのに行為者が結果を回避しなかった客観的義務違反行為(注意義務違反)をいいます。この注意義務違反の程度に付いて色々ありますが、労働者は、善管義務違反(抽象的過失)がはなはだしい重過失の場合しか責任を負いません。民法の基本は抽象的過失(自己の財産に対すると同一の注意義務違反は具体的過失と言います。これは契約関係においては例外です。)を前提とするのですが、労働者の特殊な社会的地位から解釈上導かれます。
なぜなら,労働契約の特殊性(指揮命令に従い労務を提供する性格。生存権の前提)から使用者と労働者の関係を適正、公平にする必要があるからです。
雇用(労働)契約とは,労働者が使用者の指揮に従って労務を提供し,使用者が労務の対価に対して報酬を支払う契約です(民法623条)。労働者は,使用者の業務上の指揮命令に従って働きますので,同じ労務の提供を行う委任(請負 民法632条,643条,請負も一定の裁量権がある。)と異なり,裁量権がなく契約の性質上,業務に関して,指揮・命令を受け常に従属的で服従する立場に立っています。また,請負と異なり一定の仕事の完成を目的としませんから,契約に拘束される期間も長期になる場合が多でしょう。さらに労働契約は労働者の生活権に直結し,個人の尊厳保障(憲法13条),生存権(憲法25条)の基礎を成すものです。
労働契約と類似する請負契約の特色は,売買等とは異なり労務の提供に特色がありますが,この労務が仕事の完成を目的としている点が重要です。これに対し労働契約は労務自体そのものを提供する点に特色があり,指揮命令に従う従属性も請負とは異なりますし,仕事の完成は契約内容ではありません。極端に言うと当たり前のことですが,労働者は労務それ自体を提供すればたり,その結果に責任はありません。又,委任は,同じ労務の提供を内容としますが,労働契約と異なり従属性もありませんし,受任者に大きく裁量権が認められていますので
契約関係における一般的な注意義務である善管注意義務(民法644条)
が課せられており,請負と類似点がありますが仕事の完成は目的としていません。労務を提供し事務を誠実に遂行すれば責任を果たしたことになります。 ちなみに請負も労務供給契約であるが,仕事の完成を目的とし,目的の範囲内で,委任と同じような裁量権が認められる特色を有することになります。
以上から,労働者は,委任,請負と異なり善管注意義務違反がはなはだしい重過失の場合にしか責任を負いません。善管注意義務違反とは,契約当事者の具体的な能力に無関係に認められる注意義務であり,契約当事者の職業業務,社会的地位に一般的に要求される高度な注意義務違反です。その根拠は,最終的に契約関係に入った当事者の公平に求めることができます。労働契約の労働者は,その性格、従属性から善管注意義務違反より低い自己の財産を保管すると同一の注意義務違反(具体的過失の前提)の場合も責任を負いません。結果的に故意又は,重過失についてのみ業務上の責任を負担することになると解釈することができます。以上を大前提に貴方の責任を検討します。
(2)訴訟への対応の必要性
そして,現在あなたは損害賠償請求の訴訟まで起こされているので,反論がある場合には訴訟において対応しない限り,相手会社の請求する事実関係については全て認めたことになってしまいます(裁判所は野球の中立的審判みたいなもので裁判における当事者の攻撃防御方法内容に口は出しませんから、何も反論しないでいると相手の主張が通る仕組みになっています。当事者主義、弁論主義といいます。)。結果的に,請求されているとおりの金額を支払うように命じる判決が出てしまう可能性もありますことになるでしょう。後述するように、会社が従業員の仕事上の行為によって損害を被った場合については、判例では賠償請求を制限することになっており、本件裁判所も当然そのような判断をすることが期待されます。しかし、被告であるあなたが裁判所に出頭して反論しないと不利益な判決が下されう可能性は高いと言えます。に対する損害賠償については判決が確定してしまった場合には,これを覆すことは原則としてできず,あなたが有している一切の財産(預金,不動産など)について,いつでも強制執行ができる,ということになってしまいます。
以上のとおりですので,訴訟については速やかに対応をする必要がありますが,後述のとおり法的にみて難しい問題もはらんでいますので,弁護士に直ちに相談する必要があるでしょう。
(3)相手方の請求の根拠
次に,使用者である会社相手方の請求の法的な根拠について検討していきます。あなたが,労働契約上,雇用者として会社の指揮命令に服して労働務を提供する義務があることは既に述べたとおりです。そして,労働務の提供に当たっては,会社の保有している財産に対して損害を与えてはならないという注意義務も要求されておりいます。ので,その為、会社の営業担当者として通常要求されるような注意すら怠って,会社に損害を与えるおよそありえないような内容の契約を受注し,会社に赤字を生じさせてしまったような場合には,労働契約上の労務提供義務もしくは付随義務違反として,債務不履行に基づく損害賠償責任(民法415条1項)が生じることとなります。
また,同時に,故意及び過失による加害行為として,会社に対して不法行為に基づく損害賠償責任(民法709条)も生じることとなるでしょう。
2 会社の従業員に対する損害賠償請求が全て認められるか(信義則による制限)
(1)そうすると,会社従業員の労務提供義務違反が認められるような場合,そこから生じた損害について,従業員は全て賠償しなければならないのでしょうか。業務上の些細なミスから,会社に莫大な損害が生じることもある一方,一従業員である個々人が全ての賠償をすることは過大な要求をするものであり,労働者に酷に過ぎることも多いでしょう。そもそも,会社は従業員を雇用して利益を上げているのですから,利益については享受しながら損害のみを全て従業員に負担させるのは,信義則に反しますようにも思えます。このような考え方を,報償責任の原理と言います。
裁判所(判例)上も,上記のような利益衡量,法的責任の考え方を取り入れた結果,従業員に対する損害賠償責任を制限する法理を形成してきました。
(2)信義則による賠償額の制限(最高裁昭和51年7月8日判決)
現在,確立した最高裁判所の判例として,昭和51年7月8日判決が挙げられます。同判例は,「使用者は、その事業の性格、規模、施設の状況、被用者の業務の内容、労働条件、勤務態度、加害行為の態様、加害行為の予防ないし分散についての配慮の程度その他諸般の事情に照らし、損害の公平な分担という見地から信義則上相当と認められる限度において、被用者に対し同損害の賠償を請求することができるものと解すべきである」(最高裁判所昭和五一年七月八日第一小法廷判決)としています。
すなわち,従業員がその業務の行為により上ミスしたことによって会社に与えた損害については,「損害の公平な分担という見地から,信義則上相当と認められる限度に限り」認められるとしています。
(3)信義則による賠償額の制限について,判断するための考慮要素(下級審裁判例の分析)
では,上記最高裁判例に従って,どの程度損害賠償額の制限が認められるのでしょうか。具体的には,最高裁判例にしたがって具体的事例において判断している下級審の裁判例を分析することが必要であると思われます。
今回の事例とは異なっていますがに即していえば,東京地方裁判所平成15年10月29日判決を参考に検討します。が検討対象として有益であると思われます。
同裁判例では,中古車販売業者の従業員である者が,同社の正式な手続きを経ずに中古車を販売して利益を自分で取得していたことが,損害賠償の対象となり,そこから賠償額の制限ができないか,ということが争われました(本件では特に正式な手続きを経なかったり、従業員自らの利益を図ったという場合ではありませんから、より損害の賠償は制限されると考えられます)。
具体的に考慮された事実としては,(ア)会社の過重な労働環境が本件の一因でもあること,(イ)会社に生じた損害全てが従業員の行為と因果関係があるわけではないこと,(ウ)被告である従業員会社が依然以前も同様の事件を発生させていたにもかかわらず,再発防止のための適切な体勢を取っていなかったこと,(エ)会社には当該従業員のに対する監督責任もあったこと,(オ)損害に関する事実調査をせず,そのために事案解明が遅れ,損害の拡大につながったこと,といったものが挙げられています。そして,実際には会社の損害として認めたのは全体の4分の1にとどめるべき,とされました。
その他,各種の下級審判例を分析すると,概ね以下の事実が,従業員の損害賠償額の制限について判断する際の考慮要素として挙げられています。
ア 労働者の本件行為についての帰責性(故意・過失)の程度
イ その会社における具体的な労働環境,労働状況
ウ 会社の損害額と従業員の行為との間との相当因果関係
エ 会社が損害発生の防止措置をとっていたか
オ 従業員の上司に監督責任があったかどうか
以上を前提とした具体的な本件での主張については,第2以下において述べます。
(4)具体的な賠償額の制限
では,賠償額の具体的な制限の内容としてはどのようになるでしょうか。
上記のように責任制限の具体的な基準としては,(ア)労働者の帰責性(故意・過失の程度),(イ)労働者の地位,労働条件・業務の内容,(ウ)使用者の損害発生についての責任(寄与度),といったものが考慮されます。
そして,労働者にある程度の業務上の注意義務違反があるとしても,故意(わざと,会社に損害を与えること自体を認識・認容していたこと)若しくは重大な過失(故意に比するような重大な注意義務違反)までは認められないような場合には,そもそも賠償義務自体を否定するのがというものは発生しないのが実務です。
故意に損害を与えた場合は論外ですが,重大な過失が認められるような場合であっても,上記の点について使用者側に落ち度があるような場合には,責任は大幅に下げられ,賠償の範囲は、責任の程度に応じて2分の1から4分の1まで軽減されることもあります。
第2 本件に即した具体的な反論の方法
1 どのように争うか
それでは,本件における具体的な主張について述べていきます。
今回は,既に不法行為に基づく損害賠償,債務不履行に基づく損害賠償請求の民事訴訟を提起されてしまったということですので,その中で必要な反論を行っていき,裁判所に請求を棄却するように求めていくことが必要となります。
またなお,本件では従業員としての責任は無いとして請求棄却の判決を求めるべきですが以外にも,裁判の早期終了のため、一部支払ってもよいということであれば,途中で賠償額を相当程度減額の上で分割弁済方法を決めて支払っていく,という裁判上の和解を成立させることも可能です。
2 具体的な主張・立証の内容
(1)次に,具体的な主張内容についてみていきます。責任額の否定において検討されるべき考慮事情については,上で述べたとおりですので,それに沿って事実を主張していく必要があります,
(2)過失の立証責任,過失が否定されるための主張立証
債務不履行及び不法行為のいずれの請求においても,従業員であるあなたに「故意・過失」が必要となります。そして,従業員の会社に対する損害賠償が認められるためには,過失の中でも軽微な過失ではなく,損害を与えることを認容する故意に準じる程度の重大な過失が必要とされています。
そこで,まずはあなたが労働契約上必要とされる注意義務を適切に果たしており,過失がそもそもないこと,過失があるとしても重過失ではなく,軽過失にとどまること,を主張立証する必要があるでしょう。
ア まず,注意義務の前提としてあなたがどのような業務を行う義務があるのか,労働契約書,就業規則などの書面をみてしっかりと画定する必要があります。
また,実際の会社の慣行,業務内容についても有利に立証できるものがあれば,出す必要があるでしょう。業務日誌や,会社内における業務のメールなどの動きが証明できる証拠を詳細に検討する必要があります。
あなたに従業員として労務提供に際してどのような注意義務があるのについては、請求する会社側に主張立証責任がありますから、まずは会社側の主張する注意義務について否認、反論の主張をすることになり、その上で会社側の主張するような注意義務がないという事実について主張立証をすることになります。
イ 会社はあなたの従業員としての注意義務を指摘し、その注意義務に違反した行為があったことを主張して来ます。そこで、あなたとしてはに従業員としての注意義務があるとしても,あなたが会社の業務として果たすべき注意義務をしっかりと果たしていたことを示す事実を主張する必要があります。過失のような評価的事実については,それを構成する具体的な事実をいくつも主張する必要がありますが,相手方の主張に対しては、否認するだけでなく、過失を否定するような消極的事実をいくつも主張することによって,裁判所に対し過失の存在について真偽不明であると認定してもらうことが重要です。
過失の存在については,立証責任は会社にありますので事実関係について争いがある場合には,しっかりと否定し,こちらからも積極的に事実関係を述べていく必要があります。過失の存在について,真偽不明であるという印象を裁判所に与えれば,過失の存在が否定され,会社の損害賠償請求は認められないこととなります。
ウ 具体的な業務内容として,新規取引先取得において必要な相手方の情報,取引に必要な部品の価格の設定などといった基本的な情報については,部下からの情報を元にしていたというのですから,それを信頼していたことが相当であり,信頼の原則の考え方により,過失が認められないという事情を主張することも可能でしょう。
(3)軽微な過失以上のものが認められることが想定される場合
軽微な過失以上のものが裁判所に認定される場合を想定して,重大な過失があるため、損害賠償責任があるとしても,信義則上,損害賠償額としては相当程度減額されることも主張立証する必要があるでしょう。
具体的には,上に述べた裁判令状の各種考慮事情に則って,主張立証をしていく必要があります。
ア 労働者の帰責性(故意・過失の程度)
(2)においても述べましたが,仮に過失があなたに認められるとしても,注意義務違反の程度としてはさほど高いものではなく,相当程度の減額若しくは責任が否定される旨の主張をすべきと言えます。
具体的には,あなたが当該業務において関わっていた内容を検討する必要があり,最終的な赤字受注への関与貢献の程度がどの程度あったのかが検討される必要があります。あなたが,赤字受注の元となるデータの作成に積極的に関与したり,本来必要とされる赤字受注とならないための条件のから削減を行ったり,稟議において社長等の管理職に対し積極的に赤字受注での条件での締結を進めて行ったというのであれば,赤字受注への関与貢献度は高いものと言えます。そうではなく,基本的なデータの作成については部下がこれを行うものとされていたり,当該赤字受注にかかる取引については報告を受けていたものの積極的に関与はしていなかったこと,部下からの報告内容が詳細な物であり赤字受注であることは気づきにくいものであったこと,社長を含めた上司には受注を辞めるように進言していたことなど,赤字受注への関与貢献が低いような事情があれば,積極的に主張すべきです。
会社が責任を免除するような発言をしていたのであれば,併せて主張すべきでしょう。
後は,立証手段ということになりますが,会社内のメール,日々の業務日報,第三者の証言などが立証手段になります。
イ 労働者の地位,労働条件・業務の内容
また,実際のあなたの地位なども検討対象になります。まずは,あなたの業務の範囲を証明するために上で述べたように労働契約書や就業規則の検討が必要不可欠となります。
さらに具体的な業務の条件について,受注について会社からノルマが課せられており,会社から急かされていると言った事情や,会社において過重な労務状況があり部下からの確認が困難であると言った事情があれば,責任を否定するための有利な事情となります。
ウ 使用者の損害発生についての責任(寄与度)
ア,イは労働者側の事情となりますが,使用者である会社にも責任を負うべき様な事情があれば,そちらも積極的に主張立証する必要があるでしょう。
上で述べたとおり,会社の主張する損害と,従業員であるあなたの行為との間には社会通念上損害が発生することが相当である,という相当因果関係が必要となります。仮に損害が発生したとしてもあなたの業務上のミス以外にも,本件取引に関与した部下や上司のミスといったものがあれば,主張する必要があります。
また,上で述べた事情として,会社が損害発生の防止措置をとっていたかという点も重要となります。仮に以前も同じような取引で赤字受注が生じていたのであれば,今後二度とこのようなことがないように損害発生防止のための措置を取ることが必要となります(厳格なデータチェック体制の整備など)。仮に,防止措置を取っていないというのであれば,会社側に非があることとなり,反対にあなたの責任割合は減少することとなるでしょう。
さらに,従業員の上司に監督責任があったかどうか,と言った点も検討対象となります。上司,社長にも赤字受注の非があるのであれば,同人らが個人的に法的責任を負うこともあり得るわけで,全ての損害賠償をあなた一人で負うべきではない,という結論になるからです。具体的には,本案件については社長の稟議にかけていたということですので,その際の報告内容,社長による決済の内容を吟味し,社長が具体的に案件に関与していたのであれば,その旨を主張する必要があるでしょう。
3 まとめ
以上の主張立証を行い,あなたには(1)そもそも軽過失すらなく責任が一切発生しないこと,(2)軽過失以上の責任があるとしても,自己に非がないこと,会社の労働状況に鑑み損害については自己が責任を負うべきものではないこと,損害の発生については会社側にも十分な日が認められるので,責任は相当程度(4分の1程度まで)減額されるべきこと,を説得的に主張し,裁判所に認めてもらう必要があります。詳しくは,労働問題に詳しい弁護士に相談されるべきでしょう。
<参照条文>
民法
(債務不履行による損害賠償)
第四百十五条 債務者がその債務の本旨に従った履行をしないときは、債権者は、これによって生じた損害の賠償を請求することができる。債務者の責めに帰すべき事由によって履行をすることができなくなったときも、同様とする。
(損害賠償の範囲)
第四百十六条 債務の不履行に対する損害賠償の請求は、これによって通常生ずべき損害の賠償をさせることをその目的とする。
2 特別の事情によって生じた損害であっても、当事者がその事情を予見し、又は予見することができたときは、債権者は、その賠償を請求することができる。
第八節 雇用
(雇用)
第六百二十三条 雇用は、当事者の一方が相手方に対して労働に従事することを約し、相手方がこれに対してその報酬を与えることを約することによって、その効力を生ずる。
第五章 不法行為
(不法行為による損害賠償)
第七百九条 故意又は過失によって他人の権利又は法律上保護される利益を侵害した者は、これによって生じた損害を賠償する責任を負う。
(財産以外の損害の賠償)
第七百十条 他人の身体、自由若しくは名誉を侵害した場合又は他人の財産権を侵害した場合のいずれであるかを問わず、前条の規定により損害賠償の責任を負う者は、財産以外の損害に対しても、その賠償をしなければならない。
(使用者等の責任)
第七百十五条 ある事業のために他人を使用する者は、被用者がその事業の執行について第三者に加えた損害を賠償する責任を負う。ただし、使用者が被用者の選任及びその事業の監督について相当の注意をしたとき、又は相当の注意をしても損害が生ずべきであったときは、この限りでない。
2 使用者に代わって事業を監督する者も、前項の責任を負う。
3 前二項の規定は、使用者又は監督者から被用者に対する求償権の行使を妨げない。
労働契約法
第一章 総則
(目的)
第一条
この法律は、労働者及び使用者の自主的な交渉の下で、労働契約が合意により成立し、又は変更されるという合意の原則その他労働契約に関する基本的事項を
定めることにより、合理的な労働条件の決定又は変更が円滑に行われるようにすることを通じて、労働者の保護を図りつつ、個別の労働関係の安定に資すること
を目的とする。
<参照判例>
《全 文》
損害賠償等請求事件
東京地方裁判所平成一四年(ワ)第一四〇〇二号
平成一五年一二月一二日民事第一一部判決
判 決
原告 株式会社○○インターナショナル
同代表者代表取締役 A
同訴訟代理人弁護士 朝倉淳也
同 工藤一彦
被告 B
同訴訟代理人弁護士 千本忠一
同 山口英資
主 文
一 被告は、原告に対し、二七〇八万八五一八円及びうち四五万二六二八円に対する平成一三年四月七日から、うち二六六三万五八九〇円に対する平成一四年七月二五日から、各支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 原告のその余の請求を棄却する。
三 訴訟費用はこれを二分し、それぞれを各自の負担とする。
四 この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。
事実及び理由
第一 請求
被告は、原告に対し、五二八七万二三一八円及びうち四五万二六二八円に対する平成一三年四月七日から、うち五二四一万九六九〇円に対する平成一四年七月二五日から、各支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
第二 事案の概要
1 本件は、原告がその経営する中古自動車販売店の店長であった被告に対し、
(1)被告が在職中、C(以下「C」という)と意を通じ、又は重大な過失により、代金の支払を受けないまま商品である車両一五台を引き渡し、原告に五一五六万七六〇〇円の損害を与えたとして、不法行為又は債務不履行に基づき同額の損害賠償を
(2)被告が販売車両について信販会社と顧客の割賦販売契約を取り次ぐにあたり、登録名義を信販会社とすべきところこれをしなかったため、原告に損害を与えたとして、債務不履行に基づき八五万二〇九〇円の損害賠償を
(3)金銭消費貸借契約に基づき貸金残元金四五万二六二八円の返還を
それぞれ請求する事案である。付帯請求(民法所定の遅延損害金)の始期は、(1)及び(2)に対するものが訴状送達日の翌日である平成一四年七月二五日、(3)に対するものが解雇の日の翌日である平成一三年四月七日である。
2 前提となる事実(証拠を記載しない事実は争いがない)
(1)当事者及び関係者
ア 原告は、中古車販売等を業とする株式会社である。
イ 被告は、平成一一年四月、原告に正社員として雇用され、同年七月一日から原告の直営店である「○○サーカス箕面店」(以下「サーカス箕面店」という)の店長として勤務したが、平成一三年四月六日、後述するC(以下「C」という)との取引により原告に多大な損害を与えたことを理由に懲戒解雇された(書証略)。
ウ Cは、原告に雇用され、直営店「○○箕面店」の店長として勤務していた者であるが、平成一二年一〇月三一日付けで原告を退職し、以後、個人で中古車ブローカーをしていた。
(2)Cとの取引
ア 被告は、平成一三年一月から同年二月末ころにかけて、Cに対し、原告所有にかかる別紙(略)被害車両目録記載の中古自動車合計一五台(以下、一括して「本件車両」という)を、代金の受領を受けないまま、順次引き渡した。Cは、上記のようにして引渡しを受けた車両を他の中古車販売業者に売り渡したが、原告に対し、本件車両の代金を全く支払っていない(以下、このCを介した取引を「本件取引」ともいう)。
イ Cは、原告から本件車両(ただし別紙(略)被害車両目録番号一五を除く一四台)を詐取したとして、大阪地方裁判所に詐欺罪で起訴され、平成一三年一〇月一日有罪の実刑判決を受け、同月一六日同判決が確定した。
同裁判所が認定した罪となるべき事実の概要は、「Cが自動車販売会社(原告)から購入名下に普通乗用自動車を詐取しようと企て、平成一三年一月一〇日から同年二月二五日までの間、合計六回にわたり、サーカス箕面店の店長である被告に対し、購入代金支払の意思及び能力がないのにこれあるように装って、普通乗用自動車の購入方を申し込み、被告をして納車後直ちにその代金の支払が受けられるものと誤信させ、よって、同年一月一〇日から同年二月二七日までの間、複数回にわたり、被告ほか一名から普通乗用自動車合計一四台の交付を受け、もって、人を欺いて財物を交付させた」というものである。(書証略)
(3)オリコ関係
ア 原告は、平成六年一一月二四日付けで株式会社オリエントコーポレーション(以下「オリコ」という)との間で、個品割賦販売契約取次に関する加盟店基本契約を締結し(以下「基本契約」という)、同契約に基づき、中古車を分割払いで購入しようとする顧客に対し、オリコとの割賦販売契約を取り次いでいた。
基本契約には、次の約定がある(書証略)。
(ア)原告は売買の目的物が自動車等登録を要するものである場合、原則として顧客名義で登録する。但しオリコの依頼があるとき又はオリコの承諾があるときは原告名義で登録するものとし、オリコより指示があるときはオリコ名義で登録するものとする。(七条二項)
(イ)原告は、次の各号に規定する行為ないしこれに類する行為を一切行わないこと(一三条)
一〇号 オリコの顧客に対する七条の担保を侵害する行為をなし、又は、顧客に対して有する修理代金、売掛金、貸付金等の債権並びにそれに付帯する権利を主張してオリコの権利行使を妨害すること
(ウ)信販取引に関し原告又は原告の従業員若しくは代理店等に一三条及び一四条の違反行為があったときは、当然に原告は当該クレジット契約上の債務を顧客と重畳的に引受け、残債務全額を直ちに一括してオリコに支払うものとする。(一五条一項)
イ 被告は、平成一一年九月一〇日、D(以下「D」という)に対し、原告所有の車両(セルシオ)を当初代金全額現金払いの約束で販売し、その所有名義をDとする手続をしたが、Dが代金の支払を怠ったため、同年一一月二〇日、同人とオリコとの割賦販売契約を取り次いだ。その際、被告は、オリコから、割賦金の完済まで車両の所有名義をオリコとすることを条件に、Dとの割賦販売契約の締結に応諾するとの回答・指示を受けたにもかかわらず、既にD名義で登録されていることをオリコに告げず、Dから所有名義変更に必要な書類等の徴求もしなかった。
ウ Dは、平成一三年三月二八日、オリコに対する割賦金を完済しないまま破産宣告を受けた。オリコは、上記車両がD名義で登録されていたため、その所有権を破産財団に対抗できなかったことから、原告に対し、基本契約一五条一項に基づき、上記車両の未回収代金二三九万〇八〇〇円について債務引受による履行を求めた。原告は、オリコに対し、平成一三年三月一六日までにこれを支払い、これにより、同額の損害を被った。
エ その後、Dから任意に支払われた一八万六一八九円及び原告が被告に支払うべき財形住宅預金解約返戻金、持株会の配当金及び解約金、預り金、解雇予告手当の合計一三五万二五二一円が上記損害に充当された結果、残額は八五万二〇九〇円(本訴における請求額)となった。
(4)貸金関係
原告は、平成一一年七月一五日、被告に対し、従業員貸付金規定に基づき、一〇〇万円を、同年八月二五日を第一回として毎月二五日限り三六回に分割して返済する約定で貸し付けた(以下「本件貸金」という)。
被告が平成一三年四月六日に解雇され、従業員の身分を失ったことにより、本件貸金残元金四五万二六二八円について一括返済の義務が生じた。
(5)就業規則の定め
原告の就業規則第四一条は、「従業員が故意または重大な過失により会社に損害を与えた場合は、損害の一部または全部を賠償させることがある」旨を定めている。(書証略)
3 争点
(1)Cとの取引について被告の損害賠償責任の有無及び原告の損害額
(原告の主張)
ア 故意又は重過失の存在
被告は、サーカス箕面店の店長たる地位にあることを奇貨として、実際の契約も代金の受領もないのに、Cと意を通じ、本件行為に及んだ。
仮にそうでないとしても、原告においては、中古車を販売して納車及び登録名義の移転に必要な書類を交付する際には、実際の顧客と契約を交わして代金の入金を確認してから行う内規となっている。しかるに、被告は、店長としてこれをスタッフに周知徹底させるべき立場にあったにもかかわらず、自らこの内規に反し、実際の契約も代金の受領もないのにCの指示のまま、本件車両を引き渡していたのであり、少なくとも本件行為にあたって重過失があることは明白である。
この点に関する被告の主張事実は否認し又は争う。
イ 損害額について
Cから本件車両の代金が全く支払われていないため、原告は、本件車両の仕切価格相当額合計五一五六万七六〇〇円の損害を被っている。
(被告の主張)
ア 故意・重過失の不存在
被告は、以下に述べるとおり、原告における売上至上主義の環境の下で、サーカス箕面店の業績を上げるため、Cを信頼し、正常な取引と信じて同人を介した取引を行ったのであり、被告には故意も過失もなく、原告が被告に対し個人責任を追及することは信義に反して許されない。
(ア)被告は、原告から赤字のサーカス箕面店を任され店長に就任したものであるが、原告のブロックマネージャーであるE(以下「E」という)からは、手段を選ばず売上げを上げるよう指示され、また毎月の会議でも売り上げ目標を数字で示された上、目標を達成するよう強く求められた。被告は、この指示に従い、売上げ増のため奔走して業績を上げた。
(イ)Cは、被告がサーカス箕面店の店長に就任する前から隣接する○○箕面店の店長に就任しており、サーカス箕面店の従業員とも友好関係にあった。被告は、店長就任時にEから、必要なときはCに相談し、指導や助言を受けるよう指示され、実際にCは、販売困難な車両の販売について協力してくれた。
(ウ)Cに対しては、被告のみならずサーカス箕面店の他の従業員も信頼を寄せており、被告と同様、Cを介して車両を販売していた。Eは、Cを介してのこの取引を承知していたが、被告らに対して注意したことは一度もない。
(エ)Cを介しての取引は、Cに車両を預け、買主が決まった段階で代金支払と引渡しが行われるというものであるから、原告の内規に反するものではなく、被告や他の従業員がこの取引を行うにあたり、代金支払前に車両の引渡しをするという認識はなかった。また、
被告は、Cからの話に対し、同人にとってどのような利点があるのか質問するなどして慎重に対応した。Cの説明は納得のいくものであった。
(オ)Cを介しての取引は、本件車両を含め合計約二七台について行われたが、この一連の取引において、当初の約一二台分は代金が順調に支払われた。
(カ)原告の主張する内規は、頻繁に通達が繰り返されており、内規は社内でも徹底されていなかった。
イ 損害について
原告では、もともと中古車を高く購入することを社是としており、この高い水準の購入金額に出品店の利益を加算して仕切価格が設定されているから、仕切価格を基準に損害の算定をすることは妥当ではない。損害額は、原告又は原告加盟店が顧客から購入した際の購入金額を基準とすべきである。
(2)オリコ関係について損害賠償責任の存否
(原告の主張)
被告が故意又は重過失によって原告に損害を与えたことは、前提となる事実から明らかである。
(被告の主張)
オリコの件は、被告として原告の利益のために販売台数を一台でも多くしたい一心で販売した結果であり、故意に損害を与える意図はなく、重過失も存在しない。Dとの取引は当初は全額現金払いの約束であったため直接購入者名義としたところ、代金支払遅滞が生じたことから割賦販売契約を利用することに急に変更となったため、被告が所有者変更手続に必要な書類等の受領を失念したものであるが、当時Dの支払能力を疑ったりする事情はなく、その後車両回収が不可能となったり、Dが破産宣告を受けたりすることは被告の予想外の出来事であった。
第三 争点に対する判断
1 争点(1)(Cとの取引関係)について
(1)認定した事実
前提となる事実、書証(略)及び後掲の証拠によれば、以下の事実を認めることができる。
ア 原告は、全国に約一二〇ある直営店を通じて中古車販売を行っており、これら店舗を八ブロックに分け、各ブロック毎にマネージャーを置いて、所属する直営店の営業を統括させていた。被告が店長を務めていたサーカス箕面店及びCが店長を務めていた○○箕面店は、いずれも西日本Aブロックに属する店舗であり、このブロックを統括するブロックマネージャーのEは、月に一、二回、各店舗に臨店していた。(証拠略)
イ 原告は、ドルフィネットと称する中古車検索システムを開発し、これにより、全国に約一二〇ある直営店と加盟店が保有する中古車の在庫管理を行っていた。このシステムは、直営店や加盟店が顧客から買い取った中古車について、所定の項目(メーカー、車種、年式、色、走行距離、外観(写真)、装備、現車場所、価格(仕入価格に当該店舗の利益分を上乗せしたもの)等)をコンピュータに入力して登録し、販売対象とするもので、各店舗が客に中古車を販売するときは、このシステムを利用して、客の希望する車種等をコンピュータ上検索し、希望条件に合った車両があればこれを販売店が落札(登録店から販売店への売買という形をとる)した上、販売店の利益を上乗せした価格(成約価格)で客にこれを販売し、客はこの代金と自動車税預かり金、各種手数料及び消費税を販売店に支払って車両の引渡しを受けることになる。このシステムにより,販売店は、全国の直営店及び加盟店が保有する車両を在庫車として販売対象とすることができる。
このシステムは、原告本部のドルフィネット運営チームが管理しており、落札がされると、直ちに本部から落札店に対し「落札明細書兼ご入金案内書」がファクシミリで送付される。この文書には、対象車両、顧客が入金すべき金額の明細及び振込先(原告ドルフィネット部名義の口座)、車両問い合わせ先(保有店舗)が記載されており、落札店では、登録店の担当者と連絡をとり、車両の受渡しを打ち合わせることとなる。
上記明細書には、振込有効期限として成約日から三日以内に請求金額を振り込むよう指示する記載があるが、現実には、三日以内に入金がない場合は落札店の在庫扱いとなり、特に問題視されることはなかった。
ウ 被告が平成一一年七月に店長に就任したサーカス箕面店は、客から買取りを行うこともあったが、主には販売を専門に行う店舗であり(直営店の中には買取りを専門に行う店舗もある)、被告のほか五名の従業員がいた。中古車の仕入れは、主にドルフィネットを通じて行っていたが、他の直営店が仕入れたものの、落札されずに長期在庫となった車両の仕入れ(落札)を割り当てられることがあった(証拠略)。
エ 被告は、サーカス箕面店の店長就任後、店長会議等を通じ、近接する○○箕面店の店長で先輩格のCと親しくなり、Cに仕事上の相談をして助言を得たこともあって、同人に信頼感を抱いていた。
オ Cは、平成一二年九月ころ、サラ金や信販会社に対する多額の個人債務の返済に窮し、自店の○○箕面店から正規の手続を経ないで中古車一台を購入した上、これを直ちに中古車買取業者に売り渡して換金し、さらに同年一〇月ころ、上記車両の代金を原告に入金するため、再度自店から中古車一台(オデッセイ)を代金約三〇五万円で購入した上で同様に換金していた。
Cは、○○箕面店の営業成績が低迷し、Eから店長降格を示唆されたこともあって、平成一二年一〇月末日付けで原告を自主退職したが、その際、原告に対し、購入したまま納金していなかったオデッセイの代金約三〇五万円を同年一一月末までに入金することを約束していた。
カ Cは、上記オデッセイの代金を含む債務の返済に窮したため、在職中に親交のあった被告を通じて中古車を入手した上、これを換金して債務の支払に充てようと考えるに至り、同年一一月二一日ころ、被告に対し、「個人ユーザーが特定の車種の車両を探しているので、サーカス箕面店から仕入れて販売したい。代金は、被告が仕入れる価格に二〜三〇万円上乗せした価格でよく、その分は被告の営業成績にもなる。C自身は、仕入れた車両に架装(様々なパーツを付けること)してユーザーに高く販売し、そこから利益を得る」旨説明し、個人ユーザーに販売するとして、同人に中古車を預けるよう持ちかけた。被告は、Cを通じて中古車を販売できればサーカス箕面店の営業成績が上がるため、Cがその言葉どおり個人ユーザーに高く売却し、その代金をもって引渡しから約一か月後には被告に代金を支払ってくれるものと信じ、Cから依頼された車種の中古車をドルフィネットを通じて仕入れた上、車両の登録名義変更に必要な書類ともどもこれを同人に引渡した。
これを初めとして、被告は、Cの依頼に応じ、同年一一月中に計二台、同年一二月中に計三台、平成一三年一月中に計一三台、同年二月中に計九台(合計二七台)の中古車を名義変更書類とともに引き渡した。これら車両は、Cが直接サーカス箕面店のドルフィネットを操作して選んだものがほとんどであるが、中には、販売ができないまま同店の在庫となっていたものを被告がCに販売を頼んで引き渡したものもあった(人証略)。
キ Cは、上記のようにして被告から車両の引渡しを受けた後、直ちにこれを中古車買取業者に販売して換金し(いずれも被告からの買取価格より低い金額で売却)、これを自己の債務(原告に対する前記約三〇五万円の債務を含む)の支払や遊興費に充てた上、今度は被告に対する車両代金支払のため、新たに被告から車両の引渡しを受けては換金するという自転車操業を続けた。
ク 被告は、当初は車両引渡しから概ね一か月後に代金の支払を受けていたが、平成一三年二月二八日、一月に引き渡して代金が未入金であった車両十数台分の入金をCに督促したところ、一部の入金があっただけで、その後はCと連絡がとれない状態となり、結局一月中に引渡したうちの六台分と二月に引渡した九台分の合計一五台(本件車両)について代金が未回収となった。
他方、Eは同年三月初めころ、○○箕面店のドルフィネットを通じた仕入れ台数が多いことに不審を抱き、客との売買契約書をファクシミリで送信するよう被告に指示した。
被告は、Cへの引渡し台数が増えた同年一月以降、売買契約書を作成していなかったため、本件車両のうち一四台について第三者名義の虚偽の売買契約書を作成して糊塗しようとしたが、同月九日、Eが○○箕面店に臨店して在庫調査を行ったことにより、本件車両がサーカス箕面店に在庫として存在しないことが原告に発覚した。(書証略、弁論の全趣旨)
被告は、同月一九日、箕面警察署長に対し、サーカス箕面店店長として詐欺の被害届を提出した。
ケ 原告においては、各店舗が客に中古車を販売する場合、客から中古車を買い取る場合のそれぞれについて、業務の手順、遵守すべき基本ルールを統一して定め、これを本社営業推進部から各店舗にイントラネットを通じて随時送信している。販売店が客に販売する場合、売買代金を全額回収した後(ローンの場合はローン会社の承認通知後)に納車すべきことに関しては、本件取引が行われる前から、原告本部が各店舗に対し、上記方法により通達等として再三注意喚起を行っており、被告もこれは熟知していた。(書証略)
(2)判断
ア 被告の故意又は重過失の存否
原告は、被告がサーカス箕面店の店長という地位を利用しCと意を通じて本件取引に及んだ旨主張するが、Cが原告から本件車両を詐取したことについて、被告がCと共謀しこれに加担したことを認めるに足りる証拠はない。むしろ、これまで認定した事実からすると、Cは、被告のCに対する個人的信頼を利用し、被告を欺罔して本件車両を詐取するに至ったものであって、Cとの関係では、被告は被害者の立場に立つものと認められる。
しかしながら、被告は、客に車両を販売する際には代金全額が入金されてから納車するという、原告における小売りの場合の基本ルールを熟知しながら、この基本ルールに反し、入金が全くない段階で、原告の従業員でもないCに対し、短期間のうちに次々と商品である車両を多数引き渡し、その結果、本件車両一五台の価格相当の損害を生じさせたものであり、被告がサーカス箕面店の店長として職務を遂行するに当たり、重大な過失があったことは明らかというべきである。
被告は、第二の3(1)、被告の主張アのとおり主張し、重過失の存在を争うところ、被告がサーカス箕面店の店長に就任した当初、Eが近隣店舗の店長であったCに相談等するよう指導したとしても、また、サーカス箕面店の従業員がCを信頼していたとしても、そのような指導、信頼はあくまで原告店舗の店長という地位にあるCに関するものであって、原告を退職し、一介の中古車ブローカーとなったCに関するものではないことは常識的に明らかである。また、Cが被告に対して行った説明は、代金支払が確実に行われることを示すものではなく、原告に代金が入金される前に、原告の従業員でもないCに車両を引き渡すという内規違反行為(これが原告の内規に反することは明白である)をあえて行う理由にはならない。当初の一二台は代金が入金されたといっても、常時入金された代金以上のものが未払いとして存し、しかもその総額は増加する一途であった理屈であるから、代金の一部が入金となったことも、被告の重過失を否定するものとはいえない。なるほど、原告の各店舗には一定の売上げ目標が設定され、サーカス箕面店店長であった被告も、ブロックマネージャーのEから、手段を選ばずとにかく売上げ目標を達成するよう強く求められていた事実が認められる(人証略)。しかし、Eの言う「手段を選ばず」という意味が内規に反してでもという趣旨ではないことは、原告がイントラネットを通じ、納車は代金の回収が完了していること等の要件が満たされた後とする旨を再三指示通達していたこと(書証略)からも明らかであり、上記事実は、被告の重過失を否定するものとはいえない。
また、被告は、Eやサーカス箕面店の従業員は、Cとの本件取引を承知し承認していたと主張するが、これを認めるに足りる証拠はない(従業員の中には、店長である被告の指示で車両の引渡しを行った者もいるが、この事実は、被告の重過失を否定する事実とはいえない)。
その他、前記判断を左右する事実を認めるに足りる証拠はない。
イ 損害額について
原告は、本件車両の仕切価格をもって損害と主張するところ、この仕切価格とは、直営店又は加盟店がドルフィネット又はオークションに出品するときに設定する価格であり、直営店又は加盟店が顧客から購入した価格にその店舗の利益分が上乗せされている(これを落札した店舗が客に販売する場合は、さらに販売店の利益を加算して代金が決定される)
が、出品店は、時間が経過すればするほど価値が低減するという中古車の特性を考慮し、中古車市場の相場も十分調査の上、短期間のうちに落札されるような価格を仕切価格として設定している(証拠略)。
そうすると、仕切価格は、中古車市場において業者が車両を仕入れる場合の相場価格にほぼ見合うものであって、原告が当該車両を容易に売却しえた価格ということができるから、この価格をもって損害額とすることは妥当であり、この点に関する被告の主張は採用できない。
以上から、原告の損害は、その主張のとおり合計五一五六万七六〇〇円と認められる。
ウ 責任の範囲について
Cとの取引により原告に生じた上記損害は、Cの言を安易に信じ、原告の内規に反する取引をあえて行った被告の重大な過失によってもたらされたものであることは前記のとおりである。
しかし、使用者が、その事業の執行につきなされた被用者の加害行為により直接損失を被った場合、使用者は、その事業の性格、規模、施設の状況、被用者の業務の内容、労働条件、勤務態度、加害行為の態様、加害行為の予防ないし分散についての配慮の程度その他諸般の事情に照らし、損害の公平な分担という見地から信義則上相当と認められる限度において、被用者に対し同損害の賠償を請求することができるものと解すべきである(最高裁判所昭和五一年七月八日第一小法廷判決・民集三〇巻七号六八九頁参照)。そして、原告の就業規則が「従業員が故意又は重大な過失により会社に損害を与えた場合は損害の一部又は全部を賠償させることがある」旨定めるのも(前提となる事実)、上記と同様の観点から、過失が軽過失に留まる場合は不問とし、故意又は重過失による場合であっても、事情により免責又は責任を軽減することを定めたものと解される。
しかるところ、前記認定事実及び証拠によると、〔1〕本件取引と同様にして被告がCに引渡した車両一二台分は代金が決済され、原告はこれにより一台あたり二〇ないし三〇万円程度の販売利益を得ていること、〔2〕Cが退職時に原告に対し負担していたオデッセイの代金約三〇五万円は本来回収不能となるはずのところ、Cが前記一連の行為によって得た金員により返済がされていること、〔3〕本件はサーカス箕面店の売上げ実績を上げたいという被告の心情をCに利用された結果であって、被告が直接個人的利益を得ることを意図して行ったものではないと認められること、〔4〕被告が店長に就任する前、サーカス箕面店は業績の上がらない店舗であったが、被告は、店長に就任した後同店の販売実績を向上させたこと(認証略)、〔5〕ブロックマネージャーのEは、各店舗毎に販売目標を設定した上、各店長に対し「とにかく数字を上げろ。手段を選ぶな」等と申し向けるなど、折に触れては目標を達成するよう督励し(認証略)、売上至上主義ともいうべき指導を行っていたこと、〔6〕原告は、直営販売店には、他の直営店が仕入れたものの買い手がつかない在庫車両の販売をノルマとして割り当てており、Cとの取引対象となった二七台の中にはこのような車両も含まれていたことが認められる。
これらの事情を総合して勘案すると、原告は、信義則上、上記損害の二分の一である二五七八万三八〇〇円の限度で被告に損害の賠償を求めることができるとするのが相当である。
2 争点(2)(オリコ関係)について
被告がDとオリコとの割賦販売契約を取り次ぐにあたり、オリコから車両の登録名義を同社とすることを条件に上記割賦販売契約の締結を承諾する旨の回答を受け,車両の登録名義をオリコとする指示を受けたのに、被告がこの指示に従わず、車両の名義をDのままとしたため、原告がオリコとの契約に基づきDの未払分二三九万〇八〇〇円全額の支払義務を負うこととなり、同額の損害を被ったことは前提となる事実(3)のとおりである。
被告は、この名義変更手続を行わなかったことについて、既にDに名義を移転していたためオリコに変更することを失念した旨主張するが、福岡県下の原告直営店において一年以上も中古車の販売業務に従事していた(人証略)被告がこれを失念するとは考えられず、
被告は、オリコの担保設定指示を認識しつつ、これに従わなかったものと推認される。Dの支払能力等は、契約当事者であるオリコが判断することであって、割賦販売契約を取り次ぐ立場の被告が判断をすべき事項ではない。被告の行為は、故意によりオリコの担保を毀滅したと同視できる行為であり、少なくとも重過失により原告に損害を与えたものとして、原告に対する損害賠償責任を免れない。
よって、原告の被告に対するオリコ関係の八五万二〇九〇円の損害賠償請求は理由がある。
3 貸金請求について
前提となる事実(4)によれば、原告の貸金請求は理由がある。
4 結論
以上によれば、原告の本訴請求は、債務不履行に基づく損害賠償として合計二六六三万五八九〇円及びこれに対する平成一四年七月二五日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金並びに本件貸金残元金四五万二六二八円及びこれに対する平成一三年四月七日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の各支払を求める限度で理由があるので認容し、その余は理由がないから棄却することとして、主文のとおり判決する。
東京地方裁判所民事第一一部
裁判官 三代川三千代
〈別紙略〉